第58話 本当の太陽パート 鬼ごっこを始めよう!
ぐにゃぐにゃと赤い土の戦場が泥のように軟化し沈んでいく。
世界が崩壊していく中、メルは慌てた様子を見せる事なくその様子をじっと見つめていた。
メル『世界が消える…やはり、この世界は夢だったんだ。
帰るんだ…現実に、ススさんのいる世界に帰るんだ』
メルは目を閉じ、この世界で起きた事を思い返していた。
メル『この戦場の記憶、何もかも大切な存在だ。
…僕は絶対に忘れない。
そして、ススさんに必ず伝えるんだ』
そして目を開けると、目の前にススの顔がすぐ近くまで来ていた。
メル「……え?」
そして突然体を強く押され、抵抗する事も出来ず仰向けに倒れてしまう。
しかし後ろにベッドがあった為に衝撃は全てそれに吸収された。
メル「こ、ここは…!?」
スス「… もう貴方に話す事なんて何もないわ。
私は戦争で全てを失い、
復讐のためにゴブリンズの一員となった。
そして、復讐のターゲットである貴方に出会った。
貴方の祖父はGチップを作り、世界をぐしゃぐしゃに変えた。
貴方の父は戦争の兵器を作り、私の全てを奪った。
…そしてそれら全てを知らず、人の命を奪って得た金で平和に暮らしている貴方…。
そんなの、絶対に許さない!」
メル(こ、これは…僕がナイフで刺される直前に言われた言葉!
現実に戻ってきたんだ…しかも時間まで巻き戻されている。
…ほんの少しだけど)
メルはさっと辺りを見渡す。
誰の部屋なのかわからない寝室。
その入口近くには、自分を守ろうとススと戦い、破壊された黒山羊が転がっている。
メル(黒山羊…!
そうだ、確かこの後、僕は生きる事を諦めて、死のうとしたんだ。
でも…)
脳裏に浮かぶ様々な戦場の記憶。
『猛毒英雄』やフリークス・サーカスの恐怖や、赤い土の戦場で間近に感じた死の匂い。
そしてそんな絶望的状況の中で希望を持って戦った人達の姿。
それらを知ったこの少年には『死んで諦める』という考えは微塵も考えなかった。
メル(でも、僕はもう絶対に諦めない!)
「ススさん!」
スス「!?」
突然、力強く叫んだメルに怯むスス。メルはそんなススを真っ直ぐ見つめ、大きな声で喋りだす。
メル「こんな事は止めるんだ!
復讐なんてしたってススさんの仲間は喜ばない!」
スス「…!」
メル「ススさんは知らないけれど、僕は夢を通して見たんだ!
みんな、互いを助け合おうとして生きていた!
ススさんは味方の部隊に助けられたと言ったけど、その部隊を呼んだのは敵だったんだよ!?
皆はススに仇を取れなんて思ってない、生きろと強く願ったんだ!」
メルは上体を起こして立ち上がろうとするが、
ススに両肩を掴まれる。
メル「え?」
スス「…だから、貴方は人を殺してはいけない、と言うつもり?
…だから、貴方は死んだ人の分まで真っ直ぐ生きなさい、と言うつもり?
ふざけるな!」
そして勢い良くベッドに押し付けられた。しかも今度は自分の意思で立ち上がらないよう、ススもベッドの上に乗り、メルの体にまたがる。
メル「ススさ」スス「黙れ!!」
そしてメルの首筋に『Susu』と書かれたナイフを突きつけた。
メルは言葉を失い顔を青くする。
対してススの瞳に映る憎悪の炎は更に燃え上がった。
スス「確かに貴方の言う通り、人殺しはしてはいけない事よ。
でもそれなら私は何処を向いて生きていけばいいの?
私の暮らしたサーカスはもう存在しないのよ!」
メル「え?」
ススはギリッと歯を噛み締めた。
スス「そもそも私達が戦争に参加しなければいけなくなったのは、ネクストラウンド・サーカスが天才の奴等によって強引に解体されたからよ。
私も、スミーも、セキタも能力者だった。だから天才の奴等は私達を迫害し、サーカスを徹底的に破壊しつくした。
私達は散り散りになり、両親は戦争に駆り出されすぐに…。
姉も兄も兵になり、私達は出会えなくなった。
もうこのまま会えないんじゃないか、て思った時に兄が8888番隊を創立し、何とか再会出来たけれど…それも…」
話していく内にナイフを握る力が強くなっていく。そのナイフを高く掲げた。
メル「!」
スス「綺麗事を言えば全て解決…なんて甘い考えで私がここにいると思う?
私はね、私の家族を奪った世界と私に能力なんて与えた貴方達に復讐するために、ゴブリンズという犯罪組織に身を置いたのよ。
貴方達に復讐し全ての怒りをぶつけるその為に、私はここにいる。
…もう貴方に何も喋らせないわ」
ススの左手がメルの首を抑え、ぎゅっと握りしめる。
メル「ぐ!?」
スス「さよなら、世界の敵よ。
さよなら、私の復讐よ。
さよなら、…皆…」
そして、ナイフを勢い良く降り下ろした。
そのナイフを、メルはじっと見る事しか出来なかった。
メル(ああ…やっぱり、こうなるのか?
あの戦いを見て、彼等の人生を見て、こんな僕でも何か出来るかなと思ったんだけど…
やっぱり、駄目だった)
ナイフは真っ直ぐメルの胸に、心臓を狙って落ちていく。
メル(悔しいなあ。悔しいなあ。悔しいなあ!
まだ、生きてやりたい事が一杯あったのに)
メルの目に映るのは、鬼のように怒りと憎しみに歪んだ表情のスス。
しかし脳裏に浮かんだのは、拍手部隊の皆だった。
メル(皆、ごめんね。
僕、何も出来なかった。誰も助けられなかったよ…)
そして、ナイフがメルの学校の制服を裂き肌を突き破ろうとした瞬間
ガキィン!
金属音が聞こえて、ナイフが弾かれた。そしてメルの胸に、痛みと衝撃が走る。
スス「え!?」
メル「ぐ…い、痛い…!」
ススは思わず弾かれたナイフの刃を手に取り、見る。
刃に血は付いていない。
それは、ナイフがメルの体を刺せなかった証拠だ。
スス(な、何故刺せない…?
胸に何か隠しているの!?)
ススはメルの制服を破いた。
メルの胸部が露になり、メルの胸に存在するものの正体が判明する。
スス「こ…これは…!?」
一方、メルは胸から来る痛みに苦しんでいた。
メル(痛い!痛い!刺された!痛い!死ぬんだ!僕はこのまま死んで…死んで…あれ?
あまり痛くない?なんで?
ナイフが刺さらなかったの?)
気付くと、自分の首を締めているススの左手が首から離れている。
そしてパキパキ、という音がメルの耳に入った。音は自分の胸から聞こえた。
メルは顔を上げて、自分の胸をはっきりと見る。
メル「え…?なにこれ…?」
スス「どういう事…?」
二人はほとんど同じ意味の言葉を吐く。
その答えは胸の肌を見ればすぐにわかる。
…灰色に変化した肌が、降り下ろしたナイフを弾いたのだ。
この灰色の肌に二人は見覚えがあった。
メル(灰色の…肌…?)
スス(ナイフが弾かれる程に硬くなった、肌…)
メル(僕は、この能力を誰が使ったか知っている…)
スス(私の一番近くにいた、私の一番大切な家族…)
メル&スス(セキタの、硬化能力!)
やがて、灰色の肌は胸から全身に広がりメルの首の辺りで止まる。
メル「そ、そんな…まさか、僕がセキタさんと同じ能力者だなんて…」
スス「あ、ああ…貴方が、セキタの名を気安く呼ばないで…」
ススはナイフを投げ捨て、両手でメルの首を握りしめる。
メル「!」
スス「貴方が私の兄弟の名を呼ぶな。
貴方が私の兄弟の力を使うな。
貴方は黙って死ねばいいのよ…!」
ギリギリと強く力を込めていくスス。
例え肌を硬化させても、体の構造が変化した訳ではない。
首を締めれば息は出来なくなるのだ。その証拠に、メルの顔はどんどん赤くなっていく。
メル「ぐ…!」
(ここで、死んでたまるか…!)
メルは死にたくない一心でススの両腕を掴み、ぎゅっと握りしめる。
しかし、ススの方が力が強くメルの手から離れない………筈だった。
スス「!?
き、キャアアアアアア!!」
メル「え!?」
ススが突然悲鳴を上げる。メルは驚いて思わず手を離すと悲鳴の正体に気付いた。
メルが握った部分の両腕が真っ青になっているのだ。それが内出血によるものだと気付くのに、さほど時間はかからなかった。
メル「な、なんでこんなに強くなっているの…?
確かに僕は強く握ったけど、ここまでは……まさか!」
メルは自分の腕を見る。
その腕は筋肉が異常に盛り上がり、とても自分の腕だとは思えなかった。
そしてこの腕にも、メルは見覚えがある。
メル「スミーの…腕力強化能力…二つ目の、能力…!」
スス「ど、どうして…どうして、貴方がスミーの能力を持っているの!?
どうして、セキタの能力をつかえるの!?
貴方は一体、何なの…!?」
ススが震えながら声を絞り上げる。
だが、その質問はメルも同じであった。
メル「な、なんで…なんで僕にこんな力が…!まさか」
メルは自分の左手を見つめ、サイモンの記憶を呼び起こす。
すると、左手が突然ブクブクッと膨れ上がり、一メートル程の大きさになる。
スス「これは…サイモン隊長の能力…まさか…」
メル「『膨張』…間違いない、僕の能力は…」
一度みた能力を、自分の能力にする能力!!
スス「そんな…それじゃ、本当にメルは夢を通して見たの…あの戦争を!?」
ススは一瞬、怒りを忘れ驚愕する。その言葉に気付いたメルは、巨大化した手でススを凪ぎ払おうとする。
スス「!」
巨大化した手はススの体を凪ぎ払い、ベッド下に転げ落ちる。
ススは受け身をとって衝撃を吸収し、すぐに立ち上がってナイフを構える。
メルは自分の巨大化した手を縮小させた。
メル(動いた…)
そして、メルはススを見た。
諦めてしまった時には見れなかった、ススの姿。
メル(絶望で終わる筈の未来が、今、確実に動き出した。
拍手部隊の能力が、守ってくれたんだ…!!
これなら、これならもしかしたら…ススを助ける事が出来るかもしれない!
希望はある!)
メルは自分の拳を握り締めた。
スス「………やってくれたわね」
メル「!」
スス「夢で勝手に私の記憶を見た挙げ句、私の仲間の力を『使って』私に戦おうとするなんて…。
良い度胸してるじゃない」
メル「ち、違う、僕は戦いたくて能力を使った訳じゃ」スス「黙れ!!」
メルは急いで立ち上がり、ススはナイフを構えながら距離をとる。
スス「やはり貴方は『傲慢』ね!
他人の能力を使えばなんとかなると思った?
私の仲間の力なら、私が怯んで動けなくなると思った?
ふざけるな!」
メル「え…ち、ちがう…僕はそんなつもりじゃ」
ない、と言い切る前に、ススの背中に何かが立ちはだかっている事にメルは気付く。
それはススにズタボロに破壊された筈の防衛アンドロイド、黒山羊だった。
メル「黒山羊!」
スス「え?」
黒山羊「我、使命、主、守護…」
三メートルもある巨体のあちこちが傷つき、その傷からはバチバチッと電気が跳ねていた。
しかしその山羊の目は、ススを真っ直ぐ捕らえている。
黒山羊「我、使命、絶対執行!!
シュブ=ニグラスの豊穣の真似事、起動!!」
黒山羊の目が輝きを増し、ススのすぐ近くに新しい黒山羊が出現した。
スス「え!?黒山羊がもう一体!?」
黒山羊?「メェ…」
驚いているススの周りに、更に何体もの黒山羊が出現していく。
スス「え?え?えええ!?
何でこんなに黒山羊が増えているの!?」
メル(シュブ=ニグラスの豊穣の真似事…?
あれって確か、黒山羊の対能力者用に装備された、
自分の立体映像を作り出す機能だ。黒山羊、何でそんな事を…?)
メルは思わず本物の黒山羊を見る。本物の黒山羊はメルの方に近付いてきた。
黒山羊「主、脱出!
我、時間稼ぎ!」
メル「!」
黒山羊「奴、危険、強力!
主、脱出、安全確保!」
メル「ば、馬鹿、黒山羊!
そんな事をしたら黒山羊が死んじゃう!」
黒山羊「我、アンドロイド
我、使命、絶対執行!」
黒山羊はそう言うと、ススの方に向き直る。
いつ動けなくなるか分からない状態で、あのアンドロイドは闘うつもりなのだ。
メル(だ、駄目だ…!
僕はもうこれ以上、誰かが傷つくのを見たくない!
それなら…!)「ススさん!!」
スス「ん!」
黒山羊「主!?」
ススと黒山羊が同時にメルの方に顔を向ける。
メルはニヤリと笑った。
メル「僕を殺したいんだろ!?
それなら『鬼ごっこ』といこうじゃないか!
僕はここだ、捕まえてみろ!」
そう言うと、メルは素早く部屋の窓の方へ走りだし、ガラス戸をガラッと開けると何の躊躇もなく飛び出した。
しかしメルが飛び出した部屋は二階であり、そのままでは大怪我をしてしまう。
スス&黒山羊「何!?」
メル「能力発動、『象男』!!」
パキパキパキ、とメルの体が硬くなっていき、地面に激突する。
しかし、銀色の肌で守られ彼に痛みはなかった。
メル「よし!
さあススさん!僕はここにいるぞ!捕まえてみろよ!」
黒山羊「あ、主…何故!?」
黒山羊はフラフラになりながら、窓に近付こうとする。
だがそのすぐ後ろで、あの女の笑い声が部屋を支配した。
スス「く…ククク…あはははははははははははははは!!
まさか、ゴブリンズ最速の『ごっこ鬼』である私に『鬼ごっこ』を挑んでくるなんて…!
あんた、最ッ高だわ!!」
黒山羊「あ、主、守護…」
スス「黙れ!
能力発動!『黒うさ…』!?」
ススが能力を発動しようとして、ガクンと足から力が抜けてしまった。
スス「え…?」
そしてススは気付く。
自分は一度、黒山羊を倒すために能力を使ってしまった事を。
スス(しまった!
これじゃ能力を使えば体に強力な負担をかけてしまう……)
ススの能力は『一時間に一度、弾丸よりも早く走る事が出来る能力』。連続して使えば足に強力なダメージを与えてしまう。
足を休ませる為に、一時間の制約が付いているのだ。
スス(しかし、今ここで動かないとメルを逃がす事になる!)「やるしかない!
能力発動!黒兎!!」
ススの能力の宣言と共に全身の筋肉が……特に足の筋肉が膨張されていく。
そしてその足で一気に床を踏みつけた!
ビシビシビシッ!!
その一撃で、フローリングで出来た床に大きなヒビが入る。あと一撃同じ衝撃を与えれば、あっという間に床を破壊できそうだ。
黒山羊「メェッ!?
床、破壊!?」
スス「私の足は大地を砕けるわ!
分身だろうが偽物だろうが大勢いようが、
この足には敵わない!」
ススはもう一度更に勢いをつけて床を踏みつけ跳躍する。そして今の一撃で、床が完全に破壊された。
バガアアアア!!
黒山羊「メェェ!?」
スス「落ちろロボット!!」
黒山羊は重力に従って落下し、ススは重力に逆らって崩れ行く部屋の中から窓へ飛んでいく。
そして窓を飛び越え、コンクリートの上に着陸する。
ズドン!
まるで空から電柱が落ちてきたかのような強力な衝撃にコンクリートは耐えられず、ススの足元に小さなヒビを入れてしまう。
走っていたメルは思わず立ち止まった。
メル「ススさん…!」
スス「始めましょうか、私達の鬼ごっこを!」
ススは勢いを付けてメルの方へ走りだした!
メル(まずい!)「能力発動!
黒兎!」
メルの全身の筋肉が膨張する。
そしてメルもまた、ススに背を向けて一気に走り出した。
時速は300キロを超えているだろう。
メル「うおおおおお!!」
スス「!!
私の能力まで真似できるの!?
あいつ、どこまで……!
どこまで私の怒りを引きずり出せば気がすむの!?」
ススもまた、メルと同じ速度で走り始めた。
今、運命を賭けた鬼ごっこが始まる!