第100話 小鬼達船旅の朝はドタバタと始まる。
『ワールド・グレート・ピース号の朝』
ワールド・グレート・ピース号は最新鋭の豪華客船である。
プール、スポーツジム、ゲームセンターから映画館、デパート、結婚会場…更には各国に繋がる役所からまで存在し、もはや『海上の国』と言っても差し支えない程施設が充実している。
更にそれら全ての施設を使用する料金はタダであり、何時でも誰でも使用可能となっている。
この豪華客船の物語は、ゴブリンズから物語が始まる。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
アイ『…これは…?』
アイは辺りを見渡していた。
真っ暗な世界にアイただ一人飛んでいる。
大地も空も無い、静かな闇に包まれていた。
アイ『…なんだ、この世界?
なんでこんなに暗いんだ?いや暗いだけじゃない、息苦しい…?』
「パパ〜〜〜!!!」
不意に、ユーの声が聞こえてきた。
アイが振り返ると、そこには山より大きなユーがズシンズシンと地面を揺らしながら歩いてきた。
アイ「あ、あれ?
地面がある?さっきの描写じゃ地面は無かった筈…?」
ユー「パーパー!!」
アイ「ユー!?
落ち着くんだユー!こっちに来ちゃいけない!」
アイは必死に叫ぶが、巨大なユーの耳に入らない。
ユーは相変わらずズシンズシンとこちらに向かってくる。
ユー「パパー!!」
アイ「ユー!?
や、やめろ…やめろおおお!!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
アイ「やめろぉ〜〜〜〜…。
あれ?」
アイはキョロキョロと辺りを見回す。
『海』をテーマにした豪華な装飾の室内。大きな窓の向こう側には海が見え、波の音だけが響いている。
アイは十秒考えて、船室の中だと気づいた。
アイ「あ、ここは船室か…。
さっきのは夢、か」
アイは一人ほっと息をつく。
すると突然船室の扉が勢い良く開き、ユーが部屋の中に転がり込んできた。
シティがコーディネートした服装に着替え、左手にはアイがプレゼントした鬼のぬいぐるみを持っている。
ユー「パパ〜!」
アイ「ユーか、おはよう。
お前良く寝た…」ユー「突撃〜!」
アイ「……か……?」
ユーはアイが寝ているベッドに向かって走り、目の前で跳躍。
そして両足からアイの顔面に着地した。
アイ「もにんぐっ!?」
ユー「起きろ、パパ〜!
起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ〜〜!」
ユーはぴょんと飛び退き、今度はアイの腹部の上に着地。
もうこの時点でアイは気絶していた。
アイ「ふぐう!!」
ユー「起きろ起きろ起きろ起きろ起きろ〜〜〜〜!!」
ユーは更に両手でアイをビンタしまくる。
気を失ったアイはされるがまま、両頬がどんどん腫れ上がっていく。
「ユー!
どう、成功した!?」
ユーの背後から声が聞こえてくる。
振り返ると楽しそうにシティが笑いながら立っていた。
ユー「シティちゃん!」
シティ「私が教えた『父親絶対目覚拳法』、上手くいった?」
ユー「うーん、ダメみたい…。
パパ、起きてくれないよ…」
しゅんとした顔で答えるユー。
シティがどれどれと言いながらアイの顔を覗くと、まるでアン◆ンマンのように丸く腫れ上がって気絶したアイがベッドに横たわっていた。
シティ「…ユー」
ユー「何、シティちゃん?」
シティ「貴方、免許皆伝よ。
もう私が教える事は何も無いわ」
ユー「メンキョカイデン?」
シティ「とっても凄いって事。
皆もこの勢いで起こして来ちゃいなさい」
ユー「はぁい!」
ユーは明るい顔でシティのそばを通り抜け部屋を出ていった。
シティは改めてアイの顔を見る。
腫れ上がって丸い顔になったアイを見て、シティは一言呟いた。
シティ「……新しい顔があれば元気になるかしら?」
シティが半分本気で悩み始めたのと、隣の部屋からルトーの悲鳴が聞こえたのは同時だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
スス(『おはようございます、隊長。
私達は今旅行で豪華客船ワールド・グレート・ピース号に乗っています。
船に乗るのは久しぶりなので緊張しています』…っと。
メールを送信)
ススは送信ボタンを押すと、画面が『メールが送信されました』に変化した。
スス「……これで良し、と。
ふぅ、30分もどんなメール送ればいいか悩んだ甲斐があって良いメールが送れたわ」
ススはほっと一息ついてから携帯を仕舞い、窓を開ける。
空は雲一つなく、海の青と空の青がススの視界一杯に広がる。
スス「海…本当に私達、こんな豪華な船に乗っているのね…」
不意に、拍手部隊の皆の顔が見えてくる。
『丸脚』のスミー。
『だらしない男』のズパル。
『一人軍隊』のエッグ・ミステリー。
『アニマル・チューナー』クックロビン。
『悪魔』セキタ。
彼等の顔が浮かんでは消えていく。ススは静かに目を閉じた。
スス「…。
拍手部隊の皆。私、精一杯生きるからね。
皆の分まで…というほどじゃないけど、これから沢山苦労したり笑ったりするから。
皆、見ていてね」
ススが一言呟いた後、廊下からルトーの悲鳴が聞こえてきた。
ルトー「ぎゃああああ!!」
ユー「起きろ起きろ〜〜ふみゅっ!」
ルトー「こらユー!
良くも僕の楽しい夢を壊してくれたな!
あと少しで果心を…」
ユー「?
ルトー、なんか夢見たの?」
ルトー「〜〜っ!
うるさいうるさいうるさーい!
今日という今日は許さなーい!」
アイ「シイイティィィ!!
ユーに何を吹き込ませたああ!」
シティ「アハハハハハハ、リーダーマジギレしてやんのー!
幼女に叩き起こされて、本当は嬉しい癖にー!」
アイ「ふざけんなー!!」
ぎゃあぎゃあわいわい。
扉の向こう側から聞こえる声をススは暫く静かに聞いていた。
やがて一言呟く。
スス「拍手部隊の皆、見ていてね。
今からアイツラ、ブッ飛ばしてくるから」
ススは覚悟を決め、肩を鳴らしながら部屋の外に出ていく。
その後部屋の外で悲鳴と怒声が入り雑じった喧騒が聞こえてくる。
ススが部屋に置き忘れた携帯に、サイモンからの返信メールが受信される。
そこにはこう書かれていた。
『おはようございます。
旅行を楽しむのも良いですが、羽目を外し過ぎないように。
また、彼等は騒ぐのが好きそうなので貴方も気を付けて』
ススがそれを見て赤面するまで、後三十分…。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
〜ワールド・グレート・ピース号
レストラン『Ki-Bi-DANGO』〜
も
ハサギ「ガツガツガツ!」
ノリ「モグモグモグ!」
ケシゴ「…お前等、少し落ち着け。
そんなに食べると後で大変だぞ」
ペンシ「そうだぞバクバクガツガツもう少しバリボリバリボリ節操ある食事をガチャンガチャンバリンとらないとペロリゴクン」
ケシゴ「……口にケチャップ付いてるぞ」
ケシゴはそっとハンカチを渡す。
ペンシはそれを受け取り、静かに汚れを拭き取る。
そしてケシゴに一言。
ペンシ「おかわり頂戴!」
ケシゴ「自分で取りに行け!
…くっ、何故だ何故皆そんなにのんびりしていられるんだ…く、俺はどうすれば……」
ハサギ「まぁ仕事はアタゴリアンに到着してからなんだし、今はのんびりしようぜ?」
ハサギは優しくケシゴに話しかける。ケシゴは落ち着き払った態度で答える。
ケシゴ「お前、まさか気付いてない訳無いよな?」
ハサギ「……あいつらの事、か?」
ハサギは一瞬向こうの席を見る。
そこにはスーツを着こなした屈強な体格の男性が四人同じテーブル
で食事をとっている。
ハサギ「ケシゴ、さっきから何度かあいつらを見ていたな。
……まさか」
ケシゴ「スプーン落ちてるぞ」
そう言ってケシゴは手提げ鞄に入っている紙束をテーブルの下からハサギに渡そうとする。
ハサギは「あ、スプーン落ちた」といいながらかがみこみ、テーブルの下で紙束を受けとる。
座り直した後、テーブルの上に出さないよう紙束を読もうとする。
ケシゴ「ジョーイももう39歳か、そろそろあいつは結婚を考えても良いと思うんだけどな」
ハサギ「あいつは49だぞ……その夢は少し遠すぎるんじゃないか?」
軽口を叩きながらハサギは39ページの資料を見る。
そこには向こうの席で食事をとる男性達の顔と名前、それから簡単なプロフィールが掲載されていた。
◆マチク・タビレタ◇
◆年齢三十代・男◇
◆『歯磨き』の天才◇
◆現在、『NW』に所属◇
◆ヤニ・ナッタ◇
◆年齢三十代・男◇
◆『床拭き』の天才◇
◆現在、『NW』に所属◇
◆マチガエ・ター◇
◆年齢四十代・男◇
◆『焚き火』の天才◇
◆現在、『NW』に所属◇
◆オクレ・チャッタ◇
◆年齢三十代・男◇
◆『折り紙』の天才◇
ハサギ(NW……某国の秘密警察だと?)「…どうしてジョーイは結婚出来ないんだよ、アイツいいやつだろ?」
ケシゴ「あいつ、何か偉い機関に入ろうと頑張ってるんだよ、『N
なんとか』っていう国際警察の組織の一つにな。
だけどあそこ、実際は国が作り上げた正式なテロ組織らしい」
ハサギ「そんな危険な組織の奴がこんな所に居るわけないよな…」
ハサギは食事を再開する。
テーブルの側をウェイトレスが通り過ぎたからだ。
ウェイトレスが通り過ぎた後でハサギは食事を止め、ケシゴに小声で話しかける。
ハサギ「…奴等、なんであそこに居るんだよ」
ケシゴ「…俺が知りたい。
それに、昨日1日船内を回って見たが、その分厚い紙束以上の国際的に動くスパイやエージェントがごろごろこの船に乗船している」
ハサギ「…この船に乗るよう手配したのは?」
ハサギはじろりとケシゴを睨む。
ケシゴは首を振りながら答える。
ケシゴ「俺達の上司、ナンテ・メンドールだ」
ハサギ「悪いが俺、新人なんでな。まだ上司をよく理解できてない」
ケシゴ「……」
ケシゴはハサギを見つめ、ハサギは食事を再開する。
二人が静かに食事をとる横で、もう二人はなにも考えずにかんが楽しそうに食事を取っていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
〜ワールド・グレート・ピース号
海上デッキA〜
ルトー「うーみだーー!!」
ユー「うーみだー!」
シティ「なーつだーー!!」
ユー「なーつだー!」
シティ&ルトー「バカンスだぁぁぁぁ!!!」
ユー「バカンスだー!」
三人は船のデッキで海に向かって叫ぶ。
その後ろではアイが点呼をとっていた。
アイ「スス、いるかー?」
スス「……は〜い……」
アイ「何でそんなに暗そうなんだよ。シティ、ルトー、ユーはあそこで青春中っと。
ダンクは…欠席だな。
あれ?白山羊と黒山羊は?」
アイは周囲を見回すが、観光客でにぎわうデッキの上に白山羊と黒山羊の姿は何処にも無かった。
それだけではなくメルの姿も見えない。
アイ「あ、あれ?
あいつらは?」
スス「ああ、あのヤギさんファミリーなら船員として働いてるわよ〜」
アイ「え?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
〜厨房内〜
白山羊「そこ、火力多目に!
オイル少ないわ、何してるの!」
コック1「は、ただいま!」
白山羊「オマール海老が足りないわ!
直ぐに倉庫を確認してちょうだい!」
コック2「任せて下さい姐さん!
速攻で調べて来ます!」
白山羊「客は何時でもお腹を空かしてるわ!
じゃんじゃん食わせて元気にさせてやるわよ!返事は!?」
コック全員「はい!?白山羊の姐さん!!」
広い厨房内を白山羊が完全に支配していた。
そしてその隅でコック長が一人体育座りしながら泣いている。
そこへ手持ちぶさたになった見習いが近付いてきた。
コック見習い「大丈夫っすかコック長〜」
コック長「な、何故!?
何故ミーのスウィート・ワールドがあの女に乗っ取られたの!?」
コック見習い「コック長しっかりしてくださいよ〜。
昨日『ミーと料理対決で勝利したらこの厨房くれてやるわ』と豪語して惨敗したからでしょ〜」
コック長「煩い煩いうるさーい!
きぃ〜!悔しい〜!!」
白山羊「そこ!皿洗いでもしてろ!」
コック長「きゃいーん!」
〜同時刻・倉庫〜
黒山羊「メ!荷物・配達・完了!」
船員A「良し、良いぞ!
次はオマール海老の入った箱を探してくれ!」
黒山羊「メ!」
3メートルはある巨体の黒山羊が箱を持って荷物を移動したり準備していた。
それを指導していた船員が呟く。
船員A「いやあ助かったよ!
俺達だけじゃかなり時間かかるからな!
しかしお前も働き者だなぁ、観光に来たのにここで働きたいなんて!」
黒山羊「メ!」(違う…)
黒山羊は不意に思い出す。
昨日、船に乗ってすぐに白山羊に命令されたのだ。
白山羊『我々は今からこの船の船員として働きます!』
黒山羊『メ!?何故!?』
白山羊『主の為です!
それに貴方の図体では、皆ビックリしてしまいますよ!』
黒山羊『め、メェ…』
黒山羊(我、立場、低い!
何時か、何時か、白山羊、仕返し…無理メェ)
黒山羊は反逆を諦め、仕事に取りかかっていく。
〜同時刻・展望台前廊下〜
まだ開店準備している店内では、メルがモップ片手に掃除していた。
船員B「それじゃ新入り、任せたぞー」
メル「は、はい!」
メルはごしごしとモップで店内を掃除する。
そして心中でアイに謝った。
メル(……ごめん、リーダー。
僕は皆みたいに外で笑えない。
『憤怒』の力と『怠惰』の力を持つ僕には、外で皆と一緒に遊ぶ事は出来ない。
せめて、せめてこうして少しでも動かないと…)
メルは怖かった。
外の様々な人と知り合い、その過去と未来と能力を手に入れてしまう事がどうしようもなく怖かった。
だから白山羊に頼み、誰とも会わないように裏方で仕事する事に決めたのだ。
誰もいない店の中で、モップで床を磨く音だけが響く。
…これがメルが豪華客船で出来る、精一杯の行動だった。
これら一連の行動は、まだ朝7時〜8時の間のそれぞれの出来事である。