第53話 本当の太陽パート 再びようこそ偽物世界(メルヘンワールド)へ
アイ、ルトー、ハサギ、現古、サイモンは果心に敗北した。
あまりにも無様に負けてしまった。
だが、彼等は知らない。
学校の中で必死の戦いをしている間、その外側で何が起きていたのかを知らない。
そう、『知らない』のだ。
この物語は知る者と知らない者で構成されている。
不老不死を知る者と、知らない者。
殺意の向け方を知る者と、知らない者。
ゴブリンズを知る者と、知らない者。
そして最後に、戦争を知る者と、知らない者。
これから貴方が読む物語は、
戦争を体験したにも関わらずその中身を深く知る事が出来なかった少女と、
戦争を体験していないのにも関わらずその中身を深く知ってしまった少年の、
最後の物語。
〜住宅街・誰かの家の寝室〜
ドサッ
メル「うわ!」
メルヘン・メロディ・ゴートはススに押されてベッドに倒れこむ。
慌てて起き上がろうとするが、目の前にナイフを突きつけられ思わず動きを止める。
メル「…!!」
スス「もう貴方に話す事なんて何もないわ。
私は戦争で全てを失い、
復讐のためにゴブリンズの一員となった。
そして、復讐のターゲットである貴方に出会った。
貴方の祖父はGチップを作り、世界をぐしゃぐしゃに変えた。
貴方の父は戦争の兵器を作り、私の全てを奪った。
…そしてそれら全てを知らず、人の命を奪って得た金で平和に暮らしている貴方…。
そんなの、絶対に許さない!」
ススはナイフを逆手に持ち、振り上げようとする。
ナイフの刃に刻まれた『Susu』という言葉がメルの目に飛び込んだ。
それを見たメルは、悲しそうな表情をした。
メル(あのナイフ…。
ススは今まで出した三本のナイフにも、名前は書かれていた。
『Susu』(スス)、『Smee』(スミー)、『Sekita』(セキタ)…。
二人とも、ススの兄弟の名前だ。)
ススは寂しそうな表情でナイフを見つめる。
メル(スミーは仲間を逃がすため一人で空中戦艦と戦って、死んだ。
そして、仲間も次々に死んでいき、最後に残ったセキタも、恐らく死んでしまっただろう…。)
その状況を、メルは夢を通して見つめていた。
何度も彼等を助けようと手を伸ばしたが、
しかし夢の住人だったメルにそれを止める事は出来なかった。
そして彼等の部隊、8888番隊、通称『拍手部隊』は壊滅してしまったのだ。
メル(だから、ススの気持ちは良く分かる。
こんな状況で言うのもおかしいけど、今僕を殺そうとするススの行動を、僕は否定する事が出来ない。)
自分は父が何を作っているのかさえ知らなかったのだ。
祖父が何を発明したかも知らなかったのだ。
自分はなにも知らず、のうのうと平和の中で生きていた。
メル(なんておこがましいんだ!
戦争の時はあんなに皆必死に生きていたのに、
自分は何一つ苦労せずに生きているなんて…!
ススのいう通りだ。
自分は、憎まれて当然なんだ。
殺意を向けられて当然なんだ。
長生きしようなんて考える事自体傲慢でしかない。)
メルはベッドに倒れたまま、上を仰ぎ見る。
目に映るのはススの殺意と憎悪に満ちた表情。
その右手にはナイフが握られており、部屋の電灯の明かりで少し輝いている。
メル(これなら、何も知らずにただ死んでいればよかったんだ。
何一つ考えずに、死んでしまえば…絶望につつまれることも、
無かったんだ。)
スス「…。
一つだけ聞くわ。
死ぬ前に、誰かに残したい言葉はない?」
ススは静かな質問と共に、ナイフを下げる。
しかしメルは首を横にふった。
メル「何もないよ…。
所詮、僕の家族には偽物しかいないんだから。」
メルはそっと自分の家族を思い出す。
父が家を去る前に作り上げた二体のアンドロイドが、
メルの家族であった。
一体は黒山羊と呼ばれた防衛アンドロイド。
もう一体は白山羊と呼ばれた家事アンドロイド。
自分は、その上に乗っかっているに過ぎない小さな存在だ。
人間でない者に育てられた、他者から見れば愛情を抱く事さえ異常な家族構成。
メルヘン・メロディ・ゴート「そんな偽物の中で生きた僕に、一体何を語る資格があるというの?」
スス「そう…」
ススは少しだけ目を細めたが、すぐに目を見開く。
そして、ナイフを構えた。
スス「それじゃあ、死んでもらうわよ。」
そして、ナイフを首筋に当てる。
冷たく硬い感触が首に当たった。
メル(………)
メルは目を閉じる。
死ぬのが恐ろしいからではない。
これ以上、ススの恐ろしい顔を見たくなかったからだ。
ススはナイフを振り上げる。
そしてこう言った。
スス「これで…全てが終わる。
さようなら、私の苦しみよ。
さようなら、世界の敵よ。」
そして、ナイフを降り下ろした。
メル(……?
何も来ない………?)
メルは心の中で首を傾げる。
今、自分はススにナイフで首を切られて死んだ筈だ。
それなら当然来るはずの痛みがない。
メル(即死だから痛みを感じる事すら無かったんだろうか?
…それとも、死ぬ時はこんなに静かなんだろうか?
じゃあ、ここは地獄?
それとも…天国?)
メルは手や足の感触を確かめる。
メルが動けと思えば、簡単に手も足も動く。
そして、恐る恐る目を開けた。
そこは地獄でも天国でもなかった。
メル(………!!
ここは…!)
先ず目に映ったのは瓦礫だ。
無数の瓦礫が散らばり、地面を隆起させている。
次に目に映るのは空…。あちこちから火災が発生し青い空を黒く埋めている。
次に目に映るのは、地面に転がる無数の死体。
体を半分に千切られた者から、まるで毒の煙を吸ったかのように首を押さえながら死んだ者まで、様々であった。
普通の人なら、ここは地獄だと叫び死体から目を反らすだろう。
しかしメルは死体を凝視し、地獄ではないと判断した。
メル(これは…地獄じゃない。
地獄よりもっと恐ろしい場所…。)
そして、ゆっくりと顔を上にあげる。
そこにはメルが想像した通りの光景が広がっていた。
ヘイグ「あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!
ようこそ、我が敵よ!」
セキタ「………」
自ら作った死体の山の上で楽しそうに笑う、
ガスマスクと宇宙服を組み合わせたような服を着た、『猛毒英雄』と呼ばれた男…ジョン・ヘイグ。
それに対峙するのは、能力者軍の軍服を着た褐色肌の男性…セキタ。
メルは理解した。
ここは、地獄なんてものより遥かに忌々しい場所。
ススが全てを失った場所でその仲間、拍手部隊が命を賭けて戦った場所でメルの父が作り上げた兵器が姿を現した場所でサイモンが忘れられない場所で天才軍の空中戦艦が墜落した場所で167人の命が奪われた場所で能力者軍と天才軍が何十年にも渡って戦い続けた、
あらゆる存在にとって地獄より遥かに忌々しい場所!!!
メルは思わず、叫んだ。
メル「ああ、戦場だ…。
僕は、あの戦場に戻ってきたんだ!!」
そこは、メルが見た夢の世界。
しかしそれは、ススが体験した過去の世界。
しかしそこで見たのは、ススすら知らない過去だった。
そして今、メルはまた夢の中に舞い戻った。
そして、ススはかつてこう言った。
「戦場で私の二人の兄弟は死んだ、しかしどうやって死んだのか私はしらない」…と。
だから、スミーが死の直前に何を見たかも知らないし、
セキタが本当に死んだかどうかを知らない。
メルは見る。
聞く。
知る。
理解する。
全てを終わらせるために。
全てを始めるために。
さぁ、夢の続きを始めよう。
地獄より遥かに恐ろしい、戦場の夢を見よう。
それが全てに繋がるのだから。