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異世界料理道  作者: EDA
第四十八章 太陽神の復活祭、再び(下)
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紫の月の三十一日⑥~ダレイムの宴~

2020.1/19 更新分 1/1

・明日は2話同時更新です。読み飛ばしのないようご注意ください。

 ダレイムにおいては、想像を絶する賑わいが俺たちを待ち受けていた。

 いや、これだけの人数を呼び込んだのは俺たち自身に他ならなかったのだが、それでもやっぱりこれほどの賑わいを想像することは難しかったのだ。


 ドーラ家の前には本日も敷物が敷かれていたが、それは畑の畦道にはみでるぐらい、限界いっぱいまで広げられていた。

 そこで大勢の人々が、思い思いに果実酒を酌み交わしたり、大皿の軽食をつまんだりしている。半数ぐらいは森辺の民であり、もう半数がダレイムや宿場町から集まった人々だ。


「やあ、アスタ! 到着を待っていたよ! 今日も遅くまで、お疲れ様!」


 俺たちが家の手前で立ち往生していると、ドーラの親父さんが千鳥足で近づいてきた。


「ついさっき、ルウやディンのお人らも到着したところだよ! これでようやく、全員かな?」


「あ、いえ、まだレイナ=ルウたちが宿場町に残ってくれています。それに、ユーミやリコたちもいますから……残りは10名ていどのはずですね」


「そうかそうか! それにしても、すごい人数になりそうだね!」


 畦道には、合計5台の荷車が並んでいるのだ。しかも4台は2頭引きの大きな荷車であるのだから、なかなかの圧迫感であるはずだった。


「荷車は、家の裏まで運んでおくれよ。おおい、荷車が通るぞお!」


 親父さんの号令で、空き地の右側で騒いでいた人々が立ち上がり、その場所の敷物をめくりあげてくれた。

 5台の荷車は、しずしずと前進を再開させる。家の裏には巨大な倉庫が併設されており、それに沿うように何台かの荷車がとめられていた。


「銅貨や何かは家に運んで、トトスたちは倉の中に入れてくれ。こんな日に盗っ人が出るとは思えないけど、まあ用心するに越したことはないからね!」


 親父さんの指示に従って、トトスたちは暗い倉庫の中に導かれた。先にやってきていたルウルウたちは、すでに巨体を丸めて休息に入っている。


「あらためて、ダレイムにようこそ! 俺がこの家の主人で、野菜売りのドーラだ! 何人かは、復活祭の間に挨拶をさせてもらったはずだよな!」


 客人たちは、それぞれの流儀に従って挨拶を返していた。

 森辺の民が6名、東の民が9名、そして南の民が30余名である。あれだけの賑わいの中に、これだけの人数が加わるわけであった。


「シムの商人さんと、ジャガルの建築屋さんだったね。あんたがたが諍いを起こすことはないだろうけど、おたがい気詰まりにならないように気をつけながら、俺たちと喜びを分かち合っておくれよ」


「うむ。今日は世話になる。西の掟を違えることはないと誓うので、明日の朝までよろしくお願いしたい」


「我々、同じ気持ちです。招待、感謝しています」


 ドーラの親父さんと、バランのおやっさんと、ラダジッド。それぞれが復活祭の間に交流を育んできた面々であるわけだが、それがこうして一堂に会するというのは、やはり感慨深いものであった。


「それじゃあ、俺の家族やダレイムの連中を紹介させていただくよ! あとは、好きに騒いでくれ」


「うむ。手土産があるので、運ばせてもらうぞ」


 おやっさんが目配せをすると、アルダスが荷台から果実酒の樽を引っ張り出した。それをメイトンが受け取ると、さらに新たな酒樽が2つも出現する。


「おやおや! そんなに気をつかわないでおくれよ!」


「いや。朝まで過ごすとなると、俺たちだけでもこれぐらいは必要になってしまうのだ。特に、そいつらが底なしなのでな」


「うん、まあ、否定しきれないところが申し訳ない限りだ」


 アルダスは陽気に笑いながら、酒樽を肩に担ぎあげた。

 残りのふたつは、バラン家の長男とメイトンが「よっこらしょ」と胸の前に担ぎあげる。その姿に、親父さんは「ひゃあ」と声をあげた。


「さすが南の民は、力持ちだね! それで家の前まで運べるのかい?」


「材木に比べれば、軽いもんさ。それじゃあ、行こうか」


「お待ちください。我々、同じく、手土産、持参しています」


 と、《銀の壺》の面々もふたりがかりでひとつの酒樽を持ち出してきた。

 親父さんは、恐縮した様子で頭をかく。


「いやあ、ありがたい限りだね。こんな大勢の客人を招くのは初めてなんで、手土産の流儀なんてものはあんまりわきまえていないんだけど……こんな立派なもんを受け取っちまっていいもんなのかねえ?」


「はい。料理、振る舞い、受けるのですから、手土産、当然、思われます」


「うん、そうか。わかった、ありがたくいただくよ。そうしたほうが、あんたがたも気兼ねなく騒げるんだろうからね」


 そうして一行は進軍を開始したのであるが、ふたりがかりで酒樽を運んでいる《銀の壺》の両名は、足もとが覚束なかった。それも当然と思えるような巨大さであったのだ。


「情けねえなあ。せっかくの酒をこぼすんじゃねえぞ?」


 それを横目に、メイトンは危なげのない足取りで歩いている。どう考えても70キロ以上はありそうなサイズであるので、これは南の民の怪力をほめるべきであるのだろう。


「ふたりで運ぶには不向きな形状であるのだろう。よければ、俺が力を貸そう」


 と、見かねたライエルファム=スドラがそちらに近づいていった。

 そうしてライエルファム=スドラがアルダスと同じように酒樽を肩まで担ぎあげてしまうと、周囲の人々が驚嘆の声をあげる。


「あんた、すげえなあ! 俺より小さいのに、大した腕力じゃねえか!」


「うむ。ちょうど荷運びの荷物と同じていどの重さであるようだな」


 ライエルファム=スドラは頭と片腕だけで酒樽を支えつつ、普段と変わらぬ足取りでひたひたと歩いていた。森辺の狩人というのはこれと同じぐらいの重量を引きながら、手ぶらの俺よりも速いスピードで駆けることができる身体能力を備えているのだった。


 そうして俺たちが家の前に舞い戻ると、あらためて歓迎の声が巻き起こった。

 先行していた人々は、60名ていどの人数であろうか。ということは、30名ばかりが森辺の民であるということであった。


 そのほとんどは、俺にとっても馴染み深い面々だ。ルウの血族は、ジバ婆さんにジザ=ルウにルド=ルウ、リミ=ルウにララ=ルウ、ダルム=ルウにシーラ=ルウ、シン=ルウにミダ=ルウ。ガズラン=ルティムにダン=ルティムにモルン=ルティム、ツヴァイ=ルティムにオウラ=ルティム――それに、ラウ=レイにヤミル=レイ、ギラン=リリンにウル・レイ=リリンに5歳の長兄、といった顔ぶれであった。ここに、俺たちと同乗してきたシュミラル=リリンにヴィナ・ルウ=リリンが加わることになる。


 ザザの血族からは、ゲオル=ザザとスフィラ=ザザ、ディック=ドムとレム=ドム、ディガとドッド。それに、ラッド=リッドが何名かの若い男女を連れていた。そのうちの2名は、先に宿場町を出たディンとリッドの男衆だ。

 族長筋ならぬ氏族としては、チム=スドラとイーア・フォウ=スドラ、バードゥ=フォウとランの家長、それに何名かの若い男女という顔ぶれであった。


 これに宿場町から駆けつけた50名弱が加わるのだから、総人数は100名を超えることになる。

 これはもう、立派な祝宴と呼べるスケールであった。


「それじゃあ俺たちは、かまどをお借りしますね」


 俺とユン=スドラは、軽い挨拶をしてから厨にお邪魔することになった。護衛役としては引き続き、アイ=ファとライエルファム=スドラが同行をしてくれる。

 厨では、ひと足先に到着していたメンバーが、すでに準備を始めてくれていた。トゥール=ディンにリッドの女衆、マルフィラ=ナハムにレイ=マトゥアという顔ぶれだ。


「窓から覗いていましたけれど、今日はすごい人数ですね! ルウやフォウの広場より広くないせいか、これまでの祝宴よりも賑やかであるように感じられます!」


 そのように述べるレイ=マトゥアは、興奮に頬を火照らせていた。


「うん、俺もそう思うよ。でも、マトゥアやラヴィッツの人たちをお招きできなかったのは残念だったね」


「とんでもありません! わたしたちは、そこまでダレイムの人々と交流を持っているわけではないのですからね! むしろ、わたしなどを招いていただいて、心から嬉しく思っています!」


「わ、わ、わたしも同じ気持ちです。わ、わたしたちはまだ、太陽神の復活を家族とともに祝うという習わしを身につけているわけでもないので、家族のそばにあることを望む必要もないのでしょうし」


 俺は、きょとんとマルフィラ=ナハムを見返すことになった。


「あれ? マルフィラ=ナハムは、俺とライエルファム=スドラの会話を聞いていたのかな? ……ああ、ライエルファム=スドラがルウの誰かにその話を伝えたはずだから、それを聞いたとか?」


「い、い、いえ、べつだん誰とも、そのような話はしていないのですが……ふ、復活祭というのは、そういうものであるのでしょう?」


 ならば彼女は、自力で俺と同じ結論に至っていた、ということであった。まあ、人並み外れて明敏なるマルフィラ=ナハムならば、さもありなんといったところである。


「わ、わ、わたしの家族やラヴィッツやヴィンの方々も、本日は朝まで宿場町の様子を見守るつもりだと仰っていました。あ、朝まで眠らずに過ごすなど馬鹿げた習わしだと、ラヴィッツの家長はたいそう不服そうなご様子でしたが……」


「うん。それでも自分の目で見届けようと考えてくれたんだから、素晴らしいことだよね」


 鍋の中身を攪拌しながら、マルフィラ=ナハムはぎこちなく微笑んだ。


「は、は、はい。わ、わたしもそのように考えていました」


 今頃はデイ=ラヴィッツたちばかりでなく、ダリ=サウティ率いるサウティの血族や、この場におもむけなかった多くの氏族の人々が、宿場町の人々と『滅落の日』の喜びを分かち合っているはずであった。


 屋台の商売に参加していたかまど番や、休息の期間にあったルウの血族の人々は、昨年もこうして森辺の外で新年を迎えることになったわけであるが――本年の様相を予測できた人間など、ひとりとして存在はしなかっただろう。西方神の洗礼を受けることにより、森辺においては誰もがもっと外界のことを知るべきだと思い至ることになったのだった。


(本当に、色んなことがあった1年だったなあ)


 昨年は、たしか年が明けてすぐに、城下町に向かうことになったのだ。目的は――バナームからもたらされた黒フワノなどの目新しい食材について、城下町の料理人たちと意見交換をするためである。そこで俺は、初めてギギの葉や生きたギャマを目にすることになったのだった。


 それからすぐに、《黒の風切り羽》のククルエルと出会うことになり、サトゥラス伯爵家と和解の晩餐会を開くことになり、そして、ドーラ家の人々やユーミたちを森辺の祝宴に招くことにもなったのだ。

 また、負傷の癒えたアイ=ファがレム=ドムと力比べをしたり、レイリスの要望でシン=ルウたちが闘技会に参加することになったりと、復活祭を終えた後も矢継ぎ早にさまざまなイベントが発生したのだった。


 そうして金の月に移るなら移ったで、6氏族による初めての合同収穫祭が開かれたり、《銀の壺》がジェノスに戻ってきたり、森辺に猟犬がもたらされたりと、変転に事欠くことはなかった。マイムとミケルがルウ家の客人になったのも、ファの家にかまど小屋が新設されたのも、デイ=ラヴィッツたちと初めて出会ったのも、ダレイム伯爵家の舞踏会に招待されたのも、すべて金の月の出来事であるはずだった。


 翌日の茶の月からは、雨季の到来である。

 森辺においては北の民たちによって道を切り開く工事が開始されて、俺は《アムスホルンの息吹》を発症することになった。

 赤の月にはアイ=ファが生誕の日を迎え、ジバ婆さんとリミ=ルウとルド=ルウを晩餐に招待したのも、忘れられない思い出であった。


 雨季を終えて、朱の月には、ブレイブを家人として迎えることになった。

 ゲオル=ザザとレイリスがルウの集落で剣技の試合を行ったり、モルン=ルティムがディック=ドムへの想いを明かして北の集落の客人となったり、ルウの血族の収穫祭でシーラ=ルウとダルム=ルウの婚儀が決定されたのも、この頃のことであったはずだ。何か、色恋にまつわる出来事が多かったなと、俺は記憶に留めている。


 翌月の黄の月には、シーラ=ルウたちの婚儀と、チム=スドラたちの婚儀も行われた。その前後には、初めて宿屋の寄り合いに参加したり、肉の市でギバ肉の販売する段取りを整えたりと、やはりイベントが目白押しである。その後には、ヴァルカスの《銀星堂》に招待され、月末の俺の生誕の日には、めでたく肉の市への参加がかなえられたのだった。


 緑の月には王都の監査官たちがやってきて、俺たちはさまざまな変転を迎えることになった。

 ということは、西方神の洗礼を受けたのも、ジルベを家人に迎えたのも、この頃のことであるのだ。その前後では、スドラの家にて双子も生誕しているはずであった。

 また、監査官のドレッグたちがジェノスを出立してすぐに、俺たちはティアと巡りあうことになったのだ。


 青の月には家長会議が行われて、ついにファの家の行いが正しいと認められることになった。

 宿場町の人々と交流会を行うようになったのも、この頃の話である。

 さらには《アムスホルンの寝返り》によって、ファの家が倒壊するという災厄に見舞われた。前月からジェノスを訪れていたバランのおやっさんたちに、それで再建を依頼することになったのだ。そして、サイクレウスが魂を返すことになったのも、その大地震が原因であったのだった。

 

 月末には、2番目の猟犬ドゥルムアが家人になったことを記憶している。トゥール=ディンが菓子の屋台を開いたのもその頃であったはずだから、マルフィラ=ナハムと出会ったのもその頃であるはずだった。


 白の月には、ランとスドラの婚儀の祝宴にユーミを招いた覚えがあるので、その直前にはサムスたちとひと悶着あったはずだ。

 そのすぐ後にはムスルと再会し、和解の場を作ってもらったことを覚えている。

 そうして月末には、ついにガズラン=ルティムとアマ・ミン=ルティムの間に大望の第一子、ゼディアス=ルティムが誕生したのだった。


 灰の月には、デルスとワッズに出会い、ミソを獲得するに至り――そして、シルエルの率いる《颶風党》の襲来だ。

 また、月の終わりには、フェルメスとの出会いが待ち受けていた。

 その3点だけで、他の月に劣らない濃密さであろう。


 黒の月には城下町の仮面舞踏会と、ダン=ルティムの生誕の日があった。特筆するべきはそれぐらいかもしれないが、ディアルの父親グランナルに晩餐を供したり、マルフィラ=ナハムとの関係を疑うモラ=ナハムとやりあったり、狩人の手ほどきを望むラウ=レイを客人に迎えたりと、退屈するいとまは皆無であったように思う。


 藍の月は、まだまだ記憶に新しい。シュミラル=リリンとヴィナ・ルウ=リリンの婚儀である。

 ゲルドの貴人たるアルヴァッハおよびナナクエム、傀儡使いのリコの一行との出会いも、この月の出来事であったのだ。


 そうして紫の月に至っても、ミケルやバルシャたちが森辺の家人に迎えられたり、初めて城下町を散策することになったり、ダイアやデヴィアスやガーデルに出会うことになったりと、復活祭を迎える前から慌ただしい限りであった。


 閏月である金の月が存在したので、本年は13ヶ月であったわけであるが――何にせよ、変転と騒乱と幸福に満ちた1年であったことに間違いはない。

 ミラノ=マスは、来年こそ穏やかであれと言っていたが、そんなことがありえるだろうか。本年は昨年よりも賑やかであったのだから、来年がさらに賑やかであってもおかしいことはないように思えた。


 それでも俺は、怯むことなく生きていくことができるだろう。

 アイ=ファや、森辺のみんなや、宿場町とダレイムの人々や、城下町の人々や、東や南や北の人々や――これまでに出会ったすべての人々が、俺に力を与えてくれているのだ。どのような苦難や騒乱が待ち受けていたとしても、それを上回る喜びや幸福が待ち受けていることを疑う気持ちにはなれなかった。


「アスタ、具材の準備が完了しました」


 トゥール=ディンの呼びかけに、俺は「うん」と笑顔で応じてみせた。


「それじゃあ、じゃんじゃん茹であげていくからね。マルフィラ=ナハムとレイ=マトゥアは、スープと盛り付けをお願いするよ」


 俺は再び、『ギバ骨ラーメン』の作製に取りかかることになった。

 昨年は年越しそばを振る舞ったわけであるが、何から何まで俺の故郷の習わしに従う必要はないはずだ。まだ『ギバ骨ラーメン』を口にしていないダレイムの人々や、『ギバ骨ラーメン』をこよなく愛する森辺の人々のために、俺はこの料理をふるまうことに決定したのだった。


 フル回転で料理を仕上げていくと、表の女衆たちも配膳を手伝うために駆けつけてくれた。さらに半刻ほどが経過すると、レイナ=ルウとマイムも姿を現した。


「お疲れ様です、アスタ。青空食堂の片付けも完了しました。屋台もすべて返却しましたので、手抜かりはないはずです」


「ありがとう。レイナ=ルウたちも、『ギバ骨ラーメン』を味わっておくれよ」


「いえ。わたしたちも、アスタたちと一緒に喜びを分かち合いたく思います」


 ということで、レイナ=ルウたちも配膳を手伝ってくれた。

 総人数は100名を超えていたので、1食分ずつを配るだけでも一刻に近い時間が必要となる。表から聞こえてくる喜びの歓声を励みにして、俺はその仕事に取り組むことになった。


「よし、ユーミたちの分を除いても、残りは16食ぐらいだから、そろそろ俺たちの順番じゃないかな?」


「はい。おそらく、もう全員にひと皿ずつは行き渡っているかと思います。さきほど、ドーラとダン=ルティムがふた皿目を口にしていましたので」


「了解。こっちの残りは10人だから――もう次ぐらいから、何人かずつ食べ始めてよ」


 すると、ずっと盛り付けに励んでいたレイ=マトゥアが、マルフィラ=ナハムににっこりと笑いかけた。


「それじゃあ、ミダ=ルウたちにふた皿目をお届けしつつ、わたしたちもそちらでいただきましょう。ミダ=ルウはあのように大きな身体をしているのですから、きっとひと皿では足りないでしょうしね!」


「え? ミ、ミ、ミダ=ルウですか? で、でも今日は、かつての家族たちと語らっているでしょうから、あまりお邪魔はしないほうが……」


「でも、せっかくミダ=ルウが町に下りているのに、マルフィラ=ナハムはほとんど言葉を交わしていないのでしょう? おたがいに町を巡るときは、いつも血族がご一緒でしたものね」


 そう言って、レイ=マトゥアはいっそう明るく微笑んだ。


「ミダ=ルウだって、きっとマルフィラ=ナハムと語らいたいと思っているはずです。それに、わたし自身もディガやドッドという方々とは語らったことがないので、絆を深めたく思っていたのです」


「そ、そ、そうですか……」


 そうしてマルフィラ=ナハムはあたふたと視線を泳がせつつ、レイ=マトゥアに背中を押される格好で、表に出ていくことになった。


 麺の残りは10食であったので、半分ずつ仕上げることにする。

 次の5食分は、マイムとリッドの女衆に託されることになった。


「わたしは、家長の分だけふた皿目をいただきますね。残りの3皿は、マイムがどうぞ」


「ありがとうございます! それじゃあ、お先に失礼しますね!」


 ということで、最後の5名は俺とアイ=ファ、ユン=スドラとライエルファム=スドラ、そしてレイナ=ルウということになった。


「みなさん、お疲れ様でした。せっかくだから、俺たちも外でいただきましょうか」


 俺たち5名はそれぞれの『ギバ骨ラーメン』を携えて、喧噪の坩堝たる外界へと舞い戻った。

 誰もが楽しそうに、酒杯を酌み交わしている。どちらに足を向けるべきか考えあぐねていると、ライエルファム=スドラが率先して人混みをすり抜けていった。それを追いかけると、やがて行く手に慕わしき人々の姿が見えてくる。


「あらぁ、レイナたちは、これから食べるのねぇ……最後までお疲れ様ぁ……」


 それは、リリン家の人々と《銀の壺》の面々が輪を作っている一画であった。

 なおかつそのすぐ近くでは、バラン家の人々やアルダスたちも腰を据えている。俺たちの姿に気づくと、バラン家の長男が「よお」と酒杯を振りかざした。


「ギバのらーめん、美味かったよ! 屋台の料理で、俺はこいつが一番かもしれねえな!」


「ありがとうございます。これは屋台でも夜にしか出せない特別献立なので、みなさんに食べていただくことができてよかったです」


 人々が腰をずらして席を空けてくれたので、俺たちはその輪に加わらせていただくことにした。

 俺はもちろん、ヴィナ・ルウ=リリンのそばに陣取ることができて、レイナ=ルウも嬉しそうな面持ちである。あえてこの場所を探してくれたライエルファム=スドラには、感謝するばかりであった。


「みなさんも楽しまれているようで何よりです」


『ギバ骨ラーメン』をすする間にそのように告げてみせると、アルダスが「ふふん」と鼻を鳴らした。


「俺たちが東の連中と並んで座ってるのが、不思議そうだな。俺たちは、ただリリン家のお人らと語らいたかっただけだよ」


「そうそう! その場にたまたま東の連中が居座ってただけさ」


 バラン家の長男も、陽気な笑顔でそのように同意した。『暁の日』にはうろんげな目つきでラダジッドたちを見やっていたものだが、ずいぶん気安い態度である。


「俺たちも、東と南の民と等しく絆を深めることができて、嬉しく思っている。これも、シュミラルが繋いでくれた縁だな」


 ギラン=リリンは笑い皺を深めながら、そのように述べていた。

 そのかたわらではウル・レイ=リリンが静かに微笑んでおり、5歳の長兄はうつらうつらと船を漕いでいる。もう日没から二刻以上は経っているのだから、幼子はとっくに眠っている刻限であるのだった。


「日が出る前には起こすと言っているのに、この場を離れたくないと言い張るのです。まあ、それも時間の問題なのでしょうけれどね」


 俺の視線に気づいて、ウル・レイ=リリンはそのように説明してくれた。この場にはターラやリミ=ルウやもっと幼い幼子もやってくると伝えていたので、リリン家でも長兄を連れてくることに相成ったのだ。


「やっぱり幼子は可愛いよねー! 元気にはしゃいでる姿も可愛かったけど、居眠りしてる顔もたまらないなあ」


 バラン家の末妹が、満面の笑みで幼子の寝顔を覗き込んでいる。そのように語る彼女こそ、無邪気で愛くるしい笑顔であった。


「ところで、アスタはこいつらの旅程について、もう聞いてるのか?」


 と、アルダスがまた俺に呼びかけてくる。

「こいつら」とは、もちろん《銀の壺》のことであろう。


「はい。銀の月を少し過ぎたら、半年をかけてあちこちの領土を巡るのですよね。それがどうかしましたか?」


「どうかしましたかって、そうしたら俺たちはまたこいつらとジェノスで出くわすことになるんだぞ? 半年っていったら、ちょうど青の月なんだからな」


 俺はびっくりして、脳内のカレンダーをめくってみた。

 本年は閏月が存在しないので、銀、茶、赤、朱、黄、緑、青と月は巡り――銀の月の半ばに出立するなら、青の月の半ばにジェノスへと戻ってくる計算となった。


「ああ、本当ですね。これは、まったく考えていませんでした」


「まあ、俺たちは青の月いっぱいで帰るだろうから、滞在が重なるのはそんなに長くもないだろうがね。それにしても、おかしな巡りあわせだよなあ」


 アルダスは、皮肉っぽい目つきでラダジッドを見やった。

 ラダジッドは無表情のまま、「はい」とうなずく。


「奇妙な縁、思います。南方神、東方神、思し召しでしょうか」


「おいおい。神々だって俺たちが敵対してることは承知の上なんだから、そんな縁を紡ごうとする理由はないだろうがよ」


「はい。ですが、神々、争っているわけではないので、避ける理由もまた、ないように思います」


「ふん。つくづく賢しげなことを抜かす連中だ」


 そのように言いたてたのは、仏頂面で果実酒をあおっていたバランのおやっさんであった。

 すると、シュミラル=リリンがそちらに穏やかな笑みを向ける。


「ですが、運命の妙、嬉しく思います。半年の後、ジェノス、戻る喜び、ひとつ増えました」


 西方神に神を移したシュミラル=リリンは、屈託なく心情を述べることが可能であるのだ。おやっさんは無言で肩をすくめ、アルダスはにやりと笑う。


「俺たちと再会する喜びなんて、家族と再会する喜びに比べたら、豆粒みたいなもんだろうさ。婚儀をあげたばかりの伴侶を残して半年も故郷を離れるなんて、本当に罪作りな人間だよ」


「いいのよぉ……わたしは覚悟を固めた上で、この人と添い遂げる道を選んだのだから……」


 ヴィナ・ルウ=リリンは目を細めて微笑みながら、愛する伴侶の姿を見つめた。

 シュミラル=リリンも同じ表情で、愛する伴侶の姿を見つめ返す。

 その姿に、バラン家の末妹は「あーあ」と溜め息をもらした。


「そんなに大事に思える相手と巡りあえて、あんたたちは幸せだねー。なんか、羨むのも馬鹿らしくなっちゃうよ」


「ふふ……あなたはまだ、そんなに若いじゃない……きっとこれから、驚くような出会いが待っているのじゃないかしらね……」


「どうだかねー。神を移してでも婚儀を望むようなお人は現れないと思うなー」


 彼女たちがこのように親しく語らうのも、きわめて新鮮な心地であった。

 わずか10日ていどの期間で、さまざまな絆が深められることになったのだ。おやっさんたちのご家族などは、もう数日でジェノスを発つことになり、その後はいつ再会できるかもわからないような状態であったが、しかし俺はこの奇跡のような時間を祝福したい気持ちであった。

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[一言] 感想欄で「話が進まない」って言ってた人、今回の話を見てもそう思うのかな? 結構話進んでると思うんだけどね
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