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異世界料理道  作者: EDA
第四十八章 太陽神の復活祭、再び(下)
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紫の月の二十三日~始動~

2019.12/2 更新分 1/1

・今回は全8話の予定です。

『暁の日』を終えて翌日の、紫の月の23日――

 日の出とともに起床して、玄関の外に足を踏み出すなり、俺は「よーし、今日も頑張るぞー!」と決意表明してみせた。

 水瓶を抱えて表に出てきたアイ=ファは、そんな俺を冷ややかに見据える。


「朝から何を、そのように大声を出しているのだ。まだ寝ぼけているのか?」


「いや、気合を入れなおしてたんだよ。楽しかった昨日の反動で、気が抜けたりしたら大変だからさ」


「お前に限って、そのような用心が必要であるのか?」


 冷ややかであったアイ=ファの瞳に、とたんに温かい光が灯される。


「ともあれ、朝から大声を出すものではない。ブレイブたちもいぶかしんでいるではないか」


「ごめんごめん。それじゃあまずは、水場で洗い物だな」


 最近のティアはねぼすけであるので、ファの家人のみで水場に向かうことにする。ブレイブたちは楽しそうに追従していたが、名もなき黒猫もティアと一緒に就寝中だ。


 俺が朝から気合を入れなおしたのは、復活祭の期間でもっとも肉体的にしんどいのが、この祝日の翌日であったためである。

 何せ祝日というのは普段以上の労働量である上に、帰宅時間も遅くなってしまう。特に本年は余所の屋台を巡った上で《ギャムレイの一座》の天幕を訪れたものだから、森辺の民にとっては深夜に該当する時刻まで宿場町に居残っていたはずであった。


 しかし幸いなことに、重い荷物を抱えて水場に向かう俺の足取りは、軽かった。

 疲れや達成感の反動よりも、ついに復活祭が始まったのだという昂揚のほうがまさっている。そして水場におもむいてみると、余所の氏族の人々も同じ昂揚のさなかにあるようだった。


「ああ、アスタ。昨日はお疲れさん。宿場町に出向いてた連中に聞いたけど、昨日は大変な賑わいだったらしいねえ」


 昨日は留守番であった年配の女衆も、笑顔でそのように呼びかけてくる。俺たちが来るまでの間も、昨日の話で盛り上がっていた様子である。


「次の祝日ってやつには、あたしらも見物させてもらうからさ。いったいどれだけの騒ぎなのか、楽しみにしているよ」


「はい。どれだけ期待をふくらませても、それを裏切られることにはならないと思いますよ」


 フォウの血族の人々は、よほど幼い子供たちを除いて、全員がローテーションで宿場町に下りる予定になっていた。同じ休息の期間にあるディンとリッドの人々も、それは同様だろう。そして、休息の期間でない他の氏族の人々も、なんとかしてそのように取り計らおうと考えるのではないだろうか。それぐらい、森辺の民はこのたびの復活祭を楽しんでいるように見受けられた。


 水場で洗い物を片付けたら、薪拾いと香草の収集も済ませて、いざ商売の下準備に取りかかる。その際に集まった女衆らも、誰もが普段以上に元気であるように見えた。宿場町に下りた人々は熱気の余韻を携えていたし、いまだ宿場町に下りていない人々は、その熱気の余波にあてられているのだろう。二刻ほどの時間をかけて下ごしらえをしている間、話題は復活祭の一色であった。


「あ、そうだ。ちょっとみなさんにご相談があるのですよね」


 その場にはほどよくさまざまな氏族の人々が集まっていたので、俺は新たな仕事の打診をさせていただくことにした。内容は、『ギバの丸焼き』の増員に関してである。

 次の祝日たる『中天の日』においては、『ギバの丸焼き』を倍ほども準備してほしいと依頼される可能性が高い。ジェノス城から正式な依頼がされるのは今日か明日あたりであろうが、何せ日取りは3日後に迫っているので、こちらも事前に根回しをしておく必要があったのだ。


「なるほど。もちろんアスタからの頼みだったら、うちの家長もふたつ返事で了承するだろうけど……でも、あたしらは『ギバの丸焼き』なんて手掛けたことはないんだよ?」


 そんな風に答えたのは、ラッツの年配の女衆であった。『ギバの丸焼き』を手掛けたことがあるのは、ファの近在の6氏族およびルウの血族のみであったのだ。


「はい、それは承知しています。でも、作業手順は複雑なものでもないので、初めての方々でも問題なくやりとげられるかと思います」


 俺が監督役に徹し、複数の屋台を見回るような形にすれば、きっと問題はないだろう。そもそも俺が最初に手掛けた『ギバの丸焼き』などは、バルシャやリャダ=ルウが半分がたの仕事を受け持ってくれたのである。それでも不備はなかったのだから、かまど番としての修練を積んでいる彼女たちであれば、なおさら心配は無用であるように思えた。


「以前にもお話ししました通り、マルフィラ=ナハムとレイ=マトゥアに昨日の手伝いを頼んだのは、みなさんの祝宴でも『ギバの丸焼き』を楽しんでもらえたらという思いもあってのことです。よりたくさんの方々に手ほどきをすることができたら、そちらの話も速やかに進められるでしょう? そういう意味でも、ぜひ参加をお願いしたいのですよね」


「うん、わかったよ。そういうことなら、家長もなおさら文句はないだろうさ」


 ということで、その場にいる人々には無事に了承をもらうことができた。あとは、ジェノス城からの正式な依頼待ちである。

 そうして下ごしらえの仕事を終えた俺たちは、今日も宿場町を目指すことになった。

 ようやく目を覚ましたティアとブレイブたちは、フォウの人々に移送をお願いする。そして、俺が荷車で出かけようとすると、それを待ちかまえていたように黒猫が家から出てきた。


「なんだ、今日もついてくるのか? お前は家でのんびりしていてもいいんだぞ」


「なう」とひと声鳴いてから、黒猫は俺の肩に駆けのぼった。

 ギルルの準備をしていたアイ=ファは、それを横目で見やりながら息をつく。


「そやつはすっかり家人気取りだな。しかし私は、まだそのように認めてはおらんぞ」


 黒猫はアイ=ファを振り返り、「なうう?」と小首を傾げる。ここぞというときに見せる、甘えた仕草だ。

 そんな黒猫も引き連れて、ルウの家を目指す。今日の当番はシーラ=ルウとララ=ルウであり、それに、昨日は姿を見せなかったツヴァイ=ルティムもそこに加わっていた。


「やあ、ツヴァイ=ルティム。『暁の日』をはさんだせいか、ちょっとひさびさに感じられるね。けっきょく昨日は、1回も宿場町に下りなかったのかな?」


「どうしてアタシが、休みの日にまで家を離れなくちゃならないのサ? アタシはそんなに、ヒマじゃないんだヨ」


 確かにまあ、すべての人間が宿場町に下りることはできないだろう。ましてやルティムには、赤子のゼディアス=ルティムがいるのだ。同じ本家の家人であるツヴァイ=ルティムは母親のオウラ=ルティムとともに、アマ・ミン=ルティムのサポートをしていたのであろうと思われた。


(まあ、それより何より、ツヴァイ=ルティムはオウラ=ルティムと一緒にいたいっていうのが本音なんだろうけどな)


 そのために、ツヴァイ=ルティムは毎日出勤であったのを隔日出勤にしてもらうように直訴したのだ。家に居残るにせよ、宿場町に下りるにせよ、ツヴァイ=ルティムが一番に考えているのは母親のことであるはずだった。


(それなら、オウラ=ルティムと一緒に祝日の賑わいを体感してもらいたいところだけど……まあ、そのあたりのことは、きっとガズラン=ルティムが考えてくれてるだろう)


 そんな風に考えながら、俺があらためて荷車に乗り込もうとすると、どこからかレム=ドムが接近してきた。ゲオル=ザザたちはディンやリッドの家に宿泊し、今日の中天までにそれぞれの家に戻る予定であったが、彼女はいまだルウ家に居残っていたのだ。


「ねえ、アイ=ファ。今日もティアは、フォウの集落なの?」


「うむ。もしや、これからティアのもとにおもむくつもりか?」


「うん。森に入るまでそんなに時間は残されていないけど、あんな話を聞かされたら、身体がうずうずしちゃうもの」


 と、レム=ドムは勇猛にして色気たっぷりの笑みをたたえた。

「あんな話」とは、ティアが森辺の狩人に修練の手伝いを求めている、という件である。昨晩はレム=ドムも宿場町に下りていたので、アイ=ファの口からその話が伝えられることになったのだ。


「あいつは怪我も治りきっていない頃から、たいそうな力を持っていたからねえ。いまではそれよりも、ずっと力が戻ってきたのでしょう?」


「うむ。右肩を除けば、肉体の力はすっかり取り戻せたと言っていた。実際に、修練では見違えるような動きを見せているしな」


「うふふ。楽しみだわあ。それじゃあアイ=ファたちは、そっちの仕事を頑張ってね」


 言うが早いか、レム=ドムはルウの集落を飛び出していった。トトスも使わず、駆け足でフォウの集落に向かうのだろう。狩人としての力を身につけるために、かくも貪欲なレム=ドムであった。


 斯様にして、森辺の民の全員が復活祭の到来に心を躍らせているわけではない。レム=ドムやツヴァイ=ルティムなどは、その筆頭であるのだろう。ましてや血族を導く家長という立場でもない彼女たちにとっては、宿場町の騒ぎなどは半ば他人事であるのかもしれなかった。


 しかしそれでも、昨日は驚くほどの人数が、宿場町に下りることになった。きちんと確かめたわけではないが、おそらくほとんどの氏族の家長は復活祭の視察におもむいたはずだ。除外されるのは、跡取りたる息子にその座を譲ったドンダ=ルウやグラフ=ザザ、それに交通手段の関係から人数を絞ったサウティの眷族ぐらいなのではないかと思われた。


(あとは、ハヴィラやダナなんかも若めの狩人だったから、あれも本家の長兄か何かだったのかな。それでも、家長かその息子のどちらかは、ほとんどが宿場町に下りていたってことだ)


 そうして宿場町に下りた人々は、いったいどのような思いを抱くことになったのか。次の祝日には、また宿場町におもむくべきだと考えているのかどうか。俺としては、それも気になるところであった。


(だけど何にせよ、それだけの人たちが宿場町に下りてみようと考えてくれたことが、大きな一歩だよな)


 そんな思いを胸に、俺は宿場町を目指すことになった。

 宿場町に到着すると、初日で力を使い果たしたということもなく、街道は大いに賑わっている。

 あちこちに赤い旗が飾られているのも、復活祭ならではの光景である。昨日、宿場町に下りていなかったヴィンやミームの女衆たちなどは、たった1日をはさんだだけで熱気が倍増したようだと目を丸くしていた。


「一昨日までだってすごい賑わいだったのに、本当に昨日からが復活祭の本番であったのですね。次の祝日というものが、ますます楽しみになってきました」


 ミームの女衆は、そのように言っていた。おおよその女衆は、昨年の復活祭も体験していないのだ。そんな彼女たちのために、俺は全員が1度は祝日の当番になるようにスケジュールを組み上げていた。


 そうして露店区域で屋台を開けば、昨晩にも劣らぬ賑わいである。

 通説として、復活祭の期間は屋台の売り上げも倍増すると言われているのだ。俺たちの屋台は普段から平均以上の売り上げを叩き出しているために、さすがに倍増とまではいかなかったが、それでも多めに準備した料理は至極すみやかに買われていくことになった。


「よお、アスタ。昨日はうちの女連中の面倒を見てくれて、ありがとうな」


 と、中天のピークが終わった頃合いで、建築屋とそのご家族がずらりと集結した。声をかけてきてくれたのは、メイトンである。


「宿に戻ってきた女連中は、みんな果実酒でも浴びたみたいに興奮しまくってたよ。これじゃあけっきょく俺たちも、行かずには済ませられねえだろうなあ」


「あはは。俺も事前に、そうお伝えしていたのですけれどね。今度は男性陣だけで出向かれるのですか?」


「いや、女連中ももういっぺん見るんだって騒いでるよ。よくわからないんだが、見逃した芸があるんだって?」


「ああ、途中で道が分かれているので、1度ではすべてを見回れない作りになっているのですよ。リピーター……じゃなくって、再度の来場を願うための工夫なのでしょうね」


「だったら俺たちも、2回行くことになっちまうのかな。けっきょくは散財だ」


 そんな風に言いたてながら、メイトンの顔は笑っていた。


「まあ、せっかくの復活祭なんだから、しみったれた考えは捨てちまうべきなんだろうな。思ったよりも実入りのいい仕事をもらえたことだし、ぞんぶんに楽しませてもらうことにするよ」


 そのように語るメイトンの背後では、本日もピノたちが余興を繰り広げていた。笛や太鼓の音色によって、昂揚感は増すばかりである。

 その後には、おやっさんも改めて御礼の言葉を伝えに来てくれた。この一団の責任者として、メイトンまかせにはしておけなかったのだろう。


「うちの末の娘も、たいそうはしゃいでいたぞ。よほど見事な芸であったようだな」


「はい。他の旅芸人というのはリコたちしか知らないので、比較対象に乏しいのですけれども、だけどやっぱり《ギャムレイの一座》の芸は素晴らしいものだと思います」


「森辺の民と懇意にしているという話を聞いていなければ、あまり近づきたいとも思えぬような風体だがな。まあ、生きたギバも見られるという話だし、適当な頃合いでおもむいてみようと考えている」


《ギャムレイの一座》は平日も夜間の営業を行っているので、宿場町に逗留している人々はいつでも好きな日に見に行けるのだ。おやっさんたちにも彼らの見事な芸を楽しんでもらえれば幸いであった。


「あ、そうそう。それとですね、ついさっきディアルからの言伝てが届けられたのです。森辺におもむくのは、『中天の日』の前日にお願いしたいとのことですよ」


 おやっさんたちを森辺にお招きする際、ディアルも便乗させてもらいたいという一件である。その返答を届けてくれたのは、さきほど屋台にやってきたダレイム伯爵家の侍女シェイラであった。さすがにこの時期はヤンも城下町の仕事にかかりきりであったが、《タントの恵み亭》における料理の評判や売れ行きを確認するために、日に1度はシェイラが宿場町にやってきているのだ。


「すると、日取りとしては2日後か。むろん、こちらから言い出したことなので、異存はないぞ」


「はい。それでもう一点、おうかがいしたいことがあるのですが……いまのところ、お招きしているのはおやっさんとアルダスとメイトンとそのご家族だけですよね。他の方々は、森辺に興味は抱かれていないのでしょうか?」


「そんなわけはないだろう。しかし、こちらは30人以上もいるのだから、その全員で押しかけるわけにはいくまい?」


「ええ。それで、もしも他の方々も森辺への来訪を希望されるようだったら、ファとルウ以外の家にお招きしてはどうか、という話が持ち上がっているのですよね」


 それを最初に言い出したのは、バードゥ=フォウであった。かつてはフォウ家においてもおやっさんたちを晩餐に招待していたので、そのような発想に至ったのである。


「そうしたら、ルウの血族のほうからも名乗りをあげる方々が現れたのです。これだったら、7つのご家族……いや、アルダスにはご家族がないという話だったので、6つのご家族ですか。その6つのご家族を、それぞれ別の氏族の家にお招きすることも可能なのですよね」


「しかし……森辺のたいていの人間は、俺たちの名前すら知らんはずだ。そのていどの間柄で、わざわざ家族ごと自分の家に招いてくれようというのか?」


「はい。森辺にも、好奇心の豊かな方々が多いのですよ。ジャガルの物珍しいお話でも聞かせていただけたら、みんな喜ぶと思います」


 ちなみにバードゥ=フォウ以外に名乗りをあげたのは、リッド、ラッツ、ルティムの家である。それぞれの家長および先代家長の気性を考えれば、あまり不思議はないところであった。


「ありがたい話だな。……実のところ、俺やメイトンの家族ばかりが森辺に招かれるのはずるいだの何だの、やかましく言われていたのだ。どいつもこいつも、かつて祝宴に招かれた際の騒ぎが忘れられんのだろう」


「あはは。今回は祝宴ではなく普通の晩餐ですけれど、でも、きっと楽しい一夜になると思いますよ」


「そんなことは、言われんでもわかっとる。俺やアルダスたちは、何度も森辺の晩餐に招かれているのだからな」


 そうして仏頂面をこしらえながら、おやっさんは小さく頭を下げてきた。


「森辺の民の厚意には、感謝している。俺たちは明日も明後日も仕事なので、できればその氏族の人間たちとは今日のうちにでも挨拶を交わしておきたいのだが」


「えーとですね。名乗りをあげてくれた氏族のうち、ルティムとリッドは屋台の当番で、フォウは護衛役の御方がいますね。ラッツの家人は当番ではないのですが……ラッツの眷族であるミームの家人が、隣の屋台で働いています」


「ルティムトとリッド、フォウとミームだな。自分で捜して声をかけるので、案内は不要だ。……ところで、俺とアルダスが招かれるのは、お前さんの家でかまわんのだろうな?」


「はい。それと、ディアルにラービスもですね」


「ならば、いい」


 おやっさんは、安堵したように小さく息をついた。もしかしたら、おやっさんのご家族をお招きする家に変更が生じるのか、と心配していたのだろうか。どのような氏族が名乗りをあげようとも、俺はバラン家を招待する喜びを余人に譲る気はなかった。


「本当は、西の王国を根城にしている13名の方々もお招きしたかったぐらいなのですけれどね。それはまた、日をあらためてという話になりました」


「なに? それでは、あいつらも森辺に招くつもりであるのか?」


「はい。あの方々は仕事も抱えていないので、日取りに融通がききますしね」


 誰であれ、建築屋の20名は送別の祝宴に参加しているのだ。ならば、屋台を手伝っている氏族の人間とは、多かれ少なかれ縁を結んでいるのである。そして、実のところはディンやガズやレイやリリンといった氏族の人々も、客人を迎えることには前向きな姿勢であるのだった。


「最近はリコたちが森辺に出入りしているせいか、客人を招くことの楽しさがより浸透した様子なのですよね。これまで森辺の民は外界の出来事に無関心であったので、異国の土産話などが物珍しくてたまらないのでしょう」


「俺たちは旅芸人のように、愉快な土産話などそうそう持ち合わせてはおらんがな」


「ジャガルのお話をうかがうだけで、十分に有意義です。俺も2日後を楽しみにしています」


 それでようやく、一件は落着した。

 俺とおやっさんは、屋台の商売のさなかに言葉を交わしていたのである。俺は『ギバ・カレー』をよそう係を担当していたので会話に不自由はなかったが、慌ただしいことに変わりはなかった。


 その後には《銀の壺》やカミュア=ヨシュやザッシュマなども迎えて、昨晩の賑わいを報告し合うことになった。また、事情通のカミュア=ヨシュから、昨晩は森辺の民にまつわる騒ぎが衛兵の詰め所に届けられることもなかった、という話を確認することができた。


「なんというか、余所から出向いてきた人間でも、森辺の民にはおおむね好意的であるように感じられるのだよね。それはもしかしたら、『森辺のかまど番アスタ』の恩恵なのかもしれないよ」


「え? ……ああ、傀儡の劇の題名ですか。俺が何かやらかしてしまったのかと思いました」


「うん。まあ、あの劇はアスタのやらかしたことを集約しているわけだから、べつだん間違ってはいないけどね」


 そう言って、カミュア=ヨシュはにんまりと微笑んだ。


「あの劇は、実によく出来ているからねえ。森辺の民の実直さや清廉さが、人々の心に届いたんじゃないだろうか。そういう意味では、アイ=ファやダン=ルティムの果たした役割が大きかったのかもしれないね」


 俺の背後に控えていたアイ=ファは、とても嫌そうにカミュア=ヨシュを見返していた。その左肩で、黒猫は関心なさげにあくびをしている。


「アスタは余所からやってきた身だけれども、アイ=ファやダン=ルティムは生粋の森辺の民だからね。森辺の民がどのような存在であるのかは、アイ=ファたちによって浮き彫りにされたように思うんだ」


「……あれはリコのこしらえた傀儡であり、私自身ではない」


「でも、あの劇ではアイ=ファの勇敢さや誠実さが、見事に体現されていただろう? それに、アスタに対する情愛の深さとか……ああ、ごめんごめん。頼むから、その黒猫を俺に投げつけないでおくれよ?」


「だったら、余計な言葉はつつしむがいい」


 アイ=ファは顔を赤くしていたし、それは俺も同様であった。俺の相方であるダゴラの女衆は、懸命に笑いを押し殺している様子である。


「まあ何にせよ、賑やかながらも平和な復活祭だねえ。太陽神の再来まで、俺も心ゆくまで楽しませていただくよ」


 そんな言葉を残して、カミュア=ヨシュは立ち去っていった。

 最後の言葉は、俺も完全に同意である。ジェノスに集まってくれた人々とともに、この復活祭の時期を思うさま満喫させていただく所存であった。

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[気になる点] ルティムトとリッド、フォウとミームだな。自分で捜して声をかけるので、案内は不要だ。……ところで、俺とアルダスが招かれるのは、お前さんの家でかまわんのだろうな? ルティム【ト】とリッド…
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