返礼の祝宴、再び③~豪華な試食~
2020.9/3 更新分 1/1
小姓たちの手によって、まずは2種ずつの料理が敷物に並べられていった。
いずれも味見ていどのささやかな量であるが、この人数であるのだから大変だ。森辺においては木皿を洗って使い回すのが常であるが、城下町においてはおそらく膨大なる量の食器が準備されているのだろう。
「ふむふむ。まずは前菜と汁物料理に相応する献立であるようですね」
にこにこと笑いながら、ポルアースはそう言った。
そのかたわらで、フェルメスも可憐に微笑んでいる。
「これはどちらも、僕が食せる料理のようですね。いつもながら、アスタたちの配慮はありがたく思っています」
「いえいえ。ゲルドからもたらされた食材は、魚介の食材とも相性がいいように思います」
敷物に並べられていたのは、『シィマとギーゴのサラダ』に『リリオネのつみれ汁』であった。前者はレイナ=ルウ、後者は俺の取り仕切りで作りあげた料理となる。
ダイコンのごときシィマとヤマイモのごときギーゴは生のまま短冊切りにされて、その上からミャンと干しキキの特製ドレッシングが掛けられていた。
大葉のごときミャンと梅干のごとき干しキキの相性は、言うまでもないだろう。タウ油と砂糖と白ママリア酢、そしてパナムの蜜を使った、ノンオイルのヘルシーなドレッシングである。
リリオネというのは、イワナに似た川魚だ。その身をミンチにして、ショウガのごときケルの根、大葉のごときミャン、長ネギのごときユラル・パのみじん切りを混ぜ込んで、つみれ汁のタネとした。他なる具材は、シィマとユラル・パと、ニラのごときペペだ。
汁のほうはアゴのごときアネイラで出汁をとり、ミソ、タウ油、魚醤、ホボイ油、ニャッタの蒸留酒で味付けをして、後掛けの調味料として山椒のごときココリも準備している。ミソの使用は控えめであるため、うっすら具材が透けて見えるぐらいで、深みとコクを追求しつつ、さっぱり仕立てで仕上げていた。
以上のことを、俺は自分が食する前にざっくりと説明する。この祝宴にはゲルドの食材をどのように活用するかという裏テーマがあったため、これも仕事の一環であったのだ。
人々は、満足そうな面持ちで料理を食してくれている。
そして、いち早く料理をたいらげたアルヴァッハが、俺とフェルメスの姿を見比べてきた。
「祝宴、始まったばかりであり、長きの言葉、控えるべき、わきまえている。次の料理、配膳されるまで、多少の論評、許されるであろうか?」
「ええ、なんなりと」
フェルメスの微笑まじりの言葉を受けて、アルヴァッハは語り出した。
その途中でナナクエムが「十分、長広舌である」と発言したが、アルヴァッハの口は止まらない。しかるのちに、その言葉はフェルメスによって通訳された。
「アスタは肉類を細かく刻んで成形するという手腕に長けているが、この料理においてもそれが十全に発揮されている。もとよりリリオネというのはさほど風味の強くない川魚であると任じているが、強い風味を持つミャン、ユラル・パ、ケルの根は、リリオネの風味を殺すことなく、それを引き立てている。なおかつ、ミャンとケルの根がここまでの調和を果たすというのは、新たな発見である。また、煮汁のほうも申し分なく、アネイラなる魚の出汁に支えられて、各種の調味料が見事な調和を果たしている。その上で、後から加えられるココリが最後の調和を果たしていることに、大きな喜びを禁じ得ない。このたびにゲルドからもたらされたミャンやココリや魚醤を主体にするわけではなく、土台の支えと最後の彩りとして使い、それを成功させる、アスタの手腕に敬意を表したく思う」
そうしてフェルメスが語り終えると同時に、小姓たちが新たな料理を携えてきた。
アルヴァッハは、複雑そうな眼差しで小姓たちを見やる。
「次なる料理、楽しみである。……しかし、シィマとギーゴの料理、論評したかったのだが」
「控えよ、アルヴァッハ。時間、いくらでも、残されている」
というわけで、最初の皿は片付けられて、新たな皿が並べられていく。
お次は、『ラットンとドルーの煮つけ』に、『ペレのギバ肉巻き』だ。これまた、前者は俺、後者はレイナ=ルウの取り仕切りで作りあげた料理となる。
「こちらでも、生きた魚が使われているのですね。アスタの心づかいを、心から得難く思います」
ひと仕事を終えたフェルメスが、にこりと微笑みかけてくる。城下町においてはヴァルカス一派しか生鮮の魚を扱おうとしないので、なかなか口にする機会がないのだろう。
ラットンとは、クロダイやティラピアに似た川魚である。俺はこれを、カブやビーツに似たドルーとともに煮つけの料理で使うことになった。
王都の海草で出汁を取り、タウ油、魚醤、塩、砂糖、ケルの根、そしてチットの実で味付けをした、けれん味のないひと品である。
いっぽう『ペレのギバ肉巻き』は、俺が発案してレイナ=ルウが完成させた献立であった。
ペレというのはキュウリに似た清涼なる味わいであるが、俺に思い浮かぶのはおおよそ生食の献立ばかりである。ただ、キュウリの肉巻きというのはなかなか悪くなかったぞという思い出があったため、それをレイナ=ルウに伝授したのだった。
細切りにしたペレに、セージのごときミャンツとヨモギのごときブケラ、それに塩とピコの葉をもみこんだ薄切りのバラ肉を巻き、鉄板で焼き上げながら、タウ油と魚醤ベースの甘辛いタレをからめる。それを冷まして輪切りにして、金ゴマのごときホボイを掛ければ、完成だ。
「うん、どちらも美味しいね! 文句なしの味わいだよ!」
子供のように笑いながら、ポルアースはそう言ってくれた。
「ただ、これは味見だからかまわないけれど、やっぱりフワノやポイタンが欲しいところだね。そちらの準備は、どうなっているのかな?」
「はい。そちらもいくつかの料理を準備しています。個人的に、煮つけの料理にはシャスカがおすすめとなりますね」
「うんうん、想像しただけで美味しそうだ! 味見を終えるのが楽しみなところだなあ」
そしてアルヴァッハも口を開こうとしたが、その頃にはまた小姓たちが近づいてきていた。
それを見て取ったアルヴァッハは、西の言葉で早口にまくしたててくる。
「どちらも、素材の力、十全、活かしている。複雑なる手際、見受けられないが、その分、繊細なる配慮、感じられる。また、以前、ドルーの料理、具材、少なかったこと、不満、述べたてたが、こちらの料理、具材、ドルーのみ、正しいように思う。ラットンなる川魚、およびドルーのみで、調和、果たされている。他の具材、投じれば、この調和、崩れること、必定である。……また、ペレの料理、味付け、素晴らしい。ミャンツ、およびブケラ、配合、見事であるし、タウ油および魚醤の煮汁、調和、完成されている。なおかつ、ギバの胸肉、脂、豊かであり、ペレ、有する、瑞々しさ、緩和し、中和し、調和している。アスタ、レイナ=ルウ、敬意、表したい」
アルヴァッハの言葉が終わる頃には、新たな料理が並べ終えられていた。
今回は、3種の料理である。ただし、その内の2種は以前にも供した『麻婆チャン』と『マロールのチリソース』であり、最後の1種は『ギバのロースとファーナの炒め物』というシンプルな献立であった。
ファーナとは、小松菜のごときゲルドの野菜である。タウ油と魚醤、ココリとミャンツ、あとはミャームーと赤ママリアの果実酒を使っており、炒める油はホボイ油だ。具材はギバのロースとファーナの他に、細切りにしたキクラゲモドキのみが投じられていた。
「これもまた、具材、3種、完成されている。味付け、火加減、申し分ない。香草、調味料、ママリア酒、調和、見事である」
初出の料理を真っ先にたいらげたアルヴァッハが、俺に向かってそのように告げてきた。
俺は、笑顔で応じてみせる。
「こちらの料理を取り仕切ったのは、レイナ=ルウとなります。論評は、どうぞそちらにお願いいたします」
アルヴァッハはほんの少しだけ目を見開き、レイナ=ルウを振り返った。
「こちら、アスタの料理、疑っていなかった。詫びの言葉、申し述べたい」
「とんでもありません。わたしにとっては、何より光栄なお言葉であるかと思います」
レイナ=ルウは、心から誇らしそうに微笑んだ。
アルヴァッハは「うむ」と居住まいを正す。
「レイナ=ルウ、手腕、侮っていたつもり、ないのだが、驚嘆、禁じ得ない。こちら、レイナ=ルウ、発案だろうか?」
「はい。アスタがルウ家にいらっしゃらない日に、わたしが考案いたしました」
「わたしが」と言いきるということは、シーラ=ルウの手も借りていないということだ。ルウ家においては、レイナ=ルウが新作の考案、シーラ=ルウが血族の女衆に既存の料理を手ほどき、と仕事を別にする日も多いのだと聞き及んでいた。
「ココリとミャン、ミャンツとブケラの組み合わせは、幅広く使えるように思います。それをさらに、これまで扱ってきた香草とも組み合わせられるように、修練を積んでいるさなかであるのですが……なかなか時間が足りません」
「うむ。今後、どのような料理、生まれるか、期待、高まるばかりである」
そう言って、アルヴァッハはプラティカを振り返った。
「プラティカ、ルウ家、学んでいた。その心情、如何か?」
「はい。ルウ家、学ぶこと、多いです。レイナ=ルウ、シーラ=ルウ、ミケル、マイム、その手腕、および発想力、驚嘆です」
プラティカは炯々と瞳を光らせながら、そのように答えていた。
プラティカとニコラも、3日に1度はルウ家にお邪魔をしていたのだ。勉強会の時間は俺も同席していたが、それ以降の晩餐の支度や、朝方の下ごしらえの仕事においても、得るものは大きかったはずであった。
「失礼いたします。シャスカとフワノ、およびポイタンの料理をお持ちいたしました」
と、また新たな料理が届けられる。
このたびは、『メレスとベーコンのピザ』『ペルスラのパスタ』『ココリの炊き込みシャスカ』の3種であった。『ココリの炊き込みシャスカ』のみ、以前にも供した料理となる。
「いやあ、すごい品数だね! これは先日の晩餐会以上なのじゃないかな?」
「はい。ゲルドから買いつけた食材のお披露目ということで、ずいぶん品数が多くなってしまいました」
これは、『メレスとベーコンのピザ』がレイナ=ルウの作、残りのふた品が俺の作であった。『ココリの炊き込みシャスカ』は以前と同じようにリリオネの身をほぐしたものを使っているので、フェルメスにも食することが可能である。
メレスというのはマヒュドラ産の、完熟コーンに似た食材だ。それとギバのベーコンをたっぷり使ったピザは、文句なしの美味しさであった。
ペルスラの油漬けは、海辺のドゥラからもたらされた風味のきついアンチョビのごとき食材だ。前回はピザに使用したそれを、今回はパスタで使用した次第である。ミャンツとチットの実とミャームーを使えば、ペルスラの油漬けの特異な風味もいい具合に中和させることがかなった。
「うむ。ペルスラの油漬けという食材も、ずいぶん食べなれてきたように思う。これはこれで、なかなか癖になる味わいであるようだ」
マルスタインは、そのように言っていた。
好奇心を刺激されて、俺は質問の許しを得る。
「ジェノス城の料理長ダイアは、ペルスラの油漬けでどのような料理を作りあげたのでしょう? とても興味深く思います」
「いや、こちらはまだ前菜として、ミャンツやイラなどで和えられたものが供されているばかりだ。ただ、果実酒にはよく合うので、わたしもエウリフィアも好んで口にしている」
なるほど、料理というよりは酒の肴として扱われているらしい。
確かにこれをダイア流の料理に組み入れるのは、なかなかに難儀であるように思われた。
「『ペルスラのパスタ』、好ましい。ミャンツ、チットの実、ミャームー、調和、見事である」
珍しくも、アルヴァッハの論評も控えめなものであった。不満はないが大満足なわけではない、といったところであろうか。俺としても、ペルスラの油漬けに関しては、自分なりに最善を尽くしたというぐらいの心境であった。
レイナ=ルウにとっての『メレスとベーコンのピザ』も、きっと同じような立ち位置であるのだろう。アルヴァッハが多くを語らずとも、レイナ=ルウが無念そうな顔をすることはなかった。
そういったわけで、ついに最後の料理である。
俺の作は『マロマロ仕立ての竜田揚げ』、レイナ=ルウの作は『香味腸詰肉のソテー』であった。
後者を目にしたポルアースは、きょとんと目を丸くしている。
「どうやらこれは、腸詰肉と2種類の具材を炒めた料理であるようだね」
「はい。具材は、ナナールとジャガルのキノコになります」
レイナ=ルウは悠揚せまらず、そのように答えていた。
ナナールはホウレンソウに似た野菜で、キノコはブナシメジモドキを使用している。それを腸詰肉とともにホボイの油で炒めた、究極的にシンプルなひと品であった。
「実はこれは、香草を使った腸詰肉の味を確かめていただきたく思い、準備した品となります。そのために、あえて簡素に仕上げました。ホボイの油の他には、いっさい調味料も使用しておりません」
「なるほどね! それでは、さっそくいただいてみよう」
ポルアースは朗らかに微笑みながら、腸詰肉をかじり取った。
その目が、「ほほう!」と大きく見開かれる。
「これは、力強い味わいだね! 調味料が、不要なわけだ。……いやあ、美味だよ! これが主菜でも文句はないぐらいだ!」
他の人々も、興味深そうに皿を取り上げた。
とはいえ、ゲルドのお人らは表情を動かさないし、フェルメスは獣肉を食せない身だ。なおかつ、俺やプラティカは以前にルウ家で味見をさせていただいているので、関心が表に出ているのはマルスタインとアイ=ファ、ダリ=サウティとヴェラの家長のみであった。
「おお、確かにこれは、美味なる味わいだ。腸詰肉に、香草を練り込んでいるということなのかな?」
マルスタインの問いかけに、レイナ=ルウは「はい」とうなずいた。
「以前に味見をさせていただいたギャマの腸詰肉が美味であったため、ギバ肉でも同じようなものを作りあげることはできないものかと、研究を進めました。アスタやプラティカやミケルの助言を得て、ようやく満足のいく仕上がりとなりました」
「うむ。後から香草を投じても、このような味わいにはならないのだろうな。確かにこれ自体が、ひとつの料理として成立しているかのようだ」
マルスタインも、至極満足そうな面持ちである。
すると、アルヴァッハがフェルメスを振り返った。
「フェルメス殿、通訳、願えるだろうか?」
「ええ、なんなりと」
ナナクエムが制止する間隙も与えず、アルヴァッハは語り出した。
味見のさなかとしては、それなりの長広舌である。
「では、お伝えいたします。……こちらの腸詰肉は、香草の味付けがひとつの完成を迎えているように感じられる。もちろんギバ肉に相応しい香草の組み合わせは無限に存在するのであろうが、その中でひとつの完成形であることに疑いはない。また、これらの配合は腸詰肉という加工の形態にもっとも適しているのであろう。ミャンツ、ブケラ、ナフア、ピコ、ミャームー、ケルの根といったものどもが、細かく刻まれたギバ肉に絡み合い、またとなき調和を果たしている。その配合が、見事である。これは試食の品ということで、ただホボイの油で焼かれたのみであるが、煮込み料理ではどのような味わいと変ずるのか。また、どのような調味料や具材と調和を果たすのか、我は想像力をかきたてられてやまない。次の交易においては、是非ともこちらの腸詰肉も買いつけさせてもらいたく思う」
「ありがとうございます。ただ、こちらは数多くの香草を使っているため、普通の腸詰肉よりもずいぶん値が張ってしまうかと思われますが……」
レイナ=ルウの言葉に、アルヴァッハは自らの言葉で答えた。
「かまわない。準備、お願いする」
ナナクエムは何か言いかけたが、溜め息とともにそれを呑み込んだようだった。
いっぽうで、ポルアースは楽しそうに微笑んでいる。
「ジェノスの城下町においても、この腸詰肉を買いつけたいと願い出る人々が名乗りをあげそうなところだね。それだけの量を準備することはできるのかな?」
「はい。香草の分量については文字で残していますので、どの氏族でも同じものを作りあげることがかなうかと思われます」
「うんうん。それじゃあ、どれほどの値になるかも算出をお願いするよ。それで布告を回させていただくからね」
レイナ=ルウは、とても誇らしそうな面持ちで一礼していた。
彼女の香味腸詰肉に対する熱情が報われたような心地で、俺も嬉しい限りである。また、香草にうるさいヴァルカスがどのような感想を抱くのかも、ちょっと楽しみなところであった。
そうしてようやく、最後の料理となった『マロマロ仕立ての竜田揚げ』である。
ひと口大に切り分けられたその料理を何気なく食したポルアースは、「おお!」と大きな声をあげた。
「これは美味だね! 腸詰肉の話に気が向いていて、すっかり油断してしまったよ!」
「あはは。お気に召したのなら、幸いです」
「いやあ、本当に! 印象としては、今日一番の味わいだなあ」
そこでポルアースは、肉付きのいい首をひねった。
「ただ、この料理はずいぶん昔から城下町でも供されていたよね。食べるたびに味わいが変わるせいか、いまひとつ印象が定まらないのだけれど……いったいどれぐらいの昔にまでさかのぼるのだろうね?」
「さあ、どうでしょう? 城下町で何度か供したことがあるのは確かですが……アイ=ファは、覚えてるかな?」
俺が水を向けると、アイ=ファは「うむ?」とうろんげな顔をした。アイ=ファはこれで、なかなか驚異的な記憶力を有しているのである。
「お前はこの料理を、たつたあげと呼んでいたな? その名で呼ばれる料理は、サイクレウスとシルエルを捕らえたのち、最初に城下町で開かれた晩餐会で供されたはずだ」
「なんと! そこまでさかのぼるのかい?」
「うむ。あとは、王都の監査官に料理を準備するように命じられたときにも供されたはずだな」
「王都の監査官とは、ドレッグ殿のことですね。ならばそれは、9ヶ月ほど前ということになるのでしょう」
こちらもかなりの記憶力を携えていると思しきフェルメスが、打てば響くとばかりに反応する。
「ですが、ドレッグ殿は最初にアスタたちを招集した際、せっかくの料理を床にこぼして護衛犬に食べさせてしまったという話でしたね。もしかしたら、そのときの料理がこちらであったのでしょうか?」
「うむ。まさしくその日に供した料理であろうと思う」
アイ=ファが沈着に答えると、ナナクエムがわずかに上体を揺らした。
「我々、西の貴族、弾劾する立場、あらぬが……そのような振る舞い、不快である。これほど、美味なる料理、床に捨てる、罪である」
「うむ。しかしそれは、のちにファの家の家人となったジルベが食したという話であったからな。きっとジルベも、アスタの料理に満足したろうと思う」
アイ=ファは当時から、非礼な人間よりも犬に食べられたほうがギバも幸福であろう、などと言いたてていたのだ。それよりも、犬が肉以外のものを食して危険はないのだろうかと心配している姿が、俺の心には強く残されていた。
そんなアイ=ファたちのやりとりを聞きながら、マルスタインは「なるほど」とうなずく。
「そしてその前は、初めて森辺の族長らを招いた晩餐会にまでさかのぼるのか。確かにあの日も、ぎばかつとは異なる揚げ料理が出されていたように記憶している」
「うむ。ティマロなる料理人とともに、アスタの料理が出された日だな。なんとも懐かしい話を聞かされるものだ」
ダリ=サウティも、感慨深そうに微笑んでいる。どうやら『ギバの竜田揚げ』は、とりわけ人々の印象に残りやすい日に供されていたようだった。
マルスタインは皿に残されていた料理を食してから、あらためて俺に向きなおってくる。
「しかし、そうしてたびたび口にしているとは思えぬほどの、新鮮な心地だ。おそらくは、供されるたびに使える食材が増えているのだから、味が変わって然りなのであろうが……そもそもこれは、どういった料理であったかな?」
「はい。ギバの背中の肉を各種の調味料で漬け込んで、チャッチの粉をまぶしたのちに、ギバの脂で揚げた料理となります。異なるのは、その調味料の種類となりますね」
あの頃も、俺はあらん限りの調味料を駆使していた。塩とピコの葉とタウ油に、ミャームーと果実酒も使っていたはずだ。その果実酒をニャッタの蒸留酒に置き換えて、豆板醤のごときマロマロのチット漬けと魚醤とケルの根を加えたのが、このたびの『マロマロ仕立ての竜田揚げ』であった。
マロマロのチット漬けがぴりっと辛いので、このままでも美味しくいただくことは可能である。しかし、レモンのごときシールの果汁と白ママリア酢と塩と砂糖で配合した簡単なソースとも相性は悪くなかったので、後掛けの調味料として準備した。
あと、この料理には生野菜サラダも一緒に供するようにと、小姓たちに伝えている。ティノとマ・プラとネェノンと、そしてキュウリのごときペレを加えた千切りのサラダだ。シールのソースはこちらに掛けていただき、竜田揚げとご一緒に召しあがっていただくのがベストなのではないかと思われた。
実のところ、俺が今回担当したギバ料理は、この『マロマロ仕立ての竜田揚げ』のみであったのだ。あとはのきなみ、魚介の料理なのである。
よって、こちらの料理には相応の気合を入れていたのであるが――ポルアースもマルスタインもご満悦の面持ちであったので、俺はほっとさせられた。アイ=ファにはもちろんファの家の晩餐でおほめのお言葉をいただいているし、ダリ=サウティたちは言わずもがなだ。
となると、残るはゲルドの人々のみである。
感情の見えない御三方に、俺は「如何でしょう?」と尋ねてみた。
「……プラティカ、この料理、承知していたか?」
アルヴァッハに呼びかけられて、プラティカは「いえ」と首を横に振る。
「私、この料理、初見です。ファの家、供されること、ありませんでした」
「はい。これはプラティカが城下町に戻ってから考案した料理なのですよね」
「では、準備期間、3日であるか?」
「ええ。さきほどもお話ししました通り、基本の部分はずいぶん昔に考案していましたので、調味料の配合を練りなおしただけですが」
アルヴァッハはひとつうなずくと、おもむろに東の言葉で語り始めた。
このたびは、なかなかその言葉が止まらない。この段階では、満足なのか不満なのかも判然としなかった。不満なときも、決して言葉は飾らないアルヴァッハなのである。
すべてを聞き届けたフェルメスは、無邪気に微笑みながら少女のように可憐な唇を開いた。
「では、お伝えいたします。……こちらの料理もまた、マロマロのチット漬けを主体にするわけではなく、各種の調味料とともに用いることで、その力を十全に引き出している。塩とピコの葉、タウ油と魚醤、ミャームーとケルの根を組み合わせることをアスタは多用しているように感じられるが、それらのすべての組み合わせにマロマロのチット漬けとニャッタの蒸留酒を加えることで、またとなき調和が得られているのだ。『またとなき』とは決して多用するべき言葉ではないのだが、アスタの料理の前には何度となく使うことを余儀なくされている。それが決して軽はずみな心情から発せられているわけではないということを、どうか理解してもらいたい。アスタの料理には、それだけの力が備わっているのである」
そこでフェルメスは「失礼」と言いおいて、アロウの茶で咽喉を湿した。
「なおかつアスタは、揚げ料理を得意としている。『ギバ・カツ』というのは森辺において至高の料理のひとつと見なされている節があるが、我もそれに異論を申し述べるつもりはない。また、さまざまな食材を具材とする『天ぷら』も、汎用性と完成度においては高い評価を下すべきであろう。然して、こちらの『マロマロ仕立ての竜田揚げ』なる料理は――我にとって、決して『ギバ・カツ』に劣る料理ではないように思える。『ギバ・カツ』の衣にはさまざまな細工が施されており、唯一絶対の味と食感を構築しているものと思われるが、チャッチ粉のみで仕上げられているこの料理は、簡素であるにも拘わらず――あるいは、簡素であるがゆえに、『ギバ・カツ』にも劣らない魅力が秘められている。そしてそれは、ギバ肉に施された豪奢なる味付けを十全に活かすための、最善の策であるのだろう。『ギバ・カツ』の肉にこれほどの味付けを施すのは過剰であり、調和を乱すことに疑いはない。豪奢な味付けなど必要としない『ギバ・カツ』も、豪奢な味付けと調和する『竜田揚げ』も、その素晴らしさに勝り劣りはないものと判ずる次第である」
フェルメスが息継ぎをしている間に、俺は「ありがとうございます」と頭を下げた。
「……何よりこの料理は、食感が素晴らしい。屋台において販売されている『ギバの揚げ焼き』のフワノの衣もまた、とても好ましい軽妙なる食感を有しているが、こちらのチャッチ粉の衣は硬さがいくぶん増しており、それが独自の心地好さを形成している。その食感が、内なるギバ肉の弾力と調和して、これほどの完成度をもたらしているのであろう。その絶妙なる噛み心地の中に、さまざまな調味料の織り成す味わいが広がるのは、至福の極致である。そしてまた、これだけの味付けに負けない力強さが、ギバ肉には備わっている。風味に乏しいキミュスの肉でも、また異なる調和が得られるのではないかという可能性もなくはないのであろうが、何にせよ、これはギバ料理ならではの味わいと断ずることがかなおう。然して、ギャマやムフルの肉を使ったならば、いったいどのような味わいになるものか、期待はふくらむばかりであるが――ともあれ、我々のもたらした食材と、我々がジェノスから買いつけた食材によって、これほどの料理を作りあげてくれたアスタには、心からの感謝を捧げたい。我々も、ジェノスの人々も、ひいてはジャガルの者たちも、今後はこれだけ美味なる料理を食せるという希望を手にすることがかなったのだ。我々は、ジェノスにおいてアスタという料理人に巡りあえた幸福を、何度でも祝福したく思う」
そうしてフェルメスは、「ふう」と息をついた。
「以上です。……どうぞあなたも、仕事をお果たしください」
何を言っているのかと思えば、敷物のかたわらには小姓がひっそりと控えていた。
小姓はフェルメスに一礼してから、マルスタインに向きなおる。
「侯爵様。残るは菓子と、プラティカ様の料理のみとなりました。どちらを先にお届けいたしましょう?」
「ああ、どうせ味見なのだから、順番にこだわることはないよ。そちらのいいように取り計らってくれ」
「かしこまりました」と、小姓は去っていく。
それを横目に、ナナクエムはアルヴァッハの腕を肘でつついた。
「味見、終わっていない。アルヴァッハ、謝罪、必要である」
「うむ。……心情、止めること、かなわなかった。謝罪の言葉、申し述べさせてもらいたい」
「いや、べつだん謝罪は必要ないかと思うが……それにしても、よくもそうまで口が回るものだな」
そう言って、ダリ=サウティはゆったりと微笑んだ。
「何にせよ、俺たちの同胞であるアスタの料理がそこまでの感銘をもたらすことができたのなら、誇らしく思う。俺もこの料理は、掛け値なしに美味だと思ったぞ」
「ありがとうございます」と、俺はアルヴァッハとダリ=サウティのそれぞれに頭を下げることになった。
マルスタインやポルアースも、満足そうに微笑んでいる。新たな食材で美味なる料理を作りあげるというのは仕事の一環であったが、それよりも何よりも、この大切な祝宴を俺の料理で彩ることがかなったのならば、喜ばしい限りであった。