第51話 太陽パート 167と4
空中戦艦モーゼのステッキ号 墜落。
全乗組員、121名中、88名死亡
第8888番隊、
スミー 死亡。
ズパル 死亡。
エッグ 死亡。
サイモン 重傷 意識不明
スス 意識不明
その他 23名 死亡
現在両生存者
モーゼのステッキ号乗組員 33名
第8888番隊 2名
そして、天才軍増援20名
今ここで注目して欲しいのは、『死んだ者の数』。
88+26=114名の死亡者。
彼等には114通りの人生があった。
228人のカップルが結婚し子を産み大変な思いをして育てに育てた人生。
つまづきもあり、夢もあり、信頼してくれる者があり、好き嫌いがあり、人生観があった筈の、
114通りの人生…。
それら全てが、人生の僅かな歯車のズレによって崩れ落たのだ。
第8888番隊の死者はみんなこう言うだろう。
『あの時、彼等にあわなければまだ我々は死んでおらず、生きる事が出来た。』
乗組員の死者はみんなこう言うだろう。
『あの時、彼等にあわなければまだ我々は死んでおらず、生きる事が出来た。』
二つの主張は全く同じで、しかし共感する事は永遠にないのだ。
永遠に混じり合わないまま、しかし『死者』という言葉で一括りにされた死者の数、114人。
そんな彼等の人生の終焉を、たった一人で見届けた者がいる。
その名はメルヘン・メロディ・ゴート。
彼の頭の中には常に様々な人の情報が入り込んでくるのだ。感情も、記憶も、人生すらも全て彼の頭の中に叩きつけられていく。
もし普通の人間ならば、一人の人間の記憶を共感しただけで己を失ってしまう。
だがメルヘン・メロディ・ゴートは、114人分の記憶を共感して尚、自分の存在を確立させていた。
強靱な精神力を持っているわけでもないこの少年に、なぜそんな事が出来るのか…?
この少年もまた、歯車がズレてしまったのだろうか?
大切な大切な歯車を、どこかに落としてしまったのだろうか?
しかし、
物語の歯車は容赦なく回り続ける。
エンディング、と言う名の終着点に向かって。
大地に寝転がりながら、クックロビンは青い空を見ていた。
周りに敵兵の姿はない。どうやら、先に進んだようだ。
クックロビン(…終わり、か。
案外、呆気なかったな。)
「フフ、げふっ、ごふ……」
クックロビンはフッと笑うが、すぐに咳こんでしまう。
喉に穴が開いているのだから、当然だ。
腰に一発、腹に三発、喉に一発。
全て弾丸で一瞬で作られた穴で、彼の人生を終わらせるには充分な傷だ。
自らの体が少しずつ死んでいくのを感じながら、しかしクックロビンの心は少しも揺らがず、空を眺めていた。
クックロビン(ああ、思い出せば実に下らない人生だった。
下を向けば植物の悲鳴が響き、
横を向けば動物の悲鳴が聞こえ、
上を向けば鳥と人間の悲鳴が俺の耳を塞ぐ。
動植物の心が読めるだけで、こんなに苦しい人生を送るなんて思いもしなかった。)
空は青く、雲一つなかった。
手を伸ばせば太陽を掴む事さえできそうなほど、クックロビンには空が近く感じられた
クックロビン(だけど、8888番隊に入って、みんなに出会って…俺の人生は変わったんだ。
ああ、死ぬ前にせめて、それを伝えたかった…)「ごほ、が、はぁ!」
クックロビンが咳込む度に喉から血がゴボゴボと泡立てて零れ落ちる。
クックロビン(はは、ダメだ…口が使えない…。
どうやって、あいつらに伝えようかな…)
クックロビンは空に目を向けていたが、
目に映っていたのは仲間の幻だった。
クックロビン(……そうだ……。
あれが、あるじゃないか……。
俺達の心を伝える、ピッタリの方法が……!)
クックロビンの右手と、左手が少しだけ動く。
それだけで彼の全身を激痛が襲った。
クックロビン(!!!
まだまだ…だ!あいつらに、拍手部隊に、これを、伝えるんだ……!)
クックロビンの両腕が、揺れながらも少しずつ空に向かって伸びていく。
そして、両方の掌がクックロビンの血だらけの体の前でくっついた。
クックロビン(しあわ、せなら……。
手をた、たこう………!)
その手が開く。そして、彼の生きる最後の力が両腕に込められた。
クックロビン(しあ、わせ、なら…たい、ど、で…し…め……さ…………………………………………………………………………………………)
パチィン!
何かが弾けたような音が、誰もいない大地に一度だけ響いた。
そしてそれきり、何も音は聞こえなかった。
セキタ「エッグ…エッグ…くそ、
おまえが死ぬなんて…」
もはや砂と化したエッグの分身…。
セキタの周りにいた数十人のエッグもまた、同じように砂と化していた。
分身を作り上げ、偽物の自分と楽しそうに話す、部隊1のムードメーカー…。
部隊の活動が苦しい時はいつも支えてくれた大切な大切な友人…。
それが今、分身達と共に死んでいった。
その事態に一番衝撃を受けたのは、敵の兵士達であった。
兵士1「お、おい見たか?
今、敵の兵士が砂になって消えたぞ…」
兵士2「しかも、今ので奴はたった一人になった…たった、一人に。」
兵士3「たった一人か…それならば」
兵士4「我々にも希望が出てくるな」
ジャカン、ジャカン…。
数人の兵士が銃を構える。
兵士5「どうせ我々はジョン・ヘイグから逃げられないんだ。」
兵士6「ならばここで敵を一人でも殺してしまえば、我々の手柄になる…。」
兵士7「『新兵器は敵の手によって破壊された、しかし部隊は我々の手によって殺した』」
兵士8「我々の命乞いのために作るシナリオとしては、まあまあだろうな」
兵士9「やるしかない」
兵士10「やるしかない、やるしかない、やるしかない、やるしかないやるしかないやるやるしかやるしかやるしかやるしかやるしか!!!!!」
もう、やるしかないんだ!!!
一斉に銃を構え安全装置を外す音が聞こえる。
そしてそれら全ての銃がたった一人の人間…セキタに向けられる。
セキタ「…………………………………」
兵士「しぃぃぃねぇぇぇぇぇ!!!!」
そして、一斉に引き金がひかれた。
ドガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!!
敵兵1「何だ、いまの銃声は!?」
敵兵2「行くぞ、向こうだ!」
敵兵3「まだ戦闘が続いているのか!?
…クソ、能力者どもめ!」
増援の兵士は銃声を聞き、サッと体を隠す。
しかし自分達に向けられてないのがわかるとまた全速力で走り出した。
辺りには空中戦艦の瓦礫が散らばり、そこら中で何かが燃え上がり、只でさえ暑いこの地域が更に暑くなっていく。
兵士は汗をながしながらも、銃声のした方にたどり着いた。
そして、見た。
砂を握り締めながらうずくまる敵兵の姿を。
その次に、銃を構えているにも関わらず顔を青ざめている、同志の姿を。
兵士「…?」
兵士達はその光景に一瞬ひるんだが、すぐに仲間と合流しようと敵兵から距離をとって歩き出そうとする。
すると、向こうの兵士が叫んだ。
兵士「止めろ!
近づくな!!!」
敵兵「え?
(スパッ)
な、にをいって………………………………」
どさり、と音を立てて、兵士の体が倒れた。
首は体を離れてゴロンと転がる。
切断された首から、思い出したかのように血が溢れ出て来た。
敵兵全員「!!!!!!???????」
敵兵達は全員衝撃を受ける。
何が起きたのか、どこから攻撃が来たのか瞬間的に考えてしまう。
その、一瞬の隙間に、砂にうずくまっていた筈の兵士が自分達の目の前に現れたのだ!
敵兵「!!」
セキタ「不成者格闘術
捷疾鬼ノ香車 」! 」
そして、セキタが褐色肌の両手を広げる。
広げた両手の平がぐにゃりと曲がって形を変える。そして両手は、鎌のような形になる。
敵兵「な…!?」
セキタ「能力発動」
釜のように変形した右手は、急に黒く変色し、まるで本物のように鋭くなる。
そして、目の前に立っている敵兵3人の首目掛けて一閃した。
スパァン!!
そして、三人の首が体から弾け飛び、体からは血が勢いよく吹き出てセキタの全身を赤く染める。
セキタ「『悪魔の力』」
左手がドリルのように黒く尖っていく。
その間に敵兵は後退しながらマシンガンを乱射していく。
しかし、セキタは幾ら弾丸を受けても全く平然としていた。
敵兵「〜〜〜〜〜〜!!
化け物め!!」
セキタ「…違うな…」
ひゅ、とセキタは兵士に向かって走り出す。
そして左手のドリルを回転させ、敵兵の心臓をえぐり取った。
敵兵「ぐわああああ!!!!!」
セキタ「…俺は、悪魔だ」
敵兵「く、そ…!
手榴弾を使」
え、と言い切る前に、セキタは敵兵の体を真っ二つに切り裂いた。
他の敵兵が後退しながら武器の準備をしている。
セキタはそれらを一瞥したあと、また動き出した。
ヘイグ「へぇ。
能力者には、絆だ平和だとしか言わない雑魚しかいないと思っていたが。
いるところにはやはりいるものだな」
兵士「ひ、ひいいぃぃぃ………」
ヘイグはガスマスクの奥でニヤリと笑い、兵士達はガタガタと震えていた。
彼らの目線の先には、死体の山と血の河。
そして、体を真っ赤に染めたセキタの姿がいた。
セキタ「…………」
セキタは自らが作り上げた山に振り返りもせず、
目の前に並べられている40人の兵士と、ジョン・ヘイグをにらみつけていた。
それが更に、彼らの恐怖を駆り立てる。
兵士1「わ、我々と違ってフル装備した兵士20人を……瞬殺するなんて…」
兵士2「俺達はあんな恐ろしい奴に命乞いしていたのか…?」
兵士3「おしまいだ…もう俺達は、おしまいなんだあああ…ぎゃっ!」
兵士3に酸の液がかかり、ドロドロに溶けていく。他の兵士が見上げると、ジョン・ヘイグが酸液を出していた。
ヘイグ「…ビビりどもが…さっきからチマチマうるせえよ…」
兵士「ヒッ!?」
ヘイグ「だから、殺人者上がりじゃない軍人は嫌いなんだよ。
殺しの喜びを、まるで理解していない」
ヘイグは左手の銃を突きつける。
銃はパイプのような物を通して、「毒」と書かれたタンクに繋がっていた。
ヘイグ「これでも喰らって、殺人者の気持ちを理解しな」
兵士「ヒッ!?
みんな、逃げ」
ヘイグ「『不定形の殺人鬼』、発射!」
ボン!
ヘイグの左手から放たれた黒色の球は兵士達の頭上を通り、兵士の群の真ん中で爆発する。
そして中から飛び出てきたのは、紫色の煙。
それは瞬く間に40人の兵士達を覆い隠してしまう。
煙を口や鼻から吸った人間は次々に毒煙を吸い泡を吹いてガクガクと痙攣して倒れていき、肌が黒く変色し涙を流しながら血を吐いて死んでいく。
凄惨という言葉すら生ぬるいこの状況。
その中で、ジョン・ヘイグは高らかに笑った。
ヘイグ「あひゃ………。
あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!
もっと苦しめ、もっと、もっとだ!」
倒れる。
彼の仲間が、彼自身の手によって次々と倒れていく。
彼はそれを見て、笑っている。
やがて、40人近い兵士の中で、生きている兵士は一人もいなくなった。
ジョン・ヘイグはガシャガシャとやかましくスーツを揺らしながら死体の上を歩いていた。
そして、セキタから10メートル、といったところで歩みを止める。
ヘイグ「あひゃひゃひゃひゃひゃ……。
これだよ。
こんな奴を俺は待っていたんだ!
俺が英雄であるために必ず倒さねばならない強敵!
それをたおしてこそ、俺はヒーローになれるんだ!!
あひゃひゃひゃひゃひゃ!!
あひゃあひゃあひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!」
セキタ「………………」
悪魔と英雄が、今初めて対立した。
メルはそれをセキタの近くで見ていた。
ふわふわと体が浮くメルの体は、この世界では誰にも見えないし聞こえないし触れない。
メル「…これで、全てが決まる。
どっちが生き延びて、どっちが死ぬのかがわかるんだ…」
メルはもう少し近付こうと体を動かそうとして…やがて、それが出来ない事に気付いた。
メル「あれ?」
メルが思わず振り返ると、自分の腕を誰かが掴んでいた。
それは、天使だった。
白い服を着た、白い長髪の天使。
天使がメルの腕を、確かに掴んで離そうとはしない。
天使はニッコリと笑って、こう言った。
「お ま え の せ い だ」
メル「!!」
その瞬間、メルの体を闇が包み込んでいく。
メルの視界から、セキタとヘイグの姿が消えていく。
メルは必死になってセキタ達の方へ手を伸ばすが、その手を闇がグルグルと巻き付けと覆い隠してしまった。
メル「い、いやだ……。
誰か、助けて…………!
う、うわ」
メル「うわあああああああああ!!!!」
スス「きゃっ!!」
黒山羊「主!!」
メルは勢い良く体をはね起こした。
その時にメルに乗っかっていたススは体制を崩しベッドから転げ落ち、
黒山羊は嬉しさのあまりメルを抱きしめる。
体長3メートル近い筋肉ムキムキの山羊男が、14歳の痩せた少年を抱き締める…。
直前でメルは両手を前に出して意思表示した。
メル「ぎゃ〜〜!!
黒山羊、ストップストップスト〜〜ップ!」
黒山羊「メ!
…主、御早う!」
メル「あ……おはよう」
黒山羊も黒山羊ですぐに挨拶に切り替える。
メルは思わず普通に対応してしまった。
すると、ベッドの下からススがムクリと起き上がる。
スス「あ、あ〜ビックリした〜。
いきなり動き出すんだもん、思わずベッドから落ちて…」
メル「スス!!」
スス「ん?」
メル「良かった!生きてたんだね!?」
スス「はあ?
あなたいきなり何を…?」
メル「良かったーーーー!」
メルは全く後先考えず、その嬉しさだけでススをぎゅっと抱き締めた。
スス「…え!?(赤面)」
メル「良かった良かった!
ススが生きててくれて、本当に良かった!
…うん、触れる!夢じゃないんだ!
僕、戻って来たんだ!元の世界に!!」
スス「あ、あわわわわわ!!
はははは離して離して離してよ!!恥ずかしい!」
しかしメルは離れない。
それどころか更にぎゅっと強く抱き締めた。
メル「良かったーーーー!
ススが生きてて、良かったーーーー!」
スス「離せーーーーーーーーーーーー!!!」
10分後……。
メル「ごふぇんなさい…。
もうしません…」
スス「次やったらビンタ百連打じゃすまないからね!!」
ススにビンタを喰らってようやく正気を取り戻したメルは部屋の床で土下座させられていた。
スス「全く、乙女の体を抱き締めるなんて恥ずかしい行為をしたのはあなたが初めてよ!」
メル「うん、本当に申し訳ありません…」
黒山羊
黒山羊はチラッと、寝ているメルの上に乗っかったススの姿を思い出したが、言い出す事が出来なかった。
ススの目の奥にある殺意がギラギラと輝いていたからだ。
メルが頭を上げる。
メル「ええと、それで…。
僕が熱中症で倒れた所を、ススさんに助けられて今まで看病してくれた…んですよね?」
スス「ええ。
今あやうく病院送りにするところだったけどね」
メル「助けてくれて、誠にありがとうございます!!」
メル、再度土下座!
スス「あー、もういいわよ。
全く、あなたに聞きたい事があったのに雰囲気がぶち壊しだわ」
メル「あ、何ですか?
僕で良かったら、何でも答えますよ?」
メルはニコニコ笑って訪ねる。
ススはギロッとメルを睨みつけた。
スス「…そのニコニコ顔。
見てるとだんだん腹がたってきたわ。
いいわ、話してあげる。
よ〜く聞きなさい」
メル「はい」
スス「メルヘン・メロディ・ゴート。
あなたは私達をどうするつもりなの?」
メル「え?」
少年は夢から覚めた。
あまりに中途半端なタイミングで目が覚めた。
だから、知らなかった。
あの後、ススが何を思って生きたのか、
167人の死を背負ってどう生きたのかを。
メルにとっての本当の悪夢が、今始まる…。