表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界料理道  作者: EDA
第五十二章 ゲルドの再来
897/1681

再来④~晩餐~

2020.5/21 更新分 1/1

 それから一刻と少しが過ぎて、日没である。

 ファの家の広間には、それこそアルヴァッハたちを招いて以来の、大勢の客人が詰めかけることになった。


 ゲルドの料理人プラティカに、レイナ=ルウ、ルド=ルウ、リミ=ルウ――そして、マルフィラ=ナハム、レイ=マトゥア、リリ=ラヴィッツという、なかなか異色の取り合わせである。ラヴィッツの家長たるデイ=ラヴィッツも、大事な伴侶がこの集まりに加わることを禁じたりはせず、全員が無事に顔をそろえることがかなったのだった。


「今日はまた、ずいぶん数多くの客人を迎えることとなった。これを機会に、おのおの絆を深めることがかなえば、喜ばしく思う」


 厳粛なる表情で、アイ=ファはそのように挨拶をした。

 9名から成る晩餐会の参加者は、広間でぐるりと車座を作っている。俺とアイ=ファが上座に陣取り、俺の側からはプラティカと小さき氏族の女衆、アイ=ファの側からはルウの家人たちが並んでいる格好だ。そして俺の足もとでは、ギバ肉の食事を終えた黒猫のサチが丸くなってあくびをしていた。


「では、晩餐を始めたく思う。……森の恵みに感謝して、火の番をつとめたアスタ、レイナ=ルウ、リミ=ルウ、リリ=ラヴィッツ、マルフィラ=ナハム、レイ=マトゥアに礼をほどこし、今宵の生命を得る」


 俺たちはアイ=ファの文言を復唱し、プラティカはひとり、東の言葉で何かをつぶやいた。ゲルドの民にはゲルドの民の、食前の文言が存在するのだろう。


 ということで、晩餐の開始である。

 やはりプラティカにはこの料理を真っ先に食べてもらうべきであろうと思い、俺はカレーを供していた。

 シャスカを使った日本風のカレーであり、なおかつ乾酪とハンバーグをトッピングしている。ファの家においてはそろそろハンバーグをお出しする周期であり、なおかつ明日と明後日は外出の予定があったために、こっそりとメニューに組み込ませていただいたのだ。


 アイ=ファは厳粛なる表情をキープしているが、きっと内心では小躍りしてくれていることだろう。ハンバーグをこよなく愛するアイ=ファにとっても、乾酪とハンバーグをトッピングした『カレー・シャスカ』はベスト3に入るぐらいの大好物であるはずなのだ。


 副菜は、特製ドレッシングでいただく『マロール・サラダ』に、さっぱりとした『カロン乳仕立てのギバ・スープ』、そして『野菜とキノコのジャガル風ソテー』を準備している。メニューがとっちらからないように苦心しつつ、プラティカに色々なジャンルの料理を楽しんでもらいたいと考えてのチョイスであった。


「へー! かれーとすーぷ以外の料理には、ギバのお肉を使ってないんだね!」


 その場の料理を見回しながら、リミ=ルウがそう言った。リミ=ルウには俺と一緒に『カレー・シャスカ』を担当してもらったので、他の料理には関知していなかったのだ。


「うん。カレーのほうでたっぷりギバ肉を使ってるから、1日の摂取量としては十分かと思ってさ。副菜では、なるべくギバ肉に頼らない献立を選んでみたんだ」


「ギバ肉に頼らないというのは、相応しい言葉ですね。ルウ家でも、ギバ肉を使っていない料理には評価が厳しくなりがちなので、わたしも色々と苦心しています」


 そんな風に語りながら、レイナ=ルウは明朗なる表情であった。きっとレイナ=ルウならば、その苦心をやりがいに転化して、日々の調理に励むことができているのだろう。

 すると、向かいで食事を進めていたマルフィラ=ナハムが「な、な、なるほど」と声をあげた。


「た、確かにナハムの家でも、ギバ肉を使わない料理にはいっそう厳しい目を向けられるように思います。こ、これだけ美味なる料理であれば、誰も文句は言わないでしょうけれども」


「そうですよねー。当たり前の話ですけれど、森辺の民にとってはギバの肉こそが生命ですから! この前なんかも、マトゥアの家では――」


 と、レイ=マトゥアまで加わると、いっそう食卓が華やいだ。小さき氏族の面々は、族長筋の人間を前にするといささか委縮しがちであるのだが、この顔ぶれであればそういう心配もないのだろう。しょっちゅう顔をあわせているレイナ=ルウとリミ=ルウはもちろん、ルド=ルウもすっかり顔馴染みであるし、もともと威圧感とは無縁な存在でもあった。


「プラティカは、如何です? カレーはお気に召しましたか?」


 俺が水を向けてみると、プラティカは気合の入った面持ちで「はい」とうなずいた。


「アルヴァッハ様、評価、事前に聞いていました。『ギバ・カレー』、どれほどの料理かと、期待していましたが……その期待、上回っていました」


「そうですか。そんな風に言っていただけると、光栄です」


「はい。深い感銘、および驚嘆、噛みしめています。シャスカ、粒のまま、仕上げる調理法、ゲルド、伝わっていましたが、これほど調和する料理、いまだ存在しない、思います」


 シャスカを米のように仕上げるレシピは、かつてアルヴァッハたちに伝えられていたのだ。城下町に保存されていた文書を、フェルメスが東の言葉で翻訳したのだという話であった。


「……失礼ですが、アスタ、齢、おいくつでしょうか?」


 と、プラティカがふいにそんなことを聞いてきた。


「俺ですか? 俺は18歳です。生誕の日までは……あと4ヶ月ほどでしょうかね」


「18歳。……安心しました。西の民、齢、判別しにくいので、もっと若い、思っていました」


「あはは。プラティカは、年齢以上の貫禄ですもんね」


 料理に向けられていたプラティカの目が、俺に向けられた。

 その紫色の瞳に間近からじっと見つめられて、俺はどきりとする。料理の説明をしやすいようにと、彼女は俺の隣に座ってもらっていたのだ。


「……今の言葉、皮肉でなく、敬愛の念をまじえた、軽口ですね?」


「え? ああ、はい。お気を悪くされたのなら、お詫びしますけれど……」


「いえ。敬愛の念、向けられて、不快になる人間、いません。謝罪、不要です」


 やはりこのプラティカという少女は、ずいぶん生真面目で一本気であるようだった。

 ついつい軽口を叩いてしまったが、敬愛の念が介在しない皮肉などを口にしていたら、手痛い報復を受けていたのであろうか。彼女はあくまで、勇猛で知られる山の民なのである。


「本当に、どれも美味しいよねー! プラティカは、どの料理が好き?」


 と、アイ=ファの向こう側からリミ=ルウが言葉を飛ばしてくる。

 プラティカは「そうですね」とわずかに眉をひそめた。やはり、俺の知る東の民の中では、表情の動く頻度が高いようだ。


「私、吟味、集中していたので、自分の好み、度外視していましたが……好み、問われれば、やはり、『ギバ・カレー』、秀逸です」


「うんうん! やっぱりプラティカも、香草の料理が好きなんだね!」


「はい。これほど多彩な香草、使っていながら、高度な調和、保たれている、この料理、秀逸です。また、『ハンバーグ』、非常に美味です。ギャマの腸詰肉、似て異なる味わいです。脂、味わい、格別で、肉の味、力強いため、『ギバ・カレー』の鮮烈な味、負けていません。これもまた、高度な調和、思います。さらに、乾酪まで加わり、驚くほど豪奢です」


「ははん。そうやって料理の感想を並べたてるさまは、やっぱりアルヴァッハと似てるみたいだなー」


 ルド=ルウが愉快そうに言うと、プラティカはしかつめらしく「はい」と応じた。


「アルヴァッハ様、西の言葉、感想を伝える、困難、言っていました。その心情、深く理解します。これだけの驚嘆、異国の言葉、表現する、難しいです」


「でも、あんたはかなり西の言葉が流暢だよな。アルヴァッハの家で働くまでは、西の王国を放浪してたんだって?」


「はい。父とともに、3年間、放浪しました。料理、修行の旅です」


「料理の修練のために余所の国を3年間も放浪するなんて、すげー話だよな。それが狩人の修練でも、俺には真似できねーや」


 プラティカはルド=ルウに目礼を返してから、すぐに手もとに視線を戻した。


「私、西の王国において、さまざまな料理、食しました。また、父とともに、その技術、その発想、学びました。……ですが、これほど見事な料理、食した、初めてです。アスタ、腕前、感服いたします」


「過分なお言葉、ありがとうございます。プラティカの今後の参考になったら、俺も光栄ですよ」


 俺がそのように答えると、プラティカはずいっと膝を進めてきた。


「食事のさなか、不調法ですが、質問、いくつかよろしいでしょうか?」


「はい。なんでもどうぞ」


「では。……こちら、野菜料理、美味でした。マロールと野菜、細工、少ないですが、味付け、秀逸です。塩、シールの果汁、チットの実、確認しましたが、その他、なんの食材でしょう?」


「そちらには、ホボイの油と細かく刻んで揚げ焼きにしたアリアを使っていますね。ホボイは、ご存じでしょうか?」


「いえ。さきほど、食料庫で拝見、初めてです。香り、豊かな、小さき豆です」


「ええ、それですね。ジャガルではそのホボイを絞って油に仕上げていたので、ジェノスでも真似るようになったのですよ。ジャガルの食材や調味料とは、特に相性がいいようです」


「なるほど」と、プラティカはいっそう身を寄せてくる。


「こちら、炒め物、同じ油、使っていますね? 勉強会、ミソの炒め物、同一ですか?」


「そうですね。どれもホボイの油を使っています。ホボイの油はかなり風味が強いので、使いどころを間違えなければかなり有用だと思いますよ」


「なるほど。ホボイの油、聞いていませんでした。かなうなら、買いつけてもらいたい、思います」


「ええ、是非」と答えると同時に、俺の背中が温かいものに触れた。

 振り返ると、思わぬ至近距離からアイ=ファが見つめ返してくる。プラティカの前進にあわせて俺が後退してしまったために、背中がアイ=ファの腕に触れてしまったのだ。


「えーとですね、もうちょっと下がっていただけますか、プラティカ?」


 俺がそのように願い出ると、プラティカは一瞬うろんげに眉をひそめてから、慌てて後退した。そして後退しすぎたために、今度はそちらがレイ=マトゥアにぶつかってしまう。プラティカは頬に血の色をのぼらせながら、俺とレイ=マトゥアに頭を下げてきた。


「し、失礼いたしました。いささか、我、失っていたようです」


「いえいえ。プラティカはそれだけ、調理の修練に熱心なのですね」


 13歳の少女とは思えぬほどの迫力を有しているプラティカであるので、こういう一面を見せられるのは、むしろ微笑ましいぐらいである。レイ=マトゥアやマルフィラ=ナハムたちも、そんなプラティカの姿を笑顔で見守っていた。


「こんなに熱心なプラティカがどのような料理を作りあげるのか、とても楽しみです! いつか是非、わたしたちにも食べさせてくださいね?」


 レイ=マトゥアがそのように呼びかけると、プラティカは気を取りなおした様子で「はい」とうなずいた。


「調理、申し出、お断りして、恐縮です。自分ばかり、要求、押し通し、傲慢、思っています」


 俺たちは、プラティカにも何か料理を準備してもらえないかと願い出たのだが、それはすげなく断られてしまったのだ。

 それは何故かと問うならば、ファの家の食料庫にはプラティカの見知った肉類が存在しなかったためである。これでは満足な料理を作ることも難しいということで、今回はあきらめることになったのだった。


「私、未熟ですので、料理、ふるまうならば、せめて、万全の態勢、望みたい、思います。どうか、ご容赦ください」


 そんな言葉とともに頭まで下げられてしまっては、俺たちも無理強いはできなかった。

 まあ、ゲルドの食材が届いたあかつきには、彼女が数々の試食品をこしらえてくれるという話であったので、何も焦る必要はないだろう。俺たちの期待は、いや増すばかりであった。


「……ところで、ひとつ疑問、あるのですが」


 と、プラティカがふいにそう言いだした。こうしてぐいぐいと質問を飛ばしてくるのも、やはり一本気な性格ゆえであるのだろう。


「ルウ家のマイム、屋台にいた、あの少女ですね? マイム、勉強会、不在でした。何故でしょう?」


「ああ、今日はファの家の勉強会だったので、マイムは不在だったんです。マイムが参加するのは、それ以外の勉強会なのですよね」


 それでは言葉が足りないかと思い、俺は勉強会のスケジュールを伝えておくことにした。ファの家の勉強会、ルウの家の勉強会、俺個人の勉強会、というローテーションについてである。


「ルウの家の勉強会では、マイムの父親であるミケルにも参加していただいて、講師になってもらうことも多いです。俺個人の勉強会では……俺の気持ちのおもむくままに、好きにやらせてもらっていますね。何回かは、宿場町の宿屋で香草の扱い方を学んだりしたこともありますし、最初から最後まで香草や調味料の調合に費やしたこともあります。俺個人のこだわりを追求するための時間でありますね」


「なるほど」と、プラティカは真剣な眼差しでうなずいた。

 それと同じぐらい真剣な眼差しをしたレイナ=ルウが、向かいから身を乗り出す。


「やはりプラティカも、屋台で口にしたマイムの料理に特別なものを感じたのでしょうか?」


「はい。マイムの料理、いささか作法、異なっていたので、興味を引かれます。また、高度の調和、為されていた、思います」


 もともとのびていた背筋をいっそうぴんとのばしながら、プラティカはそう答えた。


「よって、マイム、勉強会、参加すること、期待していました。次の機会、待ちたく思います」


「ええ。マイムの師であり父親であるミケルというお人は、本当に素晴らしい料理人ですからね。プラティカも、得るものが多いと思います」


 そんな風に答えてから、俺はつけ加えるべき言葉が存在することを思い出した。


「あ、ただ……マイムが参加する勉強会は、4日後となってしまいますね」


「何故です?」と、プラティカがまた俺のほうに膝を進めてきた。

 アイ=ファにぶつからないように気をつけながら身をのけぞらせつつ、俺は「えーと」と言葉を探す。


「明日と明後日は所用があるため、勉強会はお休みなのですよ。それで3日後はまたファの家の勉強会なので、マイムが参加するのはその翌日になる、ということですね」


「所用、何でしょう?」


「明日は宿場町の宿屋の寄り合いで、明後日は余所の氏族の収穫祭に招待されているのです。ですからまあ、マイムたちにご興味があれば、ルウ家のほうにご相談を……」


 紫色の瞳に強い光をたたえながら、プラティカはさらににじり寄ってくる。


「アスタ、森辺の民です。宿屋の寄り合い、どうして参加ですか?」


「宿屋の方々と親睦を深めたり情報交換をしたりするために、不定期に参加させてもらっているのです。明日は、俺たちが料理をお出しする約束もしていますしね」


 明日はまた会場が《キミュスの尻尾亭》であったため、その役割を志願することになったのだ。

 俺の釈明を聞きながら、プラティカはぴくりと眉を動かした。


「アスタ、料理、作るのですね。……収穫祭、同様ですか?」


「いえ、そちらはあくまで客人の立場です。宴料理の準備をするのは、そちらのリリ=ラヴィッツやマルフィラ=ナハムたちですね」


 プラティカが視線を巡らせるついでに身を引いてくれたので、俺は定位置に戻ることができた。

 ただ、リリ=ラヴィッツたちを見回すプラティカの痩身から、何やら不可視の気迫が感じられる。


「アスタ、手ほどきされた、森辺の方々、宴料理、準備するのですね」


「ええ。わたしなんかは勉強会に参加するのもひさびさでしたけれども、おおよその宴料理はアスタに手ほどきされたものとなりましょうねえ」


 お地蔵様のようにやわらかく微笑みながら、リリ=ラヴィッツはそう答えた。

 プラティカはひとつうなずいて、また俺に向きなおってくる。


「私、見学と試食、願えるでしょうか?」


「はい? 見学と試食と申しますと……?」


「宿屋の寄り合い、および、収穫祭です」


 俺は思わず、きょとんとしてしまった。


「いえ、ですが……俺はどちらも招かれた立場ですので、何もお答えする資格がありません」


「では、誰、願うべきでしょう?」


「いやあ、どうでしょう。宿屋の寄り合いは、商会長のタパスになるのかな? 収穫祭に関しては――」


 俺は救いを求めるべく、リリ=ラヴィッツへと視線を転じた。

 リリ=ラヴィッツは、人間らしさを増した面持ちでにんまりと微笑む。


「それはもちろん、森辺の族長と収穫祭に関わるすべての氏族の家長の許しがいるでしょうねえ。ルウ、ザザ、サウティに、ラヴィッツ、ナハム、ヴィン、ミーム、スン……それに、ミームの親筋であるラッツにも、話を通さずには済まされないことでしょう」


「承知しました。では、すべての家、巡ろうと思います」


 プラティカは、真剣そのものであるようだった。

 思わぬ展開に、他の人々も呆れてしまっている。我関せずで食事を進めているのは、ルド=ルウぐらいのものであった。


「ど、どうしてですか、プラティカ? 収穫祭はともかく、宿屋の寄り合いは勉強会ほど得るものはないように思うのですが……」


「いえ。アスタたち、調理のさま、見届けるだけで、大いなる修練です。その事実、今日、思い知らされました」


 プラティカは身体ごと俺に向きなおり、そろえた膝の上にぴたりと両手を乗せた。


「私、ジェノスに逗留できる期間、限られています。その時間、無駄にしたくないのです。非礼、迷惑、承知していますが、どうか聞き届けてはいただけないでしょうか?」


「いやあ、まあ……寄り合いや収穫祭については、責任者の方々が同意してくださったら、俺のほうに文句はありませんけれども……」


 しかし、彼女の熱意は俺の想像を少しばかり上回っていたようであった。

 あまり軽はずみな返事はできないぞと思い、俺は隣のアイ=ファを振り返る。我が最愛なる家長殿は、きわめて厳粛なる眼差しでプラティカを見据えていた。


「宿屋の寄り合いや収穫祭に関しては、私も口を出す立場ではない。しかし、ファの家にまつわる話であれば、家長たる私が判断を下すこととなる。……お前はこの先も、ファの家を訪れたいと願っているのか?」


「はい。可能な限り、願いたい、思っています」


「可能な限りとは? お前は森辺のみならず、城下町でも修練を積むつもりだと言いたてていたはずだ」


「はい。その日取り、アルヴァッハ様、決定いたします。それ以外の日、ファの家、訪れたい、願っています」


 アイ=ファは眉間にいっそうの力を込めることになった。


「それがどれほどの日数であるのかはわからぬが、そうまでたびたび宿泊を願われるのは、さすがに避けたく思う」


「はい。寝床、木の上、かまいません」


 アイ=ファの眼光に怯んだ様子もなく、プラティカはそう言いつのった。


「連日、来訪を願う、私の身勝手です。また、アルヴァッハ様、権威、振りかざしません。あくまで、私個人、願いです。ならば、私、木の上、眠っても、他の人間、責任、問われないでしょう。私、アスタの調理、見届け、その料理、口にしたいだけなのです」


「……しかし、お前がアルヴァッハの同胞であるという事実に変わりはない。お前がどのように言い張っても、切り離して考えることは難しいように思う」


 すると、レイナ=ルウが凛然とした面持ちで発言を求めた。


「それもまた、族長に許しを求めるべき話ではないでしょうか? それに、復活祭の間はリコたちも森辺の集落に逗留していました。ファの家にばかり負担をかけない形で、プラティカを森辺に招くやりかたも存在するのではないかと思います」


「ふーん? レイナ姉は、こいつを森辺の客人として迎えたいみたいだなー?」


 ルド=ルウが口をはさむと、レイナ=ルウは「うん」とうなずいた。


「わたしは、プラティカの力になってあげたいと考えてるよ。プラティカとは、まだ半日ぐらいしか一緒に過ごしていないけど……それだけで、彼女がどれぐらい真剣なのかは理解できたと思うから」


 プラティカは、感情がこぼれるのを懸命に抑制している様子で、レイナ=ルウを振り返った。


「ありがとうございます。レイナ=ルウ、温情、感謝いたします」


「温情とは、少し違うかもしれません。わたしは……料理の修練にそこまでの熱情を傾けているプラティカに、尊敬の念を抱いたのだと思います」


 きりっとした面持ちのまま、レイナ=ルウは口もとをほころばせた。

 力強い、意思の力にあふれた笑顔である。


「明日の寄り合いも明後日の収穫祭も、わたしはアスタとともに招かれています。そこにプラティカも加わることができたら、わたしも喜ばしく思います」


「ありがとうございます」と、プラティカは無表情に繰り返した。

 ただその紫色の瞳には、うっすらと光るものが浮かんでいるような気がしてならなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] びっくりドンキーのカレーバッグディッシュ・チーズトッピングを食べた時のアイ=ファの表情が妄想できました
[一言] プラティカ、一、二年は逗留するかと思っていたんですが… ティアロス成分補強要員と期待していただけに残念無念(ノ_・。)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ