紫の月の二十九日⑥~宴料理~
2019.12/28 更新分 1/1
「やはり位の高い貴族たちは、こういう場ではしばらく動けぬのが通例であるようだな」
広間の奥まった場所に固まっている人々のほうを見やりながら、ダリ=サウティはそのように言った。
「フェルメスがアスタと語らおうとするのは、しばらく後のこととなろう。あちらの動きには俺が目を配っておくので、それまでは好きに宴料理を楽しむといい」
「ダリ=サウティの厚意には、重ねて礼の言葉を述べさせてもらいたい」
アイ=ファが引き締まった面持ちで応じると、ダリ=サウティは「かまうな」と鷹揚に微笑んだ。
「これはファの家のみの問題ではないと、何度も告げているであろうが? フェルメスがアスタと言葉を交わす場には、俺かジザ=ルウのどちらかが立ちあおうと考えている」
ジザ=ルウは、無言でうなずいた。
そのかたわらで、ゲオル=ザザは肩をすくめている。
「俺は役立たずだそうだから、好きにやらせてもらうぞ。まったく、気苦労の多いことだな」
「いや。森辺の民がフェルメスらと正しき絆を結ぶには、むしろゲオル=ザザの力が必要だと考えている。ただ、フェルメスとアスタの交流のさまを見届けるのは、俺やジザ=ルウのほうが相応であろうと思ってのことだ」
そんな風に言ってから、ダリ=サウティは角張った下顎を撫でさすった。
「本来であれば、ガズラン=ルティムこそがもっとも適しているように思うのだがな。本人は不相応だと言い張り、このたびも同行を求めてこなかったのだ」
それはきっと、前回の晩餐会を踏まえての行動であるのだろう。ガズラン=ルティムはフェルメスに対して、不遜とも思われかねない言葉をこぼすことになってしまったのだ。
(それでも、フェルメスが俺に悪い影響を及ぼすと考えていたなら、きっとガズラン=ルティムも同行を願い出てくれるだろう。ガズラン=ルティムがそうしなかったってことは……何があっても大丈夫、と踏んでいるんじゃないのかな)
それにガズラン=ルティムは、どちらかというとフェルメス自身のことを危ぶんでいるように感じられた。フェルメスに執着される俺のことではなく、俺に執着するフェルメスの行く末に危機感を覚えているような――そんな口ぶりであったのだ。
(他者の人生を傀儡の劇のように鑑賞することしかできない人生、か……やっぱり俺には、実感しにくい表現だな)
そんな思いを胸の片隅に抱えつつ、俺はチム=スドラを振り返った。
「チム=スドラも、しばらく呼ばれることはなさそうだね。それまで一緒に、宴料理を楽しもうよ」
「うむ。その言葉は嬉しく思うが、アスタはシュミラル=リリンと語らいたいのではないか?」
すると、シュミラル=リリン本人ではなく、その美しき伴侶が俺たちに微笑みかけてきた。
「だったら、6人で動けばいいんじゃない……? それぐらいの人数なら、べつだん不自由はないでしょう……?」
俺たちは、ありがたくその提案を受け入れることにした。
いっぽうルド=ルウたちのほうには、宿場町の領民ダンロが合流している。ルド=ルウやジザ=ルウも、宿場町での掏摸騒ぎの場には立ちあっていたので、彼とは見知った仲であったのだ。それに、俺たちがジェノス城に到着するまでの間、しっかり交流を深められているはずであった。
あとはダリ=サウティらとゲオル=ザザらが同じグループで行動することになり、組分けも完了である。
それらの人々としばしの別れの挨拶を交わしてから、俺たちは料理の置かれた卓を巡ることにした。
「うわあ、これはいったい、どういう料理であるのでしょう?」
最初の卓に到着するなり、イーア・フォウ=スドラが弾んだ声をあげた。
そこにはフワノの生地で具材をはさんだ軽食がずらりと並べられていたのだが、いずれも不可思議な色彩を有していたのだった。
生地に着色するというのは、かつてヤンも取り入れていたぐらいであるので、城下町においては珍しくもない手法であるのだろう。
しかし、その場に並べられた料理の色彩は、あまりにも風変わりであった。深い赤から淡いピンクに変化するグラデーションであったり、青や黄や緑が幾何学的に絡み合うマーブル模様であったり、白と紫のストライプであったりしたのだ。
(アメリカなんかでは、すごい原色のケーキだとか菓子だとかがあるみたいだけど……それともまた一線を画するみたいだな)
そしてあのダイアであれば、こういった仕掛けが見掛け倒しに終わることもないだろう。
スドラの両名は手に取ることをためらっている様子であったので、俺が率先して味見をさせていただくことにした。
すると、横から黒くてしなやかな指先がのばされてくる。シュミラル=リリンも、同時に手をのばしていたのだ。
「このような料理、初めて、見ました。興味、駆られます」
「はい。きっと期待を裏切られることはないと思いますよ」
俺はシュミラル=リリンとともに、その美しい料理を口にした。
俺が口にしたのは、マーブル模様の生地を使った料理だ。その色とりどりの生地が舌に触れただけで、ふわりと優しい味が広がった。
(色だけじゃなく、生地そのものにも味がつけられているのか)
俺が感じたのは、爽やかな酸味とミルクっぽい風味と若干の香ばしさであった。
それを心地好く感じながら生地をかじると、一転して力強い味が爆発する。内部に隠されていたのは、ミソやタラパで煮込まれていると思しき、肉と野菜の具材であったのだ。
肉は、カロンの肉であろう。ミリ単位の細さで切り分けられていたために、タレの味がしっかりとしみ込んでいる。ミソとタラパ、砂糖とホボイ――それに、いくつかの香草まで使われた、実に濃厚な味わいであった。
ただし、生地のほうもけっこう分厚く焼きあげられていたので、しっかりとした存在感を残している。
そして、噛めば噛むほどに、最初に感じた3種の風味が強まっていき、それが内側の具材と見事に調和していくのだった。
(この青い色はブルーベリーっぽい風味があるから、あのアマンサっていうマヒュドラの食材か。黄色はカロン乳をベースにしていて、緑色は……シリィ=ロウも使っていた、抹茶みたいな香草かな。香ばしいっていうよりも、渋味のほうが強まってきた。でも、それがまた具材の味と調和しているんだ)
城下町の複雑な味わいにも慣れてきた俺にとって、それは素直に美味と言い切れる味わいであった。
なおかつ、ダイアの持つ底知れない力量が、まざまざと感じられる。かつての茶会や晩餐会で味わわされた驚きや衝撃が、そのままの鮮烈さで蘇ったような心地であった。
「外見通り、不可思議です。しかし、美味、思います」
シュミラル=リリンも、そのように言っていた。
「ただ、森辺の民、口、合うでしょうか? 私、判断できません」
「そうですね。こればかりは、自分で判断してもらうしかないかもしれません」
「そうですか」と、イーア・フォウ=スドラが微笑んだ。
「では、わたしもひとついただこうかと思います。自分で味わわなければ、ユン=スドラたちに感想を伝えることもできませんので」
いくぶん心配そうな顔をしている伴侶のほうにも微笑みを振りまいてから、イーア・フォウ=スドラは料理のひとつを取り上げた。赤からピンクのグラデーションである生地だ。
「まあ、これは……ずいぶん香草の辛みが強いようですね」
「あ、そうなのかい? こっちの3色のやつは、そうでもなかったんだけどね」
「あ、でも……全部食べたら、落ち着きました」
その言葉に、チム=スドラは不思議そうな顔をした。
「全部食べたら落ち着いたとは、どういう意味だろうか? 普通は食べれば食べるほどに、辛さが増していくものであろう?」
「それはきっと、色が濃い部分と薄い部分で味が違っているんじゃないのかな」
俺はそのようにフォローしてみせたが、自分で味わわなければ確たることは言えなかった。
こちらの料理はふた口ぐらいで食べきれるサイズであるので、いくつかつまんでみても問題はないだろう。俺は、イーア・フォウ=スドラと同じグラデーションの料理を口に運ぶことにした。
予想は、的中していたようだ。赤い部分はトウガラシ系の辛みが強く、ピンクの部分に近づくにつれ、果実の甘さが強まっていく。何の果汁かを言い当てることは難しかったが、とりあえずベリー系のアロウとリンゴに似たラマムは使われているような気がした。
そして特筆するべきは、中の具材についてであろう。
それは俺が最初に食べたものと同じく、ミソやタラパなどで煮込まれた具材であったのだった。
(同じ具材を使っているのに、生地ごとでまったく異なる印象になっている。それが、この料理のポイントだったのか)
俺はしみじみと、ダイアの手腕を噛みしめることになった。
シュミラル=リリンもふたつ目の料理をつまみ、ヴィナ・ルウ=リリンもひとつだけ食したところで、その料理の味見は終了であった。アイ=ファとチム=スドラは、この不可思議な外見を敬遠した様子である。
そうして次の卓に移ると、どこかで見たような貴婦人がたが華やいだ声をあげていた。
アイ=ファはさりげなく、俺とシュミラル=リリンの背後に潜む。それと同時に、貴婦人のひとりがこちらを振り返った。
「まあ、アスタ様。シュミラル=リリン様とご一緒でしたのね」
「はい、おひさしぶりです。えーと……セランジュ姫、ですよね?」
「ええ。お見知りおきくださって光栄ですわ」
俺は内心で安堵の息をつくことになった。彼女はかつてシン=ルウに秋波を送っていた貴婦人の片割れであったのだが、もう片方のベスタとの見分けがつきにくいのだ。そのベスタは、何名かの貴婦人をはさんだ横合いで微笑んでいた。
「シュミラル=リリン様、このたびは優勝おめでとうございます。わたくしたちも、闘技場で観戦しておりましたのよ」
「最後にリーハイム様をお抜きになられたときなんて、はしたなく歓声をあげてしまいましたわ。本当は、リーハイム様を応援しておりましたのに」
シュミラル=リリンは悠揚迫らず、「ありがとうございます」と答えていた。
その姿に、ベスタが頬を赤らめる。
「シュミラル=リリン様は、東のお生まれなのですよね? そういった殿方が微笑まれると……こんなにも魅力的ですのね」
「あら、森辺においてはむやみに殿方の外見を褒めそやすのは禁忌ですのよ、ベスタ」
「そうですわ。ましてや、シュミラル=リリン様は伴侶がおありなのですから……」
と、セランジュがシュミラル=リリンの胸もとに飾られた赤い花から、かたわらのヴィナ・ルウ=リリンへと視線を移した。
「あなたも族長の方々と観戦されていましたわよね? もしかしたら……」
「ええ……シュミラル=リリンの伴侶で、ヴィナ・ルウ=リリンと申す者よぉ……」
とたんに、貴婦人がたがまた華やいだ。
「やっぱり、そうでしたのね。びっくりするぐらい麗しいお姿をされているから、ずっと目をひかれておりましたの」
「わたくしもですわ。それに、とても優雅でいらっしゃるし……どこかで貴婦人の作法をお学びになられたの?」
「まさか……まだ数えるぐらいしか、城下町には足を踏み入れていない身よぉ……」
「信じられませんわ。それでは、生まれながらの気品ですのね」
セランジュたちは、心から感服している様子であった。
ヴィナ・ルウ=リリンが貴婦人めいているというのは、ずいぶん意想外に思えたが――しかし確かに外見上は非の打ちどころのない美貌であるし、それに、これほどなよやかでありながら立ち居振る舞いが堂々としている部分や、血圧の低そうなゆったりとした口調などは、ある種の優雅さに通じるのかもしれなかった。
「シュミラル=リリン様も凛々しくていらっしゃるから、東の貴族であるかのようですわ」
「ええ、本当にお似合いのおふたりですわね。なんだか、羨ましくなってしまいます」
貴婦人がたは、どこかうっとりとした目でリリン家のおふたりを見やっていた。
それぞれの外見に魅了されたわけではなく、「幸福そうな夫妻」というものに心を奪われている様子である。その心境ならば、俺にも理解することは難しくなかった。
「あら、そちらにも森辺のお客人がいらっしゃったのですね」
と、セランジュが俺のかたわらにたたずむスドラ夫妻へと目を向けた。
両名が挨拶をすると、また別種の嬌声がたちのぼる。それは、初々しく年若き夫妻に向けられる憧憬やら何やらであるようだった。
「16歳で、もう婚儀をあげられたのね。なんだか、素敵だわ」
「でも、とてもお似合いですわ。ああ、わたくしにはいつ素敵な伴侶が現れてくれるのかしら」
チム=スドラはすっかり辟易している様子であったが、イーア・フォウ=スドラは持ち前の朗らかさで笑顔と挨拶を返している。これが初めての城下町とは思えないほど、イーア・フォウ=スドラは自然体であるように思えた。
「ああ、皆様はお食事のさなかでしたのよね。お邪魔をしてしまって申し訳ありませんでしたわ」
「こちらの料理も、美味でしたわよ。どうぞお楽しみになってね」
貴婦人がたは、花から花へと渡り歩く蝶々のように、別の卓へと移っていった。
その動きに合わせて身を隠していたアイ=ファは、シュミラル=リリンの周囲を一周して、俺のもとに戻ってくる。その姿を見て、チム=スドラは笑みをこぼした。
「さすがアイ=ファは、気配を殺すのが巧みだな。しかし、そうまでして貴族の娘らと語らいたくないのか?」
「……いまは先に晩餐を済ませたく思う。あの娘らは、話が長いのだ」
というわけで、俺たちは次なる料理に取りかかることになった。
この卓には、さまざまなオードブルが準備されていた。トレイのように平たい角皿に、色とりどりの料理がきらめいている。その絢爛さに、俺は感嘆することになった。
「すごいな。なんだか、この卓すべての料理でひとつの作品であるように感じないか?」
「作品?」と、アイ=ファはけげんそうに小首を傾げる。
「うん。なんというか、一番見栄えがいいように、皿の色合いや並べ方まで考え抜かれているような……そんな風に感じちゃうんだよな」
俺はそのように熱弁してみせたが、アイ=ファにはうまく伝わらなかったようだった。
すると、シュミラル=リリンが「なるほど」と微笑みかけてくる。
「確かに、絵画、織物、通ずる、美しさです。この色彩、紙や布、写したら、美術品、思えるかもしれません」
「そうそう、そんな感じです!」
すると、ヴィナ・ルウ=リリンがくすくすと笑いながら、アイ=ファの腕をちょんとつついた。
「またこのふたりは、自分たちにしかわからないような話をしているわよぉ……でも、アスタとシュミラルは森辺の外で生まれ育った身だから、ふたりにしかわからない考え方や感じ方というものがあるのでしょうねぇ……」
「そうだな」と、アイ=ファは口をへの字にする。
俺はアイ=ファに、シュミラル=リリンはヴィナ・ルウ=リリンに、それぞれ詫びることになった。
「ごめんごめん。とにもかくにも、食べてみなくちゃな。これだけ色々あったら、アイ=ファのお気に召す料理もあるんじゃないか?」
料理の数は、ざっと9種類である。紺碧の色合いをしたソースに身をひたすマロールや、ピンポン球ぐらいの大きさをした紅色の団子、黄色や緑色をした謎のスティック、薄紫色の丸い生地で何かの具材をはさんだ軽食などなど――どこから手をつけるべきか迷ってしまうような品ぞろえだ。
ちなみに城下町の祝宴では取り分けの皿を使わないのが通例であるので、手でつかめないものには金属の串が準備されている。それに、指を清めるためのフィンガーボールも卓のあちこちに準備されていた。
「……正体の知れぬものは、あまり口にする気になれんな」
そのようにつぶやいたアイ=ファは、鉄串でマロールの身を突き刺した。
アマエビに似たマロールであれば、ファの家でもたびたび出している。絵画で描かれる海のような色合いをしたソースをこぼさないように気をつけながら、アイ=ファはマロールの身を口に運んだ。
「どうだ? 美味しいか?」
「……不味いことはないが、奇妙な味だ」
その青いソースの色合いには俺も興味をひかれていたので、同じものを食べてみることにした。
この皿の下には保温の器材が隠されていたらしく、人肌よりも少しだけ温かい。その味わいは――甘みと酸味がきいていて、なおかつスパイシーな異国的な味わいであった。
ダイアの青色の料理には、アマンサを使うのが定番であるのだろう。ブルーベリーっぽい酸味と風味がベースとなり、そこにさまざまな調味料や香草が加えられているようだ。きわめて繊細で、かつ複雑でもありながら、どこか食べやすい。ダイアのイメージに合致する仕上がりだ。
それに、マロールの身もぷりぷりとして、実に心地好い食感である。紺碧のソースは深みがあって、雄大で――なんとなく、太陽の下にきらめく海面を連想させてやまなかった。
(マロールを使ってるから、テーマが海なのかな。ダイアの解説がなくても、想像するだけで面白いや)
俺はもう、片っ端からその卓の料理を食べていくことにした。
黄色や緑色のスティックは、固く焼きあげられたフワノであった。具材などは入っておらず、生地そのものにふんわりと味がつけられている。舌休めの料理なのかもしれないが、手抜きのない仕上がりだ。
紅色の団子は、肉饅頭であった。生地にはほのかな甘みがあり、粗めに刻まれた肉はぴりっと辛みがきいている。それに、やたらと果汁の風味が感じられた。肉饅頭であるのに、こんな果実もどこかに存在するのでは――と、奇妙な錯覚を抱かされてしまう。
薄紫色の生地にはさまれていた具材は、野菜のディップであった。ホウレンソウのごときナナールがベースとなっており、かなり青臭さが強調されているのに、食べにくいことはない。薄紫色の生地はパイのようにさくさくとしており、そこに練り込まれたホボイの風味が、たまらない香ばしさであった。
どれもこれも、しみいるような驚きと新鮮さに満ちた料理ばかりだ。
ある種の破壊力に満ちたヴァルカスの料理とは異なり、そういった感覚がじんわりと心に浸透していく。これこそが、ダイアの料理の真骨頂であった。
「なんだかどれも、不思議な料理ばかりですね。トゥール=ディンが夢に見てしまうというのも、無理はないのかもしれません」
イーア・フォウ=スドラは、そのように評していた。
アイ=ファやチム=スドラは、首を傾げながら料理を食している。これはなんと評するべきか、うまい言葉を見つけられないのだろう。俺自身、ダイアの料理を言葉で評するのはきわめて困難であるのだった。
「しかし、この卓にもギバ料理は準備されていなかったようだな。ルド=ルウではないが、ギバ料理が存在するならばそれを口にしたく思う」
アイ=ファの要望に従って、俺たちは次なる卓を目指すことにした。
そこに、馴染み深いおふたりが近づいてくる。ポルアースと、伴侶のメリムである。
「やあやあ、ようやく挨拶ができたね! 宴は楽しんでもらえているかな?」
「はい。おひさしぶりです、ポルアース。それに、メリムもお元気そうで何よりです」
初対面の人間も何人かあったので、俺が紹介役をつとめることにした。
それが完了したところで、ポルアースがシュミラル=リリンに笑いかける。
「シュミラル=リリン殿のおかげで、早駆けの大会も大いに盛り上がったよ! 特に最後の勝負などは、手に汗を握ってしまったねえ」
「はい、恐縮です」
「王都なんかで早駆けの大会を行うとき、東の民は参加しないのが習わしだという話だったけれど、それは道理なのだろうね。それではきっと、入賞者の枠が東の民で埋められてしまうのだろうからさ!」
そんな風に言ってから、ポルアースはふくよかな顔に大らかな笑みをたたえた。
「だけどシュミラル=リリン殿は、特別に鍛えてはいないトトスで出場したのだろう? それで1位の座を獲得するというのは、大したものだよ。本当に、最後は放たれた矢のごとき鋭さであったねえ」
「はい。力、尽くしました。敗北しても、後悔、ありませんが、勝利、かなったので、いっそう嬉しく思います」
シュミラル=リリンは《銀の壺》の関係者として、ポルアースとは面識を得ていたのだ。それに、山の民がらみで婚儀の祝宴にも招待した間柄であるので、すっかり打ち解けている様子であった。
「それに、アスタ殿をジェノス城の祝宴に招待できるというのも、大きな喜びだ。ヴァルカス殿と双璧を為すダイア殿の宴料理は、如何かな?」
「はい。どれも見事な仕上がりで、感服してしまいます。……そういえば、今日の祝宴でギバ料理は準備されているのでしょうか?」
「ギバ料理? さて、どうだったかな。僕もずっと挨拶回りの相手をしていたので、まだひとつふたつの料理しかつまんでいないんだよ」
すると、メリムが俺に微笑みかけてきた。
「あちらのほうで、これは見事なギバ料理だと感心されている方々をお見かけしました。よろしければ、ご案内いたしましょうか?」
「ありがとうございます。でも、ご迷惑ではないですか?」
「とんでもありません。ポルアースだって、ギバ料理は口にしておきたいでしょう?」
「うん、もちろん! それじゃあ、君が案内しておくれよ」
メリムを先頭に、俺たちは大広場を横断することになった。
その間に、スドラの夫妻がこっそり言葉を交わしている声が聞こえてくる。
「あのメリムという御方は、とても可愛らしいですね。最初はポルアースという御方の娘なのかと思ってしまいました」
「いくらなんでも、そこまで年齢は離れていないように思うぞ。それに、あのふたりはまったく似通っていないではないか」
「外見は似通っていなくとも、温かな空気は似ているように感じました。……わたしたちも、いずれ似通ってくるのでしょうか」
チム=スドラの返事は、聞こえてこなかった。
もしかしたら、返事はせずに照れ笑いでも浮かべていたのかもしれない。見る者を和やかにさせるという点に関しては、スドラの夫妻だって負けていないはずであった。
「こちらです。わたくしの聞き違いでないといいのですが……」
と、メリムがそのように言いたてたが、まだ卓の様子は見て取れなかった。その場にはたくさんの人々が詰めかけていたので、ちょっとした人垣ができてしまっていたのだ。
「ああ、アスタ。ギバ料理を食べにいらしたのですね」
人垣の中から、レイナ=ルウが登場した。
それに続いて、ジザ=ルウ、ルド=ルウ、ダンロが現れる。それを見て、ポルアースは「やあやあ」と声をあげた。
「ジザ=ルウ殿たちにも挨拶をさせてもらおうと思っていたんだ。ギバ料理を堪能していたのだね」
「うむ。……しかし、聞きしにまさる料理であったように思う」
「ほんとだよなー。ギバ肉どうこうは関係なく、なんだこりゃって感じだよ」
頭の後ろで手を組んだルド=ルウは、そのように言っていた。文句をつけているわけではないようだが、いささか呆れているような様子ではある。
そんな兄弟たちの姿をちらりと見やってから、レイナ=ルウはきりっとした面持ちで言葉を続けた。
「わたしも、心から驚かされました。でも……美味であったと思います」
「そっか。それなら、楽しみだ」
すると、俺たちの存在に気づいた人々が、気品のある微笑みとともに道を開けてくれた。どうやら彼らは順番待ちをしていたのではなく、ただ卓の上を観賞していただけであるようだった。
(それぐらい、見ごたえのある料理ってことか)
俺たちはお礼を言いながら、開かれた道を進んでいった。
ほどなくして、大きな卓に辿り着いたわけであるが――俺は一瞬で、ルウ家の人々の驚嘆に同調することになった。
「うむ? 料理などは、見当たらぬようだが」
俺の横から同じ光景を見たチム=スドラが、うろんげに声をあげる。
俺は曖昧な笑みを浮かべながら、「いや」と首を振ってみせた。
「これが全部、料理なんだよ。……たぶんね」
その卓には、色とりどりの花が咲き誇っていた。
赤や青や黄の花弁がきらめき、葉や茎の緑色がそれを鮮やかに引きたてている。庭園の花をそのまま卓の上に移したかのような様相だ。
ただ、手前の器に活けられた真紅の花には、見覚えがある。重厚なる牡丹であるかのようなそれは、ギバ肉で作られた料理であるはずだった。
だからきっと、この場に飾られた花のすべてが、料理であるのだ。
ただし、その中に本物の花がまぎれこんでいたとしても、なかなか見分けはつきそうになかった。