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角が有る者達  作者: C・トベルト
第二章 悪魔から知恵を授かったソロモン
104/303

第105話 ジョン・ドゥの助言

ペンシが叫び、ミサイルが一般人に向けて撃たれたその時。

この小さな物語の始まりはその時から少し巻き戻り、迷宮島の奥から始まる。

WGPの創立者にして元ゴブリンズのリーダー、イシキはいつも通りに自分の部屋で仕事をしていた。

いつも通り書類に目を通し、問題無ければ判子を押し、間違いある書類を別の場所に置く。

そしてある書類を見ている途中でぴたりと動きを止めた。


イシキ「何の用じゃ?」

?「もう気付きましたか。

流石元ゴブリンズのリーダーですね」


部屋の何処かから男性の声が聞こえてくる。しかし姿は何処にも見えず声からは余裕が伺える。

イシキは部屋を見回した後、声の主に対してこう言い放った。


イシキ「無駄話は結構。

お主が誰なのかも興味無い。

用件が有るなら早々に済ませるんじゃな」

?「…失礼しました。

貴方に早々に耳に入れなければ行けない事が有ります」

イシキ「何じゃ?」

?「ナンテ・メンドールについてです。

彼は貴方に隠れて悪巧みを考えています…いえ、もう準備しています」

イシキ「ナンテ・メンドールが?

奴は儂の部下でも最も良く働く男じゃぞ?

何の根拠がある?」


声の主はしばらく沈黙した。イシキが帰ったのかと思い始めた時、言葉を選ぶように慎重な声で言葉が聞こえてきた。


?「俺は根拠となる物を持ってはいません。

しかし、ナンテ・メンドールは近い内にアタゴリアンという国に誰かを寄越すつもりです。

それが証拠となります」

イシキ「アタゴリアン?」

?「…俺の故郷です。

ナンテ・メンドール達によって恐ろしい場所に変わってしまいました」


声の主の口調はどことなく寂しそうであった。

イシキは「ナンテ・メンドール『達』とはどういう意味だ?」と聞く前に、

声の主が先程見せた僅かな感情を隠すように話を続ける。


?「俺を信じてくれ、とは言いません。

ですが、もし俺の言う通りアタゴリアンへ誰かを寄越すつもりなら、その船に今のゴブリンズも乗せるように計って下さい」

イシキ「ゴブリンズを、じゃと?

……ふむ、前言を撤回しよう。

お主は誰じゃ?何故儂にそんな情報を渡す?ナンテ・メンドールが何をした?そしてなぜ、ゴブリンズの名前が出てくる?」


矢継ぎ早に出てくるイシキの質問。

またしばらく沈黙が続いた。

イシキもじっと話を待ち続け、ようやく声が聞こえてきた。


?「何故ゴブリンズか、それは言えません。

貴方に情報を渡すのは、貴方の部下を守るためそしてナンテ・メンドールの企みを潰す為。

そして俺が誰なのかは…」


静かに溜め息をついた後、声はまた寂しげな声で語り始める。


?「…実は、分からないのです。

今、俺は俺じゃないんです。

なんとも言いづらい事ですが、

俺が誰なのか、俺自身分からないのです」

イシキ「ではワシはその誰か分からない奴の話を聞け、と言うことか。

ハ!ずいぶん甘く見られたものじゃな!」


イシキは立ち上がる。

その表情は言葉とは対象に笑みを浮かべていた。

そして虚空に向かって右手を差し出す。


?「え?」

イシキ「だが、面白い。

正々堂々、この老いぼれにお願いしに来た礼じゃ!

もしナンテ・メンドールが誰かをアタゴリアンに寄越すよう話し始めたら、ゴブリンズもアタゴリアンに向かわせるよう伝えてやろうじゃないか!

これはその約束の証じゃ!

間者(スパイ)か策士か騙り屋か知らんが、お主の話に協力してやろうじゃないか!」

?「……!」


部屋の何処かからか、小さな驚きの声が聞こえてくる。

そして、ありがとうという声が聞こえてきたと同時に冷たい感触がイシキの皺だらけの右手を包む。


イシキ「冷たいな、幽霊なのか?」

?「もしかしたら、そうかもしれません。

さっきも言ったように、俺は俺じゃないんです。生きてるか死んでるか、それすら分からないのです」

イシキ「ふぅん、まぁ構わんわい。

全てが終わったら必ず儂の所に酒持って来ておくれよ、話を聞きたいからな」

?「保証は出来ませんが……約束しましょう」

イシキ「フフフ、旧友に語る話がまた増える。

あと慣れない敬語はやめとけ、たどたどしくて聞きづらいわい。

…宜しく頼むぞ、ジョン・ドゥ君」

?「………………はい」


最後の返事を皮切りに、気配は消え男の声は聞こえなくなる。

だがイシキは笑みを絶やさない。


イシキ「ナンテの悪巧みにゴブリンズの勧誘か。

戦争は終わっても尚世界は動き続ける。

退屈な平和は誰の為にある……か。

あ〜あ、儂もあと二十歳若かったら悪巧みの渦中に入りたかったな。

……後でナンテ・メンドールに悪巧みに参加させて貰えるよう聞いてみるかな?」


静かに溜め息をつきながら、仕事にとりかかった。

この小さな物語はハサギ達がWGPに入る数日前の出来事であった。



そして、現在に話は戻る。



熱感知ミサイルは集団に向かって真っ直ぐ飛んでいく。

母の体から生まれた数百の命と数十年を一瞬で無に帰す為に堕ちていく。

そして後30メートルで集団の真上に落下する所で、見えない壁に阻まれて爆発を起こした。

ズドオオオン、という轟音と衝撃波がデッキを襲い、子ども達は驚いて次々に泣き出してしまう。

しかし、誰一人として物理的または精神的に傷ついた者は居なかった。

ペンシは思わず走るのを止め、呆然としながら爆発を見つめていた。


ペンシ「何だ、何故ミサイルが空中で爆発を…?」


その時、ペンシは気付く。

爆発した上部に透明な膜のような物が浮かんでいる事に。

更にそれはよく見れば上部だけでなく船全体を覆っている事が分かる。

ペンシは先程より更に目を丸くし(もう目が転がり落ちそう)辺りを見渡す。


ペンシ「これは、一体…」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


WGP号船内・緊急コントロールルーム。


暗い室内を壁に設置された画面の灯りだけが照らし出している。

それを見ていた一人の船員が叫んだ。


船員A「バリア、発動確認!

敵陣初撃防御に成功しました!」

船員B「現在の攻撃によるバリア損傷、およそ5%以内!

バリア発生による支障、無し!」

船員C「成功しましたよ!

イシキ船長!」


船員の報告を聞いて、海兵の服を着た老人が元気に立ち上がる。


イシキ「うっしゃーーー!!

いやー突貫工事でバリア作ってみるもんじゃなあ!

お陰で助かった!」

船員A「敵ヘリ、またもミサイルを撃ち込みました!」

船員B「バリアにより防御、成功!

船へのダメージ0です!」

イシキ「気を付けろよ、奴らは何処から来るか分からんぞ!」

船員達「了解(ラジャー)!」


イシキの激励に意気高揚する船員達。

そんな彼等に凶報が入るのは、僅か数十秒後だった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



アタゴリアン・城内、食堂


ナンテ「むう、バリアを張りましたか…」

果心「貴方の戦争宣言、無駄に終わったようね」


ナンテは不機嫌な顔をしながらスクリーンを見つめ、果心は嬉しそうに笑う。


果心「貴方は長い間戦争の準備をしていたかもしれないけど、

人間は必ず成長し続けていく。

端から見れば戦争の繰り返しに見える歴史も、見方を変えれば発見と栄光を望む者達が紡いだ歴史に変わるわ。

平和を望み繁栄を望み未来を望む。

それが人の歴史を作り出していくのよ」

ナンテ「…」


果心は口元で微笑みつつ、ナンテから目線を離さない。


果心「ナンテ・メンドール。

貴方が何を企んでいるか知らないけど、それは必ず失敗するわ。

だから今すぐ戦争を終わらせなさい」

ナンテ「な、なんですって!?」


それを聴いたナンテ・メンドールは目を丸くし、果心を見つめ…そしてぷっと頬を膨らませて笑う。


ナンテ「フフフ、果心様はまだ我々の力を知らないようだ。

開戦の狼煙はもう上がっているのですよ?

誰にもそれを止める事は出来ません、バリアで身を固めた位では意味が無いんです」

果心「意味がない?」


果心はスクリーンを見る。

画面内では船がバリアに守られているのを激昂したヘリコプターがミサイルをバンバン撃って、全てバリアに防がれている様子が滑稽に映し出されていた。

だがナンテ・メンドールは笑みを崩さない。


ナンテ「何も集めたのは船の外を飛ぶヘリだけじゃないのです。

今船内にカメラを替えましょう」


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


ワールド・グレート・ピース号船内・3階客室廊下


廊下は綺麗に清掃されていた。

あまりに綺麗過ぎて直視すれば目が眩む程だ。

そしてその真ん中で四人の男がゲラゲラと笑いあっている。


?「ハーッハッハッハッハッハァ!!

磨け!輝け!我が力ァ!!

待ちくたびれたぜ、全く!」

「おいマチク・タビレタ!

良い仕事するなぁ!」

タビレタ「いいじゃねえかヤニ・ナッタ!

もっと綺麗にしたいとこの手がうずいちまうんだよ!

ハーッハッハッハッハッハ!

オクレ・チャッタもマチガエ・ターも一緒に床磨きしなえか!?」

チャッタ「俺は焚き火専門だからパス!」

ター「僕も折り紙で鶴作ってるから無理だ!」

ナッタ「やれやれ、相変わらず掃除好きだなぁマチク・タビレタは!」

船員D「あ、君達!

早く避難場所へ集まりなさ…うわ!」


見回りをしていた船員Dが彼らを発見し、近づこうとする。

しかし、綺麗に磨かれた廊下につまづき転んでしまう。

そして四人がゆっくりと振り返る。


タビレタ「おい、汚物が来たぞ!」

チャッタ「HEYHEYHEY!

掃除した所に土足で入り込むたぁ良い度胸だ!

お前もキレイキレイにしてやるぜ!」


マチク・タビレタとオクレ・チャッタが一歩前に出る。

船員Dは目を丸くしながら後ずさる。


船員D「お、お前等は何者だ!?」

タビレタ「おお、俺達を知らないだと!?」

チャッタ「ならば教えてやろう!

俺達は国際清掃機関『NW(ニューワールド)』一のきれい好き!

行くぞお前達!」

「A!」「B!」「C!」「D!」「E!」「F!」「G!」「H!」「I!」「J!」「K!」「L!」「M!」「N!」「O!」「P!」「Q!」「R!」「S…」

「「「「T!!A!!

フォーーース!!!!」」」」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



船員E「大変です、船長!」

イシキ「何だ!?」

船員E「三階客室で『T・A・フォース』と名乗る集団が暴れています!」

イシキ「何…しまった、この船の中にもテロリストが紛れ込んでいたのか!」


その叫びを皮切りに次々と船長の元へ報告が入ってくる。


船員F「船長!

二階バーで能力者が暴れています!」

船員G「報告、キッチンで暴動が発生しています、とめられません!」

船員H「報告します!

デッキで女性が電柱振り回してます!危険です!」

船員I「三階デッキでは集団が暴れています!誰か助けて!」

イシキ「……く、ナンテ・メンドールめ……なんて面倒な悪巧みを考えてくれたものだ!

やつめ、戦争の起こし方を熟知しておる…!

だが今は安全地帯の確保が優先じゃ!

船員達に障害能力を持つ人物への発砲、武力による無力化を許可する!

そして無力な人物を安全地帯まで連れていくのじゃ」

船員A「あ、安全地帯?

それはどこに?」

イシキ「船底の避難フィルター!

あそこしか安全な場所は無い!

良いか、一切の危険性の無い奴だけをフィルターに運べ!

そして武力を持つ者を無力化せよ!」

船員達「了解(ラジャー)!!」


船員達は叫び、船の中へ散っていく。

それを見届けたイシキは一息付く。


イシキ「まさか、船内に現れるとはな。バリアで閉じ込められた今、最悪の状況だ。

ジョン・ドゥ君の言葉は正しかった訳だ……さて、若きゴブリンズ達。

お前達がこの中で何もしないわけが無い。

一体……何をする気だ?ゴブリンズよ……ジョン・ドゥ君よ……」


イシキは画面に目を向ける。

船内に取り付けられたカメラは全ての情報をイシキに見せていた。

逃げ惑う一般人、それを必死に誘導する船員、暴れまわる犯罪者達。

そして、3Fデッキで椅子に腰掛けながら黙ってヘリを睨み付けているアイの姿が、はっきりと映し出されていた。



ワールド・グレート・ピース号〜3Fデッキ〜


アイ「…………」


アイは白い椅子に腰掛けながら、目の前を飛ぶ陸上型戦闘ヘリ『ハインド』を睨み付けていた。

ハインドもまた、アイの前から離れようとしない。戦闘ヘリの防弾ガラスの奥でヘルメットとゴーグルと酸素マスクを装備した人物の意図を、アイは読み取れない。

互いににらみ合い、動こうとはしない。

崇高さえも感じられる沈黙を破ったのは、アイの背後に有る入り口を勢い良く開けて飛び出したハサギとノリだった。


ハサギ「くそっ、何が起きてる!?

何でこんな沢山のヘリが飛んでるんだ!?」

ノリ「は、ハサギさん!

置いてかないで欲しいッス!」

ハサギ「あ、あああああ!

何だ!?何でこんな所にアイがいるんだ!?」

ノリ「へ?…ほ、本当だ!

アイがいるッス!何で!?」

アイ「…………」


アイは背後の二人に一瞬目を向け、直ぐにヘリに向き直る。

ヘリはもう他の戦闘ヘリの群れの中へ飛んでいっていた。アイは後ろに振り返り、ハサギに声をかける。


アイ「……ハサギ。

お前何でこんな所にいるんだ?」

ハサギ「それは俺の台詞だろ……なんでお前がWGPの船に乗ってるんだよ?」

アイ「WGP?なんだそれ?」

ハサギ「WGPは俺の新しい職場で……いや、そんな事どうでもいい!お前は逮捕して」


ハサギは急いで懐の手錠を取り出そうとして……その手を止める。


ハサギ(あ、今俺はこいつを捕まえる任務してないから捕まえる必要無い……あれ?

そんな訳ないだろ、俺はこいつを捕まえる為に警察に……警察、辞めたんだっけ。

それで今はユーとライを捕まえないと行けなくて……あれ?

じゃあ今はアイを捕まえる権限、俺には無いのか?)


ハサギは目線を自分の胸ポケットに向ける。

そこにはいつも自慢気に見せていた警察手帳は無く、代わりにWGPの名刺入れが入っている。


ハサギ「……」

ノリ「ハサギさん?」


ノリがおずおずと訪ねるが、ハサギは左手をヒラヒラと動かし大丈夫、とジェスチャーで伝える。

そして目線をアイに向けた。


ハサギ「アイ、一つ聞かせろ」

アイ「何だ?」

ハサギ「この状況……お前が作り出したのか?」

アイ「違うな。俺はただ仲間と一緒に旅行に来ただけだ。

今回、俺は完全な被害者だよ」

ハサギ「ならば、お前はWGPの豪華客船に乗った一般客として、大人しく引っ込むのが妥当じゃないのか?」


ハサギは懐に入れた手をアイの肩にかけようとする。

だがアイはそれを払った。


アイ「……仲間の安否、それがまだ出来てないんでな。

俺は暫くここで仲間からの情報を待つ。

ここなら何処にでも動きやすいからな」

ハサギ「仲間は何処に?」

アイ「さあな……ん?」


Re-Re-Re-Re-Re-Re-Re-Re-Re-Re-


不意に電子音が3Fデッキに鳴り響く。それはアイの洋服のポケットに入っていた携帯だ。

アイはそれを手に持ち、シティからだと確認し、通話ボタンを押す。


アイ「どうした?」

『リーダー!?

大変大変大変!ユーが何処にも居ないの!』


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



ワールド・グレート・ピース号

〜1Fデッキ〜


シティ「どうしよう、私が一人で買いに行かせたからだ!

早く見つけないと行けないのに…」


シティはちらっと下を向く。

ふわふわと浮く電柱の上で電話している為、下では親子が悲鳴や歓声を上げていた。


親「ちょっと、電柱しまいなさいよ!」子「怖いよー怖いよー」親子「何あれ!?見ちゃいけません」子ども達「ねーちゃん乗せてー!」父親「仮面コオニダーにあんなキャラいたかな?」母親「おしまいよ、私達皆おしまいよ!」


ギャーギャーわーわーと聞こえる悲鳴や歓声。

シティはそれを全く気にせず電話を続ける。


シティ「この中にユーは居ない、一体何処に行ったか分からないのよ!」

アイ『…分かった、こっちでも探す。

急いで皆に伝えてくれ!』

シティ「分かったわ!」


ピッと電話を切り、シティは船内を探す為電柱で上昇しようとする。

しかし、聞いた事のある怒声がシティの耳に入り上昇を止める。

シティが目線を向けると、ペンシが三角眼でこちらを睨み付けていた。


ペンシ「シティ!貴様何故こんな所にいる!」

シティ「ペンシ!?

貴方こそ何故ここに!?」

ペンシ「問答無用!

この事件も貴様等のせいだろう!

ここで成敗してくれる!ハチャア!」


ペンシは奇声を上げながら跳躍する。

1Fデッキから4メートルは上昇していた電柱に、ペンシはあっさり飛び乗った。


シティ「不味い、あいつは近づくとヤバい!」


シティは一度ペンシに黒星を付けられた記憶がある。

その記憶がシティが電柱から飛び降りる際の躊躇を無くした。

飛び降りたシティは足元に鉄板を出現させ、それに飛び移る。


ペンシ「む、逃げる気か!?

そうはさせるか!」


ペンシは素早く電柱の下に潜り込み、電柱を両手で掴む。

そして腹筋の力で電柱を下に叩き付けた。



バアアアアアン!!



振動でデッキが揺れ、子ども達が驚いて泣き叫ぶ。

だが完全に電柱を手中に収めたペンシは周囲にお構い無しに電柱を両手でぐるぐる振り回す。


ペンシ「これで貴様の体を串刺しにしてくれる!」

シティ「あんた本当に人の迷惑考えないわねー……私が言えた義理では無いか」


その時運悪く、ナンテ・メンドールの指示を受けたテロリストがデッキに入り込んでくる。


テロリスト「手を上げろ!ここは我々『WKTK(ワクテカ)』が支配し……」

ペンシ「後にしてくれ!」


ペンシは振り回した電柱をテロリスト向けて放り投げ、テロリストは電柱に吹き飛ばされあっさり海に落ちた。


ドボン!ドボン!ドボン!


テロリスト「ガーボガボガボ!」

いえ違います「何だ!?何が起きたんだ!?」

被害者です「誰か、誰か助けてくれぇ!」


その後、被害者達はWGPの職員に無事救助されたのだが、全員酷く電柱を恐れるようになったそうな。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


〜3Fデッキ〜


アイ「…………」


アイは携帯を素早く操作し、ユーの携帯に電話する。

しかし応答に出たのは事務的な声だった。


『只今おかけになった電話は現在電波の外にいるか電源をお切りになっているので繋がりません』

アイ「……」


アイは静かに電源を切り、頬杖を付く。

ハサギはそんなアイに吠えた。


ハサギ「お前今の状況分かってるか?

様々な組織のテロリストが船を乗っ取ろうとして様々な傭兵達や軍隊がヘリを回してこの船を沈めようとしているんだ!

早く仲間を収集し、安全フィルターに逃げるんだ!」

ノリ「避難シェルターッス、ハサギさん!」


ハサギはアイに必死に語りかけるが、アイは携帯を見つめたまま電話をかけようとしない。

苛ついたハサギが殴るか蹴るかどっちにするか考え始めた時、

空中を飛び回るヘリの一機から放送が聞こえてきた。


『ワールド・グレート・ピース号!聞こえるか!

ワールド・グレート・ピース号!聞こえるか!

我々は船内に潜んでいるある人物を預かるためにここまで来た!』

ハサギ「何だ?」

アイ「……」


『中では我々の仲間や敵が探し始めているだろう!要求は只一つ!

ユーを出せ!10歳前後の腰まで届く長い黒髪が特徴の女の子だ!』


その放送は不思議と大きく船内に響き渡る。

それと同時に何らかの機械を使い、空に1枚の写真が写し出される。

それは船内デッキで楽しそうに笑うユーの姿だった。




ハサギ「!?

あいつ……確か捜索依頼が出ていた娘じゃないか!」

アイ「……」


ハサギは目を丸くして驚き、アイは冷ややかな目で写真を見つめる。

そして興奮した男性の放送が船内に響き渡る。


『いいか、今直ぐこいつを3Fデッキに連れてこい!

そうすれば我々はすぐに去り、この船の脅威は一切無くなる!

隠しても無駄だからな!』


話をマイク越しに聞いたイシキはぎりっと歯を食い縛る。


イシキ「不味い、このままでは避難シェルターに移動させた奴等まで暴動を起こすぞ!」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


1Fデッキでは親子連れの家族がWGPに案内されながら避難シェルターを目指していたが……。


親1「ねえ、今の聞いた?」

親2「あの女の子を差し出せば……私達助かるみたいよ?」

親3「……早く見つかって、そしてさっさと居なくなって欲しい……」

親4「ねえ、あの子、写真の子に似ていない?」


親4が指差す先に、ユーによく似た女の子が親にしがみついていた。

そして他の親の目線がギロッとそちらに向けられる。

ユーによく似た女の子は震え上がり、その子の父親は更に強く抱き締め、母親は子を背中に隠した。


女の子「……!!」

親5「……違います、私の娘です」

親1「違わないわよ!それ、ユーなんでしょ!!」

親2「写真そっくりじゃない!

早く3Fデッキに連れていきなさいよ!皆迷惑してるのよ!?」

親3「そうよ、早くそいつを奴等に差し出しなさい!」

親4「そいつを差し出せ!今すぐ!」

親5改め父親「止めろ、この子に近づくな!」

船員G「止めてください!

皆離れて!」


親達が女の子を捕まえようと手を伸ばし、女の子の親は手放さないよう更に強く抱きしめる。

近くにいたWGP号船員が止めようとするが、父親には銃を持って娘を奪う悪漢のように見え、思い切り殴り飛ばした。


船員G「ぐっ!」

父親「私の娘は誰にも渡さない、逃げるぞクイラ!」

女の子改めクイラ「う、うん!」

船員G「ま、待って…!」

親達「マテ!ソイツヲワタセ!!」


何人もの大人が親を掴み、殴りかかる。男でも女でも構わず、何人の大人が小さな女の子を捕まえようとするその姿はもはやそれは怪物と言い表してもおかしくなかった。

そして両親はクイラを手放す。



クイラ「え…?」

父親「貴方だけでも逃げて!早く!」

母親「大丈夫、また会えるわ!

だから今は逃げて!」

怪物「マテエエエ!ヤメロオオ!!」

クイラ「ヒッ…!

イヤアアアアア!」


ユーによく似た女の子、クイラは急いで走り出す。

何処に逃げればいいか分からない、何処に行けばいいか分からない。

それでも恐怖はクイラの足を止めさせようとはさせなかった。

絶望に呑まれまいと、走り続けなければいけなかった。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


3Fデッキ〜


ハサギ「なんて事だ…ユーがここに来ているだなんて!

く、早く見つけられればこんな事にならなかったの…」


に、と言い切る前にハサギはアイに勢いよく首を掴まれ眼前に引き寄せられる。

目を丸くしたハサギと、強い感情を込めて睨むアイが対峙した。


アイ「ユー、だと…?」

ノリ「は、ハサギさんから離れるッス!」


ノリは拳銃を構えるが、ハサギがじたばたと掌を見せて『大丈夫』とジェスチャーで伝える。

アイはハサギに静かに訊ねた。


アイ「お前は、ユーを、知っているのか?」

ハサギ「あ、ああ…俺達は今、ユーとライを探しにこの船に乗ったんだ……いい加減はなせ!」


ハサギはアイの手を払おうとするが、銀色の義手を払う事は出来ない。

そしてアイがニンマリと笑みを浮かべる。


アイ「……丁度良かった」

ハサギ「ああ?」

アイ「お前、この状況何とかしたいんだよな?こいつら追い払いたいんだよな?」

ハサギ「ああ…」

アイ「だったら、俺達と一緒に『悪戯』する気はないか?」

ハサギ「悪戯…?」


ハサギは首を傾げ、アイはまるで恐れを知らない鬼のようにニンマリと笑みを浮かべる。


アイ「ああ、とびっきりの悪戯だ」


そして物語は動き出す。

船内、船外、ある城の食堂の中で。

それぞれの物語は渦を巻き、混ざり合い弾け合い、やがて一つの形に繋がる。

そうして、この物語は作り上げられていく。

だがそれが希望に向かうか、絶望に向かうか誰にも分からないのだ。


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