第99話 歪みきった全人類均一化計画
ダンス「ごゆっくり…」
ダンスはそう言い残し、部屋から去っていく。
部屋の中にはいつの間にか白衣に着替えた果心林檎と、八人のナンテ・メンドールのみとなった。
ナンテ・メンドールは見た目三十代の男性だ。黒いスーツに赤いネクタイと、普通の人物らしい姿をしているが、本来彼は80歳であり更に八つ子ではない。
しかし彼は実際三十代の姿で、八人に増えている。
果心「ナンテ・メンドールが八人…!?」
ナンテ1「失礼、果心様。
お話するだけならオレ一人で充分だったのですが、百聞より一見の方が遥かに理解しやすいと思いましてね」
八人のナンテ・メンドールの内一人が歩み始める。
果心は冷たい目で歩み寄ったナンテを見つめていた。
果心「…なぜ、貴方がそんなに居るのですか?」
ナンテ1「…果心様。
貴方は昔このような小説を読んだ事は有りますか?」
そう言いながらナンテは懐から古い本を取り出す。
タイトルには『C・トベルト短編集』と書いてあった。
果心「…いいえ、見たことないわ」
ナンテ「この小説の一編に『全人類均一化計画』という題名の本が有りましたが…いや、面白い内容でした。
世界中の様々な種族、思考を一纏めにした場合世界はどう変わるのか…それを良く書いたおとぎ話でした」
果心「…何故、それを今出すのですか?」
ナンテ「フフフ、そう焦らずに。
ですがこの話は私に言わせればまだまだな物語です。
何故ならこの物語には『基準』が存在しませんからね」
果心「基準?」
ナンテ「…百聞は一見に如かず。
先ずはこの本を読んで頂こう」
ナンテは本を開き、パラパラと捲る。そして『全人類均一化計画』の頁で止めて、果心に見せた。
〜全人類均一化計画〜
『全人類均一化計画』
貧困、環境汚染、戦争、政治…。
様々な問題を解決するため、ある一人の学者が装置を開発した。
それは人類均一化装置。
この装置に入る事で、人間の思考、世界観、判断基準、外見は一定となり世界を均一化する。
それはすなわち世界の文化、歴史、価値観を破壊する事に他ならない。
初めは反対する人が大勢いたが、均一化されてない彼等の意見が揃う事はなく、身内同士で争うだけに終わってしまった。
それを見た博士や政治家はこぞって価値観の均一化を推進し、世界中の人間が装置により均一化する事が決定した。
そして、数年の月日が経ち、装置は全人類を均一化させた。
思考、外見、世界観を均一化された人類は争いが無くなり、銃を持つ意味を失ったかに見えた。
しかし均一化された人類は仕事をこなす事が出来なくなっていた。
子育ての仕事をする者は子育てができなくなり、
警察や軍人は自分の行動に自信が持てなくなり、解体された。
均一化された人類は仕事に自信や才能を見出だす事ができなくなり、芸術は完全に死滅。
小説、宗教、漫画、音楽、絵画、造形、更には工業、料理までもが存在の意味を無くした。
均一化した彼等だが感情を失った訳ではない。
人々の感性があくまで均一化されただけで、怒りや悲しみはある。
そのため仕事が出来なくなった者達は悲観し、自殺したり異常行動を起こすようになる。
だが異常行動を起こした者は反逆者として裁判に掛けられ、死刑となる。
均一化された世界に残された最後の個性、それは法律だったのだ。
それに気付いた者達は法律を大切にするようになる。
新しい法律を作る事は国の行事のように大切になり、人々は国の法律をまるで神のように崇めていく。
だが彼等から見た法律の姿は衣を着た厳格な人間ではなく、すぐに取り外しできるネジだった。
しかし法律は世界均一ではなく、国一つ一つに合わせた個性だった。
法律を大切にするようになった人々は、違う法律にケチをつけるようになる。
我が国の法律はここが素晴らしいのに、君達の国の法律はそこが違うのだ、と。
それが発端となり、人々は銃を持つ意味を取り戻す。
人々は自分の法律の為に、相手国の法律を崇める人々を殺し、自らの国の法律によって死刑になり殺される。
それを見た人々は彼等を英雄と崇めるようになり、彼等の均一化した感性の中で光り輝く存在になる。
また殺された法律の国の人から見れば彼等は敵として憎まれるようになり、均一化した感性の中で闇の感情の中心となっていく。
このままでは戦争が始まってしまう。
その危険性を考慮し、再度均一化の為の装置が動き出した。
しかし、再度均一化の装置が動き出してしまった為にある事実に人類は気付いてしまう。
『人はそれぞれ、少しずつ違って存在しているのだ』、と。
気付いてしまった人類はもう均一化を讃えていた時代には戻れない。
そして気付いた人類が最初に行ったのは、失われたモノを取り戻す為に均一化解除装置を作り出す事だった。
Fin
果心「…何これ…馬鹿じゃないの…」
話を読み終えた果心が最初に放った感想が、『馬鹿じゃないの』だった。
ナンテは笑みを浮かべながら、それを否定する。
ナンテ「私はそうは思いません。
それに考えの指向性は我々と非常に似てはいませんか?
我々の計画の最終目標は、『全人類に果心林檎様のすべての能力と知識と経験を与える事』なのですから」
果心が眉をひそめる。
確かにそうだ。永遠に孤独な私が他者と交わり希望を得るには、皆私と同じ存在になるしかない。
だから大罪計画を始動したのではないか。
だから全人類を不老不死にしようとしているのではないか。
何故こんな事を忘れてしまったのだろうか。
そこまで考えて、不意にある人物の声を思い出した。
ダーク【君に頼みたい事がある。
ナンテ・メンドールに会って……魔術の研究を止めるよう伝えて欲しいのだ】
ダーク【俺はこの港町のガイド。
それ以上でもそれ以下でもない 。
……だが、ガイドは報酬を欲しがるものだ。
俺の望みは2つある】
ダーク【1つは、この町の平穏。
もうこの町に、争いを起こさないで欲しいのだ……そしてそれができるのは、君だけだ】
ダーク【君の希望が見たい】
果心「ダーク!!
そうだ、あいつのせいだ!」
ナンテ1「うわ、か、果心様!?
どうしたんです、いきなり叫んで!?」
果心「…あら、ごめんなさい。
ついカッとなって…」
ナンテ1「だ、大丈夫ですよ」
果心は珍しく慌てて頭を下げ、ナンテもまた頭を下げる。
そして直ぐに話を戻した。
ナンテ1「…とにかく、我々は全人類に果心様の経験を植え付けさせる為に研究を続けました。
そしてこのアタゴリアンで見つけたのです、研究の答えを」
ナンテ・メンドールは本棚から一冊の本を取り出す。
タイトルは果心が今まで読んだ事の無い文字で書かれた、非常に古ぼけた本だった。
果心「…それは?」
ナンテ1「この国の言葉で書かれたある魔術師の本ですよ。
自分自身の存在を別のものに移す研究をしていたようです」
果心「…自身の存在を別のものに…」
果心は古ぼけた本をまじまじと見つめた。
初めて見た本なのに、触れると妙に懐かしい感じがした。
果心「…?」
ナンテ1「いやはや、これは素晴らしいものですよ!
自身の存在を完全に別の存在に移し、自分を増やす事が出来るのですから!」
果心は顔をあげ、改めてナンテ・メンドールを見つめる。
八人のナンテ・メンドールが楽しそうに微笑んでいた。
果心「…貴方、魔術を自分で試したのね」
ナンテ1「はい。
一度かければ永久にこの状態でいられる上に好きな自分の姿に設定できるので、三十代の自分に設定しました。
今や『ナンテ・メンドール』は世界に300人も存在しています。
更に様々な組織に侵入し、我々の思う通りに組織を操る事が出来るのですよ」
ナンテ・メンドール達の笑みが深くなる。対して果心林檎の顔色は真っ青になった。
果心「さ、三百人のナンテ・メンドール…!?
自分がそんなにいて辛くないの!?」
ナンテ1「何が?
果心様、貴方が望んでいたものでしょう?
貴方は『全人類が自分と同じになればいいのに』と願った。
答えはここです…これが答えなのですよ、果心様」
八人のナンテ・メンドールが楽しそうに笑い、果心は顔を俯かせ拳を握り締める。
悪い予感を感じたからだ。覚悟して訊ねなければいけない恐怖が果心を襲う。
暫く果心は俯いていたが、やがて顔を上げ、日本刀の鞘に手を伸ばす。
そして柄を掴み、果心は訊ねる。
果心「…三百人居ると言ったわね。
なら、その三百人はどこから調達したの?」
ナンテ1「…!」
果心「まさか、あなた、この国の人を使って実験したんじゃないわよね」
ナンテ1「ええ、そうですよ果心様」
ナンテ・メンドールと言う名前のダレカはニヤリと笑みを浮かべる。
ナンテ1「我々は元はこの国の人々でした。
大元のナンテ・メンドールが我々を誘拐し実験し今の姿にしたのです」
果心はその言葉を聞いて頭の中をトンカチで直接殴られたような衝撃を覚えた。
果心「あ…あ、貴方は、貴方達は、元はアタゴリアン国の住人だと言うの?」
ナンテ1「はい、その通りです。
因みに元はしわくちゃのお婆ちゃんでした」
果心「!」
果心の目の前に立つ『三十代の男性』は笑みを浮かべる。
ナンテ1「ですがこれでもまだ良い方ですよ?
この魔法には適合する者としない者が存在します。
適合する者はナンテ・メンドールとして生きられますが、そうでない不良品はナンテ・メンドールの魔術によりキメラ(合成獣)の材料とされます」
果心「合成獣…?」
言われて果心は昨夜の事を思い出す。
ワイバーン(飛竜)に蚯蚓。
もしかしてあれは元々人間だったのか…。
果心「……………」
ナンテ1「しかし、我々は果心様の願いの為に貴方の為に立ちます。
貴方が『全人類が果心林檎と同じになるように』と。
だから私がここにいるのです」
男性の姿をしたお婆ちゃんは優しく語り、静かに右手を差し出し、握手を求める。
その言葉は、果心にとってあまりにも大きく、その右手はあまりに醜く見えた。
しかし、果心は否定する心を止めた。
果心(私の願いが、港町の人々を改造させてしまったのだ。彼等の平和な人生を壊してしまったのだ。
私に、私にこの存在を否定する事は……否定してはいけない!)
果心は刀から手を離し、ナンテ・メンドールの手を優しく握る。
大罪が生み出した縁が握手という形で今ここに繋がれた。
果心はそれを自覚しながら、ナンテ・メンドールの複製品に話しかける。
果心「……本物のナンテ・メンドールは何処にいるの?
今すぐ、会わせて…」
果心はナンテになるべく感情を抑えて訊ねる。
ナンテ・メンドールは静かに首を横に振った。
ナンテ1「…それはできません。
しかし、あと数時間後に催し物があります。
大元と出会えるのはその時です。
それまで個室で待機して下さい」
果心「…わかったわ」
ナンテ1「ダンス!
そこにいますか!?」
ダンス「はい…」
果心が振り向くと、いつの間にダンスが背後に立っていた。
ダンスは一礼し、扉を開ける。
そして果心は個室まで案内されていった。
ダンス「…暫くこちらの部屋でお待ち下さい」
ダンスが案内した個室は十畳の広い個室だった。
綺麗な装飾品に、小さいシャンデリアが吊り下げられた豪華な個室だ。
果心「…ありがとう」
ダンス「もし不便な点がございましたらお呼び下さい。
…ああ、チップはいりませんよ」
果心「………」
ダンス「……では、ごゆっくり」
ダンスは静かに扉を閉める。
一人きりになった果心は、しばらく扉を眺めていたが、やがてその目から涙が零れる。
果心「……く……ぅ……」
ぽろぽろ、ぽろぽろと涙が零れ落ちていく。
果心はそれを拭おうとせず、ベッドに顔を埋めながら叫ぶ。
果心「ワアァァァアアア!!!
ウワアァァァァァァァ!!」
果心の叫びは、防音になっている壁からは聞こえなかったが、ダンスが扉に寄りかかっていた為ダンスだけには聞こえていた。
ダンス「ふふふ……果心様。
まだまだこの程度で倒れてはいけませんよ。
憤怒のおもてなしはまだまだ続くんですからね…」
ダンスは笑みをうかべながら扉から離れ、しっかりと立ち上がる。
ダンス「さて、これから大変だ。
招かれざる客を追い払わないといけないし、大元様のご機嫌を伺わないといけないし、
何より…」
ダンスが歩き出す。その度に影から怪物達の声が聞こえてきた。
ダンス「『彼等』に餌を上げないとね……フフフ、楽しみだなぁ。
これから先この戦いは何処まで歪んでくれるのかな?
その戦いを特等席から眺める事が出来るなんて、なんてラッキーなんだろうね。
今からワクワクが止まらないよ!
君も、そうなんだろう…?
フフフ、フフフフフ、あはははははははははははははははははははははは!」
ダンスは暗く暗く笑いながら、長い廊下を歩き続けて…そして姿を消した。