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異世界料理道  作者: EDA
箸休め
990/1677

最果ての黎明②暗き樹海の集落

2021.1/1 更新分 1/1

・明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

「夜分に申し訳ない! どなたか、いらっしゃいますか?」


 トトスを降りたカミュア=ヨシュは、手近な家の戸板を叩きながら、そんな風に声を張り上げていた。

 丸太を組んだ、頑丈そうな家である。屋根の煙突からは白い煙がたちのぼっているが、返事をするものはない。


「あの、カミュア。このように辺境の集落では、西の言葉なんて通じないのではないでしょうか?」


「ああ、そうか。これはうっかりしてたね。……*****! *****!」


 と、カミュア=ヨシュがいきなり聞きなれない言葉を連呼したので、レイトは心から驚かされることになった。


「あの、カミュアは東の言葉を扱えるのですか?」


「うん? そりゃまあ多少はね。俺はシムへの護衛役を受け持つことも多いから、言葉を扱えないと不便なんだよ」


 カミュア=ヨシュは、まだそのような技を隠し持っていたのだ。

 レイトは大いに不満であったが、やはり文句を言いたてるような気力と体力は残されていなかった。

 風と雪はだいぶん収まってきていたが、夜が近いために冷気が厳しくなっている。長きの強行軍を強いられたトトスたちも、さすがにぐったりしてしまっていた。


 そうしてカミュア=ヨシュが、再び戸板を叩こうとしたとき――

 ごとりと、閂の外される音色が響いた。


「……*****?」


 戸板がわずかに開かれて、そこから東の言葉が届けられてくる。

 カミュア=ヨシュが東の言葉で応じると、戸板がさらに開かれた。


 その向こうから姿を現したのは、まごうことなき東の民の女性である。

 カミュア=ヨシュとほとんど変わらないぐらい背が高く、その長身を毛皮と布の装束に包んでいる。髪は鮮やかな金色であり、瞳は紫色をしていた。ゲルドの民と同じように、マヒュドラと血の縁を重ねてきた一族であるようだ。


 さらにカミュア=ヨシュといくつかの言葉を交わしてから、その女性は後方に退いた。

 カミュア=ヨシュはレイトの姿を見下ろしつつ、にこやかに笑う。


「入室が許されたよ。なるべく雪は払ってね」


 レイトはまだ感覚の戻らない指先を使って、外套やトトスの雪を払ってみせた。

 それからカミュア=ヨシュとともに戸板をくぐると、まずは広々とした土間が待ちかまえている。2頭のトトスは、先を争うように屈み込んで、その場に丸くなってしまった。


「いやあ、本当に大変な道行きだったねえ。明日にはトトスたちにも、たっぷり食事を与えてあげないと」


 カミュア=ヨシュはこれっぽっちも疲弊した様子を見せることなく、トトスの背中から荷物を下ろした。レイトも強張った指先を動かして、なんとか自分のトトスの面倒を見てみせる。


 土間の正面はいきなり壁であり、右の端に帳が掛けられていた。冷気を防ぐために、玄関口と広間の間に壁が築かれているのだろう。レイトがすべての荷物を下ろしたところで、帳の向こうからさきほどの女性が顔を覗かせた。


「******。*******」


「いま晩餐の準備をしているので、それまでは広間で身体をお温めください、だってさ。これは予想以上の歓待であるようだね」


 下ろした荷物から貴重品の包みだけを取り上げつつ、カミュア=ヨシュはまた愉快そうに笑った。

 そんなカミュア=ヨシュとともに帳をくぐると、そこにはさらに4名の女性が待ち受けていた。ひとりだけが年配で、残りはみんな若い女性であるようだ。


 レイトが東の民の女性を見たのは、これが2度目のことであった。

 最初に目にしたのは、ジェノスの城下町で暮らす占星師のアリシュナだ。さして交流があったわけでもないが、彼女はカミュア=ヨシュが知遇を得た貴族ポルアースと懇意にしていたので、レイトも何度か挨拶ぐらいはしていた。


(だけど、彼女は草原の民だから……ゲルドに近いこの集落の人間とは、ずいぶん様子が違うみたいだな)


 とにかくその場に待ち受けていた女性たちは、誰も彼もが長身であった。町で見かけるジギの行商人と同じぐらいの背丈であろう。北の民は東の民よりも体格に恵まれているので、そちらと血の縁を持つとさらに背丈がのびるようだ。


 ただ、やはり痩身ではあるらしい。ごわごわとした毛皮の装束のせいで判然としないが、少なくとも顔は面長で肉が薄い。どことなく、やつれているようにも見えなくはない顔立ちであった。


「*******……****……*******……」


 と、上座に座した年配の女性が、くぐもった声で何かを言いたてた。

 彼女は黒髪だが、その半分ほどはすっかり白くなってしまっている。瞳は、暗い青色だ。細長い顔には深い年輪が刻まれており、何か神々しい彫像のようなたたずまいであった。


「この集落を旅人が訪れるのは珍しい。とにかく温まりなさい、と言ってくれているね。……******。***********」


 カミュア=ヨシュは東の言葉で礼を言ってから、部屋の中央に設置された囲炉裏の前で膝を折った。

 床には毛皮の敷物が敷かれており、囲炉裏には赤々と火が燃えている。その火の真上に煙を吸わせるための筒がかぶせられており、それが屋根の煙突から吐き出される仕組みであるのだ。窓もしっかりと戸板でふさがれているため、その場には外界と比べるべくもない熱気が満ちていた。


 湿った外套は若い女性に受け渡して、レイトも囲炉裏の前に腰を下ろす。

 すると、別の女性から長い木の串を手渡された。


「ああ、濡れた手袋や靴下はそれに引っ掛けて、火のそばに突き立てておくんだってさ」


 レイトは苦労をしながら濡れた手袋と靴下を引き剥がし、言われた通りにしてみせた。

 剥き出しになった手足が火に焙られて、いっそう温かい。人の目がなければ、しみじみと息をつきたいぐらいであった。


「******」


 と、また別の女性が木彫りの杯を手渡してくる。そこには湯気のたつ朱色の茶が注がれていた。


「身体を温めるための薬茶だそうだよ。なかなか刺激的な香りだね」


 確かに、茶とは思えないような香りをしている。軽く口をつけてみると、さんざん冷やされた唇にぴりっと痛みが走り抜けた。


「……なんだか、ピコの葉を溶いたような味ですね」


 だが、思い切って咽喉の奥に流し込んでみると、体内に火がついたように温まってくる。レイトはまだ口にしたこともないが、強い酒でも飲んだような心地であった。


「うんうん。確かにこれは、なかなか不思議な味わいだねえ」


 と、首に巻いたままの襟巻きでお行儀悪く口もとをぬぐいながら、カミュア=ヨシュはにんまりと微笑んだ。

 その姿をじっと凝視しながら、また年配の女性が何かを告げてくる。それに東の言葉で答えてから、カミュア=ヨシュはレイトを振り返ってきた。


「あなたは北の民かと問われたから、違うと答えておいたよ。あと、生業を問われたんだけど……《守護人》なんて言葉は伝わっていなそうだから、剣で人を守る仕事だと答えておいた」


 カミュア=ヨシュは、腰に差していた長剣を足もとに置いている。旅人が護身用に刀を持つのは当然のことであろうが、こうまで立派な長剣を持ち歩く人間はそうそういないことだろう。レイトなどは、町の人間でも携えていそうな小刀を腰に下げているばかりであった。


「*****……*******……」


 と、年配の女性の言葉に従って、若い女性が鉄鍋を運んできた。

 囲炉裏の火は大きな石で囲われていたので、その石を台座として鉄鍋が火にかけられる。それは真っ赤な色合いをした汁物料理であるようだった。


「ランドルの肉と山菜の料理だってさ。……レイトは、ランドルの兎を知ってたっけ?」


「ええ、名前だけは。どのような姿をしているのかは知りません」


「こんな風に、ぴょこんと長い耳をした獣だね。大きさはキミュスより少し大きいぐらいで、肉の味も似た感じかな。ムフルの大熊よりは、よほど食べやすいと思うよ」


「ムフル」と、年配の女性がその言葉に反応した。

 大きく切れ上がった目に、暗い碧眼が熾火のように輝いている。


「ええ、ムフルの大熊です。この敷物やみなさんの装束に使われているのは、ギャマの毛皮であるようですね。……と、西の言葉は通じないんだった」


 カミュア=ヨシュが、東の言葉で言いなおす。

 その声を聞きながら、レイトはいささか頭が茫漠としてしまっていた。

 眠いわけではないのだが、頭が重い。全身の血管がびくびくと脈打って、鼓動も速くなってきている。ついさきほどまで寒さに震えていたというのに、今は暑いぐらいであった。


(なんだろう……おかしな病魔じゃないといいんだけど……)


 レイトはアブーフで買いつけた毛皮の胴着を脱いで、その下の装束も胸もとを開くことにした。

 女性との会話を終えたカミュア=ヨシュは、不思議そうにレイトを振り返ってくる。


「どうしたんだい? あまり薄着になると、身体によくないと思うよ」


「なんだか、妙に暑いんです。この薬茶というやつが効きすぎてしまったのかもしれません」


「ああ、これは確かに、酒みたいな味だったねえ。こんな奇妙な茶は、俺も初めてだったよ」


 そんな風に言いながら、カミュア=ヨシュがレイトの額に手をのばしてきた。

 大きくて、力強い手の平だ。その皮膚は、おそらく剣技の修練によって革のような質感であった。


「熱がある……というほどではないみたいだけど、俺よりは体温が上がっているみたいだね。調子が悪いなら、寝具をお借りしようか?」


「いえ。食事をすれば、落ち着くと思います」


「ああ、すきっ腹で酒を飲むと、回りが早いからね。それと似たようなものなのかな」


 レイトを見つめるカミュア=ヨシュの眼差しが、とても優しげなものになっている。それはまるで家族に向けられるような眼差しで、レイトにとっては気恥ずかしく、そして落ち着かないものであった。


「……****……*******……?」


「**。*******。……こちらの御方も寝所に案内しようかって言ってくれたけど、食事の後でお願いしますと答えておいたよ」


「はい。ありがとうございます」


 レイトはカミュア=ヨシュと年配の女性の両方に頭を下げてみせた。

 他の女性たちは左右に2名ずつ並んで座しながら、ずっと無言のままである。さまざまな色合いをしたその瞳は、何か探るような光をたたえてレイトたちを見やっているようだった。


(なんだか……あんまり感じのよくない目つきだな……草原の民とは、やっぱりずいぶん気質が違ってるんだろうか……)


 レイトがぼんやりとそんな風に考えたとき、カミュア=ヨシュが「えっ」と驚きの声をあげた。


「いや、ちょっとご家族について尋ねてみたんだけど……この家は、これが家族のすべてなんだってさ」


「え? 男性のご家族はおられないのですか?」


「うん。もともとこの辺りはムフルの縄張りから外れていて、集落の方々はランドルやギャマを狩りながら平穏に暮らしていたようなんだけど……ある夜にムフルがやってきて、それを追い払おうとした男衆らはみんな魂を返すことになってしまったんだってさ」


「それは……お気の毒な話ですね……」


「うん。女衆らでもランドルやギャマを狩ることはできるらしいけど、そんないちどきにご家族を失ってしまうだなんて、お気の毒な限りだねえ」


 女性の身でも狩りの仕事が果たせるなら、それは大したものであろう。

 自然、レイトは森辺で出会った女狩人やバルシャのことを思い出していた。


(バルシャやジーダは、ルウの集落でうまくやっているのかな……赤髭ゴラムのぶんまで、幸せになってほしいところだけど……)


 どこか熱に浮かされているような心地で、レイトはそんな風に考えた。

 しばらくして、「鍋が煮えた」と女性のひとりが東の言葉で告げてくる。


 レイトのもとにも木皿で汁物料理が届けられたが、肉などはほとんど入っていなかった。真っ赤な煮汁はやたらと辛くて、具材はほとんど山菜のようである。

 が、このような窮状を救ってもらっておきながら、晩餐の内容に文句をつけることなど許されるはずもない。レイトはとにかく滋養を取るのだと割り切って、舌が痺れるほどに辛い料理を一滴残さず食してみせた。


 身体はいっそう温まり、力がわいてきたように感じられる。

 ただ、やっぱり頭が重かった。

 それに、下腹のあたりに熱がこもってしまっている。そこに新たな心臓でも生えてしまったかのように、何かが熱く脈動していた。


「……********……」


 年配の女性が、重々しい声で何かを告げる。

 それを耳にしたカミュア=ヨシュは、「はい?」と細長い首を傾げた。


「準備は整ったって、何の話だろう。……******? *****?」


 カミュア=ヨシュが東の言葉で反問したが、年配の女性は答えようとしなかった。

 その代わりに、4名の若い女性たちが立ち上がる。

 そして――彼女たちは、無言のままその身の装束を脱ぎ捨て始めた。

 レイトは息を呑み、カミュア=ヨシュは目を丸くする。


「あの、いったい何をされているのです? **********?」


 女性たちもまた、何も答えようとしない。

 そして、ついにその手は下帯にまでかけられて――彼女たちは、一糸まとわぬ裸身になってしまった。


 囲炉裏の火に、黒い肌が艶やかに照らし出されている。

 痩身だが、厳しい北の地でつちかわれた逞しさと、そして女性らしい優美さを備えた裸身である。

 レイトは心臓と下腹がうねるように脈動して、血が逆流するような苦しさを覚えることになった。


「******……*******……*********……」


 年配の女性が、厳粛なる声音で何かを宣言する。

 カミュア=ヨシュは呆れ果てながら、それでも口もとに苦笑を浮かべた。


「俺とレイトに、嫁になるべき娘を選べ、だってさ。4人全員でもかまわないって話だよ。……いやはや、これはどうしたものだろうねえ」

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― 新着の感想 ―
[一言] これは種が欲しいだけじゃ無い雰囲気。 婿か肉か、どっちだろ?
[一言] 明けましておめでとうございます カミュア=ヨシュはこういった状況に慣れている気がする、レイトが挫けても4人なら問題無さそう
[気になる点] これが「この地に留まれ」という意味での嫁なのか、それとも種を頂くための一夜の関係という意味での嫁なのか。 手馴れているようにみえるのは、感情を出さないシムの民だからなのか。
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