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異世界料理道  作者: EDA
第四十八章 太陽神の復活祭、再び(下)
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紫の月の二十九日②~観戦~

2019.12/24 更新分 1/1

 それから中天までの二刻ていどは、実にお気楽な休息タイムであった。

 街道から新たに到着した人々も、屋台には目もくれずに闘技場へと駆け込んでいく。本日は、開店からの半刻と、中天からの一刻ばかりが、俺たちにとっての勝負どころであるのだった。


「そ、そ、そうすると、普段の営業時間の半分ぐらいということですよね。そ、それで普段と同じ量の料理を売り切ることがかなうのでしょうか?」


「どうだろうね。正直に言って、これはジェノスでも初めての大会だから、こっちもけっこう手探りなんだよ」


 ただし、闘技会においては平常のシーズンであったにも拘わらず、復活祭と同等の料理を売ることがかなったのだ。あれから屋台の数が増えて、料理の総数は1・75倍ぐらいになっているかと思われるが、どのような結果に落ち着くだろうか。


 大勢の人間を呑み込んだ闘技場からは、ひっきりなしに歓声が響いてきている。ジェノスでは初の試みとなるトトスの早駆け大会であるが、なかなかの盛り上がりを見せているようだ。商売の後の観戦も、ますます楽しみなところであった。


「さあ、間もなく中天だね。さっきよりも客足は激しくなるだろうから、気を引き締めていこう」


 俺がそのように宣言したとき、闘技場の向こう側から石塀を迂回して接近してくる一団があった。

 大きな箱型のトトス車と、それを警護する10名ばかりの兵士たちである。トトス車の側面に掲げられているのは、ジェノス侯爵家の紋章であった。


「失礼いたします。料理を買わせていただけますでしょうか?」


 車から降りて、そのように声をかけてきたのは、あの祝日に『ギバの丸焼き』の仕事を見届けていた人物であった。


「もちろんです。何名様分でしょうか?」


 闘技会の折も貴賓席の族長らや貴族たちのために、こうしてギバ料理が買いつけられることになったのだ。今回は以前よりも大きな混雑が予想されるので、あらかじめ休憩時間の前に確保しておくことにしたのだろう。


「汁物料理のための器も持参いたしました。よろしければ、すべての料理を20名分ずついただきたく思います」


「え? 20名分ずつですか? こちらは7台の屋台をかまえていますので、相当な数になってしまいますが……」


「はい。メルフリード様より、そのように承っております。多くの貴き方々が、こちらのギバ料理をお求めになられているのでしょう」


 それは、光栄な話であった。

 ともあれ、20名分というのはなかなかの数である。特に俺などは『ソース焼きそば』の担当であったので、大急ぎで仕上げなければならなかった。


「あの、今日はジェノス侯爵家のオディフィアもいらっしゃっているのでしょうか?」


 いくつか離れた作業台のほうから、トゥール=ディンがそのように問うている声がうっすらと聞こえてきた。

 相手がなんと答えたのかは聞き取れなかったが、トゥール=ディンの「そうですか」という声の響きで、オディフィアが参席していることが知れた。双方にとって、幸いな話であろう。


「よかったら、こっちの料理もどうだい? 闘技会のときも、うちの料理は買ってもらえたんだよねー」


 ユーミが陽気に呼びかけると、使者の男性は「左様ですか」と微笑んだ。


「それでは、買わせていただきましょう。あなたも森辺の方々と懇意にされておられるのでしょうか?」


「もちろんさ! 真っ先にギバ肉を買いつけることになった宿屋のひとつだよ!」


 ということで、ユーミたちのお好み焼きも無事に買われていくことになった。

 ちなみにユーミのかたわらには、いつの間にやらジョウ=ランがちゃっかり居座っている。彼は午後からの本選だけを見届けようという目論見で、ついさきほど到着したのだった。


 ともあれ、すべての料理をトトス車に収納し、一団はしずしずと引き返していく。

 その姿が闘技場の裏に隠れるのとほぼ同時に、入り口の扉が大きく開かれた。


 そこから飛び出してきた人々が、我先にと屋台へ殺到する。ありがたいことに、その人間の渦はまず西の端へとなだれこんできてくれた。

 あとはもう、朝方をも上回る大賑わいである。休憩時間は一刻ていどであるので、誰もが食いっぱぐれないように必死の様子であった。


(これはつまり、みんな午後からの本選も最初からきちんと見届けたいと考えている、ということなのかな)


 朝から大勢の人々が集まったのは、復活祭の熱気に後押しされてのことであろうが、もしもつまらない見世物であったのなら、これほど慌てて食事を求めたりはしないように思えた。


(このイベントが成功するなら、何よりだ。きっと言いだしっぺのフェルメスも、ほっとしているだろう)


 そんな風に考えながら、俺は次々に『ソース焼きそば』を仕上げていく。

「こいつはすごい騒ぎだな!」という馴染みのある声が響きわたったのは、四半刻ていどが過ぎてからのことだった。建築屋の一団が、ようやく到着したのである。


「いらっしゃいませ。いま、おつきになられたのですか?」


「ああ。わざわざ早起きまでする気にはなれなかったんでね。それでも、全員でやってきたよ」


 アルダスが、笑顔でそのように答えてくれた。

 彼らは最初から、早駆けの大会には関心が薄かったのである。それでも足を運ぼうと考えたのは、森辺の民も出場すると聞きつけたゆえであった。


「で、森辺のお人らは、勝ち抜けたのかい?」


「俺たちも、まだ予選の結果は聞いていないのですよね。もしも無駄足を踏ませてしまったら、申し訳ない限りです」


「いいよいいよ。この闘技場ってやつを拝見する機会なんて、この先もなかなかないだろうしな。何より、アスタたちの料理を食べられるんなら、無駄足にはならないさ」


 俺は鉄板にウスターソースを注ぎながら、「ありがとうございます」と笑顔を返してみせた。


「宿場町の様子は、如何です? やっぱり、がらんとしているのでしょうか?」


「そりゃあまあ、ここ数日に比べればね。でも、あのらーめんって料理の屋台は普段通りに賑わってたよ」


 それならば、何よりである。レビとラーズの下ごしらえが無駄にならず、幸いであった。

 やがて焼きそばが完成すると、アルダスはいつも通り、大皿に料理を山積みにして立ち去っていった。食堂がないので食べづらかろうが、個別に運ぶ手間はかけたくなかったようだ。


 その次に現れたのは、カミュア=ヨシュとレイト、およびザッシュマの3名であった。彼らは朝早くから来訪していたが、早々に闘技場で席取りをしていたとのことだ。


「《キミュスの尻尾亭》の外でレイトと顔をあわせるのは、ちょっとひさびさだね」


 俺がそのように呼びかけると、レイトは「はい」と静かに微笑んだ。


「熟練した騎手の手綱さばきを目にするのは、トトスを乗りこなす修練になるだろうと、カミュアがそのように言うもので、今日だけ宿の仕事を休ませてもらいました」


「なるほど。やはり《守護人》にとっては、トトスを乗りこなす技術も重要なのでしょうか?」


 俺の質問に、カミュア=ヨシュは「それはそうさ」と肩をすくめた。


「時にはトトスに乗ったまま、無法者や野の獣を蹴散らすことになるのだからね。剣の腕と同じぐらい、重要な技術だと思うよ。……というか、普通の領民はトトスにまたがる機会なんてそうそうないだろうから、今日の大会で勝ち進んでいるのも剣士や旅人が中心なのじゃないかな」


「ふむふむ。でも、おふたりは出場されなかったのですね」


 すると今度は、ザッシュマが陽気な笑い声をたてる。


「普段だったら、腕試しをしてみてもよかったがね。復活祭の間ぐらいは、のんびり過ごしたいじゃないか。闘技会ほど簡単にはいかないようだが、森辺のお人らを応援させてもらうよ」


 予選の結果を拝聴したいところであったが、3名分の焼きそばはすぐに渡すことができたので、それ以上は言葉を交わすこともできなかった。

 そろそろ半刻ぐらいは過ぎた頃合いであろうが、お客の勢いに変わりはない。まあ、そうでなければ料理を売り切ることも難しいだろう。普段の半分ていどの時間で普段通りの分量を売り切るには、これぐらいの勢いが必要であるのだ。


 しばらくすると、《銀の壺》の面々がやってきてくれた。

 ラダジッドを含めた3名で、注文の数は6名分である。すぐにお出しできるのが4名分であることを告げると、他のふたりにその運搬を任せて、ラダジッドが屋台の前に居残ってくれた。


「森辺の民、3名、勝ち進みました。1名、敗退です」


「そうですか。誰が敗退してしまったのでしょう?」


「名前、聞き取れませんでした。勝ち進んだ3名、シュミラル=リリン、ルド=ルウ、そして、氏を持たぬ狩人です」


 氏を持たない狩人とは、ザザの血族の代表であるドッドのことだ。

 ということは、サウティの血族の代表であるヴェラの若き家長が敗退したということであった。


「予選、4名、走り、2位まで、勝ち抜けです。負けた人間、もう1度だけ、機会、与えられます。名の知れぬ、森辺の狩人、2回とも、貴族、敗れました」


「なるほど。シュミラル=リリンたちは、どこまで勝ち抜けるでしょうね」


「不明です。しかし、いい結果、残せる、思います」


 それは、心強いお言葉であった。

 俺も勝ち負けに固執するつもりはないのだが、上位入賞者は祝宴に参席できるという話のおかげで、ついつい期待をかけてしまうのである。


「森辺の狩人たち、勝利、祈りましょう。では、失礼いたします」


 そんな言葉を残して、ラダジッドも立ち去っていった。

 その後には、森辺の見物人たちがやってくる。そちらの反応は、まちまちであった。


「トトスの力比べというのも、なかなか愉快なものだな。森辺の同胞も加わっているので、なおさらだ」


「そうであろうか? トトスがぐるぐる走り回るばかりで、俺はそろそろ飽きてきてしまったな」


 すると、護衛役として作業台の裏手にたたずんでいたラッド=リッドが、大きな声で口をはさんだ。


「商売が終わった後も、この場には何人かの狩人を見張りとして残さなければならんのだからな! 見飽きた人間がその役目を果たしてくれたら、ありがたく思うぞ!」


「もちろんだ。家長らにも、あれが愉快なものであるかどうか、見届けてもらいたく思う」


 そうしてその男衆らが姿を消すと、ラッド=リッドは「ふうむ」と鼻を鳴らした。


「とはいえ、俺も何が楽しいのかは、さっぱり想像がつかんのだがな。自分でトトスを走らせるのは楽しいとアイ=ファは言っていたが、余人がトトスを走らせる姿を見物して、果たして楽しいものなのであろうか?」


「どうであろうな。しかし、ルウの血族がトトスを走らせていたとき、見物している家人たちは楽しそうにしていたように思う」


「そうか。まあ、自分の目で確認せぬことには、なんとも言えんな!」


 アイ=ファたちのやりとりを聞きながら、俺は最後の麺と具材を鉄板にぶちまけた。

 どうやらこちらの料理に関しては、売れ残りを心配する必要もなさそうだ。そろそろ休憩時間も終わりに近づいているはずであったが、屋台の前の賑わいには大きな変化も見られなかった。


「申し訳ありません! こちらの料理は、これでおしまいです!」


 と、そんな風に思った矢先に、遠くの作業台からマイムの元気な声が聞こえてきた。マイム特製の煮込み料理が、真っ先に売り切れたようだ。

 お次はトゥール=ディンの菓子が売り切れたことが伝えられ、そののちに焼きそばも売り切れることになった。


 手の空いた人間は食器の回収と洗い物を手伝い、じょじょにその人数が増えていく。『ミソ仕立てのモツ鍋』と『ギバ・カレー』も販売終了し、残る屋台はあとふたつ――といったタイミングで、闘技場から太鼓の音色が聞こえてきた。


 広場でくつろいでいた人々は、のんびりとした足取りで闘技場に向かっていく。もっと熱心な人々は、食事を終えてすぐに闘技場へと舞い戻ったのだろう。そして、屋台に並んでいた人々は、べつだん慌てる様子もなかった。


「ありゃ、もう時間かよ。ちっとのんびりしすぎたな」


「まあいいじゃねえか。しっかり腹ごしらえしてから戻ろうぜ。ちまちま賭けるより、終盤の大勝負に銅貨を注ぎ込んだほうが面白えからな」


 やはり、闘技会ほど馴染みのない競技であるためか、あるいは復活祭の放埓な空気のせいか、誰も彼もが観戦に熱中しているわけではないようだった。

 おかげさまで、こちらはすべての料理を売り切ることができた。7台の屋台の料理が、めでたく完売である。


「ほ、ほ、本当にすべて売り切ってしまいましたね。さ、最初から最後まで、すごい勢いでした」


「うん。これは立派な成果だね。みなさん、お疲れ様でした」


 マルフィラ=ナハムを筆頭に、初めてこの場所で屋台の仕事に取り組んだメンバーは、誰もが充足しきった面持ちをしていた。


「では、駆け比べの見物だな! こやつらが、見張りの役を受け持ってくれるそうだぞ!」


 そのように言いたてるラッド=リッドのかたわらには、男女5名ずつぐらいの同胞が控えていた。朝から大会を見物し、それで満足した近在の氏族の人々だ。


「お手数をおかけしますが、どうぞよろしくお願いします。今日の稼ぎは、この真ん中の荷車に集めておきましたので」


「承知した。森辺の同胞がどこまで勝ち進めるものか、見届けてきてくれ」


 居残り組の人々に御礼を言い、俺たちはいざ闘技場に向かうことにした。

 ユーミとルイアも、その中に含まれている。彼女たちの荷車も見張ってくれるよう、ジョウ=ランが家人に頼み込んだのだ。バードゥ=フォウとランの家長もその申し出を了承したので、ユーミたちは恐縮しながらも嬉しそうな様子であった。


 屋台の仕事に励んでいたメンバーも、とりあえずは全員が観戦を希望したので、総勢はなかなかの人数であった。まあ、休息の期間でない氏族の中では、彼女たちが貴重な見届け役となるのだ。闘技会の際には遠慮をしていたトゥール=ディンも、今回はリッドの女衆ともども追従していた。


 ちなみに黒猫は、荷車に置いてきている。動物の入場が許されるかどうかはわかったものではないし、あのように騒がしい場所は黒猫にとってもストレスであろうという判断だ。俺が手ずから荷台に降ろし、「おとなしくしてるんだぞ」と言いつけると、黒猫は意外な素直さで丸くなっていたものであった。


「入場か。外套の下を改めさせてもらいたい」


 ぴったりと閉ざされた闘技場の入り口は、たくさんの衛兵たちによって守られていた。

 ラッド=リッドが太い首を傾げると、事情を知っているアイ=ファが説明をする。


「刀の持ち込みは許されているが、弓の持ち込みは禁じられているのだ。弓を使えば、遠くの場所にいる人間を害することもかなうからな」


「なるほど! 『中天の日』には、ジェノスの領主も矢を射かけられておったからな! 当然の用心というわけか!」


 もちろん護衛役に弓は必要ないので、全員が問題なく扉をくぐることを許された。

 扉の向こうは、薄暗くて細長い通路である。そして、人々の歓声がこれまで以上の圧力で押し寄せてきた。

 10メートルばかりの通路を踏破すると、野球場のごとき空間があらわになる。木の柵で仕切られた向こう側では、4頭のトトスが猛然と駆けているさなかであった。


「ここは通り道なので、こちらから上に進むのだ」


 闘技場の構造を知る狩人はアイ=ファとチム=スドラのみであったので、その両名が同胞をエスコートすることになった。

 闘技場は、すり鉢のような形状をしている。競技が行われる巨大な空間を、階段状の座席で取り囲んでいる格好だ。土が剥き出しの地面以外はすべてが石造りであるので古代のコロッセオのごとき様相であるが、俺の故郷の競技場というやつも、おおよそはこういったものを原型としているのだろう。


 手近な座席は埋め尽くされていたので、俺たちは通路として造られた階段で最上段までのぼることになった。

 最上段は立ち見の席となっているので、ひとまずその場で横並びとなる。

 ちょうどレースが終了したところで、勝ち抜いた2名の名が触れ係によってコールされているところであった。


「すごいですね! こんなに大勢の人間がひとつの場所に集まっている光景は、初めて目にしました!」


 俺のかたわらで、レイ=マトゥアが弾んだ声をあげている。

 すると、客席に視線を巡らせていたララ=ルウも「あーっ!」と大きな声をあげた。


「ほらほら、あそこ! あそこにジザ兄たちが座ってるよ!」


「ええ? どこでしょう? ……ああ、わかりました! あそこの、衛兵たちに守られている席ですね!」


 本日も森辺の貴賓たちは、貴族たちに近い位置で衛兵たちに守られているようだった。

 俺の視力では誰が誰やらも確認できないが、本日の貴賓は6名だ。ジザ=ルウ、レイナ=ルウ、ヴィナ・ルウ=リリン、ダリ=サウティ、ミル・フェイ=サウティ、そしてゲオル=ザザという顔ぶれである。ゲオル=ザザが供のひとりも連れていないのは、夜の祝宴のパートナーにトゥール=ディンを指名したためであった。


 その一画は左右の空間と壁で仕切られており、なおかつ衛兵たちによって厳重に守られている。むろん、守られているのは森辺の民ではなく、同じスペースで観戦している貴族たちである。その一画だけは石造りの座席に敷物が敷かれて、頭上には革張りの屋根が張られているのだった。


 一般席はほとんど埋め尽くされており、凄まじいばかりの熱気である。それにあちこちから、賭場の胴元が声を張り上げている声が聞こえてくる。何もかも、闘技会のときに劣らぬ賑わいであるようだった。


「アスタ、お疲れ様です」


 と、ふいに横合いから声をかけられる。振り返ると、ラダジッドともうひとりの団員が、こちらに近づいてくるところであった。


「姿、見えたので、挨拶、出向きました。よければ、観戦、ともによろしいですか?」


「もちろんです。森辺の3名は如何でしょう?」


「全員、勝ち抜いています。ただし、2位、甘んじること、多かったです」


 本選においても、4名で走って2位までが勝ち抜けというルールであるようだった。

 ただし本選では、やりなおしのきかない一発勝負であるそうだ。予選を勝ち抜いた80名近い選手が2名ずつ脱落していき、そうして最後の勝者を決定するのだという話である。


「そうすると……優勝するには、本選だけで6回ぐらいは勝ち抜かないといけなそうですね。トトスの持久力というものも重要になりそうです」


「はい。その点、やはり、貴族のトトス、秀でています。美しい外見、保つため、普段から、厳しく、鍛えているのでしょう」


 競技場のほうに目をやりながら、ラダジッドはそう言った。


「ただし、ジェノス、早駆け、盛んでないためか、貴族の選手、少ないです。勝ち進んでいる、3名です」


「ふむふむ。ちなみに、現在どれぐらい試合は進んでいるのでしょう?」


「間もなく、2回戦、終了です。残り、20名ていどです」


 レースは速やかに進行されているために、すでにそこまで人数は絞られていたのだった。100名ていどの人間が参加している中、ここまで勝ち進んでいるだけでも、シュミラル=リリンたちは大したものであろう。


 しばらくすると、2回戦目が終了したらしく、ここまで勝ち残っている人間の名前と3回戦目の組み合わせが発表された。

 そこで俺たちは、覚えのある名前をいくつも聞かされたわけである。


「貴族の選手の3名って、レイリスとリーハイムとデヴィアスだったのか……」


 俺が思わずひとりごちると、ラダジッドが不思議そうに視線を向けてきた。


「アスタ、懇意、している、貴族ですか?」


「ええ、まあ、いちおうは……レイリスはサトゥラス騎士団の騎士で、リーハイムはサトゥラス伯爵家の第一子息、デヴィアスは護民兵団の大隊長ですね」


 ちなみにリーハイムを除く2名は、かつての闘技会にも参戦している名うての剣士である。カミュア=ヨシュが言っていた通り、剣士にとってはトトスの騎乗スキルも重要になってくるのだろうか。


(まあ、戦国武将や騎兵隊にとっての馬術みたいなもんなのかな)


 俺がそのように考えていると、ラダジッドは「そうですか」と息をついた。


「貴族、誰もが、強い力、見せていますが、もっとも強い、リーハイムです」


「え、そうなのですか? リーハイムという御方は、そんなに身体も頑丈そうではなかったような印象なのですが……」


「トトスの力、秀でているのです。また、それに相応しい、手綱さばき、思います」


 なるほど、俺の故郷においても馬術というものは、富裕層の高尚な趣味という一面を持っていたような印象がある。リーハイムも、人知れずトトス乗りの腕を磨いていた、ということなのだろう。

 そんな中、アイ=ファは「ふむ」と下顎に手をやっていた。


「傭兵のドーンという名には、聞き覚えがあるな。たしか、闘技会においても確かな力を見せていた男であるはずだ」


「傭兵のドーン? そんな名前が呼ばれてたか? ……うーん、確かに聞き覚えがあるようなないような……」


 ともあれ、3回戦目に進出するのは23名であり、5試合が行われるとのことであった。

 第1試合は、いきなりのシュミラル=リリンとリーハイムの直接対決である。残り2名は、見知らぬ名前であった。


「始め!」


 スタート係が旗を振り下ろすと、4組の騎手とトトスが一斉にスタートを切った。

 リーハイムは2番手で、シュミラル=リリンは最後尾だ。

 競技場に大きく作られた楕円形のコースの1周で、勝敗は決せられる。コースの内側には赤い煉瓦が積まれており、それに触れたり内側に足を踏み入れたりしてしまったら、無条件で失格であるそうだ。


 最初のコーナーに差しかかったあたりで、すでにリーハイムは先頭に躍り出ていた。

 なんというか、問答無用の俊足さである。

 また、俊足なばかりでなく、とても力強い。トトスの大きさが秀でているわけではないのに、エンジンからして異なっているかのごとき様相であった。


 コースの半周を過ぎたところで、最後尾のシュミラル=リリンが3番手となる。

 そして、ゴール直前でシュミラル=リリンは2番手となり、辛くも勝ち残ることができた。

 リーハイムは、圧倒的な差をつけての1位である。


「やはり、強敵です。シュミラル=リリン、すでに2度、リーハイム、敗れています」


「あ、そうだったのですか?」


「はい。予選、および、本選の1回戦、当たりました。シュミラル=リリン、戦法、あれこれ探っていましたが、勝つこと、難しいようです」


 シュミラル=リリンの乗るトトスは、ごく凡庸な力しか持ち合わせていないという話であったのだ。

 ただし、ベスト8まで勝ち残れば、祝賀の宴には参席することができる。これで3回戦を突破したのだから、あともう1回の勝利でその副賞には手が届くはずだった。


(今回ばかりは、貴族に分があるみたいだな。でも、ここまで勝ち進んでるだけでも、すごいことのはずだ)


 貴賓の席では、ヴィナ・ルウ=リリンも伴侶の活躍に胸を震わせているのだろうか。

 少なくとも、俺にとってはシュミラル=リリンがリーハイムに敗北した口惜しさよりも、3回戦目を勝ち抜いた喜びのほうがまさっていた。


 そんな中、第2試合が行われる。

 その組には、ドッドとデヴィアスが組み込まれていた。

 結果は、デヴィアスが1位でドッドが2位である。デヴィアスの勝利には、リーハイムのとき以上の歓声があがっているように感じられた。


「ふん。復活祭を終えるまで休日はないなどと言っていたが、あやつはこのような力比べに加わっていたのだな」


 仏頂面で、アイ=ファが言い捨てる。べつだんデヴィアスを嫌っているわけではなく、ただ若干の苦手意識を抱いているのだ。しかし何にせよ、見知った相手が勝ち進むのは、おめでたい話であるはずだった。


 第3試合では、傭兵のドーンと見知らぬ人物が勝利をあげる。

 そのときに、ひときわ大きな歓声があがったのは、どうやら後者が宿場町の領民であるためであったようだった。剣士でも旅人でもない人間がここまで勝ち進むというのは、きっと快挙であるのだろう。


 そして第4試合では、どちらも見知らぬ人間が勝ち上がったのだが、その際にもさきほどに劣らぬ声援が巻き起こった。

 レイ=マトゥアたちなどは、びっくり顔で耳もとをおさえている。ここまで観客席が沸き立つ理由は、のちほどラダジッドが解説してくれた。


「1位、なった人間、南の民であるようです。同胞、祝福しているのでしょう」


「へえ、南の民も出場していたのですか。それなら南の方々も大喜びでしょうね」


 ただし、ジェノスに逗留している南の民の数などは、たかが知れているはずである。おそらくは、ひとりで10名分の歓声を振り絞っているのだろう。おやっさんやアルダスたちもそこに含まれているのかなと想像すると、俺まで嬉しい気持ちになってしまった。


 そうして第5試合もつつがなく終了し、次が3回戦目の最終試合である。

 人数が半端であったため、この組だけは3名で行われる。その中に、ルド=ルウとレイリスが含まれていた。


 ルド=ルウはルウ家の予選で見せていた通り、弾丸のごときスタートダッシュである。

 レイリスは最後尾のスタートとなったが、じりじりと追い上げて2番手となり、そして、ゴール直前でルド=ルウをも捕らえた。終わってみれば、またもや貴族が1番手だ。


 だがしかし、ルド=ルウもシュミラル=リリンもドッドも、ここまでは勝ち進むことができた。

 残る選手は、12名。ベスト8を決めるために、ここでは敗者復活戦も行われるそうだ。

 あと1回を勝つことで、祝宴への招待は確実となる。俺としては、高鳴る期待に身をゆだねるばかりであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 過去話読み返してみた。 傭兵のドーン シン=ルウにワンパンされた奴w 確かな力を見せる間もなく敗北していたけど 上位に残ってたからってことでの評価かな?
[気になる点] 本選3回戦進出者が23名 1戦毎に2名が勝ち抜くシステムで予選本線と結構な試合数やって残ってる人数が奇数ってかなり運営下手くそじゃない? 常に1人か3人が不戦勝になってるの? 遅くとも…
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