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異世界料理道  作者: EDA
第四十八章 太陽神の復活祭、再び(下)
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紫の月の二十九日④~祝賀の宴~

2019.12/26 更新分 1/1 ・12/27 誤字を修正

 そうしてトトスの早駆け大会を見届けたのちは、祝賀の宴である。

 闘技場のそばで楽しい語らいの時間を過ごした後、森辺の集落に戻った俺は、下ごしらえの仕事に少しばかり加わって、すぐに城下町へと向かうことになった。


 祝賀の宴は、下りの五の刻から開始されるという話であったのだ。ならば、移動と身支度に費やす時間を考えると、下りの四の刻には出発しなければならない計算になる。下ごしらえの監督はユン=スドラに託し、俺は再び荷車に乗り込んだ。


 こちらから城下町に向かうのは、俺とアイ=ファ、チム=スドラとイーア・フォウ=スドラ、そしてトゥール=ディンの5名である。他の人々は闘技場からジェノス城に直行しているので、ルウの集落に立ち寄る必要もない。

 荷台の中でもっともそわそわしているのは、やはりこれが初めての城下町となるイーア・フォウ=スドラであった。


「初めての城下町がジェノス城の祝宴なんて、すごい話だよね。でも、決してイーア・フォウ=スドラをひとりにしたりはしないから、何も心配はいらないよ」


 俺がそのように呼びかけると、イーア・フォウ=スドラは「ありがとうございます」と口をほころばせた。

 最近では、彼女に対しても気さくな言葉づかいを心がけている。チム=スドラとは気安く語らっているのに、その伴侶であるイーア・フォウ=スドラに丁寧な言葉づかいというのは不相応であろうという判断だ。なおかつ両名は、どちらも俺より2歳ほど年少であるのだった。


 イーア・フォウ=スドラは、とても物腰のやわらかい、穏やかな気性をした娘さんである。伴侶よりも5センチほど上背でまさっているが、これはチム=スドラが平均以上に小柄であるためだ。中肉中背で、褐色の髪はすっきりと短くしており、いつもふんわりと微笑んでいる。強烈な個性を有していたり、ひときわ顔立ちが整ったりしているわけではないものの、一緒にいるだけで和やかな気持ちの得られる、とても魅力的な人物であった。


「もちろん俺がいる限り、イーア・フォウを危険にさらしたりはしない。しかし、城下町では勝手のわからない部分が多いので、アスタたちの存在を頼りにしている」


 きゅっと引き締まった面持ちで、チム=スドラはそのように宣言した。

 そして、いくぶん気がかりそうに伴侶のほうを振り返る。


「イーア・フォウには、余計な苦労をかけさせてしまうな。しかし、貴族の申し出を断ることは難しいようであったので、なんとかこらえてほしい」


「まあ。わたしに気兼ねは不要だと、なんべんもお伝えしたでしょう? たいていの女衆は、城下町に出向けることを羨んでいるぐらいなのですよ。洗礼の儀式の際には、大聖堂という場所にしか足を踏み入れることができませんでしたからね」


 と、イーア・フォウ=スドラはやわらかい笑顔でそのように応じていた。


「城下町がどのような場所であるのか、わたしはとても楽しみにしています。そして、伴侶であるあなたがこれほどの手柄を立てたことを、心から誇らしく思っています」


「たまたま俺が立っていた場所に、無法者が逃げてきただけのことだからな。何も誇れるような話ではない」


 そんな風に答えながら、チム=スドラははにかむように微笑んでいた。

 若いせいか、恋人同士のように初々しく見えてしまう両名である。そんな彼らは、シュミラル=リリンやヴィナ・ルウ=リリン、ダルム=ルウやシーラ=ルウとはまた異なる意味で俺の心を温かくしてくれるのだった。


「それに、城下町の中でもジェノス城というのは、とりわけ特別な場所なのでしょう?」


 と、イーア・フォウ=スドラが俺に呼びかけてくる。

 これには「そうだね」と即答することができた。


「俺がジェノス城に招かれたのは、あの復活祭の直前が初めてのことだったんだよ。お城に併設された小宮ってやつにはたびたび招かれてたんだけど、やっぱり領主の家でもあるジェノス城というのは、特別な存在なんだろうね」


「あの、王都の外交官というものに招かれた晩餐のことですね。そこでトゥール=ディンたちは、驚くべき料理を口にすることになったのでしょう?」


 今度はトゥール=ディンが、「は、はい」とうなずいた。


「料理を出してくれたのは、ダイアという料理人で……本当に、すごい料理と菓子でした。いまでも、夢に見てしまうほどです」


「夢にですか。それはすごいですね」


 イーア・フォウ=スドラは、あくまで温和に微笑んでいる。彼女は、家人に美味なる料理を喜んでもらえればそれで満足であるという、森辺においてはごく平均的な感性の持ち主であった。

 屋台の商売に参加していると、そこに新たな気持ちや考えが重ねられたりもするのだが、フォウの血族には下ごしらえの仕事を中心に手伝ってもらっているので、ユン=スドラの他にその役割を担う人間はいなかった。また、『中天の日』には『ギバの丸焼き』の仕事を手伝ってもらうことになったが、イーア・フォウ=スドラはそこにも含まれていなかったのだ。


(初めて口にする城下町の料理がダイアの料理っていうのも、すごい話だよな。いったい、どういう感想になるんだろう)


 そんなことを考えている間に、荷車は城下町の城門に到着した。

 案内役の衛兵がすでに待機してくれていたので、手続きはそちらにおまかせして、ギルルと荷車を預かってもらう。箱型の立派なトトス車に乗り換えて、いざジェノス城に出陣だ。


 俺のすすめで窓から城下町の町並みを覗いたイーア・フォウ=スドラは、「わあ」と弾んだ声をあげていた。

 チム=スドラもそれほど数を重ねているわけではないので、一緒になって目を凝らしている。そんな中、荷車の運転から解放されたアイ=ファは、ひとり戦場に臨む戦士のごとき面持ちであった。


「……大丈夫か、アイ=ファ? ずいぶん気を張ってるみたいだな」


「べつだん、普段と変わらぬぞ。護衛役という名目でなくとも、家人や同胞を守るのは狩人のつとめであるのだからな。決して気を抜くことは許されぬのだ」


 とはいえ、少し前までのアイ=ファであれば、ここまで気は張っていなかったはずだった。俺たちはそれなりの時間をかけて城下町の人々と絆を育むことができたので、以前ほど気を張る必要はなくなったはずであるのだ。

 然して、アイ=ファが昔のような緊張感を取り戻すことになったのは、フェルメスが出現したためである。

 あの不可思議きわまりない存在と、正しく絆を結ぶことはかなうのか。俺にとってもアイ=ファにとっても、それは大きな課題であるのだった。


「お待たせいたしました。ジェノス城に到着です」


 やがて、そのような声が届けられた。

 トトス車から降りると、半月ほど前にも拝見したジェノス城の威容が目の前に立ちはだかっている。イーア・フォウ=スドラは口もとをおさえて、感嘆の声を呑み込んでいる様子であった。


 灰色がかった天然石で造られた、巨大なる城である。

 西洋風とアラビア風を折衷したような、いかにも頑強そうな建造物だ。真ん中には角張った城郭がそそりたち、左右には背の高い円塔が並んでいる。その入り口は、10人ぐらいが横に並べる幅の広い階段の果てにあった。


「お足もとにご注意ください」


 案内役の兵士に導かれて、俺たちはその階段に足をかけた。

 20段ばかりの石段を踏破すると、両開きの巨大な扉が待ち受けている。それを4名ずつの兵士が左右から守っているのも、記憶にある通りであった。


「こちらで刀を預からせていただきます」


 アイ=ファとチム=スドラが、言われた通りに刀を差し出した。

 大きく開かれた扉をくぐると、侍女と小姓の一団が立ち並んでいる。その案内で、俺たちは葡萄酒色の絨毯が敷きつめられた回廊を進んだ。


 まずは恒例の、浴堂である。

 浴堂は男女別に準備されているので、2名と3名に分かれて扉をくぐる。

 小姓の少年たちに見守られながら装束を脱ぎ捨てつつ、チム=スドラがこっそり囁きかけてきた。


「こういう際には、アイ=ファが女衆であることを得難く思う。アイ=ファがそばにさえいれば、どのような危険も恐れる必要はないからな」


「うん。城下町で危険に見舞われることは、そうそうないはずだけどね」


「頭ではわかっていても、不安をぬぐいきれないのだ。今日は伴侶を連れているので、なおさらにな」


 そう言って、チム=スドラはまた表情を引き締めた。


「常にアスタとともに城下町を訪れているアイ=ファは、毎回このような心地であるのだろう。アイ=ファの目が届かぬこの場所では俺がしっかりと護衛の役を果たすので、アスタも心配は不要だぞ」


「ああ、うん。どうもありがとう」


 チム=スドラは真剣そのものの表情であったので、俺は照れ隠しの言葉を発することもかなわなかった。

 そうして身を清めてから脱衣所に戻ってみると、何か見慣れぬものが準備されている。絹か何かでこしらえられた、朱色のマントである。


「本日はお召し替えの必要もございませんが、こちらを纏っていただけますでしょうか? 城壁の外よりいらっしゃった客人の証となる、外套でございます」


 かしこまった口調で、小姓がそのように説明してくれた。


「客人の証ですか。他の方々も、これを纏っておられるのですね?」


「はい。かつての闘技会の宴においても、森辺の殿方にはこちらを纏っていただきました」


 それでは、異論をさしはさむ余地はない。俺たちはもとの装束を着込んだのち、そのマントを纏うことになった。

 丈は腰の下ぐらいまでで、薄手であるために暑苦しいことはない。朱色の織物に金色の縁取りがされており、なんとも瀟洒なデザインであった。

 チム=スドラはいくぶん顔をしかめながら、また俺の耳に口を寄せてくる。


「このようにふわふわとしたものは、落ち着かぬな。俺はずいぶんと、間抜けな姿をさらしているのではないだろうか?」


「そんなことはないよ。もちろん、狩人の衣のほうが似合ってるけどね」


 俺がそのように答えたとき、小姓はうやうやしく回廊に通じる扉を開いた。


「それでは、こちらにどうぞ。お連れの方々がお戻りになられるまで、少々お待ちくださいませ」


 回廊でしばらく待っていると、やがてアイ=ファたちが隣の扉から姿を現した。

 こちらは3名ともに、森辺の宴衣装である。ちょっとひさびさに見るアイ=ファの艶やかな姿に、俺は目がくらむ心地であった。


 長く垂らした金褐色の髪には、俺の贈った透明の花飾りが輝いている。

 胸あてと腰あても普段とはいささか異なるデザインで、そこにふわりと玉虫色のヴェールがかけられている。胸もとや手首には、ひかえめながらも美しい飾り物が輝いていた。俺が贈った青い石の首飾りも、もちろん健在だ。


 トゥール=ディンとイーア・フォウ=スドラも、同様の姿である。トゥール=ディンはオディフィアから贈られた首飾りを、イーア・フォウ=スドラはゲルドの貴人から贈られた首飾りを、それぞれ下げている。かつてはユン=スドラが同じ首飾りを下げていたが、これはスドラの家に贈られた詫びの品であったので、こういう際には持ち回りで使用することになったのだろう。

 イーア・フォウ=スドラは玉虫色のヴェールをつまみながら、ちょっと気恥ずかしそうに微笑んでいた。


「短い髪で宴衣装を纏うというのは、いささか奇妙な心地ですね。ずいぶんおかしな姿ではないでしょうか?」


「いや、そのようなことはまったくない」


 チム=スドラは、伴侶の美しい姿を愛おしげに見やっていた。

 朝方にはヴィナ・ルウ=リリンも言っていた通り、既婚の女衆は宴衣装を纏わないというのが森辺の習わしであるのだ。しかしこのたびは祝宴であるので、宴衣装を持たない女性にはジェノス城で宴衣装が準備されると通達されていたのだった。


(それだったら、自前の宴衣装で十分だっていうのが、森辺の民の感性だもんな)


 それに、これまでの祝宴においては、常に城下町の宴衣装が準備されていた。ダレイム伯爵家の舞踏会しかり、仮面舞踏会しかり、フェルメス主催の晩餐会しかりである。なおかつその際には、女性ばかりでなく男性にもお召し替えが義務づけられていたのだった。


 そんな中、闘技会やトトスの早駆け大会の祝宴のみ、自前の装束が許されるというのは――もともとこちらは、貴族ならぬ人間を祝宴に招待するイベントとして、ルールが確立されていたためであるのだろう。そのために準備されていたのが、この小洒落た朱色のマントであるわけだ。

 それでもって、闘技会に出場するのはのきなみ男性であったため、女性に関しては取り決め自体が存在しなかったのだと推測される。そしてまた、城下町においても祝宴では女性が着飾るのが通例であったため、マントを纏わせるだけでは不相応であるという判断が下されたのかもしれなかった。


(もしも闘技会よりも先にダレイム伯爵家の舞踏会が開催されていたら、女衆はこういう際でも城下町の宴衣装を纏うことが通例になってたのかもな)


 そうはならなかったことを、俺は祝福したい気分であった。

 城下町の宴衣装が気に食わないわけではない。むしろ、森辺の女衆がそれらを纏うのは、俺にとってとても新鮮で、心を躍らされることであったのだ。

 だけどやっぱり、森辺の女衆にもっとも相応しいのは、森辺の宴衣装であるのだろう。

 それが事実であることを、アイ=ファたちの美しい姿が証明していた。


「……それでは、控えの間にご案内いたします」


 侍女と小姓の一団によって、俺たちは再び回廊にいざなわれた。

 前回の晩餐会では、浴堂のすぐ向かいにある部屋に通されたのであるが、このたびは別の部屋が準備されているらしい。


 途中で見かけた階段をのぼったりはせずに、1階の回廊を長々と連れ回される。

 いや、それともここは、最初から2階なのであろうか。入城する前に20段ばかりの石段をのぼらされているのだから、この床の下にだって階層が存在しそうなものであった。


 俺がそんなことを考えている間に、控えの間に到着した。

 扉の左右は、1名ずつの衛兵に守られている。そちらの許可を得てから、侍女のひとりが扉をノックした。


「失礼いたします。森辺のお客人をお連れいたしました」


 侍女が扉を開くと、何やら熱っぽいざわめきが伝わってきた。

 その正体は、すぐに知れた。その場には、本日の招待客である森辺の同胞たちがのきなみ詰め込まれていたのだ。


「おお、ようやく来たか! まったく、待ちくたびれてしまったぞ!」


 真っ先に声をあげたのは、ゲオル=ザザである。彼はギバの毛皮のかぶりものを脱いだ姿で、長椅子にふんぞり返っていた。

 侍女は室内に手を差しのべつつ、うやうやしく一礼する。


「祝賀の宴の刻限になりましたら、お声をおかけいたします。それまで、こちらでおくつろぎください」


 俺たちは礼を返して、とにもかくにも入室することにした。

 けっこうな広さを持つ一室である。ぶちぬきで、12畳ぐらいはありそうだ。そこには長椅子や木造りの椅子などがたくさん準備されていたので、かなりの人数である客人たちも思い思いにくつろいでいた。


「シュミラル=リリン、優勝おめでとうございます。ルド=ルウも、入賞おめでとう」


 シュミラル=リリンは嬉しそうに微笑みながら、「ありがとうございます」と返してくれた。その隣では、もちろん宴衣装姿のヴィナ・ルウ=リリンがしとやかに微笑んでいる。

 ルド=ルウはジザ=ルウおよびレイナ=ルウと同じ長椅子に陣取っており、向かいの席に座しているのはダリ=サウティとミル・フェイ=サウティだ。あとは、ヴェラの家長とザザの狩人がすぐそばに控えており、その両名だけが狩人の衣を纏っていた。族長たちの供としてここまでは同行してきたが、最後の2名は祝宴に参席できない身であるのだった。


 ここまでは、想定の範囲内である。

 しかしそこには、森辺の民ならぬ人間も、3名ほど存在した。黄褐色の肌をした若者と、真っ赤な髪をした壮年の男性、もしゃもしゃと髭を生やした南の民の男性である。

 そして――その若者に関しては、どこか見覚えがあるような気がした。


「よお。こんなところで出くわすとは思ってなかったな」


 気さくな感じに、白い歯をこぼす。それはあの、『中天の日』に巡りあった無法者に関して、何やかんやと世話を焼いてくれた、宿場町の領民たる若者であったのだった。


「ああ、あなたはあのときの……こんなところで、何をされているのですか?」


「本来それは、こっちの台詞であるはずだぜ? 俺は自分の力で、この場所に居座る資格をもぎ取ったんだからな」


 わけがわからずに視線を巡らせると、ルド=ルウが解答を示してくれた。


「そっちの3人も、駆け比べで勝ち残ったんだよ。アスタだって、見物してたんじゃねーのか?」


「ええ? 最後の8名まで勝ち残ったジェノスの領民というのは、あなたのことだったんですか?」


「ああ。トトスの手綱さばきには、ちょいと自信があったんでね。仲間連中みんなで参加したんだが、ここまで勝ち残れたのは俺だけだったよ」


 確かに俺は観戦していたが、騎手の人相まではとうてい判別できなかったのだ。まさか、屋台の常連客でもあるこの人物が、あの激戦に加わっていたなどとは夢にも思っていなかった。


「俺は宿場町の遊び人で、ダンロってもんだ。いまさら名乗りをあげるのはおかしな気分だが、ま、よろしくな」


「あ、はい。いつもお買い上げありがとうございます。……そちらのみなさんも、初めまして」


「なに? 俺は初めてではないぞ! これまでさんざん屋台まで出向いておるのに、ずいぶん愛想のないことを抜かすのだな!」


 と、南の民の男性が、不満そうに大きな声をあげた。


「それにお前さんだって、俺がジャガルから運んできた食材をさんざん使っているのだろうが? 俺は運び屋の、ムラトスというものだ!」


「そ、そうですか。それは申し訳ありません。異国の方々のお顔を見分けるのは、少々苦手なものでして……」


「ふふん。とりわけ南の民というものは、その豊かな髭で半分がた人相を隠してしまっておるからな!」


 と、真っ赤な髪をした男性が、そのように口をはさんでくる。こちらはずいぶん立派な体格をしており、そして何やら妙ちくりんな格好をしていた。首のあたりにはぼわぼわと白いフリルが咲き誇っており、胴着は赤と黒のけばけばしいストライプであったのだ。厳つい顔には古傷が目立ち、赤い髪はライオンのように逆立っていたものだから、その奇抜なファッションがいっそうの異彩を放っていた。


「俺は傭兵団、『赤の牙』の団長、ドーンだ! 団員どもからおぬしの話は聞いておるぞ、ギバの屋台の店主とやら!」


「は、はい。団員の方々、ですか?」


「うむ! 城下町への通行証をいただいたのは、俺と幹部連中だけだからな! 他の部下どもは、いつも宿場町に逗留しておるのだ!」


 どうやら外見ばかりでなく、中身のほうも猛烈な御仁であるようだった。


「とはいえ、戦と無縁のジェノスに足を運ぶことなど、そうそうないのだがな! このたびはジェノスで復活祭を迎えようと思いたち、およそ1年ぶりに足を向けることになったのだ! その頃から、俺の部下どもはおぬしの料理をほめちぎっておったぞ!」


「そ、それはありがとうございます。お見知りおきいただき、光栄です」


 すると、待ちくたびれたように頬杖をついていたゲオル=ザザが、俺たちに向かって手を振った。


「挨拶が済んだのなら、お前たちもくつろぐがいい。その薄っぺらい外套は、壁にでも掛けておけ。俺たちもそうしている」


 確かに壁には、朱色のマントがずらりと掛けられていた。男性陣には、全員に同じものが配布されたのだろう。

 入り口付近にたたずんでいた俺たちは、それでようやく部屋の中央へと歩を進める。そうしてアイ=ファの姿があらわになると、傭兵のドーンが「ぐう」と咽喉を詰まらせた。


「これはこれは……誰も彼も……」


「うむ? 何であろうか?」


「何でもないぞ! おぬしたちが厄介な習わしを振りかざすものだから、俺は何も語ることができんのだ!」


 それはつまり、異性の外見をむやみに褒めそやすべからず、という習わしについてのことであるのだろう。この部屋にはヴィナ・ルウ=リリンたちが控えているので、彼もすでにたしなめられた後ということだ。


「みなさんは、ずっとこの場で祝宴の開始を待っていたのですか?」


 適当な椅子に腰を落ち着かせつつ問いかけると、ダリ=サウティが「そうだな」と答えてくれた。


「ポルアースやレイリスが挨拶に出向いてくれたりもしたが、あちらはずいぶん忙しいらしい。おおよそは、この場にいる人間だけで語らっていた」


「はい。とても有意な時間を過ごすことがかないました」


 と、かたわらのミル・フェイ=サウティがそのように言葉を重ねた。

 彼女もまた、森辺の宴衣装姿である。いつも毅然としたミル・フェイ=サウティであるが、くだんの習わしがなければ賛辞の言葉を送りたいぐらい美しい姿であった。


「復活祭の祝日には、数多くの人間と語らうことができたがな。しかし、このように腰を据えて語らう場はなかなかなかったので、確かに有意であったと思う。宿場町の民であるダンロも、南の民であるムラトスも、さまざまな領地を巡り歩いているドーンも、興味深い話をいくつも聞かせてくれたぞ」


「それは、こちらの台詞だな! 森辺の民というものがそこまでややこしい生活に身を置いているなどとは、思ってもいなかったぞ!」


 と、赤毛の大男ドーンが、すかさず口をはさんでくる。


「それにおぬしたちは、誰も彼もが凄まじい力量を持っているようだ! 俺の傭兵団に誘いたいぐらいなのだが、肯んじてもらえぬのが惜しいところだ!」


 そんな風に言いたててから、ドーンはぎろりとアイ=ファをねめつけた。


「それに、おぬしも……ついつい外見に惑わされてしまったが、そちらの狩人たちに劣らぬ気迫ではないか」


「私もまた、狩人であるからな。その名に恥じぬ力は持ち合わせているつもりだ」


 沈着な声で応じつつ、アイ=ファもすっと目を細める。


「そういうお前も……奇妙な気配を有しているように感じられる。傭兵というのは、戦を生業としているものであるのか?」


「当然だな! 盗賊団やら何やらを追い回すのも仕事のうちだが、やはり戦場で敵を斬り伏せることこそが、傭兵の本分だ! この年も、ゼラド兵の魂を糧とさせていただいたぞ!」


「なるほどな」と、アイ=ファは短く答える。

 もしかしたら、かつてのダグやイフィウスと似た気配を、このドーンという人物から感じ取ったのだろうか。戦で数多くの敵兵を斬り伏せた人間には、何か独特の気配が生じるという話であったのだ。


「それにしても、これだけ大勢の森辺の民が招待されてるなんて、驚きだよ。まったく、心強い話だな」


 と、宿場町の領民たるダンロが横から発言する。


「そっちのおふたりも貴族ならぬ身だけど、もともと通行証をいただいてるって話だったからさ。ま、森辺のみんなだって城下町は初めてじゃないんだろうけどよ」


「あ、わたしは初めての城下町となります」


 と、イーア・フォウ=スドラがやわらかい笑顔で言葉を返した。

 ダンロは「へえ」と嬉しそうな顔をする。


「あんたはあんまり、見ない顔だな。屋台で働いてる娘さんがたは、おおよそ顔を覚えたつもりなんだが」


「わたしは屋台の仕事にも加わっていないのです。ときおりファの家で、下ごしらえの仕事には加わっていますが」


「へえ。よかったら、名前を聞かせてもらえるかい?」


「わたしはスドラ分家の家人、イーア・フォウ=スドラと申します。こちらがわたしの伴侶であり家長である、チム=スドラです」


「なんだ、もう伴侶がいるのかい。そいつは、残念だ」


 そんな風に言ってから、ダンロはチム=スドラにも笑いかけた。


「おっと、こういう軽口は控えるべきだったかな? 気を悪くさせちまったら、謝るよ」


「うむ。気を悪くするというほどではないので、謝罪は不要だ」


 しかつめらしく、チム=スドラはそう答えた。

 まあチム=スドラもさんざん宿場町を探訪した身であるので、宿場町の流儀というものもだいぶんわきまえたことだろう。それに彼は、ベンやレビやカーゴなどともそれなりの交流を育んでいたのだった。


「まあ何にせよ、心強いってのは本当だよ。ジェノスのお城で祝宴なんて、こいつは愉快だと思ってたけどさ。よくよく考えたら、周りはみんな貴族なんだもんな。いったいどんな風に振る舞えばいいのかって、ちっとばかり頭を抱えてたんだよ」


「何も憶する必要はないぞ! 祝宴なんぞ、酒と料理と余興を楽しむだけのものだからな!」


 と、ドーンがゲオル=ザザのほうに目を向ける。


「しかし、俺もジェノスの祝宴に参席するのは、2年ぶりとなる! 前回の闘技会では、森辺の狩人に打ち負かされてしまったからな!」


「お前を打ち負かしたのは、俺ではなくシン=ルウであろうが? 文句だったら、本人に言うがいい」


「正々堂々の勝負であったのだから、文句など言う筋合いはないぞ! ただし、次の闘技会では必ずや雪辱させていただこう!」


「だから、シン=ルウが出るかどうかはわからねーって言ったよな? おんなじ会話を、なんべん繰り返すんだよ」


 そのように応じたのは、ルド=ルウであった。

 どうやら俺たちが到着するまでの間も、こうして賑やかに交流が深められていたらしい。


(確かにこれは、有意義なひとときかもな)


 俺がそのように考えたとき、扉が外からノックされた。

 ついに、祝宴の準備が整ったとのことだ。


 祝宴の会場でも、有意義なひとときを過ごせるだろうか。

 もちろんダイアの宴料理を口にできるというだけで、それは有意義であるのだが。フェルメスと交流を深められるかどうかは、俺たち自身の尽力や心がけも必要となるはずだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 控え室の大きさが12畳ほど、となっていますが、入っている人の数を考えると小さすぎではないかと思います。
[一言]  ルド=ルウはジザ=ルウおよびレイナ=ルウと同じ長椅子に陣取っており、向かいの席に座しているのはダリ=サウティとミル・フェイサウティだ。あとは、ヴェラの家長とザザの狩人がすぐそばに控えており…
[気になる点] >「うむ。記を悪くするというほどではないので、謝罪は不要だ」 記を悪くする→気を悪くする [一言] 誤字報告機能をオンにしていただけると助かります。
感想一覧
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