ジェノスの闘技会、再び③~勝負の行方~
2020.4/29 更新分 1/1 ・5/3 誤字を修正
かくして、準決勝戦へと駒を進める4名の剣士が決定された。
第1ブロックからはメルフリードとドーン、第2ブロックからはジィ=マァムとデヴィアスである。
そのベスト4による準決勝戦の前に執り行われたのは、敗者4名による順位決定戦だ。俺にとっては嬉しいことに、その1回戦目は対戦相手がシャッフルされることになり、結果として、ディム=ルティムとレイリスがそれぞれ勝利を収めることになった。
「なるほど! 町の力比べでは8名の勇者の中でも順位をつけるのか! これはなかなか面白い試みではないか、ガズランよ?」
ディム=ルティムの勝利にうきうきとしていたダン=ルティムが、かたわらの愛息へとそのように呼びかけた。
「最近はルウの血族でも、勇者となる狩人の顔ぶれが代わり映えしなくなってしまったからな! その8名の中でも順位をつければ、いっそうさまざまな勝負を楽しめそうではないか!」
「そうですね。ルド=ルウやラウ=レイやシン=ルウなどの若き狩人には、励みになるかもしれません」
「お前さんとて、十分に若い部類であろうが? まあ、お前さんやジザ=ルウには、そろそろ俺やドンダ=ルウを打ち負かす気概が欲しいものだがな!」
ガハハと笑いながら、ダン=ルティムはガズラン=ルティムの背中を大きな手の平で叩いた。
そんな中、メルフリードとドーンが試合場に登場する。彼らはどちらも前の試合を圧勝していたので、まったく疲弊している様子もなかった。
そして――勝負は一瞬である。
試合開始の合図とともに斬りかかったドーンは、その斬撃をあっさりとかわされて、首に強烈な一撃をくらっていた。
その一撃だけで、ドーンはくにゃりとひざまずいてしまう。おそらく脳震盪でも起こしてしまったのだろう。審判は早々に試合終了の合図をあげていた。
「うーん。去年は最初の試合でシン=ルウに負けていたと思うから、まったく印象に残ってなかったんだけど……あのドーンにあっさり勝てるってのは、きっと物凄いことなんだろうなあ」
俺のつぶやきに、アイ=ファが「そうだな」と反応してくれる。
「それはまた、ドーンの力量を用心した上での結果でもあるのであろう。下手に長引けば勝負が危うくなってしまうと考え、メルフリードも最初から渾身の一撃をふるうことになったのではないだろうかな」
「なるほど。アイ=ファがメルフリードの立場でも、そうするだろうっていうことなのかな?」
アイ=ファはいくぶんまぶたを下げつつ、俺を横目でねめつけてくる。
「私はあのように邪魔くさいものを纏って、刀を振るう気にはなれん。どうせあれでは、メルフリードやレイリスに勝つことも難しかろうからな」
「ふーん? でも、身軽な格好なら負けはしないんだろ?」
「……お前は本当に、他者の力量を見る目が備わっていないのだな」
と、今度はちょっとすねたようなお顔になるアイ=ファである。
「身軽な格好であれば、シン=ルウもラウ=レイもルド=ルウもメルフリードに手こずることはない。我々にとって打ち負かすのが困難と思えるのは、カミュア=ヨシュやヴァン=デイロや……それに、ジェムドぐらいのものであろう」
「ああ、なるほど。そういえば、ジェムドも闘技会には出てなかったみたいだな」
「……それは、シン=ルウや他の勇者たちが出場を取りやめたのと同じ理由であろう」
それはつまり、外部の人間ばかりが優勝をさらってしまうとジェノスの剣士の面目が潰れてしまう、という意味であろうか。確かにジェムドはシン=ルウとも好勝負を繰り広げていたし、モルガの山中でも驚異的な体力を発揮していたので、町の人間としては規格外の実力であるはずだった。
そうして俺たちの会話が一段落したタイミングで、ジィ=マァムとデヴィアスが姿を現す。
その片方が右足を引きずっている姿に、アイ=ファは「ふむ」と眉をひそめる。
「やはりこれだけの休息では、手傷を癒やすこともかなわなかったか。とすると……いささか厳しい勝負になるやもしれんな」
アイ=ファの推察通り、両者の戦いは初っ端から大激戦であった。
メルフリードとドーンの勝負があっけなさすぎたためか、観客たちはここぞとばかりに歓声を張り上げる。デヴィアスは再び荒れ狂う炎のような剣技を披露し、ひと回りも大きなジィ=マァムが完全に圧倒されてしまっていた。
ジィ=マァムが十全な体調であれば、もっと違った有り様になっていたのであろうか。デヴィアスの長剣はジィ=マァムの防御をかいくぐり、手足や胴体を容赦なく叩いていく。刃のついた剣であれば、血みどろの惨状になっていたことだろう。いっぽうで、ジィ=マァムの繰り出す剣はひとたびとしてデヴィアスに届いていなかった。
「落ち着け、ジィ=マァムよ! 頭に血をのぼらせては、勝てる勝負も取りこぼしてしまうぞ!」
ダン=ルティムも、躍起になって声援を送っていた。
確かにだんだんと、ジィ=マァムの動きが荒くなっていくように感じられる。マタドールと猛牛と称するには、デヴィアスのほうがあまりに猛々しいために、猛牛と獅子の戦いじみた様相になってきたようだ。
「いかんぞ。窮地においてこそ、心は平静に保たなければならんのだ」
アイ=ファも拳を握りしめ、ぐっと身を乗り出していた。
そこでデヴィアスの斬撃が、まともにジィ=マァムの頭を叩く。
破壊された面甲が、宙に高々と舞い上がった。
ジィ=マァムの巨体がぐらりとよろめき、デヴィアスはさらに長剣を振りかぶる。
これで勝負は決されたか――と、思った瞬間。
歓声の向こう側から、重々しい咆哮が届けられてきた。
吠えているのは、ジィ=マァムだ。
その左肩に、デヴィアスの長剣が叩きつけられる。
それと同時に、デヴィアスの身体が後方に吹き飛ばされた。
ジィ=マァムが、腰にためた長剣を真っ直ぐ突き出して、デヴィアスの胴体のど真ん中にぶち当てたのだ。
デヴィアスは長剣を握りしめたまま、2メートルばかりも吹き飛ばされて、仰向けに倒れ込んだ。
ジィ=マァムは、そのままがくりと片膝をついてしまう。
審判は素早く両者の姿を見比べ、戦いの再開をうながすように両腕を交差させた。
ジィ=マァムは長剣を杖にして、よろよろと起き上がる。
デヴィアスは――寝転んだまま左腕をあげて、さよならをするように手を振った。
「東! ジィ=マァムの勝利!」
人々は歓声をほとばしらせ、俺の隣ではアイ=ファが「よし」と小さくガッツポーズを作った。
俺が目をやると、アイ=ファはいくぶん慌てた様子で手を下ろす。
「……最後は、力で押しきったか。まあ、いささか物足りぬところではあるが、勝利を手にできたのならば文句は言うまい」
「あはは。アイ=ファもけっこう入れ込んでたんだな」
アイ=ファはたちまち顔を赤くして、俺の首をヘッドロックで締め上げてきた。ヘッドロックというのは相手の首を小脇に抱える締め技であるからして、密着の度合いが尋常ではなく、俺は苦しさと気恥ずかしさでわやくちゃにされてしまう。
「ご、ごめんごめん。そんなに照れるとは思わなかったんだよ」
「……誰が照れていると?」
「ごめんってば! 俺のか弱い頸椎を勘弁してやってくれ!」
「ふん!」と鼻息をふいてから、アイ=ファはようやく俺を解放してくれた。
普段であれば足を蹴られるか頭をかき回されるかであろうに、ずいぶんな仕打ちである。それ自体が、アイ=ファが闘技場の熱気に感化されているという証に思えてしまった。
ともあれ、今大会の優勝はジィ=マァムとメルフリードによって争われることが決定されたわけである。
ジィ=マァムがこれほどの健闘を見せると予想できていた人間は、それほど多くないはずであった。
「……あのジィ=マァムという狩人は、いまだ勇者の座を得たことはない、という話であったな?」
と、ディック=ドムがガズラン=ルティムへと呼びかける。
ガズラン=ルティムは穏やかに「ええ」と応じていた。
「ただし最近のジィ=マァムは勇者にばかり勝負を挑んでいたので、勝ち進むことがかなわなかったのだと思われます。ルウの血族においても、勇者に次ぐ力量であることに間違いはないでしょう」
「そうか。……ルウの血族の底力を見せつけられたような気分だ」
その場にたたずむ森辺の同胞は、誰もが大きな感慨や喜びを噛みしめているようであった。この闘技場のどこかにいるマァムの人々などは、それをも上回る誇らしさを抱いていることだろう。
そうして決勝戦に進む両者を休息させるために、また順位決定性が開始される。7位と8位は見知らぬ剣士同士の戦いであり、5位と6位はディム=ルティムとレイリスの勝負だ。
残念ながら、そこで勝利をつかみ取ったのはレイリスであった。
しかし、大接戦の上での惜敗である。ダン=ルティムたちはもちろん、会場中の人々が若き騎士とさらに若い狩人へと拍手を贈ることになった。
その次は、デヴィアスとドーンによる3位決定戦だ。
序盤は、ドーンが一方的に攻め込んでいた。前の2試合ではあれほどの猛攻を見せていたデヴィアスが、嘘のように大人しくなってしまっていたのだ。
おそらくは、ジィ=マァムとの勝負でどこか痛めてしまったのだろう。時にはよたよたと千鳥足で逃げ惑うこともあり、会場中の笑いを誘っていた。
しかし、最後に勝利をもぎ取ったのはデヴィアスであった。
ずっと攻勢であったドーンがひと息つこうと後退するや、弾かれたような勢いで懐に飛び込み、相手の長剣を跳ね飛ばし、そのまま「参った」を奪ってみせたのだ。
それが最後の力であったらしく、審判から勝利を宣言されるや、デヴィアスはへなへなとその場に座り込んでしまう。その姿が、また人々の笑いを誘っていた。
「……どうしてあやつは、あのように所作が芸人めいているのであろうな」
「うーん、持って生まれたお人柄かなあ」
ともあれ、3位以下の順位は無事に定められることになった。
いよいよ、決勝戦である。
しかし――ドーンを一瞬で撃退してのけたメルフリードに対して、ジィ=マァムは満身創痍である。
登場の際はさきほどよりも痛々しく右足を引きずっており、試合開始の合図が告げられても、ジィ=マァムは右腕1本で長剣をかまえていた。
ジィ=マァムほどの怪力であれば、片腕で長剣を振るうことも容易であろう。
が、左腕をだらりと下げたまま、長剣を正眼にかまえたその姿は、見るからに尋常でなかった。さきほどの試合によって、ジィ=マァムは左肩までをも痛めてしまったのだ。
結果――ジィ=マァムは3合で長剣を弾き飛ばされ、すぐに「参った」を宣告することになった。
観客席から、残念そうな声があげられる。それでも、森辺の狩人ならば――と、期待をかける人間も多かったのだろう。
しかし、ジィ=マァムを非難するような声は、どこからもあげられなかった。
審判が試合終了の旨を告げると、あちこちから温かい歓声と拍手が届けられる。ジィ=マァムは毅然と頭をもたげたまま、その祝福に身をひたしていた。
かくして本年の《剣王》は、メルフリードである。
8名の入賞者への祝福と、マルスタインによる閉会の挨拶を見届けてから、俺たちは闘技場を後にすることになった。
「いや、愉快な見世物であったな! 町の力比べというのも、なかなか血が躍るものではないか!」
闘技場を出て、留守番組の待つ荷車のほうに向かいながら、ダン=ルティムは呵々大笑していた。
「ディム=ルティムは、このまま城下町に連れ去られてしまうのだな? すぐに声をかけてやれぬのは残念なことだ! きっとあやつは悔しがっておるだろうから、俺の代わりにねぎらってやってくれ!」
「承知しました。ディム=ルティムだって第6位なのですから、立派な成績ですよね」
「うむ! 口惜しければ、また来年にでも出場すればよいのだ! あやつには、まだまだ長きの生が残されておるのだからな!」
いまだ観戦の余熱も冷めやらぬ様子で、ダン=ルティムは普段以上に元気いっぱいの様子であった。
「それにしても、力比べをただ見物しているだけというのは、身体が疼いてしまうものだな! 集落に戻ったら、修練でぞんぶんに汗を流すとしよう!」
「あはは。ルウの血族も、収穫祭はまだまだ先ですもんね」
「うむ! 猟犬を手にいれて以来、収穫祭は間遠になるばかりであるしな!」
そんな風に言いながら、ダン=ルティムはくりんとディック=ドムを振り返った。
「そういえば、北の集落の収穫祭は、まだ日取りも決められておらぬのか?」
「うむ。おそらくは、茶の月の半ばていどとなろう。雨季の前には執り行われるはずだ」
茶の月であれば、来月だ。北の集落の収穫祭の期日などはさすがに把握しきれていなかったが、やはりルウやファと同様に、じわじわと間遠になっているのだろう。
「そうかそうか! で、ラヴッツやスンやミームの収穫祭は、もう間もなくという話であったな?」
「はい。最初の予定では銀の月の末だったのですが、けっきょくは月明けに持ち越されることになりました。それでも期日はもう数日後に迫っていますね。」
「そやつらも今日の力比べを目にしておれば、いっそう力が入ったろうにな! 惜しいことをしたものだ!」
ダン=ルティムの笑い声を聞きながら、俺はとある想念にとらわれることになった。
(そういえば、前々回の収穫祭なんかは、ラヴィッツの血族よりも北の集落のほうが早かったような印象があるんだよな)
収穫祭が間遠になっているのは、猟犬によってギバの捕獲量が向上し、森の恵みを食い尽くされるペースがゆるやかになるためである。それでルウやファや北の集落においては、4ヶ月置きのペースが5ヶ月置きぐらいのペースにまで変動することになったのだ。
然して、ラヴィッツやスンやミームにおいては、まだそこまでの変動が生じていないため、いつの間にやら北の集落を追い抜くことになったのだろう。ひとたびの収穫祭でひと月ものズレが生じるのであれば、それが当然の帰結であった。
「……アイ=ファとアスタは、ラヴィッツらの収穫祭にも客人として招かれているのだな?」
ディック=ドムに呼びかけられて、アイ=ファが「うむ」と応じた。
「異なる氏族同士で収穫祭を行うという話も、もとを質せばアスタの発案であるので、我々も族長筋の者たちとともに見届けるように言い渡された。我々はラヴィッツともスンとも正しき絆を深めるべきであろうから、ありがたい申し出だと考えている」
「そうか」と言ったきり、ディック=ドムは口をつぐんだ。
それからしばらくして、みんなの待つ荷車のもとに到着したところで、再びその口が開かれる。
「……アイ=ファとアスタは、北の集落の収穫祭に関心を抱いていようか?」
「うむ? それは、どういう意味であろうか?」
「言葉のままの意味だ。我々は次の収穫祭で、ルティムの人間を何名か、客人として招こうと考えているのだが……アイ=ファとアスタにも了承をもらえれば、ありがたく思う」
アイ=ファは、不思議そうにディック=ドムの巨体を見上げた。
「それはもちろん、北の狩人たちの力比べというものには、多少の興味を持たなくもないが……しかし、そのような話を定めるのは、親筋の家長たるグラフ=ザザであろう?」
「グラフ=ザザからは、すでに了承を取りつけている」
アイ=ファは、ますます不思議そうな顔をした。
「ではそれは、北の一族からの正式な申し出であるのだな? 何故にそのような話を、帰り際まで黙っていたのだ?」
「……切り出す機会をうかがっていた。今日は朝から、ずっと騒がしかったからな」
アイ=ファはこらえかねたように微笑をもらして、「そうか」と応じた。
「お前は外見によらず、奥ゆかしい気性をしているのだな。……いや、気を悪くしたのなら、詫びよう。決して揶揄したつもりはない」
「…………」
「では、理由をうかがわせてもらおう。ルティムはともかく、どうして我々までをも収穫祭に招こうというのだ?」
「我々は、ハヴィラやダナとも収穫祭をともにするようになった。ハヴィラやダナはもともと血族であるが、アスタの発案がなければ我々も収穫祭をともにしようとは考えなかったように思う。ならばこれも、ファの人間には見届ける資格があるのではないかと考えた」
ディック=ドムは重々しい声音で、そのように言いつのった。
「また……モルン=ルティムを北の集落で預かるようになったのも、発案したのはガズラン=ルティムであるが……そもそもファの人間が森辺の習わしを覆していなければ、このような事態にも至らなかったはずだ。であれば、ルティムの者たちとともに、ファの人間も招くべきでないかと……俺が、そのように進言した」
「では、我々を収穫祭に招こうと進言したのは、ディック=ドムであったのか」
アイ=ファはとてもやわらかい眼差しになりながら、そう答えた。
「ならば、ファの家長として、その申し出をありがたく受けさせてもらいたく思う。アスタも、異存はあるまいな?」
「うん、もちろん」
俺は、笑顔でうなずいてみせた。
「北の集落の収穫祭にお招きしていただけるなんて、光栄です。俺たちはまだ、北の集落に足を踏み入れたこともありませんでしたので」
すると、俺のかたわらから「えっ!」という大きな声があがった。誰かと思えば、留守番組のトゥール=ディンである。俺たちがようやく戻ってきたので、出迎えの挨拶に来てくれたのだろう。
「も、申し訳ありません。立ち聞きするつもりではなかったのですが……アスタたちも、北の集落の収穫祭に招かれたのですか?」
「うん。トゥール=ディンも招かれてるのかな?」
「は、はい。ディンとリッドの女衆で、宴料理の手伝いをする手はずになっていました。それに、本家の家長たちも招かれています」
トゥール=ディンは、輝くような笑顔になっていた。つられて俺も、いっそう口をほころばせてしまう。
「それなら、余計に嬉しいな。美味しい宴料理を期待してるね」
「は、はい! 力を尽くします!」
ひとつのイベントが終わったかと思えば、また新たなイベントの到来である。やっぱりこの世の神々は、俺に退屈をさせるいとまなど与えるつもりは毛頭ない様子であった。
それに本日のイベントは、まだ終了していない。この後は、ジェノス城で祝賀の宴なのだ。大活躍をしたディム=ルティムとジィ=マァムとともに祝宴を楽しめるのだから、こんなに嬉しいことはなかった。