episode.2 山かけうどん
翌日、春原は目を覚ますと朝食を作りにキッチンへ向かう。
いつも焼くパンは一つだが、ソファで寝ているデカい女を見て袋から二枚取り出した。
「……うぅん……ふわぁぁあ」
「おはようございます。パンは一つでいいですか?」
「……構わないわ。ちょっと洗面所借りるわね」
……
…………
数分後、食パンにハムエッグを乗せてテーブルに並べる。
春原が先に食べていると、シャルロットが戻ってきて無言でトーストを頬張った。
「……じゃあ僕もうそろそろ学校に行かないとならないので行ってきます。 外出する際には、ドアの隙間に鍵を入れておいてください」
「……分かったわ」
*****
春原が家を出てから、シャルロットはポケットにしまっていた仕事用のメモ帳を見る。
今貰っている仕事は実はまだ2つある。
一つは、センタービルのオーナー社長の暗殺。
もう一つは裏金疑惑の政治家の暗殺。
依頼者はそれぞれ別だが、どちらもそれなりのお金を用意してくれている。
「ユータ、よかったわね。 すぐに発てそうよ」
そういうと、シャルロットは唯一持っていた仕事道具のナイフとパーカーを持って部屋を出て、鍵をドアの溝に隠した。
……
…………
結果を言うと、かなり稼ぐことができた。
具体的な金額までは不明だが、予定にしていた本拠地の用意までは無理としても備品や仕事道具は一式購入できそうである。
しかし、どちらも手段は一緒だったため特定されやすくなってしまったかもしれない。
結局シャルロットはすぐにでも春原の元を去る必要があると判断し、返り血のついたパーカーに火をつけた。
*****
春原が帰ったのは7時くらいになった。
「ただいま」
「おかえり。 どう? 家で美女が待ってる生活は」
「殺し屋じゃなければ万々歳です。 じゃあ晩ご飯作りますね」
美女という点に関しては否定できないため、少しばかり春原は悔しく思った。
……
…………
「なにこれ」
シャルロットは自分の目の前に置かれた『白いモコモコが乗せられたうどん』を指差して言った。
「山かけうどんです。 芋を摩り下ろしたものを乗せたうどんです」
「芋を摩り下ろしたらハッシュドポテトになりそうだけど」
「せめて火を通してから言ってください。っていうか、文句あるなら食べないでください」
「別に文句なんてないわよ」
シャルロットは仕方なくうどんをフォークで掬うと、案の定滑った。
「ちょっと! この白いのヌルヌルしてるじゃない! フォークじゃ食べれないわよ!」
「じゃあ箸使います?」
そういって春原はうどんを箸で上げて見せた。
「つ、使うわよ……見てなさい。これでも、スシ屋とかで学んだんだから」
「シャロさん、本場のスシは手で食べるんですよ」
「うるさいわね! 集中させなさいよ!」
ブツブツ言いながらも意外に器用なシャルロットはうどんを持ち上げることに成功した。
そして、口に入れ……
「うっ……白くてヌルヌルして水っぽい……ってまたこれ味薄いじゃない!!」
「食事中に下ネタはやめてください。あーもぉ、出汁の素がなくなっちゃう……」
シャルロットは出汁の素を奪い、適当に出汁を追加して味を合わせた。
「日本料理は薄味が美徳なんですよ?」
「貴方のは薄味って次元じゃないのよ」
*****
二人は食事を終えたあと、春原が食器を洗いながら話を振ってきた。
「そういえば、シャロさん出かけてたんですね」
「え? なんで?」
「鍵とドアノブが暖かかったですし……それに臭いが……その」
鍵の温度まで分かる触覚に今更驚かなくなったシャルロットは言葉に詰まる理由を答えた。
「血の臭いする?」
「……はい。 鉄と生臭いような……変な臭いです」
「女性に変な臭いとか言うんじゃないわよ、もぅ。 で、なに? 殺すのやめろっていうの?」
「……言ったところでお仕事なんですよね」
困る春原にシャルロットは言葉を告げる。
「……あのね、私は確かに何人もの人を殺したし貴方が畏怖するのは分かるわ。 でも、私だっていつ通報されるかずっと警戒してるの。 でも、そんなこと殺して解決なんて考えたりは一切しないわ」
「……え?」
「勘違いされることが多いけど、殺し屋ほど人の命の重さを理解している人はいない。 生半可な気持ちじゃやれない仕事なの。 確かに血なまぐさいけど、仕事とプライベートくらいは分けてるわよ。どっちにしろ殺すなら暗殺しか無理だし、常に警戒されてる貴方を殺すつもりなんてないわ」
「……うん。……っていや、そうじゃなくてむぐっ!?」
春原が言葉を遮ろうとすると、いつの間にか背後に回っていたシャルロットに取り押さえられた。
「子どもがそんな難しいこと言うもんじゃないわ」
「……プハ。 ……さすが暗殺者」
「皿洗いしてる音と匂いで隠れただけよ。 貴方がなにもしてなかったら、すぐ分かったと思うし」
そういいながら、肩にかけた右手と腕を掴む左手を離した。
*****
「あ、そうだ」
皿を洗い終えた春原は、玄関に向かうと袋を一つ抱えてきた。
「これ、必要じゃないかなと思って」
「これって……服?」
中から出てきたのは、シャツやらジーンズやら様々な服だった。
「これどうしたのよ」
「友人が古着屋だから、いくつか貰ったんです。 ……あくまでプライベート用ですから、返り血防止につかったりしないでくださいね」
「……下着まで古着なのね。 っていうか、いいの? 私出ていくのに」
その質問に春原が返した答えは異様なものだった。
「え? 出て行くんですか? 当てができたのならいいんですけど」
「え?」
「いや、だって住む場所に困ってるなら泊まらせてあげるつもりだったから……なんとかなるまで」
「ええっ!? あ、貴方正気!?」
春原は今日だけでも2人を殺したような人物と同棲をしようというのだ。
当の本人であるシャルロットは慌てて問い詰めた。
「あの、さっき言ってた話繰り返すのもなんだけど。 私、殺し屋なのよ?」
「知ってますよ。 言っておきますけど、今日殺してようが殺してなかろうが泊める気でした」
「貴方ねぇ……それでいいの?」
「構いません。 僕を殺さないのなら尚更です」
つまり彼はもし自分に対して多少でも殺す気があったとしても泊めると言っているのである。
どれだけ自信があるのか馬鹿なのかは知らないが、シャルロットが見たことのないレベルでお人好しである。
「でも、当てがあるなら止めませんけど」
「……いや、当ては……そうね、泊まらせてもらう。 ううん、しばらく住ませてもらうわ。 けど、住むだけじゃなんか一方的だし条件」
シャルロットはそう言うと、泊まらせてもらう報酬を出した。
「まず貴方はこの先必ず命を狙われるわ」
「……それは、まあシャロさんの代わりの刺客がくるということですか」
「ええ。 だから、私は貴方を守るわ」
「それは心強いですけど……なんで僕狙われてるんですか?」
シャルロットは首を横に振って分からないと答えた。
「殺し屋は基本理由は聞かされないの」
「……そうですか」
「あと、私が暮らす分の電気代とか水道代は半分払うわ。 日本人だからお風呂入るでしょ?」
「いえ、お金勿体無いのでシャワーだけです」
「……」
とにかく、お金を払うのは人間として当たり前なのでそれは決定事項とする。
「じゃあ部屋割りしますか」
「え?」
「あとシャワーとか鍵も考えないといけませんね。 電話持ってます?」
「……プライベートはなるべく守る主義なのね」
*****
数時間後、物事を決め終わったのは真夜中になった。
「……すっかり遅くなったわね」
「インターネット繋げてなかったですからね」
「日本人ならそのくらいできるでしょ」
「日本人って、13歳に出来ると思ってるんですか」
もちろん本当は19歳なのだが、シャルロットが思っている年齢で答える。
「仕方ないわね。 私は明日シャワー浴びるから貴方入って来なさい」
「……お母さんみたいなこと言いますね」
「失礼ね。 まだそんな年じゃないわ」
「そうですか」
春原は適当にあしらい、さっさとシャワーを浴びてパジャマに着替えた。
しかし、シャルロットから可愛らしいナイトウェアだと笑われたので、春原は買い直すことを心に決めた。
*****
その頃日本では一人の少女が風呂敷で荷物を包んでいた。
「これだけあれば十分かな?」
「わざわざ風呂敷に拘らなくても、旅行カバンでいいのに」
「いいの、お母さん。 私にもポリシーっていうのがあるんだから」
「ふーん、まあ別にいいんだけど。 なんでまた留学なんて考えたの?」
「んー? 秘密」
「まぁ適当な理由じゃないならいいけどね。 学生自分でも稼ぎなさいよ。 毎月お金送るの大変だから」
「分かってるって」
少女はそういうと風呂敷を背負って庭に出て、屋根に飛び乗った。
「今から行くから待っててね。センセー!」
Assassin
名前:シャルロット
性別:女 年齢:21 血液型:O
職業:暗殺者
身長:183cm 体重:61kg BWH:98-63-88
趣味:ゲーム、情報収集
特技:射撃、体術、暗躍
特徴:仕事服はパーカーだが、胸元までジッパーを閉められないのでインナーを見せている。ゲルマン系美人のモデル体系なので本来はかなり目立つが、気配を消すことに対しては横に出るものがいない。
暗殺に特化しているため、殺気づかれてる相手は殺すことができない。