第74話 日食パート もう一人の英雄
ー?????ー
パー「な、何ですか奴は!?
儂の姿で何て事をさせてるんだ!
やめろ!儂の生徒に武器など持たせるな!」
暗闇の中でパーが叫ぶ。
闇の向こうに見える景色は、学校の校庭。
そしてパーの偽物が生徒達に銃を持たせ、ゴブリンズを撃とうとしている姿であった。
その後ろでくの一姿の果心が声をかける。
果心「やめなさいパー。
今頃貴方が出てきても、偽物扱いされるのは貴方よ」
パー「くそう、儂の偽物め!
何て酷い事をするんだ!」
パーは拳をわなわなと震わせながらしばらく景色を見ていたが、すぐに果心に声をかける。
パー「果心様!
果心様は悔しくないのですか!?
儂等の戦いをあんな偽物に汚されたのですぞ!」
果心「確かにな。
しかし、アイツにはどうも手が出せない」
パー「何故!?」
果心「奴の正体が見えないからだ。
血染め桜とも別種の魔力…いや、呪いの力を感じる。
あれには様々な呪いがかかっているわ」
果心は魔力を込めた目でパーの偽物を睨むが、見えるのは真っ黒に染まった人間のような物体だ。
果心「あれの正体が見えない今、行動するのは危険よ」
パー「…くそっ!」
パーは拳を握り締め、ギリギリと歯軋りする。
一方果心は冷静に考察していた。
果心(正体が見えない…か。
そう言えば、結局血染め桜の事、何にも分からなかったわね。
できればアイから血染め桜の情報を聞き出したかったけれど、今じゃ無理よね)
果心はじっと光の繭を見つめる。
アイに血染め桜の事を聞こうとしたかったが、この状態ではもう聞く事ができないかもしれない。
果心(それはダメよ。
私は血染め桜にも用があるの。
せめて、血染め桜が生きているのか死んでいるのか、それだけでも知りたいわ。
しかし今彼等の前に出ても、混乱を深めるだけ。
パーが暴走したら、それこそ私が誰かを殺さなければ行けない。
さてどうすればいいのかしら?)
果心はじっと校庭を見つめながら、頭の中で幾つもの作戦を練り上げ、消していく。
やがて一つの可能性に気づき、果心は微笑んだ。
果心(そうだ、彼の力を使いましょう。リスクは高いけど彼なら真実を曲げずに伝えてくれる。
そうと分かれば小細工小細工。
私ってば、卑怯者ね)
果心はニヤリと笑いながら闇の中で魔術を発動する。
すると光る繭の輝きが少しずつ薄らいでいった。
果心(…これで良し。
後は中に居る人間が壊してくれるわ)
果心がそう考え終るが否や、ズドオオオンという大きな音が響き渡った。
パー「な、なんですこの音は!?」
果心(あらあら、中の人は随分出たがっていたのね。
もしかして繭の中に入ってからずっと、殴り続けていたのかしら?
間抜けというべきか、純粋というべきか。
さて、後は任せたわよ。
傷ついた戦士よ)
果心は闇の中から、この戦いの行く末を見極める事にした。
闇の向こうでは光りの繭が砕け、中から男性が現れていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
校庭 pm 〜???〜
サイモン「パー!
私の大切な生徒に拳銃を持たせるな!
私の大切な部下を殺そうとするな!
そんなの、私が許さない!」
砕けた光の繭を背に、サイモンが叫ぶ。
拳銃を構えた生徒達は皆驚きを隠せず、隣の生徒達とサイモンの名を呼びあっている。
それを納めたのは、生徒達の後ろでサイモンに呼ばれたパーだった。
それを見て蹲ったままアイがフッと笑う。
アイ「サイモン、やっと出られたのか…早く来いよ」
そしてその後ろでは、メルとススが異なる反応を示していた。
メル「え、サイモン…先生?
あれもしかして、拍手部隊とサイモン先生は…同一人物だったの!?
えええ、き、気付かなかった!」
メルは思わず自分の愚かさを呪った。
しかしその隣に立っているススはそんなの気にしているどころではない。
スス「え、隊長…え、隊長?
嘘、だ、だってあの時死んだ筈…えええええ?ちょっとタンマ、え?えええ?oh,mygod!」
完全に混乱し、思わず英語で話し始める。
そして二人ともサイモンの登場で今までの事全てを忘れ去ってしまった。
しかし、それはパーが叫んだ事ですぐに思い出される。
パー「さ、サイモン先生!?
まさか、あなたもゴブリンズに洗脳されて」
サイモン「黙れえええ!」
サイモンは叫ぶのと同時にパー達に向かって走り出した。
しかし目の前にいるのは170名の拳銃を武装した生徒達だ。
パー「危ない、サイモンがご乱心だ!
皆、奴を撃て!」
生徒達「う、うわああああ!!」
生徒達は皆、手に持った拳銃を走り出すパーに向けて構える。
この拳銃は威力が低い代わりに非常に扱いやすく、まるでゲームセンターの銃のように狙って引き金を引くだけで撃つ事ができる。
射撃に慣れている者なら、真正面から走り出すサイモンを狙うのは非常に簡単だった。
しかし、生徒達のサイモンを狙う銃は震えていて照準が合わない。
生徒(怖い…撃つのが怖い…狙うのが怖い…殺す、殺しちゃう?)
戦いに入るのを望んだ訳でもない。
ついさっきまで平和な日常を過ごしていた生徒達に、片手で持てる拳銃はあまりにも重く、恐怖であった。
しかし生徒達の中には拳銃を持つのが好きな者もいた。
意外にそんな生徒達も存在し、『死にたくない』という気持ちからサイモンを撃とうとしていた。
そんな生徒達は震える仲間を心中で笑い、いつも通りの感覚で拳銃を構える。
そして狙いを込めようとした処で、
サイモン「撃つなああああああアアアアアア!!」
生徒達「ヒッ!!」
あまりに大きなサイモンの声と、それに込められた気迫の恐ろしさに身体をすくませてしまった。
そして、心中で他の仲間を笑っていた者ほど今の大声に戦意を失ってしまい、
結果として170名の生徒達の中で誰一人としてサイモンを撃とうとする者はいなかった。
パー「な、何!?
お前達、何をしている!
これは戦争なんだぞ!震えていたら死…」
サイモン「貴様アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
サイモンは跳躍し、生徒達の上を飛び越える。
そして握り締めた拳を一気に20センチ位の拳を2メートルにまで巨大化した。
それを見たパーは生徒達より情けない悲鳴を上げる。
パー「ヒィィィ!!」
サイモン「私の生徒を、戦場に出させるなああああアアアアアアアアアアアア!!」
叫びながら、サイモンは巨大化した拳でパーを殴りつける。
腹部を狙ったその一撃は、パーの身体全体を殴り飛ばし、
パーは勢い良く吹き飛んだ。
パー「ガフッ!」
サイモン「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」
サイモンの叫びは殴りながらも止まらない。
殴る途中も巨大化し、遂には校舎に激突した。
バアアアン、という音が校庭に響き渡る。
サイモン「アアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!!!」
サイモンの叫びはようやく収まり、拳は縮小されていく。
そして、校舎にめり込んだパーの姿が全員の視界に入った。
パー「が、ガハァ…!」
カイル「ぱ、パー校長…先生!
サイモン先生が、パー校長を……校長を…殺した!!」
生徒達の一人、カイルが思わず叫ぶ。
その声に正気に戻った生徒達が一斉にサイモンに銃を向ける。
しかし、サイモンはそんな生徒達を一瞥した後、こう言った。
サイモン「皆さん…怪我はありませんか?」
カイル「え…?」
その言葉はいつも通りの優しいサイモン先生の声だった。
いつも生徒達に声をかけ、嫌われたり馬鹿にされながらも生徒達を思う、教師の声だった。
サイモン「カイル、大丈夫です。
その拳銃を捨てなさい」
カイル「え…あ、でも」
サイモン「捨てなさい。
話はそれからです」
サイモンのピシャリとした声に、カイルは思わず拳銃を投げ捨てる。
それを見た生徒達が、次々と投げていく。しかし一部の生徒は拳銃をポケットに隠そうとしたが、他の生徒達がはたき落としていく。
そして、サイモンは生徒達が拳銃を投げ捨てたのを見て優しく笑う。
サイモン「もう大丈夫です…。
貴方達が撃たなくて良かった。
お陰で、私は助かりました」
カイル「あ、あの…サイモン先生…これはいった」
い、と言い切る前にカイルの目の前を誰かが走り去っていく。
そして誰かはサイモンの身体を抱き締めた。
抱きしめたのはススだ。サイモンに再開できた驚きと混乱から正気に戻った彼女が最初に行ったのは、サイモンを抱きしめる事だったのだ。
スス「サイモン隊長!
生還、おめでとうございます!
…私は、私はずっと…」
サイモン「……。
君の戦いは繭の中でずっと見ていたよ。
あの頃とは違い、とても強く成長していた。
スス救護兵、生還おめでとう」
スス「サイモン隊長…!」
カイル「え、あの…えぇっ?」
クルミ「何なの…本当に何なのよ…。
私、サイモン先生好きだったのに!」
イワンコフ「ええっ!」←初恋はクルミちゃん。
ユミ「……イワンの馬鹿」
ユラ「あの人…可愛い…」
ギード(や、ヤベエ…拳銃で撃ちたかったとか言えない…)
カイルも170名の生徒もあまりの急展開に付いて行けず、ただただ混乱するばかりであった。
だから誰も気付いて無かった。
パーが気を取り戻して立ち上がり、拳銃をサイモンに向けていた事に。
パー「ヒヒヒ…『シンプル(間抜けな)サイモン』め…。
アタシはまだ、死んでないよ…こいつで、終わ」「終わりだよ、カスキュア」
パーのこめかみに銃口が突き付けられる。
パーが思わず振り返るとそこには拳銃を手にしたメルが立っていた。
パー「や、やあメル、久しぶりねえ」
メル「それはさっき聞いたよ。
貴方にはもう何もさせない。
ここで死んで貰う」
メルの人差し指が引き金にかかる。
後はこれを引くだけで発砲する事ができる。パーの頭を吹き飛ばす事ができるのだ。
パーと呼ばれた老人の口から若い女性の声が聞こえる。
魔法美少女カスキュアの声だ。
カスキュア「や、やめなさい!
あ、貴方に人を撃つなんて酷い真似、できやしない…」
メル「できるよ」
メルはカスキュアの顔を見ながらきっぱりと言った。
メル「僕は悪人になると決めた。
だから、僕の悪の為に貴方を殺す事ができるんだ」
カスキュア「う、うわわ、殺人反対、殺人反対!」
カスキュアはじたばたと暴れて逃げ出そうとするが、メルが襟首を掴んでいるため逃げる事が出来ない。
カスキュア「ああもう、こんな所で(ビシッ)」
何かが割れる音が二人の耳に入る。
しかし、それに気付いたのはメルだった。なぜならパーの顔にヒビが入ったからだ。
メル「え?」
カスキュア「あ、まずい(ビシッ)割れる(ビシビシッ)割れてしまう!」
カスキュアはメルを思い切り蹴飛ばし、メルは思わず手を離してしまう。
そしてカスキュアは両手で割れていく顔を覆い隠した。
しかしヒビは顔だけでなく覆い隠した手にも現れていた。
メル「こ、これは一体…」
カスキュア「まずい、ダメよ(ビシビシビシ)ダメだってば!
ええい、メル!(ビシビシビシビシッ)覚えてなさいよ!」
捨て台詞を言うが否やカスキュアの背後に闇が現れる。
カスキュアはその中に飛び込み、逃げていった。
メル「ま、待て!」
メルは急いで拳銃を構えるが、もう闇は消えていた。
残されたのは、銃を持ったメルただ一人。
メル「に、逃げられた…あ、ススさの方に行かなきゃ!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
果心「上手く行ったわね」
パー「うむ、流石儂が育てた教師と生徒!
いやあ校長として鼻が高いなあ」
パーはニヤニヤ笑いながら嬉しそうに喋っている。
果心「そうね」(貴方はあの学校を捨てた存在なんだけど…まあ、嬉しそうならそれでもいいわ)
パー「果心様、奴は追わなくていいんですか?」
パーはメルの方に視線を移しながら訪ねる。
果心は首を横にふった。
果心「必要ないわ。
あんな害虫、追う価値もない。
見つけたらくびり殺すだけよ」
パー「そうですか」
果心はじっとアイを見つめていた。
パー「しかし、まさか果心様が奴らに手を貸すなんて思いも」
果心「パー」
パー「はい?」
果心は強力なオーラを放ち、パーを一瞬で圧倒する。
パー「ヒッ!?」
果心「私は何もしていない。
光の繭を薄くする呪文なんてしらないし、彼等を助けるつもりなんて絶対ない。いいね?」
パー「アッ、ハイ」
パーはこくこくと頷く。果心はそれを確認した後、小さく呟いた。
果心「……ルトー」
果心は目線を繭に向ける。
その中に入っているのはルトーだ。
果心「…いつかあなたに私の希望を語った時、貴方はそれを否定したわね」
果心は指に魔力を込める。
果心「それなら、貴方の希望は何?人は誰でも繋がりを求める。
どんなに孤独であっても、どんなに離れたくても…どんなに強くても」
果心が魔力を込めた指は輝き、光線となって繭にまっすぐ向かう。
果心「…だから私には貴方の否定を受け入れる事は出来ない。
私は貴方の否定を潰す。
私を受け入れる為に…フフッ、その時が楽しみだわ」
果心は闇の中で小さく微笑んだ。
その笑みは、今まで誰にも見せた事がない笑みだったが、
それを唯一見れる筈のパーは景色に夢中だった為に、誰一人その笑みを見る事が出来なかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
アイ「……」
アイは校庭でうずくまりながら、スス達の様子を見ていた。
サイモン「あの、スス君。
そろそろ離れていただけると有難いんだが…生徒達に説明しないと行けないんだし…」
スス「…………」
ススはサイモンをぎゅっと抱しめていた。
しかしそれは嬉しいからではない。
スス(どうしよう……私、気持ちに駆られて人前で抱きしめちゃった……恥ずかしいよー)
人前で大胆な行動した恥ずかしさのせいで、動く事が出来なくなっていたのだ。
ススの顔がサイモンの人口心臓に当たり、冷たい感触がススの頬に伝わる。
スス「た、隊長ごめん……その、気持ちが落ち着くまで、もうしばらくこうさせて……」
サイモン「え、あ、いや、だからこれだと私も色々と……その……」
カイル「先生…」
クルミ「やはり、胸か…胸なのか!
くっ!」
イワンコフ「お、俺は胸の大きさなんて気にしないぞ(小声)」
ミユ「イワンの馬鹿…(ボソッ)」
ユラ「やだ…キュンと来ちゃった…」
ギード(お、おかしいな…今なら撃ってもいい気がするのは何故だ?なぜなんだ?)
アイ「……」
アイは目線をメルの方に向ける。
メル「ススさん、良かった…拍手部隊が出会う事ができて、本当に良かった…」
アイ(…なんかなー…なんかなー…なんだかなー…)
アイは包帯でぐるぐる巻きにした腹部の方に目線を向ける。
アイ「ルトーには一度裏切られるし、サイモンには殴られるし、現古には説教させられるし、果心の変な考えに付きまとわれるし、気持ち悪い神様見るし、気持ち悪いキス見せられたし龍には手を噛み千切られるしパーの偽物には撃たれるし…。
挙げ句ススは何かサイモンになついているし!メルは一人で納得してるし!!
なんなんだ!?今回俺貧乏くじ引きすぎてないか!?」
言っている間に悔しさが込み上げてきたのか、右手でバンバンと地面を殴るアイ。
そこに宇宙服を着たルトーが近付いてくる。
ルトー「リーダー…生きてて良かった」
アイ「あーはいはいそうですねー、ん?
ルトーいつの間に出られたのか?」
ルトー「うん、何故か光の繭が消えちゃって…どうしようアイ、宇宙服脱げない」
アイ「知るかよ…」
アイはふて腐れながら空を見上げる。
もう結界は存在せず、すっかり夏の夜空が見えていた。
アイ「あーあ、後はダンクとシティが居ればもう何でもいーやー。これ以上驚く事なんて」
ダンク「リーダー!
大丈夫か!」
シティ「え、リーダー!撃たれたの!?大丈夫!?」
結界が消えたからか、外にいるダンクとシティがアイに駆けよってくる。
アイがほっと一息ついた瞬間、ノリの声が聞こえてきた。
ノリ「アイ!
ハサギさんは何処にいる!」
ペンシ「貴様、隠しだてすると許さんぞ!」
ケシゴ「………なんだ?戦いは終わったのか?
残念、龍を調教したかったのに」
警察の三人の姿をアイが見た瞬間、アイの周りが暗闇で包まれた。
アイ(え…?あれ?
何で、何でダンクがノリ達と居るの?あれ?あいつ等警察だよな…あれえ?)
気づけばアイは立ち上がり、何もない闇の中を歩いていた。
アイ(アハハハ、そうか、分かった。
俺、見捨てられたんだ。アハハハ、なんだ?分かると凄い気分が明るいな。アハハハハハ)
アイは笑いながら闇の中をさ迷う。
アイ(隊長殺すにゃ刃物はいらぬ。
部下が全員やめればいい。…お、うまい事言った。
…もう、何が何だか分からない…)
そしてアイの意識は、闇の中に溶けていった。
アイ「あはははは、あはははははは、あはははは。
アイ、心の一句」
ダンク「リーダー、大丈夫か、リイイイダアアア!!!」
ダンクの叫びが、アイに届いたかどうかは知らない。
ただ、校庭の端で誰にも気にされない光の繭があり、その中でハサギがアイと同様に絶望していたので、もしかしたら闇の中で二人は出会うかもしれない。
ハサギ(の、ノリ?
嘘だろ、お前は…お前だけは、俺の部下で居てくれる…は、筈…)
こうして、ゴブリンズのリーダーでありススの心を救い、ルトーの迷いを断ち、サイモンの心を奮い立たせ、現古やパーに教師の心を思い出させ、孤独な果心のライバルになり、メルの頼れる上司となった、
『もう一人の英雄』であるアイは、ほんの僅かだけ目を閉じるのであった。