返礼の祝宴、再び②~宴の始まり~
2020.9/2 更新分 1/1
プラティカとニコラが白鳥宮にやってきたのは、俺たちが仕事を開始してから一刻ほどが経過したのちのことであった。
「失礼いたします。本日も見学をお許しいただき、心より感謝しています」
扉をくぐるなり、ニコラが深々と一礼してくる。
そのかたわらにたたずむプラティカは、藍色の調理着を纏った姿であった。彼女もこの夜、ひと品だけ料理を供することになっていたのだ。
「私、本日、見学者ならぬ身です。同じ日、厨、預かる、料理番として、よろしくお願いいたします」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします。……おふたりは、これまで行動をともにされていたのですか?」
「いえ。わたしはお屋敷の仕事を片付けるのに手間取ってしまい、遅参してしまいました」
「私、調理、必要な時間、逆算し、参じました。ニコラ、到着、同時となった、純然なる偶然です」
「そうですか。ともあれ、どちらもよろしくお願いします」
作業開始から一刻が過ぎたということで、厨の内部に控える護衛役はドム本家の兄妹に交代されている。しかし、プラティカとニコラは北の集落の収穫祭に参席した身であったので、何も警戒されることはなかった。
プラティカのためにかまどはひとつ空けられており、食材も木箱で別に準備されている。水瓶の水で手を清めたプラティカは、粛々と仕事を開始した。
いっぽうニコラは俺たちの邪魔にならないように配慮しながら、しずしずと厨の内部を徘徊している。彼女たちに言わせれば、宴料理の支度を見学することこそが、もっとも修練になるとのことであった。
「本当に、飽きずによくやるわねえ。あの娘たちは、もうひと月ばかりもああやってかまど仕事を見物しているのでしょう?」
厨の入り口で、レム=ドムの語る言葉が聞こえてくる。それに応じるのは、ローテーションの枠から外れてずっと厨に居座っているアイ=ファである。
「あの者たちも数日に1度は城下町に戻っていたが、まあかまど仕事の見物を始めてからひと月ていどは経っているはずだな。……お前は何か、文句でもあるのか?」
「文句どころか、その執念には賛辞を送りたいぐらいよ。それはつまり、わたしが狩人を志してファの家に居座っていたのと同じようなものなのでしょうからね」
その朗らかな笑顔が想像できるような口調で、レム=ドムはそう言った。
「宴料理の準備を見物するっていうのは、わたしにとって余所の氏族の力比べを見物するようなものなのかしら? そう考えれば、飽きるはずがないわよね。ルウ家の力比べを覗き見したときなんて、それはもう血が滾ってしかたなかったもの」
「あるいは、余所の氏族の狩りに同行するようなものなのやもしれんな。お前もしばらくは、ルウ家の狩りに同行していたのであろう?」
「ええ。あれも得難い経験だったわよ。わたしが的当てで勇士になれたのは、間違いなくルド=ルウやジーダのおかげでしょうね」
ディック=ドムが負傷をして、ルティムの家に逗留している間、レム=ドムはルウ家でお世話になっていたのだ。そしてまた、それは復活祭からモルガの聖域における騒動、そして《銀の壺》の送別会までの期間であったため、俺やアイ=ファもあまり腰を据えて詳細を聞く機会がなかったのだった。
「ねえ、次にファの家が収穫祭を行うときは、わたしやディックを招待してよ。こっちは収穫祭ばかりじゃなく、ディックとモルン=ルティムの婚儀にだって招待するのだから、それぐらいしてくれたっていいでしょう?」
「ふむ? こちらの収穫祭は、ゲオル=ザザが見届けていたはずだが」
「だから、あいつばっかりずるいって言ってるのよ! 後から話を聞かされるだけなんて、装束の上から愛撫されるようなものじゃない?」
「うつけ者! ……私の独断で客人を招くことはできん。お前もまずは、親筋の家長たるグラフ=ザザに申し出るべきであろうな」
どうやらレム=ドムは城下町に対する関心が薄いらしく、驚くほどに平常モードであるようだった。
以前にディンやリッドの男衆らが護衛役を受け持ったときなどは、かまど番たちに負けないぐらい心を弾ませていたものであるが――まあ、それこそ個人差というものであるのだろう。森辺においても、すべての人間が外界に強い関心を抱いているわけではないのだ。
それからさらに一刻ほどが経過して、ドムの兄妹がダナの家長とジーンの長兄に交代となったとき、来客が告げられた。やってきたのはゲルドの貴人らとポルアース、それにフェルメスという豪華なメンバーである。
「仕事、最中、申し訳ない。挨拶のため、参じた次第である」
「いえ、ご丁寧にありがとうございます」
以前の返礼の祝宴でも、アルヴァッハたちはこうして挨拶に出向いてくれたのだ。それは彼らの誠実さの表れであるのだから、俺が忌避する理由などはこれっぽっちも存在しなかった。
「仕事、順調であろうか?」
「はい。まったく問題はありません。……プラティカもお呼びしましょうか?」
厨の外まで出向いてきたのは、俺とアイ=ファとニコラのみであった。ニコラは自分の主人であるポルアースに挨拶をするため、出てきたのだ。
しかしアルヴァッハは、「否」と首を横に振った。
「プラティカ、さきほどまで、行動、ともにしていた。挨拶、不要である。……今宵、プラティカ、どのような料理、供するか、楽しみである」
「はい。昨日や一昨日は、プラティカの料理を召しあがっていないのですね?」
「うむ。プラティカ、修練、取り組んでいた。これまでの経験、結実させるべく、励んでいるのであろう。ひと月、修練、どのように実を結ぶか、楽しみである」
それは俺としても、楽しみなところであった。
森辺において、プラティカはずっと晩餐作りを手伝ってくれていたが、独自の料理というのはアルヴァッハたちを招いた夜に出してくれたきりであったのだ。
「森辺の料理にプラティカ殿の料理まで味わえるとは、なんとも豪勢な夜でありますね。僕も晩餐会の開始を心待ちにしております」
にこにこと笑いながら、ポルアースはそう言った。フェルメスも、ゆったりとした面持ちで微笑んでいる。この豪華なメンバーと半月で3回や4回も祝宴をご一緒できるというのは、何やら奇妙な心地であった。
(本来だったら顔をあわせる機会もないぐらい、高貴な生まれのお人たちなのにな。なんだかちょっと、感覚がマヒしちゃいそうだ)
ともあれ、貴き人々と交流を深めるのは、夜のお楽しみである。
アルヴァッハたちも長きの時間を居座ろうとはせず、早々に退却していった。
その中で、タイミングをずらしたフェルメスが俺にそっと耳打ちをしてくる。
「先日の収穫祭では、期待していたほどアスタと語らうことがかないませんでした。本日はその分まで、どうぞよろしくお願いいたします」
「はい。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
あの日は料理をこしらえたのがのきなみザザの血族であったため、アルヴァッハの長広舌はそちらに爆撃されることになったのだ。そうすると、通訳をつとめるフェルメスも一緒に引き回されることになり、自然と俺が接する時間は減じられたのだった。
フェルメスは仏頂面のアイ=ファにもにこりと微笑みかけてから、アルヴァッハたちの後を追っていく。その影たるジェムドもアイ=ファに目礼をしてから、きびすを返すことになった。
「ふむ。祝宴の場を離れても、あの貴族たちの印象というものに変わりはないようだ」
と、ハヴィラの長兄がゲオル=ザザへと語りかけた。俺には丁寧な言葉で接してくれるハヴィラの長兄であるが、同年代の生まれであるゲオル=ザザに対しては、こういった言葉づかいであるのだ。
「ゲルドの貴人らは狩人らしい気性であるし、ポルアースは明朗で屈託がなく、フェルメスは――いささか内心は読みにくいが、居丈高なところは感じられない。貴族というのは、もっと高慢で扱いづらいものだと考えていたのだがな」
「ふふん。貴族といえども、人間であるのだ。ひとりずつ気性が違っていても、おかしなことはあるまい?」
「うむ。言われてみれば、その通りか。俺たちとて、ひとりずつ気性は違うのだからな」
なかなか興味深い論議であったが、俺は厨で仕事の続きに取りかからなくてはならなかった。
「お待たせ。トゥール=ディンも、そろそろ菓子の下ごしらえを始める頃合いかな?」
「はい。こちらの仕事がひと区切りついたら、取りかかろうかと思います」
仕事中のトゥール=ディンは、これまで以上に自信にあふれている。やはり、屋台の商売や祝宴の取り仕切り役を担っている内に、確かな成長を遂げたのだろう。日常においては控えめで、おずおずとした態度も健在のトゥール=ディンであるが、こと調理に関わる場においては弱気の顔が覗くこともなかった。
それにこの半月は、休業日のたびにオディフィアと顔をあわせている。今日の菓子もオディフィアに食べてもらえると思えば、いっそうの気合が入るのだろう。真剣きわまりない中に、どこか幸福そうなオーラも入り混じっているように思えてならなかった。
(やっぱり、貴族と祝宴をともにできるってのは、いいもんだな)
これまで貴族と接点のなかったハヴィラの長兄も、ああして新たな印象を抱く段に至っている。トゥール=ディンやゲオル=ザザが紡いできた貴族たちとのご縁が、血族たる人々にも届いたという証であろう。トゥラン伯爵家にまつわる騒乱の解決を出発点として、貴族たちと新たに築いてきた関係性が、いよいよ基盤を整えられたような感触があった。
「アスタ。こちらの仕事が一段落いたしました。菓子の下ごしらえに取りかかろうかと思います」
「了解。また後で、よろしくね」
トゥール=ディンはぺこりと頭を下げてから、こちらの作業台を後にした。菓子の担当は、トゥール=ディンとレイ=マトゥア、リミ=ルウとララ=ルウの4名である。手が空いた者から、順次トゥール=ディンと合流する手はずになっていた。
本日の仕事も、いよいよ折り返し地点であろう。ダゴラとミームの女衆に指示を送りつつ、俺はあらためて厨の様子をうかがった。
ユン=スドラもマルフィラ=ナハムを右腕として、順調に作業を進めている。レイナ=ルウとシーラ=ルウが取り仕切るルウの血族のほうも、問題はないようだ。雨季を前にして気温が下がりつつある昨今であるが、この場にはかまど番とかまどの火がもたらす熱気がぞんぶんにたちこめていた。
と――そんな中で、プラティカはひとり黙々と作業を進めている。
彼女は俺たちや城下町の料理人に手伝いを頼むことなく、ひとりで調理に取り組んでいるのだ。たとえ1種の料理であっても、晩餐会の参席者は40余名であるのだから、それなりの分量であるはずだった。
「プラティカ、調子は如何です?」
俺がそんな風に声をかけたのは、プラティカのほっそりとした背中から、何かしらの空気を感じ取ったゆえであった。
とても張り詰めた気迫を漂わせながら、どこか孤独そうな――たったひとりで重い荷物を背負っているような、そんな寄る辺のなさである。
が、こちらを振り返ったプラティカの顔は、いつも通りの凛々しい無表情であった。
「はい、順調です。問題、ありません」
「そうですか。プラティカの料理を口にできるのはひさびさなので、とても楽しみです」
「はい。アスタ、感想、いただけたら、光栄です」
その紫色の瞳も、これまで通りに炯々と輝いている。
どこかアイ=ファにも通ずるものがあると感じられた、とても好ましい眼光と気迫である。
だけどやっぱり、彼女は13歳の若年であるのだ。狩人として完成されているアイ=ファとは異なり、彼女には懸命に自分の脆さを押し隠しているような気配が感じられた。
(だから余計に、尊敬の念をかきたてられるのかもしれないな)
そんな思いを胸に、俺は自分の仕事に戻ることにした。
もっともっと、プラティカの力になってあげたいと思う。しかしそれは、今この場ではない。この日に俺ができるのは、プラティカがひとりでどのような力を示すことがかなうか、それを見届けることだけだった。
◇
そうして、下りの五の刻――日没の一刻前となり、返礼の晩餐会の開始である。
すべての料理を仕上げた俺たちは、いざ会場に向かうことになった。
しかしさすがに今回は、すべてのかまど番と護衛役が出向くわけにはいかない。なにせこちらは、総勢で22名の大所帯なのである。
それでもアルヴァッハたちはまったくかまわないと言ってくれたが、すべての料理を人数分準備するのはこちらにとっての負担となってしまうため、半数ぐらいの人間は別室で晩餐をいただくことになっていた。晩餐会に参席するのは、俺、アイ=ファ、トゥール=ディン、ユン=スドラ、マルフィラ=ナハム、レイ=マトゥア、レイナ=ルウ、シーラ=ルウ、ララ=ルウ、リミ=ルウ、ゲオル=ザザ、ディック=ドムの12名である。
「こちらはこちらで見慣れない人間がたくさんいるのだから、十分に楽しめるわよ。それじゃあ、また後でね」
そんな言葉を残して、レム=ドムたちは控えの間に消えていった。
まあ確かに、ザザの血族にルウの血族、それに小さき氏族の女衆と、なかなか普段にはない組み合わせである。その中で、ただひとり城下町の民として加わるニコラは、なかなかの緊張の面持ちであった。
プラティカは晩餐会に参ずるが、ニコラは参じない。彼女はダレイム伯爵家の侍女であるため、晩餐会においては貴族と席を同じくすることが許されないのだ。これもアルヴァッハたちであれば鷹揚に許しをくれそうなところであったが、ポルアースらはジェノス流のしきたりに従う道を選んだのだった。
「こちらの晩餐で供されない料理も味見をさせていただけたのですから、何の不服もあろうはずがありません。本日も得難き体験をさせていただき、まことにありがとうございました」
仏頂面で殊勝な言葉を残しつつ、ニコラもまた控えの間に消えていく。
そうして俺たちは、料理を運ぶ小姓たちの案内で、晩餐会の会場に導かれることになった。
場所は前回と同じく、小ホールと呼びたくなるような広間である。
また例によって不要なスペースは衝立で隠されているが、前回よりは広めに空間が確保されている。貴族側の参席者が、前回の20名から30名に増員されたためである。
もともと設置されていた卓や椅子も、衝立の裏に隠されているのだろう。この日も足もとには絨毯の上に敷物が重ねられて、人々はそこに座している。シムの習わしに基づいた、晩餐会の様相である。
「失礼いたします。森辺の方々をご案内いたしました」
ワゴンを運ぶ小姓たちに続いて、俺たちも順番に入室をしていく。
招待客であったジザ=ルウとダリ=サウティ、それにお供のルド=ルウとヴェラの若き家長も、すでに貴族にまじってあぐらをかいていた。
「ご苦労であった。配膳、不要であれば、着席、願いたい。場所、自由である」
もっとも奥まった敷物から、アルヴァッハが重々しい声を投げかけてくる。
本日は南の使節団の晩餐会を踏まえて、変則的なバイキング形式であるのだ。料理は、小姓たちが配膳してくれる段取りになっていた。
場所は自由とのことであったが、俺は責任者としてアルヴァッハのもとに参じなければならないので、アイ=ファとレイナ=ルウに同行を願うことにした。名目上の責任者は俺となるが、実務上はレイナ=ルウも半分の料理の取り仕切り役であったので、長広舌を拝聴する資格が生じるのだ。
菓子の責任者であるトゥール=ディンもそれは同様であるが、すぐ隣の敷物に侯爵家の第一子息のご一家が控えていたので、ゲオル=ザザやディック=ドムともどもそちらに座ってもらうことにした。
こちらの敷物には、アルヴァッハ、ナナクエム、マルスタイン、ポルアース、フェルメス、そしてダリ=サウティにヴェラの家長という錚々たるメンバーが募っている。俺とアイ=ファとレイナ=ルウに、あとは普段の装束に着替えたプラティカがそこに加わることになった。
貴族の参加人数は前回の1・5倍になるが、やはり格式の高い順に参席者が選ばれたのだろう。侯爵家と伯爵家の見知った顔は、勢ぞろいしている。それに、前回は不在であった外交官補佐のオーグや、それにメリムも参じている。イーア・フォウ=スドラを通じてメリムと知遇を得たユン=スドラは、レイ=マトゥアやマルフィラ=ナハムを率いてダレイム伯爵家の敷物に向かった。
サトゥラス伯爵家の敷物にはジザ=ルウとルド=ルウが控えており、シーラ=ルウとララ=ルウはそちらに足を向ける。リミ=ルウもそれに同行していたが、途中でシーラ=ルウに耳打ちをして、トゥラン伯爵家――リフレイアとトルストのもとに、単身で乗り込んだ。あとからルド=ルウがそちらに席を移したのは、おそらくジザ=ルウの指示であろう。これにて、侯爵家と伯爵家のもとにはおおよそ均等に森辺の民が割り振られることになった。
「では、返礼の晩餐、始めたい、思う」
すべての人間が腰を落ち着けたのを見届けて、アルヴァッハとナナクエムが立ち上がった。
「このたび、ジェノスとゲルド、交易、締結したこと、心より、喜ばしく思う。また、南の貴族、介入により、交易の規模、さらに拡大、見込まれている。我々、ジャガル、友、成り得ないが――ジェノス、仲介により、新たな道、開けたこと、喜ばしく思う。これこそ、四大神、導きであろう、思う次第である」
豪奢な敷物に座した人々は、粛然とアルヴァッハの言葉を聞いている。
ゲルドの貴人らも2度目の来訪とあって、以前よりも交流を深めることがかなったのだろう。以前の晩餐会よりも、人々はさらに安らいだ面持ちとなっていた。
「また、長きの逗留、なってしまったが、ジェノスの人々、歓待、心より感謝している。森辺の民、助力、願い、返礼させていただきたい。この日、喜び、分かち合えること、幸いである」
ふたりは指先を奇妙な形に組み合わせて一礼し、敷物に着席した。
するとそれと入れ替わりで、今度はマルスタインが腰を上げる。
「では、わたしからもひと言。……本日の晩餐会はゲルドの貴人らのご要望により、南の使節団を歓待した晩餐会の様式にならうこととなった。この場に参じた者たちの多くは、その様式についても承知していよう。料理の取り分けを小姓らに命じるもよし、自らの目で物色するもよし。また、席を動くことも自由である」
その晩餐会に参席していなかった人々も、事前に話を聞いていたのだろう。誰もが落ち着いた面持ちでマルスタインの言葉を聞いている。
「ただし、最初の半刻ほどは同じ場所でくつろいでもらいたい。そのために、料理は味見ていどの分量をひと通り配るよう、小姓たちに申しつけておいた。それで味を確かめたのち、希望の料理を取り寄せていただきたい」
そうしてマルスタインが着席すると、小姓たちが一斉に動き始めた。
すべての料理をすべての参席者に配膳するというのは、かなりの大仕事になるのだ。小姓や侍女の人数はこれまで見てきた中で最大であり、まさに人海戦術という様相であった。
「聞いたところによると、これは森辺の祝宴に近い様式であるそうだね。やはり森辺の料理人が宴料理を供するには、この様式がもっとも相応しいということなのであろうか?」
マルスタインがそのような疑念を呈すると、族長たるダリ=サウティが「そうなのであろうかな」と微笑んだ。
「確かにこれは、ルウやファの関わる祝宴に似た様式であるように見受けられる。ただし、森辺の様式というよりは、やはりアスタがもたらした様式なのであろう」
「ほう。サウティでは、こういった様式をもちいていない、と?」
「いや、サウティでもルウやファの祝宴を見習っているが、そのために数多くの木皿や匙を買いつけることになった。もともとの森辺の祝宴においては、肉と野菜を煮込んだ鍋と、焼いた肉しか存在しなかったので、そこまでの木皿は必要なかったのだ」
そう言って、ダリ=サウティは俺のほうに視線を転じてきた。
「俺が最初に見た祝宴は、ルウの血族の収穫祭であったかと思うが……あの頃には、まだそこまでの木皿も準備されていなかったはずだな?」
「はい。あの頃は、まだ屋台でも木皿を使っていませんでしたからね。ルウ家でも多少は木皿を買い足したようですが、まだゴヌモキの葉などに料理を取り分けたりもしていたと思います」
ダリ=サウティが言っているのは、俺とアイ=ファが初めて参席を許された収穫祭であるはずだった。あの時期、ダリ=サウティは血抜きや解体の技術を学ぶため、ルウの集落に逗留していたのである。
「あれは、ザッツ=スンらが処断されてすぐのことであったはずだから……一昨年の、青の月の終わり頃ということか」
「そうですね。1年と7ヶ月ぐらいが経っているかと思われます」
「その1年と7ヶ月で、ずいぶんな様変わりを果たしたということだ。それより以前は、血抜きもしていないギバの肉と野菜を煮込んで、塩をいれるだけの料理であったのだからな」
そう言って、ダリ=サウティは楽しそうに微笑んだ。
「もちろんその頃も、俺たちは満ち足りていた。美味なる料理という考え自体が存在しなかったのだから、不満の持ちようもなかったのだ。しかし俺たちは、美味なる料理によってさらなる喜びと力を得ることができた。それをもたらしたのがアスタであるということを、決して忘れてはならないと思う」
「そ、それは光栄です」
これだけの貴族たちが見守る中でそのような言葉を賜ってしまい、俺は思わずへどもどしてしまった。
いっぽうアイ=ファはぴんと背筋をのばしたまま、謹厳なる面持ちでダリ=サウティの言葉を聞いている。その青い瞳に浮かぶ誇らしげな光が、俺の心を温かくくるんでくれた。
「1年と7ヶ月、か。それは決して短からぬ時間であるが、しかしそれでも驚くべき勢いで森辺の生活は変化を果たしたということになるのであろうな」
ゆったりと笑いながら、マルスタインはそう言った。
「そしてついには、アスタのもたらした変化がジェノスの城内にまで及んだのだ。この祝宴の様式を今後も取り入れていきたいと願う人間は多いのだよ、アスタ」
「あ、そうなのですか?」
「うむ。この様式であれば、祝宴においても皿を使う料理を口にすることがかなうからな。座る場所を準備しつつ、好きに移動をしてもよいという取り決めも、なかなか奔放で楽しかろう」
どうやらマルスタイン自身も、こういった様式を喜んでくれている様子である。
俺は素直な心情で、「光栄です」と頭を下げてみせた。
「自分としては、皿を使わない料理で統一するというのも、6種の料理に限定するというのも、なかなか難しい部分がありましたので、こういった様式を許していただけるのはありがたく思います」
「うむ。これで森辺の料理人らの力が余すところなく発揮できるというのなら、我々にとってもありがたい話だ」
マルスタインがそんな風に言ったとき、「失礼いたします」と小姓たちが近づいてきた。ついに、最初の料理が到着したのだ。
ずっと不動で座していたアルヴァッハは、恒星のように青い瞳をきらめかせていた。