新たな食材③~試食の会~
2020.6/15 更新分 1/2
「お待たせいたしました。こちら、試食用の料理です」
そのように宣言するプラティカの前に、数々の料理が並べられていた。
何せこの場には、森辺のかまど番を含めて25名ぐらいの人間が集っているのだ。ひとり分は微量であっても、2面の作業台が埋め尽くされるほどの分量であった。
「ひとつずつ、紹介いたします。こちら、キミュスの肉、煮込み料理です。ゲルドの食材、ファーナ、ミャンツ。ドゥラの食材、魚醤。マヒュドラの食材、メレス、ドルー、使っています」
巨大な深皿が、赤紫色の煮汁に満たされている。マヒュドラの根菜であるドルーが主体とされているようだ。そこに小松菜のごときファーナの緑色と、小さな豆であるメレスの黄色が散りばめられて、なんとも鮮やかな彩りであった。
(それで、えーと……ミャンツっていうのは、セージみたいな香草か。名前を覚えるだけでひと苦労だな、これは)
俺がそのように考えていると、プラティカがさらに言葉を重ねた。
「素材の味、活かすため、簡素な料理、選びました。物足りない面、あるでしょうが、ご容赦いただきたく思います」
「ふむ。調味料は、魚醤とミャンツのみなのでしょうかな?」
ティマロのさっそくの質問に、プラティカは「いえ」と首を振る。
「それでは、味、足りないため、塩と砂糖、使っています。ただし、分量、わずかです」
「承知しました。それでは、さっそくいただきましょう」
深皿のそばに待機していた小姓たちが、人数分の料理を取り分けてくれる。
近くで見ると、ドルーの赤紫色がいっそう鮮やかだ。根菜であるドルーを細かく潰して、煮汁の主体としたのだろうか。とろりとしていて、シチューのような質感であった。
で、お味のほうは――なんとも優しい味わいである。
セージのごときミャンツの香りがふわりと漂うが、辛みはないためにそれも優しげだ。それに何より、まろやかな甘みと根菜ならではの風味が際立っていた。
土臭いと言ってしまえばそれまでだが、決して不快な風味ではない。とても上質なカブのような、いかにも大地の恵みといった味わいであった。
(そういえば、ボルシチの材料でビーツっていう赤い野菜があったよな。口にしたことはないけど、ビーツっていうのもこういう味わいなんだろうか)
何にせよ、日本で生まれ育った俺にもすんなりと受け入れることができり味わいだ。
そこに深いコクを与えているのは、やはり魚醤の恩恵であろうか。あの独特の香気はすっかり隠されているようだが、野菜を煮込んだだけでこれほどのコクは出せないように思える。魚醤の甘みと塩気がドルーの味わいと相まって、この料理の土台を支えているように感じられた。
そして、肝心の具材である。
小松菜のごときファーナは、実に罪のない味わいであった。じっくりと煮込まれたキミュスの皮つき肉とともに食すると、また格別である。これは汎用性の高そうな野菜であった。
ただ、メレスという黄色い豆に関しては、なかなかに驚かされた。何の気もなしに噛んでみると、その内側からはびっくりするほどの甘みが弾け散ったのだ。
ぷちぷちとした食感も心地好く、まるでコーンのようである。マヒュドラにおいてメレスは穀物として扱われているとのことであったが、熱を通さなければこれほどの甘みも生じないのだろうか。とりあえず、料理の彩りとしては素晴らしい存在感であった。
「ドルー、辛みとも調和しますが、いささか修練、必要です。また、キミュスの肉、臭み、少ないため、辛みや強い風味、不要である、思われます」
「ふむ。ゲルドにも、キミュスは存在するのでしょうかな?」
ボズルの問いかけに、プラティカは「はい」とうなずいた。
「ゲルドの食肉、ギャマ、ムフル、キミュス、ランドルです。ギャマ、ムフル、使う際は、ドルーの煮汁、辛みや強い風味、加えます」
「ムフルとは、大熊なる獣のことでしたな。ランドルとは、いかなる獣であるのでしょう?」
「ジェノス、ランドル、存在しませんか? ランドル、兎です。キミュス、同じぐらい、食べられています」
そんな興味深い雑学とともに、次なる料理へと移行された。
「次、汁物料理です。ゲルドの食材、腸詰肉、ユラル・パ、ファーナ、ペレ、ココリ。ドゥラの食材、魚醤、マロマロのチット漬け。使われています」
こちらは豆板醤のごときマロマロのチット漬けが主体とされており、かなり真っ赤な色合いであった。
ただ実際に食べてみると、辛みだけの料理ではない。むしろ、発酵した豆類のまろやかさと甘みが際立っており、そこに山椒のごときココリで辛さが加えられているようであった。
それにやっぱり、魚醤の恩恵があらたかなのではないだろうか。さきほどの煮込み料理にも負けないコクであり、飽きのこない味が確立されている。塩、ココリ、魚醤、マロマロのチット漬け、という4種の調味料でここまで深みが出せるのかと、感心するほどであった。
それに、具材との相性も素晴らしい。たっぷりと香草を使ったギャマの腸詰肉も、小松菜のようなファーナも、長ネギを思わせるユラル・パも、キュウリに似たペレも、それぞれがコクのあるスープと調和していた。
(ペレは生でも美味しかったけど、熱を通してもいけるんだな。いよいよ使い道に困らなそうだ)
それにユラル・パは、熱を通すといっそう長ネギめいている。
キュウリに長ネギ。ひさしく食べていなかった食材に再び巡りあえたような感慨が、俺の胸にはあふれかえってしまっていた。
「次、キミュスの肉料理、および乾酪です。ゲルドの食材、乾酪、ユラル・パ、ワッチ、ココリ、ミャン、ミャンツ、ブケラ。ドゥラの食材、魚醤。使っています。……こちら、食べ方の作法、存在しますので、皿、行き渡るまで、お待ちください」
ほとんどフルコースを味わわされているような心地で、俺たちは次なる皿が届けられるのを待ち受けることになった。
その間に、ルウ家の3名は熱っぽく意見交換を始めている。特にレイナ=ルウなどは、火のついた薪のように瞳を輝かせていた。
「どの食材も、素晴らしいと思います。また、野菜も香草も調味料も、これまでに触れたことのないような味わいを持ったものが多いので、いっそう胸が高鳴ってしまいます」
単品で味見をしていたときよりも、明らかにテンションが上がっている。プラティカの試食品が見事な出来栄えであったため、大いに想像力をかきたてられたのだろう。俺にしても、それは同様であった。
そんな中、肉料理の皿が届けられる。
皮を剥がされたキミュスの細長い胸肉がひと切れと、平べったく切り分けられたギャマの乾酪である。胸肉には朱色のソースとユラル・パの千切りが掛けられており、皿の端には香草のパウダーがちょこんと盛られていた。
「朱色の煮汁、ワッチ、魚醤、塩で作られています。乾酪、切り分け、香草の粉、まぶし、肉とともに、お召し上がりください」
ワッチとは、夏みかんのごとき味わいを持つ果実である。その果汁を魚醤と一緒に煮込んだのち、塩で味を調えたソースであるのだろう。その上に、千切りにしたユラル・パまで添えられているのが小憎かった。
とりあえずはプラティカの言う作法に従って、平べったい乾酪を切り分けていく。香草は4種であるので、4分割だ。キミュスの胸肉も大した量ではないので、4口で完食すればいいだろう。
まずは、山椒のごときココリをたっぷりとまぶして、キミュスの肉とともに口に運ぶ。
ココリは、舌が痺れるような辛みを持っている。しかし、乾酪のまろやかさとソースの甘酸っぱさが、それを緩和してくれた。
それに、乾酪のあの強烈な臭みが、まったく気にならない。ココリとソースの味わいがほどよく緩和して、臭気を風味に転化してくれたのだ。
それらの強い味わいが、ササミのように淡泊なキミュスの胸肉といい具合に調和している。これが力強いギバ肉であればどのような味わいになるのかと、そんな想像をかきたてられてやまなかった。
それに、これまででもっとも魚醤の存在感が強い。ワッチの甘さと清涼感にだいぶん緩和されているのであろうが、魚醤ならではの風味というものもぞんぶんに満喫できた。
(でも、魚醤とワッチとココリと乾酪の味を調和させるなんて、そう簡単な話とは思えないな。見た目は簡素だけど、これだけの味を組み立てるにはかなりの修練が必要だったんじゃないだろうか)
そんな感慨を胸に、俺は残りの香草も試させていただいた。
大葉のごときミャンも、セージのごときミャンツも、ヨモギのごときブケラも、それぞれ多彩な味わいを見せてくる。それらの香草には辛みも存在しないのに、乾酪の臭みを消すのに有用であるようだ。
個人的に、もっとも美味であるように思えるのはココリで、あとはミャンツ、ブケラ、ミャンという順番であった。きっとプラティカは香草そのものの味わいを強調するために単体で出したのであろうが、いずれも複数の香草をブレンドさせるのが最適であるように思えた。
「あの……このユラル・パという野菜は、最初に食べたものよりも辛みが少ないように思えるのですが……それは単に、香草や煮汁の味が強いために、そう感じるだけなのでしょうか?」
トゥール=ディンが、ぼしょぼしょと俺に囁きかけてくる。
そちらに向かって、俺は「いや」と首を振ってみせた。
「これは明らかに、辛みや風味が少ないと思うよ。たぶんユラル・パっていうのは、繊維に沿って縦切りにすると風味を抑えられるんじゃないのかな。ほら、プラも刻めば刻むほど、苦みが増すだろう? それと同じことなんだと思う」
「ああ、なるほど……でも、風味が薄くとも、この食感は印象的ですね。これならわたしも、心から好ましく思います」
そうしてトゥール=ディンが微笑をこぼしたところで、次なる料理のお披露目であった。
「次、シャスカ料理です。ゲルドの食材、ペレ、ミャンツ。ドゥラの食材、ペルスラの油漬け。マヒュドラの食材、ドルー、使っています」
プラティカはシムの作法に則って、麺状のシャスカ料理を準備していた。
キュウリのごときペレは生のまま細切りにされており、赤紫色のカブのごときドルーはくし切りで熱を通されている。そしてそれが、強烈な香りを持つペルスラの油漬けとともに、シャスカと和えられているのだった。
「また、味、足りないため、この料理のみ、チットの実、使っています。それ以外、塩のみです」
これまでの試食品を堪能していた料理人たちも、何名かは及び腰になっていた。やはり、クセのあるアンチョビを思わせるペルスラの油漬けに、腰が引けてしまうようだ。
だけどそれはティマロの言っていた通り、魚介類に馴染みが薄いためであるのだろう。俺はすでに、その香りを芳しいものであると認識できるようになっていた。これもまた、俺にとっては郷愁感を喚起される、懐かしき青魚の香りであったのだ。
そうしてそのシャスカ料理を口にした俺は、素直に美味であると見なすことができた。
ペルスラの身は細かくほぐされており、ソーメンのような形状をしたシャスカに絡んでいる。トウガラシのようなチットの辛みとセージのようなミャンツの風味も秀逸で、ちょっと手を加えれば上出来なパスタに仕上げられそうな予感がした。
また、煮込み料理ではとろとろに溶かされていた、ドルーである。
鮮烈なる赤紫色をしているが、やはりこの味はカブを連想させる。あまり入念には熱を通されていないようで、食感はやや歯ごたえが強く、それがシャスカのもちもちとした食感といい具合に調和をもたらしている。ほんのり甘くて、ほんのり土臭い風味も、この料理においてはほどよいアクセントであった。
「あれ……思ったより、食べにくいこともないですね」
と、トゥール=ディンがこっそり呼びかけると、マイムは「はい!」と笑顔で応じた。
「というか、すごく美味だと思います! これにタウ油を使ったら、もっと美味しそうじゃないですか?」
「そうですね……あと、燻製魚や海草の出汁を加えてもいいかも……塩辛さは強いのですけれど、根っこの部分の味が足りていないような……」
トゥール=ディンの声は至極ひかえめであったのだが、たまたま近くを通りかかっていたプラティカが「私、同じ気持ちです」と割り込んだ。
「ただし、ペルスラの油漬け、素の味、活かしたかったので、チットの実のみ、使いました。調和、足りておらず、恐縮です」
「い、いえ、決して文句を言っているわけでは……」
トゥール=ディンが慌てて首を横に振ると、力強く微笑んだレイナ=ルウが進み出た。
「それはきっと、他の料理も同じことなのですよね? どの料理も美味でしたが、簡素であろうというプラティカの気持ちが強くにじんでいたように思います」
「はい。素の味、魅力、知っていただく、本分ですので」
「はい。いずれの食材も、とても魅力的でした。そして、プラティカが自分の思いのままに作りあげた料理を食べてみたいと、いっそう強く思うことになりました」
敬愛するレイナ=ルウの言葉に、プラティカはちょっともじもじとしていたが、なんとか無表情を保ちつつ、一礼した。
「……では、最後、菓子です。ワッチ、フワノの菓子。アマンサ、大福餅です」
「だいふくもち?」と、あちこちから不審げな声があげられた。
その反応に、プラティカのほうも小首を傾げる。
「大福餅、ご存じ、ありませんか? アスタ、考案した、シャスカの菓子です」
すると、ボズルが「おお!」と大きな手を打った。
「それは復活祭の前、《銀星堂》でトゥール=ディン殿が供してくださった菓子ですな? 何故にゲルドのプラティカ殿が、そのような菓子を?」
「大福餅、作り方、ゲルド、伝えられたのです。城下町、伝わっていないのですか?」
「ええ。シャスカを粒のまま仕上げるという作り方は伝えられておりますが……たしかだいふくもちは、生のシャスカを乾燥させたのち、細かく挽いてフワノのように練りあげる、という話でありましたな」
「はい。その生地で、アマンサ、具材、包んでいます」
そんな風に答えてから、プラティカは他の料理人たちを見回していった。
「菓子、細工、必要です。よって、菓子のみ、細工を凝らしています。私、未熟者ですが、ご満足いただけたら、光栄に思います」
プラティカの紫色をした瞳に、挑むような光が浮かんでいる。
ただ、プラティカはもともと目つきが鋭いので、料理人たちもさほどは気にしていないようだ。最後の最後でプラティカが渾身の菓子を披露してくれるなら、俺としても嬉しい話であった。
そうして届けられたのは、まぎれもなくフワノの焼き菓子と大福餅である。
焼き菓子は、窯で焼きあげられたのだろう。表面はこんがりキツネ色で、どら焼きのように中央部がふくれあがっている。
それを見て、ティマロが「ふむ?」と眉をひそめた。
「たしか、ゲルドにはフワノが流通していないため、このたびの交易で取り引きされるようになったというお話ではありませんでしたかな? それでどうしてゲルドの料理人たるあなたが、フワノの焼き菓子などを作りあげることがかなうのでしょう?」
「私、3年間、セルヴァ、巡っていました。料理人、修練の旅です。そのさなか、フワノの扱い方、学びました」
「なるほど。では、大いに期待したいところですな」
ティマロは余裕の笑みを浮かべつつ、ごく無造作に焼き菓子を口に運んだ。
それを咀嚼する内に、ティマロの目がどんどん細められていく。
「これは……なかなかの出来栄えでありますな」
俺たちも、焼き菓子から先に食べさせていただくことにした。
表面はぱりっとしているが、内側はふっくらとして心地好い。砂糖とカロン乳と、それにキミュスの卵も使っているのだろうか。俺たちにとっては、王道とも言えるような生地だ。
その内側にはさみ込まれていたのは、夏みかんのごときワッチのジャムである。
ただでさえ甘いワッチに、砂糖や蜜も加えているのだろう。そこに、すうっと抜けていくような清涼なる香気が織り交ぜられている。本日お披露目された4種の香草ではなく、別なる香草であるようだ。
それに、時折ぷちりと何かが弾けるような感触がする。
これはどうやら、入念に煮込んだジャムの中に、生のワッチも投入されているらしい。見た目はイクラにそっくりであるワッチの果肉が、窯焼きの熱にも耐えて、原型を保っているのだ。甘く仕上げられたジャムの中ではその果肉が酸味を強調する役割を担っており、繊細なる味の変化までをも演出していた。
「これは、美味ですね! トゥール=ディン、如何ですか?」
マイムが笑顔で呼びかけると、トゥール=ディンもちょっと無邪気な感じに「はい」とうなずいた。
「とても美味しいです。ワッチの実というのは、とても菓子に合うようですね」
続いて、大福餅である。
こちらには、ブルーベリーのごときアマンサのジャムがたっぷりと詰め込まれていた。ブレの実が存在しないゲルドでは、あんこを作ることができないのだ。
しかし、物足りないことは、まったくなかった。
というか、十分以上の出来栄えであり、あんこを使わない大福餅という新鮮さが、いっそう俺を楽しい心地にさせてくれた。
こちらもぞんぶんに甘いのだが、甘すぎるということはない。それに、試食で口にした生の果肉よりも、遥かに深い味わいをしていた。
ただ煮込んで砂糖や蜜を加えるだけでは、このような変化も生じないだろう。甘さだけでなく、酸味のほうにも厚みを感じるのだ。もしかしたら、レモングラスのような香草や、シールの果汁、あるいはそれこそママリアの酢でも使っているのかもしれなかった。
「……こちらの菓子は、美味でございますねえ」
と――試食会の場で、初めてダイアがはっきりと発言した。
「アマンサの実でしたら、わたくしもたびたび扱っておりますけれど……これはアマンサの素の味を活かしながら、さらにその味わいを大きくふくらませているように感じられます」
「……お気に召せば、光栄です」
プラティカは、張り詰めた面持ちで一礼した。
ダイアはあくまでも穏やかに、そんなプラティカを見返している。
「見ればまだお若いのに、いずれの料理も素晴らしい仕上がりでございました。……あなた様は、いったいおいくつなのでしょう?」
「私、13歳です」
プラティカの返答に、ダイア以外の人々がどよめいた。
その中から、ティマロが血相を変えて身を乗り出す。
「じゅ、13歳ですと? それは、真実でありましょうかな?」
「はい。このような場、年齢、偽ること、許されません」
「13歳……東のお生まれの御方は、なかなか年齢の見当をつけることが難しいものですが……いやはや」
ティマロは、感じ入ったように首を振った。
「あなたは城下町において、厨の見学を願い出ているそうですな。よろしい。我が《セルヴァの矛槍亭》でも、あなたをお迎えできるように取り計らいましょう」
「ありがとうございます。光栄、思います」
「こちらこそ、あなたのように力のある若き料理人をお迎えできるのは、光栄の至りでありますよ。菓子以外の料理にも目新しい手法がいくつも見られたので、わたしは興味深く思っておりました」
すると、あちこちから賛同の声があげられた。大勢の料理人たちが、プラティカの腕を認めてくれたのだ。それは俺にとって、我がことのように嬉しかった。
プラティカはそれらの言葉をどのように感じているのか。彫像のようにぴんと背筋をのばしたまま、ただ目礼を返している。
そこに、すうっと音もなく近づく者があった。
誰あろう、ヴァルカスである。
「本当に、見事な出来栄えでありました。わたしとしては、菓子の前に供された数々の試食の品に、賛辞を送りたく思います」
プラティカはいっそう鋭く目を細めながら、探るようにヴァルカスを見返した。
「それら、素の味、知っていただくため、あえて、簡素にこしらえました。賛辞、必要でしょうか?」
「はい。あれが正式な料理であれば、賛辞どころか罵倒を受けてしまうでしょう。あのように粗末な料理は口にする価値もなく、そのまま土に返したほうがよほど有意義であるように思います」
ぎょっとするようなことを言ってから、ヴァルカスはぼんやりと言葉を重ねた。
「あれらの料理は、いずれも隙間だらけでありました。その隙間にどのような味をあてがって、完全なる調和を目指すべきか……それを知らしめるために、あなたはあのように粗末な料理を供したのでしょう? おかげでわたしは想像力をかきたてられすぎて、頭が痛くなってきてしまったほどです」
「…………」
「最後の菓子を食することによって、その思いが確信に変わりました。あなたは、調和を知る料理人です。むろん、まだまだ至らない点はあるのでしょうが……13歳というお若さであれば、それも当然でありましょう」
そう言って、ヴァルカスはなんの感情も表さないままに、プラティカの手をぎゅっと握りしめた。
「ともあれ、あなたのおかげで目指すべき方向がより明確になりました。これらの食材は切らすことなく、定期的にジェノスまで運んでいただきたく思います。ゲルドの方々に、そのようにお伝えください」
プラティカが何か言い返すよりも早く、ヴァルカスはとっととその手を離して、きびすを返してしまった。
「帰りましょう。これらの食材は、この場で買いつけさせていただけるのでしょうか?」
「あ、はい。一定の量は研究用の分として無償でお渡しいたしますので、それを超える際にはひとまず銅貨をお預かりして、売り値が決定してからご精算を――」
慌てて駆け寄ってきた小姓に対して、ヴァルカスはてきぱきと食材の取り分けを指示していく。その姿に、他の料理人たちも色めきだっていた。ジェノスの双璧と呼ばれるヴァルカスが、すべての食材に大きな価値がありと認めたのだ。これで城下町における新たな食材の流通は、半分がた約束されたようなものであった。
(俺たちは俺たちで、宿場町で新たな食材をお披露目していかないとな)
では、俺たちもプラティカに感想を伝えさせていただこうか――というタイミングで、厨の扉が開かれることになった。
「森辺の皆様方、そろそろよろしいでしょうか? 貴き方々にご挨拶をお願いしたく思います」
あちらでも、試食会が完了したのだろう。
俺は早急に、プラティカにひと声だけかけておくことにした。
「呼ばれてしまったので、ちょっと席を外します。あとでゆっくり、感想を伝えさせてください」
「はい。承知しました」
やはり内心は覗かせず、プラティカはただ一礼した。大役を担った緊張感からか、これまでのように感情をこぼしてくれないようだ。
そうして俺たちはティマロたちが食材の争奪戦を繰り広げている姿を横目に、退室することになった。
小姓の案内で、石造りの回廊を進んでいく。その道中で、俺はひさびさにアイ=ファへと語りかけてみた。
「プラティカは、確かな腕を持っているように思うぞ。今度ファの家に招くときは、プラティカにも何か料理を作ってもらおうな」
「うむ。……あやつは立派に、大役を果たせたようだな」
アイ=ファは厳粛な表情を保持していたが、その眼差しは優しかった。