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角が有る者達  作者: C・トベルト
太陽の命と月の命。
56/303

第57話 本当の太陽パート ネクストラウンドサーカスに休みは無い。

ジョン・ヘイグは体を右肩から左脇腹まで斬られ、仰向けに倒れていた。

血やスーツ内の液体が流出しそれがあまりに激しくて体が完全に分断されているのか分からない。

そこにゲイシーが静かに歩み寄ってきた。 翼に変化した両腕は解除しておりススを抱き抱えている。

ゲイシーはじっとヘイグを見つめていると、マスクの下からくぐもった声が聞こえてきた。


ヘイグ「………よう」

ゲイシー「!……生きてるのか?」

ヘイグ「…まぁな……ガフッガフッ!

…安心しろ…」


そう言うとジョン・ヘイグは左腕をガスマスクに伸ばし乱暴に脱ぎ捨てる。

短い茶髪に、爛々と輝く黄色い目に歪んだ笑み。

『猛毒英雄』ジョン・ヘイグがその素顔を晒した。


ヘイグ「ヒーローがマスク脱いだら、もう戦えねえ…俺の…負けだ…」


それは敗北宣言。

長く続いた戦いは、あまりにも呆気なく終わってしまった。


メル『やった……セキタが勝ったんだ!』


メルは思わずゲイシーの後ろ姿を見つめようとして、我が目を疑った。

ゲイシーの背中は、酷く焼けただれていたからだ。

体中のあちこちに火傷や酷い傷からは、大量出血を起こしている。


メル『え…?』

セキタ『残念だが、俺の時間もじきに尽きる。先の戦いのせいでな』

メル『そんな!』

ヘイグ「なぁ…」


メルは急いでヘイグとゲイシーの方に振り返った。ヘイグはじっとゲイシーの手に抱えているススを見つめる。


ヘイグ「その女は…?」

ゲイシー「俺の仲間だ。一緒にサーカスで暮らしていた」

ヘイグ「…へぇ…」


その言葉を聞いて、ヘイグは笑みを浮かべた。


ヘイグ「いいな……サーカス…憧れてた…あんなに人を…笑わせて……あんなに…拍手を……貰ってよ…」


ヘイグが笑みを浮かべるが、そこに狂気は見えない。


ヘイグ「そうかあ……お前……サ…カスの…人間か…どうりで…素早い…訳だ……最後は…かっこよかったぜ…お前の…サーカス………見たかった…」

ゲイシー「見れるさ」


ヘイグの目が、ゲイシーに向けられる。ゲイシーの体中から血が流れ落ち、今にも倒れそうな体を支えながら、ゲイシーは告げた。


ゲイシー「見れるんだ。

だって…俺もすぐお前と同じ所にいくんだからな。そこで好きなだけ俺のサーカスを見せてやる」

ヘイグ「…………1つ……頼みがある…」


ヘイグは目線を左腕に向けた。


ヘイグ「左腕を…持ち上げてくれ…もう、動かせない……」

ゲイシー「…分かった」


ゲイシーはススを降ろしてから、ヘイグの元に歩み寄る。


ヘイグ「…斜めに…銃口を…空に向けて…」

ゲイシー「こうか?」


ゲイシーが言われた通りに左腕を持ち上げる。ヘイグはニヤリと笑った。


ヘイグ「そうだ…これでいい…お前達を…助けてやる」

ゲイシー「何?」


突然ヘイグの脇腹にあるボンベが回転し『必』という字から『罠』に変わる。ヘイグは今残っている力を全て使い、引き金を引いた。


バァン!!


ヘイグの左腕から放たれた弾丸は、飛行機雲を作りながら真っ直ぐ空に向かって飛んでいき、爆発した。


ヘイグ「信号弾さ………天才軍(俺達)が作った、能力者軍(貴様ら)を呼ぶための…偽造…信号弾、だがな…」

ゲイシー「何?」

ヘイグ「これで……貴様らの仲間が…来る…よかったな…助かるぞ…」

メル『え?』


メルは我が目を疑った。

殺人しか考えてない、人を助けた事などない殺人鬼が、 自分を殺した人達を助けようとしている。


ゲイシー「何故だ?」

ヘイグ「あひゃひゃ… 猛毒英雄と…呼ばれた俺が…貴様らに…毒されるなんて…よ…」

ゲイシー「…ヘイグ」

ヘイグ「…ジョンでいい…いいか……助かり…たければ……撃った方向へ…まっすぐ……歩け………そうすれば、仲間に……ぶつからずにすむ。

いいか!!」


ヘイグは急にゲイシーの肩を掴む。力が余りに強くと肩痛むが、ゲイシーはそれをどかそうとはしなかった。

ヘイグの気迫と黄色い目が、肩を掴む腕よりも強力な力でゲイシーを圧倒していたからだ。


ジョン・ヘイグ「絶対助かれ!死んだ奴等の分だけ、強く生きるんだ!

生きろ、生きろ、生きろ生きろ生きろオオオオオオオオ!!!」


…………パタッ


力の限り叫んだ後、全く突然にジョン・ヘイグの肩を掴む腕は力を無くし崩れ落ちる。

そして、黄色い瞳でじっとゲイシーを見つめたまま、その輝きを失った。

その様子を少し後ろから見ていたメルは、セキタの方に振り返る。


メル『死んだ…の?』

セキタ『ああ……死んだ』


セキタははっきりと、しかしどこか寂しそうに答える。

ゲイシーは静かにヘイグの顔に手を伸ばし、目を閉じさせた。

そして、もう眠りについた恩人に向かってこう言った。


ゲイシー「ジョン………ありがとう」


そして、彼は辺りを見渡し、少し遠くで倒れているサイモンの姿を見つけた。


ゲイシー「隊長…あ…」


ゲイシーは歩み寄ろうとして…そして止めた。

サイモンの胸に大きな穴が開いており、そこから血がドクドクと流れていた。その出血量はすさまじく、彼の下の大地に赤い円を作り上げていた。


ゲイシー「……」


ゲイシーは唇を噛み締めながらしかし涙を流さずただ一度だけ、サイモンに向かって頭を下げた。

そして今度はススの方へ向かい、小さな体を抱き抱える。

ススは体のあちこちに擦り傷が出来ているものの、 死に至るような外傷はみられない。

ゲイシーは一息つくと、空を見上げた。雲一つない綺麗な青空がゲイシーの目に映る。

そして、前を向いた。

戦艦の瓦礫や死体が転がる戦場の先に、 何もない荒野が広がっている。


セキタ「…スス、待ってろ…後少しだからな」


そしてセキタは歩き出した。

後ろを振り向かず、ヘイグの言葉を信じて真っ直ぐ歩き出した。

たった一人の大切な仲間を抱え、足元に血の川を作りながら…。





セキタは何も言わず、ただただ真っ直ぐ歩いていた。

その後ろでメルは二人を応援し、更にその後ろではセキタの幻がメルを見つめていた。


メル『頑張れ!

二人ともしっかり生きるんだ!』

セキタ『君はあの二人を応援するんだね』

メル『当たり前だよ。

あの二人は地獄のような戦場を潜り抜けたんだから』

セキタ『もうすぐ君は死ぬのに?』


メルはぴたっと動きを止める。

そして、スス達を見ながら答えた。


メル『確かに、死ぬのは怖いよ…正直、考えたくない …でもさ…』


メルの脳裏に映る、ナイフを振り上げ殺そうとするススの姿。


メル『忘れられないんだ。

どんなに忘れたくても、僕を殺そうとしたススの、あの恐ろしい表情が忘れられないんだ!

そうさ!

僕は怖いんだ!

ススに殺される事が怖い!

ススに敵意を向けられる事が怖い!

ススに拍手部隊の事を伝えられないのが、怖い…』


そしてメルはセキタの幻にしがみつこうと腕を伸ばす…が、 幻を掴むことができる訳もなく、ただ握った拳を震わせる事しか出来ない。


セキタ『元の世界に戻りたくないのか?』

メル「戻りたい! だけど、戻れば僕は殺される! 」


セキタはそこで気付く。

震えているのは拳だけではなく、メル自身である事に。


メル『僕は…僕は死にたくない!

世界中の人から嫌われても、悪魔と呼ばれても恨まれても呪われて憎まれても…それでも生きたい!』


涙を流し肩を震わせながら、メルは叫んだ。


セキタ『メル…』

メル『セキタさん! 僕はどうすればいい!助けて!』


しかし、セキタは静かに首を横に振った。


セキタ『…それは俺にも分からない。さっきの君のように応援する事しか出来ない』

メル『そんな!……無理だよ!

僕一人じゃどうしたって無理だ!』


それを聞いたセキタは静かに…微笑んだ。


メル『え?』

セキタ『確かに君は力が無い。

だが』


セキタはゆらりと手を伸ばし、触れぬ筈のメルの頭を掴んだ。


セキタ『言った筈だ。 君に死と助けと償いを教えると』


そして、世界がぐるりとひっくり返った。







ワーハハハハ!!キャアアアア!!イヒヒヒヒヒ!!ゲラゲラゲラゲラ!!


バーニア『本日はお集まり頂き、誠にありがとうございました〜!』


メルはハッと目を開けて辺りを見渡す。

薄暗いサーカスに悲鳴や下品な笑い声が渦巻く狂気のサーカス、フリークスサーカス。その舞台が終わり、客達は消えていく。

……しかしその中で、褐色肌の男性だけが、客席で座っていた。

その観客が叫ぶ。


「今舞台に立っている者達は話があるからここまで来てくれ!」

バーニア「なんだ、あいつは?

一言言ってきてやる!」

「…………」

バーニア「お客さん、もう舞台は終わった、さぁ帰った帰った」

「…これが君の舞台なのか?」

バーニア「?」

「阿片でつまらないショーを無理矢理盛り上げ、人間を怪物扱いし、あまつさえ己の息子を『悪魔の子』か。

墜ちたものだな!」


褐色肌の男性は立ち上がり、同じ褐色肌のバーニアを睨んだ。


バーニア「お、お前は?」

「俺を忘れたか?愚か者のろくでなしめ!」


一歩前に出る。それでようやく顔が見えたのだろう。 バーニアの怒りで赤くなった顔がサッと青くなった。


バーニア「お、お前は…ジャングラン!

なんでここにいるんだ!?」

ジャングラン「そっくりそのまま返してやる!貴様、俺から逃げ出して何処で何をしているのかと思えば、

こんな事をしていたとはな!」

バーニア「あ…あ…」

ペニーワイズ「 ど…うした…の?」

バーニア「!」


驚愕の表情を浮かべるバーニアの背に、ペニーワイズが近付いてきた。

能力を解いた彼の体はひどく細く、肉が全然ついてない。 皮と骨で構成された体に空虚な表情。

バーニアは反射的に叫んだ。


バーニア「…ペニーワイズ、来るな!」

ジャングラン「ペニーワイズ?

…ジョンだろ?

なんだその体は?なぜこんなにこの少年は痩せ衰えている?」


ジャングランの目は烈火の如く強い輝きを持ち、それがバーニアの目を震わせた。


バーニア「こいつは…俺の大切な商売道具なんだ…」


ジャングランの眉がピクリと動く。 その反応を皮切りにバーニアの口は途端に滑らかに動き出した。


バーニア「こいつはな、望んでもないのに生まれた子だ!しかも母親は産んだらさっさと死んじまった!

捨てようとしたら、こいつ面白い能力持ちでよ!自分の体を軟らかくしたり硬くしたり出来るんだ!

もしやと思いサーカスに出したらすげえ人気!この体もこの能力も、客に大ウケさ!」

ジャングラン「…………」

バーニア「幾らお前が俺の師匠だからといってもよ! こいつより凄い商売道具は抱えてねえだろ!?

俺がこいつを育て上げたんだ!

俺がこいつを生かしたんだ!」

ペニーワイズ「団長…?」

バーニア「うるさい!

ジャングラン、お前は邪魔なんだよ!俺はこいつでもっと儲かるんだ!もっと俺のサーカスを大きくしてやるんだ!

お前みたいな時代遅れのサーカスとは格が違う」


バキッ!!


一撃だった。

ジャングランがその拳で一撃頬を殴っただけで、バーニアの肥えた体が吹き飛び大きな音を立てて椅子に激突する。


ジャングラン「俺から逃げたお前が、俺の前でサーカスを語るな。

この少年は、俺が生んだ罪だ」


頭を揺らしながら、バーニアは眉をひそめる。強く拳を握りしめたジャングランの言葉は、あまりに弱々しかった。


ジャングラン「お前にちゃんとしたサーカスを教えられなかった…………俺の罪」


ジャングランはくるりとペニーワイズに顔を向ける。

そして、静かに頭を下げた。


ペニーワイズ「!?」

ジャングラン「バーニア・ウェイン・ゲイシーの息子、

ジョン・ウェイン・ゲイシーよ。

話がある」

ペニーワイズ「え?」

ジャングラン「俺はサーカスをやっていてな。

昔君のお父さんを弟子にしていたんだが…逃げてしまってな。

俺はしばらく探していたんだが…その間に奴はこんなサーカスを作り上げ…君をこんなひどい姿にさせて!」


ギリギリギリと拳を握りしめる音がペニーワイズにもはっきりと聞こえた。

そして、静かに頭を下げた。


ジャングラン「すまない!俺のせいだ…!

俺が奴にもっとちゃんとしたサーカスを教えていれば」

セキタ『違う!』


メルはハッとして後ろに振り返る。

そこにはセキタの幻が何時ものように立っている。しかしその表情は、ジャングランより寂しい表情だった。


セキタ『お父さんあなたのせいじゃない!だから、だから頭を上げて下さい!』

メル『お父さん?』


メルは振り返る。

ジャングランは巨体を持上げ、大きな右手の掌をセキタに向けていた。


ジャングラン「ジョン。

俺は君を引き取りに来たんだ。

我等身勝手な大人の、償いのために。

俺が君を責任を持って育てよう。

どうか…俺と一緒に来てほしい」


ペニーワイズはじっとその掌を眺めていたが、やがて右手をあげようとする。


バーニア「や、やめろ!やめ……うわっ!?」


起き上がろうとするバーニアだが、思わず転んでしまう。

下半身の無い男、ジョニー・エックが足を掴んだからだ。


エック「行かせて…あげなよ…」

バーニア「エック!

貴様、俺に助けられた身の癖に何を」


なお暴れようとするバーニアの体を、結合性双生児の姉妹、デイジー&バイオレットがしっかり押さえた。


デイジー「キャハハハ、助けた?助けただって〜?

なにバカな事を言ってるの、団長?」

バイオレット「私達をアヘン中毒にさせて、逃がさないようにしただけでしょ?」

デイジー&バイオレット「私達はあんたなんかに恩義なんて何一つ感じてない」

バーニア「ぐ…!」


最後に、バーニアの背中に『なんでも食べる能力』を持った女の子、ニバリ・フランケンが飛び付く。


ニバリ「だ・ん・ちょ♪

私、一度でいいから貴方を食べたかったんだぁ!食べさせてよ!」

バーニア「ヒッ!?

や、やめろおおおお!!!」


バーニアが叫んだ時、

既にジョンとジャングランはサーカスの出口に向かって歩き出していた。


ジャングラン「一つ頼みがある。

…君に見せたい物があるから、少しだけ目を閉じて貰えるか?」

ゲイシー「……うん」


ゲイシーは静かに目を閉じた。

ジャングランはゲイシーの体を抱き上げ、おんぶした状態で歩き出す。

そしてサーカスの出口に出た瞬間、その回りで合図を待っている警察四十人の内一人に向けて呟いた。


ジャングラン「今だ…助けてやってくれ」

警察1「…いくぞ!!」

警察2〜40「ウオオオオオ!!」


怒号と同時に警察はサーカスの中に向けて走り出す。

ゲイシーは静かに目を閉じたまま、ジャングランに体を委ねていた。


ジャングラン「ジョン……その、君の父の事だが」

「その名で呼ばないで……もう、ペニーワイズでもジョンでもないんだ。

名前は貴方が好きに呼んでくれて構わない」

ジャングラン「…そうか」


ジャングランは少し沈んだ声で呟いた後、また話しはじめる


ジャングラン「じゃあ君の名はこれからセキタと呼ぶ。

俺は汽車が好きでな。

コール(石炭)で動く奴が好きなんだ。でもコールだとコール(勝負)ともコール(呼び声)とも取れるだろ?…だからジャポネの言葉で石炭からもじってセキタ、だ。

……どうだろうか?」

「……うん、大丈夫だよ」


少年は目を閉じたまま、静かに微笑む。

しかしそこで、ジャングランが歩みを止めた。


ジャングラン「着いたよ、さぁ目を開けてごらん」

「……わぁ!」


少年は静かに目を開けた。

すると、目の前に大きな汽車が見えた。

その列車の後ろには幾つも大きな客車や貨車が連結されていて、その全てに『Next Round circus』と黄色い文字でペイントされている。


ジャングラン「驚いただろ!

レイルロード・サーカスと言ってな、線路の上を旅する汽車なんだ!俺達はこの汽車で世界中を旅しながらサーカスをやっているんだ!

いつでも未来を思って生きる昔ながらのサーカス!

その名も!」


ジャングランはとても楽しそうに少年に話しかける。 しかし少年は、まじまじと汽車を見ていた。


ジャングラン「ネクストラウンド・サーカス!!

凄いだろう!」

「ネクストラウンド・サーカス…。

こんな大きな物が、セキタンで動くの…?」

ジャングラン「ああ、動くぞ。

しかも早く動く!こんな馬鹿でかい物が、凄い速度で走るんだ!」

「凄い…」


少年は、何度も凄い、凄いと呟いていた。そしてその後ろではメルが目を丸くしている。


メル『ネクストラウンド・サーカス…?

何処かで聞いた事が…?

あ、 思い出した!

ネクストラウンド・サーカスはススの家族のサーカスの名前で、

ジャングランはススのお父さんで、セキタの…』

セキタ『俺にサーカスの面白さを叩き込んでくれた、師匠でもある。

素晴らしかったよ、お父さんの元で生活したのはとても楽しかった』


セキタは自分の掌を持上げる。

すると、その体が途端にドロドロに変化した。


セキタ『この能力名も、最初は悪魔の(パワー・オブ・デビル)だったけど、父さんが象男(エレファントマン)の名をくれたんだ。

昔の戯曲で、サーカスで酷い目にあった男性が、社会に認められ、善き人として生きる物語。

君にもそう生きて欲しいという願いを込めて、その名をくれたんだ』


セキタは軟化をやめ、元の掌の姿に戻し、握り締めた。


セキタ『そう…あの日、ペニーワイズは死んだんだ。

ジョン・ウェイン・ゲイシーも……そして、(セキタ)が生まれた』


「ジャング……お父さん!」

ジャングラン「うん?」


少年は、自分を助けてくれた者の名を呼ぶ。

生まれて始めて見せる、純粋な喜びの笑みを精一杯浮かべながら、少年は宣言した。


(ペニーワイズ)(ジョン・ウェイン・ゲイシー)セキタ「本当に、本当にありがとうございます!

僕はまだ何にも出来ないけれど、沢山勉強して強い体になって、そしていつか、僕自身がこのサーカスを引っ張って貰えるように頑張ります!

どうか…どうかその時を楽しみに待っていてください!」


こうして、セキタの新しい人生が始まった!




セキタ『そして、俺の人生は終わった』


突然ぐにゃりと世界が歪み、セキタの幻が消えた。

小さなセキタもジャングランも大きな汽車も、全てぐにゃぐにゃに溶けていく。世界は一瞬で暗くなり、全ての光りも思いも消えていく。


メル『あ!』


全て消えていく。

消えて、消えて、違う世界が映し出される。

それは、赤い大地の戦場。

拍手部隊も『モーセのステッキ号』も壊滅し、 敵も味方も全滅、サイモンは胸に穴が開き出欠多量で意識不明の重態。

ススは一時間に一度しか使えない能力を長時間使用し、体に強力な負荷がかかり意識不明の重態。

そして、そのススを背負って歩いているのは毒に体を蝕まれ、体中に火傷や擦り傷をつけ尚その歩みを止めない男、セキタ。


セキタ「…………」


そのセキタが、今崩れ落ちた。

バランスを崩してススを放り投げ、頭から格好悪く無様にうつ伏せに倒れたのだ。


メル『セキタさん!』


メルは思わずセキタの元に駆け寄り、手を伸ばす。

しかしメルはこの戦場では触る事は出来ず、すり抜けてしまう。


メル『セキタさん!起きるんだ!』


どれ程メルが強い思いでその者の名を呼んでも、 決してその者の耳には入らない。何故ならメルはこの世界の住人ではないからだ。

だが、例え無駄な行為と分かっていても、この少年は、叫ぶのを止めない。


メル『生きて、生きてよ!

セキタさんは皆に助けられていきたんだよ!?

セキタさんもススを助けたじゃないか!ススはセキタさんに助けられた後、看護士になって重傷の兵士を助けていたんだ!

いいや、ススだけじゃない!

僕は見た、皆が死ぬその瞬間、満足な笑みを浮かべていたのを!

そして聞いた、皆が拍手部隊に居て良かった、幸せだったと!

皆セキタに助けられたんだ!』


だが、彼の口から出るのは、懺悔と後悔の言葉。


セキタ「……皆には、悪い事をしてしまったな…拍手部隊をサイモン隊長と一緒に作って、皆を部隊に誘ったのは俺だ…スミーの脚が怪我して、人員が一名余ったからってススを呼んだのは俺だ…皆が死んだのは、俺のせい…」

メル『違う!違うよ!

誰もセキタさんを恨んでなんかないよ! 』


ごろりとセキタは転がり、天を見上げる。

空は快晴、雲ひとつない青空。

輝く太陽だけが、空を支配している。


セキタ「……でもな、皆。

俺は皆に会えて幸せだったんだよ……それに、今も悪い気分じゃない…だって、俺はまた太陽をみれたんだ…」


セキタはゆらゆらと不安な動きで両手を太陽に向けて伸ばす。


セキタ「俺が生まれたあの日も、汽車と一緒に初めてみた青空と、全く一緒…いや、あの時よりも美しい…」


セキタの脳裏にあのサーカスの思い出が浮かぶ。


セキタ「ああ、太陽が羨ましい。

全てを照らす太陽のように、俺も輝きたかった…」


グーーッと伸びた両手は虚空を掴み、そのまま地上に向けて落下する。セキタはニッコリと笑みを浮かべた。


セキタ「さよなら」


ドサッ


両手は地に落ちる。

そしてそれきり、セキタの体は動かなくなった。

その様子を、メルは涙を流しながらじっと見ていた。自然に両手が動き出し、小さな拍手をした。


パチパチパチ パチパチパチ


メル『セキタさん…僕もあなたに助けられたんだ』


バラバラバラバラバラバラバラ


ふと、何かが聞こえてくる。

見ると、一台のヘリがススに向かって飛んできていた。


メル『救助ヘリ! ススさんは助かるんだ!

でも、何も知らない。

拍手部隊がどんな戦いをしたのか、どんな思いで生きたのかを…』


メルは空を見上げた。

晴れ渡る青空は清々しく、歩けばどこまでもいけそうだ。


メル『決めた!

元の世界に戻ったら、絶対この事をススさんに伝えるんだ!

たとえ信じられなくたって、酷いことを言われたって構うもんか!』


メルが叫ぶと同時に、

グニャリと世界が歪み、ひっくり返る。






そして、現れた世界は暗闇。

真っ暗な世界の中で、 セキタがしゃがみ込んでいる。


メル『セキタさん!』


メルは思わず叫んだ。

その叫びに呼応するように、バチンとスポットライトの明かりがセキタの体を包み込む。

そしてゆっくりと立ち上がる。

その表情に、一切の暗闇はない。


セキタ「楽しい楽しいサーカス、ネクストラウンド・サーカスが今、はじまる!!」


ワアアアアアアアアアアアアアアアア!!


声や拍手が入り交じり、それが空間全体に響き渡ってワァーという音になり地を揺らす。

それに負けない大きな声が客席から聞こえた。 それはメルも知っている声ばかりだった。


ヘイグ「あいつ、あいつだよ! 俺と互角に戦った強い奴!どんなサーカスを見せてくれるんだろう!

楽しみで仕方ないよあひゃひゃひゃひゃひゃ!!」

エッグ「がんばれー!お前のサーカス楽しみにしているんだからなー!」

クックロビン「ス・ミ・ー・!

セ・キ・タ!

がんばれえええ!!」

ズパル「バカヤロー!

ちゃんと良い笑顔出来るじゃねーか!!」


メル『〜〜〜!』


メルはあたりを見渡す。

そこにいる観客は全て、この戦争で亡くなった人達だった。

そして、舞台にはセキタの他に何人か立っている。

スミーとジャングランやフリークス・サーカスの道化師達が一緒の舞台に立っている。


セキタ「サーカスの皆!!

観客達に見せてやろうぜ! 輝かしい俺達のサーカスを!」


そしてセキタ達は動き出す。

皆に楽しいサーカスをみせるために…。


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