星の円舞(中)
2020.10/13 更新分 1/1 ・10/19 誤字を修正
ティアが故郷に戻ってから、すでに月はふた巡りしている。
最初のひと巡りでは森の様子を探り、次のひと巡りでは新たな家でギバ狩りの仕事を果たし――あっという間に、それだけの時間が過ぎることになったのだ。
その間、ティアはこの上もなく幸福であった。
聖域の外に足を踏み出し、外界の人間を傷つけて、自分の至らなさから狩人としての力を失ってしまったというのに、ティアは故郷でこれまで通りに生きることを許されたのだ。それで、幸福でないわけがなかった。
ただしティアは、胸の奥底に大きな欠落も抱えてしまっていた。
家族や友と同じぐらい大事な存在を、ティアは失ってしまったのだ。
1年の半分にも渡る外界での生活は、思いがけないほど幸福で満ち足りていた。それが幸福であればあるほどに、ティアの欠落も大きくなりまさっていったのだった。
その中で、ひときわ光り輝いているのは、もちろんアスタやアイ=ファとともに過ごした記憶である。
森辺の民というのは誰もが善良で好ましい人間であったが、もっとも長き時間を過ごしたアスタとアイ=ファこそが、ティアにとってはかけがえのない存在になっていた。
アスタは、とても優しい人間であった。ティアに生命を奪われそうになったというのに、それを恨む様子さえ見せず、何かと世話を焼いてくれていた。ティアがアスタを思い出すとき、その顔はいつでも屈託のない笑みをたたえていた。
そしてアイ=ファも、それに負けないぐらい優しい人間であった。ただアスタと異なるのは、滅多に笑顔を見せようとはせずに、いつでも毅然と振る舞っていたことだ。それはティアの母たるハムラにも通じる、家の長としての気概であるのだろうと思われた。
そんなふたりと過ごした日々の記憶は、月がふた巡りしても色あせることなく、ティアの心に刻みつけられている。
いや、時間が経てば経つほどに、それはいっそうの輝きを増していくかのようだった。
ティアがファの家で暮らすようになってすぐに、森辺では収穫祭というものが開かれた。ファの近在の6氏族による、収獲を祝う宴である。
あの頃のティアは足を折っており、杖をついて歩いていた。杖の準備をしてくれたのは、アイ=ファだ。あの頃のアイ=ファはアスタを傷つけたティアのことをたいそう疎ましく思っていたはずなのに、そのようなものを準備してくれた。それほどに、アイ=ファは優しい人間であったのだ。
そうして杖をつきながら、ティアはアスタとともにフォウの集落の広場を歩き回った。途中からはアイ=ファも加わって、森辺の祝宴の熱気をぞんぶんに味わわされることになった。それもまた、ティアにとっては忘れ難い記憶であった。
そののちも、さまざまなことが起きて、さまざまな人間と出会うことになった。
ルウ家の族長ドンダ=ルウ、最長老ジバ=ルウ、末妹のリミ=ルウ――フォウの家のサリス・ラン=フォウ、その子であるアイム=フォウ、フォウの家長のバードゥ=フォウ――ディンの家のトゥール=ディン、ドムの家のレム=ドム、ザザの家のゲオル=ザザ――スドラの家のユン=スドラ、スドラの家長のライエルファム=スドラ、リリンの家のシュミラル=リリン――名前をあげれば、キリがない。そして、名前を知らない相手でも、ティアの記憶を彩る大事な輝きであった。
また、森辺の民ではなく、町の人間というものにも、ティアは何名か顔をあわせている。
それらはせいぜいファの家の晩餐をともにするぐらいであったので、ティアもなるべく余計な口を叩かないように心がけていたが――あれがおそらく、聖域の民が考える外界の民の正しき姿であるのだろう。
そういった者たちは、確かに聖域の民とかけ離れた存在であるように感じられた。
森辺の民は森の中で暮らす狩人の一族であり、しかも聖域の民の血が継がれているという可能性すらあったので、それほど魂の質が異なっているようには思えなかったのだ。
だが、町の人間というやつは、何もかもが聖域の民と異なっていた。狼と犬が似ていても異なる獣であるように、町の人間というのは聖域の民と異なる存在であるように思えてならなかった。
とはいえ、その事実がティアを苦しめることはなかった。ファの家で暮らす猟犬や番犬たちとて、ヴァルブの狼ほどの力を持たず、魂のありようも異なっていたが、とても好ましく思うことができたのだ。族長会議の見届け人として参じたジェムドやレイリス、ファの家の客人として訪れたディアルやバランやアルダス、メルフリードやアルヴァッハやナナクエム――そういった者たちは、心を通い合わせることがかなわずとも、それなりに好ましい存在であると思うことができた。
それに、町の人間でありながら、一風異なる雰囲気を持つ人間というのも、わずかながらに存在した。
カミュア=ヨシュ、フェルメス、ピノ――そういった者たちである。
彼らはそれぞれが、一種独特の雰囲気を持っていた。聖域の民とも森辺の民とも町の人間たちとも異なる、得体の知れない雰囲気である。しかしそれも正体が知れないというだけで、べつだん嫌な感じのするものではなかった。
ティアがただひとつ嫌だと感じたのは、外界の無法者たちである。
それは、《颶風党》という名で呼ばれていた。
あれほどの悪しき存在は、聖域でも森辺でも目にしたことがなかった。とりわけシルエルと名乗る男などは、まるで邪念が凝り固まった存在であるかのようだった。
ティアの背中を斬り伏せた無法者などは、きっとシルエルの邪念に縛られていただけであるのだろう。
人間があれほどの邪念を持てるということが、ティアには信じ難いほどであった。
たとえばかつてのマダラマの大蛇などは、ナムカルの一族に明確な殺意を抱いていた。
しかしあれは、相手を己の糧にせんとする、獲物に向けられた殺意であったのだ。ティアたちとて、マダラマやペイフェイやリオンヌやギバなどには、ああいった気迫を向けているはずであった。
しかし、シルエルは――人間の血肉ではなく、魂を貪ろうとしているかのようだった。
まるで他者の苦痛や不幸こそが、自分の悦楽であるのだと言わんばかりに、どろどろと煮立った邪念を撒き散らしていたのである。
(あのように邪悪な人間の存在する外界で、アスタたちは無事に暮らせているだろうか……)
そんな風に考えると、ティアは心臓を締めつけられるような心地であった。
しかし、すぐに思いなおす。森辺にはあれほどの狩人たちが居揃っており、アスタのもとにはアイ=ファがあるのだ。
アスタを守るのは、自分の役割ではない。
自分が果たすべき役割は、この聖域にこそ存在する。
ティアはそのように考えて、心中の不安をねじ伏せるしかなかった。
それにアスタ自身とて、決して守られるだけの存在ではないのだ。
肉体の強さなどは町の人間と同等であるが、その内側には狩人にも匹敵するような強き心と魂が秘められている。ティアは、そのように信じていた。だからこそ、ティアもこうまでアスタの存在を愛おしく思うのだ。
聖域で幸福に過ごしながら、ティアはいつも心の奥底でアスタたちのことを思っていた。
だから――このような夢を見たのかもしれなかった。
◇
夢の中で、ティアは随喜の涙をこぼしていた。
ティアの周囲には、さまざまな色合いをした輝きがあふれかえっている。それらはみんなティアの家族であり、友であり、そして同胞であった。
赤い色合いをしたきらめきは、ファの家の家人である猫のような姿をしていた。
さらに大きな黒褐色のきらめきは、炎のようなたてがみをなびかせる獅子である。その他にも、異なる色合いをした大獅子が2頭ほど存在した。
藍色をした鷹や、紫色をした猿や、黒色をした狼や――朱色の犬や、赤い蛇もいる。それらの星々の輝きが、ティアに涙をこぼさせていた。
(やっと会えた……長い長い時を経て、ようやくみんなと……)
そこには、ティアの知らないきらめきもたくさん存在した。
ティアと別離していた間に、これだけの新たなきらめきが生まれたのだ。
(お前たちは、みんな友だ……そして、誰もが同胞だ……ようやく世界は、あるべき姿を取り戻すことができたのだ……)
すべてのきらめきが渾然一体となって、ティアの内側に流れ込んでくる。
その幸福に酔いしれながら、ティアはふいに目を覚ますことになった。
◇
「ねえ、ティアってば! 大丈夫? 目は覚めた?」
気づくとティアは、末妹であるカシャの顔をぼんやりと見上げていた。
その左右には、次姉のメグリと《白》の姿もある。誰もが心配そうに、ティアの顔を見下ろしているようだった。ただし何故だか、それらの姿は雨の向こうにたたずんでいるかのように霞んでいる。
「うむ……カシャは何を騒いでいるのだ?」
「何を騒いでいるのだじゃないよ、もう! カシャたちは、すごく心配してたんだからね!」
意味もわからずに身を起こすと、毛皮の上に水滴がしたたった。
自分の顔に手を触れてみると、それこそ雨に打たれたかのように濡れている。どうやらティアは、眠りながら涙をこぼしていたようだった。
「ねえ、本当に大丈夫? 背中の傷が痛むの?」
と、メグリも心配そうに顔を寄せてくる。
雨季の間は古傷が痛むことも多かったが、この朝に限ってはそのようなこともなかった。
「いや……ティアは、夢の中で泣いていたのだ。夢の中だけではなく、本当に涙をこぼしてしまっていたのだな」
「夢の中で? そんなに悲しい夢だったの?」
「いや」とティアは笑ってみせた。
「そうではなく、とても幸福な夢だった。涙を流すほどに、幸福だったのだ。あの中には、メグリやカシャもいたように思うぞ」
「そうなの? でも……夢を見て泣く人間なんて、メグリは聞いたこともないよ?」
「うむ。ティアも驚かされた」
そうしてティアが手の甲で涙をぬぐっていると、母たるハムラが近づいてきた。
「何を騒いでいるのだ? そろそろ香草を集める刻限であろう」
「あのね、ティアが夢を見ながら泣いてたの」
カシャがそのように言いたてると、ハムラは鋭く目を細めた。
まるで狩人のように研ぎ澄まされた眼光で、ティアの顔をねめつけてくる。その口から、眼光に負けないぐらい鋭い言葉が放たれた。
「……ティア、こちらに来るがいい。メグリとカシャは、朝の支度をするのだ」
夢を見ながら涙をこぼすというのは、狩人にあるまじき脆弱さであるのだろうか。ハムラはずいぶんと真剣な面持ちをしており、ティアは叱責される覚悟を固めることになった。
ティアが連れていかれたのは、物置にされている穴の前である。ハムラはヌーモの殻にギバの脂と木くずを取り分けると、ラナの葉でそこに火を灯した。
洞穴の天井には山から持ち込んだ星の苔が育てられているので、いつでも青白い輝きが灯されている。それよりも強い炎の輝きが、ティアの鼻先に突きつけられた。
「……封じの刻印が、かすれている」
「封じの刻印?」
首を傾げるティアにはかまわず、ハムラは大きな声を張り上げた。
「家族の長は、こちらに! 刻印の手入れを手伝ってもらいたい!」
3名の女衆が、ひたひたと駆け寄ってきた。同じ洞穴で暮らす家族たちの、長である。その内のひとりが、心配そうに声をあげた。
「刻印の手入れとは? もしや、封じの刻印がかすれてしまったのか?」
「うむ。早急に手入れをせねばならない。ペイフェイの爪と大神の血をここに」
女衆らは慌ただしく、物置の内をあさり始めた。
座るようにうながされたティアは、その言葉に従いつつ母親を見返す。
「母ハムラよ。大神の血とは、この身に刻まれる刻印の源だな? どうして赤子でもないティアが、また刻印を刻まれなければならないのだ?」
聖域の民は、両方の頬と手足の先に一族の証である刻印を刻まれている。それは産まれてすぐに刻まれるものであり、このような齢で手入れをされるなどという話は聞いたこともなかった。
「これは家族の長にのみ、伝えられている伝承となる。しかし……実際にそれを施すのは、ナムカルでも初めてのこととなる」
そんな風に言いながら、ハムラもティアの前に腰を下ろした。
その手が、ティアの手をそっとつかんでくる。
「見るがいい。刻印のこの部分が、わずかにかすれていよう? これこそが、刻印の中で封じを司る部分であるのだ」
「封じとは? 外界の客人を聖域に招くとき、『封じの仮面』というものが使われていたな」
「あれは、聖域の様相を外界の人間に知られぬための処置となる。これは……大神の力が身に宿ることを封じるための処置であるのだ」
ハムラは、とても厳粛な面持ちになっていた。
ティアも気持ちを引き締めて、さらに言葉を重ねてみせる。
「それは、どういった習わしであるのだろう? ティアはまだ族長の座を継ぐと定められたわけではないが、もしも許されるなら聞かせてもらいたい」
「うむ。これはべつだん、秘密の習わしではない。むしろ今後は、すべての民に伝えておくべきであろうと思う」
ふたりの間に炎の灯されたヌーモの殻を置き、ハムラは粛然と言葉を綴り始めた。
「父なる大神が目覚めたとき、我々は大いなる力を授かることになる。それは、大神の眠りとともに失われた力であり……かつては、魔力と呼ばれていた」
「うむ。客人ジェムドも、そういった言葉をたびたび口にしていたな」
「うむ。それは精霊の声を聞き、大地の力を借り受ける技である。その技と力を身につけるために、我々は不浄の存在を遠ざけている。父なる大神が目を覚まし、この世に魔力が満ちた時――我々は、再び魔術の技でもって、世界に正しき運行をもたらさなければならない」
ゆらめく炎のきらめきを受けて、ハムラの双眸はいっそう赤く輝いていた。
「大神が眠りに落ちてより、すでに長きの時間が過ぎている。その間にも、世界はわずかずつ力を取り戻している。その力がこの身に宿るのを防ぐために、封じの刻印が必要であるのだ」
「何故、それを防がねばならないのだ? それは大神の子として、正しき力であるのだろう?」
「うむ。しかし、大神はいまだ目覚めていない。我々は大神が目覚めるまでその技を封じると誓った身であるのだ」
「どうして封じなければならないのだ?」
「では、逆に問おう。今この場で、ティアだけが大神の力を得ることが正しいと思えるか?」
「ティアだけが?」
ティアはきょとんと、目を丸くすることになった。
「よくわからんが……そもそもそれは、どういった力であろう?」
「火や水、大地や風を友として、その力を借りる技となる。火を灯すのにラナの葉をもちいることなく、宙から清き水を生み出し、風の刃で獲物を斬り伏せる……大地を割り砕くことさえ、可能なのであろうな」
「それは、とてつもない力だな。そのような力を身につけたなら、ティアは一族のために使おうと思う」
「では、悪しき心を持つ人間がその力を得たならば、どうであろう?」
ティアの心に、シルエルの邪悪な笑顔が浮かんで消えた。
「……聖域に、そうまで悪しき心を持つ人間はいないように思える」
「ティアは、聖域の民のすべてと言葉を交わしたわけではない。そして、悪しき心を持たずとも、限られた人間だけが先んじて力と技を手にすることは、世界の調和を崩落させる。我々の祖はそのように考えて、封じの刻印を生み出したのだ」
「なるほど」と、ティアはうなずいてみせた。
「それが聖域の掟であるならば、もちろんティアも拒んだりはしない。それに、自分だけが特別な力を持つというのも、避けたく思う。……しかしどうして、ティアだけ封じの刻印がかすれてしまったのだろうか?」
「それはおそらく、ティアにそれだけの才覚が秘められているゆえであろう」
と――ハムラはふいに優しげに目を細めた。
「我々は数年ごとに族長会議を行っているが、いまだ封じの刻印がかすれたという話は聞いたことがない。ティアは優れた才覚を有しているために、封じの刻印を圧し始めたのであろう。本来この刻印は、大地に力が満ちると同時に消えてなくなるはずであるのだが……大地からこぼれるわずかな力だけで、ティアは誰よりも早く覚醒を遂げようとしてしまったのだ」
「覚醒……ティアたちも、眠っているのか?」
「眠っている。大神とともに、我々も魂の一部を眠らせているのだ。すべての同胞はいまだ眠っているというのに、ティアだけ目覚めてしまうというのは……あまりに、寂しかろう?」
「それは、ものすごく寂しいように思う」
ティアは思わず、身体を震わせてしまった。
「ティアの刻印は、消えてしまったりしていないか? 早く封じを施してほしい」
「大事ない。手の甲の刻印も、この部分がわずかにかすれているのみであろう? 小指の付け根から渦を巻いて親指の付け根まで達している、この部分――これが、封じの刻印となる。今後はこの部分がかすれていないかどうか、毎日確かめるといい」
「ふむ。他の部分は、かすれたりしないのだな?」
「うむ。それ以外はナムカルの一族を示す刻印であるのだから、何が起きようとも消えたりはしない。我々は一族の刻印を抱いたまま、大神のもとに魂を返すのだ」
「そうか」と息をついてから、ティアはひとつの疑念を抱いた。
「それにしても、母ハムラはどうしてティアの刻印がかすれていると気づくことができたのだ? こちらで火を灯すより早く、それを察していたのであろう?」
「うむ。ティアが夢を見ながら涙をこぼしたと聞いて、感ずるものがあった。それはおそらく、夢見の力というものであるのだろう」
「夢見の力?」
「世界の行く末を見通す力だ。外界には星読みの技というものがはびこっているようだが、それも根を同じくする力であるのだろう」
わけもわからぬままに、ティアは心臓を騒がせることになった。
「では、ティアは……世界の行く末を見通してしまったのか? たしかティアは夢の中で、たくさんの懐かしい相手と――」
「夢見の内容を語る必要はない」
ハムラの声音が、にわかに厳しい響きを帯びた。
「それは我々が、封じた力であるのだ。大神が目覚めるまで、その力を使うことは許されない。ティアは、黙するべきであろうと思う」
「……わかった。ティアは、語らない」
そんな風に答えながら、ティアは大きな希望と大きな不安を同時に抱えることになった。
そこにようやく、3名の女衆が戻ってくる。
「族長ハムラ、刻印の準備が整った」
「うむ。では、封じの刻印に手入れを施す。……もはや赤子ではないのだから、泣き声をあげるのではないぞ、ティアよ?」
◇
そうしてティアは顔と手足の痛みをこらえながら、1日を家の中で過ごすことになってしまった。
刻印を施すには、血がにじみ出るほど深くペイフェイの爪を刺さなければならないのだ。それは切り傷も同然であるのだから、雨や泥などで汚すと病魔を招く恐れがあるのだという話であった。
他の狩人たちは中天になった頃合いで、狩りの仕事に出かけていく。カシャたちはとても残念そうであったが、ティアのほうこそ無念の極みであった。丸1日を家の中で過ごすなど、故郷に戻ってから初めてのことであったのだ。
家に残されるのは10歳未満の幼子と、13歳を過ぎた女衆、あとは傷ついたり老いたりで狩人として働けなくなった、わずかな男衆ばかりである。ティアもすでに13歳であるのだから、本来であれば家に留まるべき身であるのだが――せっかくもう1年を狩人として生きることが許されたのに、その仕事を休まなければならないというのは、忸怩たる思いであった。
(それに、あの夢……)
ともすれば、夢で見た不思議なきらめきで頭がいっぱいになってしまう。
なんとかそれを振り払って、ティアは女衆の仕事に励もうとしていた。
家に残される女衆にも、数々の仕事が存在するのだ。ベリンボの団子をこしらえたり、余った肉を干し肉に仕上げたり、ギバの毛皮をなめしたり、樹皮で装束をこしらえたり――雨季で太陽の恵みを得られない分、難渋する仕事も少なくはなかった。
「ティア。よければ、外界の話を聞かせてもらいたい」
仕事をしながら、そのように呼びかけてくる女衆もいた。
かつての聖域の民であれば、そのような話に関心を抱くこともなかっただろう。しかし、族長会議に外界の客人を招いて以来、明らかに気風が違ってきていた。
大神が目覚めたのち、聖域の民と外界の民は再び手を携えるべきである。
客人ジェムドは、そんな言葉を聖域に残していったのだ。
それが正しき言葉であるのかは、誰にもわからない。しかし、正しいかどうかをしっかりと見定める必要があるだろう。そのためには、外界についてを知っておくべきであったのだった。
「外界には、ティアが涙を流して別れを惜しむほどの相手がいたのだからな。それがどういう人間であったのか、もっと聞かせてほしく思う」
「うむ……何度も語ってきたと思うが、森辺の民というのは聖域の民に近い存在なのだろうと思う」
そういった話を語るのは、ティアにとって幸福であり、そしてひそかな痛みをともなう行いでもあった。
だが、ティアはそのような痛みを忌避したりはしない。どのような痛みをともなおうとも、それはティアにとって大事な記憶であったのだった。
(……アスタたちもこうやって、聖域の民について語ったりしているのだろうか)
星の苔にぼんやりと照らされながら、その日の時間はことさらゆっくりと流れていった。