ファの家の晩餐①~ルウの家の勉強会~
2020.6/29 更新分 1/1
・今回は全8話の予定です。
ゲルドから届けられた数々の食材を森辺に持ち帰った俺たちは、しばらくその研究にかかりきりになることになった。
何せ、野菜や果実や調味料や、酒類や腸詰肉や乾酪までもろもろひっくるめると、いきなり18種もの新たな食材が登場したのである。これまでも、新たな食材が登場するたびに、俺たちは賑やかな日々を送ったものであったが――これだけの食材をいっぺんに迎え入れたのは、さすがにこれが初めてであるはずであった。
幸いなことに、野菜や果実などは使い勝手がいいものばかりであるように感じられる。長ネギのようなユラル・パも、小松菜のようなファーナも、キュウリのようなペレも、カブのようなドルーも、トウモロコシのようなメレスも、俺が扱いに困ることはなかった。夏ミカンのようなワッチも、ブルーベリーのようなアマンサも、それは同様であろう。
よって、研究に多くの時間を取られたのは、やはり香草と調味料であった。
こちらにおいても、おおよそは自分が知るスパイスや調味料に当てはめることができている。が、似ていても同一の存在ではないし、これまでに組み上げた味の中に新たな香草や調味料を投じるというのは、やはり大ごとであるのだ。「これで完成!」と満足していた料理に、また新しい道が開けるのだから、これは嬉しくもあり悩ましくもある事態であった。
だけどもちろん、そんな悩ましさをも喜びに昇華できるのが、森辺のかまど番たちである。
少なくとも、俺の身近にいるメンバーは、誰もが新たな食材の登場に発奮していた。城下町においてはちょっと弱気な顔を見せていたシーラ=ルウも、現在ではレイナ=ルウらと手を取り合って、研究に励んでいる。城下町には同行できなかったユン=スドラやマルフィラ=ナハムやレイ=マトゥアたちも、それは同様であったのだった。
そうして、あっという間に5日ばかりの日が過ぎて――茶の月の10日である。
その日の屋台の商売が終わりに近づいてきた頃、城下町から2名の客人たちがやってきた。それは、ゲルドの料理人プラティカと、ヤンの弟子たるニコラであった。
「ああ、プラティカ。ずいぶんひさびさになってしまいましたね」
すでに自分の屋台の販売を終えていた俺は、青空食堂で彼女たちを迎えることになった。ニコラは一昨日にも宿場町に出向いてきていたが、プラティカと顔をあわせるのは6日ぶりである。『ギバ・カレー』と『ギバ肉の香味焼き』を両手に抱えたプラティカは、ちょっと懐かしく感じられる厳しめの無表情で、「はい」とうなずいた。
「これまで、挨拶できず、申し訳ありませんでした。アスタ、壮健で、何よりです」
「はい。そちらもお元気そうですね。この5日間は、ずっと城下町の料理店で修練を積んでいたのでしょう? ジェノス城のお人から、そのように聞いていましたよ」
屋台の営業日はジェノス城の使者が毎日宿場町を訪れて、アルヴァッハたちのためにギバ料理を購入してくれていたのである。そして本日はプラティカとニコラが森辺を訪れ、夜にはアルヴァッハたちもファの家にやってくるということが、昨日の内に伝えられていた。
「城下町の料理店は、如何でしたか? 実のところ、俺はまだヴァルカスの《銀星堂》ぐらいにしか足を運んだことがないのですよね」
「はい。有意義でした。……ただし、《銀星堂》、訪問、断られました」
「え、そうなのですか? ヴァルカスであれば、喜んでプラティカをお招きするかと思ったのですが……」
プラティカを招待すると、新たな食材について、より入念なレクチャーをしてもらえるという特典が付随するのだ。ヴァルカスとて、新たな食材には目の色を変えていたはずであるのだが――プラティカは『ギバ・カレー』をひと口すすってから、「いえ」と首を横に振った。
「私の助言、必要ない、宣告されました。そして、現在、新たな食材の検分、さなかであるため、厨の見学、しばらく差し控えてほしい、言われました」
「ああ、なるほど……きっとヴァルカスには、プラティカの準備した試食の料理を口にするだけで十分だったのでしょうね。プラティカの力が不要なわけではなく、すでにその恩恵を満喫し尽くしたということなのですよ」
俺はそのようにフォローをしてみせたが、プラティカの瞳には不満そうな光が渦巻いていた。どうやらアルヴァッハは、ジェノスにおいて俺とヴァルカスこそがプラティカの見習うべき存在であると喧伝していたようであるのだ。そのヴァルカスにすげなくあしらわれては、それは不満も募ろうというものであった。
「何にせよ、プラティカをまた森辺にお迎えできるのは、嬉しい限りです。ニコラともども、よろしくお願いいたします」
「はい」と、ふたりは同時にうなずいた。
プラティカは無表情で、ニコラは仏頂面という違いはあったが、どこか似た部分もある両名である。不愛想でいささか直情的というのが、その最たるものであったろうか。ここにツヴァイ=ルティムでもぶちこんだら、なかなか愉快なトリオが結成されそうなところであった。
「……そういえば、ニコラはおいくつなられたのでしたっけ?」
真剣な面持ちで『タラパとマロール仕立てのシチュー』をすすっていたニコラは、「は?」と不機嫌そうな顔をあげた。
「なんでしょうか? あまりに唐突であったので、面食らってしまったのですが」
「それは申し訳ありません。ただの好奇心であったので、無理にお答えにならなくても――」
「わたしは、17歳となりました」
それだけ言って、また料理のほうに集中してしまう。
17歳であれば、まあいくぶん童顔といったぐらいであろうか。13歳のプラティカよりも10センチぐらいは小柄であるようだが、それは相手が東の民であるのだから、致し方のないことだ。褐色の巻き毛を短めに切りそろえて、白い肌にそばかすの目立つニコラは、貴族の身分を剥奪されて、ダレイム伯爵家の使用人に成り下がったという、複雑な経歴を持つ少女であった。
「……料理店ばかりでなく、昨日、ダレイム伯爵家、厨、お邪魔しました」
と、食事の合間にプラティカがそう告げてくれた。
「ヤン料理長、手際、見事であった、思います。繊細、そして、流麗です」
「そうですか。ヤンは大事な友人ですので、そのように言ってもらえるのは誇らしいです」
「……ただし、ジェノスの料理人、いささか奇異、思います。私、巡った領地の料理人、手際、まったく違っています」
「西の王国の、別の領地の料理人ですか。俺にはそっちのほうこそ、まったく想像もつかないですけれど……でも、ジェノスというのはちょっと特殊な土地柄なのでしょうね。東や南の食材がふんだんに買いつけられているのに、少し前まではごく限られた人間しかそれを扱えなかったという、複雑な経緯が原因であるのかもしれません」
「はい。誰もが、実験的、思います。私、大きく刺激、受けています」
プラティカの紫色の瞳には、闘志の炎がめらめらと燃えているようであった。
そんな会話をしばらく楽しんだのち、屋台は無事に閉店である。すっかり落ち着きを取り戻した宿場町であったが、本日も料理が売れ残ることはなかった。
プラティカとニコラを引き連れて、街道を南に下っていく。プラティカが鋭く声をあげたのは、露店区域の真ん中あたりに差し掛かったときであった。
「こちら、さまざまな料理、売られているようです。私、初見です」
「ああ、数日前から、宿屋の方々が寄り集まって料理の屋台を出すようになったのですよ。そのいきさつは、プラティカも寄り合いで聞いていたでしょう?」
「……はい。失念していました。こちら、注目するべき料理、存在しますか?」
「ええ。中には、かなり質の高い料理を出している屋台もあるはずですよ」
こちらの区域でも、商売の時間は終わりに近づいているのだろう。しかし、昼時の賑わいが、まだ熱気として漂っているように感じられた。
出されている屋台は10店ほどで、小規模ではあるが青空食堂も設営されている。やはり森辺の屋台に対抗するには、食器を使った本格的な料理も必要であると考えたのだろう。そちらでは、まだ談笑しているお客の姿が見えた。
「あー、来た来た! ほら、アスタたちも商売を終えたみたいだよー!」
と、屋台の一角からユーミの元気な声が聞こえてくる。
そちらを振り返った俺は、「あれ?」と声をあげることになった。《西風亭》が出しているお好み焼きの屋台のそばに、森辺の民の一団が固まっていたのだ。
「おお、もうそんな刻限になっていたか。ずいぶん長らく邪魔をしてしまったな」
「いいっていいって! こんな時間には客足も落ち着いちゃうからさ。また気が向いたら、いつでも遊びに来てよ!」
「うむ。いずれまた立ち寄らせてもらおうと思う」
ユーミとそのように語らっていたのは、金褐色の髪を落ち武者のように垂らした、小柄な男衆――ラヴィッツの長兄に他ならなかった。
ラヴィッツの長兄は他の同胞らに小声で何かを伝えてから、ひょこひょことこちらに近づいてくる。その落ちくぼんだ金壺まなこが、まずはプラティカを見やった。
「おお、誰かと思えば、ゲルドのかまど番であったか。しばらく姿を見なかったが、また森辺に参じようという心づもりか?」
「はい。あなた、何していますか?」
「俺か? 俺は、宿場町を検分していたのだ。ラヴィッツの血族は、休息の期間であるのでな」
そう、ラヴィッツの人々は収穫祭で宣言していた通り、毎日けっこうな人数で宿場町に下りていたのだった。
いや、ラヴィッツの血族ばかりでなく、ミームやスンの人々もそれは同様である。朝方にはファの家を訪れて下ごしらえの仕事を見学し、その後は宿場町に下りて、領民たちと絆を深めている。それもちょうど、プラティカが城下町に引きこもってから開始された行いであったのだった。
「そうか。今日の夜には、またゲルドの貴人というやつがファの家を訪れるのだったな。お前も、それに同行するわけか」
「はい。貴人の方々、日没前、来訪します。私たち、調理の見学です」
「私たち? ……そちらも、客人であるのか?」
ラヴィッツの長兄が、ゆるりとニコラのほうを振り返る。何せ柔和とは言い難い風貌をしている御仁であるので、ニコラはなんとかたじろがないように気を張っている様子であった。
「……わたしはダレイム伯爵家に仕える身で、ニコラと申します。本日は、プラティカ様とともに森辺の厨の見学をさせていただきます」
「くりや? ああ、かまどの間のことか。……貴族の家に仕えているということは、お前は貴族ではないのだな?」
「はい。わたしは侍女であり、料理番となります」
「そうか。貴族などとは、どのような口をきけばいいのかもわからんのでな。お前が貴族ならぬ身であるのなら、幸いだ」
そう言って、ラヴィッツの長兄はにんまりと微笑んだ。
その目が、あらためて俺を見やってくる。
「朝方には言い忘れていたが、今日は俺もお前たちの仕事っぷりを見物させてもらおうと考えていたのだ。取り仕切り役として、許しをもらえるか?」
「え? 宿場町の検分は、もういいのですか?」
「今日のところは、もう十分だ。あっちの連中は、横笛やら歌やらを学ぼうというつもりであるらしいがな」
彼らが調理の見学を申し出るのは朝方のみであり、この時間の勉強会を見学したいと言われるのは初めてのことであった。
断る理由はまったくないが、それと同時に、俺は許しを与える立場ではなかった。
「実はですね、今日はルウ家で勉強会を行う日取りであったのです。申し訳ないのですが、ルウ家の方々に許しをもらっていただけますか?」
「ほう、ルウ家か! 族長筋に乗り込むというのは、なかなか気が引き締まる思いだな!」
そんな風に言いながら、ラヴィッツの長兄はにまにまと笑っている。収穫祭以降、こうして顔をあわせる機会が増えたものの、なかなか内心は読みにくい相手であった。
「許しを乞うべきは、女衆の束ね役たる族長の伴侶であろうな。では、俺はルウの集落の前で待つので、取り次ぎを頼めるか?」
「え? でしたら、荷車でご一緒にどうぞ」
「いやいや、俺などが同乗したら、他の人間が気詰まりであろう。……というか、周りが女衆ばかりだと、女臭くてかなわんのだ。駆け足で森辺に戻るのも修練になるので、気づかいは不要だ」
ということで、ラヴィッツの長兄はさっさと人混みの向こうに消えてしまった。
こちらはのんびりと街道を歩きながら、俺はニコラへと声をかけておく。
「どうやら見物人がまた増えてしまったようです。でも、あちらは俺もご縁のあるお人ですので、どうぞご安心ください」
「……はい。無理を言って厨の見学を願い出たのはこちらなのですから、どうぞお気になさらないでください」
そうして俺たちは《キミュスの尻尾亭》で屋台を返却したのち、荷車で森辺を目指すことになった。
その行き道で、御者台の俺に謝りたおしていたのは、マルフィラ=ナハムである。
「ど、ど、どうも申し訳ありません。わ、わたしが勉強会のことであれこれ騒ぎ回っていたのが、ラヴィッツの長兄のお耳に入ってしまったのだと思います」
「ふうん? マルフィラ=ナハムは、あれこれ騒ぎまくっていたのかい?」
「は、は、はい。あ、あんなにたくさんの目新しい食材を扱うことができるようになって、ついつい気が昂ってしまったのです」
「あはは。何も謝ることはないさ。気持ちが昂揚しているのは、みんな一緒だろうからね」
すると、プラティカの声も背後から近づいてきた。
「新たな食材、如何でしょう? 使い道、考案、かないましたか?」
「ええ、おおよそは。でも、何せあれだけの数ですからね。なかなか検分のタネは尽きません」
「そうですか。アスタたち、どのような使い方、考案したのか、とても気になっていました。勉強会、晩餐、ともに楽しみです」
プラティカの声には、ぞんぶんに内なる熱情があふれかえってしまっていた。
そんなプラティカの期待に応えられれば、こちらも嬉しい限りである。
やがてルウの集落に到着すると、そこにはラヴィッツの長兄がちょこんと待ち受けていた。歩けば45分ほどの距離を駆け通したのであろうに、すっかり汗もひいている様子だ。
「待っていたぞ。女衆の束ね役に、取り次ぎを願いたい」
「はーい! それじゃあ、リミが案内するねー!」
御者台から飛び降りたリミ=ルウが、ラヴィッツの長兄ににっこりと笑いかける。リミ=ルウも、この数日で彼とご縁を結ぶことになったのだ。
本日も全員が勉強会の参加を希望していたので、3台の荷車でルウの集落に乗り込んでいく。プラティカとニコラの来訪については前日に願い出ていたので、すぐにミーア・レイ母さんが出迎えてくれた。
「ルウの家にようこそ。そっちのあんたは、おひさしぶりだね。レイナたちは、もうかまどの間で待ってるよ」
ニコラは、粛然とした様子で一礼する。彼女がルウ家の祝宴に参席してから、すでにひと月以上が経過していた。
数日ぶりであるプラティカとも挨拶を交わしたのち、ミーア・レイ母さんはラヴィッツの長兄に向きなおる。リミ=ルウが経緯を説明すると、ミーア・レイ母さんは「そうかい」と大らかに微笑んだ。
「男衆がかまど仕事の見物を願い出るなんて、珍しいことだね。どうぞぞんぶんに、見物していっておくれよ」
「うむ。その温情に、心より感謝する」
相手が族長の伴侶であるためか、ラヴィッツの長兄は真面目くさった面持ちで一礼した。
そうして刀と毒の武器を預けたならば、いざかまど小屋であるが――もちろん、この人数で突撃することは不可能である。ルウ家で勉強会を行う際には、眷族の家からも数多くの女衆が集まってくるものであるのだ。
新たな食材の検分には熟練のかまど番のみが参加し、残りの面々は分家の家へと散っていく。こちらの側から参加を許されたのは、俺とトゥール=ディンとユン=スドラ、マルフィラ=ナハムとレイ=マトゥアの5名であった。
ルウの血族からはリミ=ルウとシーラ=ルウとツヴァイ=ルティムとマイム、それに屋台の当番ではなかったレイナ=ルウおよびミケルが待ちかまえている。実に錚々たる顔ぶれであろう。
「お待ちしていました、プラティカにニコラ。今日はどうぞよろしくお願いいたします」
レイナ=ルウは、屈託のない笑顔でプラティカたちを出迎えた。そしてその手が、仏頂面のミケルを指し示す。
「ニコラは祝宴をともにしましたが、プラティカは初めてであるはずですね。こちらがルウの分家の家人であり、マイムの父親であるミケルです」
「はい。お目にかかれて、光栄、思います」
プラティカは、いっそう引き締まった面持ちで目礼をした。ミケルの素性に関しては、あらかじめアルヴァッハたちから聞き及んでいたのだ。そして、娘のマイムがどれだけ見事な腕を持っているかは、屋台の料理で証明されていた。
「……俺のような老いぼれに、そんな挨拶は不要だろう。さあ、とっとと始めるがいい」
ミケルに振られて、レイナ=ルウは「はい」とうなずいた。ルウ家の勉強会では、レイナ=ルウかシーラ=ルウが取り仕切るのが常であるのだ。
「それでは今日も、新たな食材の検分となりますね。ちょうどプラティカもいらしたので、まずは香草の検分を進めたく思います」
「はい。質問あれば、如何様にも、お答えします」
「ありがとうございます。実は、腸詰肉に使う香草について、ご相談があったのです」
新たな食材を迎えて、誰もが昂揚していたが、その中でもレイナ=ルウの意欲は余人の追従を許さなかった。プラティカを見つめるその瞳には、期待と喜びの光があふれかえっている。
「以前に城下町でも、ギャマの腸詰肉に使われている香草の種類をお聞きしました。それを参考にして、試作の品をこしらえてみたのですが……その味を見ていただけますか?」
レイナ=ルウが、木皿を差し出した。茹であげられて輪切りにされた腸詰肉が、どっさりと積み上げられている。この場にいる全員用の分が、すでに準備されていたのだ。
多少は余分があったようで、飛び入りの見学者であるラヴィッツの長兄も口にすることができた。その目が、「ほう」と見開かれる。
「こいつは、美味だな。俺の家では、そうそう腸詰肉というものを口にする機会もないのだが……なるほど、あらかじめ肉の中に香草を練り込んでいるわけか」
「はい。城下町で口にしたギャマという獣の腸詰肉が美味であったので、それを参考にしたのです。ただ……ギバとギャマでは肉の質が異なるので、思ったような調和は得られませんでした」
俺も味見をしてみたが、確かにいささか香草がききすぎているように感じられた。
入念に味を確かめていたプラティカは、やがて「はい」と首肯する。
「ギバ肉、ギャマ肉ほど、臭み、ないはずです。香草、香り、強すぎて、ギバ肉の味、阻害している、感じます」
「はい。わたしたちも、そのように思いました。もとより香草の種類が異なるので、同じ味を求めることはできないのでしょうが、それにしても余分な香りが強すぎるように思います」
このたびゲルドから届けられた香草の中で、腸詰肉に使われていたのは、セージに似たミャンツという1種のみであった。ゲルドには他にも数多くの香草が存在するのだが、それらはジギにも似たような種類が存在し、すでにジェノスでも流通されていたので、交易の品目には選ばれなかったのだ。
それでレイナ=ルウたちは、プラティカから得た情報をもとに、ジギの似通った香草を使ってこの腸詰肉をこしらえたわけであるが――残念ながら、城下町で口にしたギャマの腸詰肉に及ぶ出来栄えではなかった。
「ミャンツとピコの葉は、欠かせないように思います。でも、他の2種の香草は、まったく調和していないようですね」
「はい。それら、臭み、消すために、使われています。ギバ肉、臭み、少ないため、不要でしょう。むしろ、肉の風味、殺されています」
「そうですね。ただ、ミャンツとピコの葉だけでは、少し物足りないように思いますし……アスタは、どうお考えでしょうか?」
「そうだねえ。……シムの香草にこだわらず、ミャームーやケルの根なんかを試してみるのは、どうだろう? どっちもギバ肉との相性は抜群だから、ミャンツの香りとぶつからないようなら、なかなかいけるような気がするね」
「ミャームーやケルの根ですか。それは、思いつきませんでした」
レイナ=ルウはいっそう真剣な面持ちとなって、沈思した。頭の中で、懸命に試作品をこしらえているのだろう。
「うーん。ミャームーやケルの根であれば、きっとギバ肉の味を引き立ててくれるのでしょうね。ただ……わたしがギャマの腸詰肉を食べたときに感じた、あの感覚……香草ならではの清涼な風味というものが、やはり物足りないような……」
すると、ミケルが作業台の木皿を取り上げた。
「ならばいっそ、このブケラという香草を使ってみてはどうだ? ミャンツが欠かせないというのなら、こいつだって似たようなものだろう」
「ブケラですか」と、レイナ=ルウは意外そうな顔をした。
ブケラとは、ヨモギに似た香りを有する香草である。
「確かにブケラは、ミャンツと少し似ているように思います。でも、似たような香草を使うことで、何か変化を得られるのでしょうか?」
「似ていても、まったく同じわけではない。そういうものを重ねることによって、深みというものは生まれるはずだ」
ミケルは別の木皿を取り上げると、そこに木匙でブケラとミャンツを取り分けた。
それを軽く攪拌してから、木皿の上に鼻を寄せる。
「うむ。ミャンとミャンツを混ぜるよりは、よほど上等だろう」
「ああ、確かに……似た香りが混ざったことにより、新たな香りが生まれていますね」
レイナ=ルウは瞳を輝かせて、他のかまど番にも木皿を回してきた。
確かに、違いは歴然である。その違いが腸詰肉にどのような作用をもたらすかは不明であったが、試す価値はあるように思えた。
「ミャームーやケルの根を混ぜ込むのも、一興であろう。ただしそれでは、辛みが先に立つ恐れがある。ピコの葉の分量を加減するべきであろうな」
「はい! それではそれぞれの分量を変えて、何種類か作ってみようと思います! みなさん、3日後にまた味見をお願いいたしますね!」
どうやらレイナ=ルウは今回の改良案に手応えを感じたらしく、ほくほく顔であった。
「では、腸詰肉についてはここまでとしましょう。わたしはこの、ミャンという香草の取り扱いに迷っているのですが……アスタは、如何ですか?」
ミケルやシーラ=ルウとは普段から論議しあっているため、レイナ=ルウはもっぱら俺へと声をかけてくれるようだった。
この問いかけには答えを準備していたので、俺は「そうだね」と応じてみせる。
「俺も色々と考えたんだけど、ミャンはすり潰さずに、そのままの形状で使ってみても面白いかなと思ったよ」
「え? 葉の形のまま、香草を使うのですか?」
「うん。干した香草も水にひたすとやわらかくなるから、そうするといっそう使い勝手がいいように思うんだよね」
論より証拠で、俺は何枚かのミャンを水に漬けさせていただいた。
大葉のごとき風味を持つミャンは、直径10センチほどの丸い葉である。ココリやブケラは水に漬けると崩落してしまうのだが、ミャンとミャンツは水を吸い込んで、おそらくは干される前の状態に回帰してくれるのだった。
しばらくして、俺はミャンの葉をまな板に引き上げる。いくぶんしわしわの状態ではあったが、これで切ったり折り曲げたりできることは、すでにファの家で立証済みであった。
「たとえばこれを、薄く切ったギバ肉と一緒に丸めて、揚げ焼きにする。それだけでも、十分に美味しかったんだよね」
そのように説明しながら、俺は試食品をこしらえてみせた。
薄く切り分けたバラ肉の間にミャンの葉をはさみこみ、くるくると巻いてフワノ粉をまぶす。味付けは、とりあえず塩とピコの葉で十分だろう。それをレテンの油で揚げ焼きにすれば、もう完成だ。
丸められたギバ肉を輪切りにすると、断面からは肉とミャンの層が覗く。こういった見栄えも、ロール巻きの醍醐味であった。
「ミャンは熱を通しすぎると、けっこう風味がとんじゃうみたいだからね。煮物や汁物で使うよりは、こういうほうが効果的に使えるんじゃないのかな」
味見をしたかまど番たちは、誰もが明るい表情となっていた。
「美味しいですね! これもまた、今までになかった味わいだと思います!」
尻尾を振る子犬のような風情で、レイ=マトゥアがそう言った。
「そうだろう?」と、俺は笑ってみせる。
「ギバ肉は味が強いから、ミャンの葉もこれだけたっぷり使ったほうが、効果的だよね。キミュスの肉なら、もうちょっと分量を抑えられると思うんだけどさ」
「アスタはキミュスの料理でも、ミャンの使い道を考案されているのですか?」
「うん。《キミュスの尻尾亭》で出してる『キミュス肉のつくね』の中にミャンの葉を練り込んだら、きっと美味しいと思うんだよね」
そうして宿場町における使い道を考案するというのも、森辺のかまど番の役割であったのだった。
「あとは、生のまま細切りにして肉料理の上にかけてみたり、ドレッシングの材料にしてみたり……なんだったら、煎餅に使ってみても面白いかもね。これはきっと、干しキキとも相性がいいように思うんだ」
「なるほど。さすがは、アスタですね。……やはり、アスタの故郷にもミャンに似た食材があったのでしょうか?」
「うん。俺はそういう特権を駆使してるだけだから、感心するには及ばないよ」
「いえ。城下町で学んだミケルや、ゲルドで学んだプラティカと同じように、それもアスタのまぎれもない力量であるのでしょう。そんなアスタに学べる幸運を、何度でも感謝したく思います」
やはり普段よりもテンションの高いレイナ=ルウが、そんな風に言いながら俺を見つめてきた。
その目がすぐに、マルフィラ=ナハムへと転じられる。
「では、マルフィラ=ナハムは如何ですか? 昨日もファの家で、新たな食材の検分に取り組んだのでしょう?」
「え? は、はい。で、ですが、わたしなどが口を出しても、詮無きことですので……」
「そんなことはありません。マルフィラ=ナハムはもっと自分の考えを口にするべきだと、収穫祭でもお伝えしたでしょう?」
青い瞳を力強くきらめかせながら、レイナ=ルウはそのように言い張った。
「とりわけ、香草に関してはマルフィラ=ナハムの意見をうかがいたく思います。新たな4種の香草について、どのような思いを抱いているのか、是非お聞かせください」
「は、はあ……じ、実は、収穫祭でお出しした香草の料理に、新たな香草を使ってみてはどうかと考えているのですが……」
そうしてその日の勉強会も、どんどん白熱していくことになった。
プラティカとニコラとラヴィッツの長兄の3名は、そんなかまど番たちの姿をそれぞれ興味深く見守っている様子であった。