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異世界料理道  作者: EDA
第五十二章 ゲルドの再来
903/1677

合同収穫祭③~力比べ・後半戦~

2020.6/10 更新分 1/1

 一刻ばかりの休憩時間が終了し、力比べが再開された。

 次なる種目は、棒引きだ。腕力の他にも反射神経や俊敏性、それに相手の呼吸を読む技術までもが問われる、重要な種目である。


 そこで力を見せたのは、すべての氏族の家長たちと、それに数名の若き男衆であった。

 実のところ、ここまではデイ=ラヴィッツとスン本家の家長ぐらいしか印象に残されていなかったのだが――やはり家長というものは、血族を導くという責任感から、いっそう強靭な力を身につけるものであるのだろう。ナハムやヴィンやミームの、特に本家の家長たちは、並々ならぬ力で勝ち進んでいった。


 それに負けない奮闘を見せているのは、やはりその家長の息子たちだ。ラヴィッツの長兄やモラ=ナハム、それにスンの長兄なども、確かな力を持っているように見受けられた。


 特にモラ=ナハムなどは、体格にも秀でている。一見は鈍重な印象であり、的当てや木登りではあっさり敗退していた彼であるが、このたびは荷運びの勝負と同様に、類い稀なる力量を発揮していた。


 しかしまた、狩人の数などは50名ていどであるので、すぐに実力者同士の勝負が執り行われることになる。

 ナハムの家長は、スンの家長に敗れていた。

 ヴィンの家長は、デイ=ラヴィッツに敗れていた。

 スンの長兄は、ミームの家長に敗れていた。

 そして――快進撃を続けていたモラ=ナハムは、ふた回りも小柄なラヴィッツの長兄に敗れることになった。


 モラ=ナハムが地響きをたてて倒れ込んだときは、ひときわ大きな歓声があげられたものである。

 ただし、驚いているのは俺やミームやスンの人々ばかりであるようだった。ラヴィッツの血族にとって、これは番狂わせではなかったのだろう。人々は、いずれ本家の家長を受け継ぐであろう両名に、惜しみない拍手と歓声が送られていた。


 そうしてベスト4に進んだのは、デイ=ラヴィッツとラヴィッツの長兄、スンの家長とミームの家長であった。

 ラヴィッツの両名は、3度目の親子対決である。

 的当てと木登りの勝負では、息子のほうに軍配があがっていた。しかも長兄は、木登りの勇者である。ここでデイ=ラヴィッツが敗北を喫すれば、すでに親子の力は逆転していると見なされるところであったが――勝利したのは、デイ=ラヴィッツであった。


 どちらものらりくらりとしており、相手の虚を突くのを得意にしているようであったが、最終的には年の功であるデイ=ラヴィッツがグリギの棒を奪取してみせたのだ。試合の後はどちらも汗だくになっており、軽口を叩く余力も残されていないようだった。


「やはりあやつらは、確かな力を持った狩人であるようだな。私でも、3度に1度は負けるやもしれん」


 俺にだけ聞こえるように声をひそめて、アイ=ファはそのように語っていた。

 そのすぐそばで見物していたゲオル=ザザも、難しい顔で「ううむ」とうなっている。自分であれば勝てたかどうかと、やはり誰もがシミュレーションせずにはいられないらしい。


 そんな中、スンとミームの家長同士で、もう片方の準決勝戦が開始される。

 彼らの血族たちは、もちろんこれまで以上の歓声を送っていた。ラッツの家長などは、闘技会でディム=ルティムの奮闘を見守っていたダン=ルティムさながらの騒ぎっぷりである。


 しかし、勝利を収めたのはスンの家長であった。

 体格も年齢も同程度である両名は、実力も拮抗しているように思えたが、最後はスンの家長が執念で勝利をもぎ取っていた。文字通りの、粘り勝ちである。

 ミームの血族たちは落胆の声をあげ、スンの血族たちは歓喜の声をほとばしらせる。そして、それを圧するほどの勢いで、ラッツの家長がわめきたてていた。


「無念な結果に終わったが、どちらも素晴らしい力量であったぞ! 俺も勝負を挑ませてほしいほどだ!」


 ラッツの家長は直情的だが、無念の思いをすぐさま健全な方向に転化できる精神性の持ち主であるのだろう。ミームの家人たちも、それで落胆の声を呑み込み、彼らの家長に賞賛とねぎらいの言葉を送ることになった。


 そうしていくつか時間調整の勝負をはさんだのち、決勝戦である。

 息を整えたデイ=ラヴィッツとスンの家長が、広場の真ん中で向かい合う。これまた体格も年齢も同程度の両名だ。


 これまでの勝負を見た限り、腕力や俊敏性はスンの家長が上回っているように感じられる。デイ=ラヴィッツが上回っているのは、相手の呼吸を読む巧みさだ。

 いったいどのような結果になるのかと、俺も固唾を呑んで見守ることになったが――このたびの勝負は、それぞれの準決勝戦ほど長引くことはなかった。

 およそ30秒ほどで、デイ=ラヴィッツがするりと棒を奪い取ってみせたのである。


 もっとも数の多いラヴィッツの血族たちは、ここぞとばかりに歓呼の嵐を生み出していた。

 デイ=ラヴィッツは面白くもなさそうに口をへの字にして、グリギの棒を放り捨てる。ただしその禿頭は、わずか30秒ほどでまた汗だくになっていた。決して楽に勝ったわけではなく、集中に集中を重ねた上で、短期決戦に持ち込んだのだろう。スンの家長は無念そうにまぶたを閉ざしていたが、そちらにも多くの人々から歓声が送られていた。


「棒引き、児戯のよう、思いましたが、私、浅慮でした。森辺の狩人、力量、素晴らしいです」


 プラティカは、そのように評していた。

 その細面は無表情なれど、紫色の瞳は炯々と輝いている。山の民の荒ぶる血が、ぞんぶんに刺激されている様子である。


 そんなプラティカに追い打ちをかけるべく、最後の種目たる闘技の力比べが開始された。

 プラティカのみならず、アイ=ファやゲオル=ザザやダリ=サウティたちも、いっそうの熱意をたぎらせている。内心のうかがいにくいジザ=ルウも、きっと同様であるのだろう。やはり狩人としての力をはかるのに、闘技の力比べというのは肝要であるようなのだ。


 最初の内は、ごく穏便に試合が進められていった。

 しかし棒引きと同じように、実力者同士の対戦にそれほどの時間はかからない。最初に広場がわきたったのは、モラ=ナハムとスンの家長の勝負であった。


 スンの家長は中肉中背で、モラ=ナハムは5氏族で指折りの大柄な体格だ。筋肉の隆起よりも、骨格が異様にがっしりとしている印象で、腕も足もやたらと長い。なおかつモアイのように無機質な顔立ちをしているためか、モラ=ナハムが大きく腕を広げて立ちはだかるさまは、一種独特の迫力があった。


「お前であれば、この勝負の行く末を察することもかなうのか、アイ=ファよ?」


 ゲオル=ザザがそのように問うと、アイ=ファは気負いもせずに「うむ」と応じた。


「しかし、わざわざ口にする必要もあるまい。それほど勝負が長引くこともなかろう」


 アイ=ファが言う通り、勝負は1分ていどで決せられることになった。

 リーチに秀でたモラ=ナハムは、最後までスンの家長の身に触れることもできず、最後は足払いであっけなく転がされてしまったのだった。

 ラヴィッツの血族は、大きなどよめきをあげている。やはりモラ=ナハムも、ラヴィッツの血族では有数の狩人であるのだろう。


 その勝負を皮切りに、実力者同士のさまざまな戦いが繰り広げられることになった。

 デイ=ラヴィッツは、ナハムの家長に勝利した。

 ラヴィッツの長兄は、スンの長兄に勝利した。

 ミームの家長は、ヴィンの家長に勝利した。

 そうして奇しくもベスト4に進んだのは、棒引きとまったく同じ顔ぶれであった。くじ引きの結果がもたらした運命の妙であるのだろうが、それでもやはりこの4名が確かな力を持っているという証であるのだろう。


 ただし、準決勝戦の組み合わせはさきほどと異なっている。

 デイ=ラヴィッツの対戦相手はミームの家長であり、ラヴィッツの長兄の対戦相手はスンの家長であった。


「これはまた、興味深い組み合わせになったものだ。誰が勇者の座を得るのか、俺には想像することも難しい」


 楽しそうに笑いながら、ダリ=サウティはそのように言っていた。

 プラティカは、くいいるように対戦の場を見つめている。5氏族の家人たちに負けないぐらい、プラティカは闘技の勝負に夢中になっているようだった。


 そうして行われた、準決勝戦の第1試合――勝利を収めたのは、デイ=ラヴィッツであった。

 闘技の力比べにおいても、デイ=ラヴィッツは虚を突くのが基本戦術である。相手の攻撃をのらりくらりと回避して、ここぞというときに鋭く攻めたてる。決して身体能力が低いわけではないのであろうが、それでもやっぱり腕力とは別のところで勝負をするのが巧みであるようだ。


 その息子である長兄も、父親と似ている部分が多い。しかもこちらは女衆のように小柄であり、俊敏性にも秀でているものだから、いっそう厄介であるように感じられた。

 ライエルファム=スドラやチム=スドラほど、軽業師めいた体術をもちいるわけではない。相手から大きく離れることなく、間合いの1歩外側をひらひらと移動して、ときおり意想外の攻撃を仕掛けるのだ。


 スンの家長は、そのトリッキーな戦術に、大いに苦しめられていた。

 しかし、どれだけ翻弄されようとも、最後の一手だけは譲りきらず、勝負はどんどんと長引いていく。それを見守る人々は、否応なく熱狂することになった。


 そんな持久戦が、どれだけ続いたのか――おそらく、5分は超えたことだろう。軽やかにステップを踏むラヴィッツの長兄も、それを受けて立つスンの家長も、水をかぶったように汗だくとなり、地面には黒いしみが広がった。


 そして決着は、唐突に訪れた。

 足払いをすかされたラヴィッツの長兄が、ふわりと後方に跳びすさろうとした瞬間、スンの家長がギバのように突進して追いすがったのだ。

 スンの家長の手の平が、相手の胸もとを鋭く突いた。

 吹っ飛ばされたラヴィッツの長兄は、後方に一回転をして、地面に着地する。その着地地点に、スンの家長はさらに追いすがっていた。


 まだ体勢を整えきれていなかったラヴィッツの長兄は、再び胸もとを突かれて、背中から地面にひっくり返る。

 一瞬遅れて、スンの家長は力尽きた様子で膝をついた。

 その一瞬の差で、決着である。人々は、これまででもっとも大きな歓声をあげることになった。


「おお! これでまた、最後の勝負はスンとラヴィッツの家長同士か! お前たちの力は、本物だな!」


 ラッツの家長も、嬉々として大きな声をあげている。

 俺のかたわらでは、ゲオル=ザザが「ううむ」とうなっていた。


「アイ=ファよ。『弱者の眼力』やらいうものを備え持っているお前に、聞いておきたい。俺とスンの家長では、どちらの力が上回っているのだ?」


「……前にも言ったかと思うが、それはあくまで目安に過ぎぬのだぞ?」


「承知している。お前にはどう感じられるのかを聞いておきたいのだ」


 アイ=ファは小さく息をついてから、しかたなさそうに返事をした。


「お前とスンの家長は、おおよそ互角の力量であるように感じられる。お前もずいぶんと、力をつけたようだからな」


「ほう。では、以前の俺ではスンの家長にかなわなかったというわけか?」


「うむ。以前のお前は、リッドの家長にも届かぬ力量であるように思えたが……今は、リッドの家長とも互角であるように感じられる。そして、スンの家長も同程度の力量であるように感じられるのだ」


「そうか」と、ゲオル=ザザはギバの毛皮のかぶりものの陰で、口もとをほころばせた。それを見て、アイ=ファはいぶかしそうに眉をひそめる。


「自分の力量が上がったことに、喜んでいる。……というわけでは、ないようだな」


「うむ? 俺とて修練を積んでいるのだから、力をつけるのは当たり前だ。それよりも、スンの家長がそれほどの力量であることを喜ぶべきであろう。何せあやつは、10年以上もギバ狩りの仕事から離れていたのだからな」


 そう言って、今度はにやりと笑うゲオル=ザザであった。


「ジーンの狩人たちも、スンの者たちは着実に力を取り戻していると言っていた。これならば、スン家が滅ぶこともあるまい。母なる森も、スン家の罪を許したということだ」


「そうか」と、アイ=ファも微笑んだ。人目の多い場でアイ=ファが笑顔を見せるのは、とても珍しいことだ。


「お前は肉体ばかりでなく、心のほうも成長している。次代の族長として、頼もしいことだ」


「ふん。次代の族長にそうまで偉そうな言葉を垂れる人間は、そうそういなかろうな」


「私は年長であるのだから、お前の成長を見守る立場でもあろう。……ちなみにリッドの家長とて、収穫祭のたびに力を上げていることを示しているのだからな。それと互角であるのだから、お前も素晴らしく成長していると言えよう」


「それでもお前は、自分のほうが上だと念じているのだろうが? まったく、不遜な女狩人めが」


 アイ=ファとゲオル=ザザは、不敵な笑みを浮かべつつやりあっている。その姿をこっそり見比べていたスフィラ=ザザが、俺の耳に口を寄せてきた。


「アイ=ファとゲオルは、ついに軽口を叩き合うような仲となったのですね。なんだか、不思議に感じてしまいます」


「そうですね。意外に、相性がいいのかもしれません」


 そんな幕間劇を余所に、広場では早い段階で敗退してしまった狩人たちが力比べを繰り広げている。モラ=ナハムなどはヴィンの家長やラヴィッツの末弟を薙ぎ倒し、その身の力を森と同胞に示していた。


 そうして四半刻ほどののち、ついに決勝戦である。

 デイ=ラヴィッツとスンの家長の、再びの対戦だ。

 棒引きではデイ=ラヴィッツが短期決戦で勝利を獲得していたが、今回も最初から激戦の様相を呈していた。スンの家長が、いきなりアクセル全開でデイ=ラヴィッツに躍りかかったのである。


 棒引きの勝負における敗北で、何か思うところがあったのだろうか。ラヴィッツの長兄を相手にする際にはどっしりとかまえて反撃の隙をうかがっていたのに、息もつかせぬような猛攻である。さしものデイ=ラヴィッツも面食らった様子で、しばらくは逃げの一手であった。


 それを見守る人々は、もちろん大歓声をあげている。長く続いた力比べの、これが最後の一戦であるのだ。デイ=ラヴィッツが二冠を達成するのか、スンの家長が勇者の称号を得るのか、氏族を問わずに誰もが熱狂しているようだった。


 身体能力では、おそらくスンの家長がまさっている。相手の呼吸を読むことに長けたデイ=ラヴィッツも、これほどの猛攻の前ではなかなか為すすべがない。それでも相手に腕や衣服をつかませないのは、さすがの力量であった。動体視力や反射神経というものも、デイ=ラヴィッツは並ではないのだろう。決勝戦に相応しい好勝負である。


 デイ=ラヴィッツはなんとか距離を取ろうとするが、スンの家長はそれを許さない。しかしまた、デイ=ラヴィッツの守りの堅さが、すべての攻撃を無効化している。まるで、嵐のごとき持久戦であった。


「デイ=ラヴィッツは、相手の呼吸を読むことに長けている。ならば、すべての呼吸を読まれる覚悟で、とにかく攻め続けようというのだな」


 アイ=ファが、低くつぶやいている。歓声がものすごかったので、それが聞き取れたのはすぐ隣にいる俺だけであっただろう。


「自分の力が先に尽きれば、敗北するしかない。しかし、自らの意思で動くよりも、相手に合わせて動くほうが、消耗の度合いは大きくなろう。……その一点に、勝ち筋を見出そうということか」


 スンの家長がラヴィッツの長兄を相手取った準決勝戦よりも、勝負は長引いているようだった。

 さすがに5分もの時間が過ぎれば、両者の動きも鈍くなってくる。というか、常人であれば1分ももたなそうな、激しい攻防であったのだ。デイ=ラヴィッツの禿頭は、いつしか汗でぬめるように照り輝いていた。


「――おのれっ!」


 と、デイ=ラヴィッツがいきなり反撃に転じた。

 鉤爪のように曲げられた指先が、スンの家長の肩をひっつかむ。

 瞬間――スンの家長は身を折って、横合いからデイ=ラヴィッツの帯をつかんだ。

 デイ=ラヴィッツはつんのめるようにして、地面に倒れ込んでいく。

 それを踏ん張ろうとした足も、スンの家長の足に薙ぎ払われていた。


 鋭い擦過音のような音色が響きわたる。

 デイ=ラヴィッツのつかんだスンの家長の装束が、大きく引き裂かれたのだ。

 そうしてデイ=ラヴィッツは、ぼろきれと化した森辺の装束を握ったまま、地面に倒れ込むことになった。


 デイ=ラヴィッツの帯から手を離したスンの家長は、折り曲げていた身体をのばす。

 その姿を見て、多くの人々がどよめいた。

 スンの家長の鍛え抜かれた身体には、右胸と左脇腹に大きな古傷が穿たれていたのだ。

 おそらくは、ギバの角や牙によって負った傷であるのだろう。脇腹の傷などはおもいきり肉がえぐれており、黒い窪みになっているほどであった。


「ス……スンの家長の勝利である!」


 審判役のミームの家長が、我を取り戻した様子で宣言した。

 一瞬遅れて、歓声が爆発する。スンの家長は滝のような汗を流し、荒く息をつきながら、まぶたを閉ざして頭上を仰いでいた。


 嵐のような歓声の中に、か細い泣き声がまじっている。

 スンの女衆らが、声をあげて泣いているのだ。

 いや、男衆の多くも、涙をこぼしているようだった。


 10年以上もの間、歪んだ掟に縛られて、森辺の同胞を欺いていたスン家が、ようやくこれだけの力を示すことがかなったのだ。

 クルア=スンなどは、母親の胸に取りすがって、子供のように泣いてしまっていた。


(よかったね、クルア=スン。トゥール=ディンやゼイ=ディンにも、この光景を見せてあげたかったよ)


 そんな感慨を噛みしめながら、何気なく左右を見回した俺は、そこできょとんと目を丸くすることになった。アイ=ファやゲオル=ザザたちは厳粛な面持ちで手を叩いているのに、ただひとりプラティカだけがぽろぽろと涙を流していたのである。


「ど、どうしたのです、プラティカ? 大丈夫ですか?」


「な、なんでもありません。スンの人々、見ていたら、心、乱されてしまったのです」


 プラティカは手の甲で涙をぬぐったが、それでも追いつかないほどに涙があふれかえってしまう。最終的にプラティカは顔を赤くして、俺をにらみつけてきた。


「こちら、見ないでください。感情、こぼす、恥辱です」


 プラティカは森辺の民ですらないのに、そうまで涙を誘われてしまったのだろうか。

 そんなプラティカの優しさと繊細さに、俺のほうこそが涙をこぼしてしまいそうだった。


 ともあれ――そうして5氏族による初めての力比べは、スンの家長の勝利とともに終わりを告げたのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 力比べの話はいつも読んでるだけで力が入ってしまいます。それは単に試合の運びだけでなく、出場者の背景が描かれることで氏族の誇りや背負ってるものが見えるからでしょうね。 アスタ君の実況と解説…
[良い点] スン家家長の努力というのも生ぬるい壮絶さの痕、マジで不意打ちでしたわ。
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