第97話 原初の鬼『幽鬼』と、創作の鬼『氷鬼』
〜丑三つ時・ゴブリンズアジト・中庭〜。
枯れた花が支配する中庭で、月明かりだけが中庭を照らしている。
その中心地点で落ち着きを取り戻したメルは枯れた桜…『ユウキ』に話しかける。
メル「貴方が、アイさんの奥さんだって?
桜の木なのに?」
ユウキ《そう、自分はアイの奥さんなのさ。
彼を心の底から愛し、彼の為なら根を掘り起こしてでも守ってみせるよ。
…ま、実際それは無理だけどね》
メル「……」
メルはユウキが心の底から嬉しそうに話しているのが分かる。
そして、自分が目を白黒させている事にしばらく気付かなかった。
《そんな変な顔しないでよ。
照れちゃうじゃないか》
メル「…!」
メルは自分の顔二、三回叩いて気付けし、改めてユウキに話しかける。
メル「ユウキさん…君がアイの奥さんって事は、ユーは君のママなの?」
ユウキ《うーん、多分違うと思うんだよね。
自分はアイと『おしべめしべ』な事をした経験はないし、そもそも自分には子どもを作る能力は無いんだ》
メル「…」
『じゃあユーはアイのパパじゃないの?』…その言葉をメルは口に出す事は出来なかった。
何故か記憶の中のユーと父を知らない自分の姿を重ねてしまったからだ。
代わりにメルはこう尋ねる。
メル「…多分、て何?」
ユウキ《多分は多分さ。
自分は子どもを作る事は出来ないけど、もしかしたら何処かの誰かが自分の分身を作ろうとしたのかも知れないと思ってね》
メル「…それ、どういう意味なの?
貴方はユーについて何か知ってるの!?」
ユウキ《…。
今回君をここに呼んだのは、それを教える為のヒントを教える為さ》
メル「ヒント?」
ざわざわと枝がざわめき、無数の枝が震えている。
ユウキ《アタゴリアン。
そこに全ての答えが詰まっている。
何故、君達は明日アタゴリアンに行かねばならないのか?
何故、子どもが出来ない筈の自分に子どもがいるのか?
誰が君達をアタゴリアンに行かせようとしているのか?
…そして、君自身も、ね》
メル「僕?」
思わず我が耳を疑うメル。
だが枯れた桜はざわめきを止めない。風もないのにざわめき続ける。
ユウキ《フフフ…。
君は君について知りたいと思わない?
君は本当はどんな力を持っているのか知りたくない?
誰かの力ではなく、自分自身の力で戦うゴブリンズに嫉妬を感じていない?
君の家族は君を使って何をしようとしているのか、知りたくはない?》
メル「…!」
メルは震え、一方後ずさる。
枯れた花の一つが足に当たり、塵芥となって崩れていく。
ユウキ《君は世界に対して恐怖を抱いてないかい?君は君でなくなる恐怖に怯えていないかい?君は世界の巨大さに対して自分の存在があまりに小さい事に恐ろしさを感じていないかい?》
メル「や、止めて…!」
ユウキ《君は普通の人生に体して憧れを抱いてないかい?君は本物の夢を見ることが出来ない事に絶望を抱いてはいないかい?君は大罪計画と戦える自身が無いんじゃないか?ただの日常に恐怖を抱く君が、世界を変えようと覚悟している相手に戦う事ができるか心配しているんじゃない?
いいや、それ以前に君自身が世界に希望を抱いてはいないんじゃないか?》
メル「ち、違う…!
僕は…僕は!」
ユウキ《僕は?僕は特別?僕は負けない?僕は力がある?僕は希望がある?
そんなの相手も同じだよ?
希望があり覚悟があり戦う気があり力があり、更に賢さと恐ろしさまである…どうして君が相手に敵うと思っているの?》
メル「…!」
メルは思わず両耳を塞ごうとする…その時、聞きなれた声が聞こえてきた。
「いい加減にしろ、ユウキ」
メル「…え?」
メルは顔を上げ、声の主を見ようと顔を向ける。
そこに立っていたのはアイだ。
開いた扉の前で仁王立ちしている。
メル「リーダー!」
ユウキ《アイ!》
二人が同時に声を上げ、アイはメルの方に歩んでいく。
アイ「メル…大丈夫か?
アイツの言うことはあまり気にするな」
メル「うん…」
ユウキ《なんだい、アイ?
てっきりあの子の世話をしていると思ったけど?》
アイ「ユーは今寝ているさ。
それより、よくも俺の部下を虐めてくれたな」
アイは殺気を籠めた瞳で睨み付ける。枯れた桜のざわめきが、少しだけ止まる。
ユウキ《おや?おやややや?
もしかして怒ってる、ぷんぷん怒ってるの?
…ま、謝らないけどね。
この子はこれからこれくらい喋る敵と戦わないと行けないんだから》
アイ「…もうそんな事はさせないさ。
俺がこいつらを全部守る」
ユウキ《ダメ、ダメダメダメダメダメダメダメ!!
こいつが戦う敵は君が戦ってはいけない敵なんだよ!
メルが戦わないといけない敵なんだよ!
君の覚悟から外れた話なんだよ、アイ》
『アイ』の一言にだけ、異常なまでの感情を籠めてユウキは語る。
だがメルにはそれが『愛情』なのか『憎しみ』なのか分からなかった。
アイは一度溜め息をつく。
そして再度枯れた桜を睨み付けた。
アイ「お前は本当に何でも知ってるんだな…」
ユウキ《ええ。
自分には過去も未来も策略も全てお見通しだからね。
貴方がこれから何をするか、自分は分かるのさ!
…って、アイは全部知ってる筈でしょ?ダミだよー、こんな事忘れちゃー》
メル「あ、あの!!」
二人のやり取りが止まり、アイの目線がメルに向けられる。
メルは叫んだは良いものの、何を話せば良いのか分からずくちごもってしまう。
メル「あ、リーダー…その、えと、あの…」
アイ「大丈夫だメル、言いたい事は分かるから。
…そうだな、先ずは俺と『幽鬼』のユウキの関係について話すとしよう。
確かに俺とユウキは愛し合っているな」
メル「愛…!!」
アイ「…まあ、木と愛するなんて感性捻れてる所の話じゃないが、な。
便利過ぎて吐き気がする言葉だが、色々あったんだよ」
メル「う、うん…」
メルは無理矢理頭を下げ納得しようとする。
しかしそれに待ったをかけたのはユウキだ。
ユウキ《幾らなんでもその説明だけで片付けるのはおかしくない?
恋ばなとか告白シーンとか色々聞きたい筈だよ?》
アイ「…いや、そういう話は無しだ。絶対に…」
ユウキ《はいはーい!
私、幽鬼のユウキはごくたまに…大体数百年に一度の割合で人間の姿で生活する事ができるのでーす!
私と彼が出会えたのは、その僅かな期間だったのでーす!》
ユウキの言葉は先程よりかなりご機嫌に喋り続ける。
体してアイは冷えた声でユウキを諌めようとする。
アイ「言うなよ、ユウキ…」
メル「…え、ユウキさんが人の姿をしていた時があったんですか?」
ユウキ《ズバリその通りだよ、メルソン君!》
メル「メルソン君?」
アイ「深く聞くな、メル…!」
ユウキ《だがこのユーキック・ホームズが知る真相はもっとラブラブな話さ!
自分と彼は一目惚れ!
もー毎日同じ部屋で過ごしてたのよ、ね、ダーリン!いつものようにハニーと呼んで!》
アイ「俺は一度も貴様をハニーと呼んだ事はないぞ!
しかも、あの時おまえは無理矢理俺の部屋に転がりこんで来たんじゃないか!」
ユウキ《いやー、恥ずかしいわー!
照れすぎて脳味噌とろけるわー!
あ、自分は木だから脳味噌ないのか。
そうそう、自分と仲間の超絶大切なモノを交換した日もあったよね!》
メル「交換、それって一体…ひゃっ!」
メルが尋ねる前に、冷たい感覚が肩を包んだ。
見るとアイが銀色の手でメルの肩を掴んでいる。
アイ「聞くな、マジで聞くなよ!」
ユウキ《自分と彼の名前を交換したんだよねー!
『すまないが、俺には君に渡せる物が何もない』『いえあるわ、自分は貴方の名前が欲しいの』『そうかいあげちゃうよ、アゲチャウヨー』》
アイ「やめろおおおおお!!!」
アイの咆哮が中庭中に響き渡り、ビリビリとメルの鼓膜が震える。
ユウキの無数ある枝が全部震え、それに反比例して楽しそうな声が聞こえてくる。
ユウキ《いやん、アイのイケずゥ》
アイ「ユウキ!
お前は、俺達に伝える事があるんだよな!
早く言え、さもないと…」
ユウキ《分かった分かった、ちゃんと喋るから怒らないでよー。
…でも、自分が言えるのは少しだけなんだよね》
アイ「あ?
ぐだぐだ言わずにさっさと全部」
ユウキ《今回の旅は全部ダンクが作り上げた嘘なんだから、さ》
ユウキの言葉にアイの膨れ上がった怒りが一瞬で萎む。
そしてメルが目を丸くしながら叫ぶ。
メル「だ、ダンクさんの嘘!?
ダンクさんが僕達を裏切ったって事!?」
ユウキ《それは違うよ、メル君。
彼はむしろ君達を守る為に、仲間の為に嘘を付いたんだ。
…わざわざ自分に契約させてまでね》
アイ「!
ダンクがお前と契約!?
何を、何を契約したんだ!
彼奴は嘘を吐いてまで、何をしようとしているんだ!?」
ユウキ《悪いけどそれは教えられない。
アイ、君だって知ってるよね?
怪物同士の取引のルールの重さはさ…》
ユウキの枝が揺らめき、アイは銀色の拳を握りしめる。
ユウキ《君に契約の事を話す気はないけど、ダンクが自分と契約した事は話せるよ。
そしてもう1つは、それを叶えたから言える、自分の願いさ》
メル「…願い?
貴方は、何を願うの?」
メルはじっと枯れた桜を見る。
しばらく枝は止まっていたが、やがて揺らめき始める。
ユウキ《自分が願うのは、アイとその仲間達の平安。
そして君達の希望の成就。
だからこそ自分はダンクの希望を聞き入れた…。
だから、ダンクを決して責めないで欲しい、そして…彼を決して許してはいけない》
メル「…それは、どういう…?」
アイ「あいつ、マジで何をする気なんだ…?」
ユウキ《…自分の話はこれでおしまいだよ。
自分は木だから君達の旅に参加できない。
でも枝を一本折ってくれれば、そこから君達をサポートする事ができるよ》
アイ「…メル、あいつの枝を折っときな…一応、人数分」
メル「う、うん」
メルは枯れた桜の枝を一本一本折り、アイに全て渡す。
アイ「…これは明日、ゴブリンズの皆に渡す。
アイツが何を企んでいるか知らないが、俺はあいつを離すものか。
必ず連れ戻してやる」
ユウキ《その言葉。
自分と君との契約として捉えさせてもらうよ。
そうすれば君達に力を渡しやすいからね。
ただし…》
アイ「契約である以上、必ず果たさなければ…その代償を俺に全部ぶつけな」
ユウキ《うん、そうさせて貰うよ。
それじゃあ、お土産話を楽しみにして待ってるよ》
アイ「…行くぞ、メル」
メル「あ、リーダー!
待ってよー!」
アイとメルは中庭から去り、枯れた桜は風も無いのにざわめく。
ユウキ《…本当に頑張ってね、自分はここで待ってるから、必ず帰ってきてね、自分のご主人様…ユウキ…》
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌日、迷宮島・港〜
雲一つない晴れ渡る空の下、そびえる船は豪華客船。
その船の名前は『 ワールド・グレート・ピース号』。
その甲板にゴブリンズ一行は立っていた。
シティ「船だーー!」
ユー「わーい、広ーい!
パパ、凄いよ!この船カッコいい!」
アイ「はっはっはっ、そうだろそうだろ。
さすがイシキの用意した船だ。
凄すぎるだろ…」
シティ「行くぞー我らが空中せーん!」
ユー「キィーン!」
シティとユーは両手を広げて飛行機の真似をしながら甲板を走り回る。
スス「ちょっとシティ、もう少し落ち着きなさいよ」
ルトー「スス…人の事言えないよ?」
ルトーはススから目を逸らしつつツッコミを入れる。
今現在、ススは水着姿であった。
褐色の健康的な肌をしっかり露出し、ルトーはどぎまぎする。
スス「船なら水着!
うちのサーカスの鉄則よ!」
ルトー「どんな鉄則だよ…」
スス「むー、そういう貴方は何でそんなアタッシュケース持ってるのよ」
ススはルトーが両手で持っている黒いアタッシュケースを指摘した。
だがルトーはニヤリと楽しそうに笑う。
ルトー「ふふふふふ…。
これは秘密兵器なのだよ。
どんな事があってもいいように、ね」
スス「?」
ルトー「ふふふ。
ふふふふふ、ふふふげほっ、げほっ、ぐぇほぅっ!うぇぶげほっ!」
ルトーがむせた姿があまりにも情けないので、ススはこれ以上聞くのを止めた。
メル(ダンクさん、何処にもいなかった…。
皆は『いつもたまにいなくなるから大丈夫だ』と言うだけで誰も気にしなかったし、
アイさんは昨日の事を黙っとけって言われたし…うわーこれ僕どうすれば…)
白山羊「主、部屋の準備が整いました」
メル「あ、白山羊ありがとう!」
白山羊「あと酔い止めに醤油にエチケット袋にうがい用カップと…」
メル「あ、ありがとう…白山羊」
様々な物を用意する白山羊に、メルは半分引きぎみに礼をした。
そしてその後ろでは黒山羊が全員分の荷物を部屋に運んでいる。
黒山羊「我…最近…役回り…酷くない?」
それに答える者は、ここにはいない。
ハサギ「…まさかこんな豪華客船に乗れるなんてな」
ハサギは豪華客船『ワールド・グレート・ピース号』の一室の中にノリと共にいた。
ハサギは窓から外の景色を眺め、ノリは高鳴る胸を小さな手で必死に押さえていた。
ノリ(ハサギさんと同じ部屋ハサギさんと同じ部屋ハサギさんと同じ部屋ハサギさんと同じ部屋ハサギさんと)
ハサギ「ノーリー?」
ノリ「ははははははいっ!?」
ハサギ「お前さっきから顔が赤いぞ?
まさか船酔いじゃないよな」
ノリ「ぜ、ぜーんぜん酔ってないっスよ!?
ボクは男なんス!これぐらい屁のカッパッスよ!」
(うわああああハサギさんの顔近いいいい!)
ケシゴ「豪華客船『ワールド・グレート・ピース』…略してWGP…まさかこの船まるごと我等の組織の船とは思うまい」
ペンシ「ケシゴ!
今の内に土産買っとこう!写真もとらなきゃ!」
ケシゴ「……一応言うが、これ仕事だからな?」
船は様々な想いと策略を乗せて、ゆっくりと出発する。
目標、アタゴリアン。
魔法と悪意と大罪が渦巻く万魔殿。