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異世界料理道  作者: EDA
第五十四章 二つの祝宴
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北の集落の収穫祭③~客人たち~

2020.8/12 更新分 1/1

 そうして中天が近づいてくると、ザザの集落はにわかに騒がしくなってきた。

 他の眷族の男衆らが集まるのと同時に、城下町の客人たちも到着したのである。


「俺たちも、いちおう挨拶をしておこうか」


 俺はアイ=ファをうながして、広場の中央に向かうことにした。

 すでにルティムの面々とは別行動になっていたので、行動をともにしていたのはプラティカとニコラのみだ。しかし、俺たちがそちらに向かうと、すでにガズラン=ルティムがディック=ドムとともに立ち並んでいた。


「ああ、おひさしぶりです、ディック=ドム。今日はよろしくお願いいたします」


 俺がそのように挨拶をすると、ディック=ドムは無言のまま、顎を引くようにしてうなずいた。ギバの頭骨をかぶっているためか、宿場町や祝宴で挨拶をしたときよりも迫力を感じてしまう。


(それともやっぱり、まだ気が静まっていないんだろうか)


 俺がそんな風に考えている間に、トトス車を降りた貴族の客人らが広場に踏み入ってきた。

 さらにその後からは、50名ばかりの兵士たちも追従してくる。広場に散った男衆らや、かまど小屋からこっそり様子をうかがっている女衆らは、誰もが鋭い眼差しでその姿を見守っているようだった。


「失礼する。族長グラフ=ザザは、いずこであろうか?」


 貴族たちの先頭に立っていたメルフリードが、そのように問うてきた。

 こちらからは、ディック=ドムが音もなく進み出る。


「今、家人がグラフ=ザザを呼びに行っている。……俺はドム本家の家長、ディック=ドムという者だ」


「ディック=ドム。……名を聞いたのは初めてだが、その姿には見覚えがある。其方はかつて、サイクレウスおよびシルエルを捕らえた際に、謁見の間に踏み込んできた狩人のひとりではなかろうか?」


「うむ。俺もそちらの姿は見覚えている。……また、先日には闘技会というものも見物させていただいた」


 森辺の狩人としても屈指の巨漢であるディック=ドムと、鋼のように冷徹なメルフリードである。そんな両者が対峙しているだけで、俺はむやみに胸が騒いでしまった。

 そこに、新たな一団が近づいてくる。5名もの男衆を引き連れた、グラフ=ザザである。


「待たせたな。息災なようで何よりだ、メルフリードよ」


 グラフ=ザザもまた、ギバの毛皮のかぶりものを装着していた。もうひとり、同じ姿をしているのは、おそらくジーンの家長であろう。その横幅の広い体格には見覚えがあった。


「こちらは、本日の収穫祭に参加するジーン、ハヴィラ、ダナ、および見物に出向いたディン、リッドの家長たちである。いちおう、見知っておいてもらいたい」


「承知した。わたしはジェノス侯爵家の第一子息にして近衛兵団長、および森辺の民との調停官となるメルフリードである。本日は血族の祝い事である収穫祭に踏み入ることを許していただき、心からありがたく思っている」


 これだけの狩人たちを目前に迎えても、さすがにメルフリードは堂々としたものであった。

 かつての闘技会において、ゲオル=ザザがメルフリードに敗れたという一件は、もちろん血族の間でも語り草になっていたのだろう。これが初見となるジーン、ハヴィラ、ダナの家長たちは、誰もが探るようにメルフリードの長身を見据えていた。


「……こちらの者たちは、紹介の必要もなかろうな。客人として迎えたルティムとファの家長、およびファの家人となる」


 グラフ=ザザがそのように言い添えてくれたので、俺たちも一礼することになった。

 メルフリードは「うむ」とうなずいてから、背後の人々を紹介するために身体を開いた。


「こちらも、紹介をさせていただこう。まず、ダレイム伯爵家の第二子息にして調停官の補佐官であるポルアースと、その伴侶であるメリムだ」


「どうもおひさしぶりです、グラフ=ザザ殿。本日は僕ばかりでなく伴侶までご招待いただき、心より感謝しております」


 ポルアースはいくぶん狩人たちの迫力に気圧されている様子であったが、それでもにこやかな表情を保持していた。

 いっぽう伴侶のメリムは、普段通りの愛くるしい面持ちで貴婦人の礼をしている。メルフリードの家族が招待されるならと、ついに彼女も森辺の祝宴に参席することになったのだ。


「そして、わたしの伴侶であるエウリフィアと、第一息女のオディフィア」


「どうぞよろしくお願いいたしますわ、ザザの血族の皆様方」


 エウリフィアもまた、普段通りの気品あふるるたたずまいであった。

 比較的簡素なワンピースにポンチョのような上着を纏ったオディフィアも、フランス人形のごとき無表情で貴婦人の礼をする。それを見守る男衆らは泰然としていたが、周囲のかまど小屋のほうからは小さからぬざわめきが伝わってきていた。


(そうか。トゥール=ディンとご縁の深いオディフィアは、北の集落でも関心を抱かれてるって話だったっけ)


 そんなオディフィアはちょこんとつつましくたたずみながら、灰色の瞳だけをきょろきょろと動かしている。もちろん、トゥール=ディンの姿を捜し求めているのだろう。


「そしてこちらが、ゲルの藩主の第一子息アルヴァッハ殿に、ドの藩主の第一子息ナナクエム殿である」


 アルヴァッハとナナクエムが進み出ると、今度は広場に散っている男衆らがどよめいたようだった。

 ただし、グラフ=ザザたちは落ち着き払っている。アルヴァッハたちはこの祝宴に参席するために、かつて北の集落まで挨拶に出向いていたのだ。なおかつ、ディンの家長やラッド=リッドは前回の来訪時に詫びの言葉と贈り物を受け取っていたので、やはり見知った間柄であった。


「最後に、王都の外交官フェルメス殿と、従者のジェムド。……以上9名を、客人として迎えていただきたく思う」


「承知した。そちらの兵士たちは、広場の周囲で警護の役目を果たすのだな?」


「うむ。それゆえ、帯刀をお許し願いたい。また、こちらの9名は刀も毒の武器も車に置いてきているので、手をわずらわせるには及ばない」


 メルフリードも何度か森辺の祝宴を経験しているために、実に手慣れたものであった。

 いっぽう、外界の人間を初めて客人として迎えることになったグラフ=ザザは、黒い双眸を炯々と光らせている。


「太陽が中天に至ったならば、狩人の力比べを開始する。それまでは、この場で控えてもらいたく思う」


「承知した。では、兵士を配置するので、グラフ=ザザにも確認をお願いする」


 ということで、メルフリードとグラフ=ザザは兵士たちとともに立ち去っていった。

 それと入れ替わりで、新たな一団が登場する。その姿に、オディフィアが瞳を輝かせたようだった。


「おお、メルフリードは行ってしまったか。まあいい。挨拶をするべき相手がこれだけ居残っていれば、まずは十分であろうよ」


 その一団を率いていたのは、毛皮のかぶりものを装着したゲオル=ザザだ。

 その背後に控えているのは、トゥール=ディンと何名かの女衆である。それらはいずれも、ディンやリッドの女衆らであった。


「よ、ようこそいらっしゃいました、オディフィアにエウリフィア」


「ええ。おひさしぶり――というほど日は経っていないけれど、先日の祝宴では挨拶ぐらいしかできなかったものね」


 ゆったりと微笑むエウリフィアのかたわらで、オディフィアはうずうずと小さな身体をゆすっている。その姿に、エウリフィアはくすりと笑った。


「オディフィア、ご挨拶をなさい。……順番を間違えないようにね」


「はい。……きょうはしゅくえんにおまねきをありがとう、トゥール=ディン」


 と、オディフィアは再びワンピースの裾をつまんで、貴婦人の礼をした。

 トゥール=ディンは幸福そうに目を細めながら、「はい」とうなずく。


「オディフィアたちの参席を許してくださったのは、ザザを始めとする氏族の家長たちですが……またオディフィアたちと祝宴をともにできることを、心から嬉しく思っています」


 オディフィアは「うん」とうなずいてから、母親の姿を見上げた。

 エウリフィアが同じ笑顔のまま、その背中をそっと押すと、オディフィアはとことこと進み出て、トゥール=ディンの胸もとに取りすがった。


「このまえは、ちょっぴりしかおはなしできなくてさびしかった。きょうはオディフィアと、いっぱいおはなししてくれる?」


「ええ、もちろんです」


 見ているだけで胸の温かくなるような、両者のやりとりであった。

 その間に、ディンやリッドの女衆らはエウリフィアやポルアースに挨拶をしている。こちらもかつての合同収穫祭で、知遇を得ることになったのだろう。初の参席となるメリムも、ごく自然にその中に溶け込んでいた。


 そんな人々の姿を見守っていた俺の視界が、ふっと暗くなる。見上げると、いつの間にかアルヴァッハがすぐかたわらにまで近づいて、頭上の太陽を隠してしまっていた。


「アスタ、アイ=ファ、5日ぶりである。息災であったろうか?」


「はい。先日は、どうもお疲れ様でした」


 俺たちも、顔をあわせるのは南の使節団を歓待する晩餐会以来であった。

 プラティカも進み出て、主人たるアルヴァッハに礼をする。そちらに「うむ」と応じてから、アルヴァッハは集落の広場を見回した。


「すでに、熱気、尋常でない、感じる。狩人たち、気迫、こぼれているのであろう」


「ふむ。さすがはそちらも、狩人の一族だな。この気配を察することがかなうのか」


 アイ=ファがそのように応じると、アルヴァッハはまた「うむ」とうなずいた。


「この場、たたずむだけで、血、騒ぐかのようである。狩人の力比べ、および宴料理、ともに味わえる、至福の日である」


「うむ。私も北の集落の力比べを目にするのは初めてのこととなるが……その期待を裏切られることはなかろうな」


 そのように語るアイ=ファも、朝方より眼光が鋭くなっているように感じられる。俺もいささか落ち着かない気分であるのは、そういった気迫にあてられた結果であるのかもしれなかった。


「……本日は同じ客分の立場となりますね、アスタ」


 と、フェルメスが音もなくすりよってきた。

 そのヘーゼル・アイは、特に普段と変わるところなく、神秘的に輝いている。


「アスタの料理を口にできないのは残念ですが、このように長い時間をともに過ごせるのは幸福でなりません。力比べを観戦する間、ご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」


「ええ、もちろんです。……今日は同じ料理を口にすることができなくて残念でしたね」


 俺はトゥール=ディンから、事前にその話を聞いていた。北の集落においてはギバ肉を使わない食事を口にする習わしがいまだ根付いていないため、そのようなものを宴料理に取り入れることはまかりならん――と、グラフ=ザザに通告されたようなのである。

 かといって、もちろん王都の貴族たるフェルメスに何も食べさせないわけにはいかないので、その分はトゥール=ディンが特別に準備するのだそうだ。


「すべては自分の責任であるのですから、どうということはありません。トゥール=ディンに余計な手をわずらわせることになってしまい、申し訳ない限りです。……こういう話があがるたびに、僕の食事は不要だと申し立てているのですが、なかなかそういうわけにもいかないのでしょうね」


「それはそうですよ。それに、きちんと食べないとまた体調を崩されてしまうのではないですか?」


「おや、僕などのことを心配してくださるのですか?」


 夢見る少女のように微笑みながら、フェルメスがさらに接近してくる。

 するとアイ=ファが俺の襟首をひっつかんで、フェルメスのもとから遠ざけた。フェルメスは、くすりと笑ってアイ=ファを振り返る。


「これは失礼いたしました。……ともあれ、狩人の力比べも夜の祝宴も、楽しみなところでありますね」


 そうしてしばらくすると、トゥール=ディンたちはかまど小屋に戻っていき、俺やアイ=ファや男衆だけで客人たちを歓待することになった。

 トゥール=ディンがいなくなってしまった分は、ゼイ=ディンがエウリフィアたちの相手をしている。また、ディンやリッドの男衆らも、前回の収穫祭で貴族の面々とご縁を結んでいるのだ。アルヴァッハとナナクエムについてはゲオル=ザザが血族に紹介し、収穫祭が始まる前から、なかなかの賑わいであった。


 それから四半刻ほどが経過して、中天である。

 いきなり重々しい音色が響きわたったので、俺は貴族の人々とともに首をすくめることになった。

 いったい何事かと思って振り返ると、本家の前に見覚えのない器具が持ち出されている。大きな樽に革が張られた、それは太鼓であるようだった。


「太陽は、中天に至った! 狩人の力比べを開始するので、こちらに集合せよ!」


 太鼓に負けないほど重々しい声音で、グラフ=ザザがそのようにがなりたてた。

 広場に散っていた者たちも、かまど小屋に籠っていた者たちも、無駄口を叩くことなく本家の前に集合する。100余名の家人と30名以上にも及ぶ客人が寄り集まると、人いきれが物凄かった。


「客人は、こちらに。まずはその名と姿を、血族に見覚えてもらおう」


 まずは、血族であるディンとリッドの家人らが紹介される。どうやらそちらは、それぞれ家長と2名の男衆と4名の女衆という構成であるようだった。

 その次は、血族ならぬルティムとファの面々だ。ルティムは男女5名ずつで、ファの家は言わずもがなであろう。

 そして9名から成る貴族の客人らと、プラティカとニコラについても、あらためて紹介される。やはりザザの血族たる人々は、そちらに強い好奇心をかきたてられているようだった。


「……以上が、本日の収穫祭に招いた客人となる。本来、収穫祭というのは血族のみで祝うべきものであるが……正しき道を進むためには、時として古よりの習わしを脇に置く必要があるのだろう。数々の氏族たちがそうしてきたように、これが正しき行いであるか、各々がしっかりと見定めもらいたい」


 やはり北の集落においても、こういう場では誰もが真剣にグラフ=ザザの言葉を聞いていた。

 狩人たちは、客人を含めて全員が狩人の衣を纏っていたため、なかなかの迫力である。どうやら北の集落においては、狩人の衣を纏ったまま力比べを行う習わしであるようだった。


「では、狩人の力比べを始めたく思うが……客人たちには、説明が必要であろう。我々は、ハヴィラやダナを加えた5氏族で力比べを行うにあたって、新たな取り決めを講じることになった」


 グラフ=ザザの言葉に、ディンやリッドの男衆たちも興味深げな顔をする。どうやら血族である彼らも、これは初耳であったらしい。


「ファの家を始めとする6氏族を見習って、我々も5種の力比べを行うことになった。さらに、勇者に次ぐ力を持つ2名に、勇士という称号を与えることとする」


「ほう? ひとつの力比べにつき、1名の勇者と2名の勇士なる者が生まれるということか?」


 ラッド=リッドが遠慮なく尋ねると、グラフ=ザザは「そうだ」とうなずいた。


「これまで北の集落においては闘技の力比べのみを行っており、8名の狩人に勇者の称号を与えていた。ただし、この近年の北の集落においては、せいぜい40名足らずの狩人しか存在しなかったゆえに、その中で真の誇りを抱くことがかなったのは、8名の中でさらに勝ち抜いた4名のみであったろう。また、20名ていどの狩人しか存在しないダナとハヴィラにおいては、3種の力比べを行い、最後まで勝ち抜いた1名ずつを勇者と定めていたと聞く。……然して、本日の我々は60名ていどの狩人で5種の力比べを行うことになる。それにあたって、どれだけの狩人に誉れある称号が必要か、我々は日を徹して語り合うことになった。その末の、決断である」


「なるほどな! 確かに俺たちが行っている6氏族の収穫祭でも、2番手や3番手まで勝ち抜いた狩人は、勇者の名に相応しい力量であるように思うぞ!」


「うむ。しかし、15名もの狩人に勇者の称号を与えるのは不相応であろうと思い、5名の勇者に10名の勇士という称号を与えることにした。この取り決めが森辺の民に相応しいものであるか否か、ディン、リッド、ルティム、ファの狩人たちには、力比べの後に意見をもらいたく思う」


「承知した! それが相応であるようなら、俺たちの収穫祭でも取り入れさせてもらいたいものだな!」


 グラフ=ザザは重々しく首肯して、筋肉の盛り上がった右腕を振り払った。


「では、力比べを開始する! まずは、的当てだ! 広場の西側に移動してもらいたい!」


 それと同時に、男衆のひとりがギバの大腿骨で太鼓を乱打し、5氏族の狩人たちが蛮声を爆発させた。

 大気を粉砕するような、凄まじい声音である。貴婦人がたはびっくりまなこで伴侶の腕に取りすがっており、ニコラなどは腰を抜かしそうになってしまっていた。


(なんていうか……やっぱり、力比べに対する意気込みが物凄いみたいだな)


 もちろん他の氏族だって、それは同じことだろう。とりわけルウの血族などは、北の一族にも負けないぐらい勇猛であるはずなのだ。

 しかし北の狩人たちは、それをより押し隠さない気性であるのだろう。毛皮や頭骨のかぶりものをしていないダナやハヴィラの狩人たちなどは、それに気圧されないように自分を鼓舞しているように見えてならなかった。


「いやあ、本当にすごい熱気だな。……それに、森辺であんな太鼓を見たのは、初めてだよな?」


 グラフ=ザザに指定された場所に向かいつつ、俺はこっそりアイ=ファに耳打ちしてみた。アイ=ファは熱っぽい眼差しで、「うむ」とうなずく。


「北の一族は、どの氏族よりも古の習わしを重んじているという話であるからな。あれもまた、黒き森で暮らしていた頃の名残であるのかもしれん」


「それはつまり、かつての聖域であった場所のことですね? 実に興味深く思います」


 フェルメスが横から口をはさんでくると、アイ=ファはとても嫌そうにそちらを振り返った。


「それはあくまで伝承であり、真実であるかは証が立たないという話ではなかったか?」


「ええ、もちろん。ですが、もっとも整合性の取れた仮説であるということに間違いはないでしょう」


 そう言って、フェルメスはやわらかく微笑んだ。


「ただ、モルガの森から太鼓の音色が響くという話は聞きません。ならばそれは聖域の文化ではなく、シムを出奔した雲の民が黒き森にもたらした文化なのかもしれませんね。それはそれで、興味深いところですけれど」


 そうしてフェルメスが考察している間に、俺たちは広場の西端に到着していた。

 森の端には、見覚えのある木札が枝から下げられている。また、長いグリギの棒を携えた若衆らが待機していたので、このあたりの様式も俺たちの収穫祭を踏襲しているようだった。


「客人らは、こちらに。後ろの者たちのために、座していただきたい」


 と、前列には敷物が敷かれており、血族ならぬ客人は右端にまとめられることになった。

 そこに、客人であり血族でもあるトゥール=ディンとゼイ=ディンが近づいてくる。敷物にちょこんと座したオディフィアは、尻尾を振る子犬の風情でそちらを振り返っていた。


「失礼します。わたしたちが客人のお世話をできるよう、許しをいただいてきました」


 敷物はすでにいっぱいであったので、ディンの父子はその脇に屈み込む。ポルアースとメリムの配慮で、オディフィアとエウリフィアはそのすぐそばまで席を移すことになった。

 さらにその後を追うようにして、モルン=ルティムもやってくる。力比べの間ぐらいは血族のもとにいるように申しつけられたのだろう。ダン=ルティムを筆頭に、ルティムの人々は大喜びでそれを迎え入れていた。


 そうして、力比べの開始である。

 それぞれの氏族から1名ずつの狩人が進み出て、的の前に立ち並んだ。もっとも手前に陣取ったのは、レム=ドムだ。


 レム=ドムは見習いであるために、ギバの頭骨はかぶらずに、余所の氏族と同じ形状である狩人の衣を纏っている。弓を手にしたその姿は、他の狩人たちに負けないぐらい堂々としていた。


 的の後ろに待機していた若衆らが、グリギの棒で木札を支える紐を薙いでいく。

 若衆らが安全な場所まで移動すると、別の若衆が太鼓を打ち鳴らした。

 それが開始の合図となって、5名の狩人たちが矢を射っていく。そして、10を数える幼子たちの声にも、腹に響くような太鼓の音が重ねられることになった。


 ゆらゆらと左右に揺れる木札に向けて、10秒の間に3本の矢が射られる。やはり、俺たちの収穫祭と同じルールであるようだ。

 木札には丸い印がつけられているので、それに的中した数を競うことになる。10秒の後、若衆らが木札の確認におもむくと――最初の勝利者は、レム=ドムであった。


 その名が告げられるなり、太鼓がおもいきり乱打されて、歓声が鳴り響く。レム=ドムは、余裕の表情で弓を頭上に掲げていた。


「ほう! レム=ドムというのは、ずいぶんな腕前ではないか! さすがジーダとバルシャに手ほどきされただけはあるな!」


 近からぬ場所から、ダン=ルティムの大きな声が聞こえてくる。

 そういえば、レム=ドムは家出をしていた期間、バルシャたちの手ほどきで野鳥を狩っていたのだ。また、北の集落には弓を得手にする狩人が少ないため、レム=ドムがトップクラスの腕前であるのだとも聞いていた。


(北の狩人は大柄な人間が多い上に、刀でギバを仕留めることが何よりの誉れだって習わしがあるみたいだからな。それでいっそう、弓の使い手が育たなかったわけか)


 いっぽう、ハヴィラやダナは平均的な背丈をした狩人が多く、弓の腕前もなかなかであるようだった。

 闘技の力比べのみでは、北の集落の狩人ばかりが勝ち残ることになってしまうため、5種の力比べを行うことになったのだと、ゲオル=ザザはかつてそのように言っていた。この的当ての競技も、ハヴィラやダナの狩人たちに分があるのだろう。

 俺がそんな風に考えていると、アイ=ファが「ほう」と感嘆のつぶやきをもらした。


「あやつは、かなりの腕だな。チム=スドラやジョウ=ランにも匹敵するやもしれん」


 それはつまり、6氏族の勇者にも匹敵するということだ。

 いったいそれは何者であるのかと目を凝らしてみると、勝利の名乗りをあげられていたのはハヴィラの長兄であった。


「へえ。あの男衆は、すごいみたいだね」


 俺がそのように語りかけると、トゥール=ディンは笑顔で「はい」とうなずいた。


「わたしもハヴィラとダナの力比べは目にしたことがありませんけれど、ハヴィラの長兄はとても力のある狩人であるのだと聞いています」


 かつて婚儀の祝宴を受け持ったというだけあって、トゥール=ディンも嬉しそうな様子であった。

 その間も、粛々と競技は続けられていく。5氏族の狩人の合計は58名であったので、1回戦だけで12回もの勝負が繰り広げられることになった。

 やはり大半は、ダナやハヴィラの狩人たちが勝利を収めている。そんな中、北の一族の中で2回戦目に勝ち進むことがかなったのは、レム=ドムとゲオル=ザザ、それにディガとドッドの4名のみであった。


「ほほう! ドムの見習い狩人が、3名までも勝ち残ってしまったではないか! これは何とも、愉快な結果だな!」


 ダン=ルティムよりもさらに遠い場所で、今度はラッド=リッドが騒いでいた。

 しかし確かに、それは驚くべき事態であるのだろう。ディック=ドムを筆頭とするドムの狩人らがすべて敗退する中、見習いの狩人たちだけが勝ち進むことになってしまったのだ。ラッド=リッドばかりでなく、多くの人々が驚きにとらわれている様子であった。


「弓というのは、ひとりでいくらでも修練を積むことがかなうからな。あやつらは、きっと誰よりも修練を重ねていたのであろう」


 アイ=ファはその鋭い眼差しに温かいものをにじませながら、そう言った。


「また、ドムにおいて弓を得手にする人間が少ないならば、その力は大いに役立てることがかなうはずだ。それを思って、あやつらも修練に取り組むことになったのであろう」


「フン! アイツらは肝っ玉が小さいから、ギバに近づかずに済むように、弓の腕を磨いただけなんじゃないのかネ!」


 そんな風に言いながら、ツヴァイ=ルティムはそわそわと身体を揺すっていた。オウラ=ルティムは静かに微笑みながら、かつての家族たちの活躍を見守っている。


 そうして、いよいよ準決勝戦である。

 これは12名が3組に分かれて執り行われることになった。これに勝ち残れば、勇者か勇士の称号を得られるということだ。


 1試合目は、レム=ドム、ハヴィラの家長、ダナの若い男衆、そしてドッドという組み合わせである。

 それに見事勝ち抜いたのは、なんとレム=ドムであった。

 最初の勝負ではハヴィラの家長とともにすべてを的中させることができたので、ふたりだけで再戦が為されたのであるが、そこで勝利を収めることがかなったのだ。


 ドムやザザやジーンの人々は、男女を問わずにいっそうの歓声をあげていた。

 ハヴィラやダナの人々も、感服しきった様子で手を打ち鳴らしている。もちろん俺も、手の平が痛くなるぐらい拍手をして、レム=ドムの勝利を祝福させていただいた。


 2試合目では、ハヴィラの長兄が順当に勝ち進み、ゲオル=ザザとディガはここで敗れることになった。

 ツヴァイ=ルティムは、ひそかにがっくりと肩を落としている。口で何と言おうとも、やはりディガやドッドの活躍を願っているのだろう。オウラ=ルティムはそれを慰めるように、娘の細っこい背中をそっと撫でていた。


 3試合目の勝者は、ダナの家長だ。ガズラン=ルティムと同じぐらいの若さであるように見えるその家長は、勝利が確定するなり歓喜の雄叫びをほとばしらせ、ダナの家人たちも歓声でそれに報いていた。


 そうして行われた、決勝戦――最初の勝負では、全員がすべての矢を真ん中の印に的中させてみせた。

 この大接戦に、人々はいっそう沸き立っていく。こちらの敷物に集められた客人たちも、ひそかに昂揚しているようだった。


 だがやはり、アイ=ファの見立ては正しかったのだろう。

 2度目の勝負で勝利を収めたのは、まだ若いハヴィラの長兄であった。

 これまで以上の勢いで太鼓が乱打され、人々は歓声を爆発させる。

 そして俺の頭上からは、アルヴァッハの「素晴らしい」という言葉がこぼれ落ちてきた。


「ゲルド、おいても、あれほどの手練れ、稀である。森辺の狩人、力量、感服である」


「はい。私、同じ気持ちです」


 と、プラティカもそのように応じていた。

 どちらも表情を崩したりはしていなかったが、その瞳のきらめきが内心の昂揚をあらわにしている。何も語らないナナクエムも、それは同様であった。


(今日の目的の半分は、この力比べなんだもんな。喜んでもらえたなら、幸いだ)


 そんな風に考える俺も、何だか常になく背中がむずむずしてしまっている。

 やっぱりこれは、周囲の熱気も関係しているのだろう。狩人の力比べに意気込む北の一族の熱気と、それに負けまいとするダナとハヴィラの熱気が絡み合い、他のどの氏族よりも激しい熱気の渦を織り成しているように思えてならなかった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 「勇士」という称号を与えることとするって言ってますけど勝手に決めたら駄目じゃないですか? 力比べのやり方や「勇者」の称号の与え方はその集落の考え方で良いと思うんですけど、新しい称号を…
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