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異世界料理道  作者: EDA
第五十二章 ゲルドの再来
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合同収穫祭④~祝宴~

2020.6/11 更新分 1/1

 太陽が西の果てに没すると、広場の中央では儀式の火が灯された。

 それを背景にして立ちはだかるのは、ナハムの家長である。デイ=ラヴィッツが力比べの勇者となったため、進行役を交代したのだ。


 広場には、100名を超える5氏族の家人たちと13名の客人が立ち並んでいる。ナハムの家長の宣言とともに5名の勇者たちが進み出ると、その場には炎とともに歓声が乱舞した。


 的当ての勇者は、ミームの若き男衆。

 荷運びの勇者は、モラ=ナハム。

 木登りの勇者は、ラヴィッツの長兄。

 棒引きの勇者は、デイ=ラヴィッツ。

 闘技の勇者は、スンの家長。


 それらの勇者には、氏族の区別なく賞賛の声と拍手が届けられていた。

 だけどやっぱり、同じ血族には特別な感情がわきおこるものであろう。最後にスンの家長が勇者の草冠を授けられたときには、またスン家の女衆らが涙をこぼしてしまっていた。


「5氏族の中で、ヴィンの狩人だけは勇者の座を得ることがかなわなかったが、その身の力は間違いなく母なる森と同胞の前に示されている。何も恥じることなく、いっそうの修練を積んでもらいたい。……また、勝負には時の運というものも大きく関わっている。勇者の称号というのは、授かったのちにも勝利を重ねることによって真なる価値が得られるものであろう」


 ナハムの家長は勇者の席で黙然とあぐらをかいているデイ=ラヴィッツのほうをちらりと見やってから、言葉を重ねた。


「この5氏族で、再び収穫祭を行うかどうかは、また後日に会議を行った上で決するべきであろうが……俺としては、またミームやスンの狩人たちと力を比べられる日がやってくることを待ち望んでいる。この後は宴料理を楽しみながら、皆も心を定めてもらいたい」


 これはラヴィッツの血族の習わしであるのか、こういう場面で歓声で応じる人間はいない。

 静まりかえった広場を見回してから、ナハムの家長は再びデイ=ラヴィッツのほうを見やった。


「では、最後の言葉だけはデイ=ラヴィッツに任せたく思う」


「うむ。大儀だったな」


 デイ=ラヴィッツは丸太で造られた壇から降りて、土の地面を踏みしめた。

 すうっと忍び寄ったリリ=ラヴィッツが、その手に果実酒の土瓶を渡す。


「それでは、祝宴を開始する。……母なる森に、祝福を!」


 それまでの静寂を叩き破るようにして、「祝福を!」の声が唱和された。

 その後は、他の収穫祭と変わるところのない熱気である。俺の隣では、プラティカが鋭く紫色の瞳を光らせていた。


「生命力、凄まじいです。まるで、沸騰する鉄鍋です」


「ええ。俺も森辺の祝宴に参加するたびに、そういう思いを抱かされておりますよ」


 すると、宴衣装を纏った若い女衆が、楚々とした足取りで俺たちに近づいてきた。


「では、客人がたはこちらにどうぞ。すぐに宴料理を運ばせますので」


 俺たちは、勇者の壇のすぐ横手にある敷物へと案内されることになった。

 13名では人数が多いので、族長筋と小さき氏族で敷物が分けられる。俺とアイ=ファとプラティカと、ラッツおよびアウロの家長と女衆という顔ぶれだ。女衆も調理までは手伝ったが、配膳の仕事までは免除されたという話であった。


「我々は、こちらにお邪魔する」と、2名ずつの男女が同じ敷物に着席する。いずれも馴染みの薄い顔ぶれであったが、それはヴィンの家長とその末娘、ミームの長兄とその伴侶という顔ぶれであった。族長筋の敷物には、ラヴィッツやナハムの立場ある人々が差し向けられたようだ。


 客人の女衆は宴衣装を纏っていないので、この場で着飾っているのはヴィンの末娘のみとなる。その目は好奇心と警戒心を等分に含ませながら、俺やアイ=ファやプラティカの様子をうかがっているようだった。

 その父親たるヴィンの家長は、雄々しい風貌をした壮年の男衆だ。こちらは堂々とした立ち居振る舞いで、俺たちの姿を見回してきた。


「今日は見届け役として参じてもらい、ご足労だった。我々の収穫祭は、客人たちの目にどう映っただろうか?」


「うむ! 俺はラッツの家長として、ぞんぶんに楽しませてもらったぞ! こちらでもガズやベイムの連中と収穫祭を行うのが、楽しみでならんわ!」


 まずはラッツの若き家長が、いつもの調子で陽気に応じた。彼の血族たるミームの長兄とその伴侶は、ほっとした様子で微笑んでいる。

 ヴィンの家長は「そうか」と応じてから、アイ=ファのほうに視線を転じた。それを受けて、アイ=ファは粛然と「うむ」とうなずく。


「デイ=ラヴィッツが言っていた通り、収穫祭というのは血族と喜びを分かち合うための儀式であろう。しかし、血族ならぬ相手と力比べを行うのは、非常に有意であろうと思う。私などはひさしく力を比べる相手もいなかったので、余計にそう思うのであろうがな」


 ヴィンの家長は「そうか」と繰り返した。

 果実酒の土瓶を傾けていたラッツの家長は、うろんげな顔で身を乗り出す。


「そういうお前こそ、どのような心持ちであったのだ? 見物している俺たちでさえ、こうして血をたぎらせることになったのだぞ?」


「うむ。……我々はラヴィッツの眷族となって日が浅いので、デイ=ラヴィッツのいない場でむやみに心情をさらさないように心がけている」


「なんだ、つまらん考えだな! あのデイ=ラヴィッツというのは、それほどに狭量な人間であるのか?」


 そのデイ=ラヴィッツは勇者の席に座したまま、次から次へと訪れる人々から祝福を授かっている。その姿を横目で見やってから、ヴィンの家長は「いや」と首を横に振った。


「それは、デイ=ラヴィッツに命じられてのことではない。眷族とはそうあるべきだと、自分たちで考えた上のことだ」


 どうやらヴィンの家長というのは、きわめて慇懃な気性であるようだった。

 ちなみにヴィンというのは、この1、2年でラヴィッツの眷族となった氏族である。すべての眷族と合併して、現在は30名近い家人を抱えているそうだが、このままでは氏が滅ぶと考えて、ラヴィッツと血の縁を結ぶことになったのだ。言ってみれば、フォウの眷族となったスドラとまったく同じ境遇であったのだった。


「まあ、デイ=ラヴィッツはあのように難しげな顔をしているが、内心では合同収穫祭の喜びを噛みしめているのであろうよ! 今後ともに、ミームの連中をよろしく頼むぞ!」


 ラッツの家長がそのように言ったとき、まだ幼げな少年少女たちが宴料理を運んできてくれた。


「お待たせいたしました。ミームの女衆がこしらえたぎばかつとぎばかれー、ラヴィッツの女衆がこしらえた、えーと……タラパ仕立てのすいぎょーざとなります」


「おお、待ちかねていたぞ! こいつは、どれも美味そうだな!」


 言われた通りの品々が、敷物に並べられていく。とたんにプラティカは、鋭い眼光で料理を検分していった。


「『ギバ・カツ』、アルヴァッハ様、好まれていた料理ですね? 確かに、『ギバの揚げ焼き』とは、まるで異なっているようです」


「ええ。『ギバ・カツ』は、森辺でも好んでいる方々が多いですからね」


 あちらの敷物では、ジザ=ルウもひそやかに喜びを噛みしめていることだろう。

 揚げたての『ギバ・カツ』は大皿にどっさり盛りつけられており、小皿にはシールの果汁とウスターソースが添えられている。それらの料理を見回しながら、ヴィンの家長は俺とアイ=ファに頭を下げてきた。


「これらの木皿は、すべてファとルウの家から借りつけたものであるそうだな。俺からも、御礼の言葉を言わせてもらいたい」


 女衆が『ギバ・カツ』を取り分ける姿をうきうきとした面持ちで見守っていたラッツの家長は、逞しい首を「ふむ?」と傾げた。


「おお、そうか! 確かにこれだけの人数では、木皿の数も足りるまいな! それで、アスタたちが商売で使っているものを借り受けたということか!」


「うむ。もちろんラヴィッツやミームでも祝宴のために木皿を買い足していたが、借りたものと混同する恐れがあったので、そちらは使わずにおくことに定められたのだ」


 真面目くさった面持ちで、ヴィンの家長はそう言った。


「ヴィンやスンに十分な数の木皿がそろっていれば、ファやルウの世話になる必要もなかったのだろうがな。余計な手間をかけさせてしまい、申し訳なく思っている」


「とんでもありません。どうぞお気になさらないでください」


 そんなやりとりを経て、俺たちは女衆の心尽くしをいただくことになった。

『ギバ・カツ』も『ギバ・カレー』も『タラパ仕立ての水餃子』も、まずは過不足のない仕上がりである。真剣な面持ちですべての料理を口にしたプラティカも、こっそりその旨を告げてきた。


「料理、いずれも、素晴らしい仕上がりです。森辺、隅々まで、アスタの手ほどき、行き渡っているようです」


「はい。嬉しい限りですね」


 まあ、ミームの女衆はそれなりに経験を積んでいるし、ラヴィッツの料理はマルフィラ=ナハムが取り仕切っていたのだ。その期待に違わない完成度である、と評するべきなのであろう。

 そうして俺たちが舌鼓を打っていると、少し年配の女衆が手ぶらで敷物に近づいてきた。


「あの、そろそろ『ギバの丸焼き』が仕上がりますので、切り分けを手伝っていただけますでしょうか?」


 その言葉に応じて、ラッツとアウロの女衆が立ち上がった。ミームの中で『ギバの丸焼き』を切り分けた経験がある女衆はひとりしかいなかったので、あらかじめ手伝う約束をしていたのだろう。


「よかったら、俺もお手伝いしましょうか?」


「いえ、アスタは客人なのですから、どうぞ祝宴をお楽しみください」


「わたしたちも客人ではありますが、ミームの血族ですので」


 ラッツとアウロの女衆は朗らかな笑みを残して、立ち去っていった。

 こうまで完全に客人扱いというのはひさびさのことなので、俺はいささか落ち着かない。が、森辺の習わしを重んじるデイ=ラヴィッツの手前、あまり勝手な真似もできなかった。


(それならそれで、とことん客人として楽しませてもらうか)


 この場には、ほとんど初対面の人々も存在する。ヴィンの家長と末妹、アウロの家長、ミ-ムの長兄およびその伴侶だ。その中で、一番おずおずとしているヴィンの末妹に、俺は笑いかけてみせた。


「ヴィンの家では、ミソ仕立ての『ギバ汁』を担当していましたね。どのような仕上がりであるのか、とても楽しみです」


『ギバ・カレー』を熱心に食していた末妹は、たちまち緊張した面持ちでぴんと背筋をのばしてしまった。かたわらの父親たる家長も、すかさず俺に向きなおってくる。


「は、はい。これほど大量の料理をこしらえることはなかったので……けっきょく、マルフィラ=ナハムにあれこれ頼ることになってしまいました。わたしたちだけでは、どれだけの食材を準備するべきかも判断はつかなかったと思います」


「マルフィラ=ナハムは、頼もしいですよね。毎日屋台の手伝いを頼んでしまって、申し訳なく思っています」


「と、とんでもありません。わたしたちこそ、マルフィラ=ナハムに頼りきりで……」


 語尾が、ごにょごにょと小さくなってしまう。

 その代わりに、家長のほうが重々しく発言した。


「ファの家のアスタよ、ヴィンの家からファの家に預けたのは、こやつの姉である次姉となる。あやつはきちんと仕事を果たせているのであろうか?」


「ええ、もちろんです。おかげさまで、復活祭も乗り越えることがかないました」


 ヴィンの家長は、ぐっと身を乗り出してきた。


「お前は、きわめて優しげな気性をしているのだと聞いている。何か不手際があるのなら、それは隠さずに伝えてもらいたい」


「いえ、何も隠してはおりません。それに俺は、仕事で妥協しない人間だと任じておりますよ」


「そうか」と、ヴィンの家長は身を引いた。


「そちらの言葉を疑うような真似をして、申し訳なく思う。次姉本人が、自分は力が足りていないのではないかと不安に思っているようであったのでな」


「そうなのですか? 力が足りていないだなんて、そんなことはまったくないのですけれど」


「それはおそらく、ナハムの三姉と比べてのことであるのだろうな。どれだけの修練を積もうとも、ナハムの三姉に追いつける気がしないと、そのように言いたてていたのだ」


 俺は「ああ」と納得することになった。


「それはちょっと、マルフィラ=ナハムが特別であるのですよ。彼女は生まれつき、人並み外れて鋭敏な舌を持っているようですからね。その面に関しては、おそらく俺以上の才覚なのですよ」


「なに? そやつは、アスタ以上の才覚を備えているというのか?」


 かたわらから、今度はラッツの家長が身を乗り出してくる。

 笑いながら、俺は「はい」とうなずいてみせた。


「ただし、俺は自分に特別な才覚が備わっているなどとは、考えたこともありませんけれどね。俺はただ、物心がついたときから店の手伝いをしていたので、人より手慣れているというだけのことなのですよ。才能ではなく、環境によって力をつけることができたのだと考えています」


「ううむ。しかし、アスタ以上の才覚というのはなあ……」


「それは、狩人の方々も同じようなものなのではないでしょうか? 身体の大きさとか、力の強さとか、持って生まれた才覚というのももちろん重要なのでしょうが、どれだけ熱心に修練を積んできたかが、より重要なのだと思います。たとえば、いまや城下町の人々にも認められるほどのレイナ=ルウやトゥール=ディンだって、俺は特別な才覚を感じたりはしませんでした。それよりも、美味なる料理を作りあげたいと願う気持ちの強さが、彼女たちを開花させたのだと思います」


「なるほど」と、ラッツの家長は不敵に笑った。


「スン家の男衆も、この十数年で腕を錆びつかせていたからな。あの本家の家長などはきちんとギバ狩りの仕事に励んでいれば、今以上の力をつけることがかなったのだろう。それこそ、せっかくの才覚をくすぶらせていたというわけだ」


「確かにな。もちろんこの十数年間も、修練だけは怠っていなかったのであろうが……実際に森に出なければ、狩人の魂が育つことはない」


 ヴィンの家長がそのように応じると、ラッツの家長は熱心にうなずいた。


「あやつはあれだけの力を持っているのに、相手の呼吸を読むことは不得手であるように感じられた。だから、デイ=ラヴィッツにああまで翻弄されることになったのであろう。それもきっと、ギバを相手取る経験が足りていないゆえであるのだ」


 そんな風に言ってから、ラッツの家長は俺に向きなおってきた。


「で? 類い稀なる才覚を持っているというナハムの三姉は、かまど仕事に対して確かな熱情も備えているのか?」


「ああ、はい。熱情のほうも、誰にも負けていないと思います」


「では、飛び抜けた力を持つのも当然だな! そのような相手と比べて気落ちする必要はないのだと、お前の娘に伝えてやるがいい!」


 陽気に笑うラッツの家長につられた様子で、ヴィンの家長も薄く笑った。

 そこにまた、幼い男女がちょこちょこと近づいてくる。


「お待たせいたしました。こちらは、ナハムの女衆がこしらえたぎばこつらーめんと、ミームの女衆がこしらえた『ギバの丸焼き』となります」


「おお、ぎばこつらーめんと『ギバの丸焼き』か! いよいよ宴らしくなってきたな!」


 幼い男女は空になった木皿を片付けて、新たな木皿を並べてくれた。

『ギバ骨ラーメン』を後回しにすることはできないので、俺たちはさっそくそれぞれの木皿を取り上げる。屋台の商品と同じくハーフサイズであったが、きちんとチャーシューやオンダやティノなども添えられており、濃厚なる白湯スープの香りが芳しかった。


「これが……ぎばこつらーめんか」


 それを口にしたヴィンの家長は、驚愕のうめきをもらしていた。娘である末妹も、大きく目を見開いている。握り匙で『ギバ骨ラーメン』をかきこんでいたラッツの家長は、口の中身を呑み下してから、そちらに向きなおった。


「なんだ? もしや、ぎばこつらーめんを口にするのは初めてであったのか?」


「うむ。かねがね、噂には聞いていたが……ヴィンの家では、まだこれを作れるかまど番はいないのだ」


「そうかそうか! 言われてみれば、俺もまだ自分の家でこいつを口にしたことはなかったな! 次の祝宴では作りあげてみせると、女衆らも息巻いておったわ!」


 さすがマルフィラ=ナハムが取り仕切っていただけあって、こちらの『ギバ骨ラーメン』にも過不足はなかった。

 もちもちの中太麺に濃厚なスープがからみついて、たまらない美味しさである。処理が甘いとたちまち臭みが前面に出てしまうギバ骨の出汁も万全で、タウ油ベースのタレにも申し分はない。具材の火加減も、チャーシューの仕上がりも、どこにも不備は見られなかった。


「アスタ! わたしたちのこしらえたぎばこつらーめんは、如何です?」


 と、横合いから大きな声が響きわたった。

 振り返るまでもなく、ナハムの末妹である。宴衣装を纏っていっそう可愛らしい姿となった末妹は、空のお盆を手ににこにこと笑っていた。どうやら勇者たちに料理を届けた帰りであるらしい。


「やあ、お疲れ様。うん、これは完璧な仕上がりだと思うよ」


「ですよねー! わたしも自分で作っておきながら、うっとりするような美味しさでした! まあ、みーんなマルフィラ姉のおかげですけれど!」


 そんな風に言ってから、末妹はくりんとプラティカに向きなおった。


「あなたは宴料理の味見がしたくて、収穫祭に来られたのですよね? ぎばこつらーめんのお味は、如何ですか?」


「はい。驚嘆しています。私、宿場町で、『キミュス骨のラーメン』、食しましたが、こちら、別物です。アルヴァッハ様、賛嘆の理由、完全に理解しました」


「アルヴァッハって、ゲルドの貴人っていうお人ですよね? そのお人も、ぎばこつらーめんを口にしていたのですか?」


「はい。ルウ家、婚儀の祝宴にて、供された、うかがっています」


 そうしてプラティカは最後に残されていたスープもすすりこむと、深く息をついた。


「骨の出汁、風味、強烈です。ギャマの骨、匹敵するでしょう。ですが、不快な臭み、皆無です。すべて、心地好い風味、転化しています。香草、使っていないのに、暴風雨じみた味わいです」


「喜んでもらえて、よかったです! 他の料理もみーんな美味しいので、最後まで楽しんでくださいねー!」


 そんな言葉を残して、末妹はてけてけと駆け去っていった。

 するとそれと入れ違いで、リリ=ラヴィッツが近づいてくる。


「失礼いたします。最後となりましたが、こちらのお客人にも勇者たちにご挨拶を願えますでしょうか?」


「承知した」と、アイ=ファが立ち上がる。俺やラッツの家長らも、慌てて『ギバ骨ラーメン』を完食してから、それにならった。

 丸太の壇では、5名の勇者たちがあぐらをかいて、宴料理を楽しんでいる。まず声をあげたのは、ラッツの家長であった。


「勇者たちよ! 今日は素晴らしい勝負を見せてもらった! いずれの氏族も確かな力を備えており、森辺の同胞として誇らしく思うぞ!」


「ありがとうございます」と、右端の若い男衆が笑顔を返してくる。的当ての勇者となった、ミームの狩人だ。


「私も、同じ心情だ。……そして、スン家の狩人が正しき力を取り戻せたことを、心から喜ばしく思っている」


 アイ=ファが穏やかな声でそのように告げると、スンの家長も「うむ」と口をほころばせた。


「すべては、スン家を正しき道に戻してくれた、森辺の同胞のおかげであろう。俺も魂を返す前に、わずかなりとも狩人としての力を取り戻せたことを嬉しく思っている」


「わずかばかりの力では、その場に座ることもかなうまい。お前は勇者に相応しい力を取り戻したのだ。その力で、今後もスンの家人を正しく導いてもらいたい」


 そうしてアイ=ファは、デイ=ラヴィッツのほうに視線を転じた。


「それに、ラヴィッツの血族の力も見届けることがかなった。いずれも力のある狩人の中で、お前たちは勇者に相応しい狩人であるように思う」


「ふん。ラヴィッツの狩人など、ギバから逃げ回るだけの臆病者とでも思っていたか?」


 デイ=ラヴィッツは、相変わらずの憎まれ口であった。

 そのかたわらから、ラヴィッツの長兄がすくいあげるような視線を向けてくる。


「ファの家長は、女衆ながらも大層な力を持っているようだからな。俺が勝てるとしたら、せいぜい木登りぐらいのものだろう。母なる森は何を思って、お前にそのような美しさと狩人としての天分をともに与えたのであろうかな」


「……女衆の外見をむやみに褒めそやすのは、森辺の禁忌であろう?」


「おや? お前は狩人であるのに、女衆としての習わしに身を置いているのか? だからそのように、女衆の装束を纏っているわけか」


 そう言って、長兄はにんまりと微笑んだ。ただ軽口を叩いているのか、アイ=ファに悪心を抱いているのか、いささか判断が難しいところである。骨ばった落ち武者のごとき顔貌が、いっそうその内心をわかりにくくしているのだ。


(これで父親はデイ=ラヴィッツで、母親はリリ=ラヴィッツなんだもんな。末弟はともかくとして、ずいぶん個性的なご一家だ)


 最後に寡黙なモラ=ナハムにも言葉を届けて、勇者に対する挨拶も終了であった。

 俺たちが敷物に引き返そうとすると、小柄な人影が駆け寄ってくる。誰かと思えば、レイナ=ルウである。


「アスタ。マルフィラ=ナハムの料理は、もう口にされましたか?」


「いや、あの香草の料理は、まだ口にしていないんだよね」


「そうですか……アスタがどのような感想を抱くのか、それをお聞きしたかったのです」


 そのように語るレイナ=ルウは、何とも凛々しい面持ちになっていた。青い瞳などは、力比べに臨む狩人のように強くきらめいている。


「レイナ=ルウは、もうその料理を食べたんだね?」


「はい。あれは、驚くべき料理であったように思います」


 それは、嫌でも期待をかきたてられるコメントであった。

 俺は案内役であったリリ=ラヴィッツに、「あの」と呼びかける。


「俺もそろそろ広場を巡ってみたいのですが、それは許されますでしょうか?」


 リリ=ラヴィッツはこちらを振り返って、にんまりと微笑んだ。

 それでようやく気付いたが、この笑い方は長兄そっくりである。


「ええ。そもそも収穫祭に客人を招くことも初めてであったので、もてなしの作法などというものも存在いたしません。どのように振る舞おうとも、習わしに背くことにはならないでしょう」


 アイ=ファのほうを振り返ると、「よかろう」とばかりにうなずかれた。

 すると死角から、「おや」というざらついた声があげられる。


「ナハムの香草の料理を食べに出向くのか? であれば、俺もご一緒させてもらいたいものだ」


 それは、今しがた別れの挨拶を交わしたばかりの、ラヴィッツの長兄であった。いつの間にやら壇を離れて、俺の背後に忍び寄っていたのだ。


「ああ、はい、えーと……そちらも席を離れることが許されるようになったのですね?」


「祝福を授かるのも、お前たちが最後であったからな。他の連中も、好きにしているぞ」


 見れば確かに、デイ=ラヴィッツたちも敷物のほうに移動していた。族長筋の面々と、あらためて挨拶を交わしているようだ。


「それとも俺は、お邪魔であろうかな? ラヴィッツとファには古きよりの悪縁が存在したので、それを解きほぐす一助になればと考えたのだが」


「……いや、こちらにもその申し出を拒む理由はない」


 と、アイ=ファが厳粛なる面持ちでそのように応じた。


「よければ、同行を願う。お前とは、あまり親しく口をきく機会もなかったからな」


「ああ。親父殿がそちらに出張る際は、俺がラヴィッツの集落に居残る役割であったからな。このような際にしか、なかなか口をきく機会も得られないということだ」


 長兄は、再びにんまりと微笑んだ。

 かくして俺たちは、一風変わった顔ぶれでかまどを巡る事態に至ったのだった。

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