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角が有る者達  作者: C・トベルト
第二章 悪魔から知恵を授かったソロモン
97/303

彼第98話 等の夢は朝日でも溶かせられない。

闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇

闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇光闇闇闇闇

闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇光月光闇闇闇

闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇光闇闇闇闇

闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇

闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇

闇闇闇弧闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇

闇闇独独独闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇

闇弧独私独弧闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇

闇闇独独独闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇

闇闇闇弧闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇

闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇闇





闇、闇、闇しかない世界。

私は闇に包まれながら幸福を噛み締めていた。

闇の中ならば、私を苦しみ続けた日の光も私を殺し続ける暑さも無いからだ。

代わりに身を凍らす程の寒さが襲ってくるが…それでも私はこの闇に感謝していた。

私は闇に包まれながら、お月様に感謝の祈りを捧げている。

眩しい太陽の光と違って、月の光は何時まで見続けていても体を傷付ける事は無いからだ。


「お月様。

明日も私に安らぎを下さい。日の光から耐えしのぐ力を下さい。痛みを癒させてください。渇きを満たさせて下さい。私に希望を下さい」


毎晩必ずお月様に祈りながら私は眠りについた。私を無理矢理起こしに来る日の光に怯えながら、私は静かに瞼を閉じ、意識は真実の闇の中に呑み込まれていった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「……様、果心様。

起きてください、果心様」


忠実な部下の声を聞きながら、果心林檎は目を覚ます。

すぐ横にはスーツを着た老人、K・K・パーが跪いていた。


パー「御早うございます、果心様」

果心「…御早う、パー。

少し寝過ぎてしまったようね」

パー「いえ、まだ朝5時でございます。

そろそろ日が登り始めます、約束の時間には間に合いますよ」

果心「約束の…か…」


果心は目を閉じて、昨夜の出来事を思い出す。あれは夜、ダンスと名乗る男と兵隊、そしてライの三人が対立していた時の事だ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



時刻は深夜、街灯が一つもない石畳の港街。

普段は細波しか聞こえない港街には、カチカチという音が響き渡っていた。

…………百足の軍団が鋏を鳴らしながら行進していたからだ。

カチカチ、カチカチと音を鳴らしながら大地を埋め尽くす。

足元に無数の百足が這いずり回っているのを感じながら二人の傭兵はローブを着た青年を睨み付けていた。


ライ「ダンス・ベルガードォ?

…知らない名前だな」

兵士「何故俺達を殺そうとする?答えろ!」


全身銀色のアーマーを装着した傭兵、ライはバズーカの砲口を青年に向ける。

もう一人の兵士は刀を下段で構え、じりじりと青年に滲み寄る。

当の本人である青年は、(じっ)と斬られた右腕を見つめていた。

右腕は肘から先が無くなっていた。

斬られた先からは血が出ておらず、傷口はローブが覆い姿が見えない。


ダンス「斬られた…俺の右腕が…」

兵士「喪失を感じる時間は貴様には無い」


兵士はダンスの鼻先に青龍刀の切っ先を向ける。

月の光が反射し、刃が淡く輝く。

その輝きでダンスの顔が暗闇の中から少しだけ現れる。

その表情は笑み。暗い微笑みが淡い輝きに照らされている。


ダンス「素晴らしい力だな、君」

兵士「答えろ、貴様は何者だ」


ひゅんと風が動き、刃が掲げられる。そしてダンスの額に縦に僅かに切れる。

しかしダンスは暗い笑みを崩さない。


ダンス「素晴らしい切れ味だな、君」

兵士「答えろ!

貴様は何者だ?何故この国に来た?何を企んでいる?」


兵士は刀を持つ力を込め、今にも青年の細い首めがけて降りおろそうとしている。

それを見たダンスの笑みが更に深くなる。


ダンス「…欲しいからさ」

兵士「欲しい?」

ダンス「君みたいな力が大好きで、とっても欲しいからここに来たんだよ」

兵士「何を言って…」


不意に、兵士の背後の地面が砕け中から怪物が現れる。

暗闇のせいで姿ははっきり見えないが、頭部にはまるで甲虫(カブトムシ)のようなY字型の角が見えていた。


兵士「な!?」

ダンス「蚯蚓(ミミズ)、殺しちゃダメだよ?」


兵士が振り返ったその時にはミミズと呼ばれた怪物の頭部にある角が兵士目掛けて降り下ろされていた。

兵士は咄嗟に青龍刀を盾代わりにしようと構えたが、あっさりと青龍刀は破壊され、兵士の頭部に命中、何かが砕ける音が響いた。

続いて、兵士の絶叫が夜の港に響く。

ライは背後でバズーカを構えていたが、スコープから目を離しアーマー越しに怪物の姿を見る。


ライ「な、何だこいつは…」


驚愕するライの足元に無数の百足が這い上がってくる。

それに気付いたライは背中の飛行ユニットを起動させ、空中に上がる。

そして空中から再度兵士に目を向けるが、既に兵士も怪物の姿も、更にダンスの姿さえ何処にも無かった。

ライは軽く舌打ちした後、夜の街の中に飛んでいく。


残されたのは右腕と、そこから無限に這い出てくる百足と、姿を現した朧だけだった。

朧は辺りを二、三回見回して百足以外何も無いことを確認した後、ふぅと溜息をつく。


朧『あ、あーびっくりした、凄い怖かった…なんだあの戦いは?

兵士に魔法使い?いや召喚士(サモン・テイマー)か?

時代設計無茶苦茶な国だよ、全く…。

早く果心様の処に戻らないと』


そう言って黄金の龍はまた姿を隠そうとして、目の前に突如現れたダンスに声をかけられたので姿消しを中断した。


ダンス「こんばんは」

朧『あ、こんばんは』


ダンスは楽しそうな笑みを浮かべてはいるが、右腕は斬られ、額には縦一文字の切り傷ができている。

そして朧は少し…正確には3秒固まり、龍らしくない咆哮を上げる。


朧『おぎゃああああん!!?

我、ここで殺されるううう!?』

パー『落ち着け朧!

早く姿消しをするんだ!』


通信魔法からパーの声が直接朧の頭に響く。

しかし完全にパニック状態に陥った朧はそれを聞き入れる事は出来ない。


朧『殺されるううう!!

さっきの怪物に食べられるううう!』

パー『落ち着け、落ち着くんだ朧!果心様も何か言って…あれ?

果心様どこ?』

朧『たああすけてえええ!!』

ダンス「…何だか良く分からないけど…こんな深夜に騒がれたら近所迷惑だよな?」


ダンスは左手を掲げる。

その掌から無数の蜂が現れてきた。

蜂と言ってもその大きさは50センチ程あり、巨大な羽をばたつかせて飛んでいるため朧の悲鳴より更に大きな羽音を響かせている。


ダンス「だから、死んでくれないか?」

朧『ぎぃやああああああ!!!』


蜂の軍団が朧に近づき、その肉を食いちぎろうと鋏をカチカチと鳴らし始めたその瞬間、凛とした声が響く。


「待ちなさい」


対して大きくないその声は、この場を騒がす全員を止めるには充分過ぎた。

朧も、蜂も、地を這う百足すら動きを止める。

そしてダンスは振り向き、目を丸くした。


ダンス「まさか、貴方がここに来るとは…」


そしてダンスは膝をつき、その者に対して頭を垂れる。その笑みは優しく、先程の暗さを全く見せない。


ダンス「お初にお目にかかります、果心様。

俺の名はダンス・ベルガードといいます」


その者…果心林檎は普段良く着る着物姿でダンスの前に現れていた。

腰には日本刀を差している。


果心「何故私を敬語で呼ぶの?

私は貴方を部下にした覚えはないわ」


果心が一歩歩く。

それだけで地を這う無数の百足達は勝手に果心から離れ、ダンスへの道を作り上げた。

それと同時に百足が斬られたダンスの右腕をダンスの元へ運んでいく。


ダンス「…いえ、俺はナンテ・メンドール様の…『憤怒』の部下になったのです。

上司の上司を敬うのは当然でしょう?

それに…」


ダンスは左手で斬られた右腕をつかみ、傷口を合わせる。

すると斬られた筈の右腕がピクリと動き始め、まるで何も無かったかのように元に戻った。

腕の感覚を確かめながらダンスは顔を上げ、言葉を続ける。


ダンス「…俺は貴方の願いを叶えたいと思っている」

果心「私の願い?」

ダンス「…明日の朝、ここに来てください。

俺の上司、ナンテ・メンドール様の所に案内します」

果心「…一つ聞いていいかしら?」

ダンス「…どうぞ」


果心は一歩、ダンスに近付く。

しかしその手は刀の柄を握りしめていた。


果心「なぜ、『ダンク』と名乗らないの?

貴方はダンクじゃ…」

ダンス「それ以上はやめろ」


果心の言葉を無理矢理ダンスが遮る。

いつの間にか両手で軽く耳を塞いでいた。


ダンス「…俺は、ダンスだ。

ダンス・ベルガードだ。

アタゴリアンで産まれ、アタゴリアンで死ぬ男だ。

俺は、ダンスだダンスなんだ俺はダンスだ、ダンスなんだ…!」


ダンスは何度も何度も『俺はダンスだ』とばかり繰り返していく。

その表情に先程の優しさはおろか、兵士に見せた暗さもない。

狂気じみた笑みで、何度も何度も『俺はダンスだ』と繰り返していた。

果心は刀の柄から手を離し、ダンスの頬をはたく。

小さな破裂音が響いた。


ダンス「…!」

果心「しっかりしなさい、ダンス・ベルガード。

あなたが狂ったら話が進まないわ」

朧(果心様、狂った相手に叩くとか容赦ないなぁ)


朧は二人の後ろで冷や汗を垂らす。


ダンス「…すまない、だがその話題はもう聞かないでくれ。

…俺が俺で無くなってしまう」

果心「…そう。

明日の朝、ここで待てばいいのね?」

ダンス「はい、俺も必ずここにいます」

果心「…分かった、必ず行くわ。必ずね」




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



果心「…そう言って、別れたんだったわね。

そして朝が来たわけ、か」

パー「果心様、お水をどうぞ」

果心「ありがとう」


パーは果心に水の入ったコップを渡し、果心は水を飲み干す。

飲み干した後で、パーは果心に尋ねた。


パー「果心様、一人でお行きになさるつもりですね?」

果心「…なんでそう思うの、パー。

お代わりを」

パー「御意」


果心は空になったコップをパーに渡し、パーは水差しから水を注ぐ。


パー「…果心様の興味が大罪計画の目的から離れている気がしたからです。

貴方は大罪計画の目的より、この地で何が起きているかを知りたいのでしょう?」

果心「…」

パー「ダーク、ダンス、ライ…。

ゴブリンズ、アタゴリアン、大罪計画…。

この国にはどうも複数の陰謀が渦巻いている。

我等が想像するより遥かに大量の陰謀が!」


パーが注いだコップの水は、僅かに震えていた。


パー「…その状態でナンテ・メンドールに会いに行っても更なる陰謀の中に呑まれるだけです。

果心様、しかし貴方は昨晩会いに行くと言いました。

…ならば従である儂はどうするか?」


パーは水の入ったコップを再度果心に渡す。

果心はコップを手に持ったまま、パーの話に耳を傾けていた。


パー「貴方のそばで襲いかかる陰謀から守る?

違う…この陰謀を暴き、無力化させる事を儂は望みます。

果心様、儂等はこの国、この陰謀を相手に団結せず、各々の力で戦うべきなのです。

そうでなければ、無数の陰謀に呑まれ儂等は何も得られなくなる。

故に、儂は一人で行くべきだと思うのです」

果心「…まだまだね、パー。

50点だわ」


果心はコップを傾け、透明な水を揺らしている。


果心「私は貴方を陰謀に巻き込ませたくない。

私は私の仲間を責めたくないし、私は私の仲間の願いを笑いもしない。

私が一人で行くのは、ナンテ・メンドールに対し絶対の信頼を持っている事を証明をするためよ」

パー「…」

果心「K・K・パーに命じます。

私が留守の間、この国の情報を集め全て私に伝えなさい。

ナンテ・メンドールを守る為に、大罪計画の為にその情報は必ず役に立つわ」


大罪計画の為に。ナンテ・メンドールが暴走している可能性を考慮した上で果心はその言葉を使った。

果心にとって、K・K・パーもナンテ・メンドールもかけがえのない仲間なのだ。

だからこそ、ナンテ・メンドールに疑われたくなかった。そして、この国の敵を明らかにしておく必要があった。

その為にはこの国を自由に歩き回れる存在が必要なのだ。

パーは正に適材だった。見た目は只の老人だし、果心以上の口が良く回るからだ。

パーは静かに頭を下げ、主に別れの挨拶をする。


パー「…御意。

お気をつけて、我が大罪よ」

果心「行ってくるわ、私の大事な大罪よ」


罪を背負いし二人は静かに、しかし確固たる決意を持って別れる。

果心の瞳に映るのは忌々しい太陽。

しかし、今日は太陽があまり怖くなかった。


果心(今まで一人で生きてきたからかもしれないけれど…。

安心できる人がいるというのは、やはり素晴らしいものね)


パーが作り出した安心感を噛み締めながら、果心は真っ直ぐ歩いていった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


傭兵ライは不機嫌だった。

理由は二度も敵を殺し損ねた事と、仲間にその事を伝えこれからの動きを相談しようとしたその時に依頼主から新たな命令が届いたからだ。


ライ「全く、なんで俺がこんな仕事しなきゃ行けないんだ!

あー傭兵やめてー!平和な世界で生きてー!」


ライは一人叫ぶ。

他の仲間はヘリに乗っているが、このアーマーの速度には敵わない。

ライ一人が先行して目的地に向かっているのだ。


ライ「『豪華客船に偽装した工作船を強襲し船を沈めろ』なんて汚れ仕事嫌だよなぁ!

絶対ただの豪華客船だ!」


ライはぐちぐち言いながら空を飛ぶ。その声を聞くものは誰もいない。


ライ「ああ、あんな所にガキがいるぞ!熊のぬいぐるみの腹ん中には爆弾が詰まってるんだ殺せ!

ああ、あんな所に撃たれた怪我人がいるぞ!近付けば殴られる殺せ!

…へっ、下らねぇ!」


ライは真っ直ぐ空を飛んでいった。その声は少しずつうわずっていく。


ライ「でも人殺しは辞められないんだよなぁ。

だから傭兵になったんだし。

我が球一発で何かの脅威を一つ守れたなら、まぁ良いか」


傭兵ライはアーマーに隠した顔をニヤリと歪ませながら大海原を飛んでいく。

目指す船の名前は『World・Great・Peace』。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



港町、果心林檎は何時もの和服ではなく、私服を着ていた。

夏なのにスーツにトレンチコートをを着込んで、徹底的に太陽の光を浴びないようにしている。

腰には『七宝行者』と銘打たれた日本刀の鞘を布に差し込み固定している。

歩く度にかちゃかちゃと小さく跳ね、その中身が本物の金属である事を知らせている。

果心はしばらく港町を歩いていたが、やがて違和感に気付く。


果心(…港町の朝なのに、人の姿を何処にも見ない…)


時刻は6時、石畳で整備された道路を歩くのは果心一人。

どの店は閉め切り人の声も姿も見えない聞こえない。


果心(朝動き出すのが港町じゃないの?

なんなのよ、この静けさは…)


朝だというのに、人っ子一人外に出ない街。

果心の靴の音だけが誰もいない街に反響している。果心は心の中で昔聞いた詩の一文を思い出していた。


果心(…『私は道を歩み続ける。

それが正しい道だと信じ続けて。

しかし私が歩いた道は他者から見れば、ただの遠回りでしか無かった』)


果心は石畳で出来た道を歩き続ける。

どうやらここは住宅街らしく、同じような建物が幾つも並んでいる。

すべての家の戸口は若い雄鶏の血で赤く染まり、魔術を知る者ならそれがどれ程恐ろしい結界なのかを知っている。

果心はそれに目もくれず、住宅街を歩き続けた。


果心(…『世界は暗く、常に先が見えず。

私は正しい道を歩みながら探し続けていたが、一度も正しい道を見つける事はできなかった』)


住宅街の先には港が見える。

昨夜ライやダンスが戦いあった戦場が果心の視界に入る。

しかし果心が思い出すのは詩人の詩であった。


果心(…『しかし見よ、振り返れば私の道は暗い事ばかりではなかった。

迷い子に出会い、通りすがりの旅人と語り合った夜もあった。一生をかけて愛したいと思う人にも出会えた。

私の道は決して正しい道では無かったが、私の道は決して哀しい孤独な道では無かった。

ああ、そうだったのか』)


果心は港に辿り着く。

そこには昨夜と同じ紫のローブを着込んだ金髪の男性、ダンスが昨夜と同じ場所で果心が来るのを待っていた。


果心(『これが私の正しい道だったのだ。

私が歩いたこの道こそ、私にとってかけがえの無い道だったのだ』

…さて)

ダンス「おはようございます、果心様」

果心「おはよう、ダンス」


ダンスは優しい笑みを浮かべながら一礼する。果心もまた一礼した。

お互いに夏の暑さを無視した服装だが、どちらも汗一つかいてはいない。


ダンス「早速ですがナンテ・メンドール様の所まで案内します。

どうぞこちらへ…」

果心「ええ、分かったわ」

(私がこれから歩む道…果たして正しい道か、違うのか…この目で確かめさせて貰うわ)


ダンスはくるりと振り返り、路地裏に向かって歩き出す。

果心もそれに従って歩き出す。


果心「ナンテのいる場所からは遠いのかしら?」

ダンス「はい。

しかし我々には裏技がありますので…こちらです」


路地裏に入ると、暗い路地裏の道の中心にチョークで書かれた魔法陣が目に入る。

ダンスはその上に立ち止まり、呪文を唱えると白い魔方陣が青色に輝き始めた。


果心(移動呪文…この国の中なら何処でも移動できそうな程度の呪文ね)

ダンス「果心様、この魔方陣の上にお乗り下さい。

これからこの魔方陣に乗って移動します」

果心「ええ」


果心は輝く魔方陣の上に足を乗せる。

するとぐにゃりと風景が歪み、路地裏が姿を消していく。

…そして次の瞬間、果心は巨大な門の前に立っていた。

門の横には庭園迷宮(メイズ)の入口

が見える。

それがこの庭がどれ程広いのか証明していた。


果心「…!」

ダンス「帰りましたよ」


ダンスは門に取り付けてある鉄の輪でノックする。

すると巨大な門が開き、中の様子が見えてくる。

門が開くとロビーが見えた。

まるでダンスホールのように大きく、美しい装飾が施されている。

特に果心の目に止まったのは天井に描かれた天使達の絵だ。

雲の上から優しく微笑みながらこちらを見下ろしている天使を見て、

果心は一瞬、嫌な顔をした。

そしてそれを隠すように前を歩くダンスに話しかける。


果心「随分大きな城なのね。

掃除も綺麗にしているし…でも人の姿は見えない」

ダンス「気づきましたか。

この城が造られたのは今から800年以上前で、約30名の職人が何十年もかけて造り上げたそうです」


ダンスは前を向いたまま楽しそうに城の解説を始めた。

果心はそれを遮るように話を続ける。


果心「何処にも人は居なかったわ。

街の通りにも、港の中にも」

ダンス「では家の中でしょう。

最近は物騒ですからね」


ダンスは前を向いたまま笑いながら話す。

それを聞いた果心は静かに呟いた。


果心「…そうね、恐らく、家の中に居るのでしょう」

ダンス「なら貴方様が気にする事ではありま」果心「怪物達が、ね」


せん、と言う筈のダンスの言葉は途切れ、笑みが消える。

果心は尚も言葉を続ける。


果心「昨夜の戦いを見て思ったわ。

何故あれだけ騒ぎが起きているのに誰も何もしようとしないのか?

『深夜だから?』違う、バズーカの発射音と百足の鋏の音は眠りを妨げるには充分過ぎる。

『怖かったから?』違う、それなら警察なり何なりに救助を求める者が居る筈。

だけど誰も来なかった。軍隊も警察も、誰も来なかった。

自分の大切な港で戦争が起きているにも関わらず」


ダンスは無言で少しずつ歩みを速める。果心も同じ速度で歩きつつ話を続けた。


果心「『あの通りには人が居なかったから?』馬鹿な!

私達は住宅街を通り過ぎて港に来たのよ。あんなに人が寝泊まりする場所はこの国に数える程しか無いんじゃないの?」

ダンス「…よく頭が回りますね、素晴らしい頭脳です」


ダンスは笑みを浮かべる。しかしその笑みは先ほどの優しい笑みではない。

兵士に見せた暗い笑みだ。


ダンス「成る程、詰まり貴方はこう主張するのですね?

『あの家には頑強な結界が施されてるにも関わらず、その中はもぬけの殻だ』、と!

しかし不思議ですね、それでは先程の主張とは矛盾しますね。

貴方は先程『家には怪物がいる』と。

これはどういう事でしょうか?」


ダンスの声はうわずっている。この状況を楽しんでいるのだ。

果心はそれに付き合いたくはなかったが、真実を知る為と思い直し話に乗った。


果心「…『家に人が居ない』と考えた私は次に『なぜ無人の家を守るのか』と考えたわ。

そして答えは『家の中の怪物を出さない為』」

ダンス「…なぜ、無人の家を守る事が怪物を出さない事に繋がるのですか?」

果心「ヒントは蚯蚓(ミミズ)よ」


ガチャリ、と重い音を立てて扉が開く。そこは赤絨毯が敷かれた廊下だった。

二人は歩きながら話を続ける。


果心「昨夜貴方の戦いを見ていたけど、貴方は体から虫や獣を出して戦うみたいね。

…でもあの蚯蚓(ミミズ)は土の中から出てきた。少なくともアレは貴方の中で飼っている使い魔ではない。

その時にピンと来たのよ。

『もしかしてあの怪物達は普段家の中に隠れていて、ダンスが命令すれば何時でも出られるようになっているのではないか』…ってね」


ダンスの暗い笑みが深く深く顔に刻まれていく。

興奮を抑えた声でダンスは尋ねる。


ダンス「…では、貴方は気付いていたんですね?

たった一度見ただけで、私の戦い方のカラクリに気付いていたんですね?」

果心「そして私が貴方に出会った時に、地下には蚯蚓(ミミズ)以外の怪物を潜ませていた事も気付いていたわ」

ダンス「おぉおおぉぉお!

素晴らしい!素晴らしい!『キャトリジェル』!」

果心「キャトリジェル?」

ダンス「この国の言葉ですよ、意味は『素晴らしい』です。

貴方は本当に素晴らしい!」


ダンスは振り返り、果心に暗い笑みを見せる。

狂気に染まったその笑みは、闇の世界に精通した果心でさえあまり見かけられるような笑みではなかった。

なにせ瞳も歯も舌も見えないのだ。

まるで漆黒の闇がダンス・ベルガードと言う人間の皮を被ったかのように、開いた瞼や唇の奥に闇が広がっているのだ。


ダンス「すべての異性を魅了させる美しい姿に桁違いの魔力!魔術!並の魔術師では到底操れない術を貴方は全て使える!

更に、ジャパニーズ・サムライにしか扱えない日本刀を容易く操り近付く敵を切り裂く!

素晴らしい!素敵だ!保存したい!」


ダンスは両手を果心に伸ばす…が、すぐに引っ込める。


ダンス「度胸もある、知恵もある、戦い方を知っている!非が何処にも無い!

ああ、やはり貴方に出会えて素晴らしかった!」


果心は日本刀を鞘から抜き、刃をダンスの首筋に当てた。

ダンスは暗い笑みを浮かべたまま自分の喉元に突きつけられた日本刀ではなく、果心を見つめる。


ダンス「警戒心も常識も良く持っている。

貴方の下に就けたのは光栄だ。とてもとても光栄」

果心「早く言いなさい、この国の人はどうしたの?」


果心は刃を僅かに上に上げる。

刃の切っ先がダンスの顎に当たる。


ダンス「焦る必要は無いですよ、果心様。

直ぐに答えが分かります」


ダンスはちらり、と廊下の奥に目を向ける。

そこには仰々しく装飾された木製の扉があった。

ドアノブは竜の装飾が施された丸いドアノブだ。


ダンス「あそこに我が主、ナンテ・メンドール様がいます。

今の答はそこで明らかになるでしょう」

果心「ならばさっさと案内しなさい」

ダンス「はい、果心様」


ダンスはくるりと果心に背を向け、木製の扉まで歩く。果心もそれに続いていった。

そして木製の扉の前で再度果心に目を向ける。

その時にはダンスの目口は元に戻っていた。

そして優しい笑みでこう告げた。


ダンス「この先にナンテ・メンドール様がおらっしゃいます。

今、ノックしますね」


ダンスは軽く二回ドアをノックし、中から「入りたまえ」と言う声が聞こえる。

ダンスは「失礼します」と言って扉を開ける。

綺麗な装飾された部屋が先ず果心の目に映り、部屋の奥に何人もの人間が立っているのが見える。


果心「…!」

ナンテ「初めまして、果心様」

ナンテ「五十年ぶりですね」

ナンテ「しかし相変わらず美しいお姿だ」

ナンテ「この五十年頑張って苦心した甲斐があるものだ」

ナンテ「どうしました果心様?」

ナンテ「我々の姿が何か可笑しいですか?」

ナンテ「いやいや、これは素晴らしい計画なのですよ」

ナンテ「これで永久に憤怒を味わい続ける事ができるのですからね」


そして果心が目にしたのは、

全く同じ姿、全く同じ大きさ、全く同じ顔をした八人のナンテ・メンドール達だった。



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