返礼の祝宴、再び⑤~告白~
2020.9/5 更新分 1/1
「……祝宴の場、乱してしまい、申し訳ありません。私、いったん失礼いたします」
そう言って、プラティカは敷物から立ち上がった。
ゲルドの貴人らが謝罪の言葉を口にする前に、マルスタインが明るい声音で発言する。
「13歳という若年では、心を乱しても致し方あるまい。そのような若さで将来の料理長と見込まれるとは、並々ならぬ才覚だ」
「ええ。その才覚は、僕たちもたった今この場で味わわされましたしね」
ポルアースもすかさず追従すると、アルヴァッハは目礼をして「いたみいる」と応じた。
「プラティカ殿のお気持ちが落ち着くまで、僕たちは食事を続けさせていたきましょう。何せまだ、味見を済ませただけなのですからね」
「うむ。希望の料理を小姓に申しつけていただきたい。また、すでに半刻も過ぎているであろうから、席の移動も自由とさせていただこう」
するとアイ=ファが俺に目配せをしてから、声をあげた。
「では、我々もしばし席を離れることを許されるであろうか? プラティカの様子を見にいきたいのだが」
「ああ、我々はかまわんよ。……アルヴァッハ殿らは、如何かな?」
「うむ。アスタたち、離席するなら、トゥール=ディン、リミ=ルウ、言葉、届けたい、思う。……ただし、アスタの料理、論評、不十分であるため、またのちほど、同席、願えるであろうか?」
「ええ、もちろん。祝宴は、まだ始まったばかりでありますからね」
ということで、俺たちも腰を上げさせていただくことになった。
そうして敷物を離れようとすると、アルヴァッハが「アイ=ファ」と声を投げかけてくる。
「気遣い、感謝する。プラティカ、よろしく願いたい」
アイ=ファは「うむ」とだけ答えて、きびすを返した。
小姓に尋ねると、プラティカは隣の控えの間に案内されたという。いよいよ祝宴らしい盛り上がりを見せ始めた広間を後にして、俺たちは静かな回廊に出ることになった。
「こちらです」と、小姓のひとりが案内をしてくれる。
広間の規模が規模だけに、隣室といってもそれなりに距離があるのだ。そろそろ日も完全に没する頃合いであるはずなので、回廊の壁にはいくつもの明かりが灯されていた。
「失礼いたします。森辺の民、アイ=ファ様とアスタ様をご案内いたしました。ご入室をお許しいただけるでしょうか?」
小姓がそのように呼びかけると、「はい」という低い声が返ってきた。
小姓は恭しい手つきで扉を開き、「どうぞ」と室内を指し示す。
回廊よりもやや薄暗い部屋の中に、俺とアイ=ファは足を踏み入れた。
「プラティカよ、大事ないか?」
背後で扉が閉められるなり、アイ=ファがそのように問い質した。
部屋の奥にたたずんでいたプラティカは、織布で顔をぬぐってからこちらを振り返る。
目もとが赤くなっていたが、それ以外は普段通りのプラティカであった。
その細面は凛々しく引き締まり、紫色の瞳は炯々と輝いている。まだ多少の涙をにじませていたためか、それが燭台の光を反射させて、いっそう眼光が強いようにすら感じられた。
「祝宴の場、乱してしまい、申し訳ありません。祝宴、終わり、待つべきでした」
「それだけお前は、思い詰めていたのであろう。森辺の民はもちろん、ジェノスの貴族らも気分を害したりはしていないので、案ずることはない」
そのように語るアイ=ファとともに、俺はプラティカに近づいていった。
この部屋は、おそらく小姓や侍女のための控えの間であるのだろう。広間や回廊ほど飾りたてられてはおらず、調度の類いも少なかった。
「気持ちが落ち着いたら、あちらに戻るがいい。味見だけでは、腹も満たされぬだろうからな」
「はい。……アイ=ファ、アスタ、お気遣い、感謝します。ですが、私など、捨て置きください。ご心配、無用です」
「心配が無用というのなら、まずはその涙を止めるべきであろう」
厳粛たる声音で言ってから、アイ=ファはふっと表情をやわらげた。
「どうせ祝宴は一刻や二刻も続くのだ。少しぐらい身を休めても、料理が尽きることはあるまい。お前も、腰を落ち着けたらどうだ?」
プラティカはアイ=ファを見つめたまま、新たな涙をぽろりとこぼした。
アイ=ファはそんなプラティカの手を引いて、手近な椅子に腰を下ろさせる。プラティカもアイ=ファも地べたに座ることを好んでいるはずだが、この場には手頃な敷物も存在しなかったのだ。
「……申し訳ありません。悲しいこと、皆無なのですが、涙、止まらないのです」
「うむ。といって、喜びの涙というわけでもないのであろうな。今後の行く末を思って、不安が尽きないのであろう」
そんな風に言いながら、アイ=ファもプラティカの向かいに椅子を引き寄せた。俺もアイ=ファの隣に椅子を並べて、プラティカと向かい合うことにする。
「お前はまだ、13歳であるからな。たったひとりで故郷を離れて異国の地に留まるのに、不安を覚えないわけがあるまい」
「はい。……不甲斐ない、思います」
「しかしお前は、自ら苦難の道を選んだ。それは、勇敢な行いであろう」
とてもやわらかい表情で、アイ=ファはそのように言葉を重ねた。
「シムとセルヴァでは、言葉も異なる。外見も、相応に異なっている。お前も毒の武器で身を守るすべはあるのであろうが、決して安楽な道であるわけがない。……お前は以前も、父親とふたりでセルヴァを放浪していたという話であったな?」
「はい。3年間、修行、続けました。最初の頃、言葉、覚束なかったので……私、とても不安でした」
プラティカはアイ=ファの胸もとに視線を据えつつ、そのように語らった。
その顔はあくまで無表情であるが、わずかに眉が寄せられている。乱れた気持ちを懸命に抑制しているのだろう。
「ですが、その頃、父親、存命でした。父親、かたわらにあれば、孤独、苦しむこと、ありませんでした。西の王国、見知らぬ領地、巡り、修練、重ねる――幸福、日々でした」
「ふむ。言葉も覚束ないのに異国を巡ろうというのは、よほどのことだな」
「はい。父親、自分、足りないもの、西の王国、見出そう、考えたのです。アルヴァッハ様、ご満足のいく料理、作りあげるためです」
「ほう。お前の父親も、アルヴァッハに仕えるかまど番であったのか? それは、初耳だな」
プラティカは、いくぶんきょとんとした感じでアイ=ファの顔に視線を移した。
「私、語っていませんでしたか? すでに、語っていた、思っていました」
「それは、相手がニコラだったのではないか? お前たちは荷車で、夜な夜な語らっていたという話であったからな」
「はい。そのようです。……アイ=ファ、アスタ、話、聞いていただけますか?」
アイ=ファは優しい面持ちで、「うむ」とうなずいた。
プラティカは織布で目もとをぬぐってから、語り始める。
「……私たち、ゲルの都、暮らしていました。母親、幼い頃、魂、返しましたが、父親、料理人として、高い評価、受けていました。そして、4年ほど前、藩主の屋敷、招かれたのです」
「ふむ。あのダイアというかまど番のようなものだな。……それで?」
「それで……父親、すぐに、料理長の座、賜りました。父親、それだけの技量、有していたのです。しかし……1年かけても、アルヴァッハ様、ご満足させること、かないませんでした」
「うむ。あやつはずいぶんと、料理の出来栄えにうるさいようだからな」
「ですが、アルヴァッハ様、正しいと、父親、感服していました。アルヴァッハ様、指摘する部分、確かに、不備、存在すると、父親、納得していたのです。また、納得しつつ、驚嘆していました。アルヴァッハ様、ご満足いただける料理、作りあげること、かなえば、すなわち、至高の料理人たりえると、そのように考え、父親、修行の旅、出たのです」
「その旅に、まだ幼いお前も同行することになったわけか」
「はい。私、望みました。父親、離れて暮らすこと、考えられませんでした」
「それはもちろん、そうであろうよ」
アイ=ファは、目を細めて微笑した。
また新たな涙を浮かべてしまったプラティカは、慌ててそれを織布でぬぐう。
「私もまた、料理人、志していたので、ともに修練、積みたい、願ったのです。西の王国、未知の場所でしたが、私、幸福でした。不安より、喜び、まさっていました。父親、ともに修練し、腕、磨いていく、何よりの喜びだったのです」
「そのような生活が、3年ほども続いたわけか」
「はい。そして、父親、十分な力、体得し、ゲル、目指しました。……その途上、病魔、倒れてしまったのです」
膝に置かれたプラティカの手が、ぎゅっと織布を握りしめる。
「私、父親から、調理道具、受け継ぎました。それとともに、大志、受け継ぎました。父親の亡骸、西の王国、埋葬し、私、ゲル、戻りました。そして、藩主の屋敷、扉、叩いたのです。去年、紫の月です」
「では、お前とアルヴァッハが出会ってから、まだそれほどの時間は過ぎていなかったのだな。それはいささか、意外であるように思う」
「……何故でしょうか?」
「お前たちは、ずいぶん深く絆を結んでいるように感じていたからな。西の王国に旅立つ前にも、アルヴァッハとは面識があったのか?」
「いえ。昨年、初めてです。拝謁、賜り、ふた月半ほどです」
「ふた月半か。それだけの時間で、よくもそこまで絆を深められたものだ」
感じ入ったように言いながら、アイ=ファがふっと俺のほうを振り返ってきた。
俺は「そうだな」と笑ってみせた。
「きっとふたりは、おたがいに尊敬しあっているんだろう。プラティカ本人が、それを一番わかっているんじゃないかな」
「はい。アルヴァッハ様、尊敬しています。藩主の屋敷、訪れて、料理、供すること、許されて、私、父親の言葉、完全に正しいこと、理解しました。アルヴァッハ様、論評、的確です。その言葉、至らない部分、確実、えぐります。私、見えていないもの、アルヴァッハ様、見えています。アルヴァッハ様、料理人ならぬ身ですが、味の調和、見極めています。おそらく、料理人ヴァルカス、匹敵する、思います」
「うむ。確かにあやつらは、どこか通ずる部分を有しているように思える。しかし、アルヴァッハのほうが遥かに他者を思いやる気持ちを備え持っているのであろうな」
そう言って、アイ=ファは静かに微笑んだ。
「そのような主人と巡りあえて、お前は幸福だ。それゆえに、アルヴァッハと離れて暮らすことを苦しく思うのであろう。それは当然の心情であるのだから、何も恥じ入る必要はない」
プラティカはきゅっと眉を寄せたまま、またぽろぽろと涙をこぼしてしまった。
「アイ=ファ、どうして、そのように、優しい笑み、浮かべますか? 私、困惑、覚えています」
「ふむ。私はよほど、情のない人間だと思われていたようだな」
「違います。アイ=ファ、優しいこと、知っています。ですが、その情愛、表に出さない、気性であった、思います。私、間違っていますか?」
「べつだん、間違ってはいなかろう。今はただ、そういった感情を隠すべきではないと判じたまでだ」
優しい微笑をたたえたまま、アイ=ファはそう言った。
「さきほども言ったが、お前は勇敢だ。その勇敢さに、敬意を表したく思っている。……父親が魂を返してから、まだそれほど長きの時間は過ぎていないのであろう?」
「はい。父親、魂、返した、黒の月です。5ヶ月、経っていません」
「わずか5ヶ月足らずか。私も15歳の頃に父親を失ったが、5ヶ月足らずではとうてい悲しみを癒やすことはかなわなかった」
と――アイ=ファは少し遠い眼差しとなった。
「当時の私は族長筋であったスン家とも、それに次ぐ力を持つルウ家とも悪縁を結んでしまい、近在の氏族とも縁を絶っていた。もとより、女衆の身で狩人を志した私は余所の氏族の人間と血の縁を結ぶすべがなかったため、ひとりで生き、ひとりで魂を返す覚悟を固めることになったのだ」
「ルウ家、悪縁、結んでいたのですか? 現状、見るに、信じ難いです」
「当時の私は、自分の志をつらぬくことに必死であったからな。手を差しのべてくれたドンダ=ルウとも、正しい絆を結ぶことはかなわなかったのだ。よって、それから2年後にアスタと出会うまで、私は頑なに孤独な生を歩んでいた」
アイ=ファの青い瞳が、ちらりと俺を見た。
そこにくるめく慈愛の光が、俺の心を温かくしてくれる。
「なおかつ私は、13歳の頃に母親を失っている。不幸の度合いを比べたところで、詮無きことであろうが――私よりも幼き頃に母親を失い、13歳で父親をも失ったお前が、そのように勇敢に生きていることを、私は得難く思っている。お前は決して、不甲斐ない人間などではないはずだ」
「ですが……私、2年もの孤独、耐えられません。アイ=ファ、私より、勇敢である、思います」
「うむ。やはりそのように、不幸の度合いを比べるべきではないのだろうな。私もお前も、それぞれに与えられた苦難を乗り越えて、この場に在るということだ」
プラティカはアイ=ファの言葉を噛みしめるように、しばらく口をつぐんでいた。
それから、おもむろに俺を見やってくる。
「……アスタ、如何ですか?」
「はい。俺がどうかしましたか?」
「私、アルヴァッハ様から、傀儡の劇、内容、聞いています。アスタこそ、数奇な運命、享受している、思うのですが……アスタ、森辺、訪れる前、出来事、お聞きする、禁忌ですか?」
「いえ、禁忌でも何でもありませんよ。ただ、あまり問われることがないだけですね」
「問われない、不思議です。皆、関心、かきたてられないのでしょうか?」
「そうですね。基本的に、俺は記憶が錯綜しているのだろうと思われているので。そんな話を聞いても意味がない、と思われているのかもしれません」
そう言って、俺はアイ=ファを振り返った。
アイ=ファは優しい面持ちのまま、俺を見つめている。そちらにうなずいてみせてから、俺は語らせてもらうことにした。
「俺の故郷は日本という島国で、小さな食堂のひとり息子として生を受けることになりました。俺の父親と何名かの手伝いで切り盛りする、ごくささやかな食堂ですね。物心がついた頃には、俺も手伝いの真似事に励むようになっていました」
「そのように、幼い頃からですか?」
「その頃は、危なっかしい手つきで料理を運んでいたぐらいですよ。ただ、親父が料理を作る姿を見物するのが楽しかったので、自然と手ほどきを受けることになりました。親父にしてみても、べつだん俺に店を継がせようという気はなかったみたいなんで……まあきっと、我が子が自分の仕事に興味を持ったことが嬉しかったんでしょうね」
胸の奥に、ちくりと鋭い痛みが刺す。
きっとアイ=ファもプラティカも、こんな痛みを覚えながら、ずっと語らっていたのだろう。
「だから俺は、何も意気込むことなく、自然に料理人を志すことになりました。親父なんかは、結論を急ぐ必要はないっていう姿勢だったんですけどね。幼い頃から料理にばかり熱中していたので、他の道が考えられなかったのですよ」
「……母親、如何ですか?」
「母親は、俺が7歳の頃に病気で亡くなりました。……それから1年ぐらいは、なかなか笑うことができませんでしたね」
そう考えると、俺もアイ=ファもプラティカも、病気で母親を失っているのだ。
亡くした時期など、関係ない。俺たちは、同じ痛みを経験して、この場に在るのだった。
「それでまあ、近所の幼馴染に助けられながら、ずっと親父の店を手伝って……事件が起きたのは、1年と9ヶ月ぐらい前、俺が17歳の頃ですね。親父が事故で大怪我をして、さらには店が火事になってしまったんです」
「火、不始末ですか?」
「理由は、今でもわかりません。その前からうちの土地を狙ってる連中がいたんで、放火の可能性もありますが……俺には、知るすべがないのです」
俺の心が、痛みとは異なる感覚に包まれた。
何か、背骨を抜かれてしまいそうな心もとなさである。
しかし、今さらそのような感覚に怯むつもりはなかった。
「店には親父が生命よりも大事にしている包丁が――あ、調理刀です。調理刀があったので、俺はそれを取り戻すために、火の中に飛び込んでしまいました。そうして目当てのものをつかんだ瞬間、家が焼け落ちて……自分はそれに圧し潰されたはずなのですが、気がついたらモルガの森に倒れていました」
「……そして、傀儡の劇、繋がるのですね」
プラティカは、深く息をついた。
「不思議です。御伽噺、そのものです。ゆえに、記憶、錯綜している、見なされているのですね?」
「はい。常識では考えられない話でしょうからね。俺自身、いったいどういう運命の悪戯であったのか、見当もつきません。東の方々や外交官のフェルメスなんかには、『星無き民』などと呼ばれているのですが……」
「はい。シム、伝わる、伝承です。ですが、ゲル、星読み、廃れているため、私、わかりません。それもまた、御伽噺、そのものです」
「ええ。俺も『星無き民』というものにはこだわっていません。何であろうと、俺は俺ですからね」
俺は心を偽ることなく、そのように答えることができた。
背筋に這いのぼっていたおかしな感覚も、綺麗に消えている。俺はただ、業火に焼かれる記憶の生々しさが恐ろしいだけであるのだ。
「それで俺はアイ=ファに救われて、森辺の民として生きることになりました。だから以前とは、ずいぶん心持ちも変わっているはずです」
「心持ち、どのように変じましたか?」
「以前の俺は流れるままに、料理人を志していました。いや、志すなんていう覚悟もなく、それが自分の人生なんだと、ごく自然に受け入れていたのです。だけど俺は、たったひとりで見ず知らずの土地に移り住むことになりました。そうしてアイ=ファのお世話になって、自分に何ができるのか……それを思い悩むことになったのです」
そう言って、俺は明るく笑ってみせた。
作り物の笑顔ではない。心からあふれる情動に従っての笑顔である。
「俺にできることなんて、料理ぐらいしかありません。それでもって幸か不幸か、森辺の集落は美味なる料理の概念すら存在しないような状態であったので、まずはアイ=ファに美味しい料理を食べる喜びを教えてあげたかったのです」
アイ=ファも静かな微笑をたたえたまま、俺の言葉を聞いている。
俺は、心のままに自分の思いを語ってみせた。
「そのあたりのことは、傀儡の劇でも描かれていましたよね。俺は自分の力が森辺のお役に立てるんじゃないかと思いたち、あれこれ動き回ることになりました。ジェノスの貴族を含む外界の人々と正しい絆を結ぼうというのも、その一環です。そのために、苦労を惜しむつもりはありません。1度は死んだはずの身なのですから、今度こそ悔いのないように生きてやろう、と……俺は、そんな気持ちで日々を生きています」
プラティカは、赤くなったまぶたを閉ざした。
その薄くて形のいい唇から、やがて低い声音が放たれる。
「理解しました。アスタ、異国の民であるゆえ、特異な調理法、携えていますが……それだけで、アルヴァッハ様、認めること、ありえません。アスタ、情念、結実しているのです。アスタ、調理、己の存在、懸けているのです」
「ええまあ、俺自身は何も大した人間ではないのですが……」
「いえ。私、アスタ、敬服します。私自身、そうありたい、念じているのです」
プラティカがゆっくりまぶたを開くと、その紫色の瞳にはこれまで以上の強い光が宿されていた。
「アイ=ファ、アスタ。私、トトスおよび荷車、買い求めます。再び、森辺、逗留すること、お許し、願えますか?」
「ふん。ようやく気持ちが落ち着いたようだな」
アイ=ファもまた、力強い表情で微笑んだ。
「しかし、それを決めるのは森辺の族長らだ。この場にはすべての族長筋の人間が居揃っているのだから、自分で問い質してみるがいい」
「承知しました。広間、戻りたい、思います」
プラティカは涙で濡れた織布を懐にしまい込み、すっくと立ち上がった。
俺とアイ=ファも、それにあわせて立ち上がる。扉を開けると、そこには小姓ならぬ武官が待ちかまえていた。
「御三方が祝宴の場に戻られる際は、小官がご案内するように申しつけられました。広間に戻られますでしょうか?」
「はい。お願いいたします」
俺たちは、広間を目指して足を踏み出した。
そのさなか、アイ=ファが耳もとにそっと唇を寄せてくる。
「アスタよ。お前が故郷のことをあそこまでつぶさに語るのは、初めてであったはずだな」
「うん。これまでは、聞かれることもなかったからな」
そう言って、俺はアイ=ファに笑いかけてみせた。
「アイ=ファが望むなら、なんでも聞かせるよ。トンボを追いかけて池に落ちた話なんて、なかなか笑えると思うぞ」
「なんだそれは」と、アイ=ファも笑った。
「まあ、そのような話は家でするがいい。今は、祝宴のさなかであるのだからな」
「うん。リフレイアにも声をかけておきたいし、アルヴァッハの論評も拝聴しないとな」
すると、武官について前を歩いていたプラティカが、こちらに向きなおってきた。
「……アイ=ファ、アスタ、密談ですか?」
「なんだ。何やら文句でも言いたげな目つきだな」
「はい。先刻まで、心中、打ち明け合っていて、すぐに密談、悲しいです」
「うつけ者」と、アイ=ファは優しくプラティカの頭を小突いた。
わずかに唇をとがらせたプラティカは、幼子のように愛くるしかった。
そうして俺たちは、さまざまな思いと熱気の渦巻く祝宴の場に舞い戻ったのだった。