③長姉と末弟と宿場町(上)
2014.9/26 更新分 1/2
2014.9/27 文章を一部修正。ストーリー上に変更はありません。
そうして、紆余曲折を経て。
俺は三たび、宿場町に立っていた。
2日連続の、宿場町である。
まあ、ファの家からの距離を考えれば、ルティムの集落よりも近いぐらいの宿場町ではあるわけだが。ルティムの本家で夜を明かし、ルウの本家に立ち寄って、そのままこの宿場町まで足を伸ばす、という、昨日に劣らぬ慌ただしさである。
そして――俺のかたわらに、アイ=ファはいない。
アイ=ファには、狩りの仕事があるからだ。
ルティムの婚礼から数えて、今日で4日目。さすがにこれ以上、狩人としての仕事はおろそかにできぬと、アイ=ファはひとりで鉄鍋を抱えて、ルウの集落からそのままファの家に帰ってしまった。
その代わりに、俺のかたわらに控えているのは――
なんと、ヴィナ=ルウとルド=ルウの2名であった。
なんとも摩訶不思議なトリオである。
「へっへー! 町におりたのはひさびさだぜ! 相変わらず息苦しいところだなあ、まったくよ!」
ルド=ルウがはしゃいだ声をあげている。
「わたしは好きよ、宿場町……ただ、じろじろ見られて落ち着かないのだけが、嫌ねぇ……」
ヴィナ=ルウのほうもなかなかご機嫌のご様子である。
彼女ともそれなりに気まずい別れ方をしたはずなのだが、べつだん俺に恨みがましい目線を向けてくることもなく、むしろその表情は普段よりも明るいぐらいだった。
それにしても……
これは、俺が自分で望んだ展開であるはずなのだが。
何だろう。すでに若干、疲労感が高まってきてしまっている。
俺は、屋台についての情報収集と、店で使う食材の調達のために、再びこの地へとやってくる必要にかられたのだ。
しかし、ひとりで宿場町に向かうのは危険だとたしなめられ、アイ=ファにも狩人としての仕事がある、ということで、明日にでも持ち越すしかないかと諦めかけたそのときに――ルド=ルウが、「ルウの家は、これから買い出しだぜ?」と教えてくれたのだった。
ならばと便乗させていただいたのだが。そうすると今度は、ドンダ=ルウが口をはさんできた。
本来はミーア・レイ母さんとララ=ルウが行く予定であったのに、この2名に変更しろ、と仰っしゃったのだ。
そして、この2名をカミュア=ヨシュに引き合わせろ、と。
意図は、さっぱりわからない。
わからないが、たぶん俺の心を重くさせているのは、その一点であろう。
この摩訶不思議なトリオで、カミュア=ヨシュとご対面――
これで何事もなく終わったらそのほうが奇跡、とか思えてしまうのは俺だけだろうか。
「し、しかし、ルド=ルウには狩人のつとめがあるのではないですか?」と問うてみたら、なんと、本日ルウ家は森に入るのを取りやめた、という話であったのだ。
理由は簡単――ギバが、多すぎるからだ、
あまりにギバが多いため、昨日だけで2日分以上の収穫を得ることができ、なおかつ、分家の男衆が数名と、そしてダルム=ルウが手傷を負ってしまったのだという。
リャダ=ルウを失ってしまった今、これ以上の無理をして狩人を失ってしまうわけにはいかない。
ということで、今日1日は休養のためにギバ狩りの仕事を見合わせる――という話し合いがなされているところに、俺たちが訪問してきた、という状況であったらしいのだ。
ルティム家をしのぐ、切迫した状況である。
俺は、これから森に入るというアイ=ファの身が心配でならなかったのだが、むろん勇猛なる女狩人は「大事ない」と応じてきた。
「むしろそれは、ギバの群れがどんどん南下を始めている、という状況を現しているのかもしれない。私の家の周囲には小さな家しかないのでギバを狩りきることができず、そのあたりの食糧を喰らい尽くしたギバどもが、南側に移動し始めたのではないのかな」
「なるほど……」
「そして、さらに南側の食糧をも喰らい尽くせば、やつらは人里に降りて、田畑を食い荒らす。今回は、普段以上の被害が出るやもしれんな」
アイ=ファは淡々としていたが、やはりその青い瞳の奥には怒りの火がちらついていた。
「それでも私にできるのは、自分の刀が届く場所にいるギバを狩ることだけだ。私は私の仕事を果たす。……だから、アスタよ、お前はお前の仕事を果たせ」
「わかった」
そうして俺は、アイ=ファと行動を別にした。
で、ルウ家の長姉と末弟とともに、宿場町へと降りたのだが――
「お、トトスだぜトトス! 相変わらず間抜けな顔してんなあ! な、あいつはどんな味がするんだろうな、アスタ?」
「あ、あの、ルド=ルウ、もうちょっと声はひかえめに――」
「アスタと10日間も一緒に仕事ができるなんて夢みたいだわぁ……素敵な仕事をありがとう、アスタ……」
「し、仕事ですからね? しっかり働いてもらいますよ? あと、公私はきっちり分けてください!」
まだ宿場町に到着したばかりなのに、この騒ぎである。
視線の集中具合も、これまでとは段違いだ。
ちなみにルド=ルウは当然のごとく毛皮のマントまで着込んだ狩人の装束であるが、ヴィナ=ルウのほうは、ちょっと違った。あの宴装束ほどではないがちょっと透け気味のヴェールみたいなものを頭からかぶり、肩からもショールのようなものを巻きつけて、腰から足首までは渦巻き模様の一枚布を纏いつけていたのである。
「女衆の、たしなみよぉ。同胞でもない人間に肌をさらすわけにはいかないからねぇ……」
それはけっこうな心がけだが。しかし、残念ながらその薄物ではヴィナ=ルウの卓越したボディラインを隠蔽するには及んでいなかった。
その上、前合わせの布地からのぞく胸の谷間や、一枚布のスリットめいた隙間からのぞく脚線美なんかは、なまじ露出が多いよりも余計に扇情的であり――まあ、蔑みや恐怖の目線と同等かそれ以上の割合で、煩悩を直撃された男どもの目線を集めてしまっていた。
「スン家のボンクラどもと出くわさねえかなあ。もしもあいつらが町中で刀でも抜いたら、俺が両腕をへし折ってやんよ!」
「やめてやめて! 頼むから騒ぎは起こさないでくれ、ルド=ルウ!」
「あん? 俺が自分から騒ぎを起こすような大馬鹿にでも見えんのかよ?」
大馬鹿には見えないが、騒ぎを誘発する資質には満ちあふれているように見えてしまう。
声も動作も大きいルド=ルウに対する注目度といったら、それはもうヴィナ=ルウにも負けていないぐらいだった。
だけど、何だか――ルド=ルウに関しては、ちょっと別の感慨も存在する。
ルド=ルウは、森辺にあってはこれが普通なのだ。俺としても、騒がしい人間だとか、危なっかしい人間だとか、そういう悪印象は欠片もなく、むしろそれは元気の良さだとか、屈託のなさだとか、美点に感じられていたぐらいなのである。
人間も建物も密集したこの空間は、ルド=ルウにとって窮屈すぎるのかもしれない。
きっと、その手足をのびのびと振り回せる空間が必要なのだ、この少年には。
「お、シム人だシム人! 相変わらず真っ黒だなー。あいつも魔法とか使えんのかなー」
でもやめて! 見知らぬ人を指差して大声をあげるのは!
「も、もう行こう! とにかくまずは、カミュアと面会だ!」
俺はほとんどふたりを引っ張るような格好で、《キミュスの尻尾亭》へと足を急がせた。
「もう……ルドが騒ぐから、よけいに目立っちゃうじゃない……?」
「なーに言ってんだよ! ヴィナ姉がこんなでっけー尻ふりふりさせてっからだろ!」
「やめてよ、アスタも聞いてるんだからぁ……」
そういえば、このおふた方がまともに口をきいている姿を拝見するのは、これが初めてなのかもしれない。
それはそれで心がなごまないではないのだが、できればやっぱり森辺で満喫したい姿である。
「いらっしゃ……何だ、またお前さんか」と、《キミュスの尻尾亭》の主人、たしかミラノ=マスとかいう親父さんが、再び仏頂面で俺たちを出迎えてくれた。
「へー、これが宿屋ってやつかあ」と物珍しげに目線を巡らせるルド=ルウにひやひやしつつ、「あの、カミュア=ヨシュはいらっしゃいますか?」と俺は問うてみる。
「今日はいないよ。仕事だか遊びだか知らねえが、朝から出かけたっきりだ」
そうなのか。
ほっとした反面、相談事ができなくなってしまったので、ちと困る。
すると、昨日と同じように食堂の奥からレイト少年がてけてけと出てきてくれた。
「アスタ、またいらしてくれたのですね! ……そちらの方々は?」
「森辺の民、ルウ家のヴィナ=ルウとルド=ルウだよ」
「へえ、ルウ家のみなさんですか」と、レイトはにっこり微笑む。
すでにその名は、カミュアから聞いているらしい。
「……何だお前?」とルド=ルウが少し目を細めた。
「あ、僕はカミュアの弟子で、レイトという者です。よろしくお願いいたします」
「弟子って、なんの弟子だよ?」
「それはもちろん、『守護人』です」
俺にはまだその仕事の全容がわからないのだが。旅人の安全を守護するとかいうお仕事なのだったら、けっこうそれは荒事なのではなかろうか。
ルド=ルウは「ふーん」と興味なさげに言い、俺のほうを見てきた。
「で、どーすんの? 俺は別にそんなおっさんどーでもいいんだけど、会わないで帰ったら親父がうるさそうじゃね?」
「そうだね。俺も相談があったから、今日のうちに会っておきたいなあ」
「カミュアは来月の仕事の依頼主との打ち合わせで出かけてしまいました。朝早くに出かけたので、そんなには遅くならないと思いますけれど」
「そうか。それじゃあ買い出しを済ませた後に、また寄ってみるよ。俺もできれば今日中に用事を済ませておきたいんで」
「カミュアに相談とは、どのような内容なのですか? 僕でわかりそうなことなら、承りますが」
「え? うーん……実はね、店を出すとしたら屋台が必要になるんだけど、そういうものの貸し出しをしている場所があるかどうかを聞いてみたかったんだ」
「屋台だったら、ここのご主人がいくつか持っていますよ。祭りの時などは出店などもしていますので」
「え?」と受付台を振り返ると、親父さんはいっそう渋いお顔になってしまっていた。
「そりゃあ料金を支払うなら貸し出すけどね。いったい何を売りに出すつもりなんだい?」
「はあ。ギバ肉の料理を少々」
とたんに、親父さんは「はん!」と不愉快そうに鼻息をふいた。
「何を売ろうが勝手だが、屋台に臭い匂いでもつけられたらかなわないね。そのときは屋台を買い取ってもらうことになるけど、それでもいいのかい?」
「肉の料理ですから匂いがつかないとは言いきれませんねえ。そういうものは禁止なんですか?」
「キミュスやカロンだったら問題ないさ。しかしギバなんざの匂いがしみこんじまったら、その後は使い物にならなくなっちまうじゃないか?」
またわからない固有名詞が飛び出した。キミュスもまだ未見だが、カロンとは如何なる動物なのだろう。
「何だよ、うだうだうっせーおっさんだなあ。ギバ肉の美味さも知らねーのに何をぎゃーすかわめいてんだよ? 文句があるなら、いっぺん食ってみろっての」
ルド=ルウの言葉に、親父さんは太い眉を吊り上げる。
「だったらお前さんはカロンやキミュスを食ったことがあるのか? ないからギバの臭い肉なんざをありがたがってるんだろうが? うだうだ言われたくなかったら、そんなもんを町に持ち込むな!」
ルド=ルウは涼しい顔をしていたが、やっぱりここは俺も口をはさむべきだろう。
「あのですね、人の好みはそれぞれでしょうけど、おたがいに食べたことのないもので言い争うのは、不毛じゃないですか? 俺はキミュスの肉を何度か食べたことがありますけど、ギバ肉がそれに劣るとは思えませんでしたよ?」
「……お前さんは、もともと町の人間じゃないのか?」
「ええ。ジェノスの生まれではないですけどね」
「そんなもんはその生白い顔を見りゃわかる。そんなお前さんまで、ギバを美味いなんぞとぬかしやがるのか?」
「美味いと思わなきゃ店なんか出そうと思いませんよ。俺も色んな肉を食べてきましたけど、ギバの美味さはその中でも一、二を争いますねえ」
「……くだらんね。ギバの前にはムントやギーズの肉でも食ってたのか、お前さんは?」
こいつはどうも難航しそうだ。
とか考えていたら、レイト少年が「あの」と口をはさんできた。
「僕はカミュアからギバの干し肉を預かっています。そちらのアスタの主人から授かったものですね。食べてみましたけど、カロンとはまた違う独特の美味しさでしたよ?」
ふむ。もちろんその干し肉もきちんと血抜きをした肉で作られているので、お気に召したのなら幸いだ。
親父さんは、疑わしそうに眉をひそめている。
が、やがて何かをあきらめたように、首を横に振った。
「……ま、おかしな匂いさえつけなければ、こっちも商売だ。屋台ぐらい、いくらでも貸してやるさ。10日で、白が1枚だよ」
「それじゃあ場所代と合わせて白が2枚ですね。了解です。……ちなみに屋台はどれぐらいの大きさなんですか?」
「露店区域に行きゃあ、ここから貸してる屋台がいくつも出てるよ。看板にうちの店の名前が彫りこんである」
「わかりました。それじゃあ近日中にまたお話をうかがいに来ますので」
ここはもう撤退したほうがいいだろう。
「カミュアが帰ってきたらよろしくね」とレイト少年に言い置いて、俺は2名の連れとともに《キミュスの尻尾亭》を後にした。
「すごいなぁ……アスタって、やっぱり町の人間なのねぇ……」
と、ヴィナ=ルウがさりげなくすりよってくる。
「わたしには、ああいう人間をあしらうことなんてできそうにないもの……ルドじゃないけど、思わずひっぱたきたくなっちゃうわぁ……」
「あのですね。ヴィナ=ルウには店番も手伝ってもらう予定なのですが」
「うん。アスタのためなら、どんな恥辱にでも耐えてみせるわよぉ……?」
恥辱って。
本当にこのお人と10日間も仕事をこなすことができるのか。今から先行きが不安である。
「じゃあ、とりあえず買い出しを済ませてしまいましょう。……ん? ルド=ルウ、どうかしたのかい?」
「いや……さっきの餓鬼さあ……」
「ああ、レイトかい? 彼もちょっと変わってるよね」
「変わってるっていうか――何か、気の毒だな」
「気の毒? 何が?」
あんな得体の知れない人物の弟子であるという境遇は気の毒だが、ルド=ルウはまだカミュアの人となりをそこまでは知らないはずだ。
「別にいーよ。俺には関係ねーこったし。さ、とっとと行こうぜ。俺もひさびさに刀とか見てーんだよ」
そういうわけで、珍道中が再開された。
このおふたりと宿場町を闊歩するなんて、本当におかしな気分である。
「まずは、両替所だな。アスタもついに、俺たちから強奪した祝福に手をつけんのか?」
「強奪って! ……うん、俺はそのつもりだったんだけど、実はこれは、ルド=ルウたちからもらった牙や角では、ないんだ」
俺の首には、10本の牙や角を連ねた首飾りがかかっている。
が、これはルウの集落で別れたときに、アイ=ファから受け渡された牙と角なのだった。
店で使う最初の食材を購入するにあたって、俺は自分で得た角や牙を使いたい、と思ったのだが。アイ=ファにはとても嫌な顔をされてしまったのだ。
「……やっぱりお前は、何もかもを自分で背負うつもりなのか?」
「そんなつもりはないよ! どっちにしろ、この10本だけじゃあ初期費用だってまかなえないだろ? それでも、今回ばかりはすべての費用をお前ひとりにまかせきりにしたくないんだ」
「……私は、家長だ」
「わかってる……けど……逆に、俺が1本の代価も払わないんじゃあ、こっちがすべてをお前にまかせきりにしているような気持ちになってしまうんだよ」
それでアイ=ファは、考えこんでしまった。
そののちに、自分の首飾りを2つ外して、そのうちの片方が10本になるように牙と角を入れ替え始めたのである。
「お前のそれは、私によこせ」
「うん……それで、どうするつもりなんだ?」
「宿場町で料理を売ることに失敗して、銅貨を得るのではなく失う羽目になったのなら、この、お前から預かった牙と角で、アリアとポイタンを買う」
言いながら、アイ=ファは俺から受け取った首飾りを、首にではなく腕に巻きつけた。
「しかし、宿場町で成功して、多くの代価を得ることができたそのときは、再びこの首飾りを、お前の首にかけろ」
「ああ……うん、俺はそれでもかまわないよ。でも、お前は――」
「すべてを相手にまかせきりにしているような心地、というのがどれほど不快なものかは、すでにお前から教えられている」
と、アイ=ファは怖い顔で言った。
「だったらこれで、文句はあるまい。……それにお前は、ジバ=ルウたちから授かった祝福を、本当は銅貨に替えたりはしたくない、などと思っているのだろう?」
「あ、ああ。よくわかったな? そんなこと、お前には話した覚えがないんだけど」
「それぐらい、見ていればわかる。どうしてそのような考えに至るのかは、さっぱりわからんが――別に、誰の迷惑になるわけでもないのなら、無理に自分の気持ちを殺す必要はない」
と、最後は少し穏やかな目つきになって、アイ=ファはそのように言ってくれたのだった。
「……何を考えているのぉ……?」と、いきなり右腕を温かい物質に包みこまれる。
「まさか、愛しい女主人と離ればなれになってしまったのが、さびしいのかしらぁ……?」
宿場町を歩きながら、ヴィナ=ルウが全身で俺の右腕にからみついていた。
俺は慌ててその腕を引き抜こうとしたが、さすがは森辺の民である。びくともしない。
「あのですね! さっきも言いましたけど、仕事は仕事できちんと気持ちを切り替えてもらわないと――」
「そんなことは、わかってるわよぉ。……だけど、今日のこれは仕事じゃないでしょお……?」
「ル、ルド=ルウがいるんですよ? 大丈夫なんですか?」と耳打ちしたら、毎度おなじみ色っぽい流し目で見つめられてしまう。
「ルドはむしろ、あなたに婿入りしてほしいって考えているんだから、大丈夫よぉ……ねえ、わたしの舞は、どうだったぁ……?」
「舞?」
「宴の舞よぉ。アスタのために、一生懸命、踊ったのよぉ……?」
はて。何のことだろうか。
あの宴でそんな華やかな催しが繰り広げられていた記憶はないのだが。
「すべての肉を食べ尽くした後、未婚の女衆で祝福の舞を踊ったでしょぉ? あれをやると色んな男衆の目をひいちゃうから、ふだんは絶対踊らないんだけど、アスタのために頑張ったのよぉ……?」
すべての肉を食べ尽くした後……
その頃はたぶん、アイ=ファとともにガズラン=ルティムと語っていたはずである。
そうして報酬の首飾りを受け取った後は、アイ=ファとぽつぽつ言葉を交わしているうちに、ころりと寝入ってしまい。アイ=ファの手によって、空き家の内に運びこまれたのだ。
だからたぶん、その祝福の舞とは――俺が寝入ってしまった後に繰り広げられたのではないだろうか?
「まさか……見てくれなかったのぉ……?」
「え、いや、あの、俺も大仕事をつとめあげたばかりでしたから、その日は早々に寝入ってしまったんですよね……」
ヴィナ=ルウは一瞬きょとんとしてから目を伏せて、そして俺の右腕を力まかせに抱きすくめてきた。
まさしくマダラマの大蛇のごとき怪力である!……ただし、無茶苦茶に柔らかいのだが。
「ひどすぎる……アスタって、本当にひどい人なのねぇ……」
「あいたたたっ! 痛いです! 折れちゃいますってば! ちょっと、ヴィナ=ルウ!」
痛いし、それに、ふれてはいけない箇所がふれまくっている。
白昼の往来で、これはまずいです!
「……その話、レイナには絶対にしないほうがいいわよぉ……?」
「いててててっ! ……え? レイナ=ルウが何ですって?」
「まるで、炎みたいな舞だったわぁ……大人しい娘だと思ってたのに、あんな烈しい気持ちを持ってるとは思わなかった……あの娘も、本当にあなたのことを愛してしまったのねぇ……」
しゅるりと俺の腕から離れて、ヴィナ=ルウが小さく息をつく。
「あなたがわたしを遠くに連れていってくれないなら、もうあなたを婿に取るのでもいいかと思っていたのだけれど……でも、駄目ねぇ。そうしたら、今度はわたしがレイナに憎まれてしまうわ、きっと……」
そして、切なげな流し目が俺を見る。
「……罪な男ねぇ……」
いや、何の罪も犯した覚えはないのですけれども!
……とはいえ、レイナ=ルウが俺に何か特別な感情を抱いてしまっているのは、確かなのである。
ルウの家に入ってほしい、と望むレイナ=ルウの気持ちに応じられなかった俺は、この先どのようなかたちでレイナ=ルウと接して、どのような関係性を構築していけばいいのだろうか。
晴れわたった青空に目線を持ち上げてみたが、もちろんそんな場所に模範解答が記されていることはなかった。