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異世界料理道  作者: EDA
第四章 迷い惑える三日間
93/1675

~箸休め~ 短編 邂逅の道

2014.9/28 更新分 1/1

・予約掲載だと章管理ができないため、早い時間の更新となりました。明日以降はまた17:00以降の更新となる予定です。

・そして、詳細は活動報告に記載しましたが、諸事情により明日からは1日1話ずつの更新とさせていただきます。また、ご感想への返信もどのような形で続けていくか模索中でありますため、しばしお時間をいただければ幸いであります。

・まだまだ拙い作品でありますが、今後もどうぞよろしくお願いいたします。

 森辺の道を、老婆と幼子が歩いていた。


 この森辺では珍しい、すでに髪も真っ白になるぐらい齢を重ねた老婆と、まだようやく乳幼児を脱したぐらいの小さな女の子である。


 女の子はとても小さかったが、老婆も小さく、そして腰が曲がっていたために、何の苦労もなく手をつなぐことができていた。


 昼下がりの、森辺の道。

 左右を背の高い樹木にはさまれて、黄色く踏み固められたその道に、明るい木漏れ日が幾何学模様を描いている。


 誰も通らないその静かな道を、老婆と幼子は特に急ぐ様子もなく、ゆっくりと歩いていた。


「あえ……?」と幼子が足を止める。

 その小動物みたいにきょろんとした目が、頭上の梢のほうに向けられた。


「どうしたんだい、リミ……?」


 老婆の呼びかけに、リミと呼ばれた幼子は小さな小さな指先を、目線と同じ方向に差し向ける。


「だえ……?」


 老婆も、ゆっくりと面を上げる。

 高い場所にある梢の奥に、青い瞳が光っていた。


 森辺の少女である。

 森辺の少女が、さして太くもない枝に足をかけて、梢の奥で山猫のような瞳を光らせていたのだった。


「おやまあ……そんな高いところに登ると、危ないよ……?」


「危なくなどは、ない」と、妙に大人めいた口調で答えるなり、その少女は梢の上からひらりと飛び下りた。


 大人の男衆が手を伸ばしても届かないぐらいの高さである。

 しかし、その少女は危なげもなく地面に降り立ち、老婆たちと相対した。


「ふわあ」と、幼子がびっくりしたような声をあげる。


「しゅごいしゅごい! かこいいねえ!」


「かこいい?」と、少女は首を傾げる。


「格好がいいと言ったんだよ……あんた、女衆だったんだねえ……」


「女衆だけど、狩人だ」と、少女はむっとしたように言った。


「この前、初めての獲物を捕らえたのだ。だから、私はもう狩人なのだ」


「へえ、そうなのかい……」


 しわくちゃの顔をいっそうしわくちゃにしながら、老婆は笑う。


 それと向かい合った女の子は、ちょっと不思議な雰囲気を有していた。

 年齢は、せいぜい10歳ぐらいだろう。森辺ではあまり見ない金褐色の髪をきゅっと結いあげており、ちょっと目尻のあがった山猫みたいな青い目を強く光らせている。


 目鼻立ちは繊細で整っていたが、男の子のようにむすっとした表情をしていて、とても気が強そうだ。


 そして、渦巻き模様が美しい胸あてと腰あては、森辺で一番ありふれた布の装束であったが――少女はそのほっそりとした肩に、奇妙なものを羽織っていた。


 ギバの毛皮の、切れ端だ。

 男衆の纏う狩人のマントを模しているのか。長さはその細い腕の真ん中あたりまでしかなかったが、首もとにはきちんと革紐が縫いつけられており、何とかマントとしての体裁を保っている。


「これは、私の仕留めたギバの毛皮だ」


 老婆の目線に気づいたのか、少女は誇らしげに胸をそらす。


「父ギルが足を傷めて森に入れなくなったため、私が罠を仕掛けてギバを狩ったのだ。……まだ子どものギバだったから牙と角は収穫できなかったが、私はその肉で家族の生命を救ったのだ」


「ぎば……」と幼子が頭をかたむける。


 そちらを見て、少女は「……小さいな」とつぶやいた。


「こんなに小さな子どもを間近で見たのは初めてだ。こんなに小さくても歩けるのだな」


「小さいけど、もう2歳になるからねえ……この婆よりもずっと元気に歩けるぐらいだよ……」


「ふうん」と少女は鼻の頭をかく。


「それに、あなたのように年老いた人を見たのも初めてだ。髪が、すごく真っ白だ」


「婆は、もうすぐ80だからねえ。ちいとばっかり長く生きすぎてしまったよ……」


「長く生きるのは、いいことだ。その髪も、すごく綺麗だ」


「ありがとうねえ……でも、あんたの髪も、とても綺麗だよ……?」


「別に私は、綺麗じゃなくてもいい。父ギルのように黒い髪のほうが良かった」


「おやおや……髪が綺麗なのは、女衆にとって誇らしいことなんだよ……?」


「私は、狩人だ。綺麗になるより、強くなりたい」


 またむすっとした顔になり、さっきまで自分が潜んでいた梢のほうに視線を飛ばす。


「だから、木登りの練習をしていたのだ。ギバに襲われて危険なときは、木に登ってやりすごすのだと、父ギルに教わった」


「ふうん……あんたは、何歳なんだい……?」


「もうすぐ、11になる。13になれば、父ギルとともに森に入れる。だからそれまでに、私はもっと狩人としての力をつけなくてはならないのだ」


「なるほどねえ……そういえば、この子の兄も13になって、この前初めて森に出たんだよ……」


「そうなのか。立派なことだ」


 と、大人びた表情でうなずいてから、少女は不思議そうに老婆を見返した。


「年老いた人よ、あなたは女衆の私が狩人になると言っても、笑ったり怒ったりしないのだな」


「そりゃあねえ……自分にとって何が正しいかは自分にしかわからないんだから、笑いはしないよ……」


「ふうん」と、少女はまた鼻の頭をかく。


「年老いた人よ」


「あたしは、ジバ=ルウだよ……この子は、孫の子のリミ=ルウ。……あんたは、何ていう名前なんだい……?」


「私は、ファの家のアイ=ファだ」


 そう答えてから、少女――アイ=ファは大きな目をいっそう大きく見開いた。


「ジバ=ルウ。あなたは、ルウ家の人間だったのか。ルウの集落は、もっとずっと南にあると聞いていたのだが」


「ああ、このリミは、遠くまで歩くのが好きでねえ。ついついこんなところまで来てしまったんだよ……あんたの家は、このあたりなのかい、アイ=ファ……?」


「ファの家は、もっと北だ。木から木へと飛び移る練習をしていたら、こんなところにまで来てしまった」


「そうかい。森が導いてくれたんだねえ……」


 よくわからない、という風に首を傾げてから、アイ=ファは「ルウの家の、ジバ=ルウよ」と言った。


「もしも嫌じゃなかったら、その髪をさわらせてもらえないだろうか?」


「かまわないよ……でも、何でだい……?」


「え……銀色に光っていて、とても綺麗だからだ」と、アイ=ファは唇をとがらせる。


「そうかい。ありがとうねえ……リミ、疲れたから、ちょっと休んでいこうかねえ……?」


「うん!」


 道の端に寄り、老婆ジバ=ルウと幼子リミ=ルウは草むらの上に腰を下ろす。


 そうして、ジバ=ルウがうなずきかけると、アイ=ファはちょっとおずおずとした様子で老婆の前に膝をつき、左右に結ばれた長い銀髪の毛先を手に取った。


「綺麗だな。きらきらしている」


 ふっと年齢相応の無邪気な微笑をもらして、アイ=ファはその木漏れ日に光る銀色の髪を指先にからみつけた。


 すると。

 ジバ=ルウの隣りに座りこんでいたリミ=ルウがひょこりと起きあがり、横合いからアイ=ファの頭をぴしゃぴしゃと叩き始めた。


「かみー。きれー」


「痛い。何をするのだ」


「あんたの髪も、綺麗だってよ……よかったら、さわらせてあげてくれないかい……?」


 アイ=ファはけげんそうに眉をひそめてから、それでもちょっと首を下のほうに傾けてやった。


 リミ=ルウは「きゃー」と声をあげながら、その金褐色の髪に頬ずりをする。


「この子どもは、おかしな子どもだな」


「そんなことないよ。2歳なんて、こんなもんさ……」


「私は、こんなではなかったと思う」


 仏頂面でアイ=ファが顔をあげると、リミ=ルウは満面の笑顔で「あいあとー」と頭を下げた。


 そして、またジバ=ルウの隣りにちょこんと座りこむ。


「あんたも少し休んでいったらどうだい、アイ=ファ? ……良かったら、この婆の話し相手でもしていっておくれよ……?」


「わかった」とうなずき、アイ=ファはリミ=ルウの隣りに腰を下ろした。


「ジバ=ルウ。私はちょっと不思議に思ったことがあるのだが」


「うん? 何だい……?」


「ジバ=ルウは、どうして親の姓を名につけていないのだ? 嫁に入った女衆で名に性を持たぬのは、その氏族をなくしてしまった者だけなのだろう?」


「ああ、あんたの母親は氏族をなくしてしまったのかい……?」


「そうだ。母メイはすべての眷族を失った。だからファの家に入り、そののちに、父ギルの嫁となったのだ」


 山猫のように光る目が、老婆の穏やかな顔をじっと見つめる。


「しかし、ルウほど大きな家だったら、そんな小さな氏族の女衆を嫁に迎えたりはしないのだろう? なのに、あなたの名に姓がついていないのは、不思議だと思った」


「何も不思議なことはありゃしないよ……あたしはもともと、ルウの家の人間だったのさ……」


「そうなのか? ……しかしあなたは、さっきこのリミ=ルウを孫の子と呼んでいた。嫁にはいかず、婿を取ったということか?」


「ああ、そうさ……あたしはすべての兄弟を若いうちに失ってしまったから、ルウの血を守るには、あたしが婿を取るしかなかったんだよ……」


「それでは、あなたは、家長であったのか?」


 アイ=ファの目が、驚きに見開かれる。

 老婆は、とても静かな表情で笑った。


「もう何十年も昔のことさ……今の家長は、あたしの孫だよ……」


「すごい。女衆で家長をつとめていた人間を見るのは、初めてだ」


 草むらに手をついて、アイ=ファが身を乗り出す。

 リミ=ルウは、「うー?」と不思議そうにその顔を見上げやった。


「今じゃあ、そこまで男衆が絶えたら、家族ごと他の家に入るだろうからねえ……でも、兄弟はみんなギバに突き殺されちまったけど、父親の家長だけは元気に生きていたから、どうしてもルウの血を守りたかったんだろう……あたしは別に、家長になんてなりたくなかったんだけどねえ……」


「そうなのか? でも、それはすごいことだ」


 感嘆の念に瞳を輝かせる少女の顔を、老婆は穏やかに見返した。


「まあ、こうしてたくさんの家族に囲まれることができたんだから、それは正しい道だったのかもしれないけれど……その頃のあたしには、何が正しいのか、わからなかった。もっと正しい道があるんじゃないかと、ずっと悩んでいた……そして、それは今でもわからないままなのさ……」


「そうなのか」と、アイ=ファは少し表情を改めて、身を引いた。

 そして、またちょっと唇をとがらせながら、上目遣いで老婆を見る。


「……何か悲しいことを思い出させてしまったのなら、謝る。あなたを悲しませるつもりではなかった」


「大丈夫だよ……あんたは優しい娘だね、アイ=ファ……」


「別に、優しくはない」と、アイ=ファは両膝を抱えこんだ。

 そのまま、暗い眼差しを黄色い地面に落とす。


「……ファの家の話を聞いてもらえるだろうか、ジバ=ルウ?」


「ああ。何でも聞かせておくれ……」


「ありがとう」と、アイ=ファは自分の膝をぎゅっと抱きすくめる。


「……母メイは身体が弱いから、もう私の他に子どもは作れないのだ」


「ふうん、そうなのかい……」


「だから将来は、嫁にいくか婿を取るしかないと言われるのだが、私は狩人になりたいのだ。狩人になって、父ギルを支え、母メイを守りたい」


「いいじゃないか。立派なことだよ……」


「だけどそれではファの血が絶えてしまうと、母は泣くのだ。たとえ嫁にいってファの姓を失うとしても、私が子さえ成せば、父や母の血は続いていくのだと」


 黄色い地面を見すえる少女の瞳に、また強い感情の光が渦巻いていく。


「私が狩人となって母を守ることよりも、嫁にいったり婿を取ったりして血筋を残すことのほうが、母にとっては幸せなことなのだろうか……?」


「……それは、あんたの母親にしかわからないことだねえ……」


 厚くかぶさったまぶたの下から、老婆の透徹した瞳が少女を見つめた。


「そして、あんたにとっての幸せが何か、ということは、あんたにしかわからないことさ……だからあんたは、自分にとっての正しい道を探すしかないんだよ……」


「……私にとっての、正しい道」


「ああ。男衆と結ばれて我が子をその胸に抱くのも、狩人として家族を守り森に朽ちるのも、それはどちらも幸福な道なんだろう……その道の、どちらが自分にとって正しい道なのかを、ゆっくり探していくしかないだろうねえ……」


「…………」


「狩人になれるのは13歳。婚儀を許されるのは15歳。まだまだ時間はあるじゃあないか? ……これからあんたは色んな世界を知っていくんだろうから、それらを全部見きわめてから、正しいと思えるほうに進んでいけばいいんだよ……」


「そうだな。あなたは正しいと思う」


 言いながら、アイ=ファは立ち上がった。

 そうしてジバ=ルウを振り返ったその面には、とても無邪気であどけない笑顔が浮かんでいた。


「あなたに会えて良かった、ジバ=ルウ。ルウのように大きな家には尊大な人間しかいないと思っていたが、そうでないことを今日は知ることができた」


「もう帰るのかい……?」


「うむ。そろそろ戻って、母メイの仕事を手伝わなくてはならない」


「それじゃあ、あたしらも帰ろうかねえ……」


 腰の曲がった老婆のために、アイ=ファは身体を支えてやった。

 そうして、木漏れ日に照らされる道で、また向かい合う。


「ねー、またあそぼー」と、リミ=ルウがアイ=ファの指を引っ張った。

 アイ=ファは、困惑したようにリミ=ルウとジバ=ルウを見比べる。


「ジバ=ルウ。私は今日、このリミ=ルウと遊んだだろうか?」


「さあ……リミにとっては、そうだったんじゃないのかねえ……」


「そうか」と、アイ=ファは額にかかる金褐色の髪をかきあげた。


「それでは、また木渡りの練習をするときは、南に向かうことにする」


「それじゃあ、あたしらも散歩に行くときは北に向かうことにするよ……」


「では」「じゃあね」「またねー」


 少女は北に帰り、老婆と幼子は南に帰った。


 そうして数年後に老婆が足を弱めて外を出歩けなくなるまで、彼女たちは誰に邪魔されることもなく、ひそやかに友愛の芽を育み続けたのだった

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