祝賀の宴②~宴の始まり~
2020.5/1 更新分 1/1
しばらくして、俺たちは祝宴の場に案内されることになった。
闘技会の入賞者たるジィ=マァムたちは、別の場所へと導かれていく。そののちに俺たちは扉の前で、恒例の花飾りを受け取ったのであるが――ジザ=ルウが赤い花飾りを、レイナ=ルウが青い花飾りを受け取るのを見て、俺は「あれ?」と首を傾げることになった。
「ジザ=ルウは伴侶があるから、レイナ=ルウの同伴者にはなれないんだよね。それでも、青い花飾りをつけることが許されたのかな?」
「はい。いささか城下町の習わしにはそぐわない行いであるようですが、ジィ=マァムの同伴者であるという名目で、こちらを身につけることを許されました」
青い花飾りを身につけるのは、未婚だが恋のお誘いはお断り、という意思表示でもあるのだ。確かにレイナ=ルウの美貌を考えれば、裏技を使ってでも花飾りを獲得しておきたいところであった。
そうして花飾りを身につけたのちは、小姓のあげる紹介の言葉とともに、大広間へと導かれる。
やはり森辺の民たる俺たちが入室していくと、お行儀よくひそめられたざわめきがあちこちからあげられたようだった。
それにもちろん、アイ=ファやレイナ=ルウの美しさに感嘆する人間も多いのだろう。貴婦人の並み居る城下町の祝宴においても、アイ=ファたちの美しさは図抜けているのではないかと、俺はこっそりそのように考えていた。
(それに何だか今回は、前回よりも熱烈な視線を感じちゃうな)
前回の祝宴は10名以上の大人数であったため、ひとりずつへの注目度が緩和されていたのであろうか。特に俺などは、精悍なる森辺の狩人や端麗なる女衆の陰に隠れて、それほど注目はあびずに済んだのかもしれなかった。
しかし今回はわずか4名の参席であったため、末席たる俺にもぞんぶんに視線が注がれているように感じられてしまう。それに、アイ=ファへの注目度が尋常でないために、その流れ弾も多いのではないかと推察された。
「伯爵家の身分にある者は、まだ姿を現していないようだな。ざっと見た限りでは、あまり見知った顔もないようだ」
ジザ=ルウがそんな風につぶやいたとき、色とりどりの宴衣装を纏った貴婦人の一団が近づいてきた。ベスタとセランジュを含む、うら若き貴婦人たちである。
「お待ちしておりましたわ、森辺の皆様方。ご機嫌うるわしゅう」
「ああ、アイ=ファ様は本日も素敵なお召し物で……アイ=ファ様ほどの美貌となると、どのような宴衣装でも見事に着こなせるのですね」
「そちらのあなたもお美しいですわ。生地の色合いが、とても素敵」
ターゲットとされるのは、やはりアイ=ファである。そして今回はレイナ=ルウも巻き添えとなり、俺とジザ=ルウはフリルの奔流によって輪の外に弾き出されることになった。
「……たしか前回の祝宴でも、アイ=ファはあのように取り囲まれていたように思うな」
「はい。狩人としての凛々しさが、若い女性を虜にしてしまうのでしょうかね。アイ=ファもわりあい、背が高いですし」
「うむ。レイナは、すっかり埋もれてしまったな」
ジザ=ルウは大事な妹の身を案じて、何とか人垣の中心を覗き込もうと苦心していた。
(そういえば、前回はヴィナ・ルウ=リリンもちやほやされてたよな。それでレイナ=ルウは、自分がもてはやされる理由はないなんて言ってたけど……その認識が誤りだったってことが、これで証明されたってわけだ)
本人たちの気持ちはどうあれ、森辺の同胞が城下町で人気を博するというのは誇らしい限りであった。これで相手が若い貴公子であったりしたら、俺も相当やきもきさせられてしまうのであろうが、同性であればそのような心労とも無縁である。
そうして貴婦人がたの嬌声が響く中、伯爵家の人々の来場が告げられた。
前回も、同じようなタイミングであったように記憶している。おそらく外部からの客人である森辺の民の後に、伯爵家と侯爵家の人々を招き入れるというのが、ここ最近で確立された祝宴の取り決めであるのだろう。
つい先日にも顔をあわせたばかりであるダレイム伯爵家の人々に、ルイドロスとリーハイムを筆頭とするサトゥラス伯爵家、そしてリフレイアの率いるトゥラン伯爵家――ジェノスの誇る三大伯爵家の来場が終了したならば、お次は王都の貴族たるフェルメスたちの登場だ。
本日のフェルメスは、象牙色の長衣を纏っていた。
俺やジザ=ルウの宴衣装よりもつつましいぐらいのデザインであるが、もって生まれた美貌と気品が彼を誰よりも華やかに見せている。
いっぽう補佐官のオーグは、相変わらずの仏頂面だ。貴族というよりはしたたかな商人めいた風貌をしている壮年の男性であるので、こちらは人目をひくこともない。それよりも、従者として追従しているジェムドのほうが、よほど多くの視線を集めているように感じられてしまった。
そうして大トリは、ジェノス侯爵家の面々だ。
その先頭に立つマルスタインの姿に、何名かの人々が歓声めいた声をあげていた。復活祭のさなかに手傷を負ってしまい、長らく床に臥せっていたというマルスタインが、ついに社交の場にも復帰を果たしたのだ。見る限り、マルスタインは元気そのもので、いつも通りの朗らかな微笑を振り巻きながら広間の奥へと進んでいった。
「それではこれより、闘技会の授賞式を執り行いたく思う」
大広間の最奥の壁際――巨大なる西方神の神像の足もとで、マルスタインはそのように宣言した。
「このたびの闘技会も、昨年に劣らぬ盛況さであったろう。素晴らしい剣技で闘技会を彩ってくれた剣士たちに、惜しみなく祝福を与えてもらいたい。……では、入賞者の8名をここに」
広間の左側に設えられた扉が開かれて、従者の紹介とともに8名の剣士たちが入場してきた。
7位と8位の剣士は見知らぬ顔であったが、肩書きは「近衛兵団大隊長」と「ダレイム騎士団」であった。どちらも貴き血筋であるらしく、白い武官の礼服にきっちりと身を包んでいる。メルフリード、レイリス、デヴィアスも、それは同様だ。デヴィアスが珍妙な格好をしていなかったためか、アイ=ファはひとりほっと息をついていた。
そうして白装束の中に混じって、ジィ=マァムとディム=ルティムとドーンが毅然と立ちはだかっている。その3名は、外部の人間の証である朱色の薄い外套を羽織っていた。
「それでは、勲章を授与しよう」
マルスタインの言葉に従って、オディフィアがしずしずと進み出た。本日も、彼女がプレゼンターであるらしい。
勲章は、下位の人間から授与される。第6位のディム=ルティム、第5位のレイリス、第4位のドーンと、つつがなく勲章の授与が進められ――第3位のデヴィアスからは、オディフィアの母たるエウリフィアも前に進み出た。そのなよやかなる指先が第3位のデヴィアスに与えたのは、銀色の鞘に収められた短剣であった。
「おめでとう、デヴィアス。あなたがこれを手にするのは、2度目であったかしら?」
「ええ。これを機に、双手の短剣使いでも目指しましょうかな」
デヴィアスが芝居がかった仕草で鞘ごと短剣を振りかざすと、あちこちから歓声や笑い声が響きわたった。やはり、根っからのパフォーマーであるらしい。デヴィアスの言動に過敏なアイ=ファは、溜め息でもつきたそうな面持ちになっている。
そうしてお次は、第2位のジィ=マァムだ。
そちらに捧げられたのは、ずいぶんと細身の長剣であった。鞘の感じからして、フェンシングの剣を平たくしたような形状であるようだ。
「おめでとう、ジィ=マァム。あなたのような御方には、いささか扱いづらいかもしれないわね」
ジィ=マァムは無言で長剣を受け取ると、至極無造作に腰に下げた。ジィ=マァムがそのようなものを振り回したら、すぐにぽきりと折れてしまいそうである。
そうして第1位のメルフリードには、マルスタインが自ら幅広の長剣を捧げていた。
昨年、シン=ルウも授与することになった、鞘の装飾も壮麗なる『剣王の剣』である。
「本年の剣王は、我が子にして近衛兵団の団長たるメルフリードに定められることとなった。これからもその比類なき力で、ジェノスを守ってもらいたく思う」
「つつしんで賜ります」
長剣を受け取ったメルフリードが広間のほうに向きなおると、祝福の拍手が巻き起こった。
きっとメルフリードは、これまでにもたびたび『剣王』の座を獲得していたのだろう。それが昨年にはシン=ルウに勝利を譲り、本年に返り咲くことになった。ジェノスの貴き人々は、その復権を心から寿いでいる様子であった。
(やっぱりドンダ=ルウたちが考えた通り、森辺の狩人がたびたび優勝をかっさらうっていうのは、あんまりよくないことなんだろうな)
俺は、そんな風に考えていた。
もしかしたら、それはアイ=ファがルウの血族の力比べで猛威を振るうのは、あまり望ましいことではない――という、ジザ=ルウの心情も反映されての結果であったのだろうか。俺はこっそりジザ=ルウの表情をうかがってみたが、やはりその内心を読み取ることはできなかった。
「それでは、祝賀の宴を開始するとしよう。宴料理の準備が整うまで、しばしくつろいでもらいたい」
マルスタインの言葉に従って、広間にはいっそうの活気があふれかえった。小姓たちが料理を積んだワゴンを運び入れると、早くも歓声が響きわたる。
そんな中、ジィ=マァムとディム=ルティムは早々にこちらへと帰還してきた。
「俺たちは初めての城下町であるので、まったく勝手がわからん。後のことは、ジザ=ルウに指示してもらいたく思う」
「うむ。とりたてて言葉をかけられていないのならば、後は好きに過ごすことが許されるはずだ。こちらと行動をともにするがいい」
そんな風に言いながら、ジザ=ルウは糸のように細い目でジィ=マァムの腰に下げられた長剣を見た。
「ところで、祝宴の際もその刀を持ち歩くことは許されるのだろうか?」
「うむ。決して鞘から抜かぬように言い含められた。このような場では、刀を振るう機会もなかろうがな」
そう言って、ジィ=マァムはごつい指先で長剣の柄に触れる。柄も鍔も銀色で、精緻な彫刻が施されており、装飾品のように瀟洒な作りだ。その表面をそっと撫でながら、ジィ=マァムは感慨深そうに微笑んだ。
「また、ギバ狩りにおいてもこんな細っこい刀を振るう機会はなかろうが……これは、マァムの家で大事に飾らせてもらおうと思う。俺にとっては、今日という日に力を尽くした証であるのだからな」
「うむ。マァムの家人たちも、ジィ=マァムの行いを誇らしく思っていよう」
それからジザ=ルウは、ディム=ルティムのほうに視線を転じた。
「それはお前も変わらぬぞ、ディム=ルティムよ。こちらがどれだけ言葉を重ねても、お前は得心がいかないようだな」
「いや……俺とて、力を尽くしたことに変わりはありません。ただ、自分の至らなさを口惜しく思っているだけのことです」
そんな風に答えてから、ディム=ルティムは懸命にジザ=ルウの長身を見上げた。
「城下町の力比べが狩人の本分に関わりないことも、わきまえています。でも……俺が次の年もこの闘技会に参加することは許してもらえるでしょうか?」
「それについては、さきほどアイ=ファが興味深いことを言っていたな」
ジザ=ルウの視線を受けて、アイ=ファは「うむ」とうなずいた。
「お前たちの力比べを見物している際、同じようなことを言っていた見習いの狩人がいたのだがな。1年も経てば、お前たちはさらなる力を身につけているはずだ。ならば、町の力比べに大きな意義を感じることもなくなるのではないだろうか?」
「しかし――」とアイ=ファを振り返ったディム=ルティムは、いくぶん頬を赤らめて視線をさまよわせた。どうやら俺と同様に、まだアイ=ファの宴衣装に目が馴染んでいないようだ。
「……しかし、わずか1年で俺はこの闘技会というものを最後まで勝ち抜けるのであろうか? ジィ=マァムは俺よりも6歳は年長であるのに、それを為せなかったのだぞ?」
「最後までは、難しかろうな。メルフリードに勝てるのは、ルウの血族でも勇者かそれに近い力を持つ狩人だけであるように思う」
「ならば、まだ力試しとしての意義も残されているのではないだろうか? 俺は――」
と、ディム=ルティムがさらに言葉を重ねようとすると、ジザ=ルウがそれをさえぎった。
「1年後の話をこの場でとやかく取り沙汰しても、詮無きことであろう。この夜は、誇りを胸に祝宴を楽しむがいい」
「……はい」と、ディム=ルティムは唇を噛んだ。
そこに、大きな人影がのしのしと近づいてくる。誰あろう、それは護民兵団の大隊長デヴィアスであった。
「おお、やはり森辺の方々であったか! ジィ=マァム殿の巨体は、いい目印になるようだな!」
その目が全員を見回したのち、アイ=ファのもとで固定された。
「うむ、美しい! これは、想像を絶する美しさだな! 破城槌で後頭部を殴りつけられたような衝撃だ!」
「…………」
「ああ、いや、森辺の習わしにそぐわぬ言葉を口にしてしまったことは、どうか勘弁願いたい。しかし、そのような姿を見せつけられては、そうそう口をつぐんでもおられまいよ。なあ、アスタ殿?」
「いえ、そこで同意を求められると、俺も返事に困ってしまうのですが……」
アイ=ファはげんなりとした面持ちで、肩を落としてしまっている。するとありがたいことに、ジザ=ルウが割り込んできてくれた。
「貴方とは、前回の祝宴でも挨拶をさせてもらったはずだな。俺はルウ本家の長兄で、ジザ=ルウという者だ」
「おお、もちろん覚えているとも! あなたのように立派なお人は、城下町でもそうそう見かけはしないのでな!」
デヴィアスは、にっこりと微笑んだ。見ようによっては精悍なる美男子に見えなくもないのだが、目も鼻も口も大ぶりで、やたらと表情が豊かであるために、どこかユーモラスな印象が先に立ってしまう御仁である。ただ、その顔にはいつもあけっぴろげな善意や朗らかさがあふれかえっていた。
「それで、我々に何か用事であろうか?」
「用事? そうだな……あえて言うならば、こうして語らうのが、俺の用事だ! 最近は宿場町まで出向く時間がなかったので、森辺の方々と再会できる日を心待ちにしておったのだよ」
あくまでも屈託なく、デヴィアスはそう言った。
「それに、以前はレイリス殿が案内役となって、森辺の方々を連れ回したりしていたのであろう? 本日はレイリス殿もお忙しいようであるし、ここは俺がお役に立てるのではないかと馳せ参じてきたというわけだ」
「ふむ。貴方とて、多忙な身なのではないのか?」
「いやいや、今日などは入賞者の中にも名高い方々が居並んでおるので、俺のような木っ端貴族は歯牙にもかけられん。俺にしてみても、森辺の方々と絆を深められるほうが、よほどありがたいのでな!」
そう言って、デヴィアスはジィ=マァムとディム=ルティムの姿を見比べた。
「昼には剣を交え、夜には酒杯を酌み交わす! これほど森辺の方々と密に過ごせるのは初めてのことなので、俺は心から嬉しく思っている! ドーン殿などは、けっきょく森辺のおふたりと剣を交える機会がなかったので、たいそう落胆しておったぞ!」
「……そうか。俺も再びあなたと剣を交えられることを、心から願っている」
ディム=ルティムが対抗心のこもった声音で答えると、デヴィアスは明朗なる笑顔でそれを弾き返した。
「俺も、そのように思っているぞ! お若いディム=ルティム殿はこれからめきめきと腕をあげていくのであろうが、俺とて老いぼれるにはまだ早いからな! 願わくは、来年の闘技会にも是非参加してもらいたいものだ!」
「う、うむ、そうか。そのように言ってもらえると……」
「それに、今日の勝負についてもな! 俺は昨年の闘技会でメルフリード殿がシン=ルウ殿にぶん投げられる姿を目にしていたので、最初から用心することができたのだ! そうでなければ、あそこで勝利を奪われていたかもしれん! まったくもって、14歳とは思えぬほどの力量だ!」
「そ、そうか。しかしけっきょくは、俺のほうがぶざまに転ばされてしまったし……」
「おお、あの技か! あれはな、徒手の格闘術というのだ! 我々は任務の際に剣を失うこともありえるので、そういうときにも相手を制圧できるよう、修練を積んでいる! 男同士で取っ組み合っても暑苦しいばかりであるのだが、今日という日にはそれが大きな一助となったようだ! いや本当に、総身の力を振り絞るような一戦であったよ!」
デヴィアスの猛烈なる朗らかさに、さしものディム=ルティムもたじたじになってしまっていた。
するとデヴィアスは、同じ勢いを保持したままジィ=マァムを振り返る。
「ジィ=マァム殿などは右足を痛めていたにも拘わらず、あの強さであったからな! 最後の一撃などはそれこそギバの突進でもくらったような心地で、しばらくは息をすることもできなかったぞ! 五分の勝負であったなら、俺などもっと容易く打ち負かされていたことだろう! 森辺の狩人の力量には、感服させられるばかりだ!」
「……いや。俺が足を痛めていなかったとしても、そうそう楽に勝つことはできなかったはずだ。最後はそちらが兜の邪魔な部分を壊してくれたおかげで見通しがよくなり、なんとか活路を見出すことができたのだ」
「では、そちらの兜を壊してしまったことが、最大の敗因であったわけか! 今後、森辺の狩人を相手にするときは、兜を壊さぬように気をつけることにしよう!」
デヴィアスが愉快げに笑い声をあげると、ジィ=マァムもつられたように口の端をあげた。
その姿をじっと見やってから、ジザ=ルウはデヴィアスに向きなおる。
「……ともあれ、こうして森辺の民に手を差しのべてもらえることを、ありがたく思っている。しばし貴方と、絆を深めさせていただこうか」
「うむ! それでは料理もだいぶん出そろったようなので、まずはそちらにご案内いたそう!」
そう言って、デヴィアスはくりんとアイ=ファを振り返り、大きな手の平を差しのべた。
「よろしければ、お手をどうぞ、アイ=ファ殿」
「……この花飾りを身につけていれば、そういった誘いからも免れると聞いているのだが」
「ほほう。ならば、左右の手でアイ=ファ殿とアスタ殿を同時にお導きする、というのはどうであろうか?」
「…………」
「今のは、冗談だ。そういえば、婚前に異性に触れるというのも、禁忌であったかな? アイ=ファ殿が貴婦人さながらの姿であるため、こちらもついつい宮廷の作法が先に出てしまうようだ。悪気はないので、どうか勘弁願いたい!」
そうして俺たちは陽気な案内人とともに、宴料理の並べられた卓へと突撃することになった。
そちらでは、すでに若い男女が舌鼓を打っている。森辺の民の到来に、彼らが歓声めいた声をあげると、デヴィアスはさっそく仲介の役を果たしてくれた。
前年の祝賀会から、ダレイム伯爵家の舞踏会、フェルメス主催の仮面舞踏会、ゲルドの貴人の送別の会、そしてトトスの早駆け大会の祝賀会と、森辺の民が城下町の祝宴に参席する機会も増えてきている。若き貴公子や貴婦人たちは、心からの笑顔で俺たちを迎えてくれたようだった。
それにやっぱり若い人間には、アイ=ファとレイナ=ルウの美しさがいっそう魅力的に感じられることだろう。なおかつ、闘技会で好成績を残したジィ=マァムとディム=ルティムにも、賛嘆と好奇の目が向けられている。俺は温かい満足感を胸に、そうした光景を見守っていたわけであるが――じきにそれが、他人事でないことを思い知らされることになった。
「あの……あなたは森辺の料理人として高名な、あのアスタ様なのですよね?」
と、貴婦人のひとりがおずおずと問いかけてくる。
俺が「あ、はい」と応じると、周囲の貴婦人たちも華やかな声を響かせた。
「わたくし、ダレイム伯爵家の舞踏会にもお招きされていましたの。本日は、ひときわ立派なお召し物ですのね」
「ありがとうございます。今日もあのときも、ダレイム伯爵夫人たるリッティアが、こんなに立派な宴衣装を準備してくださいました」
「本当にご立派で、見違えてしまいましたわ。それに、宴衣装だけでなく……アスタ様も、ずいぶん精悍になられたみたいで……」
と、貴婦人が可憐に頬を赤らめたので、俺はいささか慌てることになった。
それと同時に、右頬に鋭い視線を知覚する。俺の右側に立ちはだかっているのは、もちろん我が最愛なる家長殿であった。
「以前よりも、ずいぶんお背がのびられました? 拳ひとつぶんぐらい高くなったように感じますわ」
「そ、そうですね。それぐらいは成長したかもしれません」
「森辺の殿方はみんな精悍なお姿で、アスタ様だけは料理人らしくなよやかな印象であったのですけれど……やっぱり、森辺の殿方ですのね。とても凛々しく感じられます」
「だけど、とっても優しそう」と、別なる貴婦人も便乗してくる。
凛々しいなどと評されたのは人生初のことであるかもしれないが、なかなか素直には喜べないシチュエーションである。うかうかしていると、右頬に穴でも空いてしまいそうなところであった。
「それでは、料理をいただこうか! これはまた、愉快な宴料理が取りそろえられているようだ!」
よって、デヴィアスのそんな宣言が、俺にとってはありがたい限りであった。
貴婦人や貴公子たちが場所を空けてくれたので、俺たちは料理の卓へと歩み寄る。そこにはジェノス城の料理長ダイアの手による宴料理が、綺羅星のごとく並べられていたのだった。
「うわあ、やっぱりダイアの料理は見た目からして物凄いな。ほらほら、これなんて宝石みたいな輝きじゃないか?」
「…………」
「……えーと、家長殿?」
アイ=ファは唇がとがってしまうのを必死に抑制している様子で、ぎゅっと口を引き結んでいる。俺は一方的に賛辞を受けていただけのことであるので、俺を非難するのは筋違いである、と理解してくれているのだろう。それはそれでありがたいのだが、やり場のない憤懣があふれかえっていることに変わりはなかった。
「ふむ、確かにこれは、宝石のごとき輝きだな!」
と、デヴィアスが俺とアイ=ファの間に顔を突っ込んでくる。
それでもアイ=ファが黙りこくっていると、デヴィアスは珍しくも声をひそめて囁きかけてきた。
「その花飾りをつけておる限り、アスタ殿らに一夜の恋を誘う人間などはおらんだろう。なおかつ城下町の人間にとっては、相手の容姿を賞賛することはまごうことなき善意であるのだ。森辺の民としては釈然としない部分もあろうが、どうかお目こぼしをいただきたい」
「いや、私は……」
「もちろん大事な相方たるアスタ殿にあのように潤んだ目を向けられては、アイ=ファ殿としても気が立って然りであろう。だがそれは、アスタ殿がそれだけ魅力的な男児であるという証左に他ならぬのだ。それでもアスタ殿が余所の娘にうつつを抜かすことはないと、そのように信じてみたら如何であろうかな?」
アイ=ファは顔を赤くして、口をぱくぱくさせることになった。
その姿に、デヴィアスはにっと白い歯を見せる。
「そのように可憐な表情を見せつけられては、俺もまた森辺の習わしにそぐわぬ言葉を吐いてしまいそうだ。ともあれせっかくの祝宴なのだから、楽しい気持ちで過ごしてもらいたく思うぞ」
言いたいことを言いたいだけ言って、デヴィアスは身を引いた。
アイ=ファは赤い顔のまま、俺のことをじっとりとにらみつけてくる。俺としては、とびっきりの笑顔で応じるしかなかった。
「とりあえず、宴料理を楽しもう。……アイ=ファが若い殿方にちやほやされても、俺も頑張って気持ちを抑制するからさ」
アイ=ファは貴婦人のような優雅さで宴衣装の裾をつまむと、俺の足首を軽く蹴ってきた。
これでアイ=ファの行き場のない感情が少しでも発散されたならば、喜ばしい限りである。あらためて、俺たちはダイアの宴料理を楽しむことにした。