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角が有る者達  作者: C・トベルト
第二章 悪魔から知恵を授かったソロモン
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第96話 アイの静かなる決意

〜ゴブリンズアジト・中庭〜。


昼間でありながら厚い雲が太陽を覆い、中庭を日陰が支配する。

四方を壁に囲まれた中庭はそれだけで暗くなり、足元が見えなくなる。

そんな不安定な小さい世界の中で、少女は銀色の義手を持つ青年に声をかける。


ユー「パパ!」

アイ「…ユー、か」

ユー「もー、早くみんなの所に戻るよ!

早くしないと心配しちゃうよ」


ユーは服で隠れた手でくいくいとアイの銀の手を掴み、強引に引っ張ろうとする。

その状態でも、アイはじっとユーを見つめていた。


アイ(パパ…か。

正直、俺は今まで子どもを作るような経験したことないんだよな。

だからこいつを嘘つきと責め真実を聞く事は簡単な筈…)


ユーはかなり強く引っ張っているためか、アイの体が引っ張られる。

腰まで届く長い髪が勢いでふわりと上がり、か細い首が見える。


アイ(できないな。

俺は果心との戦いで決めたんだ。

頼ってくる人を突き放さないって。

だから大罪計画の仲間の可能性があるメルも仲間にしたんだ。

…ユーは異常だ。シティのビルを簡単に粉々にできる力だってある。

こいつが大罪計画の仲間である可能性だってある…というか、それ以外にこのタイミングで近付く人間がいるわけがないんだ)


ユーは必死にアイを中庭の外に引っ張ろうとしている。

アイはその後ろで少女の背中をじっと見つめていた。


アイ(おいアイ、今ならこいつを思い通りにできるぞ?

この小娘を尋問し、正体を探り、真実を聞けるチャンスだぞ?

こいつは俺達を騙し何かをしようとする悪党だ、何を躊躇う必要がある)


アイは目線をユーから外し、血染め桜に向ける。枯れた桜は静かに佇むだけだった。


アイ(おいユウキ、お前は何を言っている?

お前が何をしたか忘れた訳じゃないだろう?

この子は確かに怪しい。怪しすぎる。だが聞くな。

この子の嘘を暴くな。暴いてはいけない。

『ユウキ』が俺に見せたのは、まさにそれだったじゃないか?)


アイの瞳が揺れ、小さな子に目を向ける。

ユーはアイの手を両手で引っ張り、急かしていた。


ユー「パパ、どうしたの?

急がないと…」

アイ「ユー、お前に渡したい者がある」

ユー「?」


アイはそう言って、右腕の義腕についてあるボタンを押す。

すると腕の一部に小さな穴が開き、ポンと音を立てて鬼のぬいぐるみが飛び出してきた。


ユー「わぁ、可愛い!」

アイ「ゴブリンズの鉄の掟でな、子どもが居る家に侵入する時は必ずこのぬいぐるみを置く事にしてるんだ。

…お前にそれ、あげるぜ」

ユー「パパ!ありがとう!

大好き!」


ユーはアイを力一杯抱き締める。

身長はユーの方が低いため、丁度お腹に突撃するようなものだ。

そしてユーの頭部は見事アイの鳩尾に当たる。


アイ「ぐふっ」

ユー「パパ、大好き!ありがとうパパ!

このぬいぐるみ絶対大切にするね!」

アイ「お、おぉ…(震え声)。

大切に、するんだぞ…」

ユー「パパ!」


ぎゅーっとユーはアイの体を抱き締める。

気のせいか後ろで血染め桜がざわざわと震えている音が聞こえた。

そして中庭の何処かから幽霊の声が聞こえる。


(妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい妬ましい)

(イチャイチャ…イチャイチャしやがって…許すまじ)

アイ(ゆゆゆ幽霊ー!?

しかも怨みの声が聞こえるよー!)

「ゆ、ユー!

早く行こうか、皆が心配している!」

「うん!」


ユーは服を縮ませ、白く細い手を見せる。

その手でアイの銀色の機械の手をしっかり掴み、アイとユーは一緒に走り出す。

この時アイは幽霊に怯えていたため気付かなかったが、ユーは中庭を出る際一言呟いていた。


ユー「…信じてくれてありがとうね、パパ」


そして中庭には誰もいなくなり、血染め桜は枝をざわつかせるのを止めた。



◇◆◇◆◇◆◇◆


〜午後・トレーニング・ルーム〜


メルとシティは訓練で戦いあっていた。

シティは電柱を何本も出現させ、メルに向けて発射する。

メルはそれをかわし、シティに近づこうと走り出す。


シティ「お」

メル「うおおお!」


メルは固く握りしめた拳でシティを殴ろうとする。

しかしその攻撃はシティの目の前に現れた鉄板が防いだ。


メル(防がれた!

一旦距離を…)

シティ「攻めるわよ!」


シティの宣言と共に鉄板がメルの方に吹き飛び、メルはそれにまともに激突し吹き飛ばされる。


メル「うわああっ!」

シティ「はい、おしまい」


シティがパチンと指を鳴らす。

すると背後から先ほどメルが避けた電柱が飛び出し、メルの直前で止まる。

もしシティが止めなければメルは電柱に串刺しにされていただろう。


メル「…!

ま、参りました…」

シティ「まだまだ脇が甘いわ」

メル「うう…」


電柱と鉄板は一瞬で消滅し、メルはふらふらと立ち上がる。

シティは呆れを隠さない口調で語りかける。


シティ「コピー能力があるなら、それを全部使えばいいのに。

なんであんた拍手部隊の能力しか使わないのよ」

メル「すいません…でも、僕は出来るだけ拍手部隊の仲間の力を使いたいんです。

彼等の力を…忘れたくないんです」


メルの能力は『一度見た能力を完全にコピーできる能力』だ。

人口の殆どが能力者のこの街だが、メルは絶対彼等の力を借りようとはしなかった。

メルは拍手部隊の力を使う事こそ使命だと考えていたからである。


シティ「様々なことを覚える事が忘れる事に繋がる訳ないじゃない。

ちゃっちゃと強い能力覚えて、凄い輝き見せればいいのに」

メル「…それに、能力が沢山あっても使いづらいってのもあるんですよ。

現に今だって、シティさんの能力だって使いこなせていませんでしたし」

シティ「ふーん、生まれつき力が一つしかない私には贅沢に聞こえるけど…能力が沢山あるのも大変なのね」

メル「はい。

その点拍手部隊の能力は皆の力の使い方を見てるから、比較的使いやすいんですよ」

シティ「分裂能力、硬化能力、高速移動能力…一つだけでも強力なのに、それを一つの体で全部使えるから難しいわね」

メル「分かってくれましたか」

シティ「分かった分かった…だからもう一度しょーーぶ!!」

メル「ええ!?

またですかぁ!?もう十戦目じゃないですか!」


メルは目を丸くしてシティを見る。

シティはニヤニヤ笑い、その後ろに電柱を何本も出す。


シティ「今の話聞いたらお姉さん感動しちゃった!

感動し過ぎて暴れたいの!

何回でも何十回でも何億回でも戦うわよ!!」

メル「う、うわあああああ!!」


メルとシティはまた戦いを始め、全員が夕食を食べ始める直前まで訓練という名の戦闘は続いた。

そしてメルはシティに言わなかったが、街に出ない理由はまだある。

『憤怒』の能力、『出会った人の一番刺激的な記憶を夢で見る事ができる能力』。

そして『怠惰』K・K・パーのコピーした能力、『素顔を見た人の未来を見る事ができる能力』。

2つの能力はメルが街の人達から逃げさせるには充分な理由だった。

パーの能力は他人の介入や偶然起きる現象が起きなかった場合の未来を見れる為、その人が何をするのか直ぐ分かってしまうのだ。

一人だけならまだ目をつむればそれで良いが、百も千も歩き続ける人間に対してはそうは行かない。

それは幼いメルの心に恐怖を与えるには充分だった。

そしてもう一つの憤怒の能力は、人の一番刺激的な記憶を覗いてしまう。

それは甘酸っぱい青春かトラウマか希望か絶望か分からないだけに、余計にメルの他人への恐怖心を煽り、更にこの能力は夢の中で出会った人間の記憶さえ覗いてしまうのだ。

その結果メルが見たのは、ススの記憶を通して見た拍手部隊の記憶。

それがどれ程の恐怖と絶望だったか、戦争編を読んだ読者諸君なら分かる筈だ。

過去と未来を見る事のできる恐怖は、メルを自ら閉じ込める殻になりつつあった。


そして今日も、メルは夢を見る。

何処かの誰かが直面した現実を…。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



メルの夢の中で、紫色のマントを着た青年が古びた石畳の上を歩き、ある建物の前で止まる。

その建物はまるで学校のようにも城のようにも見えた。

白い2つの城壁が建物を守り、2つの城壁の間には火薬や武器が無造作に置かれている。

城壁を抜けると、美しい中庭とレンガで出来た建物が目に飛び込む。

そして中庭の端には薔薇で出来たメイズが存在し、それがこの建物の庭の広さを雄弁に語っている。

青年は庭師が鋏で植物の長さを調整しているのを気にも止めず、

真っ直ぐ建物の方へ歩いていく。

建物の門は大きく、5メートルはある鉄の門だ。

巨大な門の下、1メートル程には丸い鉄の輪が打ち付けられており、青年がそれを叩くと中で待機していた使用人が四人がかりで門を開けた。

青年は門の中に足を踏み入れ、四人の使用人達に一言礼を言ってから建物内部、ロビーに目を向ける。

ロビーは豪華な建物で、天井には美しい天使の絵が描かれていた。

その天使の絵から豪華な装飾が施されたシャンデリアに目が移り、中央にある木造の階段に目を向ける。

柱には水の天使ガーグイユの彫像が何体も彫られ、彫像の繋ぎに使われた真珠が僅かに見えている。

床には小さな小屋一軒分の面積を持つ絨毯が敷き詰められ、絨毯の模様にも金箔が使用されている。 青年はその絨毯を踏み鳴らし階段を登っていく。

そしてしばらく廊下を歩いたり階段を登ったりを繰り返し、やがて一つの扉の前に立つ。

青年は4回ノックをした後、扉の奥から「入ってよいぞ」とくぐもった声が聞こえてきた。


「失礼します」


青年は扉を開けてから、恭しく一礼をし、入室する。

部屋の中には古びた本や星の地図が数多く存在し、床にも机にも白い紙がまるで雪のように大量に敷き詰められている。

その部屋の奥には誰かが椅子に座っていてーーー。


そこまで見た所で、メルの夢は突然消えてしまう。

そしてメルはベッドから無理やり起こされた。


メル「…ふぇ?」


メルは寝ぼけ眼で辺りを見渡すが、誰もいない。

時刻を見ると午前2時だった。草木も眠る丑三つ時に、何故急に起きてしまったのか…?

そこまで考えた所でメルは気付く。


自分の体が宙に浮いている事に。



メル「え?え?」


あまりに不可解な出来事に、メルの頭が付いていけない。

しかしそんな事お構い無しに体はふわふわと浮いたまま扉へ向かい、扉が一人でに開き体が飛びながら何処かへ飛んでいく。


メル「う、うわぁこの感覚知ってる…ススの夢に入った時の無理やり飛ばされた時の感覚だ!

そ、それならこれも誰かの夢…?」


しかし、メルの足が床にぶつかり鈍い痛みがメルの全身に走る。


メル「痛っ!

違う…あの時は体が透けてた!

これ、現実なの!?

どんな理屈で僕は飛ばされてるんだよ!?」


寝ぼけ眼を白黒させながら、メルは抗おうと両手足をじたばたさせる。

しかしそんな抵抗は無意味に終わり、メルはある部屋に吹き飛び、久しぶりに地面と重力に縛られる。


メル「ここは…?」


メルは辺りを見渡す。

天井は無く、月明かりに照らされた空間。

しかし四方は壁に囲まれ、メルの足元には枯れた花が植えられている。

メルはそこで初めて気付く。

ここはススが朝に封印した筈の中庭だ。

メルは立ち上がり、辺りを見渡す。

しかし中庭には人影が何処にもない。不意にススが中庭を封印した理由を思い出し、不安に駆られてしまう。


メル「…もしかして、幽霊が僕を食べに誘拐した…訳じゃないよね?」


ざわざわ、と何かが揺れる音が聞こえる。

そして、その中に幽かに中性的な声が聞こえてきた。


《大丈夫…とって食う気はないよ…》

メル「…え?

声が…?まさか、ほんとに幽霊!?」

《違うよ…自分の声が君に聞こえるのは、君の能力のおかげさ…》

メル「え?」

《いや、正確には君の中に在る拍手部隊の一人、『クックロビン』の『動植物の声が聞こえる能力』のおかげ…》

メル「ま、待ってよ!

なんで君は僕の力をそこまで知ってるの!?」

《アイに聞いたからさ。

彼、楽しそうに君の事を話してくれたよ》

メル「…君は誰なの?

お化け?」

《…似ているけど、違うね。

自分はここにいるよ。君の目の前にいるよ》


メルは目の前を見る。

そこには枯れた桜が在るだけだった。

しかし今はハッキリと分かる。

この桜には明確な意志が存在し、今この瞬間も自分を見ている事を。

背筋に感じた不気味さを隠すようにメルは尋ねる。


メル「…君は、桜の木なんだね?」

《正解。

自分の名前は、『血染め桜』と呼ばれている。

でも、君はゴブリンズの一人だからこう呼んで欲しいな》


目の前の桜はざわざわと枝を動かしていく。


《ゴブリンズNo.ゼロ。『幽鬼』のユウキ。

もっと教えちゃうと、アイの奥さんなのです。正妻です》

メル「………え?」


メルは一瞬固まり、そして次には仰天の悲鳴に変わっていった。


メル「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!???」

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