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異世界料理道  作者: EDA
第五章 宿場町のギバ肉料理店
98/1675

⑤二日目~南と東と、そして西~

2014.10/3 更新分 1/1

2014.10/4 誤字修正

2014.10/8 収支計算表「純利益の合計額」に、ギバ何頭分の利益になるかを追記

「な、何だお前らは! この西の領土で、騒ぎを起こすつもりか!?」


 男の声が、そこで初めて大きくなった。

 皮マントの集団は、男と屋台をちょっと遠巻きにしつつ、それでも半包囲の隊形を整えている。


 あれ――心なし、昨日より人数が増えているのではなかろうか。


「……騒ぎを起こすつもり、ありません」と、その内のひとりがちょっとたどたどしいながらも西の言葉で答えたので、俺はまた驚いた。


「わたしたち、ギバの料理、買う。順番、待ちます」


 そう言って、その人物が前に進み出て、皮のフードをはねあげる。


 闇のように黒い肌と、切れ長の目。細い鼻梁と、薄い唇。

 その風貌は、昨日の若者ととてもよく似ていたが――

 しかし、その人物は、まるでジバ=ルウのような白銀の髪をしていた。


 だけど、若者だ。加齢によるものではなく、生まれながらの銀髪なのだろう。


「順番、待ちます。わたしたち、10個、お願いです」


「ば、馬鹿かお前らは? こんな不味い肉に銅貨を出すなんて、正気の沙汰とは思えんな。銅貨をかまどに捨てるようなものだ。ギバの肉なんぞ森辺の民に食わせておけばいい。お前らはそれ以上黒くなりようもないが、こんな不味い肉を食っても不愉快になるだけだぞ?」


 銀色の髪をした若者は、不思議そうに小首を傾げる。


「わたし、まだ食べていない。でも、同胞、7名、昨日食べた。全員、美味、言いました。だから、10名、来ました。……10個、お願いです」


「……はい。毎度ありがとうございます」


 まだちょっとギバ肉を否定されてしまったショックを内心に抱え込みつつ、俺はティノとアリアを刻むことにした。

 その間に、10名のお客様がまた無言でかちゃりかちゃりと台の上に銅貨を置き始める。


「信じられん。シム人には肉の味もわからんのか? そんなもんはまともな人間の食べるものじゃない。しかも銅貨2枚なんて馬鹿げている。肉を食うならキミュスを食え。カロンを食え」


 営業妨害も甚だしいが、相変わらず声を荒げるでもないし、シムの客人方はしれっとした顔つきで相手にもしていないし、店主としては悩ましいところだった。


 とにもかくにも、10個の『ギバ・バーガー』を作成していく。

 真っ先にそれを受け取った銀髪の若者は、やはり無表情なまま黙々と完食し、大きくうなずいてから、南の民の男を振り返った。


「ギバ、美味です。赤、2枚、満足です」


「そんな馬鹿なことがあるか。お前らの舌はどうかしている。……おおい、みんな、ちょっと来てくれ!」


 と、男の声がまた大きくなった。

 その声に導かれてやってきたのは……いずれも白い肌をした新たな一団である。


 その者たちにスペースを譲る格好で、皮マントの集団はすーっと密集隊形を取る。

 ただし、両手で『ギバ・バーガー』をぱくつきながら。


「どうしたんだよ、おやっさん? 何だか剣呑な雰囲気じゃねえか?」


 新たなる一団の内のひとり、まだけっこう若そうな顔をしたジャガル人が、少し乱暴な声をあげる。

 やはり褐色の髪と緑色の瞳を持ち、背は低いがかなり頑健な体格をした若者だ。


 ジャガル人は、総じてそんなに大柄ではないらしい。最初の男と合わせて8名ものジャガル人がそこに集まったことになるが、俺よりも上背がありそうなのは1人か2人ぐらいしか見当たらなかった。


 ただし、全員ががっしりとした骨太の体格をしており、顔つきもなかなかに猛々しい。

 髪の色や年齢はさまざまだ。


「こいつらを見ろ。こいつらは、ギバの肉なんぞを美味い美味いと食っているのだ。俺も食ったが、とうてい銅貨を払えるような代物ではなかった。シム人とは、こんなにも味のわからない連中だったのか?」


 どうにも不穏な言い様である。

 何だかすっかりムキになってしまっているようだ。


「おやっさん、ギバの肉なんかを食ったのかよ? そんなもん、美味いはずがないじゃねえか」


 と、ジャガルの若者はちらちら俺たちのほうをうかがいつつ、男の太い腕を取る。


「……それに、森辺の民なんざに関わらねえほうがいいよ。こいつらは、シム人以上に厄介だ。あんまり騒ぐと、後でどんな目に合わされるかわからねえぜ?」


「俺は間違ったことは言っていない。間違っているのは、こいつらだ。……嘘だと思うなら、お前たちも食ってみろ」


「ギバの肉なんざ、食いたくもねえよ」


「いいから、食ってみろ。……おいお前、ギバの肉をこいつらに食わせてみろ」


 横暴きわまりない言い分だ。

 しかし、これは貴重な機会でもあるだろう。

 町でもそんなに数の多くないジャガルの民ではあるが、彼らが根本的にギバ肉の味を受けつけないようであれば、それは由々しき事態である。


この『ギバ・バーガー』は、しょせん変化球だ。独特の食感だけが問題であるならば、いずれシンプルな焼き肉料理も提供していく予定なので、そこで挽回できると思う。


 しかし、このおやっさんと呼ばれる御仁は、ギバ肉の風味そのものに文句をつけていた。

 けっこう風味の強いタラパソースを使用しているにも関わらず、である。


 それが、ジャガルの民の一般的な味覚であるのか、このおやっさんの個人的な好みであるのか。

 どんなに悪態をつかれようとも、向こうから試食を望んでいるのだから、このチャンスを逃す手はない。


 俺は鉄鍋に沈んでいたミニバーグを木皿にすくいあげて、そいつも6分割にしてやった。

 まだ最初の分も5つ残っていたので、そいつを台に置き、「どうぞ」と人数分の爪楊枝を刺してやる。


 まず真っ先に、年をくった3名ほどが恐れ気もなく手を伸ばしてきた。

 

 それから「ほら、お前らも食べてみろ」と、おやっさんに背中を押される格好で、若い連中も爪楊枝をつまみ始める。


 ちなみに、この間にすっかり『ギバ・バーガー』をたいらげた皮マントの集団は、何故か帰りもせず、かといって興味をひかれている様子もなく、ただ黙然と立ち尽くしていた。


「どうだ? 不味いだろう?」


 おやっさんが、腕を組みながら、仲間たちの姿を見回した。

 男たちの表情は……実に、さまざまである。


「不味いなら不味いと言え」


 その声に応じたのは、2名だけだった。

 年配組のひとりが「不味い」と言い、若者組のひとりが「美味くはない」と述べる。


「たった2人か?」と、おやっさんは目を剥いた。

 何だか――在りし日のドンダ=ルウみたいである。


「お前らはどうなんだ? まさか、美味いとでも抜かすつもりか?」


「……不味くはない」と、年をくったひとりが言い、「まあまあ美味い」と、若者のひとりが言う。


 そして。

 一番大柄な年配の男と、俺より若そうな顔をした少年と、そして最初に乱暴な口をきいていた若者が、呆然とした顔で立ちつくしていた。


「……美味い」と、その若者がつぶやく。


「な、何なんだ? おい、これは本当にギバの肉なのか?」


「はい。正真正銘、ギバの肉ですよ。カロンやキミュスではございません」


 まだ俺はけっこう考えも気持ちもまとまっていなかったが、それでもにっこりと微笑み返すことができた。


「お代は、銅貨の赤が2枚です。よかったらどうぞ」


「赤が2枚か」と、大柄な男がその若者をおしのけるようにして進み出てきた。


 体格はいいし、年齢もかなりいってそうであったし、風格だったらおやっさんにも負けていない、かなり強面の人物である。

 その人物が「ひとつもらおう」と、銅貨を差し出してきた。


「ありがとうございます! 少々お待ちくださいませ!」


「おい、アルダス! お前はこんな不味い肉に銅貨を払うつもりなのか?」


 アルダスと呼ばれたその人物は、うるさそうにおやっさんを振り返る。


「おやっさん。あんたの口に合わなかったんならしかたがないが、店の前で大声でわめくな。衛兵が来たら引っ張られるぞ?」


「し、しかし……」


「あんたには不味くても、俺には死ぬほど美味かった。そんなものは人それぞれだろ。別に騒ぐようなことじゃない」


 そんなものは、人それぞれ――

 そうだ。

 ギバの肉は、クセがあるのだ。

 牛肉よりも豚肉よりも、そしてキミュスの肉よりも美味い、と思えるのは、俺の個人的な好みに過ぎない。


 だけど――何だろう?

 何だか、無茶苦茶に悔しいではないか!


「おい。俺にも、ひとつくれ」と、ぽかんとしていた最年少らしきジャガルの少年も、銅貨を差しだしてきた。


「ありがとうございます!」と応じながら、完成品を最初のお客に手渡すと、「何だか美味そうだな」と別の男も進み出てきた。

「まあまあ美味い」と発言していた若者だ。


「にいさん、俺にもひとつ頼むよ」


「はい! ありがとうございます!」


「お、お、俺もくれ!」


 最初に悪態をついていた若者も、それで心を決めたように銅貨を差し出してくる。


 7名中――いや、おやっさんを含めれば8名中、これで4名が購入してくれたことになる。


 5割の人間が、俺の料理を認めてくれたのだ。

 決して悪い数字ではない。

 決して悪い数字ではないのだが――

 俺は、腹の底に渦巻く敗北感を、必死に抑えつけなければならなかった。


(……どこまで半人前なんだ、俺は?)


 それでもティノとアリアをきっちり刻み、4つの『ギバ・バーガー』を完成させていく。


 その間に、最初に購入してくれたアルダスという大柄のジャガル人が、「うわ、美味いなこれは!」と感嘆の声をあげてくれていた。

 岩のように厳つい顔に、素直な驚きと喜びの表情があふれている。


「ギバとはこんなに美味い肉だったのか。誰だ、ギバが固くて臭いなんて言っていたやつは? 俺はカロンより、断然こっちのほうが好きだな」


 ちらりと見てみると、この集団のリーダー格であるらしいおやっさんは、苦虫を噛み潰しながら頭をかきむしっていた。


「このタラパも最高だな。酸っぱさが調度いい。それに、ティノに混じっているこの野菜は何だ?」


「それは、薄く切った生のアリアです」


「生のアリアか! ちょっと辛いが、この肉には合ってるな。何だか果実酒でも飲みたい気分だ」


「本当だな。おい、昨日の昼下がりには見かけなかったが、夕暮れ時に店は出していないのか?」


「はい。森辺の家に帰るのに時間がかかるので、昼下がりには閉めてしまうんです」


「そいつは残念だ。宿屋の晩飯に銅貨を4枚払うぐらいなら、こいつを2つ食いたいぐらいだよ」


 むっつり黙りこんでいるとけっこう強面ぞろいの南の民であるが、東の民と違ってなかなか表情は豊かなようである。


 美味い美味いと大きな声ではしゃいでいるその姿を見ていると、俺の心はまた色んな方向にひっかき回されてしまった。


「いやあ、美味かった! おい、明日もこの時間にはやってるのか?」


「はい。とりあえず9日後までは毎日開くつもりです」


「そうか。俺たちも来月いっぱいまではこの町に留まるから、毎日食いに来てやるよ」


「ありがとうございます! お待ちしております!」


 そうして南の男たちは、解散し始めた。

 まだ苦虫を噛み潰しているおやっさんの肩を、アルダスというジャガル人が拳で小突く。


「さ、行こうぜ、おやっさん。そろそろ仕事の時間だろ?」


 それでもおやっさんは動かずに、怖い顔をして「おい」と俺に呼びかけてきた。


「せっかくそのタラパは美味いんだから、ギバなんかじゃなく、キミュスかカロンの肉を使え。そうしたら、俺も銅貨を払ってやる」


「……すみません。今のところは、ギバ以外の肉を使う予定はないんです。でも、いずれはまたギバ肉を使った新しい料理も売りに出す予定ですので……」


「どんな料理でもギバ肉では台無しだ」と言い捨てて、おやっさんも去っていった。


 で――視線をそろりと動かしてみると。

 皮マントの一団は、微動だにせず同じ場所で立ちつくしていた。

 その先頭にいた銀髪の若者が、すっと歩み寄ってくる。


「ギバ肉、不味い言う、不思議です。私、とても美味でした」


「ありがとうございます。よかったらまたいらしてください」


「毎日、来ます。9日、終わったら、店、終わりですか?」


「いえ。続けられるものなら、もっと長く続けたいところですが」


「続ける、嬉しいです。私たち、毎日来ます。私たち、青の月、ずっといます」


 青の月――とは、やはり来月のことなのだろうか。

 たしか来月の15日にカミュアの仕事が始まるという話だったので、そろそろ月の変わり刻であるはずなのだが。


「私、商団《銀の壺》団長、シュミラル=ジ=サドゥムティーノ、いいます」


「え?」


「シュミラル=ジ=サドゥムティーノです。あなた、名前、いいですか?」


「はあ……俺はファの家のアスタといいます」


「アスタ。ありがとう。毎日来ます」


 それだけ言い残して、シム人の集団もさーっと立ち去っていった。


「すごぉい……いっぺんに10と4つも売れちゃったじゃない……?」


 ずっと無言で鉄鍋の中身を攪拌してくれていたヴィナ=ルウが、ひさかたぶりに口を開いた。


「残りはたった6つよぉ? これなら、全部売れるんじゃない……?」


「そうですね。無茶苦茶に嬉しいです」


「……それじゃあどうして、そんなに難しい顔をしているのぉ……?」


「いや……やっぱり、ギバ肉を不味いと言われたのが悔しいんですかね。そんなのは、ドンダ=ルウにハンバーグを毒だと言われて以来のことだったので」


「そんなの、不味いって言うほうがおかしいのよぉ。……ドンダ父さんははんばーぐの柔らかさが気に食わなかっただけだけどぉ、さっきの男たちはギバの肉そのものが不味いって言ってるみたいだったもんねぇ……きっと、舌が腐ってるんだわぁ」


「そんなことないですよ。人の好みは、それぞれですから」


 そうだ。俺の世界にだって、きっとシシ肉より牛肉のほうが美味い、と主張する人間は数多く存在するはずである。


 だから、この世界にもギバ肉の味が好みに合わない、と思う人間が多数存在したっておかしくはない。


 森辺の民や、シムの民たちが総じて美味いと評してくれたのは、きっとそれまでの食生活でそういう味覚が培われてきた、というだけのことなのだろう。


 そんなことは、わかりきっている。

 わかりきっているのだが――胸中に渦巻く敗北感が、それでなだめられることはなかった。


 もしかしたらそれは、料理人の矜持などではなく、ただ自分の好きなものを否定されたという子どもじみた悔しさであるに過ぎないのかもしれない。


(だったら、そんな感情は胸の奥にしまいこんでおけばいい。……だけど、西の民よりは差別感情の薄いはずの南の民が、ギバの肉を美味くない、と言ってくれたんだ。そのことだけはしっかり踏まえて、今後のやりかたを考えていかなくちゃな)


「あ……アスタ、野菜売りの親父さんよぉ……?」


「え?」と顔を上げると、ドーラの親父さんとターラが南の通りから近づいてくるところだった。


 何だかちょっとほっとしながら笑顔を浮かべようとした俺は、「おや?」と首を傾げることになった。


 親父さんとターラの背後に、ふたりの見知らぬ男性がつき従っていたのである。

 どちらも黄褐色の肌をした、親父さんと同年輩の男性たちだ。

 初めて出会った頃の親父さんばりに、かなりひきつった笑みを浮かべている。


「やあ、調子はどうだい、アスタ?」


「どうもどうも。今日は好調です。なんだかんだで14個も売れてしまいました」


「え!? それじゃあもうすぐ品切れかい?」


「残りは6個ですね。まだまだ中天まで時間はたっぷり残っているのに、嬉しい悲鳴ってやつですよ」


「そ、そうか。それなら良かった。あの……こいつらにその、試食品っていうのか? そいつを食べさせてやってほしいんだけど」


 俺とヴィナ=ルウを前にして、いよいよその男性たちの顔は引きつってしまっていた。


「それはもちろん、食べていただけるなら、こちらからお願いしたいぐらいですが……あの、こちらの方々は?」


「俺の古い馴染みだよ。ひとりは布屋で、ひとりは鍋屋だ」


「あ! もしかして、俺が鍋を買った店のご主人ですか?」


「そ、そうだよ。よ、よく覚えていたねぇ」


 総じて肥えた男性の多いジェノスの民の中で、珍しくひょろひょろに痩せていたものだから、印象に残っていたのだ。


「こいつらがさ、ギバの肉が美味いって言っても信じないもんだから、無理矢理ひっぱってきてやったのさ。なあ、こいつらに味見をさせてやってくれないか……?」


「もちろん! ちょっと待ってくださいね。今、温めなおしますから」


 ちょうど木皿には2つ分の欠片が残っていたので、俺はそいつを熱々のソースに浸してから、もう1度それを木皿に乗せてやった。


 鍋屋と布屋の親父さんがたは、泣き笑いのような顔で目線を見交わした。

 それを横目に、ターラがくいくいと父親の腕を引く。


「父さん、お腹が空いたよう……」


「あ、ああ、そうだな。アスタ、とりあえず俺たちにひとつずつ頼むよ」


「ありがとうございます! ドーラの親父さんたちに気に入っていただけて、俺は本当に嬉しいです」


「俺も嬉しいよ。……あんたたちみたいな森辺の人間と知り合うことができて」


 言いながら、親父さんはヴィナ=ルウのほうをちらりと見た。

 ヴィナ=ルウは、ちょっと困惑気味に微笑む。


「同じ西の民でありながら、俺はどうしても森辺の民を同胞だと思うことができなかった。今でもおっかない男衆の姿なんかを見ちまうと足がすくんじまうんだが……それでも、あんたがたみたいな森辺の民もいるんだなってことを知ることができたのは、本当に良かったと思ってる」


『ギバ・バーガー』を受け取りながら、ドーラの親父さんは、にっと笑った。


「またうちの店に来てくれよ。あんたたちには、俺の作ったアリアを食べてもらいたい」


「……ええ、それじゃあ家族にもそう伝えておくわぁ……」


 嬉しそうに笑いながら、ドーラの親父さんは『ギバ・バーガー』にかぶりついた。


「ああ……本当に美味いな、このぎばばーがーってやつは。俺の売った野菜でこんなに美味い料理を作ってもらえて、俺は幸せだよ、アスタ」


「いえ、もともとの食材が美味しいからこそ、美味しい料理が作れるんです。これからも美味しいアリアとタラパをお願いしますね、ドーラの親父さん」


「そいつだけは、胸を張って引き受けてみせるよ」


 そうしてドーラの親父さんは、ふたりのお友達を振り返った。


「で? お前さんたちはいつまでそうして縮こまってるんだ? わざわざ店番を放り出してまで来たんだから、味見ぐらいしていけよ」


「む、無理矢理ひっぱってきたのはお前さんじゃないか」


 非難がましく言いながら、それでも鍋屋の親父さんがついに試食のギバ肉に手を伸ばした。


 ちょっと震える指先で爪楊枝をつかみ、えいっとばかりにバーグの欠片を口の中に放りこむ。


「ど、どうだ?」と、布屋の親父さんがその腕を引っ張った。


「美味い……というか、不思議な味だな……」


「あ、これは肉をこまかく刻んでから丸めて焼いた料理なんです。ちょっと風変わりな食感かもしれませんね」


 鍋屋の親父さんは、なんだかものすごい勢いで目線を泳がせ始めた。

 そして、意を決したように、細い指先を懐に潜りこませる。


「お、俺にもひとつくれ! もう少し食べてみないとわからない」


「はい! ありがとうございます」


「お、おい、本当かよ……?」と、布屋の親父さんも爪楊枝に手を伸ばした。


「うわ、何だよ、普通に美味いじゃないか!」


 と、驚愕に見開かれた目で、鉄鍋の中身を覗きこんでくる。


「これが本当にギバ肉なのか……? というか、このタラパも無茶苦茶に美味いな!」


「当たり前だろ。俺が作ったタラパなんだぞ?」と、ドーラの親父さんが胸を反らし、布屋の親父さんは「な、何だよ、さっきと言ってることが違うじゃないか」と、気弱げに笑った。


「よ、よし、俺もひとつもらう! ……あ、あのさあ、これで角が生えてきたり肌の色が黒くなったりはしないよな……?」


「そんな迷信を信じてるのか? 角の生えた森辺の民なんて見たことはないし、森辺の民は南の森からやってきた頃からこの姿だと、俺の婆さまは言っていたぞ?」


「わ、わかってるよ! ひとつくれ!」


「……ありがとうございます」と、心の底から言うことができた。


 不味いと言われれば落ち込んで、美味いと言われれば嬉しくなって、いちいち心を揺らさずにはいられない、半人前の俺であるが――何にせよ、勝負はまだまだ始まったばかりなのだ。


 明日からは、40食の『ギバ・バーガー』を準備しよう。

 それであるていどの売れ行きが見込めれば、想定よりもうんと早いが、新しい献立を披露してしまってもいいかもしれない。


 考えることは、山積みだ。


 そうしてその後にはまたふわりと幽霊のように姿を現したカミュアがレイト少年の分も含めて2個ほど購入していき、その日も俺たちは、開店1時間足らずですべての商品を完売させることになってしまったのだった。

アスタの収支計算表


*試食分は除外。


・第二日目



①20食分の食材費(a:赤銅貨)


○パテ

・ギバ肉(3.6kg)……0a

・香味用アリア(5個)……1a


○焼きポイタン

・ポイタン(20個)……5a

・ギーゴ(20cm)……0.2a


○付け合せの野菜

・ティノ(1個)……0.5a

・アリア(1個)……0.2a


○タラパソース

・タラパ(3個)……3a

・香味用アリア(6個)……1.5a

・果実酒(1/3本)……0.33a


合計……11.73a



②その他の諸経費


○人件費……6a


○場所代・屋台の貸出料(日割り)……2a



諸経費=①+②=19.73


20食分の売り上げ=40a


純利益=40-19.73=20.27



純利益の合計額=5.5+20.27=25.77a

(ギバの角と牙およそ2頭分)

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