第27話 太陽の命の鼓動
学校から数キロ離れた家の寝室では、メルが夢を見ていた。
夢の中のメルは、ススという少女と共に戦場の中を車に乗って走っていた。
今日はほかの部隊と合流するため、八台の車に大勢で乗ってそこまで走るのだ。
メル『はぁ、これは夢の中の筈なのに、どうして僕は彼女に喋る事が出来ないんだろ?』
スス「はぁ、車の中は狭いわねぇ」
ススは何の遠慮もなくメルの隣りに座る。
14歳の彼にとって可愛い女子が隣りに座ると多少はどきどきするものだが、生憎メルはススに喋る事も触る事も出来ない。
スミー「何言ってんのさ。
私達はこれでも一番広い車に乗ってるんだ、我慢しろ。」
スス「はぁい」
そう言ってススはちらりと隣りを見る。
そこに人の姿はなく、代わりに車椅子が置かれていた。メルが座っているのも車椅子の上だ。
スス「…本当に運転は大丈夫なの?
足、辛くない?」
スミー「運転なら問題ないさ。この車は特別成で、私の動かない足でも運転出来る。
ただ、向こうの部隊についたら車椅子を運んでくれよ。」
スス「はぁい。」
ススはさっきと同じように適当に答える。
そしてちらりと後ろを見た。
スス「セキタ、大丈夫かしら」
ススは目の前の車を見つめた。
セキタが座っている車は運転席にヤギのストラップがついていて、それが車の動きに合わせてぴょんぴょん動いていた。
ズパル「だからおめぇよう、俺はあいつにこう言ったんだ。
『何様のつもりだてめぇ』…ってな」
エッグ「はははははは、カッコいいなそれ、」
エッグ「全くだ、次聞かせてよ次」
セキタ(狭い)
セキタは不機嫌だった。
理由は三人乗りの座席に4人座っていたからである。
狭い。圧倒的に狭い。
なのに彼等は全く気にせず雑談している。
座っているのは右からセキタ、ズパル、エッグ、エッグだ。
セキタ「エッグ…」
エッグ×2「「なーにー?」」
セキタ「いい加減、分身を作るの止めろ!
狭いだろ!」
エッグ×2「「えー、やだよー、二人いた方が楽しく話せるじゃないかー」」
拍手部隊の一人、エッグは分身を一体作る能力がある。
その能力で偽物エッグを作り上げ、その偽物と一緒に楽しく喋りあっているのだ。しかもズパルまで便乗している。セキタのイライラはどんどん上昇していく。
エッグ×2「「一人で二人分楽しく話せる、
これはお喋りにとって最高の能力さ!」」
セキタ「狭いんだよ!せ・ま・い・!!」
エッグ×2「「だったらズパルが分解すればいいじゃない?」」
ズパル「そうだな、ほれ」
ズパルはニヤリと笑うと、体を真っ二つに割る。
ズパルには分裂能力があるのだ。
半身は車の床に体を詰めた。
なかなか便利な能力だが、欠点がある。
エッグ「これで大丈夫。」
エッグ「何も問題ないよ」
セキタ「…大有りだ馬鹿」
セキタはなるべく左を見ずに答える。
左にはズパルの半身が座っているのだが、気持ち悪い事に内蔵が丸見えになるのだ。
まるで人体模型と一緒に座り込んだ気分である。
エッグ×2「「ひでぇぜセキタ、ズパルがせっかく優しくしてやってんのに、無視かよ〜」」
セキタ「…うっせ」
サイモン「皆さん、間もなく到着しますよ」
運転席のサイモンが皆に話しかける。
三・五人が外を見ると岩山に偽装したテントが見えた。
天気は快晴だが、雲が上にあるために影で覆われている。
セキタ「やたっ!これでここからおさらば出来る!」
サイモン「…おや?通電?」
ピー、ピー、という音が通信機から響く。
サイモンはスイッチを押した。
サイモン「こちら第8888番隊、応答どうぞ」
『第8888番隊!撤退せよ!
影だ!銀色の影に気をつけろ!』
セキタ「?」
エッグ「何だ何だ?」
サイモン「…とりあえず、車を止めましょう。いつでも撤退出来るよう準備もしてください」
キッ、と車が止まり、後ろの車も止まる。
それを確認してからサイモンは連絡を再開する。
サイモン「どうしましたか?詳細を」
『ダメだ〜〜〜!!
潰される〜〜〜〜!!!』
次の瞬間、視界が銀色に染まった。
ズズ、ズドオオオオオオン!!
そして、強力な衝撃と強力な音が八台の車を襲った!
サイモン「うわ!」
セキタ「何だ!?」
エッグ「何だアアアア!?」
次に八台の車を襲ったのは砂煙だ。
前後左右の視界が全て薄茶色に染まる。
スス「キャアアアアァ!」
スミー「叫ぶな、舌噛むよ!」
メル『何だ何だ何だ〜!!』
八台の車が叫んだり騒いだりしている間に砂煙は晴れていった。
しかし、目の前にあるものは一変していた。
部隊のテントは無くなり、代わりに銀色の壁が行く手を阻んでいたのだ。
サイモン「な、何ですかこれは!?」
メル『!?』
メルの体が急にふわりと浮かぶ。
じたばたしても、彼の手は宙をつかむだけだ。
メル『何!?何が起きてる!?』
そして、メルのからだは遂に車を飛び出し、銀色の壁の上に浮いている雲に向かって一直線に飛んでいった。
メル『うわあああ!
嫌だ、誰か助けてえええ!!』
そんな、誰の耳にも入らない叫び声を残して・・・。