返礼の祝宴、再び①~新たな顔ぶれ~
2020.9/1 更新分 1/1
いよいよ雨季の気配が強まる、赤の月の2日――俺たちは、日も高い内から城下町を目指していた。
本日は、ゲルドの貴人の主催で行われる、返礼の祝宴である。アルヴァッハたちの帰還にはまだ半月以上の日が残されていたが、本格的な雨季がやってくる前にと、その祝宴は当初の予定通りに開催されることになった。
茶の月の半ばから、俺たちは屋台の休業日のたびに祝宴への参席を余儀なくされている。茶の月の14日に開かれたトゥラン伯爵家の晩餐会を皮切りに、ジャガルの使節団を歓待する晩餐会、北の集落の収穫祭と、これで4度連続の祝宴となるのである。
しかしもちろん、俺たちがその状況を嘆いているわけではなかった。いずれの祝宴も、さまざまな人々と絆を深めるための大事な機会であったのだ。大きな苦労を担った分、大きな喜びを得ることができるのだと、誰もがそのように考えているはずであった。
そういったわけで、いざ城下町である。
本日も、南の使節団を歓待する晩餐会に劣らないほどの人数が、城下町を目指していた。
というか、アルヴァッハたちにどれぐらいの規模で祝宴を開けるかと打診されたので、この前の晩餐会と同程度であれば問題はないとお答えしたので、この人数と相成ったのだ。
今回も、ファの家とルウの家で別個に精鋭部隊を選出している。
ただしファの家のほうは、何名かの人員を入れ替えていた。公平性を期すために、これまで参加していなかった氏族の女衆に声をかけることになったのだ。
トゥール=ディン、ユン=スドラ、マルフィラ=ナハム、レイ=マトゥアの4名はそのままで、フェイ=ベイムとラッツの女衆の代わりに、ガズ、ダゴラ、ミームの女衆を呼んでいる。次の機会には、ラヴィッツ、ヴィン、アウロ、スン、それに、フォウやランの人々にも城下町における調理というものを体験してもらいたく思っていた。
ルウ家のほうは、前回と同じくレイナ=ルウ、シーラ=ルウ、ララ=ルウ、リミ=ルウ、マイム、ルティムの女衆に、ヤミル=レイを加えていた。ヤミル=レイがファの家の手伝いではなくルウの血族として働くのは、実にひさかたぶりのことだ。レイナ=ルウはけっこうシビアな実力主義であるために、ヤミル=レイの腕を見込んでその役目を与えたようだった。
そうして護衛役に関しては、なんと北の集落およびダナとハヴィラから選出されていた。
まあ、彼らは休息の期間であるのだから、何もおかしなことではないのだが――しかし、15名にも及ぶかまど番の中で、ザザの血族はトゥール=ディンのみである。それでもグラフ=ザザが自ら護衛役の準備を申し出たのは、俺たちの行いを他人事とは考えていない証であるのだろうと思われた。
なおかつ、そちらから遣わされてきた狩人は6名で、ゲオル=ザザ、ディック=ドム、ジーンの長兄、ハヴィラの長兄、ダナの家長、そしてレム=ドムという、実に錚々たる顔ぶれであった。ジーンの長兄を除けば全員が勇者か勇士であるし、レム=ドムを除けば全員が本家の家長かその長兄であったのだ。
「こやつらも、家人たちに城下町の様子を伝えるという役割があるからな。ならばまずは、立場のある人間を集めるのが相応であろうよ」
城門の前でおちあったゲオル=ザザは、そのように語らっていた。
ちなみに族長代理である彼とお供のディック=ドムだけは、祝宴の招待客でもある。夜には、ジザ=ルウやダリ=サウティたちもやってくる手はずになっていたのだ。
そしてもちろん、アイ=ファは問答無用で同行していたため、現時点での総勢は22名となる。
送迎の車の御者として登場したガーデルは、北の狩人たちのかもしだす猛烈な気配にすっかり委縮してしまっていた。
「で、で、では、こちらにどうぞ。は、白鳥宮にご案内いたします」
10名乗りのトトス車が3台も準備されていたので、俺たちはゆったりと座することができた。
俺と同乗した狩人は、アイ=ファとドム家の兄妹である。車の扉が閉められて、余人の耳がなくなると、レム=ドムはさっそく冷やかしの声をあげてきた。
「アイ=ファもアスタも、この前はお疲れ様。不肖の兄が、迷惑をかけてしまったわね」
「迷惑だなんて、そんなことはないよ」
「でも、婚儀の約定を交わす姿なんて、余所の人間に見せるものではないでしょう? アスタに至っては、それを2度も目にしてしまったわけだしねえ」
にまにまと笑うレム=ドムのかたわらで、ディック=ドムは彫像のように不動にして無表情である。
すると、その代わりとばかりにアイ=ファが眉を逆立てた。
「レム=ドムよ、兄の婚儀をそのように揶揄するのは、感心せんな。お前はディック=ドムにとって、ただひとりの家族であるのだぞ?」
「たったひとりの家族だから、これまでたいそうやきもきさせられることになったのよ。まあ、わたしも狩人になりたいなんて言い出してディックをやきもきさせたから、これでおあいこなのかもしれないけれどね」
そう言って、レム=ドムはくすくすと笑い声をたてた。
もしかしたら、ふたりの婚儀を喜ぶあまりにテンションが上がっているという面もあるのかもしれない。婚儀の約定を見届けていた際も、レム=ドムは満面の笑みであったのだ。
「それにしたって、最悪な時期を選んだものよねえ。婚儀の約定を結んでも、祝宴を開けるのは2ヶ月後よ、2ヶ月後! それまで指1本ふれることも許されないなんて、わたしだったら欲情のぶつけどころに困ってしまいそうなところだわ」
「いい加減にせんか」と、アイ=ファはレム=ドムの頭を引っぱたいた。
それから、不動のディック=ドムに対して目礼をする。
「余所の家人に手をあげるというのはつつしむべきであろうが、どうにも我慢がならなかった。ドムの家長たるディック=ドムに謝罪の言葉を届けたい」
「謝罪は、必要ない。こちらこそ、不出来な家人が場を乱してしまい、謝罪するべきであろう」
「何よ、もう。堅物同士で手を組んじゃって。……それじゃあわたしは、アスタと仲良くさせてもらおうかしら」
「ちょっと、レム=ドムも落ち着きなってば。今日の仕事は、護衛役だろ?」
「ふん。相手が城下町の人間じゃあ、やりがいのある仕事とは言えないわね。この車でトトスの手綱を握ってるやつなんて、剣士とも思えないような軟弱者じゃない」
「あれはガーデルといって、大罪人シルエルを処断した兵士であるぞ」
厳しい声音で、アイ=ファはそう言った。
「確かにあやつは兵士らしからぬ繊細な気性をしているようだが、若い狩人ぐらいの力量を備えている。今のお前では、太刀打ちできなかろうな」
「へえ! あのおどおどとした男衆が? 人は見かけに寄らないものねえ。……まあ、あのロロという娘だって、見かけからは想像もつかないような力を持っていたけどさ」
いきなり思いも寄らない名前が飛び出したが、そういえばレム=ドムはかつてロロにも力比べを挑んでいたのだ。たった1日限りのことではあったが、あの経験もレム=ドムにとっては大きな糧であるのかもしれなかった。
そうしてレム=ドムが車内を賑わせている間に、白鳥宮へと到着する。
まずは、浴堂だ。俺はザザの血族の誇る有数の狩人たちと身を清めるという、なかなかとてつもない栄誉を授かることになった。
収穫祭においても裸身を拝まされていたものの、このように間近でともに身を清めるというのは、やはり別次元の体験であった。
なんと言っても特筆するべきは、ディック=ドムであろう。身長は190センチオーバーで、森辺の狩人らしく手足の長いしなやかなスタイルであるのだが、身体の厚みや筋肉量が規格外である。俺が知る中で、彼はミダ=ルウとジィ=マァムに次ぐ巨体の狩人であるのだった。
「いやあ、これが浴堂というものですか。噂には聞いていましたが、奇妙な心地ですねえ」
と、かたわらから穏やかな声を投げかけられてくる。的当ての勇者である、ハヴィラの長兄である。
「そして、自分がこのようなものを体験できるとは思ってもいませんでした。ファの家のアスタは、もう2年近くも前からこのような行いを課せられていたわけですね?」
「はい。次の白の月で、2年目となりますね」
「おや。それではまだ、1年半ほどであるのですか」
「はい。俺が初めて浴堂に案内されたのは、城下町にさらわれたときでありましたので」
「ああ、それは懐かしい。……でもその頃はまだ、アスタの存在をどのように受け止めるべきかもわかっていませんでした」
彼はハヴィラの狩人の中でも、とりわけ穏やかな気性であった。なおかつ、俺が1歳年長であると知るなり、こうして言葉づかいまで改めてくれたのである。
「あの頃は、ファの家の行いが正しいかどうか、見定めようという時期でありましたからね。俺なんかは、アスタのせいで貴族との悪い縁が余計にこじれてしまうのではないかと考えてしまっていました」
「はい。そうはならないように心がけているつもりです」
「もちろん、そうはなっていないのでしょう。でなければ、すべての家長たちがファの家の行いを認めるわけがありませんからね」
そう言って、ハヴィラの長兄はにこりと微笑んだ。
「それに俺は、ゲオル=ザザやトゥール=ディンからもファの家のことを聞くことがかないました。今では何も疑っていませんので、どうぞご安心ください」
「ありがとうございます。そんな風に言っていただけると、ほっとします」
すると、ジーンの長兄と語らっていたゲオル=ザザがこちらに近づいてきた。
「お前たちは、ずいぶん気が合うようだな。しかし、身を清めるのはもう十分ではないか? 俺はそろそろ息が詰まってきてしまったぞ」
「はい。それでは、出ましょうか」
そうして女衆らが身を清めるのを待つ間、俺はダナの家長やジーンの長兄とも交流を結ぶことがかなった。
なんだかんだで、収穫祭では個別に言葉を交わす機会が少なかったのだ。こうして立ち話をできるだけで、俺にはたいそう有意義に感じられた。
「俺はずいぶん以前にも、お前と顔をあわせているのだぞ。まあ、言葉を交わしたわけではないがな」
「あ、俺も覚えておりますよ。城下町でサイクレウスたちと対決した日のことですよね? たしか、城壁の外に控える狩人たちの取りまとめ役を受け持っていませんでしたか?」
「ほう。ひと言も口をきいていないのに、よくも覚えていたものだな」
「ええ。ジーンの家長とは家長会議で対面していましたので。このお人がその長兄かと、印象に残っておりました」
「俺の親父とて、お前と言葉を交わしてはおらぬはずだ。まあ、家長会議で怒鳴りつけたりはしていたのかもしれんがな」
そう言って、ジーンの長兄は愉快そうに笑った。
ギバの毛皮のかぶりものをしており、北の狩人らしく迫力のある面相であるが、それでも20歳前後の若い狩人であるのだ。ゲオル=ザザと同様に、その内側には若者らしい屈託のなさも隠されていたようであった。
いっぽうダナの家長は、20代半ばの若き家長だ。ガズラン=ルティムやダリ=サウティほどの落ち着きは感じられないが、氏族の長であるという自負と情熱にあふれている。ラッツの家長ほどではないが、かなりアクティブな気性であるようだった。
「そういえば、俺も聞きたいことがあったのだ。ファの家のアスタよ、お前の家長は自分たちの収穫祭において、どのように力比べを行っていたのだ?」
「はい? どのように、と申しますと?」
「あやつはあのように、女衆の装束を纏っているではないか。あれで闘技の力比べを行ったら、嫌でも素肌に触れてしまおう?」
はて、と俺は小首を傾げることになった。
「そうですね……アイ=ファは身軽さを身上にしていますので、がっぷり組み合う場面などは見たことがありません。せいぜい腕や肩をつかまれるか……あとはこう、おなかの辺りに組みつかれるぐらいでしょうか」
「それでは、おもいきり素肌に触れてしまうではないか!」
「いや、まあ、組みつかれるというか、体当たりのような格好でしょうかね。肌に触れるのは一瞬のことですし、そんなことが可能であったのはスドラの家長ぐらいだったと思います」
「ああ、スドラの家長であれば、スンの狩り場で仕事をともにしたことがある。あれは確かに、ひとかたならぬ力を持つ狩人であるようだな」
そんな風に言ってから、ダナの家長はぐいっと顔を近づけてきた。
「しかしファの家長アイ=ファは、ルウの集落でも力比べに加わっていたのであろう? あちらには、北の集落にも劣らないほどの狩人が居揃っているはずだぞ。それでは、容易く逃げられまい」
「うーん、そちらの収穫祭では俺もかまど仕事を受け持っていて、あまりじっくりと力比べを拝見していないのですよね。ただ……俺が拝見した限りでは、そうそう相手につかまれることもなかったようです」
「そうなのか。それは、おそるべき話だな」
身を引いたダナの男衆は、腕を組んでうなり始めた。
「まあ、棒引きの力比べだけでも、アイ=ファがどれだけの力を持っているかは思い知ることができた。いずれ修練という名目で、闘技の力比べでも挑ませてもらいたいものだが……しかし、素肌がなあ……」
「お前は何をうなっておるのだ? スドラの家長ほど俊敏でなければ、アイ=ファの身に触れることなど、そうそうかなうまいよ」
ゲオル=ザザが笑いながら言いたてると、ダナの家長は「しかし」と反論した。
「たとえ装束の上からでも、胸や腰などに触れてしまったら一大事ではないか。アイ=ファはただでさえあのように美しい姿をしているのだから、こちらのほうが心を乱してしまうわ。……やはりグラフ=ザザの言う通り、女衆と闘技の力比べを行うのは控えるべきなのだろうか」
「だったら、レム=ドムで試してみればどうだ? あやつは、喜んで引き受けるだろうさ」
「レム=ドムとて、妙な色香を漂わせているではないか。俺が伴侶を娶っていなかったら、心を動かされていたぐらいだ。……そうでなければ、あやつとだって力を比べてみたいものだがな」
当人の前でなければ容姿を褒めそやすことも罪にはならないので、ダナの家長は明け透けに語っていた。ディック=ドムもべつだん気分を害した様子もなく、黙然と立ち尽くしている。
それからしばらくして、女衆らも浴堂から舞い戻ってきた。
誰もが頬を上気させて、湯上りの色っぽさをかもし出している。そんな中、アイ=ファは何故だか仏頂面であった。
「どうしたんだ? なんだか、機嫌が悪そうだけど」
俺がこっそり呼びかけると、アイ=ファはすぐそばにいたレム=ドムの右耳をひねりあげた。
「こやつがおかしなちょっかいをかけるので、まったく気が休まらなかった。ディック=ドムよ、これは正当な罰として認めてもらいたい」
「うむ。認めよう」
「痛い痛い! 耳がちぎれるってば! ちょっと身を清める手伝いをしてあげただけじゃない!」
「身を清めるのに、手伝いなど不要だ! 私は幼子ではないのだぞ!」
「だって、アイ=ファの反応が可愛かったから……痛い痛い! わかったわよ! もうしないから!」
さしものレム=ドムが涙目になったところで、ようやくアイ=ファはおしおきを終了させた。
案内役の侍女は、驚異的な自制心で客人たちの騒ぎを黙殺している。
「では、厨にご案内いたします。こちらにどうぞ」
22名にも及ぶ森辺の民は、石造りの回廊を縦列で行進していった。
その道行きで、レム=ドムはぶちぶちとぼやいている。
「本当に、耳がちぎれるかと思ったじゃない。アイ=ファって、いっつもわたしには厳しいわよね」
「……私に厳しい真似を強いる自分の行いこそを、顧みるべきであろうが?」
「まあまあ。先は長いんだから、仲良くやろうよ」
俺がそのように取りなしても、アイ=ファはつんとそっぽを向いてしまう。
すると、俺の後ろを歩いていたレム=ドムが耳もとに口を寄せてきた。
「アスタに、いいことを教えてあげるわ。アイ=ファの弱点は、背中とうちも――痛い痛い痛い!」
やっぱりレム=ドムは、ディック=ドムらの婚儀にいささかならず浮かれているようだった。
それはそれとして、俺の妄想力を刺激するような発言は控えてほしいものである。
そういうわけで、ようやく厨に到着した。
護衛役は、アイ=ファとゲオル=ザザとハヴィラの長兄だけが入室する。またローテーションで、一刻ごとに人員を入れ替えるかまえであるようだ。
15名のかまど番は、粛々と作業開始である。初の参加となる3名の女衆は、宮殿の厨の様相に度肝を抜かれている様子であったが、それがいっそうの闘志や使命感をかきたてたようだった。
「それでは、班ごとに分かれて作業を進めましょう。ユン=スドラ、そちらはよろしくね」
「はい。おまかせください」
俺と同じ班に振り分けたのは、トゥール=ディン、ダゴラ、ミームの女衆となる。このたび初めて手伝いを依頼した3名は、いずれもあまり目立ったところのない女衆であったが、それでもフェイ=ベイムやラッツの女衆に劣る腕ではなかった。
「わたしとレイ=マトゥアが屋台の仕事を手伝えるようになったのは、去年の茶の月の始めだったかと思いますが……でも、雨季がやってくることによって、ようやく1年が過ぎたのだという実感を得ることができました」
てきぱきと仕事を進めつつ、そのように発言したのはミームの女衆であった。彼女とレイ=マトゥアは、去年の雨季の閑散期を利用して研修を始めたという経歴であったのだ。
ルウ家とのれんを分けてから、俺が最初に屋台の手伝いを頼み込んだのは、トゥール=ディンとヤミル=レイ、そしてリィ=スドラの3名となる。その後すぐにリィ=スドラはユン=スドラに代役を頼むことになったので、ここまでのメンバーを一期生と称するべきだろう。
その後、青空食堂の開設にともなって、ガズ、ラッツ、ダゴラの女衆に手伝いを依頼した。そのすぐ後にフェイ=ベイムも加わったので、ここまでが二期生だ。
その後は――金の月に飛び入りでリリ=ラヴィッツが参加することになり、翌月の雨季からレイ=マトゥアとミームの女衆を招くことになった。これをまとめて三期生とさせていただこう。
ここから半年ぐらいは、ずっと同じ顔ぶれで商売を続けていた。あまり人数を増やしてしまうと、ローテーションで働くメンバーの出勤日が間遠になってしまうので、そうそう新人を迎え入れることもかなわなかったのだ。
そこにトゥール=ディンの独立話が持ち上がったため、家長会議においてファの家の行いは正しいと認めてもらった上で、マルフィラ=ナハムを迎える段に至ったのだった。
それから3ヶ月ぐらいは新しい人員を増やした覚えもないため、四期生はマルフィラ=ナハムただひとりとなる。
そうして2度目の復活祭を迎えるにあたって、ラヴィッツ、ナハム、ヴィン、そしてアウロの女衆を雇うことになった。これが五期生だ。
できればクルア=スンも加えてあげたいところだが、彼女は復活祭の商売を体験していないし、2ヶ月ぐらいはズレがあるので、やはり六期生と区分するべきであろう。
という感じで、本日の仕事にガズ、ダゴラ、ミームの女衆を参加させたことにより、リリ=ラヴィッツを除く四期までのメンバーが、のきなみ城下町での仕事を体験することがかなったというわけであった。
もっとも新参であるのはマルフィラ=ナハムとなるが、彼女は規格外であるので問題はない。そしてその他のメンバーは、いずれも1年以上のキャリアとなるため、まったく不安は感じられなかった。
(それにやっぱり、復活祭を体験してるってのも大きいよな)
復活祭の期間は、下ごしらえの仕事もなかなかに激務であるのだ。それらの仕事をこなすことは、スキルアップに直結していることだろう。
そして本日の城下町における仕事も、彼女たちの大きな糧になれば幸いであった。
「レイナ=ルウ、そっちのほうも順調かな?」
仕事の合間に呼びかけてみると、レイナ=ルウはきりりとしたお顔で「はい」と応じてきた。
「何も問題はありません。このたびは、献立の変更や分量の追加を命じられることもありませんでしたので」
どうやらレイナ=ルウは、まだロブロスたちの仕打ちを根に持っているようである。
それは彼女が調理の仕事に真摯に取り組んでいる証なのであろうが、俺はひとつだけ助言したい心地になった。
「あれはなかなかの苦労だったよね。前日までに組み立てた段取りを、あれこれ練り直す必要があったからさ。……でも、そういう不測の事態もいい経験になるんじゃないのかな?」
「いい経験、ですか。森辺においては、あのような事態が生じることもそうそうないかと思うのですが……」
「でも、誰かが作りかけの鍋をひっくり返してしまったりしたら、同じような苦労を背負うことになるだろう? 幸い、最近はそういう話も聞かないけどさ」
レイナ=ルウが、下からぐっと俺を見つめてくる。
「思い出しました。ルティムの祝宴の際と、最初の家長会議の際ですね? ヴィナ姉やスン家の女衆が作りかけの料理を台無しにしてしまったのだと記憶しています」
「うん、そうそう。それにルウ家も、独自で貴族からの依頼を受けるようになっただろう? 何かの手違いで食材が足りなくなったり、貴族の言いつけで献立の変更を余儀なくされたり、そういう事態はこれからも生じるかもしれないよ」
そう言って、俺は笑ってみせた。
「俺も故郷で働いているときは、そういう事態がけっこうあったんだよ。きちんと保管しておいたはずの食材が傷んでたり、酔っ払いのお客さんが献立にない料理を注文してきたり――でも、そんな事態に陥っても、俺の親父は慌てることなく対処してた。そういう部分は、まあちょっと見習いたいかなって思うんだ」
レイナ=ルウはしばらく俺の顔を見つめてから、深々と頭を下げてきた。
「……ありがとうございます。わたしはまた、自分の至らなさを思い知らされた心地です」
「いや、そんなことはないと思うけどね。あくまで、俺個人の考えだからさ」
「いえ。アスタのお言葉は、深く心に染み入りました」
そうして顔を上げたレイナ=ルウは、なんだか澄み渡った微笑を浮かべていた。
「わたしはルウ家でかまど仕事を取り仕切り、貴族に名指しで仕事を頼まれることを、心から誇らしく思っていますが……それでもやっぱり、こういう際にはアスタの下で働ける女衆らを羨ましく思ってしまいます」
「下でも横でも関係ないさ。俺にとっては、みんなが大事な仲間だよ」
「ありがとうございます」と魅力的な笑顔を残して、レイナ=ルウは自分の仕事に戻っていった。
レイナ=ルウは、それこそ最古参といってもいいメンバーのひとりであったが、もう1年半も前から俺の手を離れて、屋台の取り仕切り役を担うことになったのだ。俺の下で働いていた期間など、それこそひと月足らずのものであろう。
だが、それらの経験が彼女の自立心を育んだに違いない。トゥール=ディンやマルフィラ=ナハムといった才覚あふれるかまど番たちと比べても、レイナ=ルウはどこか特別であるように感じられた。
(それはきっと、森辺のかまど番としてだけじゃなく、ひとりの料理人として高みを目指したいっていう部分なんだろうな)
そんな感慨を噛みしめつつ、俺も自分の仕事を再開させることにした。