第102話 記憶の中で闇が笑う。
ワールド・グレート・ピース号
〜1FデッキA〜
ユー「わーい!」
シティ「それー!」
シティとユーは水着から普段着に着替えた後、デッキの上で楽しそうなに走り回っていた。
シティは長い青髪を団子状に纏め、淡いピンクの半袖にグレーのパーカーを着込んでいて、走る度に細い体がチラッと見えていた。
ユーも灰色のパーカーを着ていたが、こちらはフード部分に可愛らしいクマの顔と耳の装飾がほどこされており、被るとクマのように見える。
更に背中には水色のリュックを背負い、唯一の出口からアイのプレゼントである鬼のぬいぐるみが顔を覗かせている。
ユー「シティちゃん!
私達どうしてここにいるの?」
シティ「ふふふ、実はここで仮面コオニジャーのショーが始まるのよ!
私仮面コオニジャー大好きなのよ!
地の文章ちゃん、説明よろしくぅ!」
任された!説明しよう、仮面コオニジャーとは!?
主人公、きさらぎはるみ(イケメン)が悪の組織、ブラックダーと戦うヒーロー番組である!!
変身シーン「きさら……キラッ☆」のポーズは世のちびっこから様々な世代の女性を虜にするのだ!
シティ「……という訳よ!
分かった!?」
ユー「うん!
……あ、じゃあ私ジュース買ってくる!」
シティ「なんて気配り!なんて配慮!あなた将来良いお嫁さんになるわ!
でも危ないから一緒に行くわよ」
ユー「ううん、シティちゃんはそこで待ってて!
一緒に行ったら後で場所とれなくなっちゃうよ!」
シティ「うーんそれもそうね、
ではユー隊員、おつかいの任務を任せる!」
ユー「任されたー!」
ユーは楽しそうに敬礼した後、走ってジュースを買いに行った。
〜ワールド・グレート・ピース号・船内〜。
〜雑貨屋・『イロハニ』〜
ペンシは土産物を買うため雑貨屋を訪れていた。
両手には空っぽの手提げ袋を下げている。
ペンシ「ふふふ、皆豪華客船に居るのに真剣な話をしすぎなのだ。
楽しみそうなモノを買って、場を和ませるのだよ」
雑貨屋は壁の仕切りが存在せず、段ボールが乱雑に置かれている。
その中には土産物が大量に積み込まれていた。
ペンシ「ふむ、どれを買おうかな?」
店員「ありがとうございましたー」
もう先に誰かが買い物していたのか、店員の明るい声がペンシの耳に入る。
そして今の位置が出る客の邪魔になると気付き、そっと離れる。
そしてペンシの横をユーが笑顔で通り過ぎた。
ユー「わぁい!ジュース買っちゃった!
パパも呼んで一緒にみよーっと!」
ペンシ(子どもか……)
ペンシは雑貨屋の方に視線を向け、またユーに視線を戻す。
ペンシ「む!?
今の女の子……見覚えが……」
ペンシは記憶を掘り起こす。
確か上司であるナンテ・メンドールが捜索リストに上げていた二人目の女の子が、今通りすぎた女の子と一致する事に気付いたのだ。
ペンシ(まさか、今のは探し人のユー!?)
ペンシは手にした雑貨屋の商品をその場に置き、ユーの後を付けていく。
ペンシ「…他人の空似という可能性は大いにあるが、無視は出来ない…」
ペンシは携帯でケシゴに「捜索対象2f雑貨屋で発見、尾行せし」とメールを送りつつ、尾行を続けていく。
ユーはそれに気付かないまま、父が好きなヒーローの歌を歌っている。
ユー「頑張れ僕らのコオニジャー♪
それ行け僕らのコオニジャー♪
一緒にいたずらしようぜー♪」
ペンシ「その歌は私の好きなヒーロー、コオニジャーではないか!
ぐぬぬ、今尾行中で無ければ一緒に歌っていたというのに…!」
ペンシは悔しがりながらも尾行を続ける。
その時、どこかから船内放送が聞こえてきた。
『只今より、コオニジャーのヒーローショーが一階デッキAの特別ステージから始まります』
ペンシ「な、なんだと?
ノリに録画頼まなきゃ」
ペンシはもう一度携帯を取り出し、ノリにメールを送ろうとする。
その時、ユーは歩いていた通路に細い横路が有ることに気付かないまま歩いていた。
そしてそこから伸びた腕にも気付かない。
『ちびっこと親御さんは是非、1FデッキAまでお越しください』
ペンシ「よし、メール送信!
…あれ?」
ペンシが視線を戻した時、そこにユーの姿は何処にも無かった。
その瞬間、ペンシは物陰から飛び出し走り始める。
ペンシは『武道』の天才であり、一瞬で格闘家の感覚を取り戻す。
感覚を研ぎ澄まし、足跡や声が聞こえないか全ての感覚に神経を集中させる。
果して路地裏の部屋の中から、少女と中年男性の声が聞こえてきた。
ユー「むーっ!むーっ!」
中年男性「静かに!私は君の味方だ!」
ペンシはその部屋に繋がる扉を見つける。
どうやら機関室のようで、水密扉は固く閉められている。
ペンシは一息…気の練り込んだ一息を付くと水密扉を勢い良く蹴飛ばした。
グギャッバァン!
一撃で扉はくの字に曲がり、二撃目で水密扉は部屋の壁の向こうまで吹き飛ぶ。
そしてペンシが急いで侵入すると、トレンチコートを着た男性がユーの肩に掴みかかっているところだった。
二人がペンシを見た時、どちらも同じように目を丸くしていたが先に口を開いたのは中年男性の方だ。
中年男性「ま、待て…これは話せば」
ペンシ「バカモノガアアアア!!」
ズドン!!
ペンシの拳が中年男性の顔を力一杯殴る。殴られた男性は折られた歯を三、四本こぼしながら壁まで吹き飛んだ。
ペンシ「変態め、私が成敗してくれる!」
「動くな!」
突如背後から若い男性の声が聞こえる。
振り返ると黒人男性がペンシに銃を向けていた。
「全員動くな!」
ペンシ「イヤだ!」
ペンシは銃を向けた男性に向けて走り出す。
男性は震える事なく引き金を引くが、ペンシは既に2メートルも跳躍していた為下を通りすぎてしまった。
男性が目を丸くするのと、ペンシが男性のこめかみに蹴りを入れるのはほぼ同時だった。
ペンシ「…ふー、これくらい、か。
そこの女の子、怪我はない…」
ペンシが振り返ると、そこにユーの姿は無かった。
しかし誰かが走り去る音が部屋の向こうから聞こえる。
ペンシ「…まあ、いきなり捕まって喧嘩見せられたら、逃げるよな。
それに…」
ペンシはギロリ、と部屋の影を睨み付ける。常人では理解できないが武道の天才であるペンシには相手が隠れている場所が目に見えなくても把握できている。
ペンシ「そこら中に怪しい奴が隠れてるんだ。
それは逃げるよ…な!」
ペンシは床に落ちていた先程蹴られた男の歯の一本を影に向けて投げつける。
歯は影に隠れていた男の鼻に命中し、悲鳴を上げながらペンシの前に現れた。
そしてそれを合図に、天井、壁、部屋の外から様々な人間が姿を表す。
皆衣服も年齢も様々で、迷彩服を着込んだ傭兵崩れから小さな女の子まで揃っており、そして全員ペンシに殺意を向けている。
それを見たペンシは、ニヤリと笑った。
ペンシ「ふふ、雑魚共がワラワラと…全員、海に沈めてやる!」
ペンシは敵を打ち沈める為、両足に力を込め、跳躍したーーー。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ユー「怖い…怖いよ…!」
ユーは無我夢中で船内を走り続ける。後ろから誰かに捕まれた…あの太い腕が今もユーのすぐ後ろから追いかけているのではと思うと、ユーは怖くて振り向く事も足を止める事も出来なかった。
ユー「怖いよ、パパ!助けて!」
ユーは叫ぶが、自分が今何処にいるかも分からない。
豪華客船ワールド・グレート・ピース号は小さな女の子が恐怖を感じるには充分な広さを持っていた。
ユー「怖い…怖い…!」
ユーは必死に走り続ける。
やがて電話ボックスを見つけるとユーはそこに転がり込み、バタンと扉を閉めた。
ユーは息を殺し、窓から顔を出さないよう屈んでいた。
ユー「はぁ…ハァ…怖い…怖いよ…」
漸く、自分の体がガクガクと震えている事に気付く。
汗はだらだらと垂れ、乾いた床に染み込んでいく。
ユーは震えながら自分の肩を抱き締める。
自分の手は細く弱々しい。
また誰かに掴まれたら、もう逃げられない。ユーがその事に恐怖を覚え始めた時、背中のリュックに居れてある住人を思い出した。
ユー「鬼さん!」。
ユーは素早くリュックから鬼のぬいぐるみを取りだし、ぎゅうと抱き締める。
綿が詰まったぬいぐるみはとても柔らかい。
ユーはしばらくぬいぐるみを抱きしめ続けた後、ふとアイの姿を思い出す。
ユー「パパ…」
早くあの銀の腕の内側に入って安心したい。しかし焦れば見つかってしまう。
ユー(大丈夫よユー。
私はパパの娘だもの、きっと皆が助けてくれるわ。
だから早く皆に伝えないと)
ぬいぐるみを抱きしめた事でユー
は少しずつ冷静さを取り戻していく。
ユー「早く皆に伝えないと、早くお兄ちゃんに伝えないと……お兄ちゃん?」
不意に自分の口から出た言葉に違和感を覚えるユー。
ユー(あれ、お兄ちゃんなんていない…あれ?いる筈だよ?
ユーに何か教えてくれた……何を?)
ユーは意識を内側に向けていく。
確かに自分には、兄がいた筈だ。
記憶を覗くユーに、兄の姿は朧気に現れてくる。
いつも紫色のローブを身に纏った、金髪の青年だった。
記憶の中の青年はユーに語りかける。
「ユー、もし君が危険な目に遭いそうになった時、俺の名前を呼んでごらん?
優しい優しいお兄ちゃんが、直ぐに助けに来てあげるよ」
「うん、ありがとうお兄ちゃん!」
記憶の中のユーは素直に答える。
それを外側から見たユーはハッと気付く。
ユー(そうだ、ユーは知っている。
お兄ちゃんの名前を知っている。
顔も思い出せないのに、何で?
違う、そうじゃない。
ユーは早くお兄ちゃんを呼ばないと。
お兄ちゃんの名前は……名前は)
「ダンス!
ダンスお兄ちゃん!早くユーを助けに来て!ユーはここにいるよ!」
ユーが電話ボックスの中で叫ぶ。
その声は船内の誰にも届く事は無かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
〜アタゴリアン・城内部〜
廊下を歩いていたダンスは歩みを止める。
そして薄い笑みを浮かべた。
ダンス「ふふふ、遂に俺を呼んでくれたんだね?ユー、お兄ちゃんは嬉しいよ」
ダンスは笑みを浮かべたまま廊下を歩き続ける。
しかしその速度は先程より速い。
ダンス「さて、ショーの準備は出来たみたいだ。
ふふふ、きっと今頃『善人』達が騒いでいるんだろうね。
でもそれじゃショーは盛り上がらないよ」
ダンスの笑みはどんどん深くなっていく。更に目や口はどす黒く染まっていき、その姿はとても人間には見えない。
ダンス「フフフフフ、ヒーローショーには『助ける人』と『悪人』が居なければ成立しないんだよ?
今からどうなるか楽しみだなぁ!
フフフ、フフフフフ、アハハハハハハ!!」
ダンスは笑いながら廊下を歩き続ける。
その先に何かあるのか、それはダンスしか知らない。