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異世界料理道  作者: EDA
第四十九章 同じ天の下で
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銀の月の六日①~しばし日常へ~

2020.2/7 更新分 1/1 ・3/30 タイトルを修正

 翌日から、俺たちは日常に回帰することになった――というか、回帰せざるを得なかった。モルガの山で行われる族長会議というものを終えて、ティアの行く末を見届けない限り、心の安息を得ることもできないわけであるが、それでも自分たちの生活を二の次にすることは許されなかったのだった。


 銀の月の3日から、アイ=ファは狩人の仕事を再開させた。近在の6氏族が合同収穫祭を迎えてから、すでに半月が過ぎていたので、休息の期間も終えることになったのだ。


 そして俺も、屋台の商売を再開せざるを得なかった。どのような結末になるにせよ、ティアと過ごせる時間はあと9日と定められたのだから、本当は朝から夜まで一緒に過ごしたいぐらいであったのだが――そのように柔弱な考え方は森辺で許されなかったし、また、ティア自身もそのようなことは望んでいなかったのである。


「ティアは、アスタの迷惑にはなりたくない。ティアのことは気にせずに、アスタには自分の仕事を果たしてもらいたく思う」


 あの純真なる眼差しでそのように語られてしまったら、俺も気持ちを引き締めなおすしかなかった。


 太陽神の復活祭を終えて、宿場町は沈静化している。銀の月を3日も過ぎれば、長逗留していた人々も出立の準備を整えて、ジェノスから出ていってしまうものなのである。屋台の料理は売れ残らないように、復活祭前の数量に引き下げられることになった。


 そんな中、引き続きジェノスに逗留している団体様も、ふた組だけ存在した。

《銀の壺》の9名と、西の領土を流浪している建築屋の13名である。前者はジェノスにおける商売の締めくくりに取りかかり、後者はトゥランにおける家屋の再建作業を開始したのだった。


「我々、10日頃、出立する予定でした。アスタ、無事、戻る姿、見届けたのち、出立しよう、思います」


 俺たちもモルガの山に招かれることになったのだと伝えると、ラダジッドはそのように言ってくれた。


「しかし、聖域、立ち入ること、許される、驚嘆です」


「はい。俺たちも、心から驚かされることになりました。おたがいの土地に踏み入らないというのが、一番重要な掟であったのでしょうからね」


「はい。『デデイットの帰還』、思い出します。……『デデイットの帰還』、ご存知ですか?」


「いえ。御伽噺か何かでしょうか?」


「はい。シム、伝わる、物語です」


 デデイットとは、シムの草原で暮らす若者であった。

 行商人として生きていたデデイットは、恐るべき力を持つ山の民を相手に商売をしていた。ある日、もっと近道はないものかと森の中に足を踏み入れたデデイットは、乗っていたトトスもろとも崖の下に落ちてしまう。


 意識を失ったデデイットが目を覚ますと、彼は青い小人たちに囲まれていた。それこそが、聖域で暮らす青き民の狩人たちであった。

 外界の人間が聖域を踏み荒らすのは、大きな禁忌である。しかし、デデイットが懸命に事情を説明すると、狩人たちは石でできた刀や斧を引っ込めてくれた。


『ならば、すぐさま外界に戻るがいい。我々は、友にも同胞にもなれぬ身であるのだ』


『ありがとうございます。ですが……崖から落ちた際に、トトスは魂を返してしまい、わたしは足を折ってしまいました。これでは外界に戻っても、すぐに大熊に喰われてしまいます』


『……ならば、お前の魂をしばし預かろう。ただし、不浄の品を聖域に持ち込むことは許されない』


 彼らの言う不浄の品とは、鋼の武器および毒の武器のことであった。

 さらにいくつか、聖域に伝わる儀式を施されたのち、デデイットは峡谷の果てへと連れ去られる。


 それからデデイットは、足の骨折が治るまでの間、聖域の集落で客人として扱われることになった。水や食事はもちろん、熱を出したときには薬まで与えられて、たいそう親切なもてなしであったという。

 その後にデデイットは、集落の娘に心を寄せることとなったが――それだけは、聖域の掟が許さなかった。


『お前には風の声が聞こえるか、外界の人間よ』


『いえ、聞こえません』


『ならば、大地の声は聞こえるか? 火の声は、水の声は聞こえるか?』


『いえ。いずれも聞こえません』


『それではやはり、お前を同胞として迎え入れることはできん。お前が生きるべきは、聖域の外であるのだ』


 デデイットは悲嘆に暮れたが、青き民の族長たちを説得するすべはなかった。

 やがて傷の癒えたデデイットは、最初の崖まで案内されて、そこから外界に戻ることになった。

 なんとか徒歩で故郷まで帰りついたデデイットは、愛すべき家族たちと再会して、これでよかったのだと自分を慰める。草原を吹きすさぶ風神シムの息吹も、そんなデデイットの帰還を祝福してくれていた――


 という、それなりの長さを持つ物語を、ラダジッドは手間を惜しむ様子もなく西の言葉で解説してくれた。


「あくまで、御伽噺です。実話か否か、わかりません。何にせよ、聖域の民、友、同胞、なれぬこと、教訓、伝えているのでしょう」


「なるほど。でも、うちで暮らしていたティアのことを思うと、聖域の民がそれぐらい親切であるというのは、納得できる気がします」


「はい。ですが、同時に、聖域の民、恐るべき力、持っています。どうぞ、お気をつけください」


 それもまた、ティアやライタのことを思えば、納得のいく話であった。

 しかし、困っている人間に親切で、なおかつ恐るべき力を有しているというのは、森辺の民に通じる特性である。ティアもしきりに、森辺の民は赤き民に似ていると評していたので、そういう部分でも俺はいくらかの安心感を得ることができた。


(まあ、多少の不安があったところで、怯んではいられないからな)


 赤き民の族長たちは、ティアの罪を許すべきかどうか、見定めようとしているのだ。俺はそのための証言をするために招聘されたのだから、力の限り、ティアの正しさを伝えるばかりであった。


 そうして、日は移ろっていき――銀の月の5日である。

 その日になって、ようやくピノからニーヤの歌が完成した旨が告げられた。


「まったく、もったいぶったよねェ。これでお粗末な出来栄えだったら、ギバの骨ガラでもぶつけてやっておくれよォ」


 その話はルウ家から他なる氏族へ、そして祝宴に招く予定の人々へと伝えられていく。あらかじめ、日程のすりあわせはされていたので、翌日の6日には親睦の祝宴が開かれることがすぐさま決定された。


「……というわけで、明日はルウ家に出向くことになってしまったんだよ」


 屋台の商売の後、ファの家に帰りついた俺は、フォウ家の人々が送ってくれたティアに、そのように告げることになった。

 ティアは普段通りの朗らかな表情で、「うむ」とうなずく。


「それではティアは、フォウの集落でアスタたちの帰りを待とうと思う。アスタたちが無事に戻ることを祈っているぞ」


「うん、ありがとう。……祝宴の日取りが族長会議の後までずれこんだりはしないかって、ちょっぴり期待していたんだけどね」


「何を言っているのだ。アスタにとっては、大事な祝宴なのであろう? ティアのことなどは気にせずに、祝宴を楽しんでほしいと思う」


 ティアがそのように優しい性根をしているものだから、俺はいっそう心苦しくなってしまうのである。

 そしてまた、あと4日でティアとお別れになってしまうというのが、いまだに信じられない心地であった。


「そうか。祝宴は、明日となったか」


 まだ日の高いうちに森から帰宅したアイ=ファは、沈着なる面持ちでそのように言っていた。休息の期間が明けてもまだ半月ぐらいは森の実りが復活しきらないので、狩人の仕事も見回りていどのものであるのだ。


「それではお前も商売の後、そのままルウの集落に向かうのだな?」


「うん。料理と菓子をひと品ずつ、準備する予定だからね。ギルルの荷車はファの家に戻せるから、アイ=ファはそれを使って来てくれ」


 俺が見る限り、アイ=ファは平常モードであった。

 しかし、それが鋼の精神力による成果であるということを、俺は知っている。晩餐の後、ティアが先に寝入ったときなどに、アイ=ファはたいそう切なげな瞳でその寝顔を見つめるようになっていたのだ。ティアの健やかな行く末が確定していない以上、アイ=ファだって心安らかにいられるわけがなかったのだった。


(それに、ティアが最後の半年間を狩人として過ごせなかったことが、アイ=ファにはやりきれないんだろうな)


 そして俺やアイ=ファばかりでなく、ティアと親しくしていた人々は、誰もがひそかに心を痛めていたのであった。

 俺たちは、友にも同胞にもなれない間柄である。しかし、ティアがどれだけ純真な存在であるか、俺たちは思い知らされている。聖域の民と絆を深めてはならじと自分を戒めつつ、その清廉なる魂には魅了されずにいられなかったのだった。


(俺たちは、絆を深めることが許されない。だから、別れの苦しさがその罰になる……なんて、ティアは言ってたっけ)


 その時は、もう目前に迫っている。

 しかし、ティアとの決別を覚悟した日から9日も猶予を与えられたことを、俺たちは感謝するべきであるのだろう。こうしてティアと言葉を交わす時間のすべてが、俺にとってはかけがえのないものとなった。


                   ◇


 そうして翌日、銀の月の6日である。

 屋台の商売が終業する下りの二の刻が近づくと、北の方角からフードつきマントを纏った一団が近づいてきた。

《銀の壺》の面々ではなく、本日の祝宴に招かれている城下町の人々である。彼らは身なりのよさを隠すために、宿場町ではそういった格好をする人間が多かったのだった。


「あー、まだ屋台の料理は残ってたね! おなかを空かせてきてよかったよー!」


 笑顔でそのように言いたてたのは、ジャガルの鉄具屋ディアルであった。本日は、彼女もちゃっかりお招きされることになったのだ。


「料理人のお人らも案内してきたよ! みんなも屋台の料理、食べていくでしょ?」


「ああ。森辺の料理をひと品でも多く食べるのが、俺たちにとっては修練だからな」


 そのように答えたのは、若き料理人ロイであった。左右に控えたシリィ=ロウとボズルの両名も、ずいぶんひさびさの再会である。復活祭の間は、彼らも《銀星堂》で忙殺されていたという話であったのだ。


 ディアルのかたわらには、もちろん従者のラービスも控えている。

 そしてもう1名、ただひとりフードつきマントを纏っていない人物が存在した。質はよさそうだが決して華美ではない、ごく尋常な上衣とスカートに身を包んだ、年若い女性である。

 端正な顔に不機嫌そうな表情を浮かべたその人物は、表情に似合わぬ恭しさで一礼した。


「……本日は、わたしのような者まで森辺の集落に招いていただき、心から感謝しています。ダレイム伯爵家の方々からも、くれぐれも粗相のないようにと申しつけられておりますので、何卒よろしくお願いいたします」


 それは、ダレイム伯爵家の侍女から料理長ヤンの弟子へと転身した、ニコラであった。かつて城下町で交わされたポルアースとの約定通り、彼女も森辺に招くこととなったのだ。


「こちらこそ、よろしくお願いいたします。ただ、今日の祝宴の主催はルウ家ですので、ご挨拶はそちらにお願いできますか?」


「かしこまりました。ルウ家の御方というのは、どちらにいらっしゃるのでしょう?」


「それなら、俺たちでも案内できると思うぜ? 屋台の料理を買いがてら、挨拶させてもらうとするか」


 そんなロイの言葉とともに、人々は屋台の料理を買い始めた。

 終業時間が近かったので、それでいくつかの屋台は品切れとなってしまう。俺の担当していた『ギバ・カレー』も同様であったので、その後は青空食堂へと足を向けることができた。


「あー、アスタおにいちゃん、おつかれさま!」


 そちらでは、ターラが笑顔で出迎えてくれた。ダレイムから招かれた人々も、ついさきほど到着したところであったのだ。


「ちょうど今、みんなにシリィ=ロウたちを紹介してたの! 一緒にルウ家でお泊りしたこともあるんだよーって!」


 銀の月を迎えて10歳となったターラは、本日も元気いっぱいの様子であった。

 ちなみに本日はジバ婆さんの要望通り、ドーラ家のご家族全員とミシル婆さんが参上している。それが嬉しくてならないように、ターラはにこにこと笑っていた。


 社交的なる南の民、ディアルとボズルのおかげをもって、順調に交流は深められている様子である。

 そんな中、人々の賑わいから逃げるようにして、ニコラが俺のほうに近づいてきた。


「アスタ様、ひとつお伝えしたいお話が――」


 そんな風に言いかけて、ニコラはうろんげに眉をひそめた。その視線は、俺の左肩に鎮座している黒猫のサチに向けられている。


「ああ、これはファの家の家人でサチと申します。商売の間は毛が落ちるとまずいので、木陰で休ませているのですよね」


「そうですか。猫は、ひさびさに拝見いたしました」


 どうやら城下町の住人であるニコラは、猫という獣を見知っていたようだ。あまり愛想のないサチは、素知らぬ顔で毛づくろいをしている。


「それで、俺にお話とは何でしょう? 料理のご感想をいただけるなら、嬉しく思います」


「はい。いずれも、きわめて美味でした。特にあのぎばかれーなどという料理は、以前に味見をさせていただいたときとまったく完成度が異なっているようですし――」


 張り詰めた面持ちでそのように言ってから、ニコラはぷるぷると首を横に振った。彼女らしからぬ、なかなか可愛らしい仕草だ。


「いえ、料理の感想はまたのちほどに……まずは、ポルアース様よりのご伝言をお伝えさせていただきたく思います」


「ポルアースの? 何でしょうか?」


「はい。本日、視察におもむく予定であった外交官フェルメス様は、体調不良により欠席にさせていただきたいとのことです。ルウ家の方々には、さきほどお伝えさせていただきました」


 俺は、心から驚かされることになった。

 本日は町の人々の親睦会ということで、貴族の参席は視察役のフェルメスのみの予定であったのだ。


「体調不良とは、心配ですね。フェルメスは、いったいどうされたのでしょう?」


「ここ数日、発熱が続いているとのことです。復活祭のお疲れが溜まったのではないかというお話でした」


 復活祭の疲れ――そういえばフェルメスは『滅落の日』の深夜、城下町からダレイムまでを徒歩で進軍することになったのだ。その2日後には森辺にまで出向くことになったし、あまり頑丈そうには見えないフェルメスにはハードなスケジュールであったのかもしれなかった。


「ありがとうございます。どうぞお大事に……という伝言をニコラにお頼みするのはご迷惑でしょうか?」


「いえ。明日以降、ポルアース様にお伝えする形になるかと思われます」


 ぶすっとした面持ちながらも、礼儀は正しいニコラである。

 そのとき、街道のほうから「あっ!」と大きな声が聞こえてきた。


「ディ、ディアルじゃん。あんた、もう来てたんだね」


 それは、残りわずかであった屋台の料理を携えたユーミであった。

 ドーラの親父さんと話し込んでいたディアルも、「あーっ!」と大きな声をあげる。


「ユーミ、ひさしぶり! 今日は一緒に森辺まで出向けるから、すっごく楽しみにしてたんだよー!」


「う、うん。あたしもだよ。それであの、ちょっとあんたに話があるんだけど……」


 ユーミはその手のギバ料理を空いていた卓に置くと、ディアルを街道のほうまで引っ張り出した。

 すると、さきほどよりも力のこもった「えーっ!」という声が炸裂する。


「ユーミが森辺によめい……むぐぐ」


「だ、だから、まだ決定したわけじゃないんだったら! 大きな声で、滅多なこと言わないでよ!」


 ユーミはディアルの首を抱え込み、その口もとを手でふさいでいた。ユーミのお顔は、真っ赤に染まっている。


(そっか。ユーミとディアルが復活祭以降に顔をあわせるのは、これが初めてなんだっけ)


 これでディアルも、ついにユーミとジョウ=ランの一件を知ることになったわけである。

 ユーミの手をひっぺがしたディアルは、「もう!」と頬をふくらませた。


「苦しいったら! おめでたい話なんだから、そんな隠すことないじゃん!」


「こ、声が大きいってば。本当にまだ、これからどうなるかわかんない話なんだし……」


「ふーん、そうなの? でも、もしも実現するんだったら、僕は心から祝福するよ!」


 少し離れた場所にたたずんでいる俺にも、ディアルがおひさまみたいな顔で笑っているのが見て取れた。それでユーミは、いっそう顔を赤くしている様子である。


 そんな一幕を経て、屋台の商売も無事に終了することとなった。

 洗った食器を荷台に詰め込んだら、まずは《キミュスの尻尾亭》に出発だ。

 その行き道で、ターラが俺に「ねえねえ」と呼びかけてきた。


「この旅芸人さんたちも、お招きされてるんでしょ? みんなと一緒に行くんじゃないの?」


 それは、通りの向かいに張られている《ギャムレイの一座》の天幕を指してのことであった。


「うん。一座のみなさんは、祝宴が始まる頃に来るんだってさ。それまで用事はないだろうしって言ってたよ」


 彼らはあくまで芸を見せるためにおもむくのであって、町の人々のように絆を深めるためではない、というスタンスであったのだ。そのあたりの線引きは、同じ旅芸人であるリコたちよりもずいぶんシビアであったのだった。


 やがて《キミュスの尻尾亭》に到着すると、そこではベンとカーゴが待ち受けていた。中天ぐらいに屋台を訪れてくれた彼らは、この場で待ち合わせをしていたのだ。


「よー、ユーミはそっちだったんだな。レビたちも、すっかり準備はできてるみたいだぜ」


「あっそう。今日は城下町のお人らもいるんだから、粗相をするんじゃないよ?」


「貴族じゃなけりゃあ、気を張る必要もねえだろ。これが初顔あわせってわけでもねえし――」


 と、ベンはそこで目を丸くした。


「あれ? だけどそっちのちっこい娘さんは、初めて見る気がするな」


「ああ、この娘は南の民のディアルだよ。あんたたちも、噂ぐらいは聞いてるでしょ?」


「ディアル、ディアル……ええと、たしかアスタたちが世話になってる鉄具屋の人間が招かれてるって話だったよな」


「うん、ジャガルのゼランドの民で、ディアルという者だよ。こっちは、ラービスね」


 ディアルが屈託のない笑顔で応じると、ベンはいくぶんへどもどとした。


「あ、ああ、そうなのか。南の民の娘さんってのも、この復活祭で何人かお近づきになったんだけど……なんか、あんたは様子が違うみたいだな」


「ふうん? それってもしかして、バランの家族のこと? それだったら、僕も顔馴染みだよ!」


 そんな風に言ってから、ディアルはぷっと頬をふくらませた。


「バランたちは、ずーっと宿場町で過ごしてたんだもんね。僕ももうちょっとは宿場町で騒いだりしたかったなあ」


「そうだね。あんたがいてくれたら、もっと楽しかったと思うよ」


 そんな風に応じてから、ユーミは横目でベンをねめつけた。


「あのさ、ディアルはあたしの大事な友達なんだからね? おかしなちょっかいを出したら、承知しないよ?」


「またそれか。俺が仲間内で面倒を起こしたことはねえだろ?」


「そうそう。おかしな真似をしたら、後ろのにいさんが黙っちゃいなそうだしな」


 ラービスは、仏頂面でベンたちの言葉を聞いている。ディアルの護衛役たる彼であれば、いかにも不良少年めいたベンたちは警戒の対象になってしまうのだろう。

 しかしこれも、ユーミが中心となって紡がれた縁であるのだ。祝宴の間に、さらなる絆が深まれば幸いであった。


 いっぽうニコラを除く料理人の面々は、すでにベンたちとも森辺の祝宴をともにしている仲である。数ヶ月ぶりの再会に、そちらでも挨拶が交わされることとなった。

 それを横目に《キミュスの尻尾亭》の扉を開けると、受付台にはミラノ=マスが陣取っている。


「来たか。テリアたちが裏にいるので、屋台はそちらに返すがいい」


「了解しました。……あの、今日はありがとうございます。テリア=マスたちがいないと、仕事のほうが大変なはずですよね?」


「ふん。復活祭は終わったのだから、どうということもない。礼を言うべきは、祝宴に招いてもらったこちらのほうであろうが?」


 しかし本日はテリア=マスばかりでなく、レビとレイトも招くことを許してもらえたのである。レイトの手伝いは復活祭とともに終了したのであろうが、それにしても寛大なはからいであることに間違いはなかった。


「……テリアたちは、復活祭の間も朝から夜まで働き詰めだったからな。これぐらいの楽しみがなければ、やっていられんだろう」


 そう言って、ミラノ=マスはいっそう不機嫌そうな顔をした。


「だから、あいつらを森辺の祝宴に招いてくれたことを、心から感謝している。世話をかけるが、よろしく頼みたい」


「はい。いつかミラノ=マスもお招きできる日を楽しみにしています」


「俺のような老いぼれにかまうことはない。……まあ、もっと老いぼれて足腰が立たなくなれば、自由な時間もできることだろう」


 ミラノ=マスは、小虫でも払うように手を振った。


「余計なことを言った。お前さんたちも、祝宴の準備があるのだろうが? さっさと森辺に帰るがいい」


「はい。それじゃあ、失礼いたします」


 そうして宿屋の裏に回ると、そこにはレビとテリア=マスばかりでなく、カミュア=ヨシュにレイトにザッシュマの3名も控えていた。


「やあやあ。今日は、よろしくお願いするよ」


 これで、町から招く客人たちも勢ぞろいであった。

 人数的にも多様性の面においても、おそらくは過去最大の規模であるだろう。貴族の参席こそなかったが、それでもこれだけバラエティにとんだメンバーをお招きできるというのは、画期的なことであった。


(どうしても、ティアのことが気にかかっちゃうけど……気持ちを切り替えて、みんなとの時間を大事にしないとな)


 俺がそのように考えていると、フードつきマントでひときわ厳重に人相を隠している人物が近づいてきた。口もとには襟巻きまで巻いている、これはシリィ=ロウである。


「どうしたのですか、アスタ? ずいぶん思い詰めたような顔をされているようですが」


「あ、すみません。私事なので、どうぞ気になさらないでください」


「私事……やはり、わたしなどをたびたび森辺に招くのは気が進まないのでしょうか?」


 シリィ=ロウは目もとしか見えていなかったが、そのむすっとしたお顔が簡単に想像できそうな声音であった。

「とんでもありません」と、俺は笑ってみせる。


「みなさんとひさしぶりにお会いすることができて、とても嬉しく思っています。気落ちした姿は見せないように気をつけますので、今日はよろしくお願いします」


「気落ちしているようには見えません。むしろ、戦いに臨む兵士のようなお顔であるように思います」


 と、シリィ=ロウはますます不機嫌そうに言葉を重ねる。


「わたしのように不愛想な人間に言われたくはないでしょうが、それでは周囲の方々を不安な心地にさせてしまうことでしょう。深く自省していただきたく思います」


 すると、シリィ=ロウの背後からロイも近づいてきた。


「まだ何かくっちゃべってるのか? どうせシリィ=ロウの早合点だったんだろ?」


「ああ、ロイ。早合点とは、なんのことです?」


「いや、アスタがしかつめらしい顔をしてるもんだから、何か自分に腹を立ててるんじゃねえかって心配になっちまったみたいでな。そんな心配するぐらいだったら、普段から愛想を振りまいてりゃいいのによ」


「そ、そんな心配をしていたわけではありません! わたしはただ、祝宴の主催者として相応な態度を取るべきだと指摘しただけで――」


「今日の主催者はルウ家で、アスタも招待客みたいなもんだろ。ったく、態度はでかいくせに、変なところで小心者だよな」


 シリィ=ロウは目のふちを赤くしながら、ロイの肩をぽかぽかと殴打した。幼子のようで、なかなかに愛くるしい。


「本当にすみません。シリィ=ロウに含むところなんて、これっぽっちもなかったのですよ。……というか、俺がシリィ=ロウに腹を立てる理由なんてありましたっけ?」


「そりゃまあ、普段からあれだけ威張りくさってりゃな。……だから痛いって、馬鹿」


 ふたりのじゃれあう姿は、俺を温かい心地にさせてくれた。

 そして、シリィ=ロウにそんな不安を抱かせてしまったことを、とても申し訳なく思う。


(今日という日は、2度とやってこないんだ。それならいっそう、後悔のないように過ごさないとな)


 そんな当たり前のことを、俺はここ数日で強く再確認させられていた。

 脳裏に浮かぶティアの面影に微笑みかけてから、俺は目の前の人々にも笑いかけてみせた。


「それじゃあ、出発しましょうか。今日は最後まで、よろしくお願いいたします」

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[気になる点] この調子だと(予告通りに)ぶつ切りで更新が終わりますね。首を長くして待ってます。
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