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異世界料理道  作者: EDA
第四十八章 太陽神の復活祭、再び(下)
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紫の月の二十九日⑧~交流の輪~

2019.12/30 更新分 1/1

「さて……」と、ジザ=ルウが俺とアイ=ファに向きなおってきた。


「思わぬところで時間を食ってしまったが、さきほどダリ=サウティが通りかかってな。フェルメスらは、いまだ同じ場所から動けぬ様子であるらしい。ここで1度、こちらから挨拶を述べておくべきではないだろうか?」


「そうですね。……っと、アイ=ファはどう思う?」


「うむ。我々はフェルメスに招かれた身であるのだから、ただ待っているだけでは礼を失することになろうな」


 アイ=ファが厳しい面持ちで答えると、チム=スドラが「では」と声をあげた。


「俺もメルフリードという貴族に挨拶をするべきであろうか? 俺を招いたのは、その貴族であるはずだからな」


「では、俺が同行するので、ファとスドラの4名であちらに向かうがいい。ルド、しばらくレイナを頼んだぞ」


「了解。ヴィナ姉たちと、適当に料理を食ってるよ」


 というわけで、俺たちはジザ=ルウを含めた5名で広間の奥深くに突入することにした。

 メルフリードやフェルメスたちは、西方神の神像の足もとで、次々に訪れる人々と挨拶を交わしているのだ。これだけ参席者が多いと、挨拶をするだけでひと苦労なのだろう。


 その先客たちをかきわけるにはいかないので、俺たちは人垣の外周に並ぶことにする。

 すると、「アスタ! アイ=ファ!」と元気に呼びかけてくる者があった。青いドレスに身を纏った、ディアルである。


「やあ、ディアル。ようやく顔をあわせることができたね」


「ほんとだよー。これ、ジェノス中の貴族が集まってるんじゃないのかなあ」


 髪留めをつけた女の子らしい姿で、ディアルはにこりと微笑んだ。

 その後ろから、本日の主役のひとりである南の民ムラトスが、ぬっと顔を出す。


「ああ、友人というのは、こやつらのことだったか。しばらく姿を見なかったな」


「ああ、どうも。そういえば、あなたはディアルと同じ町のお生まれであったのですね」


 それは、勲章の授与式で初めて知った情報であった。レース中は、「ゼランドの民」と呼ばれることもなかったのだ。


「うん、僕もびっくりしちゃったよ! 大会に勝ち抜いた南の民が、まさか同郷だとはさ! ……まあ、おたがい故郷を離れちゃった身だけどね」


「うむ。俺などは西と南を行ったり来たりで、故郷を離れている時間のほうが長いぐらいだからな」


 ずっと仏頂面であったムラトスも、酒の効果か陽気な顔をしていた。

 そんなふたりの背後で、従者のラービスはひっそりと立ち尽くしている。彼も本日は武官の礼装めいた格好であり、なかなかの凛々しさであった。


「アスタたちは、何やってんの? 貴族に挨拶回りかな?」


「うん。ずっと料理を楽しんでたんだけど、あちらはなかなか動けないみたいだからさ。とりあえず、挨拶だけでもさせてもらおうかと思って」


「そっかそっか。あいつとは、もう出くわしたの?」


「うん? あいつって?」


「あいつって言ったら、あいつだよ。手がかりはねー、星占い!」


 それだけのヒントをもらえれば、答えに困ることはなかった。


「へえ、アリシュナも招待されてたのか。まだ姿は見ていないよ」


「招待っていうか、あいつはこういう場で占いの余興をするのが仕事なんでしょ? 今日は他にも旅芸人が呼ばれてるみたいだけどねー」


 ことさら素っ気ない顔をしているディアルであるが、わざわざ話題に持ち出すということは、彼女にとってもアリシュナというのは看過できぬ存在であるのだろう。ジェノスの城下町に逗留している異国の民という、彼女たちは同じ境遇に身を置いているのだった。


「それじゃあ、あとで挨拶をさせてもらうよ。アリシュナはどのあたりにいるんだろう?」


「あっちの端っこで、仕事に励んでるよ。ほら、貴婦人がたが寄り集まってるでしょ? 貴婦人って、ほんと占いとか好きだよねー」


 そんな言葉を交わしている間に、人垣はじわじわと薄くなっていた。

 それに気づいたディアルが「じゃあね!」と手を振る。


「僕たちは、これからリフレイアのところだから! あとでゆっくり語らおうよ!」


「うん、もちろん。リフレイアにもよろしくね」


 そうしてしばらくすると、ようやく俺たちの順番が巡ってきた。

 左右にジェムドとオーグを控えさせたフェルメスが、酒杯を片手に「ああ」と口をほころばせる。


「アスタにアイ=ファ、それにジザ=ルウも……わざわざ挨拶に出向いてくれたのですか?」


「うむ。挨拶もせずに済ませることは許されまい」


 厳しく引き締まった面持ちで、アイ=ファは目礼をした。


「あれからずいぶんな時間が経っているのに、そちらはまだ動けぬ身であったのだな。宴料理も口にしておらぬのだろうか?」


「いえ。小姓がいくつか料理を運んでくれました。僕などは肉を食することができないので、ずいぶんな手間をかけさせてしまっていることでしょう」


 まずは、穏便な始まりである。

 ジザ=ルウは無言のままであったので、俺はオーグに一礼してみせた。


「おひさしぶりです、オーグ。ご壮健なようで何よりです」


「ええ。森辺の民にまつわる案件は、のきなみフェルメス殿が受け持っていらっしゃいますからな」


 オーグは光の強い目で俺をねめつけてきた。


「帳簿のほうは、如何でありましょうかな? 問題なく進められていれば幸いなのですが」


「はい。復活祭の間は変動が大きいので多少苦労していますが、問題なく進められています。年明けには半月分の帳簿を提出しますので、ご確認のほどよろしくお願いいたします」


「それが、わたくしの仕事ですからな」


 オーグもまた、アイ=ファに劣らぬ厳しい面持ちであった。

 しかし、この人物から悪意や敵意を感じたことはない。もともと厳格な気性であり、仕事の遂行に重きを置いているのだろう。彼が提案した屋台の商売の税収についても、俺は心から納得をしていた。


「オーグ殿の勤勉さには頭が下がります。今日はまだ、酒すら口にしていないのではないですか?」


 フェルメスが、するりと会話に忍び込んでくる。

 オーグは厳しい面持ちのまま、そちらをちらりと見やった。


「酒は、頭を鈍らせますからな。外交官としての仕事を果たすまでは、控えたく思っております」


「その仕事が果てる頃には、祝宴が終わりを迎えてしまいそうですね」


 くすくすと笑ってから、フェルメスは俺を見つめてきた。

 茶色と緑色の入り混じったヘーゼル・アイが、とても満足そうにきらきらと光っている。


「ともあれ、今日はこちらの招待に応じていただき、心から嬉しく思っています。祝宴は楽しめていますでしょうか?」


「はい。ダイアの宴料理を口にする機会を与えていただき、感謝しています」


「そのように言ってもらえると、ほっとします。しばらくしたらこちらも落ち着くかと思いますので、またのちほどゆっくり語らせていただけますか?」


「ええ。そのときをお待ちしています」


 俺たちの後にはまだ挨拶回りの人々が控えていたので、その場はそれで終わらせることにした。

 そのまま横移動して、次のお相手はメルフリードだ。2名の武官だけをかたわらに置いたメルフリードは、冷徹なる無表情で俺たちを出迎えてくれた。


「メルフリード。この両名がスドラの家人、チム=スドラとイーア・フォウ=スドラだ」


 ジザ=ルウがそのように紹介すると、メルフリードは灰色の目をすっと細めた。


「今日はこのような場までご足労いただき、感謝している。どうしても、直接感謝の言葉を伝えたかったのだ」


「いや……俺の伴侶も城下町に招かれたことを喜んでいるようなので、こちらもありがたく思っている」


 チム=スドラは、いくぶん張り詰めた面持ちでそのように応じた。

 そのかたわらで、イーア・フォウ=スドラは穏やかに微笑んでいる。


「領主は、いまだ臥せっているのだと聞いている。容態は思わしくないのであろうか?」


「生命に関わるような傷ではない。しかし、年が明けるまで満足に動くことはかなわないだろう」


 普段以上に鋭い声音で、メルフリードはそう言った。

 灰色の瞳も、月光というよりは白刃のような輝きを帯びている。メルフリードのこのような目つきを見るのは、俺がサイクレウスと最後の面会を果たした夜――ベヘットの宿場町に《黒き死の風》なる盗賊団が潜んでいると聞かされたとき以来かもしれなかった。


「これが復活祭の時期でさえなければ、どうということはなかっただろう。しかし我が父マルスタインは、『中天の日』から復活祭を終えるまで、あらゆる公務に携わることがかなわなくなってしまった。今日のような祝宴においても、その姿を見せることがかなわないのだから、ジェノスの貴族および城下町の貴賓たちのすべてに、それだけの深手であったということが知れ渡ってしまうのだ」


「ふむ……?」


「領主にそれほどの深手を負わせた無法者を逃したとあっては、ジェノスの誇りが著しく損なわれることとなろう。そして、交易に励む者たちにも、ジェノスは危険な土地であるという印象を与えることになる。貴公、チム=スドラは、ジェノスがそれだけの不名誉と不利益を被ることを未然に防いだのだと理解してもらいたい」


 チム=スドラは考え深げな面持ちになりながら、「そうか」とつぶやいた。


「そちらの使者から届けられた褒賞はあまりに尋常ならぬ額であったので、受け取るべきではないのではないかという話も為されていた。しかし我々は、受け取るべきであるようだな」


「無論だ。それは正当なる褒賞であるのだから、こちらも返却に応じることはできん」


「了承した。では、あの銀貨でトトスや荷車でも買わせていただこうと思う」


 そうしてチム=スドラは、はにかむように微笑んだ。


「使者にも告げた通り、俺があの無法者を捕らえることになったのは、たまたまの偶然であったのだ。あちらが勝手に襲いかかってきたところを、返り討ちにしただけのことなのだからな」


「うむ。しかし――」


「うむ。それも西方神と森の導きであったのだと考えることにしよう。何にせよ、俺とてジェノスの領民に他ならないのだろうから、故郷のために力を使えたことを喜ばしく思う」


 メルフリードは重々しくうなずいてから、自分の胸もとに手をやって、さらに一礼した。


「ジェノスの領主の代理人として、また、マルスタインの息子として、あらためて感謝の言葉を伝えさせてもらおう。森辺の狩人チム=スドラよ、今後もジェノスの繁栄と安息のために、ともに力を尽くしてもらいたい」


「了承した。領主の子たるメルフリードにそれだけの言葉をもらえたことを、誇らしく思う」


 メルフリードは手を下ろすと、灰色の眼光を少しだけやわらげた。


「わたしの伴侶と娘も、チム=スドラに感謝の言葉を伝えたいと言っていた。手間をかけさせるが、顔をあわせる機会があればよろしく願いたい。いまはゲオル=ザザたちと広間を巡っているはずだ」


「それも了承した。では、また」


 俺たちは、背後の人々に押し出されるようにして、その場から離脱することになった。

 広間の中央に戻りながら、チム=スドラはふっと息をつく。


「メルフリードとは、あれほどの器量を持つ貴族であったのだな。まともに言葉を交わしたのは初めてだろうと思うが、森辺の狩人ならぬ人間にあれほどの重みを感じたのは初めてのことだ」


「うむ。領主たる父親が倒れたことで、その身の力を余すところなく振り絞っているのであろう」


 そのように答えたアイ=ファは、無言のジザ=ルウに視線を向けた。


「私は、ジザ=ルウのことを思い出していた。森の主との戦いでドンダ=ルウが臥せったとき、ジザ=ルウもああしてただならぬ力を見せていたように思う」


「そうか。平時に力を出せぬようでは、まだまだ未熟ということだな」


 そんな風に言ってから、ジザ=ルウは糸のように細い目をさらに細めた。


「しかし、メルフリードのことを未熟だとは思わない。次代の領主がメルフリードであることを、俺は頼もしく思う」


 アイ=ファとチム=スドラは、ただ「うむ」とうなずくばかりであった。

 だけどきっとその心中は、俺と同様であっただろう。その言葉は、まるまるジザ=ルウにもあてはまるはずであった。


(ジェノスも森辺も、行く末は安泰だな)


 そんな風に思えるのは、幸福の至りであった。

 そうして祝宴の場に舞い戻ってみると、また新たなる一団がこちらに近づいてきた。ゲオル=ザザにトゥール=ディン、エウリフィアにオディフィアという顔ぶれである。


「おお、ジザ=ルウではないか。ようやく外交官との挨拶を終えたのか?」


「うむ。そちらはダリ=サウティと一緒ではなかったのか? 次はあちらがアスタたちと同行する手はずになっていたのだが」


「ああ。あやつは別の貴族らと語らっているぞ。外交官が動いたときには間違いなく参じるので、ジザ=ルウは好きにしていいという話だったな」


「そうか」と、ジザ=ルウは俺たちに向きなおってきた。


「では、俺はレイナたちのもとに戻ろうと思うが、そちらはどうだ?」


「そうですね。ルド=ルウやレイナ=ルウもヴィナ・ルウ=リリンと一緒に過ごしたいでしょうから、しばらく遠慮しようかと思います。……と、俺は思うんだけど、アイ=ファはどうだろう?」


「それでかまわん。ジザ=ルウの尽力には、心から感謝する」


 ジザ=ルウはいつでも笑顔のように見える顔でひとつうなずくと、人混みの向こうに立ち去っていった。

 その後ろ姿を見送りつつ、エウリフィアはくすくすと笑う。


「まるで外交官は、いつ弾けるかもわからないロヒョイの実のような扱いね。まあ、気持ちはわからないでもないけれど」


「ほう。エウリフィアにも、こやつらの気苦労が理解できるのか?」


 ゲオル=ザザの問いかけに、エウリフィアは「そうね」とたおやかに首を傾げた。


「あの御方はアスタや森辺の民のことを語らうとき、目に見えて表情が変わるもの。特にアスタのことを語らうときなんて、恋に浮かれる娘のようよね」


 アイ=ファは溜め息をこらえているような面持ちで、「そうか」と応じた。


「そういった好意を喜ばしく感じられるように、正しく絆を深めさせてもらいたく思う。……ところで、この両名がチム=スドラとイーア・フォウ=スドラであるのだが」


「まあ、あなたたちが? ずっとあなたたちのことを探していたのよ」


 エウリフィアは表情をあらためて、トゥール=ディンのそばにいたオディフィアを招き寄せた。


「わたくしの義父にしてオディフィアの祖父たるマルスタインのために尽力していただき、心より感謝しているわ。おおっぴらにしてはいけないという話がなかったら、あなたを主賓にして感謝を捧げる祝宴を開きたかったところなのだけれど」


「このように立派な祝宴に招かれただけで、十分であるように思う。また、ジェノスのために力を尽くせたことを、喜ばしく思っている」


 すると、オディフィアが半歩進み出て、チム=スドラの顔をじっと見上げた。父親譲りの灰色の瞳には、何やらさまざまな感情が渦巻いているようである。


「オディフィアのだいじなおじいさまのために、どうもありがとう。オディフィアも、とてもかんしゃしています」


「うむ。俺は領主と言葉を交わしたこともない身であるが、あのメルフリードの父親であるならば、強き力を持っていることだろう。このような苦難は退けて、すぐに元気な姿を見せてくれるはずだ」


 と、チム=スドラは絨毯に片方の膝をつき、オディフィアと目線の高さを合わせてから、そのように答えた。

 しかし、オディフィアの瞳にぷくりと涙が盛り上がってしまったので、ぎょっとしたように身をのけぞらせる。


「ど、どうしたのであろうか? 俺は何か、言葉を間違ってしまったか?」


「違うのよ。もう何日も当主様と言葉を交わすことができていないから、オディフィアはすっかり寂しがってしまっているだけなの」


 エウリフィアが愛娘の肩をそっと押すと、オディフィアはドレスの裾をひるがえして、トゥール=ディンに抱きついた。

 トゥール=ディンは慈愛の表情で、その小さな身体を受け止める。チム=スドラはほっと息をついて、身を起こした。


「家人がそれほどの深手を負えば、悲しみに暮れるのも当然だ。幼子であれば、なおさらにな」


「ええ。森辺の民も、血族との絆を何より重んじているという話ですものね」


 エウリフィアはゆったりと微笑みながら、チム=スドラとイーア・フォウ=スドラの姿を見比べた。


「よければ、しばらくご一緒させてもらえないかしら? あなたがたとは、じっくり語らっておきたかったの」


「うむ。俺たちはかまわんが……アスタたちは、どうであろうか?」


「うん。俺たちは――」


 そのとき、「よろしいでしょうか?」という低い声が背後から響きわたった。

 振り返ると、ラービスが石像のように立ちはだかっている。


「ようやくリフレイア姫も身動きが取れるようになったので、ファの家のおふたかたもご一緒できないかと、ディアル様がそのように仰っています」


 なんというか、あちこちから引く手あまたという状態であった。

 しかしもちろん、それは喜ぶべき事態であるのだろう。城下町でも、これだけ森辺の民との交流を欲してくれる人々が存在するということであるのだ。


「では、我々がそちらにおもむくか。ゲオル=ザザらがともにあれば、チム=スドラたちも不安はあるまい?」


 アイ=ファがそのように決定し、俺たちはディアルたちのもとに向かうことになった。

 ディアルたちは、とある卓のそばで陣取っていた。入賞者であるムラトスの他に、リフレイア、トルスト、ムスルと、トゥラン伯爵家の面々が勢ぞろいしている。俺たちの接近に気づくと、ディアルは花が開くように微笑んだ。


「呼びつけちゃってごめんね! ちょうどいま、バランたちの話をしてたところだからさ!」


「へえ、おやっさんたちのことを?」


「うん! ほら、トゥランの家の建てなおしについてもさ。今日までなかなかリフレイアに会えなかったから、いま教えてあげたんだー」


 にこにこと笑うディアルのかたわらで、リフレイアは優雅に一礼した。


「おひさしぶりね、アイ=ファにアスタ。お元気なようで、何よりだわ」


「ええ、そちらも。トルストにムスルも、おひさしぶりです」


 くたびれたパグ犬のような顔をしたトルストと、髭を生やして貫禄のついたムスルも、それぞれ一礼してくれた。これは完全なる余談であるが、トルストにムスルにムラトスという名前は、なかなかに言い間違えを誘発されそうな組み合わせであった。


「復活祭の間に仕事を受け持ってくれた建築屋が森辺の民と懇意にしていただなんて、驚きだわ。べつだん、アスタたちがトゥランの仕事を紹介したわけではないのでしょう?」


「はい。もともとあの方々は、ジェノスで仕事を探す予定だったそうですよ。それで、懇意にしている宿屋のご主人ごしに、トゥランでの仕事を紹介されたわけですね」


「ふふーん。でも、そもそもバランたちがジェノスにやってきたのは、アスタたちに会うためだもんね! 家族総出で復活祭の時期に故郷を離れるだなんて、なかなかできることじゃないよ」


 ディアルの言葉に、リフレイアは「そう」とうなずいた。


「その建築屋は、とてもありがたい存在であったのよ。仕事そのものは数日限りのことだけれど、すべての補修と建てなおしの見積もりを出してくれたから、あとはそれに従って作業を進めればいいというわけね」


「そうですか。こちらとご縁のあるあの方々がトゥランのお役に立てたのなら、俺も誇らしい気持ちです」


 ここには不特定多数の目があったので、俺はリフレイアにも丁寧な言葉で応対させていただいた。リフレイアはいくぶん不服そうな目つきをしているように感じられなくもないが、まあこれは致し方のない処置であろう。


「ふん。お前さんがたが、トゥラン伯爵家の方々ともご縁を持っていたとはな。ますます、奇妙な縁といえよう」


 と、酒杯をあおっていたムラトスが、赤い顔でそのように言いたてた。

 それはどういう意味だろう、と俺がそちらに向きなおると、トルストが頬肉を震わせながら説明してくれた。


「こちらのムラトスという御方は食材の運び屋を生業とされておりますので、わたくしはかねてよりご縁を持っていたのです」


「ああ、そうか。いまでも食材の流通の半分ぐらいは、トゥラン伯爵家が担っておられるのですものね」


 ということは――かつては食材の流通を牛耳っていたサイクレウスとも、このムラトスは縁があった、ということなのだろうか。

 俺の心中を読み取ったかのように、今度はリフレイアが発言する。


「もちろんトルストが後見人となる前は、わたしの父様と取り引きをしていたということね。父様が失脚した際には、ムラトスも腰を抜かすほど驚いたそうよ」


「ああ……そうなのですね」


「うん。だから、ムラトスにも傀儡の劇を見るようにすすめていたところよ」


 そう言って、リフレイアは淡く微笑んだ。

 彼女が最近になって習得した、ちょっと大人びた微笑である。


「父様が失脚した後も、食材の取り引きはつつがなく行われているけれど……ジェノスの現状は正しく把握しておいたほうが、憂いなく商売に励めるでしょうからね」


「ええ。それにあの劇は、城下町の宿屋でもたいそう評判になっておりましたからな。もともと、興味は抱いておったのです」


 かしこまった口調で、ムラトスはそのように答えた。

 その言葉に、俺は「あれ?」と首を傾げる。


「ムラトスは、城下町に逗留されているのですか? 控えの間で、俺たちの屋台をたびたび訪れていると仰っていたように思うのですが……」


「お前さんのギバ料理はたいそうな評判であったから、昼の軽食はなるべく宿場町まで出向くようにしていたのだ。それでも、顔を覚えられぬていどの回数であったがな」


 陽気な顔をしていたムラトスが、たちまちむすっとしてしまう。

 俺は心を込めて、「本当に失礼いたしました」と頭を下げてみせる。


「でも、もう大丈夫です。お名前までうかがうことができたら、そうそう他の御方と見間違えることはありません。どうか今後も森辺の民の屋台をごひいきにしていただけたら幸いです」


「ふん! もしも俺の顔を見忘れたら、半分の銅貨で料理を買わせてもらうぞ」


 ムラトスがそのように言いたてたとき、遠からぬ場所から貴婦人たちの「きゃあっ!」という嬌声が聞こえてきた。

 いったい何事かと思ったが、べつだん変事が生じた様子はない。男性の高笑いも聞こえてきているので、ただ会話が盛り上がっているだけなのだろう。

 しかしアイ=ファはそちらのほうを透かし見ながら、溜め息をついていた。


「またあやつか。どうもあやつは、どのような場でも大騒ぎをせずにはおられぬ性分であるようだな」


「あやつって?」とディアルが問いかけると、アイ=ファはそちらに向きなおった。


「早駆けの力比べで入賞した、デヴィアスなる者だ。それに、ドーンなる者も行動をともにしているようだな」


「ほう。あの傭兵めも、そばにおるのか。そら、俺がさきほど話した男だ」


 ムラトスは、笑顔でディアルを振り返った。


「ちょうどいい。あやつを紹介してやろう。態度はでかいが、それに見合った器量を持つ男であるはずだぞ」


「うん。それじゃあ、お願いするよ」


 ディアルがそのように答えたので、アイ=ファはうろんげに眉をひそめた。


「あやつは傭兵というものを生業にしているそうだが、鉄具屋であるお前と何か関わりでもあるのか?」


「ううん。僕の生業は関係ないよ。ただ、そのお人はジャガルでも名の通ってる傭兵団の団長さんでね。せっかくだから、挨拶をさせてもらおうと思ったんだ」


「それじゃあわたしたちは、デヴィアスに挨拶をさせてもらおうかしら。まだきちんと祝福の言葉を届けていなかったのよ」


 リフレイアもそのように言い出したので、俺たちは列を為してその騒がしい一団のもとに向かうことにした。

 デヴィアスと傭兵ドーンは、壁際に寄り集まって楽しそうに語らっている。それを取り巻いているのは、いずれも年若き貴婦人と貴公子たちであるようだった。


「失礼するわ。入賞したおふたりに祝福の言葉をお伝えしたいのだけれど、いいかしら?」


 リフレイアが呼びかけると、貴婦人や貴公子たちはいくぶん表情をあらためて一礼した。

 ただ、デヴィアスとドーンはまだ豪快に笑っている。


「おお、リフレイア姫ではないか! わざわざ俺たちのために、足を運んでくださったのか?」


「ええ。今日はあなたがたが主役ですもの。本当に素晴らしい手綱さばきだったと思うわ」


 リフレイアはゆったりとした微笑を広げつつ、そのように言葉を返した。

 先代当主とその弟が大罪を働き、自分自身も人さらいの罪で禁固の刑に処されていたリフレイアである。貴族の世界における社交が許されて、まだそれほどの時間は経っていないはずであったが――少なくとも、その場に悪感情を抱く人間はいないように思えた。ただ、伯爵家の当主という身分にあるリフレイアに対して、相応の敬意を払っている様子だ。


「おお、そちらにおわすのはアイ=ファとアスタではないか! なかなか姿が見えんので、俺から逃げ隠れしているのではないかと心配していたところだぞ!」


 と、デヴィアスが目ざとく俺たちの姿を発見した。ずいぶん酒が入っているらしく、ライオンの上顎の下に見える四角い顔は、つやつやと赤くなっている。

 アイ=ファはあくまで謹厳なる面持ちで、「うむ」と応じた。


「べつだん、逃げ隠れしていたわけではない。そちらも息災なようだな」


「無論だとも! 今日は一段と、美しい姿であるな! ……ああ、いやいや、いまのは口がすべったのだ! 森辺の習わしを軽んじているわけではないので、どうか容赦してもらいたい!」


「……そのように大きな声を出さずとも、会話に不自由はあるまい。いま少し、気持ちを落ち着けてはどうだろうか?」


「ふむ!」と大きな鼻息で応じてから、デヴィアスはおもむろにまぶたを閉ざした。

 数秒後、ぱちりとまぶたを開いたデヴィアスは、芝居がかった仕草で一礼する。


「落ち着いた。どうやら楽しく語らっているところにアイ=ファの姿を見出して、いっそう浮かれてしまったようだ。アイ=ファがそのように美しい姿をしているので、なおさらにな」


「…………」


「ああ、また口がすべってしまったか。美しい女人を前にして賛辞を控えるというのは、なかなかに難しいものであるようだ」


 声のトーンは落ち着いても、デヴィアスの性根はもとからこうであったのだ。

 アイ=ファは早くも脱力気味の様子であり、周囲の貴婦人たちはくすくすと笑っている。その間に、ムラトスがディアルにドーンのことを紹介していた。


「はじめまして、『赤の牙』の団長ドーン。あなたの勇名は、ゼランドにまで鳴り響いていたよ」


「おお、そうか! 南の王国でもゼランドぐらい東寄りの領地であれば、俺たちを疎むこともないのであろうかな?」


「うん。西寄りの領地だと、ゼラド大公国と懇意にしている領主が多いからね。それと戦うあなたたちのことは、やっぱり歓迎しにくい気持ちになってしまうのかな」


「ゼラドとゼランドで名が似ているのに、難儀なことだ! 俺は仕事で剣を振るっているだけなのだから、ゼラドに恨みがあるわけではないのだがな!」


 ドーンもまた、その赤毛に負けないぐらい顔を赤くしている。しかしまた、彼の豪快の気性は南の民と相性がいいのかもしれなかった。


「デヴィアスとドーンは、もともと懇意にされていたのですか?」


 俺が尋ねると、酒杯の中身をひと口あおってから、デヴィアスは「そうだな」とうなずいた。


「ドーン殿とは、数年来のつきあいとなろう。まあ、闘技会の祝宴の他には、そうそう顔をあわせる機会もないのだが……2度ほど、『赤の牙』の力を借りる機会もあったのでな」


「護民兵団が、傭兵団に協力を要請した、ということですか?」


「うむ。ジェノスに害を為した盗賊団を討伐するために、ときおり遠征することもあるのでな。そういった際には、あちこちの土地に詳しい傭兵団が大きな力となるのだ」


 このデヴィアスとドーンが率いる部隊に追われては、盗賊団も生きた心地がしないのではないだろうか。剣の心得など皆無な俺にしてみても、このおふたりというのは尋常でない圧力を有しているように感じられるのだ。


「そういえば、ガーデルが宿場町にまでおもむいたそうだな」


 と、デヴィアスがいきなりそのように言いだした。


「ああ、はい。『暁の日』の夜に来てくださりました。それ以来、お見かけはしていないのですが」


「それはそうであろうよ。あやつはまた、熱を出して寝込んでしまっておるからな」


「え? 傷が悪化してしまったのですか?」


「うむ。あやつは神経が細いので、宿場町で一夜を明かしたことが負担となってしまったのだろう。まったくでかい図体をして、頼りないことだ」


 そんな風に言ってから、デヴィアスは生真面目な面持ちで俺とアイ=ファを見比べてきた。


「……とはいえ、あやつが功労者であることに変わりはないし、俺にとっては大事な部下だ。どうか、寛大な目で見守ってもらいたい」


「……寛大も何も、文句を言いたてているのはそちらだけではないか」


「頼りないというのは、文句ではないぞ。ただ、あやつは肉体の強さに心の強さがともなっていないので、それをずっと惜しく思っているのだ。アイ=ファの半分ほども強靭な心を有しておれば、小隊長を任せたいぐらいの器量なのだがなあ」


 デヴィアスはひとりで、うんうんとうなずいていた。

 しかし、ライオンのかぶりものなどを装着しているために、威厳などとはほど遠い姿である。


「……ところであなたたちは、星占いでもしていたのかな? すぐそこに陣取っているのは、シムの占星師ってやつだよね」


 と、横からディアルの声が聞こえてくる。

 ドーンは「うむ!」と力強く応じた。


「西の人間は星読みの力を軽んじることも多いが、俺はそうではないからな! ゲン担ぎというのも、なかなか馬鹿にはできぬものであるのだぞ!」


「ふうん。南の民である僕たちには、いっそう縁遠い存在だけれどね」


 そのように答えながら、ディアルが俺に目配せをしてきた。

 なるほど、ここはさきほどもディアルが教えてくれた場所から、遠からぬ位置であったのだ。俺たちのやりとりを興味深そうに聞いている貴婦人がたの向こう側に、アリシュナの姿が隠されているようだった。

 俺はディアルに表情で感謝の念を伝えてから、アイ=ファに向きなおる。


「なあ、いまのうちにアリシュナにも挨拶をさせてもらいたいんだけど、どうだろう?」


「かまわんぞ」と答えるアイ=ファは、いくぶんほっとしているように見えた。

 するとデヴィアスが、たちまち声をあげてくる。


「なに? もう行ってしまうのか? 俺はまだアイ=ファの美しい姿を目に焼きつけていないのだが」


「…………」


「ああ、またやってしまったか。表面上は落ち着かせても、なかなか頭の中身までは落ち着かぬようだ」


「そのように酒を浴び続けていれば、頭が落ち着くひまもあるまい」


 アイ=ファは俺をせかすようにして、足を踏み出した。

 貴婦人がたを迂回すると、ミニサイズの屋台めいたものが壁際に設置されている。屋根が前側に張り出しており、俺たちの腰の高さぐらいまで幕が垂れているのだ。その幕の内側にいた2名の貴婦人が、ちょうどこちらに出てくるところであった。


「えーと……お邪魔します、アリシュナ」


 俺とアイ=ファが屋根の下に潜り込むと、そこにアリシュナが座していた。

 台座の上には獣の頭骨と燭台が置かれており、アリシュナの細面が下側からぼんやりと照らされている。俺たちの姿を認めて、その切れ長の目がほんの少しだけ見開かれた。


「アスタ、アイ=ファ、おひさしぶりです。お目にかかれて、嬉しく思います」


「はい。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。ついさっき、アリシュナがいることをディアルに教えてもらったのです」


「そうですか。ディアル、心優しき娘です」


 とても静かな無表情で、アリシュナはそう言った。

 現在でも『ギバ・カレー』を販売する日はアリシュナに届けてもらっているのだが、本人と対面するのはずいぶんとひさびさであった。最後に会ったのがいつであるのか、とっさには思い出せないほどである。


「私、挨拶、出向きたかったのですが、星読み、願う者、絶えなかったので、動くこと、できませんでした。このまま、アスタたち、会えないまま、終わるのかと、悲嘆、暮れていたのです」


「お会いできてよかったです。相変わらず、アリシュナの星読みは好評であるようですね」


「はい。あくまで、余興ですが。私、力、不要となれば、ジェノス、居場所、なくなるので、喜ばしい、思っています」


 そうして俺たちの挨拶がひと区切りすると、アイ=ファが引き締まった面持ちで発言をした。


「以前はたびたび、外交官フェルメスがアスタについて問うてきたという話であったな。それは、いまでも変わらぬのだろうか?」


「頻度、下がった、思います。それでも、10日に1度、外交官、やってきますが」


「……そうか」


「はい。ですが、アスタの話、減った、思います。私、答えられること、少ないので、無益、思ったのでしょう。現在、シムや、星読みの歴史、問われること、多いです」


 フェルメスにしてみれば、アリシュナぐらい確かな力を持つ占星師というのは、それだけで興味を引かれる存在であるのだろう。

 その事実に関して、アリシュナはどのような感慨を抱いているのか、その無表情な顔からは汲み取ることも難しかった。


「アスタ、アイ=ファ――」


 と、何か言いかけたアリシュナが、思いなおしたように口をつぐんだ。

 アイ=ファはいぶかしそうに、アリシュナの姿を見据える。


「何だ? フェルメスに関して、何かあったのか?」


「いえ。外交官、無関係です。ただ、新たな星図、浮かんだので、つい、口走りかけました」


「……よくわからんな。何にせよ、我々に星読みの力というものは無用だ」


「はい。わきまえています。ただ、行く末でなく、来し方なので、問題、あるか否か、判じかねています。すでに起きた、出来事ならば、口にする、許されるでしょうか?」


「いっそうわからんな。しかし、すでに起きた出来事ならば、あえて口をつぐむ必要はないように思えるが」


「そうですか。では、問います」


 アリシュナは、夜の湖のように黒く澄みわたった瞳で、俺とアイ=ファの姿を見比べた。


「アイ=ファ、アスタの子、宿しましたか?」


 アイ=ファは狩人としての身体能力を如何なく発揮して、俺が止める間もなくアリシュナの胸もとをわしづかみにした。


「お、お、お前はいきなり何を口走っているのだ! そ、そのようなことがあるわけはなかろうが!」


「ア、アイ=ファ、ちょっと落ち着いて……ほら、そんなに締めあげたら、アリシュナがどうにかなっちゃうから」


 アイ=ファはぷるぷると肩を震わせながら、それでもアリシュナの胸もとから手を離してくれた。当然のように、そのお顔は真っ赤に染まっている。


「でも、どうしてアリシュナはそんな突拍子もないことを言い出したのです? これじゃあアイ=ファじゃなくったって心を乱してしまいますよ」


「はい。アイ=ファの星、寄り添う、小さな星、見えたのです。この星、新たな家人、増えたこと、表しています」


 俺は、はたと思い至った。


「それはもしかして、シムの黒猫をファの家で引き取った一件でしょうかね。まだ正式に家人と認めたわけではないのですが……」


「黒猫。……同じ家、暮らしていますか?」


「はい、いまのところは」


「では、それでしょう。家人、ならないならば、星、離れていきます。行く末、見通していないので、結果、わかりませんが」


 そうしてアリシュナは、俺たちに深々と頭を下げてきた。


「やはり、来し方についても、言葉、控えるべきでした。アスタ、アイ=ファ、心、乱してしまったのなら、深く、謝罪いたします」


「……お前は本当に、悪意があってさきほどのような言葉を口にしたのではなかろうな?」


「もちろんです。アイ=ファ、アスタの子、宿したなら、最大限、祝福、送るつもりでした」


 アイ=ファはもうひとたびアリシュナにつかみかかるか迷うように、持ち上げた拳をわなわなと震わせた。


「確かにこやつは、猫に似ているようだな! この取りすました顔などは、あやつにそっくりではないか!」


「そうですか。私、猫、未見ですので、似ているか、判断つきません」


 アイ=ファの繊細なる心がこれ以上の負担を抱え込まないうちに、俺は辞去させていただくことにした。


「そ、それじゃあいったん失礼しますね。また機会があったら、ゆっくり語らせてください」


「はい。楽しみ、しています」


 アイ=ファを引っ張って外に出てみると、見慣れぬ貴婦人がたが入れ替わりで幕をくぐった。確かにアリシュナの星読みは繁盛しているようだ。


「いやあ、思わぬ攻撃をくらっちゃったな。アイ=ファ、大丈夫か?」


「……お前はずいぶんと、涼しい顔をしているようだな」


「いやいや、アイ=ファがいきなり爆発したから、照れるヒマもなかっただけだよ。……なんか、いまさら恥ずかしくなってきちゃったけど」


 まだ赤い顔をしていたアイ=ファは、ちょっと強めに俺の足を蹴ってきた。

 そうしてみんなのもとに戻ってみると、ディアルが不思議そうに振り返ってくる。


「なんか大きな声が聞こえてきたけど、あれってアイ=ファの声だったの? あいつと喧嘩でもした?」


「……思わず声を荒らげてしまったが、諍いを起こしたわけではない」


「そっか。僕だって諍いを起こさないように気をつけてるんだから、アイ=ファたちも気をつけてよね」


「諍いを起こすつもりはないが――」


 と、そこでアイ=ファが鋭く目を光らせて、右手の方向に視線を突きつけた。

 俺が目で追うと、人垣の向こうからダリ=サウティの長身が近づいてくるのが見て取れる。なおかつダリ=サウティのかたわらには、伴侶のミル・フェイ=サウティばかりでなく、フェルメスおよびジェムドの姿もあった。


(ようやくフェルメスも、自由に動けるようになったのか)


 俺は心して、それらの人々と向かい合うことになった。

 フェルメスは、恋人との再会を喜ぶ乙女のように、可憐な微笑をたたえていた。

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