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異世界料理道  作者: EDA
第五十二章 ゲルドの再来
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宿屋の寄り合い②~議題~

2020.5/23 更新分 1/1 ・6/6 ララ=ルウの年齢を修正

 そして、その日の営業終了後である。

 俺たちが《キミュスの尻尾亭》にまで帰りつくと、そこにはすでにレイナ=ルウが待ち受けていた。この時間に宿場町まで出向くのはレイナ=ルウひとりであったため、徒歩でやってきたのだそうだ。


「屋台の商売、お疲れ様でした。今日は夜まで、お願いいたします」


「うん。こちらこそ、よろしくね」


 宿屋の寄り合いに参加するメンバーを残して、他の面々は森辺に帰っていく。居残るのは、俺、トゥール=ディン、シーラ=ルウ、ララ=ルウ、ツヴァイ=ルティムという顔ぶれであった。いささか人数が増えてしまったが、今日は晩餐の準備まで受け持つということで、了承をもらったのだ。


 ちなみに銀の月の寄り合いでは、俺とレイナ=ルウを除く4名で臨んでいた。俺はティアの一件があったので、辞退させてもらうことになったのだ。ララ=ルウが常連メンバーとなったのは、いつか自分が屋台の取り仕切り役を引き受けるために――という思いがあってのことであるのだろう。本日も、その意気込みが細身の身体からぞんぶんにたちのぼっているように感じられた。


「よし。それじゃあ、晩餐の準備に取りかからせてもらおうか」


「あ、その前に……プラティカ、いいでしょうか?」


 レイナ=ルウが、笑顔でプラティカに語りかけた。


「収穫祭に関しては、すべての族長と家長たちから了承を得ることがかないました。皆、プラティカを招くことに異論はないそうです」


 プラティカはなんとか無表情を保持しつつ、それでもわずかに身体をのけぞらした。


「返事、すべて、いただけたのですか? 族長筋、家、遠いので、時間がかかる、聞いていましたが……」


「はい。母ミーア・レイの判断で、父ドンダが目覚めるより早く、ザザとサウティまでトトスを駆けさせることになったのです。それで何とか中天になる前に使者を届けることができたので、返事をもらうこともかないました」


「……ありがとうございます。大変な苦労、かけてしまい、申し訳ない、思っています」


 プラティカは指先を組み合わせつつ、レイナ=ルウに向かって深く頭を垂れた。

 レイナ=ルウは「とんでもありません」と、いっそう明るく笑う。


「わたしは母ミーア・レイに言葉を届けただけのことですので、何も苦労などは担っていません。トトスを駆けさせたのも、他の家人たちですし……」


「家人、誰でしょう? 全員、御礼の言葉、届けたく思います」


「ザザとサウティまでトトスを駆けさせたのはバルシャとリャダ=ルウで、ラヴィッツなどの氏族を巡ってくれたのはルドとなりますね。……それも家人としての務めを果たしただけですので礼の言葉などは不要なのですが、プラティカとの縁が深まれば嬉しく思いますので、いちおう名前をお伝えさせていただきます」


 にこにこと屈託なく笑いながら、レイナ=ルウはそう言った。


「ともあれ、プラティカの参席が許されたことを、わたしも嬉しく思います。……それで、寄り合いのほうも見学の許しをいただけたのでしょうか?」


「はい。さきほど、そのように聞きました」


 メルフリードからサトゥラス伯爵家、サトゥラス伯爵家から商会長のタパス、タパスからミラノ=マスへと、伝言リレーが行われることになったのだ。幸いなことに、そちらでも異を唱える人間は存在しなかったのだった。


 そうして俺たちが宿の前で語らっていると、屋台を片付けてくれていたレビが裏から戻ってくる。


「なんだ、まだこんなところでくっちゃべってたのか? アスタたちは、晩餐の支度だろ?」


「うん。レビたちも、ラーメンをお出しするんだよね?」


「ああ。だけど、俺と親父は寄り合いなんざ関係ねえからな。アスタたちが仕事を終える頃に、ゆっくり取りかからせていただくよ」


 そのように語るレビとともに、俺たちは《キミュスの尻尾亭》に足を踏み入れることになった。

 受付台では、笑顔のテリア=マスが待ち受けている。テリア=マスはレビに慕わしげな眼差しを送ってから、俺たちに向きなおってきた。


「どうもお疲れ様でした。厨は空けておきましたので、どうぞよろしくお願いいたします」


「はい。それじゃあ、失礼いたしますね」


 レビはそのまま2階に向かったので、俺たちは厨へとお邪魔する。

 厨は無人であり、俺たちが朝方に預けておいた食材が作業台に並べられていた。

 なおかつ、鉄鍋は自前の持ち込みである。厨の鉄鍋はお客用の調理で使うことになるため、現在は隅のほうにまとめられていた。


 寄り合いの開始は下りの五の刻であるので、まだたっぷり2時間以上も残されている。しかしまた、寄り合いの参席者は30名にも及ぶので、それほどのんびりともしていられなかった。


「それじゃあ、手分けをして始めよう。ララ=ルウは、こっちを手伝ってくれるんだよね?」


「うん! なんか、アスタを手伝うのはひさびさだね!」


 たぎる熱情はそのままに、ララ=ルウはにっと白い歯をこぼす。その強く明るく輝く青い瞳が、ふっとプラティカを見た。


「あんたは、見てるだけなの? レイナ姉は、あんたの料理を食べたがってるみたいだよ?」


「はい。森辺の方々、万全の態勢で、料理、届けたく思います」


「そっかそっか。……で、あたしは何をしたらいいのかな?」


「それじゃあ、こっちの野菜の切り分けをお願いしようかな。アリアとマ・プラは細切り、チャッチはひと口大でお願いするよ」


「りょうかーい」と、ララ=ルウは調理刀を取り上げた。

 そうして真剣な眼差しで野菜を刻みつつ、またプラティカのほうをちらりとうかがう。


「あのさ、自分で言うのも何だけど、あたしの手際なんてアスタやトゥール=ディンの足もとにも及ばないからね? 見物するんなら、そっちにしたら?」


「いえ。すべての方々、等分、見学を願います」


「ふーん? あんたはアスタの手際を見たくて、こうやって押しかけてるんじゃないの?」


「はい。ですが、アスタの手ほどき、受けた人間、手際、関心を持っています。ゆえに、明日の収穫祭も、見学の希望、願ったのです」


 ララ=ルウの手もとを凝視しながら、プラティカはそのように言いつのった。


「料理、ひとりで作るもの、ありません。私、料理長、目指していますので、自分の手際、他者に伝える、必要であるのです。よって、アスタ、手ほどきされた方々、手際、気になるのです」


「料理長、か。それって要するに、かまど仕事の取り仕切り役ってことだよね? あんたは、そいつを目指してるんだ?」


 ララ=ルウは調理の手を止めて、プラティカの顔に視線を固定させた。

 プラティカも、うろんげにララ=ルウを見つめ返す。


「あんた、13歳なんでしょ? さっき、レイ=マトゥアたちがそう話してるのが聞こえたよ」


「はい。それが何か?」


「いや、1歳だけだけど、あたしより年少だなーって思っただけさ。あんた、立派な人間だね」


 ララ=ルウが力強く笑うと、プラティカは不意を突かれた様子でわずかに身を引いた。


「レイナ姉があんたを気に入った理由が、なんとなくわかった気がするよ。色々と大変だろうけど、頑張ってね」


「……はい。ありがとうございます」


 レイナ=ルウに引き続き、プラティカはララ=ルウの心をもとらえたようだった。

 きっとプラティカには、それだけの魅力があるのだろう。思えば昨日から、彼女は直情的にも思える勢いで、あれこれ自分の要望を突き通そうとしているのだが――それを迷惑がる人間は、ほとんどいないように見受けられる。それもまた、彼女のひたむきさが招いた結果なのかもしれなかった。


「そうだ、プラティカ」と、少し離れた場所で働いていたレイナ=ルウも声をあげてくる。


「さきほどは言い忘れていたのですが、この夜はルウ家で身を休めては如何でしょう?」


「いえ。今宵、宿場町、逗留し、朝方、ファの家、向かおうと思います」


「どうせファの家に向かうなら、ルウ家からのほうが近いです。わたしの親たちも、それでかまわないと言ってくれていました」


「そうだね。銅貨を払って宿屋に泊まるぐらいなら、うちに来ればいいじゃん」


 前後からルウ家の姉妹に言いたてられて、プラティカは困惑の眼差しになってしまっていた。


「ですが……迷惑、ないですか?」


「迷惑であれば、そのような申し出はしません。それにルウ家の最長老も、プラティカとの語らいを望んでいました。ゲルドの様子などを聞かせていただけたら、最長老も喜ぶかと思います」


 レイナ=ルウが屈託のない笑顔を向けると、プラティカはこらえかねたように目を伏せてしまった。


「……森辺の民、親切、想像以上でした。いくぶん、困惑です」


「あはは。だからって、嬉し泣きしたりしないでよー?」


「泣きません。感情、こぼす、恥辱です」


 プラティカは、まなじりを上げてララ=ルウをにらみつけた。

 しかし、そこに無邪気な笑顔を見出すと、またすぐに目を伏せてしまう。どうやら親切心の波状攻撃に、すっかり心を乱されてしまっているようだった。


(よく考えたら、プラティカはまだ13歳なんだ。それがこんな異国の地で、単独行動してるんだから……心細くならないはずがないよな)


 それでもプラティカは料理人としての修練を積むために、自分を奮い立たせているのだろう。

 他者の心情の機微に鋭い森辺の民は、そんなプラティカに親切心をかきたてられるのかもしれなかった。


                 ◇


 そうして、下りの五の刻である。

 調理を終えた俺たちが食堂のほうに出向いてみると、寄り合いの参加者はのきなみ顔をそろえている様子であった。


《南の大樹亭》のナウディスに、《玄翁亭》のネイル、《西風亭》のサムスとユーミ、《タントの恵み亭》のタパス、《ラムリアのとぐろ亭》のジーゼ、《アロウのつぼみ亭》のレマ=ゲイト――見知った顔も、そろいぶみだ。それらの人々に挨拶をしながら、俺たちはミラノ=マスが陣取っている奥側の卓に向かうことになった。


「ご苦労だったな。レビとラーズは厨に入ったか?」


「はい。俺たちが厨を出る少し前から、作業を始めていました」


「承知した。……タパス、こちらはそろったぞ」


「では、茶の月の定例会を開始いたしましょう。皆様、本日はご苦労様でありました」


 商会長のタパスが起立をして、その場の人々をゆったりと見回していった。恰幅のいい、いかにも客商売を得手としていそうな年配のご主人である。


「本日は特別に、ゲルドという土地からのお客人を招いております。ゲルドというのはシムの北部に位置する領地であり、今後はジェノスと大きな交易をする予定となっておりますな。2日後ぐらいには見本の食材がジェノスに届き、ゆくゆくは我々も手にする機会が訪れるかと思われます」


 今日の昼下がりにいきなり申しつけられたとは思えない如才のなさで、タパスはそのように語り始めた。


「こちらのプラティカ殿は使節団の一員であると同時に、ゲルの藩主のお屋敷の料理番であり、新たな食材の使い道を説明するお役目を負っておられるそうです。なおかつ、ジェノスにおける食文化というものに多大なご興味をお持ちであるために、この定例会で出される晩餐の試食をご希望されたと……そういうお話でありますな?」


「はい」とうなずいて、プラティカも立ち上がった。

 厨に入る前から外套は脱いでいるので、そのすらりとした姿は衆目にさらされている。プラティカは光の強い紫色の瞳で人々を見回してから、指先を奇妙な形に組んで、一礼した。


「私、プラティカ=ゲル=アーマァヤです。今宵、突然の申し出、受け入れていただき、強く感謝しています。ご迷惑、ならないよう、心がけますので、よろしくお願いいたします」


 すでにタパスから、ざっくりと事情は聞かされていたのだろう。人々はひたすら好奇心を剥き出しにして、プラティカの姿を検分していた。


「ご挨拶をありがとうございました。……それでは、定例会を開始いたしましょう」


 タパスの進行によって、定例会はつつがなく進められた。

 この時期は客足も落ち着いているので、大きな事件もなかったらしい。そんな中、ちょっと腰を据えて語られたのは、トゥランにまつわる案件であった。


「皆様もご存じの通り、トゥランで働かされていた北の民たちは、間もなくジャガルに送り届けられる予定となっております。その後はトゥランに新たな領民を迎え入れることになるわけですが……我々の生活にも、小さからぬ影響が出るのではないでしょうかな」


「ふうん? たとえば、どんな影響さ?」


 でっぷりと肥えた女主人のレマ=ゲイトが、すかさず不機嫌そうな声をあげる。悠揚せまらず、タパスはそちらに向きなおった。


「たとえば、食材に関してです。これまで北の民たちは、城下町から出される余分な食材を糧としておりました。腐る寸前まで放置されていた、肉や野菜やカロンの乳などですな。それが新たな領民に成り代われば、我々と同じように肉や野菜を買いつけることになるのです。もちろんそういった事態を見越して、ダレイムでは畑が広げられ、余所の領地から買いつける食材の分量も増大させる手はずが整えられておりますが……それでも情勢が落ち着くまでは、多少の混乱が見られましょう」


「それはつまり、肉や野菜が足りなくなっちまうかもしれないって話かい? そいつは、迷惑の極みってもんだね!」


「そうはならないよう、ジェノスの貴き方々も手を尽くしておられます。ただ、数百名からの領民を迎えるならば、不測の事態を考慮する必要が生じてしまうのでしょう」


「ふん! そもそも新しい領民なんて、そんなに都合よく集まるもんなのかね? 人間なんざ、地面からぽこぽこ生えてくるもんじゃないんだよ?」


「わたくしの聞き及んだところ、大きな不安はないようですな。昨年から近在の領地にまで触れを回しておりますため、希望者は着実に集まっているとのことであります。中には、村落の住民が丸ごと移住を希望しているなどという例もあるようですな。貧しい村落で盗賊などに怯えながら暮らすよりは、トゥランの領民となったほうが安楽である、という面もあるのでしょう」


 さすが貴族と深い仲であるタパスは、そういった裏事情も十分にわきまえている様子であった。

 というか、そういう貴族からの通達を市井にまで滞りなく周知させるのが、商会や商会長の存在意義であるのだろう。


「それに、トゥランにおいては現在も数多くの領民が住まっております。若い人間は仕事を求めてこの宿場町やダレイムなどに居を移しておりますが、老いた親たちなどはいまだにトゥランで細々と暮らしているわけですな。トゥランに仕事が生まれるならば、親たちのもとに戻ろうと考える人間も少なくはないでしょう。そういった影響も、我々には及ぶのではないかと思われます」


「ああ、うちでもそういう声はあがってるな」と、別のご主人が声をあげた。


「店番で雇っていた若いのが、いずれトゥランに戻りたいとか言いだしたんだ。そうなったら、こっちでも新しい働き手を探さないとならねえんだよな」


「ふん。食材だけじゃなく、人手まで足りなくなっちまうのかい。あたしらにとっては、いいことなしだね!」


「いえいえ、ジェノスの領民が増えるのならば、それは宿場町の繁栄にも繋がりましょう。トゥランやダレイムには畑ぐらいしか存在せず、日用の品などは宿場町で買い求めるしかないのですから――」


「それで得をするのは、鍋屋や布屋や細工屋だろう? 宿屋のあたしらには関係ないだろうさ」


「そうして領民の懐が潤えば、屋台や食堂の売上にも関わってくるのではないでしょうか? 特に日中の食事などは、屋台を頼る方々も少なくはないのですからな」


 あくまで落ち着き払った様子で、タパスはにっこりと微笑んだ。


「では、屋台の商売に話を移しましょうか。《南の大樹亭》のナウディスから、ご提案があるそうですな」


「はいはい。わたしが発起人というわけではないのですが、ひとまずこの場では語らせていただきましょう」


 そう言って、ナウディスは俺たちのほうに目配せをしてきた。

 数日前、俺たちはナウディスにひとつの案件を持ちかけられた。それについて語る時間がやってきたのだ。


「復活祭の期間中、我々は露店区域のちょうど真ん中あたりで、料理の屋台を出しておりましたな。ギバの料理を出すにあたって、あちこちに散らばるよりもひとかたまりになったほうがお客様の目を引けるのではないかと考え、数多くの宿屋が手を携えることになったわけであります」


「ふん。うちはギバ料理なんざ、扱っちゃいなかったけどね」


 レマ=ゲイトが不服そうな声をあげると、ナウディスは「そうでしたな」と穏やかに微笑んだ。ご主人がたは、レマ=ゲイトのこういった気性にもすっかり慣れっこであるのだろう。


「ともあれ、復活祭において、そのやり口は功を奏していたかと思われます。森辺の方々が屋台を出されている北端の区域に負けぬぐらいの賑わいであったことは、誰もがお認めになられるでしょう。これを復活祭の期間に留めず、普段からそのようにしてみてはどうかと……そのような声があげられたわけですな」


「なんだい、そりゃ? 復活祭の期間は賑わいがとんでもないから、目立つように寄り集まっただけのこったろう? どうして普段から、商売敵と屋台を並べなきゃならないのさ?」


「それはやはり、普段からお客様の目を引く必要があると見なされたからでありましょうな」


 豊かな顎髭をしごきながら、ナウディスはそのように言葉を重ねた。


「復活祭の期間は、どの宿屋の屋台もたいそうな売り上げを叩き出すことがかないました。しかし、復活祭を終えてからは、ぱたりと客足がやんでしまった……という状況であるようなのです」


「はあん? 復活祭が終わったら、客足が落ちるのは当然じゃないか」


「いえいえ。復活祭の期間は客足が倍ほどになるものでありますが、復活祭を終えてからは客足が半分以下に落ちてしまったということであるのです」


 レマ=ゲイトはますます不機嫌そうな顔になりながら、ぎょろりとした目で俺たちのほうをねめつけてきた。


「そいつはつまり、森辺の民のひとり勝ちって話かい? まったく、情けない話だね!」


「わたしやあなたの宿においては、復活祭の期間にしか屋台を出しておりませんでしたからな。このような窮状も、知るすべはなかったのでありますよ」


 そう言って、ナウディスはにっこりと微笑んだ。


「ですが、想像するに難くはありませんでしょう。露店区域の北端に向かえば、森辺の方々の屋台でいくらでも美味なるギバ料理を口にすることがかなうのです。その道行きで、ぽつりぽつりと料理の屋台を見かけたところで、あまり関心は引かれないでしょう。そこで、もっとお客様の目を引く必要に駆られたわけですな」


「……つまり、宿屋の連中が総がかりで森辺の連中に対抗しようって話なのかい?」


 レマ=ゲイトの瞳が、きらりと光った。

 ナウディスは、変わらぬ微笑をたたえている。


「森辺の方々としのぎを削るのと同時に、森辺の方々の手法を見習うわけでありますな。料理の屋台を1ヶ所にまとめることが、どれだけ有効な手法であるか、森辺の方々はこの1年余りでそれを証明してみせたのです。ならば我々も、それを見習うべきではないか、と……そのような結論に至ったようでありますな」


「ふん。さっきから他人事みたいに語ってるし、あんたはそもそも復活祭の後に屋台を出していなかったんだよね? それなのに、どうしてあんたがそんな風に取り仕切ってるのさ」


「恥ずかしながら、中央の区域でもっとも数多くのギバ料理を売りさばくことがかなったのは、わたしの宿の屋台であったようなのです。それで、このたびの取り仕切り役を担わされてしまったわけですな」


 そんな風に言いながら、ナウディスはまたちらりと俺たちのほうを見てきた。そちらに向かって、俺もこっそり笑顔を返してみせる。

 このたびの企画の取り仕切役に担ぎ出されてしまったナウディスは、森辺の民にも話を通すべきであろうと念じ、事前にすべてを打ち明けてくれたのだ。


 もちろん俺たちの側に、異論などあろうはずもなかった。そもそも異論などをさしはさめる立場ではなかったし、切磋琢磨は望むところである。ポルアースが夢想する「美食の町」を実現させるには、宿屋のご主人がたにも奮起してもらう必要があるはずだった。


「今のところ、賛同を表明しているのは5軒の宿屋となります。ギバ料理に限らず、カロン料理でも甘い菓子でも、とにかく食べる物を扱う屋台には参加を呼びかけたく思うのですが……《アロウのつぼみ亭》は、如何でありましょうかな?」


「ふん。屋台を出すには、余分な人手や下準備が必要だ。それで儲けを出せるかどうか……なかなか楽しそうな勝負じゃないか」


 肉厚の頬を揺らしながら、レマ=ゲイトはにたりと微笑んだ。


「いいだろう、あたしも屋台を出してやるよ。もちろん、あんたも出すんだろうね?」


「はいはい。取り仕切り役をお引き受けした時点で、わたしも覚悟を固めておりますよ。……茶の月の終わりには雨季がやってまいりますので、まずはこのひと月ほどが勝負となりますな」


 他の卓でも、何名かのご主人がたが色めきだっていた。やはりどの宿屋においても、屋台の商売では苦戦を強いられてしまっていたのだろう。復活祭ではあれだけの賑わいを見せていたのだから、その落差には忸怩たる思いを抱いていたはずであった。


(俺たちにとっては、強力なライバル出現っていう状況なんだろうけど……でも、なんだかワクワクしちゃうな)


 俺がそんな風に考えていると、ナウディスが右手の側に視線を向けた。そちらの卓に陣取っていたのは、ネイルとジーゼである。


「《玄翁亭》と《ラムリアのとぐろ亭》は、如何でありましょうかな? 東のお客様については、そちらで人気を二分しているというもっぱらの評判でありますぞ」


「そうですねえ。人手さえ確保できれば、あたしも加わらせていただきたいところですけれど……でも、森辺の方々に盾突くみたいで、少しばかり気が引けてしまいますねえ」


 浅黒い細面にゆったりとした微笑をたたえながら、ジーゼはそう言った。東の血を引く、初老の女主人である。俺は森辺の民を代表して、「とんでもありません」と答えてみせた。


「何も道理に反したやり口ではないのですから、ご遠慮は無用ですよ。それに、みなさんの手でいっそうさまざまなギバ料理を出してくださったら、俺たちも嬉しく思います」


「そうですか。では、あたしも本腰を入れて考えてみましょうかねえ」


 穏やかに微笑むジーゼのかたわらで、ネイルはお決まりの無表情を保っている。


「わたしはそもそも屋台を出した経験もありませんし、人手を増やすあてもございません。しばらくは、静観させていただきたく思います」


「それは残念でありますな。……《タントの恵み亭》は、如何でありましょう?」


「もちろん、参加させていただきますよ。こちらはカロン料理が主体となりましょうが、今後はゲルドの食材を宿場町に広めるというお役目も授かることになるでしょうからな」


 すると、俺たちのすぐそばの卓から「えー?」という不満げな声があげられた。声の主は、隣のサムスと語らっていたユーミである。


「うちまで屋台を出そうっての? 毎日屋台を出してたら、あたしの休むひまがなくなっちゃうじゃん!」


「お前ももう18歳だろうがよ? 遊ぶことより、稼ぐことを考えやがれ」


 強面のサムスはいっそうおっかない顔をしながら、ユーミの頭を軽く小突いた。ユーミは「ちぇー!」と頬をふくらませる。


「おんなじ時間に屋台を出してたら、アスタたちの料理を食べに行けなくなっちゃうじゃん。……だったらさ、せめて屋台を休む日はアスタたちとズラそうよ!」


「そんな話は、後にしやがれ。……こんなざまじゃあ、嫁入りなんざまだまだ先だな」


「そ、そんな話は関係ないでしょー!」


 と、ユーミが赤面したところで、仏頂面のミラノ=マスが挙手をした。


「それはあくまで、希望する人間が寄り集まるだけの話なのだな? それとも、うちの屋台もそちらに出せ、という話なのか?」


「もちろんどこに屋台を出すかは、各々の自由となりますな。それを商会で強制してしまったら、それこそ道理が通りませんでしょう」


「ふん。それなら、幸いだ」


 椅子の背にもたれたミラノ=マスは、ほっとしたように息をついた。

 そうして俺の視線に気づくと、たちまち眉を寄せてしまう。


「なんだ? 屋台の商売に関しては、ラーズたちに任せておるのだからな。俺の知ったことではないぞ」


「はい。今後もご一緒に商売をできたら、嬉しく思います」


 俺は笑顔でそのように答えてから、レイナ=ルウたちを振り返った。


「やっぱり満場一致で可決されたね。俺たちも、いっそう気持ちを引き締めないと」


「はい。宿屋の方々に負けないように、美味なる料理を作りあげたいと思います」


 レイナ=ルウも、闘志あふれる面持ちで微笑んでいた。

 競う相手が強ければ強いほどに、奮起するのが森辺の民であるのだ。また、宿屋の方々を奮起させたのが俺たちの存在であるのなら、これこそが健全なる相乗効果であろう。そうしておたがいを高め合い、より美味なる料理で宿場町を賑わすことができれば、本望であった。

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