祝賀の宴①~お召し替え~
2020.4/30 更新分 1/1
いったん森辺の集落に帰還した俺たちは、手伝いの人々をそれぞれの家に送り届けたのち、ほとんどとんぼ返りで城下町を目指すことになった。
賓客として招かれていたジザ=ルウとレイナ=ルウは闘技場からジェノス城に直行であるので、森辺から向かうのは俺とアイ=ファのみである。アイ=ファとふたりきりで城下町に向かうというのは、これが初めてであるような気がした。
「……そうか。ふたりであれば荷車を引く理由もなかったのだな。ジザ=ルウたちは、自分たちの乗る荷車を準備しているのであろう?」
「うん。朝方は闘技会に出場するふたりも一緒に乗せてたからな。帰りもそうなんだろうと思うよ」
「であれば、今からでも荷車を置いてくるべきであろうか? 荷車がなければギルルももっと早く駆けることができるのだから、約束の刻限に遅れることもあるまい」
「え? いや、だけど、帰り道が不安じゃないか? 荷車がないと、松明を取りつけることもできないだろう?」
「松明を掲げながら手綱を操ることなど、造作もない。それに、月明かりさえあれば松明を灯す必要すらないのだからな」
「うーん……だけど、ファの家から城下町まではそれなりの距離だからなあ……そんなに長い時間アイ=ファと密着していたら、俺の理性がどうにかなってしまわないだろうか?」
「……アスタよ、こちらに頭を出すがいい」
「あ、いえいえ。深く反省いたしますので、おしおきはご勘弁を」
と、そのように楽しく語らいながら、俺たちは城下町を目指すことになった。
宿場町を通過して、再び南北の主街道を駆け、すぐさま西に曲がれば、もう城門だ。案内役の武官にギルルと荷車を託し、立派なトトス車に乗り換えたのち、ジェノス城を目指す。これだけ短期間で城下町にお邪魔するというのも、俺たちにはそうそうあることではなかった。
それにやっぱり、10名も乗れるトトス車にアイ=ファとふたりきりというのも、希少な体験だ。今日は朝から慌ただしかったため、俺は思わぬリフレッシュのひとときをいただけたような心地であった。
(それでこの後は、アイ=ファの新しい宴衣装のお披露目だもんな)
俺がそのように考えていると、アイ=ファが横目でねめつけてきた。
「……お前はさきほどから、何をひとりでゆるんだ顔をしているのだ?」
「いや、アイ=ファのそばにいられる喜びを噛みしめていただけだよ」
「……アスタよ、こちらに頭を出すがいい」
「ええ? 今のも駄目なのか? 虚言は罪だから、素直な心情を口にしただけなんだけど……」
俺が頭を差し出さなかったため、アイ=ファは自ら身を乗り出し、俺の頭をわしゃわしゃとかき回してきた。
ほどなくして、ジェノス城に到着する。
俺とアイ=ファにとっては、3度目のジェノス城だ。長きに渡ってご縁のなかったこの場所に、わずかひと月ちょっとで3度目の来訪である。思えばそれは、いずれもフェルメスが画策した結果であったのだった。
(だけどまあ、それでダイアの料理を味わえるようになったんだから、ありがたい話だよな)
本日は、トゥール=ディンを同行させられなかったことが残念な限りである。ダイアの供する宴料理と菓子は余すところなく吟味して、森辺で待つ大勢のかまど番たちに感想を届けてあげなければならなかった。
そんなことを考えながら、城門へと至る幅の広い階段を上がっていく。城門の前で刀を預けて、その奥に足を踏み入れると、本日も大勢の侍女や小姓が待ち受けていた。
「お待ちしておりました。アイ=ファ様とアスタ様でございますね? 浴堂にご案内いたします」
侍女と小姓のペアにより、城の浴堂へと導かれる。
その道中で、アイ=ファが鋭く囁きかけてきた。
「アスタよ、今日は行動をともにする男衆もいない。何かあったら、石の壁を抜けるぐらいの声をあげるのだぞ?」
「うん。そんなことはないと思うけど、油断しないように心がけるよ」
この段に至っても、アイ=ファはまだいくばくかの警戒心を残していたのだ。
しかし、俺たちとてジェノス城を訪れるすべての人間を知り尽くしているわけではないのだから、それが正しい判断であるのだろう。極限にまで悲観的に考えるのならば、フェルメスがいきなり思わぬ本性をあらわにして、俺をかどわかすという可能性もなくはないのだ。
だけどやっぱり、浴堂にそのような凶運が待ち受けていることはなかった。
ひとりぼっちで服を脱ぎ、ひとりぼっちで身を清め、ひとりぼっちで脱衣所に帰還する。するとそこには、リッティアから贈られた本日の宴衣装が準備されていた。
「失礼いたします」と、小姓がてきぱきと着衣を手伝ってくれる。その宴衣装の造形に、俺は内心で「へえ」と感心することになった。
前回の宴衣装とは、まるで様相が違っている。それはジャガル風の胴着や脚衣ではなく、ポルアースやフェルメスやトルストが纏っているような、ふわりとした長衣であったのだ。
上下一体のワンピースで、その上から前の開いた袖なしガウンのようなものを重ね着させられる。布面積は尋常でないが、どちらも薄手の素材であったので、暑苦しいことはまったくない。むしろその下は下帯ひとつであったので、すうすうと風が抜けていき、非常に涼やかなぐらいであった。
それに、長衣にも上衣にも瀟洒な刺繍がされているために、かつての宴衣装にも負けない豪華さであっただろう。最後には銀色の首飾りと腕飾りをつけられて、それこそ貴族にでもなったかのような心地であった。
「あの、こういう装束というのは、西の王国の伝統的なものなのでしょうか?」
俺が尋ねると、小姓の少年は「はい」と恭しく一礼しながら、最後の仕上げとばかりに朱色の腕章を留めてくれた。どうやらこれが、以前に配られた朱色の外套の代わりになるらしい。城壁の外から招かれた客人であることを示す証である。
「昨今はジャガル風の装束が流行でございますが、やはり伝統に則った装束は廃れることもございません。……お足もとに不自由はございませんでしょうか?」
「はい。足をひっかけて転ぶことはなさそうです」
リッティアはかつて俺たちの身体の採寸をしてくれていたので、サイズ感もばっちりであった。
すると小姓の少年は、真剣な目つきで俺の姿を上から下まで検分し始める。
「そう……でございますね……むしろ、丈と裾にいくぶんゆとりが足りないような……失礼ですが、採寸をなさってから長きの時間が過ぎているのでしょうか?」
「あ、そうですね。もう1年ぐらいは経っているので、それなりに背ものびているんだと思います」
「左様でございますか。こちらの宴衣装を仕立てなおす必要まではないように思いますが、次に宴衣装をあつらえる際には採寸しなおされるべきかと思います」
次に宴衣装をあつらえる機会があるかどうかは、リッティアの気持ちひとつであるように思われた。
ともあれ、このたびの宴衣装に問題はないとのことであったので、そのまま控えの間へと案内をされる。それは早駆け大会の際にあてがわれた大部屋ではなく、フェルメスに招待された晩餐会の際に使われた向かいの部屋であった。
「ああ、アスタ。どうもお疲れ様でした」
その部屋には、ルウの血族の面々が待ちかまえていた。俺を出迎えてくれたのは、レイナ=ルウである。
その姿に、俺は「うわあ」と声をあげることになった。
「レイナ=ルウも、ずいぶんと……あ、いや、なんでもない」
森辺の習わしを思い出して、俺は賞賛の言葉を呑み込んだ。レイナ=ルウは、ちょっと恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「わたしもこのような宴衣装が準備されているとは考えていませんでした。以前の舞踏会や晩餐会とは、ずいぶん様子が異なるようですね」
レイナ=ルウもまた、本日はセルヴァ流の宴衣装を纏っていたのである。
だけどやっぱり、俺の纏っている宴衣装に比べれば、格段にきらびやかであった。刺繍の美しさもさることながら、装飾品の数などは比較にもならない。また、レイナ=ルウ自身の長い黒髪が、そこにさらなる彩りを加えているようであった。淡い水色をした長衣の色合いと、実に見事なコントラストを形成しているのだ。
それに、かつての宴衣装と同じように、本日も大きく襟ぐりがあけられている。もとより森辺の女衆は普段から胸あてひとつの姿であるのだが、こうまで胸の谷間が強調されることはないだろう。真横に巻かれる胸あてと、U字形のラインを描く襟ぐりとは、おのずと露出度が異なるのだ。それを纏っているのが卓越したプロポーションを誇るレイナ=ルウであるのだから、破壊力も図抜けていた。
「わたしもフェルメスに招かれた晩餐会では、城下町の装束を纏うこととなりましたが……あれは、舞踏会の宴衣装から飾り気を減らしたようなものでしたよね?」
「う、うん。今日のこれは、西の王国の伝統的な宴衣装らしいよ」
レイナ=ルウは俺よりも頭ひとつぶんぐらいは小柄であるので、どうにも目のやり場に困ってしまう。
レイナ=ルウもそれに気づいたのか、いっそう頬を赤らめながら、部屋の奥を指し示した。
「さあ、どうぞ。女衆は宴衣装を纏うのに時間がかかるので、アイ=ファが来るまで身をお休めください」
「うん、ありがとう」
残る3名の男衆は、いずれも長椅子に座している。巨体のジィ=マァムと小柄なディム=ルティムで、ひとつの長椅子がちょうど埋め尽くされていた。
「ああ、おふたりともお疲れ様でした。そして、入賞おめでとうございます」
「うむ。やはりシン=ルウには及ばなかったが、力は尽くせたように思う」
まずそのように応じてくれたのは、ジィ=マァムであった。背丈は190センチオーバーで、相応に厳つい体格と面立ちをした、マァム本家の長兄だ。聞くところによると、彼はダルム=ルウと同い年であるという話であったが、20歳や21歳とは思えぬような貫禄と迫力である。
そして彼は森辺の装束を纏っており、狩人の衣は脱いでいたので、左肩と右膝の包帯があらわにされていた。
「お怪我のほうは大丈夫ですか? たとえ甲冑を纏っていても、かなりの痛手であったのでしょう?」
「大事ない。今はまだ多少の痛みが残されているが、明日の仕事には支障もないだろう」
さすがは、森辺の狩人であった。
それに、つい数刻前まで激闘を繰り広げていたとは思えないぐらい、落ち着いた表情をしている。彼は、素面でいる日中と酒をたしなむ夜の祝宴とで、けっこう印象が様変わりするタイプであるのだ。
いっぽう、ディム=ルティムである。
彼はむっつりと黙り込んだまま、への字にした口を開こうともしない。初対面の頃は俺やアイ=ファに反抗的であったものだが、それはこの近年で改善されたはずであるので、不機嫌な理由は別にあるのだろうと思われた。
「ディム=ルティムもお疲れ様。ダン=ルティムから、お言葉を預かっているよ」
「なに? 先代家長は、なんと言っていたのだ?」
たちまちディム=ルティムは、腰を浮かせた。その顔に、期待と不安の感情がまぜこぜになっている。彼は自分の巻き添えでダン=ルティムを負傷させてしまって以来、さまざまな苦悩や葛藤を経た上で、強い思い入れを抱いたようであるのだ。かつてアイ=ファに反抗的であったのも、「女衆がダン=ルティムと互角の勝負をしたなどとは信じられない!」と念じていたゆえであった。
「えーとね、ディム=ルティムは立派に成長しているから、何も恥じる必要はないってさ。それでももし今日の結果を口惜しく思うなら、また来年にでも出場すればいい。ディム=ルティムには、まだまだ長きの生が残されているんだから――って、ダン=ルティムはそんな風に言ってたよ」
「……そうか」と、ディム=ルティムは唇を噛んだ。
ディム=ルティムもすくすく成長しているのであろうが、さすがにまだまだ俺よりは小柄で細っこい。それにけっこう可愛らしい顔立ちをしているので、そんな表情をしていると、しょんぼりとした幼子のように見えてしまった。
「お前もジィ=マァムに劣らず、その身の力を振り絞ったのであろう。決して誰にも恥ずるような姿ではなかった。今日の祝宴の後には、胸を張ってルティムの集落に戻るがいい」
ひとりで長椅子に座していたジザ=ルウが呼びかけると、ディム=ルティムは「はい」とうなずいた。さすがに族長の跡取りたるジザ=ルウには、殊勝な態度を見せるようだ。
そんなジザ=ルウにも、俺はあらためて挨拶をしてみせる。
「ジザ=ルウもお疲れ様でした。……なんだか俺たちの巻き添えでそのような格好をさせてしまい、申し訳ありません」
「……これもダレイム伯爵家の厚意なのであろうから、無下にすることはできまい」
ジザ=ルウも、俺と同じような宴衣装を纏わされているのだ。
生地の色合いや刺繍のデザインに多少の違いはあるものの、基本的には同じような作りである。面立ち自体は柔和なジザ=ルウであるので、なんだか普段以上に超然とした風格が感じられた。
「ほめ言葉になるかはわかりませんが、とてもよくお似合いですね。まるで貴族か王族みたいです」
「……そうか。ジィ=マァムには、失笑されてしまったがな」
「し、失笑などはしていないぞ。俺もただ、狩人とは思えぬような風体だと思っただけだ」
どっしりとかまえていたジィ=マァムが、いささか慌てたように声をあげる。さすがに彼も、ジザ=ルウには頭が上がらないのだろう。ジザ=ルウは次期の族長であると同時に、血族の勇者であり、なおかつ年長者でもあるのだ。それに血族であるのならば、ジザ=ルウがときおり放出する不可視の圧力というものもぞんぶんに思い知らされているはずであった。
「今回は、他の入賞者の方々はおられないのですね。トトスの早駆け大会では、かなり賑やかな感じであったのですが」
「貴族とは、部屋を分けられているのだろう。貴族ならぬ人間であれば、もうひとり――」
ジザ=ルウがそのように言いかけたとき、奥の壁に設えられていた扉が荒っぽく開かれた。そこから現れたのは、《赤の牙》の団長ドーンである。
「おお、ようやくおぬしも来おったか! ずいぶん早い再会となったな!」
「あ、どうも。このたびは、入賞おめでとうございます。……そちらにも部屋があったのですね」
「うむ! 衣装なおしをしておったのだ! 貴族の前で、粗末な姿は見せられぬからな!」
ドーンはその豪快な外見に相応しい笑い声を響かせた。
前回は赤と黒のストライプであったが、本日は赤地に黒の水玉模様の装束だ。首もとのぼわぼわとしたフリルの襟巻きも健在であり、けばけばしいことこの上ない。しかも彼は、ジザ=ルウにも負けないぐらいの頑健な体格の持ち主であるのだった。
「り、立派な宴衣装ですね。いくつも宴衣装を持っておられるとは、さすがです」
「宴衣装? 俺はいつでも、この姿だぞ! 戦の際にも、同じ柄の甲冑を纏っておるしな!」
「ええ? 水玉模様の甲冑なのですか?」
「うむ! 俺が戦場でどれだけの働きを為しているか、ぞんぶんに見せつけてやらねばならぬからな! しかしそちらの甲冑は飾りつけが多いために、闘技場で使うことは許されないのだ! まったく、小うるさいことだな!」
ライオンのように逆立った赤毛を震わせながら、ドーンは古傷だらけの顔で笑った。
「ところで、相方の美しい娘はどうしたのだ? あやつも今宵の祝宴に招かれていると聞いて、俺はずっと心を弾ませておったのだぞ!」
「ああ、はい、アイ=ファは現在お召し替えの最中でありまして……あの、森辺の習わしについてはご記憶でしょうか……?」
「大事ない! そこな娘についても、賞賛の言葉をもらしてしまわぬように細心の注意を払っておるのだからな!」
ジザ=ルウやジィ=マァムやディム=ルティムは、無感動な面持ちでドーンのことを見やっている。前回はルド=ルウやダリ=サウティやシュミラル=リリンといった社交的な面々がそろっていたものであるが――べつだんそういった人々がいなくとも、ドーンの側に不都合はないようだった。
(まあ、ドーンも悪い人じゃないからな。諍いが起きることはないだろう)
俺がそのように考えたとき、回廊の側の扉がノックされた。
「失礼いたします。お連れ様をご案内いたしました」
扉が開かれて、侍女の案内でアイ=ファが入室する。
それで俺は、思わず息を呑むことになってしまった。
レイナ=ルウと同様の、セルヴァ風の宴衣装である。
薄手の長衣と上衣が、しっとりとアイ=ファの肢体に纏わりついている。色合いは、前開きの上衣がペパーミントグリーンで、ワンピースの長衣が限りなくホワイトに近いパステルグリーンだ。
刺繍もグリーンを基調としており、要所に縫い込まれたワインレッドの織り糸が鮮烈である。耳や咽喉もとや手首には銀色の飾り物がきらめき、ほどかれた金褐色の髪にも数々の飾り物が折り込まれ――そして右のこめかみには、俺の贈った透明な花の髪飾りが輝いていた。
また、大きく開かれた胸もとにも、俺の贈った青い石の飾り物が下げられている。紐の部分に銀の鎖の装飾が為された、城下町流のアレンジだ。
化粧などはされていないのだろう。しかし、もともと端麗なアイ=ファの顔が、いっそう美しく、いっそう艶やかに見えてしまう。その山猫のように切れあがった両の目をふちどる金褐色の睫毛も、花弁なようなピンク色をした唇も、しみひとつない褐色の肌も――すべてが光り輝いているかのようだった。
それに、レイナ=ルウよりもすらりと背が高いためであるのだろうか。ゆったりとした長衣を纏っているにも拘わらず、アイ=ファの肢体の優美な曲線が、普段よりもいっそう強調されているように感じられた。
これは、装束の素材がきわめて薄手である効果もあるのだろう。アイ=ファの肢体にぴったりとくっついているわけでもないのに、きゅっとくびれた腰のラインや、そこから続く脚線美までもが、容易く幻視できるのである。普段よりも遥かに露出は少ないというのに、そのシルエットがやたらと強調されるというのは、実に不思議な効果であった。
「お前は……アイ=ファであるのか?」
呆然とつぶやいたのは、ジィ=マァムであった。
侍女が一礼して部屋を出ていくと、アイ=ファはいぶかしげにそちらを見やる。
「私の顔を見忘れてしまったのか? いくぶん月日が空いたとはいえ、ずいぶんな言い様だな」
「い、いや、確かにその顔はアイ=ファなのだが……ううむ、これは驚かされた」
俺はアイ=ファの姿から目をもぎ離し、みんなのほうに視線を転じてみた。
ジィ=マァムはその声や言葉から想像される通りの表情で、ディム=ルティムはぽかんと口を開けている。ジザ=ルウはさすがに普段通りの沈着さを保っており、レイナ=ルウは何故だか妙に満足そうな表情だ。
そしてその背後では、ドーンがにんまりと笑っていた。
「うむ! 実に美し――ああ、いや、なんでもないぞ! 心の準備はしていたのだが、それでも不意打ちをくらったような心地だな!」
「…………?」
「お前の名前は、アイ=ファであったか? さあ、お前もゆるりとくつろぐがいい! 宴の開始はもう間もなくであろうからな!」
「うむ」と小さくうなずくと、アイ=ファはおへその下あたりで手を重ねて、しずしずと歩き始めた。
その姿にどよめきがあがったので、アイ=ファはうろんげに眉をひそめる。
「何なのだ? 私の振る舞いに文句でもあるようだな」
「だ、だって、おかしいではないか! お前はもっと、狩人らしい女衆であったはずだぞ!」
ディム=ルティムが戸惑いにあふれた声をあげると、アイ=ファはわずかに首を傾げた。そんな仕草までもが、優美かつ可憐に見えてしまう。
「私は以前、貴族の屋敷に潜り込む際に、貴婦人の振る舞いというものを体得させられたのだ。城下町の装束を纏った際にはその習わしに従うべきかと考えたのだが、それに文句でもあるのか?」
「い、いや、文句があるわけではないのだが……」
「ならばいちいち、気配を乱す必要はなかろう」
アイ=ファは歩を再開させると、俺のかたわらでぴたりと立ち止まった。
「……どうしてお前までもが、そのような目で私を見ているのだ?」
「あ、いや、やっぱり城下町の宴衣装は新鮮だなあと思っただけだよ」
アイ=ファは何歩か足を進めて、みんなに背中を向けてから、俺に囁きかけてきた。
「お前も、珍妙な姿だな。……しかし今回はまったく窮屈なことはないので、その点は私も喜ばしく思っている」
そうして俺の耳もとから顔を離したアイ=ファは、にこりとあどけなく微笑んだ。
それはおそらく、宴衣装が窮屈でないことを喜んでいるだけなのであろうが――俺の心臓を串刺しにするには十分な破壊力を有していたのだった。