まおうが家にやって来た!
唐突に思いついた魔法少女……ではなく魔王少女モノ。
かる〜いノリで楽しんでいただければ幸いです。
「魔王が家にやって来た!」
締め切られたカーテン、髑髏の装飾が施された不気味な燭台。それに付けられた沢山の蝋燭によってぼんやりと照らされた床には、怪しく光る魔法陣が。
どうやら、家の居間に続いているはずの扉は異世界へと繋がってしまったらしい。
「……ここ、どこよ」
うーん、確かに俺の家のはずだ。鍵も合ったわけだし。
「何言ってんの兄さん。居間に決まってるじゃない」
いつの間にか(正確には初めからだろうが)隣にいた妹の倖が呆れたように言った。
……この状況に呆れているのは俺だが。
「まあ、常識的に考えればそうなるはずだが、ここは俺の知る我が家じゃねえ」
――少なくとも、今朝家を出るまではごく普通の部屋だった筈ですが。
一体全体なにをやってるのかな? うちの馬鹿妹は?
「さっちゃん、塩持ってきたよ〜。……あ、隼さん、お邪魔してますぅ」
妙に間延びした声が聞こえたかと思うと、台所の扉から塩を持った女の子が出てきた。確か、倖の友人の恵美ちゃんだったな。……ああ、これで謎は解けた。
「……君か、この不気味なセットを持ってきたのは」
「えへへ……ごめんなさい」
――恵美ちゃんは機械会社社長の娘なのだ。うちに転がってる大抵の変なものは彼女が購入してうちへ持ち込んだものだ。……頼むから持って帰ってくれ、押入れのガラクタ。
つか、えへへじゃないよ。この部屋片付けんのどうせ俺になるんだろうし。
「ていうか、一体何やってんだよ?」
「何ってえっと……おままごと」
めんどくさそうに本から顔を上げた我が妹は、適当な事を言って誤魔化すつもりらしい。
「んな訳あるかっ! どう見ても悪魔召喚か何かの儀式だろ!」
いかにも何かを呼び出しますって感じの怪しげな魔法陣。
どこをどう見ればおままごとに見えるのか。
「失礼ね! 悪魔召喚なんて下らない事、このあたしがするわけ無いじゃない」
最近オカルト系の本ばっかり読んでる奴が何を言う。
……それ以前にこのセット見て他に何想像しろってんだ!
「安心してください、悪魔召喚じゃなくて魔王召喚の儀式ですぅ」
横で見ていた恵美ちゃんは、ニッコリと微笑んだ。何だ、そんな事だったのか。
「そうか、それなら安心……できねぇよ! 余計に悪いわっ!」
よく見れば倖の手にはタイトルが掠れて読めない本が握られていた。
それを取り上げて数ページめくると、意味の分からない文字が並べられている。
所々に前の持ち主のものらしき日本語のメモが残っているが、それも字が汚くて読めん。更に床には【二時間で出来る! 簡単魔王召喚の手引き】の本が落ちている。
「第一、こんな嘘臭い本に頼ってやって出来るわけ無いだろ」
「いえ、隼さんが今持ってる本はどうも本物っぽいんですぅ。でもよく分からない言語で書かれてる上にメモも所々掠れて読めないからそっちの手引きを参考にしながらやってるんですぅ。結構解読に時間がかかりましたよ〜」
うん、確かにやり方は賢いのかもしれないけど、やってる事はおかしい!
「……で、その塩は何に使うの?」
さっきから恵美ちゃんが持ってる塩も何か意味があるのだろうか?
「お、忘れてた。それ撒いて、部屋清めるの。そうしないと儀式の最中に悪いものが入って来るらしいのよ。……さてと、後は【処女の生き血】を加えて完成ね」
既に完成間際だった! って、清めは一番初めにする事だろうが!
――これは、止めるべきなのか? いや、倖はとことんやらないと気が済まない性質だし、失敗して諦めるのを待つか。科学が全ての今の世の中、魔王の召喚なんてオカルトチックな出来事が起こるはずは無い。ビバ、科学!
ホッと一息ついて見ていると、倖はナイフで自分の指先を切った。彼女は滲み出た血液を床の魔法陣へと垂らす……刹那。
ギイィィィィィィィィン! と金属的な音が聞こえたかと思うと、魔法陣が一瞬ブレたように見えた。それと同時に光とモヤが魔法陣から吹き出してくる。
それにより消える蝋燭。――な、なんかゾクゾクと全身に寒気が走ったが。
「……え、マジで?」
「わぁ、凄いじゃないですか」
俺が呆気に取られていた次の瞬間、魔法陣を中心とする衝撃派が迸った!
「危ないっ!」
咄嗟に持っていた本を捨て、倖と恵美ちゃんを魔法陣から引き剥がすと俺自身も離れる。
「やった、成功したのね!」
「喜んでる場合かっ!」
二人を背中に庇いながら、注意深く部屋を見つめる。
徐々に晴れ行くモヤ……その中には、さっきまで見えなかった人影が見えた。
「……お、お前は?」
人影は予想外に小さい。暗がりでも分かるが、俺よりも頭二つ分は低い身長に似合わぬ長いマントで全身を覆っていて、顔の下半分もマントで隠している。
……それでも、その全身から滲み出る威圧感は凄まじい。
「ふふふっ……汝か、妾を呼んだのは。――妾の名はシトリ。さあ、汝も名を名乗れ」
不意に、その人影が声を発した。その声は、俺の予想とは違い割と幼かった。
しかし、油断できない事は雰囲気で分かる。
流石の倖も震えているようだった。
「ううう……寒い。お兄ちゃん、ちゃんと戸閉めた?」
「そこにっ!? ただ寒さに震えてたわけ!?」
倖の図太さには脱帽してしまう。恵美ちゃんの方は本当に恐怖で震えているようだった。
「随分と賑やかな人間ね……。さあ、名乗りなさい」
暗闇の中、魔王は俺たちに向けて静かに言った。一言一言に、強い威圧感を感じる。
シトリといえば、七十の軍を従える魔界の王族。……つまり本当に魔王という訳だ。
女の秘密を暴き、その女を笑いものにして喜ぶという、恐ろしい魔族。
――本物かもしれないそれが目の前にいる。それだけで、俺の声は震えた。
「お、俺は隼だ。……大杉 隼」
ゆっくり、ゆっくりと俺の方へと歩み寄る魔王。恵美ちゃんが息を飲むのが分かった。
魔王が一歩近寄る度に、ぞくりと背筋が凍った。一歩、また一歩。――と、長いマントが彼女の足元へはらりと落ちる。丁度その上に魔王の次の足が乗るのが見えた。
「そう、隼。では、汝の願いを……きゃわっ!?」
黄色い悲鳴が、部屋に響き渡る。さっきとは違った意味で、空気が凍る。
一瞬、何が起こったのか分からなかった。もしかして……転んだ? 魔王が?
しかも妙にかわいらしい悲鳴だった。本当に魔王なのかコイツ?
「あいたたた…………」
自称魔王はどうも顔面から着地したようで、鼻を擦っていた。そして、顔の半分を覆っていたマントを持つ腕も離れた為、彼女の顔が顕になった。
「…………子供?」
「思ったより若いわね」
「みたいですね」
どう上に見積もっても歳は十六、七辺りじゃないだろうか?
……なんか今までの動揺が馬鹿らしくなってきた。
どうせこいつは倖の友達で、俺へのドッキリだったんだな。納得納得。
「こ、子供言うな! これでもあんたの十倍は軽く生きてるんだからね!」
そう言って少女はがっと顔を上げて反論した。……結構可愛いな。
「まあ、何事も無くて良かった。君、そろそろ遅いんだし帰りなさい。恵美ちゃんも」
「…………っ!」
時刻は七時。そろそろ帰ってもらわないと夕飯の支度が出来ない。
「そうですね。もう遅いですし」
何事も無かったかのように帰り支度を始める恵美ちゃん。
「あたしも数学の宿題しなきゃね。あ、片付けお願いねお兄ちゃん」
おいおい……夕飯の支度があるんだっつーの。
そう思いつつも、片付けを開始する俺って甘い?
「………………」
気付けば、唖然としながら俺を見つめる自称魔王。何か用でもあるんだろうか?
「あれ、まだ帰らないのか? あんまり遅くなるとご両親が心配するよ」
さっきの子はうつむいたままその場に佇んでいた。思い切り拳を握りながら。
「――あんた達」
拳をわなわなと震わせながら彼女が顔を上げる。
……ぞくり、急に全身に鳥肌が立った。な、何なんだ?
「召喚しておいて無視する、普通? 魔王なのよ、私っ!」
「あーはいはい、ドッキリはもういいから。倖の友達なんだろ?」
そう言うと、倖が不思議そうな顔をした。
「初対面の人だけど?」
……はい? 倖さん、今なんと仰いましたか?
「わたくしの知り合いでもありませんよ?」
そう言ったのは荷物を取ってきた恵美ちゃん。
「え、じゃあ……誰?」
「だから魔王シトリだって言ってんでしょうがっ!」
……ははは、冗談の上手い子だ。
「――とりあえずは110番か」
「さり気に不審者扱いするな!」
自称魔王が不審じゃなくて何が不審なんだよ。
「てか、あんた! 私が魔王だって信じてないでしょ」
「……まあ、この時代にんなもんいる訳無いしな」
「魔王にしては思ったよりインパクトに欠けますし」
「ぶっちゃけて言うと飽きたからどうでもいい」
笑顔でサラリと酷い事をいう恵美ちゃんと、あまりにも無責任な倖に自称魔王は唖然。
「……どうしてもあたしが魔王だって認めないの?」
そんなの決まってるだろうが。俺は神話は好きだが、物語として好きなだけ。
「もちろん認めたくない。今の世は科学の時代……魔王など認めんわっ!」
フッ……俺は幽霊やUFOの類も信じていない。だっていたらコワイからな。
「……いいわ、魔王のインパクトを見せ付けて証明してあげましょう!」
あ、何気に恵美ちゃんの言葉グサリと来てたんだな。
彼女は不適に笑うと、踊るように両手を動かし始めた。なにやってんだ?
「――四元素の一つ、炎の力よ……今我が手に宿り、劫火の剣となれ!」
自称魔王の手から火が吹き出したかと思うと、それは波打つ刀身を持つ美しい剣へ変わっていた。途端に上がる倖と恵美ちゃんの歓声。
「どう? これが先代が手に入れた神剣『レーヴァテイン』よ!」
自称魔王はそう言って彼女はそれを得意気に掲げて見せた。
……どうコメントしていいのやら?
「へえ……どうやったの、どこ種があるの? って、言ったら台無しだよな」
「マジックじゃないっ! どうしてそこまであたしを否定したがるわけ!?」
強情な俺に涙目になり始めた自称魔王だが、そんな事には屈しない。……なぜかって? ふん、そんなの怖いからに決まっている! 自分と違う者を恐れて拒むのは人間の性だ!
とは言いつつも、心のどこかで認め始めている自分が居る。ただ、受け入れたが最後、もう今までの日常には帰れない気がして……それが怖い。
「兄さんの捻くれ者。ここまで見せられたんだから、そろそろ認めなさいよ」
「うるさい、きっとあれはプラスチックかなんかの玩具。本物じゃない……と、信じたい」
うわっ、少し口調が弱気になってしまった。今までなら断言できたのに!
テレビの超能力者も、UFOの特番も、心霊写真も全ては番組の作り話だと一蹴できた。……なのに、実物を見せられるとここまで動揺してしまうものなのか。
「うう……それなら、これでどうよ!」
魔王はそれを手に持った剣を一閃した。お、おいっ、んなもん家で振り回すな!
ごうっ、と言う音とともに切っ先から炎が噴出した。炎は自由に部屋を翔け回り、床の一部と壁を焦がしながら蝋燭に火をともした。い、家が燃えるっ!
「ちょ、ちょっと兄さん、兄さんが認めないからキレたじゃない! 早く止めてよ!」
能天気な倖も、流石にビビリ始めた。恵美ちゃんは恐怖で絶句している。
「わ、分かった、お前が本物の魔王だって認める! だから火を止めろ火をっ!」
ぱちん。魔王が指を鳴らすと、荒れ狂っていた炎が嘘のように消え、剣も消滅した。
「ふん、初めからそう言えばいいじゃない。……さ、あたしを呼び出したからには理由があるんでしょ? さっさと言いなさいよ、願い事」
炎が消えてホッとしている俺に、魔王はそう言ってきた。願いはいいから、とにかく帰って欲しいというのが本音だが、それを言うと何かまたキレそうで怖い。
「願い……ね。俺はこれといって特にないな。っていうか、俺が呼び出したんじゃないし。願いを聞くなら倖だろ? さっさと叶えて貰ってくれ。なんかあるんだろ?」
そしてさっさと帰ってもらってくれ。
「いや、別に?」
じゃあ何で呼んだんだよ。
「ちょっと面白そうだったからやってみただけ。恵美何かある?」
「わたくしも特に無いですね」
……そうだった、この子社長の娘だし大概の物は手に入るんだ。どうしたもんかね?
願いをかなえて貰ったりしたら、魂の一つや二つは持っていかれそうで怖い。
出来れば大人しく帰って欲しい……って、何ですかその形相は!?
「……あんたたち、願いもないのにあたしをこんな所に呼び出したわけ?」
「ま、まあ、そう言う事になる……かな」
ヤバイ、さっきの威圧感が戻ってきた。今刺激したらマジで殺されそうだ!
「冗談じゃないわよっ! せっかく初仕事で来たってのに、代価の一つも持たずに帰ったらベリアルにまた馬鹿にされるじゃない!」
べ、ベリアルって……またまた有名な名前が出てきた。
っていうか対価って事は、何かしら渡したらそれで帰ってくれるんじゃないか。
「えっと、今その対価を渡せば、大人しく帰ってもらえるのかな?」
そう言った途端、魔王の顔からすっと怒気が消えるのが分かった。……ほっ、助かった。あのままじゃ何しでかすか分からん。
「……そう? なら、あなたが死んだ後に貰いに行くわね。うっしゃ、これであいつに馬鹿にされなくて済むわ。ありがとね!」
魔王はそう言うと晴れやかに笑った。笑顔は結構可愛いな。
……ってか、今持って帰るんじゃないのか?
「うわ、兄さん度胸あるわね。魂をほいほいと差し出すなんて」
……へ? た、魂って!?
「じゃあ、この契約書にサインしてちょうだい。これ書いてくれたらあたしもう帰るから」
差し出された紙を見てみる。“契約・私は願いの対価として魂を差し出す事を誓います”……な、なんだって!?
「い、今の無しっ! 魂なんて差し出せるかっ!」
やべえ、後一歩で死後の安らぎがなくなる所だった……。死後なんて信じてないけど。
「ちょっと! 魂の一つや二つでグダグダ言ってんじゃないわよ! 男でしょ?」
む、無茶苦茶言いやがる……。ってか、魂がどうのこうのって性別は関係ねぇだろ? 温厚な俺も、さすがにこめかみ辺りが痙攣し始めた。
「……お前なぁ、いい加減にしろ。魂なんて簡単に渡せるか! 帰れ、今すぐ帰れっ!」
これ以上関わってたら、冗談抜きで魂取られそうだ。
「〜〜〜〜っ! もういいわ、帰る、帰ってやる! だぁれが好き好んでこんな所に留まるもんですか! もう一度呼んだって二度と来てやらないからね!」
怒りが攻撃に転じなかった事にホッと一息つきたいが、帰るまでは油断できない。
「…………どうした、早く帰れよ」
所が魔王はなかなか帰る気配が無い。何かそわそわしている。
突然、魔王は顔を赤らめて俺をみた。
「――あたしを呼び出した時の魔術書出して。それに送還の魔方陣書いてるはずだから」
魔術書? ああ、あの胡散臭い本か。あの本どこやったっけ?
「兄さん、何か焦げ臭くない?」
倖が鼻をひく付かせながらそう言う。……そういえば焦げた臭いが漂ってきてる。
「え? ……あっ!」
――燃えていた。結構激しく燃えていた。あの怪しげな本が。
多分剣を振り回したときに飛び散った炎が燃え移ったんだな。
「あ、あ、あ……!」
顔面蒼白になった彼女は慌てて本に飛びつき、虚空から水を出して消化した。
「あー、ほとんど炭化しちゃってますね。でもいいですよ、もういらないですし」
朗らかに恵美ちゃんがそう言うと、少女は本を抱えてうずくまった。
「――れない」
「へ?」
声が小さすぎて聞き取れなかった。
「帰れないっ! これが無いと私魔界に帰れないの!」
――――え?
「えええええっ! 自分で帰れないのか?」
俺がそう言うと、彼女は泣きながら頭を振った。
「面倒くさいから興味のある攻撃系や錬金系の術以外まじめに勉強してなかったの!」
「じゃあしばらく泊まってけば?」
勝手に決めんなよ倖ッ!
――そうして、我が家に奇妙な居候が転がり込んできたのであった。
果たして、彼女は帰ることが出来るのだろうか。
「どうでもいいけど、兄さん晩御飯まだ?」
「……黙れマジで」
気が向いたら、続きを書くかもしれない。
が、予定は未定。