第32話 太陽パート その夢は誰かの現実でした。まるで太陽のように永遠に忘れる事のできない悪夢でした。
(僕はただ、信じたかっただけかもしれない。
これがただの夢だと。
これがただの絵空事だと。
だけど、それは違った。
これは夢の話でなく、
誰かが実際に体験した、現実なんだ。
そして、僕はこんなに悲しい現実を、今までただの絵空事だと信じていた。
この夢を見るまでは…)
メル「うわあああああああ!!
助けてえええええええええええええ!!!」
メルは今、自分の夢を見ている…筈だった。
しかし、今、自分の夢の中の筈なのに、メルの体は全く思い通りにならない。ススの頭上から離れ、どんどん上昇していく。そして、向かう先には大きな積乱雲があった。
メル「雲!?
なんか嫌な予感しかしないんですけど!?
ええい、止まれ止まれ〜〜!」
メルはジタバタと体を動かすが、止まる気配は一向にない。銃から出て来た弾のように速い速度で大きな雲に近付いていく。
メル「わ〜〜〜〜!!!
雲に激突する〜〜〜〜!!!」
メルは雲に激突するのを恐れ、思わず瞼をギュッと閉じる。そしてそのままの勢いで、雲に突っ込む…直前に誰かに肩を掴まれる。
メル「え?」
「ふう。間に合った」
メルが思わず振り返るより早く、誰かはメルの両腕を掴んでいた。それは、今まで誰にも触れず何も掴めないこの世界で、初めての出来事だった。
「今ホワイトボックスに入れば君は真実を受け入れられずに消滅するからね。
危ない所だったよ」
メル「あ、あなたは一体…?」
そしてメルはその人物の姿をした。
自然な金髪に優しい顔をした青年だ。しかし何故か黄色い道化服を着ている。
だぶだぶの道化服で、彼の体型が痩せ型か太ってるのかよく分からない。
「人に名を訪ねる時は自分からさ、君は?」
メル「あ、メルヘン・メロディ・ゴートです…
皆はメルって呼んでます…」
「僕はダンス。
ダンス・ベルガードさ。よろしく」
二人は互いに握手をしようと手を伸ばす。
しかし、それは第三者の介入によって止められる。
「そして私は!」
メル「え?まだいるの?」
ダンス「げ」
急に軽快な音楽が流れ始める。
チャララララ〜〜〜〜ン!チャンチャラチャラララ〜〜〜〜ン!!
「♪ジャン・グールは欲しがり屋♪
全てを欲しがり何もつかめぬ♪
K・K・パーは暇が好き♪
休む間もなく生き続ける♪
ナンテ・メンドールはおこりんぼ♪
近付きゃ殴られて殺されるんだ♪
オーケストラは欠席中♪
誰か彼を見つけられる?」
メル「…なにこの変な歌?」
ダンス「あー…歌を最後まで聞けば分かるさ。
聞く根性があればね」
「素敵な素敵な四人組♪
そんな彼らに囲まれて♪
素敵な素敵な生活を♪
暮らして送って過ごしてます♪」
変な歌は右にある雲の中から聞こえてくる。
メルの横にある雲が少しずつ晴れていく。
「そんな素敵な素敵な私は♪
皆に愛し愛され世界に貢献♪
そんな素敵な素敵な私は私は♪」
ダンス「やっぱり聞かない方がいいよ、絶対!」
ダンスが全力で逃げようとするが、それより早く雲がダンスの足を飲み込む。
ダンス「う、動けない!」
「私からは誰も逃げず逃げられず♪
楽しく暮らそう♪」
雲が消えていく。
中から出てきたのは二十代前半の女性だった。
長い黒髪を両端に結び、リンゴとイチョウのマークが入ったリボンを頭に巻き、
黒と黄色で作られたドレスを着た美しい…というより可愛いという言葉が似合う女性だった。
ニコニコと楽しそうに笑いながら歌う彼女を見ても、この状況とあまりにも似合わなすぎて笑えない。
メル「あなたは誰?」
「私は果心♪果心林檎と言いますよ〜♪
ジャン!」
果心林檎、と名乗る女性は歌を終えたのか、ニコニコ笑いながらメルに近づいてきた。
果心「ま、正確に言えば果心林檎の分身みたいなものだけどね。だから私は果心林檎とは違う名で呼んでね!」
メル「え、なんて呼べばいいの?」
果心?「ふふふ♪
私は私は、こう呼ばれたいの♪
ズバリ、『魔法少女、カスキュアちゃん』」
魔法少女、カスキュアちゃん
魔法少女、カスキュアちゃん
魔法少女、カスキュアちゃん
魔法少女、カスキュアちゃん
ヒュウゥ……ゥウ
冷たい北風が二人の間を通り抜けた。
そしてメルは心の奥底から、目の前の女性に対して寒気を感じる。
メル(どうしよ、このおねーさんかなり危ない人だ。目を合わせちゃダメだね、きっと)
カスキュア「あ、あら?何故か凄い温度差を感じるのは私だけ?」
メル「そ、そんな事…ない、よ…」
メルはなるべく自然に目を合わせないように顔を背けながら答えた。
ヒュウゥ、と再び風がふく。
カスキュア「やっぱり背けた!」
ダンス「こほん、あー、カスキュア?
そろそろ本題に入るぞ」
カスキュア「おっと…そうだったわね。
そこのメルヘン・キッド」
カスキュアは少し声色を変えてメルに尋ねる。
メル「メルヘン・キッド(夢見る子山羊)?」
カスキュア「あなたのあだ名よメルヘン・キッド。あなたはまだゴート(山羊)にはほど遠い存在だわ」
メル「…なんか、バカにしてない?」
カスキュア「私はバカにする気は全くないけどね。それで本題だけど、」
カスキュアはふっと笑って。
カスキュア「この夢は、誰が見ている夢なのかあなたは知っている?」
メル「え?何言ってるの、これは」
カスキュア「あなたの夢ではないわ。それはありえない。ある二人の人間が見る夢を、今あなたは見ているの」
メル「え?
二人の夢…?一体、誰と誰が?」
カスキュア「勿論、あなたが今まで見た夢の人物の中の誰か。
さて、ここで本題よ」
ヒュウゥ、と風がふく。
カスキュアはニコリと笑い、
カスキュア「今からあなたに2つの選択肢を与えます。
今、あなたは夢から覚める事が出来る。
そうすれば、あなたは夢から覚めて現実に戻れる。ただし、その二人分の悪夢を最後まで見なくて済む」
メル「……。
もう一つは?」
カスキュア「この夢の中に留まり、二人分の悪夢を最後まで見続けるという選択。
魔法少女カスキュアちゃんとしては、この選択はしたくないなー」
メル「…………」
カスキュア「少し時間を与えるわ。ゆっくり考えて、自分の力で決めなさい」
カスキュアはそう言って、メルから離れる。
メルは心の中で自問自答し始めた。
メル「…」(夢から覚めるか覚めないか、か…
今現実に戻れば、二人分の悪夢を見なくて済む、ていうけれど…あの後そんなに怖い事が起こるのかな?)
メルの脳裏に浮かぶのは、第8888番隊、通称拍手部隊のメンバーだ。皆はススやセキタ、スミーと一緒に笑いながら戦場を歩き回っている。
あの三人がいつかサーカスに戻れる事を心のどこかで期待しながら。
メル(その考えは僕も同じだ。
僕だって、サーカスで輝く三人を見たい。
沢山の観客と一緒に、凄い凄いと言いながら力一杯拍手をしたい)
しかしカスキュアは言った。
これは2人がみる悪夢だと。
メル(それじゃあ、叶えられなかったの?
あの三人の願いはかなえられないの?
一体、これから何が起こるの?
何が皆の希望を打ち砕いたというの?)
悲しみと、哀れみと、疑問がメルの心を襲う。
メル(今、今現実に戻ればそれをしらなくて済む。
…むしろ戦場の惨劇なんて知らない方がいいかもしれないけど)
その瞬間、メルの脳裏に浮かぶのはススの笑顔。
スミーの強さ。セキタの優しさ。隊長の寛容さに第8888番隊の明るい拍手。
メル(今、目を覚ますのはそれら全てに目を背けて逃げる『現実逃避』に他ならない!)
「カスキュアさん!ダンスさん!」
カスキュア「ん?」
ダンス「決まったのか?」
メル「僕はこの夢を見る!
そして、最後にどうなったのか自分の眼で確かめてくるよ!」
カスキュア「…!」
ダンス「…!」
それを聞いて二人はほんの僅かに動揺しているのがメルには見えた。そしてその証拠に二人はメルをまくしたててきた。
カスキュア「あなたは、夢を見続けるの?メル」
メル「うん。僕はこの悪夢を見続ける。そしてどうなるのか、どうしても知りたいんだ」
カスキュア「……そう。そうね。
あなたがそれを望むなら、分身である私達は従うしかないわ」
カスキュアはそう言うとダンスの隣りに立つ。
メルの前には渦巻く雲しか見えない。
カスキュア「ならば、その眼で真っ直ぐ見なさい。これから起こる地獄の答が、この雲の中にある」
メル「…うん」
ダンス「ああ、これだけは渡しておいた方がいいか…」
ふらふらとダンスが近寄る。だぶだぶの道化服が全く似合わない青年がポケットから何かを取り出す。それは小さな小さな光輝く何かだった。
メル「…これは?」
ダンス「これは君の『角』だ。
今は光が強すぎて中身が何か分からないが、いずれお前が何かと戦う時、その『角』が役に立つ」
メル「あ、ありがとう…」
『角』と呼ばれた光輝く物がダンスからメルに手渡される。
ダンス「それと、もう一つ。
これは助言であり質問であり救済であり破滅であるものだがな」
メル「?」
ダンス「もし君が困って動けなくなったら、この言葉を思い出せ。『角は何故あるのか?』だ」
メル「『角は何故あるのか?』
…よくわからないけど、覚えて置くよ」
ダンス「それで良し!では」
カスキュア「精一杯見ていきなさい!」
二人の声に従って、メルは雲の中に入っていく。
雲の外側に残された、二人。
道化師と魔法少女。
道化師が訪ねる。
ダンス「本当に良かったのか?君は嫌なんだろ?あいつにこれから起こる地獄を見せるのは」
魔法少女は、少しだけ微笑み、
カスキュア「…私たちに出来る事は結局、尋ねる事とほんの少し力を貸せる事だけ。
後はメルヘン・キッドが頑張るわ」
ダンス「…そうか。
それにしても、カスキュア、ね。
随分皮肉的な名を自分につけたものだ。」
カスキュア「そうね…。
彼は自ら、悪夢に飛び込んだ。
救われる方法は自分で見つけるしかない。私という細い糸にしがみつけば簡単だけど…それでは答は得られない。
それはまるでお月様のような存在。
私はそれに憧れて、この名を付けたのよ」
魔法少女は空を見る。
今は青空。
この青い壁一枚の向こうには綺麗な月が輝いているだろう。
カスキュア「Curse&cure(呪いと癒やし)。
私は、お月様のような存在でありたいの。
例え救われなくても、彼等が納得できる『答』を、私は知りたいのだから、そして分からなかった時は私が癒してあげる」
ダンス「…では俺はその時まで、君を満足させる道化でいよう。ほかの四人程じゃないが、誰かを楽しませるくらいはできるさ。
そのためにこの服を着ているんだからな」
だぶだぶの道化師が魔法少女に跪いて、
魔法少女は、微笑を浮かべる。
カスキュア「あなたみたいなピエロがいますか。
ま、それでも…宜しくね、ダンス・ベルガード」
ダンス「宜しく、カスキュア。
そして、メルヘン・メロディ・ゴート。
改めて言わせて貰うわ。悪夢ノ世界ヘヨウコソ」
ヒュウゥゥゥ!!
まるで雪のように白い雲の中をメルは高速で飛び抜けていく。その表情には先程の焦りは見られない。
メル(この先に二人の人間が見る悪夢が待っている、なんてカスキュアさんは言っていたけど、一体何が待っているんだろうか?
何が、あの8888番隊を襲うのだろうか?
出来るなら、生きていて欲しい!
出来るなら、助けてあげたい!
出来るなら、誰かの力になりたい!)
メルは何度も何度も、『出来るなら』と唱える。
出来るなら、と。
だが彼はまだ真の意味で理解していなかった
これは誰かが見た夢の中であり、他人の夢を他人が何とか出来るわけがない事を。
雲が少しずつ消えていく。それに伴って飛ぶ速度は緩やかになっていく。
そして、雲は消えた時、メルはある大きな部屋の中にいた。
メル(何だ…この部屋は?)
その部屋はとても広いのに何故か薄暗く、照明らしいものは付いてない。しかし部屋の床に小さな光が幾つも付いており転ぶ事はなさそうだ。
更に壁には無数の機械が稼働しており、その上には大きなモニターが並んでいる。
モニターには外の映像や、緑色のレーダーが映し出されており、メルには何が何だかさっぱり分からない。
あまりにモニターや機械が大きいのでそれを調整する兵士姿の人間が小さく見える。
そして、部屋の中心には台があり、そこで軍服を着た偉そうな人達が何かを話し合っていた。
メル(何これ?まるでアニメやドラマに出てくる軍隊の指令室じゃないか。
一体何でこんな部屋が…?)
「よぉ!!!
頑張っているかね、諸君!」
大声を上げて一人の兵士が偉い人達に近付いてくる。偉そうな人達はその兵士を睨み付けた。
偉そうな人「何の用だ!ヘイグ二等兵!」
ヘイグ「お?俺に向かってそんな口調でいいわけ?ちゃんと言いなよグズ大佐」
メル(あ、あの人…自分より偉そうな人を平気でグズって…そんな事いったら怒られちゃうよ!)
メルはあわわ、と慌てる。
そして、グズと呼ばれた大佐は怒りを噴き出しそうな表情をしながらこう言った。
しかしその台詞は、メルが予想したのとは全く違う言葉だった。
大佐「何の、御用、でしょうか?
ジョン・ヘイグ・二等兵!!!」
メル(え?)
ヘイグ「あひゃひゃひゃひゃ!!!
よ〜く出来ましたァ!!
それで御用なんだけどさァ、ボクは実験の結果を聞きたいワケ。この新型戦艦、『モーゼステッキ』号の艦長としては、聞きたいじゃん♪
『月の宮殿』(チャンドラ・マハド)プロジェクトの奴ら、さっきからしきりに報告しろ報告しろってうるさくてさ〜♪
だから来たの、分かった?
あひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」
楽しそうに兵士姿の艦長が笑う。
その笑みはまるで、笑い袋が入った笑顔の人形がスイッチを押されて笑い上げるような、狂った笑い声だ。
そしてやはりスイッチを押したように笑みが消えて、不機嫌な顔になる。
ヘイグ「…で!?
一体何がどうなった!?おいグズ大佐、迅速かつ簡単に説明せよ!」
大佐「は…はっ!
我が新兵器、『ステッキ』の結果は上々。真下にいる能力者軍の部隊を丸ごと踏み潰す事に成功しました!
また、ステルス迷彩もほぼ完璧で、彼等が我々に気付いた時は新兵器を発射する27秒前であります!」
大佐の報告を聞いてヘイグはニヤリと笑い、その笑みを見たメルはゾッとした。いや、恐怖感を覚えたのは他の兵士達もきっと同じだろう。
あの場にいた者全てが、ジョン・ヘイグ二等兵に恐怖感を抱き、その内に狂気を感じとっていた筈だ。
ヘイグ「ふぅむ、素晴らしい成果だ。これは奴らに報告すれば、素晴らしい報酬を頂ける事だろう。
…心配しなくても、ちゃあんとオマエラにも報酬をくれてやるよ、グズ共」
数十人の兵士や偉い人達がヘイグ一人を睨み付ける。もし視線に『質量』があったら、間違いなく彼は潰れて死んでいただろう。
だがヘイグはそんな事を全く気にせず、へらへらと笑っている。
すると、壁の方で機械を操作していた兵士の一人がヘイグ達の方に向き直った。
兵士「艦長!生存者がいます!」
ヘイグ「何!?
『ステッキ』の力で全員潰されたのではないのか!?」
兵士「そ、それが…
どうやら連中、今日は別働隊と合流する予定だったらしく、生存者はその別働隊のメンバーです」
ヘイグ「映像まわせ!!」
兵士が機械を操作すると、正面のスクリーンが切り替わり、『生存者』を映し出す。
それは直列に並ぶ、八台の車だった。緑色のジープで4人乗り。機材やテントの部品を積んでいる事から、かなり長い間移動してここまで来たのか良く分かる。
そしてそれは、メルが良く知っている車だった。
この世界は誰かの悪夢だから夢の住人に聞こえる訳がない筈なのに、メルヘン・メロディ・ゴートは叫ばすにはいられなかった。
メル(8888番隊の皆!!!)
そう叫んだ瞬間、メルの後ろであの狂気じみた声が聞こえた。
ヘイグ「奴らを潰すぞ。生かして返すな」
兵士「了解」
メルはそう言ったヘイグを睨み付けたかった。
しかし、彼の体はまた何か強力な力に引っ張らていく。
メル(う、わ!
あいつを、止めないと…皆死ん…あっ!!)
グイッとメルの体が真下に引っ張られていく。
その体はぶつかる筈の床をすり抜けて、良く分からない機械の世界を通り過ぎ、そして雲の中に出て来た。
メル(また雲!?
…いや、違う!)
大地目掛けて下っていく瞬間、メルははっきりと目撃した。
雲が、機械の無数の小さな穴から吹き出た蒸気から精製されている所を。
メル(…!!
この雲、偽物だ!!
装置で作り出した偽物なんだ!!
まずい、8888番隊に伝えないと、皆死んじゃう…!)
その時である。
直列に並ぶ八台の車の一つが、大爆発を起こしたのは。