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異世界料理道  作者: EDA
第五十二章 ゲルドの再来
894/1679

再来①~到着~

2020.5/18 更新分 1/1

・今回は全7話の予定です。

 彼らがジェノスにやってきたのは、銀の月の30日のことであった。

 メルフリードが優勝を収めた闘技会からは、5日後――年が明けて最初の月である銀の月の、最終日である。


 闘技会の当日を臨時の営業日とした俺たちは、その翌日を振り替えの休業日とさせていただいたため、銀の月の30日は5日間の営業日の4日目となる。そうして2日後の休業日には、ついにラヴィッツの血族とスンとミームで合同で行われる収穫祭の期日でもあった。


 それらの氏族がその日を収穫祭に定めたのは、なんと屋台の休業日に合わせたためである。俺とアイ=ファは見届け人として招待されていたので、休業日のほうが都合がよかろうと便宜をはかってくれたのだ。


 合同収穫祭の主導権を握っているのがラヴィッツの家だと考えると、これは画期的な話であった。何せ彼らは森辺において、もっともファの家と健やかならぬ間柄である氏族であったのだ。

 もちろん昨年の家長会議を経てからは、ファの家の行いを全面的に認めてくれるようになっていたし、近年では複数の血族を屋台の商売に参加させるようになっていた。また、復活祭の期間中にも他の氏族に負けないぐらい積極的に、宿場町の様子を見届けに出向いていたのだ。そういう意味では、他の氏族とすでに差異はないのだろうと思う。


 ただし、ラヴィッツ本家の家長は、あのデイ=ラヴィッツであるのだ。

 あのデイ=ラヴィッツが、ファの家の事情を鑑みて、収穫祭の日取りを決定してくれた――まことに失礼な言い草かもしれないが、俺とアイ=ファにとってそれは驚くべき事態であったのだった。


 ともあれ、合同収穫祭はもう目前に迫っている。

 闘技会の余韻にひたりつつ、合同収穫祭の到来に胸を躍らせるという、そんな楽しくも慌ただしい時期に、彼らはジェノスに姿を現したのだった。


                 ◇


 俺たちが最初に聞いたのは、道行く人々の驚嘆のざわめきである。

 屋台の商売は朝一番のピークを終えたぐらいであったから、刻限は中天の半刻前といったあたりであろう。屋台を訪れる客足は落ち着いたが、往来にはたくさんの人々があふれかえり、青空食堂は大いに賑わっているという、そんな時分であった。


「な、なんだよ、ありゃあ? 化け物みたいなトトスだな!」


 俺が往来から聞き取ったのは、そんなような言葉であった。

 いったい何事かと思い、屋台の向こう側をうかがってみると、おおよその人々は北側に目を向けている。南北に開かれた主街道の北側から、何か驚くべき一団が迫ってきているようだ。

 好奇心に駆られて、屋台から身を乗り出した俺は――往来の人々とはまた別種の驚きにとらわれることになった。


「うわ、こいつは驚いたな。……レイ=マトゥア、ちょっと屋台を任せてもいいかな?」


「はい、もちろんです」


 研修生のクルア=スンにパスタの茹であげの手ほどきをしていたレイ=マトゥアは、笑顔で俺を見送ってくれた。

 そうして俺が街道に飛び出すと、別なる屋台からはレイナ=ルウが出てくるところであった。そちらのほうが北寄りであったので、俺のほうからレイナ=ルウのもとに駆けつけることにする。


「やあ、レイナ=ルウ。いきなりのご登場だったね」


「はい。さすがにいささか、驚かされることになってしまいました」


 俺たちは街道の屋台寄りの場所にたたずんだまま、その一団が到着するのを待ち受けた。

 まあ一団といっても、人数は4名である。それぞれ別々のトトスにまたがった4名の旅人が、のっしのっしとこちらに近づいてきているところであったのだ。


 だが、それほど目を引く旅人というのは、なかなかなかったことだろう。

 何せ彼らは、「化け物のような」と称されたトトスにまたがっているのだ。それが決して大げさでないことは、俺たちもしっかり視認できていた。


 これほど巨大なトトスを目にしたのは、初めてのことである。かつての早駆け大会では貴族の所有する立派なトトスを何頭も見せつけられたものであるが――それでもこれほど巨大なトトスは、ついぞ目にした覚えもなかった。


 俺たちにとってお馴染みのトトスは、体高およそ3メートル。ただしそれは長大なる首を含めたものであり、地面から背中までの高さは、およそ1・5メートルほどであろう。今ではすっかり見慣れてしまったものの、俺の故郷では遥かな昔に絶滅してしまったジャイアント・モアのごとき巨大な恐鳥であるのだ。


 しかし、現在こちらに向かってきているトトスたちは、それよりもふた回りは巨大であるようだった。

 体高などは30センチばかりもまさっているようであるし、それに比例して逞しい体格をしている。首にも胴体にも両足にもみっしりと肉がついており、恐鳥というよりはもはや恐竜と呼びたくなるような姿であった。


 その頑健なる巨体を覆っているのは、黒みがかった灰褐色の羽毛である。北の集落で面倒を見られているトトスもずいぶん黒みがかっていたが、それよりもさらに暗い色合いをしており、しかもずいぶん羽毛がけば立っているように感じられる。それがまた、いっそうこのトトスを大きく威圧的に見せているのだ。


 巨大なくちばしにはハミがかまされて、そこからのびた手綱を騎手に握られている。背中には鞍が設置され、胴体の左右には大きな荷袋が下げられていた。


 そして――その手綱を握っている人々も、トトスに負けない巨大さであった。

 フードつきマントで人相や体格を隠しているが、そのシルエットだけで立派な体格が見て取れる。特に先頭の人物などは、2メートルはあろうかという大男であるのだ。これでは宿場町の人々が恐れおののくのも当然であった。


 そうして満身に視線を浴びながら、巨大トトスが俺たちの前で足を止める。

 深くかぶったフードの陰からは、炯々と光る青い双眸が俺を見下ろしてきた。それで俺は、自分が人違いをしていないことをより強く確信することができた。


「ジェノスにようこそ、アルヴァッハ。またお会いできて、心より嬉しく思います」


「うむ。アスタ、レイナ=ルウ、壮健なようで、何よりである」


 地鳴りのように重々しい声音で、彼はそのように挨拶を返してくれた。

 たとえフードで顔を隠していても、彼らを見間違えるはずがない。彼らはシムの北方に位置するゲルドの貴人たち――アルヴァッハとナナクエムに他ならなかった。


 ゲルドとジェノスは、交易の約定を取りつけている。その開始には復活祭の終わりを待たなければならないという話であったので、そろそろ頃合いかという時期であったのだ。それで俺とレイナ=ルウも、心の準備をしておくことがかなったのだった。


「森辺の集落、変わり、なかろうか? 族長たち、再会、楽しみである」


「はい。族長たちも、きっとお喜びになるでしょう。……それでですね、このジェノスの宿場町においては、トトスに乗ったまま歩いてはならないという取り決めがあるのですが……」


「そうか。その取り決め、不知である」


 アルヴァッハは、ひらりと地上に舞い降りた。その巨体からは想像もつかないような、軽やかなる身のこなしだ。

 それにならって、後ろの人々も大地に降り立つ。それを見守っていた俺は、途中で(おや)とこっそり首を傾げることになった。


 トトスは4頭であったのに、いざそれから降りてみると、人間は5名に増えている。いずれかのトトスだけ、2人乗りをしていたようなのである。

 まあ、それ自体はべつだんおかしな話ではない。ゲルドの貴人であるアルヴァッハとナナクエムが護衛も連れずにやってくるわけはないし、むしろこれでも人数は少なすぎるぐらいだろう。西の王都の貴族たちがジェノスを訪れるときなどは、毎回100名単位の兵士たちが同行しているのである。


 ただ俺が奇妙に思ったのは、その内の1名だけがずいぶんと小柄であったためであった。

 むくつけき大男に囲まれているためか、いっそうその姿は小さく見えてしまう。また実際、俺と比べたって10センチぐらいは小柄であるだろう。それはすなわち、同じ東の民の女性であるアリシュナよりも小柄である、ということであった。


 それはいったい何者か――と、俺が尋ねようとしたとき、背後のほうがざわめいた。振り返ると、アルヴァッハたちの姿を見物していた人々をかきわけて、衛兵たちが駆け寄ってくるところであった。人数は4名で、その先頭に立つのは小隊長のマルスである。


「お前たちは、何者か? さきほどまで、トトスに乗ったままこの場を歩いていたようだな」


「あ、マルス、こちらの方々は――」


 俺がそのように言いかけると、アルヴァッハの後ろからナナクエムが進み出てきた。


「我々、宿場町、取り決め、不知であった。知らず内、ジェノスの法、破ったこと、遺憾である」


「い、いかん? とにかく、その頭巾を外せ。事と次第によっては、詰め所で話を聞かせてもらおう」


 ナナクエムたちは、ためらいなくフードをはねのけた。

 同時に、周囲の人々が「おお」とざわめく。東の民に見慣れた宿場町の人々でも、ゲルドの民の風貌にはやはり驚かされてしまうのだろう。


 行商人としてジェノスを訪れるのは、同じシムでも草原の民である。ゲルドの山の民である彼らは、切れ長の目に高い鼻梁、薄い唇に黒い肌という点においては、草原の民と同一であったものの、それと同時に岩塊のように角張った顔貌をしていたのだった。


 さらに言うならば、アルヴァッハは燃えるような赤毛と青い瞳をしており、ナナクエムは黒褐色の髪と紫色の瞳をしている。草原の民は黒髪黒瞳の人間が多かったので、その色合いも大きなインパクトであったことだろう。俺にとっても初対面である残りの3名も、それぞれ色とりどりの髪と瞳をしていた。


 で――ひときわ小柄である人物は、やはり女性であるようだった。アリシュナに比べるとずいぶん目つきが鋭いように思えるが、非常にシャープな面立ちであり、体格もずいぶんほっそりとしている。髪の色は金褐色で、瞳の色は深い紫色だ。年齢を推し量るのは難しいが、まあまだ少女と呼んでいいぐらいの年頃であろう。


「ジェノス、宿場町、安寧、揺るがすつもり、皆無である。容赦、願いたい」


 と、今度はアルヴァッハが重々しく声をあげた。


「我、『ゲル』の藩主、長兄、アルヴァッハ=ゲル=ドルムフタンである」


「我、『ド』の藩主、長兄、ナナクエム=ド=シュヴァリーヤである」


「は、藩主? 藩主というのは、つまりその……」


 マルスが困惑の表情となっていたので、俺が助け船を出すことにした。


「東における藩主というのは、西における領主のことです。こちらの方々は、シムのゲルドという領地の領主のご子息であられるわけですね」


 マルス以外の衛兵たちが、いっせいに及び腰になっていた。ゲルドがジェノスよりも大きな領地であると知ったら、いっそう顔色をなくしてしまうことだろう。

 しかしマルスは胆が据わっており、「そうか」と低くつぶやいた。


「しばらく前に、ゲルドの貴人がジェノスを訪れていたな。《颶風党》なる盗賊団がジェノスを脅かしたことを、詫びに来たのだとか何だとか……それが、こちらの方々というわけか?」


「そうですそうです。どうもお騒がせしてしまって、申し訳ありません」


 すると、アルヴァッハがずずいと進み出てきた。


「失態、犯した、我々であり、アスタ、謝罪、不要である。我々、どのように贖うべきか、教示、願いたい」


「……宿場町でトトスにまたがるというのは、罰が生じるほどの罪ではありません。もちろんそれで人を傷つけるような事態に至っていれば、話は別ですが」


 マルスはきりっと表情を引き締めて、そのように言いつのった。


「また、あなたがたが城下町ばかりでなく、この宿場町や森辺の集落をも訪れたという話は、我々もうかがっています。このたびも、こちらの屋台を訪れたということでしょうか?」


「うむ。その通りである」


「であれば、どこかにトトスをお預け願えるでしょうか? それが、宿場町の取り決めとなります」


 アルヴァッハは、うろんげに目を細めた。


「我々、ギバ料理、食したのち、城下町、向かう予定である。わずかな時間、トトス、預ける、どのような場所、相応であろうか?」


「……料理を食したら、すぐさま城下町に向かうご予定で?」


「うむ。本来であれば、ジェノス城、最初、向かうべきである。しかし、屋台の料理、食べ損なう、恐れあったので、こちら、参じることになった。食後、すぐさま、ジェノス城、向かうべきであろう」


 マルスは溜め息を噛み殺しつつ、「そうですか」と応じた。


「ならば、我々がトトスをお預かりいたしましょう。あちらの空き地に控えておりますので、食事がお済みになったらお声をおかけください」


「……貴殿、名前、うかがいたい」


 マルスは、ちょっと挑むような眼差しになった。


「自分はサトゥラス区域警護部隊、五番隊第二小隊長マルスと申します」


「小隊長マルス。貴殿、親切、感謝する」


 アルヴァッハは、手綱を握りしめた右手をぐっと突き出した。

 グローブのように大きいその手から手綱を受け取りつつ、マルスは部下たちを振り返る。


「そら、お前たちも手綱をお預かりしろ」


「は、はあ……このトトス、人間を襲ったりしませんよね……?」


 衛兵のひとりがおっかなびっくり手を差しのべると、そちらに手綱を渡しながら、ナナクエムはうなずいた。


「心配、無用である。トトス、理由なく、人間、襲うこと、皆無である」


 主人ならぬ人々に手綱を握られたトトスたちは、それぞれ悠然と下界を見下ろしていた。ギルルなどと比べれば、すいぶん目つきの鋭いトトスたちだ。

 そうしてマルスたちが向かいの空いたスペースに立ち去っていくと、アルヴァッハはあらためて俺たちに向きなおってきた。


「仕事のさなか、騒がせてしまい、恐縮である。ギバ料理、購入、可能であろうか?」


「はい、もちろんです。……ところで、こちらのお連れ様がたは?」


「こちらの2名、護衛役である。身分、兵士である」


 アルヴァッハにも負けない魁偉な風貌をした両名が、無言のままに目礼をしてくる。


「そして、この者、森辺の民、引き合わせたい、願っていた。自分、名乗るがいい」


「承知しました」と、謎の少女が進み出る。


「私、アルヴァッハ様に仕える、プラティカ=ゲル=アーマァヤです」


 それは、独特なイントネーションを持ちながら、アルヴァッハたちよりも遥かになめらかに聞こえる口調であった。

 それに、ちょっとハスキーめの魅力的な声音をしている。俺はアイ=ファと出会って以来、女性のハスキーな声音にいっそうの魅力を感じるようになってしまっていた。


「プラティカですか。はじめまして。俺はファの家のアスタと申します」


「わたしはルウ本家の次姉、レイナ=ルウと申します」


「挨拶、ありがとうございます。私、ゲル、藩主の屋敷、料理番です」


 落ち着いた口調で言いながら、プラティカは鋭利な刃物のような眼光を突きつけてくる。べつだん怒っているわけではないのだろうが、草原の民にはありえない眼光だ。やはり女性でも、山の民というのは勇猛な気性をしているのだろうか。


「プラティカ、修練、積ませるため、ジェノス、同行させた。屋台、ギバ料理、願いたい」


「承知しました。ちょうど手すきの時間ですので、どの料理でもお待たせせずにお届けできるかと思います」


 この際なので、俺とレイナ=ルウが彼らをエスコートすることにした。何せ相手は異国の貴人であるからして、決して粗相は許されないのだ。


「分量は、どのていどにいたしましょう? おおよそ2食か3食分ぐらいで、おなかは膨れるかと思われますが――」


「まずは、すべての料理、味、確かめたい。そののち、追加分、検討したい」


「なるほど。では、取り分けのできる木皿の料理は1人前ずつとして、手づかみで食べられる料理は人数分、ということにいたしましょうか」


 本日のラインナップは、『ギバの揚げ焼き』『ギバとナナールのカルボナーラ』『ケル焼き』『ネェノンソースのギバ・バーガー』『タウ油仕立てのモツ鍋』『マイム流のミソ煮込み』、そして『チョコまん』であった。


「あ、こちらのラーメンは如何でしょう? 出汁はキミュスの骨ガラですが、ギバの肉も使われておりますよ」


 アルヴァッハが巨体を折り曲げて屋台の内部を覗き込むと、レビは「うおっ」と身を引いてから、「いらっしゃい」と口をほころばせた。


「衛兵さんとのやりとりは聞こえてましたよ。うちの料理も、おひとつ如何です?」


「……貴殿、宿場町、領民であろうか?」


「ええ。アスタや森辺のお人らと懇意にさせてもらっています。このらーめんも、もともとはアスタに教わった料理なんですよ。それから俺と親父のふたりで、あれこれ手を加えることになりましたけどね」


 レビの隣では、ラーズもにこやかに微笑んでいる。

 アルヴァッハは「興味深い」とつぶやいた。


「是非、所望する。プラティカ、銅貨を」


「はい」と、プラティカが銅貨を差し出した。ここまでの道中で両替の機会があったのだろう。東の丸い銅貨ではなく、西の細長い銅貨だ。


「毎度あり。1人前でいいんですかい?」


「うむ。美味ならば、再び、所望する」


「そいつは腕が鳴りますね」と、レビはまた笑った。貴人に対して、臆する様子はないようだ。最近ではユーミも森辺の祝宴で貴族と相まみえる機会が多かったので、そちらから話を聞く内に、レビにも免疫ができたのかもしれなかった。


 ということで、レビとラーズの『タウ油仕立てのキミュス骨ラーメン』も獲得し、青空食堂へと足を向ける。ちょうど東の民だけが着席している卓があったので、そこに相席をお願いすることになった。


「よろしければ、こちらをお使いください」


 サービスで、取り分け用の木皿と木匙を卓に置く。5名の客人は謝礼の言葉を口にしてから、それぞれの木匙を取り上げた。

 アルヴァッハとナナクエムにとっては、既知の料理も多いだろう。アルヴァッハはまず三つ又に加工された木匙で『ギバの揚げ焼き』を突き刺すと、躊躇いもなく大きな口の中に放り入れた。


「これは……以前、食した料理、いささか異なるようである」


「あ、はい。『ギバ・カツ』はお出ししたことがありましたよね。こちらは『ギバの揚げ焼き』といって――」


「以前、ギバの脂だったが、こちら、植物油である。また、肉の厚み、大きく異なっている」


「はい。こちらは屋台の料理ですので――」


「屋台の料理、迅速さ、求められるため、肉、薄くすること、必然なのであろう。ギバ肉、力強き噛みごたえ、弱められること、無念に思う。また、ギバ肉、覆う衣、簡素である。以前、フワノ粉、加工されており、またとない食感、生み出していたが、こちら、凡庸である。そして、ギバの脂、使われていないため、ギバの風味、弱まっている。簡素、突き詰め、力強さ、失われる、無念である」


「は、はい。ご期待に添えず、申し訳――」


「謝罪、不要である。料理の質、落ちたこと、否めないが、こちらの料理、簡素ゆえに、ギバ肉、質、高いこと、証し立てている。我、無念の思い、消えないが、屋台の料理、相応なのであろう。正しき場所、正しき料理、出せること、アスタ、才覚である」


「アルヴァッハ」と、ナナクエムが声をあげた。


「我々、ジェノス城、急ぐべきである。料理、ひと品ごと、感想、伝えていては、日没、迎えるであろう」


 アルヴァッハは不本意そうにうなずくと、別なる料理にも手をのばした。

 彼らとはおおよそ2ヶ月ぶりの再会であるが、どちらも相変わらずの様子である。しばらく無言でいたアルヴァッハは、『ケル焼き』を口にするなり、こらえかねたようにまた発言した。


「アスタ、こちらの料理――」


「アルヴァッハ」


「……美味である。調味料、配合、絶妙である」


 俺は笑いを噛み殺しながら、「ありがとうございます」と答えてみせた。


「そちらで使われているのは、ジャガルのタウ油とケルの根、それに砂糖や赤ママリアの果実酒となりますね。……たしかそちらは、ジャガルの食材もジェノスから買いつける予定なのですよね?」


「うむ。ミソ、タウ油、ケルの根、いずれも、候補である」


「そういえば、食材を運んでこられた方々は、もう城下町なのですか?」


 それに「いや」と答えたのは、ナナクエムであった。


「食材、運ぶ、荷車、到着、これからである。3日ていど、後となろう」


「え、そうなのですか? ……ああ、そうか。おふたりは荷車とは別に参じられるというお話でしたね」


 荷車を引かせると、頑健なるゲルドのトトスでもジェノスまではひと月ていどの道のりとなる。藩主の第一子息たる彼らはなるべく故郷を離れる時間を短くするため、トトスにまたがって往復する予定である、と言っていたのだ。


「トトス、またがれば、ジェノスまで、10日である。我々、出発、3日ほど、見合わせれば、荷車、同時、到着したはずである。……すべて、アルヴァッハ、勇み足、原因である」


「……我々、荷車より、遅れる、非礼である。よって、ゆとりを持つ、正しかろう、思う」


「我々、3日前、荷車、追いついた。追い抜かさず、合流すれば、同時、到着した」


「3日間、先んずれば、3日間、ギバ料理、楽しめる。その機会、失うこと、無念である」


 もりもりと食事を進めながら、ふたりは無表情に言い合っている。そんな姿も、懐かしい限りであった。

 と――アルヴァッハの目が、わずかに見開かれた。

 ちょうど『マイム流のミソ煮込み』を口にしたタイミングである。


「この料理……初めてである」


「そちらはルウの家人となったマイムの考案した料理となります。おふたりが以前にいらした際、マイムはまだ客人扱いであったかと思いますが……その後、血族として迎えられることになったのです」


 レイナ=ルウが丁寧に説明をすると、アルヴァッハはゆらゆらと巨体を揺らした。その姿に、ナナクエムは溜め息をつく。


「アルヴァッハ、長い感想、慎むべきである」


「いや……この料理、感想、述べるには、西の言葉、不足である。フェルメス外交官、通訳、必要である」


 アルヴァッハは、光を増した碧眼で俺を見据えてきた。


「マイム、娘、覚えている。その娘、アスタ、手ほどき、したのであろうか?」


「いえ。マイムは父親のミケルという御方に手ほどきをされています。ただ、一緒に勉強会などをしているので、おたがいに影響を与え合っている面もあるのでしょうね」


「興味深い」と低くつぶやき、アルヴァッハはずっと無言であったプラティカなる娘さんを振り返った。


「プラティカ、同行させた、正しい、思う。プラティカ、どのように思うか?」


「はい。私、驚嘆しています。これらの料理、いずれも美味、思います」


 心地好いハスキーボイスで答えながら、プラティカは俺とレイナ=ルウの姿を見比べてきた。

 その目には、やはりアルヴァッハにも負けない強い光が宿されているようだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >屋台の商売は朝一番のピークを終えたぐらいであったから、 >刻限は中天の半刻前といったあたりであろう。 >屋台を訪れる客足は落ち着いたが、往来にはたくさんの人々があふれかえり、 >青空食堂…
[良い点] あの時から楽しみでならなかったプラティカさんついに登場ですね。 これは続きが気になります…! [一言] アルヴァッハさんとナナクエムさん良いわぁ… アルヴァッハさんの料理トークを聞く機会が…
[良い点] アルヴァッハ、新たなかまど番、新たな食材候補の到来ですな✨ これは久しぶりに新メニュー登場の予感が✨ 山椒来てほしいねぇwしたら麻婆の出番来るかもw 今まで麻の味覚がクローズアップされてい…
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