episode 1. 素うどん
殺し屋の女は春原が家を出ている隙に部屋に忍び込み、待ち伏せすることを決めた。
本人の部屋であれば死体の発見が遅れて、犯人の特定が難しくなると判断したからである。
彼本人の情報は必要ない。 彼女自身、詮索する理由がなかったからだ。
今回の目的は簡単。 日本人の少年一人をどんな手段を用いてでも殺すこと。
彼女は、頭の中で復習をすると黒いパーカーを羽織い、ナイフを持って天井裏に隠れた。
*****
「さて……と、疲れたぁ」
そんなことも知らずに帰宅した春原は晩ご飯を作るためヤカンに水を注いで火にかけた。
……
…………
そして、おもむろに天井裏の扉を開けた。
「あの、誰ですか?」
「っ!? どうしてっ!」
気配を消すことは彼女の特技の最なる特技であった上、呼吸音から物音まで一切ならないように集中させていたはずだった。
「え、いや……僕以外の『心拍音』とか僕のものではない整髪剤やら洗剤の『匂い』がしたので」
彼の言葉に彼女は気にも留めなかったメールの一文を思い出した。
ーー彼の五感は異常だ。人外といっても過言ではない。
単純に神経質な性格なのだとばかり思っていた彼女は、唇を噛み締め部屋を飛び出した。
殺し屋の中でも『暗殺者(Assassin)』だった彼女は、バレてしまった以上対象を殺すことはできない。
部屋に残された春原は、不思議に思いながら彼女を見送るとお湯の沸いた音を聞いて火を止めに行った。
*****
「……ウソでしょ?」
彼女の車は駐車場には無くなっていた。 財布など音がなって仕事の邪魔になるものは全て車内に置いていたため、ほとんどのものを失ったことになる。
携帯端末を確認すると着信履歴が一通。
内容は彼女の本拠地としている部屋の差し押さえの報告だった。
たった一つの任務を遂行できなかったため、彼女は全てを失ってしまったのである。
彼女は慌てて依頼人に電話をかけるが、既に番号は捨てられたものとなっており繋がることはなかった。
身寄りのいない彼女は途方に暮れ、あてもなく夜の街を彷徨うことになった。
*****
「……それにしても、実家からめっちゃうどん送られてきてる……。どう消費すればいいんだよ」
そう思いながら、春原はテレビの音声を一桁に設定して見る。
日本と違い政治的経済的なニュースばかり。 芸能や観光地のニュースぐらいしてくれてもいいと思う。
そんなことを思っていると、突然家のチャイムが鳴り響いた。
「……? こんな時間に誰だろ」
扉を開けると、そこにいたのは帰宅時に不法侵入していた女性だった。
「あの……さっきはゴメ……」
扉を閉めて鍵をする。
「あああああっ!! ねぇっ! お願いっ!! 中に入れてっ!? 私が悪かったからっ!」
「そうは言っても、貴方から硝煙やら火薬の臭いがするんです! 流石に銃バンバン撃ってる人を入れたくはないです!」
「そ、そんな頻繁に銃なんて使わないわよ!! ……ねぇ悪かったからぁ……。なんでもするからぁ……」
「……本当に……なにもしないですよね」
そういうと、春原は根負けして扉を開けた。
そこには男みたいな身長の女が半ベソでへたり込んでいた。
*****
「……開けてくれてありがとう。 まあ私ならチェーンされても鍵閉じられても開けることくらい簡単なんだけど……」
「物騒なこと言わないでください。 で、貴方はだれなんです?」
彼女をソファに座らせ、自分は距離をとって座イスに座る。
「私はシャルロット。 暗殺者をしているわ」
「帰ってください。ターゲット僕だったんですよね?」
さっきのこともあり、それくらいは察しがつくので春原は答えた。
「そうだったけど……今は任務を失敗してクビよ。 そのせいで何もかも失ったわ」
「……それで殺しに来たんですか?」
「暗殺者が正面から殺したら暗殺じゃないじゃない! いや、別に……他に当てがないから」
「あ、当てがないから暗殺のターゲットの家に来たんですかっ!?」
春原は衝撃で仰け反った。
「だって知り合いも身寄りもいないのよ!? 生きながらに私のことを知ってるの貴方だけなんだから!」
「……そんな物騒な。 それで……どうすればいいんですか? 学生なんでお金ないですよ?」
「見た目からして分かるわよ、そのくらい。 えっと……勝手なことを言うかもしれないんだけど……その……」
「……」
「……」
静寂の中、彼女から出てきた答えは
「……おなかすいた」
腹の虫だった。
*****
「うどん。 知ってます?」
「ジャパニーズフードでしょ。知ってるわよ。 ……うわっ薄っ!?」
フォークを使って器用に食べるが、想像以上に水っぽく彼女は驚いた。
「自分にはこのくらいが丁度いいんですけど。 ……このくらいでどうですか」
春原は彼女の器に適量に出汁の素を追加した。
「……不味くはないわ」
「人の飯食って何言うんですか」
「というよりも、貴方本当に五感が鋭いのね。 今ので丁度いいってどんな味覚してるのよ」
「舌音痴で悪かったですね」
どうやら彼には感覚が鋭いという自覚がないらしい。
「それにしても一人暮らしなの?」
「ええ、日本から一人で来ました」
「……幼いのによく思い切ったわね」
「いや、僕幼いって年じゃないですけど」
彼はふと考えると、理解したように頷き尋ねた。
「あのシャルロットさん」
「シャロでいいわ」
「シャロさん。 僕何歳に見えます?」
「……13くらい?」
19という実年齢よりもかなり年齢が低く、うどんを吹き出す。
日本人は海外から見て年齢を若く見られるというがここまでとは、しかし大学でも最初はそうだったのを思い出す。
「……じゃあそういうことにしてシャロさんは?」
「21よ」
なるほど、妥当だ。
いや、21歳で殺し屋って妥当なのか?
*****
食事を終えたところで春原はシャルロットに尋ねた。
「……このあとどうするんですか?」
「行く当てもないから路上で寝るわ。このくらい慣れっこよ」
流石に屈強な外国人の殺し屋とはいえ女性を路上で寝かせるのには、治安のいい日本で育った春原としては抵抗がある。
そこで、春原は思い切ったことを提案した。
「……じゃあ泊まりますか?」
「……えっ!? あ、いや……そ、そうね。 なんでもするって言ったもんね……よし! 任せなさい! 一肌脱いでみせるわ!」
「いっいやいやいやいや!! そうじゃなくて、そこのソファ使ってくれてもいいってことです! 自分は隣の部屋で寝るので」
殺し屋とはいえシャルロットはかなり美人なのだ。 一夜を過ごしたところできっと自身のハートがズタズタになりそうである。
「……日本人は無欲ね」
「……殺し屋と寝るのが嫌なだけです」
あくまでこれも真実である。
*****
その夜、春原はレポートの仕上げに移っていた。
「……ユータ、子どもは早く寝ないといけないわよ」
「ユータって……そうか、ターゲットだったんだからそのくらい分かるか」
隣の部屋から聞こえるシャルロットの声に生返事をすると、春原は作業を再開する。
一方シャルロットは今後のことを考えていた。
流石にこのまま子どもに養ってもらう訳にもいくまい。
とはいえ、彼女自身だけでは何もできない。
宝クジやカジノで一攫千金を狙うにしても小銭一枚もないのだ。
本格的に自身のこの先を考えたほうがよさそうであるとシャルロットは唸った。
キャラ紹介というものをしてみようと思ふ。
TARGET
名前:春原裕太
性別:男 年齢:19 血液型:A
職業:大学生/ガソリンスタンドバイト
身長:169cm 体重:55kg BWH:83-73-88
趣味:読書、写真 、絵画
特技:剣術、間違い探し、捜索
特徴:人並み外れた異常な五感を持つ。