第59話 本当の太陽パート 絶望拍手部隊VS希望拍手部隊
ここで一度今の状況を振り返ってみよう。
今、メルとススは誰もいない真昼の住宅街中で能力を発動し時速300キロで走り始めた。
時速300キロ……改造したバイクや車なら出せない速度ではないが、それでも生身の人間には強力なGがかかる。
しかし能力者である彼等にはその負担は問題にはならない。
だが、住宅街は別だ。
狭い路地の中で時速300キロで走る車が二台現れ、 しかも彼等は走るだけではなく戦かっているのだ。
そして今、ススはナイフを構え、投擲した。
スス「これでも……喰らえ!」
メル「うわ!」
メルは身をひねってナイフをかわす。
それだけでメルの足元のコンクリートは抉れ、黒い焦げを作り出す。
一方、交わしたナイフはブロック塀に刺さり、それを粉々に粉砕した。
バゴォン!!
メル「う、うわあああ!」(な、なに今の!?
当たったら体がバラバラになる!)
スス(ち、やはり二度目の発動はキツいわ!
まだ本調子の速度じゃない……それでも、あいつを粉々にするには充分!)
ススはブロック塀に突っ込み、ナイフを回収してからまたメルを追い始める。
スス「次は外さない!」
メル(だ、駄目だ!
これじゃススを説得なんて出来ない!)
メルが目線を前に向けると、道は曲がり角になり、直線上には民家が鎮座している。
普通なら曲がるところだろうが、高速で走っているメルは曲がる事が出来ない。
このままではぶつかる。
そしてメルがとった行動は跳躍であった。
メル(…飛び越える!)
メルは走った勢いを利用し跳躍した。メルの脚力は強化され、跳躍力もまた上昇している。
2階建ての民家を飛び越えて向こうの民家の屋根に飛び移る事が出来た。
メル(うわ、僕はここまで飛ぶ事が出来たんだ…いや、急がないと!)
メルはもう一度跳躍し、コンクリートの上に着陸する。
しかし次の瞬間、
バガアアアアン!!
メル「!?」
何かが弾き飛ばされたような恐ろしい音が響いてきた。
…そして、今メルが跳躍した家が轟音と共に破壊されていく。
メル「ま、まさか…スス!」
スス「邪魔だあああ!!」
破壊された民家の瓦礫の中から、ススは飛び出した。そして、再度ナイフを2つ投擲する。
シュン! ビュン!
メルは2つ共交わそうと右に避けるが、ナイフが近くを掠めた瞬間、強力な衝撃波が襲いかかってきた!
メル「うわああ!」
避けた筈のメルの体が吹き飛ばされ、ゴロゴロと転がってしまう。
そして、投擲された二本のナイフは軌道上に存在する民家を2つ破壊した。
バアアアアアアン!!
ボオオオオオオン!!
メル「!!」(さ、さっきより威力が…!)
メルはあるものを見て急いで逃げ出した。
それは迫り行くススではない。
そのススが作り出した真っ黒な道と住宅街だったものを見てしまったからだ。
ススの通った跡はすべて破壊され、水道から水が吹き出し、電柱は折れ曲がり電線が千切れ、その先からバチバチと電気が放出されている。
また、コンクリートで舗装された道は砕かれており普通に歩く事は出来ないだろう。
数分前まで平和な日常の世界だったとは到底思えない光景だ。
メル(なんだあれ!?
まるで暴走機関車が通ったような跡じゃないか!? )
ススは一度ナイフを回収しに破壊された民家に向かう。
そしてぐしゃぐしゃに潰れた民家の中でナイフを取り出した。
近くには家主と思われる家族の写真が落ちているが、それは気にせずナイフを探す。
しかし何故かもう一本のナイフが見つからない。
ススはギリっと歯軋りしながら立ち上がった。
スス「憎い、何もかもが憎い。
私を助けなかった平和も、私を見捨てた日常も、私の居場所を奪った世界も!!」
そしてススはメルが走り出した方を見て、一気に走り出す。
その際民家の瓦礫が勢いで吹き飛ばされ、更に被害が拡大する。
スス「私が苦しんでいる時に手を差しのべてくれなかった奴らも憎い!
私を置いて死んでしまった拍手部隊も憎い!
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!!!
例えこの世の全てが戦争を忘れても、私は決して忘れない!
私が戦争だ!私が戦場だ!
貴方達が作り上げた世界なんて、私が壊してやる!」
ススは走り出した。獲物は少し離れた所にある、逃がしてはいけない!
ダダダダダダダダダダダダダダダダダダ…キキィッ!!
しかし、すぐに急停止する。
何故ならメルが走ろうとせず、立ち止まっていたからだ。
スス「!?」
メル「やっと…貴方の声を聞くことが出来た。
ススさん!貴方は憎んでは駄目だ!」
スス「黙れ!」
ススは一気に走り距離を詰めナイフで勢いよくメルを切り裂いた。
スス「えっ!?」
攻撃した筈のススが驚愕する。
てっきり防御すると思ったのに、あっさりとメルの体を横に両断してしまったからだ。
しかしそこでススは気付く。
両断されたメルの体から、血が出ていない事に。
スス「こ、これは…偽物!?」
メル?「能力発動、『Who am i(私は誰?)』」
ススが驚いて振り返ると、大通りの方にメルが立っていた。
しかし不思議なことに人数は一人ではない。
全く同じ姿のメルが通りのあちこちに何人も立っているのだ。
メル?「 拍手部隊の一人、エッグ・ミステリーさんの能力だ」
メル?「物質を媒介に、偽物の自分を作り出す能力」
メル?「この能力で無数の僕を作り上げた」
メル?「さあ僕はここにいるぞ」 メル?「だけど僕は一人じゃない、大勢いる」
メル?「そんなに憎んでいるならば、本物の僕を見つけてみな!」
ススの目に映る住宅街に、たくさんのメルの姿。
しかしこれは偽のメル、まるでマネキンのようにかたまっている。
そしてススは眉をひそめる。
スス「…なにこれ、今度は隠れ鬼のつもり?
馬鹿馬鹿しいわ。
私の足なら…」
ススは一度後ろに下がり、また時速300キロ近い速度で走り始める。
スス「全部斬る!」
斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!斬!
ススは高速で走りながら次々と偽物のメルを切り裂いていく。
そして斬られたメルの首の一つが民家の門の近くでころころと転がる。
そのすぐ近くに転がっているメルの首が呟いた。
メル「躊躇なしなんて、恐ろしい…でもお陰で見つかりそうにないね。
まさか僕がズパルの能力『だらしない男』で斬られたメルの偽物のふりをしているなんて、思ってないみたい」
メルは首だけで辺りを見渡す。
そこには自分と全く同じ姿の人形達が無惨な姿で転がっていた。
メル「…本当にあの場に立っていたのが僕じゃなくて良かった。
でもどうしよう、逃げるだけじゃ何も解決しない。
でもススさんと戦えば、それこそ話のしようがない…どうすれば」
『おいおい、誰だ?
ここはお前の家じゃない、さっさと出ていけ』
不意に、男性の声が聞こえてきた。メルが声の方に振り返るとそこには柴犬が一匹、犬小屋の前に座っている。
メル「え、もしかして今喋ったのは君?
そう言えばクックロビンの能力は『動物、植物、昆虫と会話できる能力』だっけ。
だから君の声が聞こえるのか…」
柴犬『失せろ!この畜生め!
でないとガブリと噛んでやる!』
柴犬は縄に繋がれておらず、動こうと思えばすぐ動き、本当に噛みついてきそうだ。
それを見たメルの頭に、電球が閃いた。
メル「!
そうだ、柴犬君!」
柴犬『なんだこいつ、俺の言葉が分かるのか!?
…じゃあ大声で吠えなくても出ていってくれるよな?』
メル「うん、ちゃんと出ていくよ。
でもその代わり、君に頼みたい事があるんだけど」
メルが柴犬に頼みを話した直後、
スス「メルー、何処だああ!」
ススの声が近付いて来た。
どうやら全ての偽物を破壊したようだ。
メル(まずい!)
スス「ち、まさかあいつ、壊した偽物の中に紛れ込んでいるんじゃ…。
アイツはエッグの能力も使えた。
他の拍手部隊の能力を使ってもおかしくない…ああもう、腹が立つ!」
ギリイ、と悔しそうに歯軋りを鳴らススは偽物を一つ一つ確かめていくと、突然近くの民家の門から何かが飛び出した。
スス「!」
柴犬「わん!わん!」
スス(…私の仲間に、動物に化ける能力を持った奴はいない。
それじゃあ、あれはただの犬か…)
メルは犬に背を向け、辺りの偽物のメルを一つ一つ確かめて、足で踏み潰していく。
その間に柴犬は破壊された民家に駆け寄り、鼻をひくひくと動かしながら瓦礫の中に近寄る。
そして、瓦礫の中に落ちているススのナイフを見つけ、ナイフの柄の部分をくわえると、元の民家の方に戻っていった。
そしてその民家にはすっかり元の体に戻ったメルが立っていた。
門の影に隠れながら、柴犬を出迎える。
柴犬『ほらよ、てめえが頼んでいたナイフだ』
メル「ありがとね、柴犬君」
柴犬『けっ!
もう二度とここに来んじゃねーぞ!』
柴犬は静かに犬小屋の中に戻っていった。
そしてメルの手元にはススが見つけられなかったナイフがある。
メル「これで、少しは身を守れる筈…またいそいで逃げないと」
スス「みいつけた」
全く不意にススの声が聞こえる。
メルが反応する前にススに首を掴まれ強引に後ろに叩きつけられる。
バァン!
メル「がっ…はぁ!」
メルは頭から打ち付けられ、それをおさえようと両腕を伸ばすが、その右手をススが掴んだ。
メル「!」
スス「今度は硬化させないわ!」
そう言うと、ススは黒い棒状の物をメルの肌に押し付ける。
そして赤いスイッチを押したその瞬間、メルの全身に電撃が走る!
バリ!バリバリバリバリバリ!!
メル「うわああああああああ!!?」
スス「スタン(電撃)ナイフよ。
直接攻撃がダメでも、これは効くでしょう?」
メル「ぐああ…!!」
スス「安心しなさい、気絶しない程度に抑えてあるわ」
メルの体に電撃が走り、全身が痺れていく。
メル「ス…ス…さ…」
スス「出来れば楽にといきたいけど…やはりあなたは苦しんで死ぬのね」
メル「や…め…るん…だ…」
スス「諦めなさい。
貴方は結局、こうなる運命なのよ…あら?
こんな所に都合よく私のナイフ。
ありがとね、わざわざ私に殺される武器を持ってきてくれて」
ススはメルの手に持っているナイフを取ろうとする。
しかし、ナイフはメルの手から離れない。
スス「?」
メル「や、め、る、んだ…スス…さん…」
メルはススをじっと見つめた。その手に握り締めたナイフの柄の部分には『Sekita』と書かれている。
スス「何、命乞い?
人を殺して生きてきた癖に」
メル「違う…貴方は…殺しては…いけない…」
スス「……」
メル「貴方は…皆に…助けられたんだ…その貴方が…人を殺しては…」
スス「黙れ。
私の仲間は誰も死にたくなかった。でも貴方の一族のせいで殺された。
苦しみながら、戦火に焼かれて死んでいったのよ。
もう何をしても」メル「違う!」
ススの言葉をメルが遮る。
メルは真っ直ぐススを睨み付けた。
メル「確かに皆苦しんださ!皆辛かった!僕は夢のなかで何度もその光景を見たんだ!その度に何度も自分は諦めそうになった!
でも彼等は諦めなかった!」
メルの手がススの服を掴んだ。
ススは一瞬その服に目を向けそうになるが、すぐメルの目を見た。
彼の目は、真っ直ぐにススを捉えていた。
メル「皆、仲間を守る為に戦ったんだ!
自分の大切な物を守る為に、自分の世界を守る為に!
スス、貴方を助けるために!」
スス「……!」
メル「その貴方が、人を殺してはいけないんだ!
復讐の為に生きてはいけないんだ!お願いだよ、ススさん!
戻って!元の貴方に戻ってくだ」
バリバリバリバリバリ!!
メル「 」
スス「最後に言いたい事は、終わった?」
ススはメルの体に再度電撃を喰らわせた。そして、恐ろしい表情でメルを睨み付ける。
スス「貴方は私の力を見たでしょう?
大地を踏み潰し家を砕き街を破壊する私の強さを見たでしょう?
私はもう鬼なのよ…人間じゃない」
ススは『Susu』と書かれたナイフを取り出し、そして、高く掲げる。
スス「そして貴方も私と同じ、世界をぐしゃぐしゃにした怪物よ!」
メル「や…め…」
ススは無理矢理メルを立ち上がらせた。
そして、左手で口を抑える。
ススはナイフを逆手に持ち、首筋を狙っている。
メル(だ…ダメだ!殺される!)
しかしそこでメルは気付いた。自分の手にもナイフが握られている事に。
メル(これで…これでススに殺される前にナイフを刺せば、
僕は生き残れる!)
スス「死ね!」
ススはナイフを振り上げた。
メルは思わず、ナイフを持っている腕を突き上げ……
ズブシュ!!
ナイフが、何かを切り裂く音が住宅街に響いた。
スス「………………………………え?」
ススはなにも考えず、ふらりと後ずさり、目の前にいる存在を見つめた。
そしてその存在に、ナイフが、刺さっている事にようやく気付いた。
そして体を震わせながら、思わずその存在に声をかける。
スス「な…ん…で…?」
ススはじっと見つめていた、その存在を。
ススの目の前に存在するそれは、メルではない。
それは、体が包帯で出来た魔法使いにして、ススの仲間。
ダンク「……久しぶりだな、スス」
スス「だ…ダンク!?」
ゴブリンズの一人、『色鬼』のダンクであった。
その胸部にはススが刺したナイフが深々と刺さっている。
ダンク「なんで?
『なんでここにいる』か?
『なんで貴方が刺されている』か?
……それは、俺が聞きたいな」
ダンクはススをじっと睨み付けた。
メル「……」
メルはガクガクと震えながら、目の前に立ちはだかる存在を見つめた。
そして、自分の手に握られているナイフを見つめていた。
突き動かそうとし、そのまま動かせなかったナイフと共に。
メル「あ…あ…」(体が…体が、動かない……怖い…自分の手が…凄く怖い…ナイフから離れられない!
畜生!)
メルは自分の体を無理矢理ゆすり、ナイフを落とす。
そのナイフを、誰かが拾った。
メル「…?」
?「ふぅ、危なかったッス。
こら、子どもがナイフを持っちゃ危ないッスよ」
メル「だ…れ…?」
メルは震えながら、どうにか言葉を吐き出す。
目の前にいるスーツを着た男性はニコリ、と可愛らしく笑いながら答えた。
ノリ「ボクの名前はノリ、正義の味方ッス!」