第50話 太陽パート それは全世界を平等に照らし続ける太陽にさえ明かす事の出来ない闇。
夢を見ていた筈だった。
あまりに酷くて悲しくて残酷な…ただの夢。
目を覚ませば、あっさり消えて普通の日常が戻ってくる。
そしてただの夢は現実に呑まれて、あっさりと消えてしまう筈だったのだ。
メル(なのに、なんで………?
なんで、父さんの名前がでてくるの?)
メルの体がガクガクと震える。
そして、メルの記憶に父の思い出が……うかんで来なかった。
メル(あ、あれ?
何も思い出せない?)
メルは思わず首を傾げる。
いくら頭の中の記憶の引き出しを開け閉めしても…父の事はまるで思い出せない。
メル(おかしいな、凄い頭の良い人で、凄い怖い人だっていうのは分かるんだけど…
何も思い出せない。
何で…?)
メルはふくろうのように首を傾げるが、記憶は何にも答えてくれなかった。
すると、あの男の声が耳に入ってくる。
ヘイグ「兵隊ども何をしている!
銃を構え敵を殺してしまえ!
それとも俺に溶かされたいのか!?」
ポイズン・ヒーローを装備したジョン・ヘイグが叫ぶ。
腹には「毒」「酸」「空気」と書かれたボンベが装着されており、パイプを通して両腕の銃やガスマスクに連結されている。
更に背中には、赤いロケットのような物を背負っており、どこか滑稽な姿をしていた。
ヘイグ「さぁ決めろ兵士どもぉ!!
溶かされるか、戦うかどちらを選ぶぅ!?」
兵士「あ、あわわわ…」
兵士「や、止めてくれ…誰か、助けてくれ!」
兵士達が顔を青ざめて後ずさる。
その瞬間、世界がひっくり返った。
メル「…ここは、記憶の世界…?
まさか、この記憶は…」
メルは辺りを見渡す。
木で作られた家の中のようだ。
木の板で出来た廊下の奥に、「KEEP OUT」と書かれた看板がかけられた扉があった。
その扉が静かに開き、中から出てきたのは、
まだ十歳程度のジョン・ヘイグだ。
ヘイグ「あひゃひゃひゃひゃ!
いい朝だ!さぁ皆に挨拶に行こう!」
ヘイグは駆け足で台所へ向かう。
そこにはヘイグの両親が机に突っ伏していた。
二人とも顔を紫色に変色させて、口から泡を噴き出している。
ヘイグは楽しそうに笑う。
ヘイグ「…おはよう、お母さんお父さん!
僕が作った新薬入りの朝食は食べてくれたんだね、良かったあ!」
メル「じ…ジョン・ヘイグの記憶の世界…。
いやだよ、こんなサイコパスの記憶なんて、見たくない!」
メルは目を閉じて耳を両手で塞ぐ。
しかし記憶の世界はメルの頭の中で姿を作り出した。
メル(!!)
ヘイグ「目を閉じれば防げる?
耳を塞げば安全?
ノンノン、世界はもう俺が支配してんだ、何にも邪魔させないぜ」
メル(!!?
今、僕に話しかけてきた…!?
僕の姿は、誰にも認識できない筈なのに!)
頭の中のヘイグが笑う。
その後に続いた映像は、あまりに凄惨なものであった。
ジョン・ヘイグが薬を作り、それを身内や学校の人間に試す…。
ただそれだけの、繰り返しだった。
ヘイグの中にスミーのような誇り高き志もズパルのような強い思いもない。
ただただ、楽しいから毒を使う。
ただただ、面白いから酸で溶かす。
ただただ、己のエゴのために人を苦しめる。
ジョン・ヘイグはそんな人間だった。
初めて人を殺したのは十二歳。
一度はつかまり精神病棟に収容されたが、そこで毒煙による大量虐殺を行い逃亡。
その後は工場を襲い、酸や毒を調合してまた近くの家の住人を実験材料に変えていく。
何度も何度も場所を変えては同じことの繰り返し。警察には一度も捕まらず、
誰もがジョン・ヘイグを恐れる……筈だった。
「ジョン・ヘイグは英雄だ。
誰より素晴らしいヒーローなんだ!」
そんな言葉が、民衆の間に広まっていたのだ。
勿論これには理由がある。
ジョン・ヘイグをヒーローと唱えた者は皆、ジョン・ヘイグによって家族や親友を殺された者だ。
彼等は家族を嫌っていた。
有るものは説教ばかり言う母親が嫌いな息子。
有るものは相性の合わないカップル。
有るものは言葉だけの愛を交わした夫婦…。
ジョン・ヘイグによって殺された者は、何故か嫌われ者が多かった。
そのため、『奴がいなくなってせいせいした』と考える者達がジョン・ヘイグを英雄と唱えるようになったのだ。
一人は十人に、十人は百人に、百人は千人に、千人は万人に…。
やがてジョン・ヘイグを殺人鬼と呼ぶ者は誰もいなくなった。
彼はいつしか『猛毒英雄』と呼ばれ、人々に崇められるようになる。
ジョン・ヘイグ自身は最初驚いたが、すぐに考えを改めた。
ヘイグ「俺は英雄。俺は英雄。
英雄英雄英雄英雄英雄英雄英雄ゥゥゥ!!
殺人鬼と呼ばれ当然の俺が、英雄!?
なんて素晴らしい響きなんだ!
なんて素晴らしい言葉なんだ!
もっと殺そうもっと苦しめようもっと強い毒を、もっと強い酸を作ろう!!」
捻れた心から生まれた木は正される事なく化け物のように大きく強く育っていく。
そしてそれは、『英雄』という言葉で実をむすんだのだ!!
ヘイグがニヤリと笑う。
ヘイグ「作りたい。
俺が英雄であるために。
俺が英雄になるために。
もっともっともっともっと強い酸を、もっともっともっともっと強い毒を、作りたい!!
あひゃ、あひゃひゃひゃひゃ!
あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!」
ヘイグは笑い続けた。
その笑い声の中で、メルは泣き続けていた。
メル(やだ…!
こんな、こんな狂った奴の人生なんて…。
もう見たくない!!)
その時、ぐにゃりと世界がひっくり返る。
しかし、ひっくり返った元の世界でも、ジョン・ヘイグは同じように笑い続けていた。
ヘイグ「あひゃひゃひゃひゃ!
俺は、ヒーーローーだあああ!!」
英雄が笑う。
軍服を着て、空中戦艦の艦長、という称号を持って、英雄と呼ばれて。
そのために何人の人間が殺されたのか、それはこの男にしか分からないのだ。
しかしそれでもこの男は、英雄なのだ。
ジャカン!ジャカン!
ヘイグ「?
何をやってる貴様等?」
ヘイグが首を傾げる。
見ると、兵士が何人か銃を向けていた。
兵士1「も、もう嫌だ!」
兵士2「貴様みたいな狂人の部下なんて、やっていられるか!」
ヘイグ「貴様等…!」
大佐「や、止めろお前等!
その銃を抑えるんだ!」
大佐が急いで二人を抑えようと歩き出す。
しかしそれより早くヘイグが銃を構えた。
ヘイグ「ならば休暇をくれてやる。
バカンスにでも行くがいい!」
ジョン・ヘイグは右手の人差し指に力を加え、銃の引き金を引いた。
それとほぼ同時に兵士達が引き金を引く。
ヘイグの銃から、溶解液が勢いよく噴き出る。
それは、協力な圧縮ポンプの力で噴出された液体で、端から見れば緑色の橋が高速で造られているようにも見えた。
そしてその橋は、高速回転するマシンガンの弾を瞬間的に消すには充分過ぎる量だ。
「あっ」と兵士が叫んだ時には下半身が溶かされていた。
重力に従って落ちる場所は、また酸の柱の上だ。
兵士1「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁ………」
そんな、悲鳴にもならない声で叫んだ後、兵士1の体は骨も残さず消えていった。
すぐ近くにいた兵士2も反射的に逃げようとしたが、ヘイグが銃を横に傾けただけで足を溶かされ背中を溶かされ、背面から臓器だけをさらした人間が地に倒れ伏した。
兵士2「し、死ぬ…やだ、やだやだや…だ………………」
それだけいって、兵士2は絶命する。
臓器を晒した体から真っ赤な血を噴き出しているが、中身がビクビクと動いているのが良く分かる。
兵士3「ヒッ!?」
兵士4「そ、そんな…仲間にこんな事するなんて…もうあいつ人間じゃねえよ!!!」
兵士5「お、おい悪魔、助けてくれ、早く俺達を助けてくれえええ!!!」
兵士6「死にたくねえ、死にたくねえよおお!!」
大佐「や、やめろお前等…落ち着け、落ち着くんだ!」
兵士達はどよめき、恐怖し、混乱していた。
もう、戦意も忠誠心も正気すらも、彼等の心には残っていなかった。
残っているのは、絶望と、恐怖と、愚かさのみ…。
ワアアアアァァァァ!!!!
そんな兵士達の姿を、セキタはただただ、見つめる事しか出来なかった。
そして、その混乱を増長するかのように、英雄が笑う。
ヘイグ「あーーーーひゃーーひゃーひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!!!!!!!
知れ、愚か者!!見ろ、弱者!
聞くがいい負け犬ども!!
俺に逆らえば、こーーなるんだああ!!
アァァァァヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!」
セキタはヘイグを睨みつける。
逃げ惑う兵士を見て、高笑いする灰色の怪物。
それを見たセキタの拳がワナワナと震える。
セキタ「ジョン・ヘイグ…」
セキタは、ギリギリと歯噛みしながら、大声で叫んだ。
セキタ「お前は、命を何だと思っているんだああああ!!」
と、そのセキタの足下に一人の兵士が駆け寄ってくる。
兵士「お、おい悪魔!
早く俺達を助けろ!こんな所で死にたくない、あんな奴に殺されて死にたくねえ!!」
セキタ「…」
兵士「おい、何を黙ってるんだ、早く仲間を呼ぶなり強い能力を使うなりして俺達をたす…」
それ以上その兵士は何も言えなかった。
セキタが右手で首を掴んだからだ。
セキタ「ふざけるなよ糞が!!
俺の仲間も、妹も貴様等に殺されたんだ!!
テメエラみたいなクズの命なんて、救いたくねえよ!」
セキタは力の限り兵士を投げ飛ばす。
兵士はゴロゴロと地面を転がり落ち、気絶した。
セキタ「ち!」
エッグ「セキタ!」
セキタの元にエッグが駆け寄る。
エッグ「仲間達に二人を安全な場所まで運ばせた、向こうにある岩の影に隠してある!
逃げるなら今の内だ!」
セキタ「…。」
エッグ「早く行くぞ!
あんな危険な奴に付き合っていられるか!」
エッグはセキタの肩を掴んで揺する、
セキタは一言呟いた。
セキタ「…………………いやだ…………」
エッグ「はぁ!?」
セキタ「あのジョン・ヘイグとか言う奴、あいつをぶっ潰す!!」
エッグ「はぁ〜〜〜〜!!?
お前、何を言っているのか分かっているのか!?あんな狂人相手にして無事で済むわけないだろ!
逃げろ逃げろ、それが一番だ!」
セキタ「だがここで逃げれば、死んだスミーやズパルの思いが浮かばれない!
二度と奴を殺すチャンスを失うぞ!
奴に復讐せねば…!!」
エッグ「セキタ、てめえ…」
セキタ「『湿気たツラしやがって。
俺は違うぞ』。
…ズパルの言葉を踏み潰したのは、あいつだ。
『大好きだよ、お兄ちゃん』。
…スミーの思いを火に入れて燃やしたのは、あの男なんだ!!
許せるものか!!!」
エッグ「………いいか、セキタ。
二人は復讐なんか………ぐっ!?」
セキタに話し掛けたエッグ。
しかし彼は突然苦しみだした。
エッグ「ぐうぅぅぅ……!!」
セキタ「エッグ!?
どうした!!」
エッグ「まずい……俺の本物が……死にかけている…!」
エッグ「ぐうぅぅ!」
クックロビン「エッグ、しっかりしろ!
意識を保て!呼吸しろ!呼吸するんだ!」
タン!タタタタタ!
兵士達が銃を乱射している。
分身のエッグが兵士が来ないよう盾になってクックロビン達を守っていた。
倒れたエッグの腹には、血が溢れ出ていた。
クックロビンは急いで近くの岩影まで引きずったが、その後には赤い川が出来ていた。
クックロビン「エッグ!
目をさますんだ!」
エッグ「ち、畜生…!
まさか、こんなに早く本物が見つかるなんて!
血が、血が止まらない…!」
クックロビン「喋るな!
血を出すな!気合いで止めろ!」
エッグ「無茶言うなよ…
ひとつ……聞きたい事が…ある…。
俺の分身は……………苦しんでいるか?」
クックロビン「え?」
クックロビンは思わず後ろを振り返る。
そこには数十人いるエッグの分身が、全員苦しんでいた。
みんな本物と同じ撃たれた場所に手を当てて抑えている。
エッグ「そうか……苦しんでいるか…。
それじゃ………俺は…本物なんだな…?
物で出来た、偽物じゃないんだな…?」
クックロビン「エッグ…!」
メルがみる世界がひっくり返る。
そこには、あまりに自分そっくりな分身に恐怖を感じるエッグの姿があった。
エッグ「俺が、俺がいっぱいいる…!
なぐられても傷つかない、血も出さない偽物の俺がいっぱい…!
いやだ、いやだ!
俺は偽物じゃない、俺は偽物じゃない!
本物だ、本物だ、本物だ、本物なんだ!!
血を流し涙を流す人間なんだ!!
だから、俺を怪物扱いしないで…!
俺には傷つく心があるんだ!」
世界がひっくり返り、メルの目にはセキタと崩れゆくエッグの姿が見えた。
メル「エッグ…。」
セキタ「そんな…、エッグ…。
お前が死んだら、ダメだろ………?
お前は…………誰よりみんなの命を大切にしていたんだから………だから…………。
エッグ!死ぬな!!
エッグ!エッグ!エッグ!」
戦争状況
第8888番隊、戦力、残り二人。
天才軍、戦力、残り57人と、ジョン・ヘイグ。
戦いは止まらない。
誰にも止められない。
そして悪夢は加速する。
血と恐怖と死によって作られた終劇に向かって…。