表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界料理道  作者: EDA
第五十二章 ゲルドの再来
896/1677

再来③~ファの家の勉強会~

2020.5/20 更新分 1/1

 最初に完成したのは、めんつゆであった。

 麺の生地はまだ寝かせているさなかであったので、まずはめんつゆそのものの味わいをプラティカに確かめてもらうことにする。


「こちらがタウ油から作りあげた、めんつゆという調味料になります。作製の手順は、すでにお目にかけた通りですが……燻製魚と海草の出汁に、ジャガルの蒸留酒とタウ油をあわせて、ひと煮立ちさせたものとなりますね」


 俺は木皿にわずかばかりのめんつゆを移し、それをプラティカの手前に置いてみせた。さらに、同量の水で溶いたタウ油の木皿もそこに並べる。


「タウ油の原液は濃厚ですので、おおよそは水で溶いて使います。よかったら、味の違いを確かめてみてください」


「お気遣い、感謝します」


 プラティカは丁寧にお辞儀をしてから、めんつゆとタウ油の味を確かめた。

 その紫色の瞳に、ますます鋭い光が浮かべられる。


「タウ油、強烈な味わいです。そして、豊かな滋養、感じられます。……こちら、豆類、発酵させた調味料ですね?」


「ええ、その通りです。そういえば、プラティカは西の王国を放浪していたと言っていましたよね。その間に、タウ油を口にする機会はなかったのでしょうか?」


「はい。放浪、北寄りの領地でしたので、ジャガルの食材、触れる機会、多くありませんでした」


 そんな風に言ってから、プラティカはさらに言葉を重ねた。


「タウ油、味わい、素晴らしい、思います。さまざまな料理、使うこと、可能でしょう。……さらに、めんつゆ、素晴らしい、思います。これだけで、ひとつの料理、完成されている、思います」


「そうですね。これに具材を投じれば、それで汁物料理として成立すると思います。ただ、ここからさらに色々と応用できるように思うので……それが、今日の勉強会の趣旨となります」


 俺はプラティカばかりでなく、並み居るかまど番たちにそう告げてみせた。


「森辺ではそばやうどんが定着しなかったので、めんつゆを作る機会も少なかったことでしょう。でも、このめんつゆというのは他の料理にも色々と応用できると思います。これを少し加えることで、味の深みがずいぶん違ってくると思うのですよね」


 百聞は一見に如かずで、俺は試食用の料理をこしらえることにした。

 お題目は、ミソの炒め料理である。具材は、ギバ肉の処理で生じたバラのコマ肉と、ささやかな彩りとしてアリアのみを使うことにする。


「俺なんかはミソで炒め料理を作るとき、タウ油と砂糖と赤ママリア酒などを使います。こっちでは、ミソとめんつゆと赤ママリア酒で作ってみますね。それを食べ比べてみてください」


 その前に、プラティカはまずミソそのものの味見である。

 そちらでも、プラティカは眼光を鋭くしていた。


「ミソ、タウ油に負けぬほど、強烈な味わいです。……というか、根、ひとつとする、調味料なのでしょうか?」


「はい。タウ油を作る工程で、ミソが生まれるそうですよ。……その作り方は、いまのところ秘伝であるようですけれどね」


 そんな解説をしながら、俺はせっせと2種の炒め物をこしらえた。勉強会に参加したメンバーの全員分であるので、なかなかの分量であるのだ。


 ミソを鉄鍋で炒めると、また独特の香ばしい香りがあふれかえる。プラティカは、周囲を警戒する山猫のような仕草で鼻をひくつかせて、その香りを検分しているようだった。


「完成しました。見た目にほとんど変わりはないでしょうが、味見をお願いいたします」


 プラティカばかりでなく、他のかまど番たちも瞳を輝かせながら木匙を取りあげた。


「うーん、やっぱり簡単な炒め物でも、アスタがこしらえると出来栄えが違いますね! すごく美味しいです!」


 元気いっぱいに言いながら、レイ=マトゥアはめんつゆを使った料理にも手をのばした。

 その丸っこい目に、さらに明るい光が灯る。


「こっちも、美味しいです! 砂糖を使っていないのに、同じぐらい甘みを感じるような気がしますね!」


「うん。レイ=マトゥアは、どっちがお好みかな?」


「えー! そんなの、決められないです! ……マルフィラ=ナハムは、如何ですか?」


「そ、そ、そうですね。わ、わたしはめんつゆを使ったほうが、好みかもしれません。めんつゆには燻製魚や海草やニャッタの蒸留酒まで使っているので、そのぶん深みが異なるのではないでしょうか」


 きょときょとと目を泳がせながら、マルフィラ=ナハムはそのように言ってくれた。

 プラティカに負けないほど熱情をたぎらせたレイナ=ルウも、「そうですね」と同意する。


「ミソの味が主体であるので、そこまで出来栄えが異なっているわけではありません。でも……やはり、深みというのでしょうか。食べ比べると、その差は歴然であるように思います」


「うん。どっちが上ってことはないと思うけど、やっぱり味わいは違ってくるよね。これまでタウ油を使っていた料理にめんつゆを使ってみると、色々な変化を楽しめると思うよ」


 みんなの反応に満足しながら、俺はプラティカを振り返った。

 すると、プラティカがじっと俺を見据えていたので、軽い驚きにとらわれる。俺が想像していた以上に、プラティカは真剣な眼差しになっていた。


「味わい、どちらも素晴らしいです。アスタ、腕前、感服いたしました」


「それは、ありがとうございます。では、そろそろ次の料理に取りかかりたく思いますが……トゥール=ディン、時間のほうはどうだろう?」


 俺は優秀なるトゥール=ディンに、寝かせていた生地のタイムキーパーをお願いしていたのだ。俺に言葉をかけられる前から、トゥール=ディンは砂時計を注視していた。


「今、最後の砂が落ち切るところです。鍋を火にかけましょうか?」


「ありがとう、お願いするね」


 砂時計の砂が落ち切るのを見届けて、俺は麺打ちに取りかかった。

 湿らせた布に包んでおいたフワノとポイタンの生地を取り出し、あるていど手の平でのばしてから、麺棒でさらに平たく成型する。厚みは2ミリていど、幅は5、6ミリていどで切り分けることにした。


「よし。これを手本に、レイ=マトゥアたちもそっちの分をお願いするよ」


「はい、承知しました! ……でも、アスタの故郷では、これがそばと呼ばれていたのですか? これは黒フワノを使っていないし、卵や卵の殻を使っているので……なんだかちょっと、混乱してしまいそうです」


 レイ=マトゥアは遠慮がちに、そう告げてきた。

 残りの生地に包丁を入れながら、俺は「そうだねえ」と笑ってみせる。


「俺も由来はよくわからないんだけど……これは俺の故郷でも、本土とは離れた島で生まれた料理なんだよね。だから、名前のつけかたに違いが生じたのかな?」


「え? アスタの故郷こそが、島国だったのではないのですか? 島というのは、大陸よりも小さな大地を呼びあらわす言葉なのでしょう?」


「うん。その島国の南側に、さらに小さな島が浮かんでたんだよ。その島では、これがそばと呼ばれていたわけだね」


 レイ=マトゥアたちにとっては俺の故郷こそが異世界であるのだから、そういった説明をするのもなかなか難儀なものであった。そもそも俺は沖縄そばのルーツをわきまえていなかったので、なおさらである。


「まあ、呼び名はどうでもかまわないさ。美味しいと思ってもらえれば幸いだね」


 みんなに見守られながら、俺はトゥール=ディンの準備してくれた鉄鍋で麺を茹であげることになった。

 茹であげた麺はざるでお湯を切り、木皿に移したのち、油をまぶす。パスタであればレテンの油を使うところであるが、めんつゆや和風の出汁にはホボイ油のほうが望ましいところであろう。これにて、沖縄そばの麺は完成であった。


「ギバ肉は、もっとじっくり煮込みたいところだけど……今日は簡略版ということで、ご勘弁ください。主題は、タウ油の扱い方ですからね」


 煮込んでおいたのは、骨つきのあばら肉である。最初にケルの根とニャッタの蒸留酒とともに下茹でしたものを、現在はタウ油と砂糖と燻製魚の出汁、それにやっぱりニャッタの蒸留酒で煮込んでいる。和風の調理酒の代用品として、ニャッタの蒸留酒はなかなかに優秀であるのだった。


「本来は骨つきのあばら肉にかじりついてほしいところなのですが、今日はあくまで試作なので、肉もほぐしちゃいますね。気に入ったら、各自の家で試してみてください」


 そんな注釈をつけながら、肉のほぐしはユン=スドラにおまかせして、俺はスープに取りかかる。

 スープは、2種だ。片方はオーソドックスにめんつゆで召し上がっていただき、もう片方はギバ肉の下茹でで獲得した出汁に、ギバ肉を煮込んだタウ油ベースのタレをあわせる。より沖縄そばに近いのは、もちろん後者であろう。

 下茹でにはケルの根を使っているので、その風味もきいている。

 最後に塩で味を調えて、俺はそれなりの出来栄えを確認することができた。


「これで完成です。どうぞ味見をお願いします」


 スープは2種だが、麺はそれぞれふた口ていどずつ、ギバ肉はひとつまみずつである。それでもこの人数であるので、木皿の数はなかなかのものであった。


 その場に集まった人々は、期待に瞳を輝かせるか、あるいは真剣そのものの面持ちで、麺をすする。真っ先に声をあげたのは、入り口の外にたたずんでいたバルシャであった。


「こいつは、美味いね! どっちも美味いけど……あたしはこの、めんつゆってやつを使ってるほうが好みかな」


「そうですね。どちらも美味であるかとは思いますが……わたしは、ギバ肉で出汁を取った煮汁のほうが、より美味に感じられるようです」


 レイナ=ルウが凛然としたお顔で発言すると、バルシャは「ふうん?」と逞しい首を傾げた。


「もちろんそっちも美味いんだけどさ。ぎばこつらーめんなんかと比べると、ちょいと物足りない感じがしないかね?」


「はい。味が鮮明であるのは、めんつゆのほうでしょう。でも……この卵や卵の殻を使った生地には、こちらの淡い味わいのほうが合うように思うのです。というか、あえて卵や卵の殻を使って食感や風味を変えるなら、こちらのほうが相応しいような……めんつゆを使うならば、通常のそばやうどんのほうが美味なのではないかと、そんな風に感じてしまうのです」


「なるほど」と、俺も割り込ませていただいた。


「言われてみれば、そうなのかもね。俺の故郷でも、この料理ではめんつゆじゃなくもっとあっさりめの煮汁が主体であったように思うよ」


 というか、沖縄そばをめんつゆで食する文化が存在するのかどうかすら、俺は知り得ていなかった。それでも、あえてめんつゆを使ってみせたのは――それこそが、勉強会の醍醐味だからである。


「他のみんなは、どうだろう? 遠慮なく感想をお願いするよ」


「はい。わたしもギバ肉で出汁を取ったほうを美味に感じます。ぎばこつらーめんほどの力強さは感じないのですが、なんだかとても優しい味わいで……家人にも、食べてもらいたく思いました」


 レイナ=ルウに負けないぐらい真剣な面持ちをしていたユン=スドラが、明るい笑顔になってそのように言ってくれた。

 他のメンバーも、口々に感想を言いたてる。それを聞く限り、過半数はギバ肉の出汁のほうが美味であると判じたようだった。


「これはぎばこつらーめんと異なり、こんな短い時間で作ることができましたものね。わたしも晩餐で、家人に食べてもらいたく思います」


「そうですね。祝宴ばかりでなく、普段の晩餐でもこのような料理を口にできるのは、ありがたく思います」


「うーん、わたしはやっぱりめんつゆのほうが好みであるかもしれません」


「あたしもだよ。まあ、あたしは大雑把な舌だから、くっきりとした味が好きなだけかもしれないけどね」


「めんつゆがお好みでしたら、以前に手ほどきをした普通のうどんでも試してみてください。その場合は骨つきの肉を使う必要もありませんので、適当な部位を一緒に煮込めばいいかと思います」


 合間には、俺もそのように言葉をはさんでみせた。

 それから、ひとり無言のプラティカを振り返る。


「プラティカは如何でしたか? どうぞご遠慮なく、感想をお聞かせください」


「はい。私、レイナ=ルウ、同じ意見です。この生地、独特の風味、有していますので、めんつゆ、調和、乱している、感じます。これならば、シャスカのほうが、調和する、思います」


「ああ、シャスカもクセのない味わいですもんね。確かに、めんつゆは合いそうです」


 俺はにこやかに答えてみせたが、やはりプラティカの眼光は鋭かった。


「……あなた、こうして修練、積んでいるのですね」


「はい。森辺に美味なる料理の作り方を広めるのと同時に、自分自身の修練を積んでいます」


「素晴らしい、思います。アルヴァッハ様、賞賛する理由、理解できました。あなた、出会えたこと、東方神、西方神、感謝します」


 眼光は鋭いが、言葉の内容は誠実かつ情熱的なプラティカであった。

 そこでジルベの「ばうっ」という声と、バルシャの「おや」という声が重なる。


「アイ=ファのお帰りだね。こいつはまた、大物だ」


 そろそろ勉強会も終わりの時間が迫っていたので、俺はみんなに後片付けをお願いしてから、プラティカおよびレイナ=ルウとともにかまど小屋を出た。

 ブレイブとドゥルムアを引き連れて、巨大なギバを背負ったアイ=ファがこちらに近づいてくる。その姿に、プラティカがじゃりっと足を踏み鳴らした。


「……ギバ、初めて見ました。巨大です」


「はい。あれはなかなかの大物ですね」


 かつてディアルが来訪した日と同じように、アイ=ファは100キロはあろうかというギバを背負っていた。その秀麗な面に汗を浮かべつつ、プラティカたちの姿を鋭く見回す。


「……見知らぬ客人がいるようだな、アスタよ」


「うん。ちょっと込み入った話があるんで、ギバを吊るしたら時間をもらえるかな?」


「うむ」とうなずき、アイ=ファは解体部屋へと消えていく。

 その間に、俺は汗をふくための手拭いを準備しておくことにした。


「どうぞ、家長殿。……今日も無事でよかったよ」


 後半の言葉は小声で伝えると、アイ=ファは手拭いで額をぬぐいつつ、その陰から「うむ」と目もとで微笑みかけてくれた。


「理由はわからんが、レイナ=ルウとバルシャもご足労だったな。……それで、そちらは何者であるのだ?」


「私、プラティカ=ゲル=アーマァヤです。ゲルの藩主、仕える、料理番です」


「ゲルの藩主……つまり、アルヴァッハたちがジェノスに到着したということか」


「はい。突然の来訪、恐縮です。また、アルヴァッハ様、挨拶が遅れること、謝罪、伝えるよう、承っています。貴人の方々、余所の領地、訪れたならば、もてなし、受けなければならないので、城下町、離れられなかったのです」


 そうしてプラティカは、自分の口から事情を説明した。

 アイ=ファは溜め息をこらえているような表情で、「そうか」と前髪をかきあげる。


「まあ、アルヴァッハらしいといえばアルヴァッハらしいやり口だが……晩餐はともかく、寝床まで準備せよとは、なかなかの申し出だな」


「はい。よろしければ、そちらはルウ家で肩代わりできるのではないかと思います。どうか遠慮なく、お申しつけください」


 レイナ=ルウに言葉を添えられて、アイ=ファは静かに悩み始めた。初対面の相手を宿泊させるのは気が進まないが、さりとてルウ家に迷惑はかけたくない――という板挟みに陥っているのだろう。


「ううむ……だがやはり、ファの家に申しつけられた話をルウ家に肩代わりさせるというのは……」


 そんな風に言いかけて、アイ=ファはうろんげに背後を振り返った。3頭の人間ならぬ家人たちも、同時に同じ方向を振り返っている。

 それからすぐに、かまど小屋の脇からトトスの首がにゅっと現れた。それはやや赤みがかった羽毛をしたジドゥラであり、騎乗しているのはルド=ルウとリミ=ルウの仲良し兄妹であった。


「よー、アイ=ファも帰ってたんだなー」


「わーい! アイ=ファ、ひさしぶりー!」


 弟妹たちのいきなりの登場に、レイナ=ルウはきょとんと目を丸くしていた。


「ふたりとも、どうしたの? 家で何かあったの?」


「親父からの言伝てだよ。もしもゲルドからの客人をファの家で預かるんだったら、俺とリミも見届け役として同行させてもらえってさー」


 ルド=ルウが地面に降り立つと、リミ=ルウはその肩にまたがった。兄の頭に手を置きながら、リミ=ルウは満面に笑みをたたえている。


「見届け役として同行というのは……お前たちもファの家に宿泊させよ、という意味か?」


 アイ=ファがうろんげに問うと、ルド=ルウは「ああ」とうなずいた。


「何せ相手は、シムの貴族だろ? そっちのそいつは貴族じゃねーらしいけど、やっぱルウ家としてはファの家だけにすべてをおっかぶせるわけにはいかねーだろうってさ。あと、リミがいりゃあ偏屈なアイ=ファの心も少しはほぐれるだろう、とか言ってたなー」


「…………」


「で、もしもファの家で預かりたくねーってんなら、そのときは俺たちがルウの家に連れ帰るよ。ただ、その場合でも晩餐の後になるだろうから、俺たちにも準備を頼むぜー?」


 アイ=ファは「そうか」と苦笑した。


「ドンダ=ルウの気づかいを、ありがたく思う。では、ゲルドの客人はファの家で預かることとしよう」


「おー、そっかそっか。それじゃあこいつも無駄にならなかったなー」


 ルド=ルウは陽気に笑いながら、ジドゥラの胴体の左右に下げられていた荷物をぽんと叩いた。それは蔓草で丸く縛られた、寝具であったのだ。

 すると、レイナ=ルウが慌てた様子で声をあげた。


「ちょ、ちょっと待ってよ、ルド。そうしたら、わたしとバルシャは……やっぱりルウの家に戻らないといけないの? わたし、晩餐までには戻るって言ってきちゃったんだけど……」


「戻らないんなら連絡をよこせって言ってたよ。そろそろララたちが晩餐を作り始める刻限だろうからなー」


 レイナ=ルウは、すがるような目で俺とアイ=ファを見比べてきた。

 アイ=ファはけげんそうに首を傾げていたが、じきに「ああ」と納得する。


「レイナ=ルウにとっては、アスタの料理を口にするのも修練なのであろうな。私は、どちらでもかまわんぞ」


「あ、ありがとうございます! もちろんわたしも、晩餐の準備を手伝いますので!」


 レイナ=ルウは、ぱあっと顔を輝かせた。

 その隣で、バルシャは「ふふん」と鼻を鳴らす。


「だったら本家には、あたしがその話を伝えておくよ。あんたたちが行ったり来たりするのは、手間だろうからね」


「ふーん? バルシャはそのまま家に戻るのか?」


「ああ。あたしまで居座ったら、さすがに寝具が足りないだろうしね。……それに、家では大事な家人たちが待ってくれているからさ」


 バルシャは白い歯をこぼしながら、ルド=ルウからジドゥラの手綱を受け取った。

 これにて、一件落着――と言いたいところだが、俺は自分の軽はずみな発言の責任を取らなければならなかった。


「あのな、アイ=ファ。実はさっき、レイ=マトゥアたちも晩餐にお招きできるかもしれないって、声をかけちゃったんだよな」


「うむ? 何故だ?」


「いや、プラティカをお招きするなら、賑やかなほうがいいかなと思って……まさか、ルウ家のみんなまでお招きすることになるとは予想してなかったからさ」


「だったら、その人たちも呼んじゃえば? いっぱいいたら、楽しいじゃん!」


 もちろんそのように答えたのは、アイ=ファではなくリミ=ルウであった。

 アイ=ファは微笑をこらえているような表情で、「そうだな」とつぶやく。


「晩餐のみなら、問題はあるまい。晩餐の準備で苦労をするのは、お前たちであるのだしな」


「そんなの、苦労でも何でもないさ。……ありがとうな。みんなをガッカリさせずに済んだよ」


「ふん。家長のいない場で、軽はずみな約定などは取りつけぬことだ」


 口調だけは粛然としながら、アイ=ファの眼差しは優しかった。巡りめぐって大事な友であるリミ=ルウをファの家に招くことになったのが嬉しいのだろう。

 すると、ずっと無言でなりゆきを見守っていたプラティカが、また指先を組み合わせながら一礼してきた。


「森辺の方々、厚意、感謝します。……アルヴァッハ様、聞いていた通りでした」


「うむ? アルヴァッハが、なんと?」


「森辺の民、信義、厚く、情理、わきまえている、言っていました。また、勇敢であり、決断力、とんでいる、と」


「ははん」と笑ったのは、ルド=ルウであった。


「そーいえば、アルヴァッハたちはヴィナ姉とシュミラル=リリンの婚儀にまで乗り込んできたんだよなー。ずいぶん厄介なことを言い出す貴族だなーって思ったもんだよ」


「……やはり、迷惑でしょうか?」


「いや。いざ話してみると、アルヴァッハたちはあんまり貴族っぽくねーんだよな。あっちもなんだか、ゲルドの民と森辺の民は似てる部分がある、なんて言ってたみてーだしよ」


「……そうですね。私、同じ気持ちです。山の民、狩人の一族ゆえでしょうか」


 ゲルドの民は、雪山でムフルの大熊なる獣を狩っている、という話であったのだ。石の都で暮らしながら、彼らもまたれっきとした狩人の一族であったのだった。

 ちなみにそんな共通点を指摘したのは、アルヴァッハたち本人ではなくフェルメスであったかもしれない。かつてアルヴァッハたちを招いた晩餐には、フェルメスやメルフリードなども同行していたのだ。


「それじゃあ俺は、みんなにこの話を伝えてくるよ。あっちからは、また3名でいいのかな?」


「こちらと合わせて、9名か。……まあ、よかろう」


 アイ=ファのお許しを得ることができたので、俺はかまど小屋に舞い戻ることになった。

 そうして話を伝えると、かまど小屋には歓声が響きわたる。


「それじゃあ、またくじを作りましょう! 希望する方々は、手をあげてください!」


 レイ=マトゥアの号令で、かまど番たちがいっせいに挙手をした。

 手をあげていないのは、わずか3名――ユン=スドラ、トゥール=ディン、クルア=スンのみだ。彼女たちは前回当選を果たしたので、今回は譲るべきと考えたのだろう。


「あ、あれ? リリ=ラヴィッツも希望してくださるのですか?」


 俺の言葉に、リリ=ラヴィッツは「ええ」とやわらかく微笑んだ。


「ファの家で晩餐をいただける機会なんて、そうそうないでしょうからねえ。家長だって、駄目とは言わないことでしょう」


 そうして、再びくじ引き大会が開かれることになった。

 当選したのは――レイ=マトゥアとマルフィラ=ナハムとリリ=ラヴィッツの3名である。これはまた、前回に劣らぬ濃密な顔ぶれであった。


「よかったですね、レイ=マトゥア。こんなに早く機会が巡ってくるとは思いませんでした」


 トゥール=ディンが呼びかけると、レイ=マトゥアは元気いっぱいに「はい!」と答えた。前回は、彼女が言いだしっぺであったにも拘わらず、落選の憂き目を見てしまったのだ。

 それにしても、本当に嬉しそうな笑顔である。ただファの家で晩餐をともにできるというだけで、こんなにも喜んでもらえるのは、やはり光栄の限りであった。


 そうしてファの家は、ゲルドの料理人プラティカばかりでなく、数多くの友人たちを晩餐に招待する事態に至ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] レイ=マトゥア、マルフィラ=ナハム、リリ=ラヴィッツの3名とか面子が濃ゆすぎて(笑)自分がアスタなら胃潰瘍になりそうです・・・
[一言] 宴では無いただの夕餉で、ファの家がこんなに華やかになるなんてねぇ。 クソマズポイタン汁から、随分と遠くに来たもんだわ。
[良い点] 物騒では無い事件で賑やかに盛り上がる様子を見るとホッとしますね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ