第86話 果心林檎の枯れた川
「東路に 有といふなる 逃げ水の 逃げのがれても 世を過ぐすかな」
川川川川川川川川ザッ川川川川川川川川川川川川川
川川川川川川川ザッ川川川川川川川川川川川川川川
川川川川川川川川ザッ川川川川川川川川川川川川川
川川川川川川ザッ川川川川川川川川川川川川川川川
川川川川川川川川ザッ川川川川川川川川川川川川川
川川川川川川ザッ川川川川川川川川川川川川川川川
川川川川川川川川ザッ川川川川川川川川川川川川川
川川川川川川ザッ川川川川川川川川川川川川川川川
川川川川川川川川ザッ川川川川川川川川川川川川川
川川川川川川川ザッ川川川川川川川川川川川川川川
川川川川川川川川ザッ川川川川川川川川川川川川川
何もない大地の上を、一人の少女が歩いている。
服はぼろぼろで素足で灼けた大地を歩いている。大地はひび割れ、角ばった岩を踏みつけ、足を傷付けながら、それでも少女は一直線に歩いていた。
太陽は少女の肌を容赦なく焼き、思考は削り取られていく。
暑さのあまり、座る事も休む事もできず、ただただひたすらに地平線の果てを見つめていた。
少女の目線の先にあるのは、水だ。
太陽熱と空気密度の違いによって作り上げられた、幻の水。
その水を求めて、少女は歩き続けていたのだ。
少女は水がある方に向けてゆっくりと歩き続ける。
太陽は容赦なく少女を焼き続け、幻の希望を見せ続ける。大地は少女の体を傷付け、座る事も休む事も許さない。
少女は渇ききった喉に力を入れ、力強く叫ぶ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
果心「みずうううううううううううううううううううううううううううううううう!!!」
果心は跳ね起き、一心不乱に水を求め室内を探し出す。
そして、つい先程まで寝ていたベッドの側にある机の上に、水差しとコップがある事に気付いた。
果心はその水差しに向かって飛びかかり、水差しを掴む。
あまりに勢い良く掴んだ為にコップが机から落ちた。
幸いコップは割れなかったが、果心はそれを気にも止めずに水差しの水を鬼気迫る勢いで飲んでいく。
そして騒ぎを聞き付けたのか、部屋の外で見張っていたパーがドアを開け、室内に入る。
パー「果心様!?
大丈…!?」
ゴクッゴクッゴクッゴクッゴクッゴクッゴクッゴクッ
果心は水差しから直接水を飲んでいた。
1滴も口から逃さないよう、まるで今まで砂漠の中を歩いてきたかのように鬼気迫る表情で水を飲み干していく。
そして水差しに入った水が無くなった時、果心はようやく落ち着きを取り戻した。
果心「ハァ…ハァ…ハァ…。
パー…」
パー「!!
果心様!お気を確かに…」
果心「私は…大丈夫…大丈夫よ…」
果心はゆらり、と力なく立ち上がる。先程までの気迫は無く、ふらふらとした足取りでベッドに近付き腰かけた。
果心「………。
ハァ…」
パー「果心様」
果心が落ち着きを取り戻したのを確認してからパーは話しかける。
果心はとろんとした眼をパーに向けた。
果心「…何かしら?」
パー「……そろそろ、彼等の所に向かうべきではありませんか?」
果心「彼等?
あぁ……ナンテ・メンドールの所ね」
パー「はい。
怠惰計画の目的である不老不死の秘密を手に入れました。
しかし不老不死を全人類に分配するためには情報のパイプが必要です。
ナンテ・メンドールならば、そのパイプを確実なものにする事ができます」
果心「……」
果心は右手で顔を隠し、黙ってパーの話を聞いている。
パー「彼ならば、果心様の心中に潜む傷を癒す事も可能でしょう。
明日にはもうアタゴリアンへ出発するべきです」
果心「……そうね、パー。
貴方の言う通りだわ」
パー「では……」
果心「今すぐ出発するわよ。
パー、準備しなさい」
パー「えぇっ、い、今すぐですか!?」
果心「ええ、今すぐ!」
パー「た、只今準備して参ります!」
パーは急いで走り出す。
おそらく彼の部屋に飾ってある何十何百もの生徒の写真を整理しに行ったのだろう。
しばらくは戻れないはずだ。
果心は一度溜め息をついた後、部屋の窓に近付き、夜空を見上げる。
雲が少し出ているが、三日月は良く見えている。
果心「……お月様。
貴方は、私から逃げないわよね?」
果心は愛しい者を見るような目で月を見つめ続ける。
三日月は輝き、暗い夜を僅かに照らしていた。