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異世界料理道  作者: EDA
第五章 宿場町のギバ肉料理店
97/1675

④二日目~南の民~

2014.10/2 更新分 1/1

*前日の更新分の後書きに「収支計算表」を追加しました。

2014.10/3 誤字修正

 ファの家直営ギバ肉料理屋ジェノス宿場町本店、第2日目の営業日である。


 初日に全品完売を成し遂げながらも、達成感より多くの虚脱感を得ることになってしまった俺は、その反動で朝から昂揚しまくっていた。


「今日は20個準備してきましたからね! 2日目でこれが完売できたら、すごいことです! 気合いを入れていきましょう、ヴィナ=ルウ!」


「うん。……だけどアスタは、これをひとりで作ってるのよねぇ……? 他の仕事は、大丈夫なのぉ……?」


「はい。20個でも全然苦にならないなってことも、昨日から今日にかけて実感できました。別にこれが毎日でもへっちゃらですよ、俺は」


 強がりでも何でもなく、俺はそう答えることができた。


 タラパのソースも、バーグのパテ作りも、俺は前日に前倒しで作業してしまっているのである。


 しかもそれは晩餐の後なので、他の仕事にも影響は出ない。普段はまったりアイ=ファと語り合う時間帯が、調理しながら語り合うスタイルに変更されただけのことだ。


 これならば、当日の朝は、ポイタンとパテの焼き作業だけで済む。


 朝起きて、水場で洗い物を済ませたのちに、ポイタンはさっさと煮詰めてしまう。

 そうして室内の日当たりのいい場所でポイタンを天日にさらしつつ、薪やピコの葉の採取のために森へと向かう。

 採取作業には1時間から2時間近くもかかるので、その間にポイタンはしっかり乾燥しきっている。


 あとは、ギーゴを煮詰めた汁と合わせて、そいつを焼きまくるだけだ。

 商品で使う分20個+予備分2個+晩餐分4個で合計26個のポイタンであるが、大量生産の修練はルウ家の晩餐やルティムの祝宴で積んでいるので、このていどの数は何ほどのものでもない。


 そしてパテの方も、内部に火を通すのはタラパソースを温めなおす過程で同時にこなせるので、表面を強火で焼くだけで済む。


 それらの作業が、規定の時間内に難なくこなせるということは、本日立証することができた。たぶん、この倍の数までは、睡眠時間や営業時間を削らずに作成することができるだろう。


「だから、全然大丈夫です! 張り切っていきましょう!」


「……だけどやっぱり、この時間は人が少ないわねぇ……」


 昨日のような突発的な雨には見舞われなかったが、それでもやっぱり人通りはたかが知れている。


 俺たちが陣取っているのは宿場町の最北端で、ここから先はジェノスのお城と、あとはどこまでも伸びていく石の道と林しかうかがえないので、生粋の旅行者ぐらいしか通りかかることはないようなのである。


 宿場町の南側には農園が広がっているという話であったから、当然そちらには農村があるのであろうし、露店を開いている人々の家などもそちらに密集しているのだろう。それに加えて、宿屋も南側にあるのだから、そこで目を覚ました旅行者たちは、露店区域の賑わっている南側のエリアで買い物を済ませてしまうというのも、まあ道理だ。


 とにかく中天を過ぎて人通りが増えるまでは、数少ない通行人をピンポイントで狙っていくしかない。


「そういえば、ここを北上して西側にはお城がありますけど、それを無視してさらに北上すると、いったいどこにつながっているんですかね?」


「さあ? ……北の王国マヒュドラじゃないのぉ……?」


「マヒュドラは北の果てなんでしょう? まあ、このジェノスってのは西の王国でもかなりの南側だって話だから、西の王国の色んな領土が待ち受けてるって感じなんですかね」


「知らなぁい。……わたしはあんまりそういうことを考えていると、ふらふらそっちに歩いていっちゃいそうだから、できるだけ考えないようにしているのぉ……」


「……そうですか」


「うん……そっかぁ、西の王国にも色んな町があるのよねぇ……ジェノス以外の町でだったら、森辺の民も《ギバ喰い》とか呼ばれずに済むのかしらぁ……」


 と、なかなかアンニュイな眼差しで、北の最果てを見つめやるヴィナ=ルウである。


「ヴィナ=ルウは、それが嫌だから遠くに行きたいんですか?」


「ううん……そういうわけでもないんだけどぉ……いや、そういうわけなのかなぁ……とにかくわたしは、裸になって生きたいのよねぇ……」


「は、裸?」


「うん……森辺でのわたしは、ルウ本家の長姉……宿場町では、《ギバ喰い》の女……わたしをわたしと認めてくれるのは、わたしの家族だけ……わたしはもっと、色んな人間に裸のわたしを見てもらいたいの、かもぉ……」


 そして、艶っぽい流し目で俺を見る。


「だからわたしは、アスタに惹かれちゃったのかしらぁ……森辺の常識にも宿場町の常識にもあてはまらないアスタだから……そんなアスタなら、わたしをわたしとして、きちんと見てくれるのかなあってぇ……」


「そ、そこまで考えた上で、あのような蛮行に及んだわけではないはずですよね? あの頃の俺とヴィナ=ルウはほとんど会話らしい会話すらしたこともなかったんですから」


「うん。最初はただ、アムスホルンの名前すら知らないぐらい遠くから来たっていう、アスタの素性に惹かれただけよぉ……それでもアスタに魅力がなかったら、あんな真似はできなかったと思うけどぉ……」


 仕事は仕事で熱心に取り組んでくれるヴィナ=ルウであるのだが。やはり、ひまをもてあましてしまうと色々不穏な方向にも気持ちがそれていってしまいそうだ。


 またこのタイミングでターラでもやってきてくれないかなあとかこっそり思いつつ、俺は街道に目線を巡らせてみた。


 すると。

 いい感じのターゲットが、発見できた。


「あ! あれはもしかして、ジェノスの民ならぬ異国人じゃないですか?」


 黄褐色でも象牙色でもない、少し赤みをおびた白い肌の男性である。

 ずんぐりむっくりの体型で、髪の色は濃い褐色。まだちょっと距離が遠いので詳細はわからないが、口もとに髭をたくわえているのが見てとれる。


 袖のない胴衣と筒型のズボンを履いており、ちょっとレイト少年にも似た洋式ぽい装束で、左右の露店を冷やかしながら、てくてくと南から北へと歩いてくる。


「……ああいう白い肌をした御方は、どこの国のお生まれなんですかねえ?」


「ええ? あれは南の王国ジャガルの民でしょぉ……?」


 やっぱりそうなのか。

 まあ、敵対国である北の民はいないはず、と考えれば、消去法でそれしかなくなるのだが。もともと南の民であったという森辺の民がけっこう浅黒い肌をしているのだから、他の人々もそういう系統の人種なのかと思ってしまうのが人情であろう。


「で、黄褐色の肌をした人たちが、このジェノスの土着の人たちなんですよね。それじゃあ、それと同じぐらいたくさんいる象牙色の肌の人々は?」


「あれはみんな、西の民よぉ。ジェノスは西の王国の中でもとびぬけて平和で豊かだから、色んな町の人間が移り住んできたり、仕事を探して足を伸ばしてきてるんだって、小さな頃にジバ婆から聞いたことがあるわぁ……」


 なるほどなるほど。

 それでは、もう何十年も前からこのジェノスに定住している人や、中にはこの地で生を受けた人などもいるのだろう。南や東の民ほどは超然としておらず、それでいて生粋のジェノスの民よりは森辺の民を怖れたり蔑んだりしていなそうな人間も多く見受けられる理由が、これでわかった。


 南や東の民ばかりでなく、それらの人々にも最初から照準を合わせておくべきだろう。

 そこを切り崩すことができれば、きっとジェノス土着の人々をも巻き込むことは、可能であるはずだ。


 まあ、何はともあれ、今は目の前の商売である。

 南の民である男性は、いい感じでこちらに近づいてきてくれている。


 荷物らしい荷物も携えていない軽装であるから、たぶんこのまま北に抜けてはいかないだろう。大声を出さなくても届く範囲にまで近づいてくれることを祈りながら、俺はこっそり試食用のミニバーグを切りわけた。


「アスタ……南の民を相手にするのは、あなたのほうがいいと思うわぁ」


「え? 何でですか?」


「年をくった南の民だと、いまだに森辺の民を敵視してる人間も多いのよぉ……森辺の民は、南方神ジャガルを捨てた裏切りの一族だ、とか言ってねぇ……」


 蔑みでも怖れでもなく、敵視か。

 だけど、白い肌をした南の民は、黒い肌の東の民と同じぐらいの比率で見かけるが、そこまで不穏な目線を向けられた覚えはない。


「うん……それより何より、敵対国のシムの人間のほうがよっぽど多くうろついてるから、普段はそっちをにらみつけるので手いっぱいなんじゃないかしらぁ……?」


「え? 東と南って、敵対国なんですか?」


「……アスタって、本当に何も知らないのねぇ」と、半分呆れつつ、もう半分はちょっと愉快そうにヴィナ=ルウは微笑する。


「北と西と同じぐらい、東と南は古くからの敵対国よぉ……でも、おたがいにとって友好国の西の領土では、一切の争いが禁じられてるのぉ。その禁を破ったら、西の領土へ足を踏み込むことが許されなくなっちゃうから、そうそう騒ぎも起きないみたいだけどねぇ……」


 うーむ。やはり血縁の少ないファの家のアイ=ファより、ルウ家の人間のほうがより多くの情報を抱え持っているのかもしれない。


 しかし、とにかく商売だ。

 どうもその南の民は時間をもてあましているらしく、何を買う様子もないのに露店のひとつひとつを入念に見回っているようだった。


 その足が、ついに隣りの飾り物を売る老人のもとにまで伸ばされるのを見て、(よし!)と俺は心中でガッツポーズを作る。


 すると――

 その男性と、目が合ってしまった。


 思ったよりも、年配だ。もう五十路に突入しているぐらいかもしれない。


 顔は四角く、頭が大きく、背は小さいががっしりとしており、ジェノスの民よりも固太りの印象だ。

 その、もしゃもしゃとした眉毛の下に光る緑色の瞳が――ちょっと穏やかでない感じに、ぎらりと光った。


 飾り物の店を通過して、ずんずんと俺たちの屋台に近づいてくる。


「ギバ? ……お前らは、ギバなんぞの肉を売りに出しているのか?」


 俺は笑顔で応じようとしたが、しかしその人物の追撃によってそれは封じられてしまった。


「馬鹿かお前らは? 臭くて固いギバの肉なんぞが食えるか。そんなものを食えるのはお前たちだけだ。なんだ生意気にタラパなんぞを使いおって。お前らのように物の味もわからないうつけ者どもはアリアとポイタンだけを食っていればいいんだ。大事な牙と角を全部なくしてしまう前に、こんなどうしようもない店は畳んで、失せろ」


 こちらが口を差しはさむスキも与えぬような機関銃のごとき舌鋒である。

 で、言いたいことを言いたいだけ言いきると、その男はさっさと身をひるがえそうとしてしまった。


「あの! そうはおっしゃいますが、ギバ肉は美味いですよ? 良かったらこの器の肉をひとつ味見してみてください」


「あん?」と振り返り、不愉快そうににらみつけてくる。


「馬鹿かお前は? どうして俺がギバの肉なんぞを食わなくてはならないのだ? 町には、キミュスも、カロンも売っている。ギバなんぞとは比べ物にならないような肉が山ほど売られているのだ。そんな中でギバなんぞが売れるわけないだろうが馬鹿たれどもが。そんな肉を食っていたらお前らのように浅黒い肌になって俺まで白い目で見られてしまうわ」


「そ、それは偏見です! 俺だってギバの肉を食いまくっていますけれども、ご覧の通りの姿ですよ?」


 これぐらいの客質は、想定内である。

 むしろ、怖れや蔑みの感情などが希薄である分、まだ上等な客質である、とさえ言えるかもしれない。


「……どうしてお前のような象牙色の小僧が森辺の民の格好をしてギバの肉なんぞを売っておるんだ? ははあん。そのむやみに色っぽい森辺の女にたらしこまれたのか。馬鹿だなお前は。まあどんな馬鹿な人生でもお前の人生だ。そんなに森辺の女が気に入ったのなら、森の中で大人しくしていろ。そうすれば誰も文句をつけたりはしない」


「いやあ、でも本当に、ギバの肉は美味しいですよ? こんなに美味しい肉を森辺だけで食べているのはもったいないと思って、俺はこの店を出すことに決めたんです。こちらの試食品は無料ですから、良かったら、騙されたと思ってお試しいただけませんか?」


 俺の営業スマイルは完璧だったと思う。

 男は、「ふん」と鼻息を噴いて、屋台の真正面に立った。

 そして、お客側の台に置かれた試食用の木皿を覗きこみ、「不味そうな肉だ」と言い捨てる。


 さっきから暴言の嵐なのだが、まったく声を荒げる様子がないせいか、そこまではっきりとした敵意や悪意は感じられない。

 ただひたすらに、武骨な容貌のわりによく舌が回るなあという印象だ。


「これは、無料なんだな? 俺は死んでも銅貨なんぞ払わんぞ?」


「はい。もちろんです」


 俺はにこにことうなずき返す。

 男は白い額に気難しげなしわを寄せながら、太い指で爪楊枝をつまんだ。


 そうして、6分の1サイズにカットされたミニバーグの欠片を口の中に放り込み。

 入念に咀嚼してから、飲み込んだ。


 そして。

 再び、にらみつけてくる。


「……不味い。やっぱり騙された」


「え?」


「思ったほどは臭くなかったし、固いことは全然なかった。しかしぐちゃぐちゃとして歯触りは悪いし、何だかねっとりと鼻の奥に抜けていくようなしつこい風味だ。キミュスやカロンとは比べ物にならん。せっかくタラパはいい感じに煮込んであるのに、これでは台無しだ。こんなものに銅貨を払う人間がいるか。こんな肉をありがたがっているから、お前らは《ギバ喰い》なぞと馬鹿にされているのだ」


 え? え? え?

 これは、もしかして――

 正真正銘、口に合わなかったということなのだろうか?


 ハンバーグの食感も。

 そして、ギバ肉の味すらも。


「……アスタ」と、ヴィナ=ルウに腰あての布をつままれた。

 ちょっとまだ内心で動揺しつつ、ヴィナ=ルウの目線を追いかけると――


 見覚えのある皮マントの一団が、足速に接近してくる姿が見えた。

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