episode.3 きつねうどん
シャルロットと春原が同棲を始めて一週間、相変わらず、二人は晩ご飯にうどんを食べていた。
ちなみに、シャルロットは器の中に事前に出汁の素を入れるようにすることを覚えた。
「なにこれ」
「きつねうどんです。フォックスヌードゥ」
「……この上に乗ってるの何?」
「油揚げですよ。 豆腐を薄く伸ばして揚げたものという認識でいいです。この国でもベジタリアンの方が好んで食べると聞きましたよ?」
春原は出汁の沁みた油揚げを咥えるとともにもしゃもしゃと食べ始めた。
「豆腐はあっても、油で揚げるなんて聞いたこともないわよ」
シャルロットはそう言うと春原と同じく薄揚げを口に運んだ。
「熱っ!」
*****
「しっかし、本当手出して来ないわね」
「え?」
「普通、こんないい女と暮らしてたら溜まるもんだすだけでも生殺しみたいなものじゃないの? 子どもとはいえユータも男なんでしょ」
そう言いながら、シャルロットは春原を誘うように扇情的なポーズを取った。
「……手出すわけないじゃないですか。 殺されます」
「だから、私は意識されてる相手を殺せないんだって。 なに? それともペドとか熟女好き? あっ! もしかして、ゲイとか?」
「いやいや普通に人並みに女の人は好きですって」
「……んー、日本人って本当こういうとき謙虚よね。 別にチェリーでも気にしないのに」
春原は失礼なと突っ掛かりそうになったが、実際に経験はないので口を閉じる。
「……あ、そういえば上の階に新しい人が引っ越して来たらしいので煩いことはしないでくださいね」
「別に室内で発砲なんてしないわよ」
そう言うと、充電器をつなげてある春原の携帯がピポンと光った。
「ユータ、メールきてるわよ」
「わかってますよ」
ぶつくさ言いながら、携帯を開くと家庭教師の教え子だった女の子からのメールが届いていた。
懐かしいと思い、メールを開こうとした……その瞬間。
「ユータ! 危ないっ!」
突然、シャルロットが声を上げると、そのまま春原を押し倒した。
「なっなんですかっ!?」
「なんですかじゃないわよ。 外からこんなの飛んできたの気づかなかった?」
シャルロットが指差す方向にあったのは、壁に突き刺さった苦無だった。
ふと見ると、ベランダの窓に何かが貫通したような穴ができていた。
「これって日本のニンジャアニメによく出てきた飛び道具だけど……、それにしても、アンタ五感鋭いんじゃなかったの?」
「知らないですよそんなの。 っていうか、なにも気づかなかったし」
春原はそういうと、周りをキョロキョロし始めた。
「あ、でも……ベランダに隠れてますね」
「……だれもいないけど」
シャルロットは顔を出して探すが、何もなさそうに見えた。
「上ですよ」
「上?」
春原はそういうと、物干し竿を外すと上の階のベランダの下を突っついた。
「……グホッ、せ、先生痛いですっ!」
突如声が聞こえたと思うと、ベランダの床裏と同色の布が捲れて、藍染の伊賀袴を着た少女が落ちてきた。
「……ニ、ニンジャ?」
「……せ、先生。 お久しぶりです」
「あぁ……うん。 久しぶり、服部」
*****
「いやーすいません、お茶まで頂いちゃって」
「それよりもベランダから苦無投げないでよ」
「そうじゃないと気づいてもらえないかと思いまして。 ……弁償します」
服部は春原の目を見ると、空気を読んで謝った。
「……まあいいけど、来るなら連絡ぐらいすればいいのに」
「メール見てないんですか? ……あ、茶柱」
春原はシャルロットと着信メールの中身を見るとそこには
《わたし留学することになりました! 先生の部屋の上ですよ! 運命感じません!?》
と、安直に書かれてあった。
「いや、このメールきたの数分前なんだけど」
「はい、送信失敗になってたのでついさっき送りました」
あっけらかんに言う服部に春原は何も言えず、ため息だけついた。
「……っていうか、ユータ。あの子だれ?」
「……服部 春風。 日本にいた頃の知り合いで、実家が忍者なんだって」
「……日本ってまだニンジャいるのね」
「ええ、今は政治家とかVIPな人の護衛をしてるとか」
シャルロットに説明を終えると、今度は服部が春原に尋ねてきた。
「ところで先生……その女性だれですか?」
「え、えっと……こっちの知り合いで一緒のルームメイト」
「……殺し屋ですね」
「っ!?」
服部はこんな感じではあるが、忍者の中でもかなり優れている方に当たる。
シャルロットの正体くらいであれば、雰囲気を見るだけでなんとなく見破ることができる……のだが。
「いやー同業者の方が一緒でよかったです!」
「……え」
「いや私、伊賀忍者なんで傭兵とかそこらへんがメインではあるんですけど、一応殺しのスペシャリストでもありますからね。忍ですから」
あぁ、そういうことか。
別に実際にヒト殺して回ってるわけじゃないのね。
そう理解したユータはホッとため息をついた。
「……ねぇユータ、あの子何言ってんの?」
「……たぶん虚言的なアレです」
「そうじゃなくて、日本語だと分からないんだけど」
「え?」
そういえば、服部はずっと日本語で話していた。
それに気づき多少心を落ち着かせた春原は尋ねた。
「あのさ、シャルロットさん……ここの国の人いるから日本語だとわからないから……」
「あ……そ、そうですね……では……コホン……私、はとりー、忍者、してる」
あまりにも文脈というもののない言葉。
シャルロットは呆然とした顔で何故か春原をみた。
「……」
「……服部。 英語学んできてないのか?」
「……そ、そんなこと。 ないです」
「……シャロさん、彼女日本語しか話せないって」
「なんですって!?」
シャルロットの声に服部は驚き、背後にこけた。
「あなたね! なんとなく忍者も殺し屋なのは分かってるから言うけど、殺し屋なら相手の国のことを最低限でも理解してなさい! 特に忍者なんてここにはミュータントなカメの奴等さえもいないんだから、一人でやっていこうなんて無理よ! そもそもそんなに幼いのに留学なんて早すぎるわ! 日本はなんでそんなに若いうちに行動させたがるのよ!」
「せ、せんせぇ〜……英語攻め無理ですぅ……センターリスニング試験ですかこれぇ……」
服部は目を回しながらそういうと、そのままコテンと倒れた。
「……言いすぎたかしら」
「……いえ、構いません」
あと春原はシャルロットが服部をいくつだと思っているのかが気になったが、怖いので聞くことを諦めた。
もし自分よりも年が上に見られていたら悲しくなる。
*****
「しかし、また増えたわね」
「ええ、また消費しないといけないですね」
2人が見ているのは、うどんの段ボール箱である。
というのも、服部が帰宅する際に引越しの挨拶ということで段ボール箱一杯のうどんの麺を渡されたのである。
「日本では引越しの挨拶にうどんを渡すの?」
「いえ、本来はソバなんですけどね……」
しかし、言葉話せないのに留学なんてできるのだろうか。
春原は少し不安げに上を見た。
「気になる?」
「……まあ、多少なりともは。 あのシャロさん、こっそり学校に着いて行って様子見てきてくれませんか?」
「いやよ。暗殺関係ないじゃない」
「いや隠密行動として考えていただけると……」
すると、シャルロットは指を口元に当てると少し考えた素振りを見せた。
「……依頼料」
「え?」
「人殺さない分、命の料金は安くしてあげるから依頼料払いなさい」
「……お金ないんだけど」
春原は渋々財布を開き、日本円で約1万円分の料金をシャルロットの手に置いた。
「……確かに承ったわ」
「これでいいんですね……」
「……本当は別に400円くらいでよかったんだけど」
「返してください」
*****
翌日、春原はスクールバッグを片手に、忍者服でベランダからアパートを出て行く服部を見送ると、準備を終えたシャルロットが部屋から出てきた。
「準備できたわ。 じゃあ行ってくるわね」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「なによ。こう見えても気付かれないのよ?」
確かに、シャルロットは市街迷彩のパーカーなど目立たない格好をしている。
……一部を除いて。
「……その背中のものなんですか?」
「スナイパーライフルよ? 知らない?」
「なんでそんな物騒なもの持っていくんですか!?」
「望遠鏡とか双眼鏡の代わりよ。 別に狙撃目的に使うつもりはないわ」
そう言いながら、シャルロットは背中の明らかに怪しいケースを背負い直した。
*****
春原がシャルロットが行くのを見送った数時間後。 ズボンに入れている携帯のバイブレーションが鳴った。
「もしもし」
『ユータ? 今んところ問題なさそうよ。 寧ろニンジャ効果で喜んで言葉教えてるみたいね」
「そうですか。 ……ん? なんで会話の内容まで分かるんです? スナイパー……遠くから見てるのなら内容までは分からないはずですけど」
『アンタならそのくらい聞こえそうだけど……。 まあ安物の盗聴器よ。 昨日の夜、あの子が眠ってから忍び込んで鞄に仕込んだの』
なんか聞き慣れぬ言葉が聞こえたが、春原はシャルロットなら使うだろうと納得して受け流した。
「……とにかく、ありがとうございます。 ちゃんとお昼は摂ってくださいね」
『はいはい、そもそも仕事中に電話するなんて私したことないのに』
春原は小言を言われる予感がしたので、電話をブチ切った。
「ふぅ」
「誰からだったんだい? ユータ」
「ルークが気にするような人じゃないよ」
ふと一緒に大学のラウンジで休憩していたルーク……もといルーカスが尋ねてきたので春原は簡単に答えた。
「HAHA! 君にガールフレンドが出来ても僕は何も言わないさ!」
「そう。 じゃあ彼女」
「なんだって! 悪夢を見ているようだ!」
「冗談だよ。 あとでハンバーガー奢るから」
ルークは春原を日本人と知るや否や交流を求めてきた熱心な日本オタクである。
顔はいいのだが、そのせいでモテないのが悲しいところだ。
「ユータ、君は僕を典型的なアメリカ人だと小馬鹿にしているだろう?」
「そっか。 じゃあハンバーガーはいらないのか」
「いや、もちろん頂くよ!」
そして、典型的なアメリカ人である。
*****
一方シャルロットはブチ切れた携帯にイラッとしながらも、電源を落として仕事を再開しようとしていた。
「全くアイツは……。 まあいいけど。 それにしてもあの子が通ってるのって高校なのね。 ……飛び級してるってことは頭がいいのかしら」
独り言をつぶやき、カロリーメイトを片手にスナイパーライフルを再設置すると改めて覗き込む。
「(別にもうこれ以上見張っててもなんも問題が起こりそうにないんだけど……。 親心だけなら、これぐらい見張ってればいいでしょ)」
そう考えたシャルロットは一旦帰宅するために荷物を片付けようとしたその瞬間、シャルロットの傍を素早い何かが掠めていった。
見るとそこには一発の弾痕が残っており、狙撃されたのだと理解する。
もし、シャルロットが気配に気がつかずに半身を逸らさなければ完全にこめかみを射抜かれていたところだっただろう。
シャルロットは急いでライフルを覗き込むがこちらを狙う敵は見当たらなかった。
*****
シャルロットは狙撃のことが気になり、結局最後まで見張った結果。 かなり遅くなってしまった。
「……ただいま」
「お帰り。 シャロさん一日中見張っててくれたんですか? 別に途中で帰ってくれても良かったんですけど」
「……いや、実は……」
シャルロットは狙撃のことを話そうかと思ったが、春原を巻き込んでしまう気がしたため黙ることにした。
「どうしました?」
「あ、いや。 それより代金払ってよね!」
「わ、わかってますよ」
NINJA
名前:服部春風
性別:女 年齢:15 血液型:B
職業:高校生、くノ一
身長:156cm 体重:43kg BWH:67-48-76
趣味:漫画、ストーカー、スイーツ食べ歩き
特技:隠密行動、忍術、声真似
特徴:家庭教師だった主人公を追って留学してきた忍者の家系の少女。基本的には普通の女子高生で英語は苦手。お金を稼ぐために忍者の仕事をしている。